唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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40 このクソったれな世界で >> NONETHELESS ⑤

「……、温室生まれのお嬢様風情が、」

 

「違います」

 

 

 静かに激昂しようとした伽退(きゃのく)の台詞を断ち切るように。

 

 ただメイドの背に守られていただけのはずの弱者(おじょうさま)は、真っ直ぐに言い切った。

 

 

「わたくしが言いたいのは、そこではありませんわ。

 ……正直なところ、アナタが酷いお生まれなのも察しはつきました。なればこそ、生まれの悪さを盾にして悪行を正当化しているアナタは」

 

 

 そう言って、流知(ルシル)はピッと手で伽退(きゃのく)を指し示す。

 その手には、脆弱なシキガミクス──飛躍する絵筆(ピクトゥラ)が握られていた。

 

 そして、流知(ルシル)伽退(きゃのく)に明確な事実を突きつける。

 

 

「…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ご自分で愚弄なさっています!!!!」

 

 

 法的な理非ではなく。

 倫理的な善悪ではなく。

 

 そんなお行儀の良い次元の話ではなく──。

 ──伽退(きゃのく)悠里(ゆうり)がやっていることは、最悪な環境から這い上がる為に努力を積み重ねて来た伽退(きゃのく)悠里(ゆうり)のことを、一番に裏切っているのではないか、と。

 

 

「ッ、はッ。話にならねェ甘ちゃんだな。感情論でこっちの罪悪感を搔き立てられれば私が揺さぶられるとでも思ったかよ? こっちは常に自分の為に最善の手を取ってるだけだっての」

 

「なら、何故『外』の影響がないこの学園でも、しがらみに縛られているのですか」

 

 

 それでも鼻で笑う伽退(きゃのく)に対し、流知(ルシル)は突きつける。

 

 この女の核心。

 

 そこに潜む、極大の矛盾を。

 

 

「此処へ辿り着くまでさぞ苦労があったことでしょう。努力があったことでしょう。わたくしなんかでは遠く及ばないほどの……。

 ですが、ならばアナタはその尊い努力に見合うだけの輝かしい未来を掴み取ることだってできたはずです!!」

 

 

 『ウラノツカサ』は、ピースヘイヴンの独裁体制だ。

 それ自体は悪徳の温床でもあるのかもしれないが、逆に言えば学園内では『外』のパワーバランスが通用しないということになる。

 

 もし仮に伽退(きゃのく)の行動が笛吹会に縛られていたとしても、この学園の中でなら束の間の自由が得られたはずだし──そうした自由の中で、今とは異なる方針を選ぶことだってできたはずなのだ。

 

 たとえば、薫織(かおり)のように。

 

 たとえば、嵐殿(らしでん)のように。

 

 いいや。

 『原作』に登場する人々を頼ったっていいだろう。

 『自分の為の最善』というのならば、わざわざあてつけみたいに世界を滅ぼしてその後のポストアポカリプスで高笑いをするような未来絵図を選ぶ必要はどこにもない。

 

 この学園には、歴史の本筋で活躍することの出来る名優達がゴロゴロいるのだから。

 現実問題、本当に手段を選ばないのであれば──その手に取れる選択肢は、平和な方向性のものばかりになるはずなのに。

 

 

 にも拘らず。

 

 そうした選択肢ではなく、世界の破滅を容認する選択肢をとったということは。

 

 

「結局アナタは、私怨に駆られて全て壊すことを優先しただけですわ!! そしてその逃げ道に、アナタが必死に克服してきたはずの過去を使おうとさえしている!!

 これがアナタが積み重ねてきた努力への愚弄でなくて何だというのですっっ!!!!」

 

 

 自分のことを狙われただとか。

 ピースヘイヴンのことを殺そうとしただとか。

 学園全体を巻き込む百鬼夜行(カタストロフ)を見過ごそうとしているだとか。

 そういう最初に目につく相手の悪意にではなく──それに手を染めた伽退(きゃのく)が、一番最初に踏みつけにしたモノに対して。

 

 おためごかしの綺麗事ではない。

 本気の本気で、()退()()()()怒っている。

 

 だから、伽退(きゃのく)は。

 

 

「何だ、テメェ……!? 何だよ、何なんだよ、一体ッ…………!!」

 

 

 ──恐怖した。

 

 コイツは、必殺女中(リーサルメイド)の付属品なのではなかったのか?

 ただの時代錯誤なお嬢様言葉だけが変人ポイントな一般人。

 非戦闘タイプのくせに妙なシキガミクスを構築してしまったせいで色々と目をつけられている不憫な女。

 

 それが、伽退(きゃのく)の理解している遠歩院(とおほいん)流知(ルシル)という女だったはずだ。

 それが──この違和感はなんだ?

