唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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39 このクソったれな世界で >> NONETHELESS ④

「かっ、薫織(かおり)ぃ!!」

 

 

 直撃。

 それを意味することを考えて、流知(ルシル)が悲痛な声を上げるが──。

 その予想に反して、戦闘メイドは空中でくるりと身体を回転させて、四肢をすべて使って獣のような態勢で着地する。

 

 ザザザ! と地を滑るようにして流知(ルシル)の傍らまで下がった薫織(かおり)は、そのまま危なげなく立ち上がった。

 

 ──当然ながら、棒立ちをするような状況にはなっていない。

 

 

「……あれ? 『契約』が効いてないんですの?」

 

「『釣り合い』が取れてねェからな」

 

 

 呆気に取られた流知(ルシル)に対して、薫織(かおり)は平然と返す。

 

 ──実は、これも押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)の弱点だった。

 

 『契約』の難度によって履行までに必要な承諾の数が変わる。

 では、その数は一体だれが判断しているか?

 ──それは、精神操作をレジストしている『契約』相手側の認識である。

 

「敵前で三秒も静止しろ。そんな命令、死ねって言ってんのと同じだからな。(オレ)ならある程度レジストできる。……ま、次食らったらヤバそうだが」

 

「えぇ……」

 

 

 つまり、敵の想定によって『契約』の履行に必要な承諾の回数にばらつきが発生するのだ。

 そして──その想定が重い人間ほど、履行までの承諾回数(ハードル)(たか)くなっていく。

 

 もっとも、これは本来であればそこまで問題にはならないはずなのだ。

 

 何故なら、認識とは理性ではなく直感によって決まるから。

 『三秒その場で静止しろ』と言われても、それを危険と思うのは普通ならば『敵を目の前に三秒も棒立ちしたら危険だよな』と思う理性だ。

 たとえば泥酔者が事故を引き起こしやすくなるように、危機管理能力は理性に紐づけられている。

 

 今回の場合、直感的には『三秒はなんか嫌だな』程度にしか思わない人間が大半だろうし、それではレジストは大して働かない。

 直感的に『三秒は死ぬから絶対にマズイ』と思える意志力──それがあって初めて発生する弱点なのである。

 

 そんな意味不明な方法で弱点を暴かれた伽退(きゃのく)はというと、全く取り乱した様子も見せなかった。

 

 

「予想はしてたが、これでも耐えるかよ」

 

 

 忌々し気に、舌打ちを一つ。

 傍らに立つ押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)は、その間も油断なく構えていた。

 

 

「ブッ飛ばしておいて正解だったわね。インファイトに徹していたら手痛いカウンターだったな、こりゃ」

 

(オレ)に『契約』を結ばせるには、誠意が足りてねェよ。『お願いします園縁(そのべり)薫織(かおり)様』って一文でも添えておけ」

 

 

 流知(ルシル)を背に守りながら、薫織(かおり)は地に膝を突いて言う。

 

 拳をモロに受けた右腕が痺れるのか、横合いに右腕を振る姿は──防御してなおダメージが蓄積しているのが傍から見ても明白だった。

 

 

「……っつっても、その顔面の文字を見るに、そんな文字数に余裕はねェか?」

 

「ハッ。お生憎様、文字数拡張の方法ならいくらでもあるわ。霊能で指定された『文面』は別にデジタル表示の文字に限った話でもねぇしな」

 

 

 伽退(きゃのく)は嗤いながら、

 

 

「これで一発、よ。……流石のテメェも次を食らえば確実に『契約』が締結されるだろ? さてさて、後がなくなってきたなぁ、必殺女中(リーサルメイド)

 

「テメェこそ。メイド(オレ)の地雷を踏んだ自覚はあるか?」

 

「覚悟すら、してきたが?」

 

 

 そこで、薫織(かおり)は複数の気配を感知した。

 

 廊下のそこらにある支柱の陰。

 そこからゆらりと分離するように現れたのは──複数人の少年少女。

 それぞれが右腕につけている『生徒会』の腕章は、彼らが生徒会役員であることを示していた。

 

 

「……コイツらは、」

 

「私が洗脳した雑魚どもよ。まさか、手駒もなしにテメェに挑むと思っていたか?

