──第七体育館。
部活棟の西側に配置されているその建造物を目の前にして、流知は身震いをする。
「こ……此処が百鬼夜行が起きようとしている現場なんですのね……! なんだか緊張してきましたわ……」
一応彼女なりに警戒しているはずなのだが、どうにも立ち居振る舞いから平和ボケが抜けていないのが流知らしかった。
傍らの薫織は最早そうしたところにはいちいちツッコミを入れず、
「お嬢様は私の後ろに。基本的には戦闘は私が引き受ける。……おそらく嵐殿のヤツも独自に行動しているだろうから、来たらそっちと合流して指示を仰ぎつつ行動してくれ」
「わ、分かりましたわ」
いつもの粗暴な態度とは違う、テキパキとした指示。
そこに薫織の本気を垣間見たような気がして、流知は気後れしてしまう。
無理もない。
普段は異常メイドだのなんだのと言っているが、本質的に園縁薫織は『一〇年間たった一人で陰陽師としてこの世界を生き抜いてきたプロ』なのだ。
人間的な経験値も、陰陽師的な経験値も、流知とは文字通り桁が違う。
本当なら、こういう場に流知がいること自体が場違いだと思えるほどに。
(……それでも私がこの場にいるのは、多分私のことを尊重してくれてるからなんだろうな)
この粗暴なメイドは決してそれを認めようとはしないだろうが、流知はそう思う。
世界の命運だとか、生命の危険だとか、そういうのはもちろん怖い。
でも、友達である薫織がたった一人でそういったものに立ち向かっているのを知っておきながら、安全な場所でのうのうと過ごしていたくない。
普通ならそんな気持ちはわがままだと切り捨てられてしまうんだろうけれど、薫織はそんなわがままを聞いた上で、最大限流知に寄り添ってくれる。
それがありがたくもあり、ちょっとだけ申し訳なくもあった。
(……い、いやいや! 昨日の伽退さん戦の時みたいに、私の霊能が突破口になるかもしれないんだ。
自分で言うのもなんだけど、飛躍する絵筆はトリッキーな霊能だから……何かのタイミングで、私の手助けが薫織の助けになる可能性は常に否定できない!)
相手は、原作者。
どんなものが出てくるか分からないこそ、少しでも手札は多いほうが良い。
流知はそう考えて、弱気になりかけた自分の心を奮い立たせる。
「あ~、良かった。間に合ったみたいねん」
と。
そうやって戦意を高めていた流知の背中に、聞き覚えのある声がかけられた。
「遅かったじゃねェか。先に行ってるところだったぞ、嵐殿」
「んもう。着用型の薫織ちゃんと一緒にしてほしくないな~。お姉さんってば生身で、しかもこの爆乳よん?」
そう言って、今まさに駆けつけてきた少女──嵐殿はギリギリワイシャツでつなぎ留められている胸を両手で押し上げて見せる。
言われてみると、頬に流れる汗を見る限り確かに急いで此処にやってきたことは間違いなさそうだった。
薫織は無駄に卑猥な台詞回しをしていることには一切触れずに、
「ともあれ、一緒に行動するならそっちの方がありがたい。お嬢様のことは任せてもいいか? 私は相手の懐に潜り込んでからが仕事だからよ」
つまるところ、役割分担。
当然の話の流れとして嵐殿に提案した薫織だったが──意外にも、嵐殿の反応は渋いものだった。
「え~……。薫織ちゃん、そういう態度は流知ちゃんに良くないと思うな~」
「は……?」
穏やかに、しかし非難するような色の嵐殿。
その言葉に、薫織は意図を図りかねて一瞬間が空く。
そこに流知が口を挟もうとした直前で薫織はハッとその言葉の意図に気付いた。
確かに今の話の流れだと、『足手纏いの流知を邪魔にならないところに置いて行こうとしている』というように受け取られかねない。
もちろん、それでへそを曲げるほど流知は子どもではない。
ではないが、逆に気を遣おうとして変に気を張ってしまう可能性はある。
──嵐殿がわざわざ話を混ぜっ返したのは、そのリスクを前以て潰す為だろう。
薫織は言わなくともそんなことは通じているだろうと考えてわざわざ口には出していなかったのだが──案外、そういうコミュニケーションの甘えから綻びというものは発生するものである。
それに実際、僅かではあるが流知の中に気負いが発生しようとしていたのも事実だった。
ただ、薫織はあえて心外というような声色を作って、
「馬ァ鹿。そういう意味じゃねェよ。お嬢様はこっちの切り札だ。対して私は切り込み隊長。
同じ場じゃ運用できねェから、その間の安全をお前に守ってくれって言ってんだ」
「あ、そうだった~? ひょっとしてお姉さん野暮なこと言っちゃったかしらん?」
『ごめんなさいね~』とにっこり微笑んで、嵐殿はあっさり引いた。
実際のところ指摘は図星だった薫織は、少し気まずそうに流知には見えない形で目礼した。
もっとも、当の本人はいつものように感情の読めない笑みを浮かべているだけだったが。
「でも、これから立ち向かう相手は、こういう些細な綻びも利用してくる相手だってこと、忘れないようにね。…………冷的ちゃん達は、実際にそれで仲間を失っているんだから」
「は、はい……」
「了解」
噛んで含めるような嵐殿の忠告に頷き──それから、三人はそれぞれ行動を始める。
行く先は、ピースヘイヴンの待つ万魔殿。
何が出てくるかは、全くの未知数だ。