 まるで、心に直接触れられているかのようなこの不快感は──。

 

 

「確かに」

 

 

 そこで、薫織(かおり)が口を開いた。

 

 

(オレ)強者(メイド)だ。テメェの言う通り、どれだけ慮ったつもりになっても本当の意味で弱者の側には立てねェ。……だから、誰かを護る従者(メイド)にはなれても、誰かを救うご主人様(ヒーロー)には至らねェ」

 

 

 メイドらしくその手にデッキブラシを掴みながら、メイドらしからぬ構えを取って立ち上がる。

 

 

「ただ、それでも。ゼロから何かを生み出すことができるお嬢様をご奉仕(てだすけ)することはできる。

 その手足となって、描く未来を実現する絵筆にはなれる!!!!」

 

 

 莫大な闘気が、その全身から噴き出した。

 

 

 状況は何も変わっていないはずだ。

 

 周囲には伽退(きゃのく)の手駒がおり、流知(ルシル)は狙われている。

 薫織(かおり)はあと一発食らえば『契約』の履行が始まりゲームオーバー。

 状況は、圧倒的に伽退(きゃのく)が有利。

 ──そのはずなのに。

 

 

(なんだこの焦燥感は!? 何か見落としがある!? 今のやりとりの陰で何か対策を打たれていた? もしかして舌戦に動揺して見逃していた? ………………あ?)

 

 

 そこで、伽退(きゃのく)は気付く。

 

 気付いてしまう。

 

 

(動揺? 私が? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 油断なく状況を検証する、その鋭い思考。

 

 それが、皮肉にも伽退(きゃのく)の逆鱗に触れる最後の一押しになってしまった。

 

 

「んなわけねぇだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

 

 絶叫。

 

 髪を振り乱して叫んだ伽退(きゃのく)は、前髪の奥から覗く瞳で怨敵を睨みつけ、宣言する。

 

 

「『()()()。やれよ、カスども。善人(クズ)を潰せ!!」

 

 

 『甲は乙が「契約だ」と合図をした後に一番最初に受けた指示を遂行するものとする。』。

 

 その契約の履行を開始した生徒会役員たちが動き出したのと、同時。

 

 黒橙のメイドが、一筋の黒い矢となって伽退(きゃのく)へ殺到する。

 

 

「長期戦だと摺り潰されると判断して、こっちに突撃して短期戦狙いか! だが後がねぇなぁ……テメェはあと一回で履行確定よ!!」

 

「だと思うか? (オレ)はメイドだぞ」

 

 

 そう言って薫織(かおり)は、押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)の間合いの外で急制動をかける。

 

 そして手に持ったデッキブラシを、まるでバットでも持つみたいに構えた。

 そのスイングの軌道上に、白い布とアイスピックが発現される。

 

 

(布? ……デッキブラシで飛ばす飛び道具の切っ先で、飛んでくる方向を判断できないようにするためか!!

 最悪、押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)を飛び越えて私を狙ってくる可能性すらある……。なら!)

 

 

 それに対し、伽退(きゃのく)は前進を選択する。

 

 押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)との距離を詰めることで、その機体を盾にする戦略だ。

 こうすれば、押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)を飛び越えて伽退(きゃのく)を狙うことは角度の関係上かなり難しくなる。

 

 そして押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)自体も──地を蹴って、薫織(かおり)へと強襲を仕掛けた。

 

 

(間合いの外で飛び道具ってことは、向こうのハラは近距離戦回避!! ならこっちが接近戦を仕掛ければ意表を突かれて行動に遅れが生じるはず!!)

 

 

 悪魔の笑み。

 

 そう表現するに相応しい禍々しさで、伽退(きゃのく)薫織(かおり)を嘲笑う。

 

 

(確実に一発分の隙は稼げるわ! そして三秒も押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)の前で棒立ちになるってことは、死も同義!! 勝負を焦ったなぁ……必殺女中(リーサルメイド)!!)

 

 

 ただし。

 

 伽退(きゃのく)の予想に反して、向かってくる押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)にも臆さず薫織(かおり)はデッキブラシをフルスイングした。

 

 弾き飛ばされたアイスピックは白い布を貫いたまま押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)の下あご辺りに突き刺さる。

 だが──当たるだけで文面が読めなくなるほど破壊されることはない。

 多少動揺はしたものの、伽退(きゃのく)は流石の精神力で慌てることなく宣言した。

 

 

「『園縁(そのべり)薫織(かおり)は三秒の間、身動きを取らないものとする。』!!!!」

 

 

 そして押し売りの契約印(デモンズカヴァナント)の右拳が、薫織(かおり)の脇腹に突き刺さった。

 

 ごふっ、と薫織(かおり)の口から、肺の中の空気が絞り出される音がした。

 ひぅ、と流知(ルシル)の声にならない悲鳴が聞こえて、伽退(きゃのく)はようやく勝利を確信する。

 

 

「っしゃあ!! ザコの偽善者どもが!!!! テメェらはただでは殺さな」

 

 

 

 ぐりん、と。

 

 

 

 伽退(きゃのく)の言葉の途中で、必殺女中(リーサルメイド)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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