 バカが。押し売りの契約(デモンズカヴァナント)の本領は『契約』で雁字搦めにした木偶人形を利用した人海戦術!!

 覚悟しろよ必殺女中(リーサルメイド)。テメェには此処から、何もさせねェ!!」

 

 

 勝ち誇る伽退(きゃのく)

 

 確かな劣勢に追い込まれながら、窮地のメイドは──

 

 

「……全く以て煤けていやがる」

 

 

 静かに、悪態を吐いた。

 

 ぴくりと、伽退(きゃのく)の眉が動いた。

 

 

「……あ? 何か言ったか」

 

「あァ。煤けていやがるって、そう言ったんだよ。ヤクザ野郎」

 

 

 真正面から言い切った薫織(かおり)の眼を見据えて、伽退(きゃのく)は不愉快そうに表情を顰める。

 

 

「何が悪いってんだ? コイツらは他人の尻馬に乗るしかできなかった雑魚だ。自分の選択に責任を取ることもしねェ庶務のカスだ!

 副会長の打鳥(だどり)ですらそうだったが……。……そんな無責任なバカがオイシイ思いをできるほどこの世界は甘くねぇ。誰かのケツを追っかけるだけの雑魚は他人に良いように使われるのが精々だろ。

 あの原作者(クソカス)だってやっていることじゃねぇか」

 

 

 苛立たし気に舌打ちをして、

 

 

「私は抗ったぞ。精神操作なんて使い出のねぇザコ霊能を使って、クソみてぇな境遇の自分がどうやったら生き残ることができるかを考えた。

 自分の霊能を磨き上げ、雑魚どもを淘汰し、強者の中で君臨し、そしてここまで来た!!」

 

 

 それは、伽退(きゃのく)悠里(ゆうり)という女の生きてきた道を想像させるには十分すぎる言葉だった。

 

 怪異と霊能によって、霊能絡みの事件に対しては警察組織の対応すら追いついていない世界で。

 義務教育で陰陽術を教えられているような環境が半世紀近く続いているにも拘らず、陰陽術の普及率が()()()()()()()というのはどういうことか。

 

 残り四%──そこに含まれる劣悪な生活環境では、最低限の教育すらも行き届いていない。

 そういう現実で生まれ育った人間が、どういった人生を歩んでいくのか。

 

 

「それを強者側(テメェ)にどうこう言われる筋合いなんかねぇ。園縁っていう名家に生まれておいて……そのアドバンテージをあっさり捨てて、それでも自分の力で確かな地位を築き上げることができる! テメェみたいな選ばれた側の人間には!!!!」

 

 

 薫織(かおり)は、それに対して何も言わなかった。

 

 いや、何も言うことができなかった。

 

 実際には家の力は彼女の覇道(メイド)には関係ないなんて話は、此処では意味を成さない。

 事実として薫織(かおり)が陰陽術の初期修得を行えたのは彼女の生家に陰陽術の専門書が幾つもあったからだし、今だって何だかんだ言って実家との関係性は良好だ。

 

 そしてそれ以前に。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 伽退(きゃのく)悠里(ゆうり)は、生後間もなくメイドを志すような異常者ではないのだから。

 

 ごくごく普通の、平和を愛し、苦痛を厭う一般市民。

 その心を持って生まれて、最悪な環境で泥を啜りながら育ち──そうして此処まで来た『やり方』を、強い誇りで全てを捻じ伏せて生きて来た『ただの強者(メイド)』なんかに否定できるのか。

 そう問われたら、薫織(かおり)は答えることができない。

 

 最強無敵のメイドがゆえに。

 

 ──園縁(そのべり)薫織(かおり)は、そのどこにでもあるありふれた弱さを糾弾できはしない。

 

 

「……なら、わたくしが言いましてよ」

 

 

 だから答えたのは、薫織(かおり)の後ろにいる流知(ルシル)だった。

 

 

「絵を描くくらいしか使い道のないシキガミクスを作って。デマが流れてからはいっつも誰かに追われ続けて。

 今も薫織(かおり)に守られていなければすぐにでも誰かに攫われてしまいそうな、そんな弱者(わたくし)が言いますわ」

 

 

 膝を突く薫織(かおり)の横を歩き、そして彼女の前に出て。

 流知(ルシル)は、胸を張って言い切った。

 

 

「アナタは、絶対に間違っていると!!」

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