唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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57 されど筆は踊らず >> WROUGHT MYSTIC ②

「やぁ! よく来たなぁ三人とも!!」

 

 

 ──と身構えていた薫織(かおり)だったが、体育館に入った直後にステージの上からそんな声をかけられた時は、思わずずっこけそうになってしまった。

 

 

「……って、柚香(ゆずか)はどうした? てっきり一緒に来たものと思っていたんだが……なんだ、外しちゃったじゃないか。こういうのは一緒に来てくれないと困るぞ。恥ずかしいだろう」

 

 

 ステージの上の演台に腰かけたピースヘイヴンは、そう言って口を尖らせる。

 その頭上には──世界という絵画を水で溶かしたような空間の歪みが。

 おそらくは、アレが全校生徒の『同意』によってベクトルに干渉して濃度を高めた霊気淀みというわけなのだろう。

 流石の戦闘メイドも、暴発直前の霊気淀みを間近で見るのは初めての経験だった。

 

 対するメイドご一行は──薫織(かおり)流知(ルシル)の二人きりで、一緒に来ていたはずの嵐殿(らしでん)はそこにはいない。

 

 

「大体、想像はつくがね。正面から園縁(そのべり)君が、背後から柚香(ゆずか)が挟み撃ちにする手筈だろ?」

 

 

 そんなことを言うピースヘイヴンからスライドするようにして、紳士服姿の男が現れる。

 

 否──それは男ではなかった。

 紳士服然とした意匠をしているが、カメラの瞳にスピーカーの口、機械的なパーツによって形作られたその相貌は、それがシキガミクスだと雄弁に語っていた。

 

 

「一応、礼は言っておこうかな。ありがとう。実は伽退(きゃのく)君の反逆は私にとってはかなりクリティカルな問題でね」

 

 

 紳士服姿のシキガミクス──崩れ去る定説(リヴィジョン)がステージから飛び降りるのを尻目に、ピースヘイヴンはそう言って語り始める。

 

 

「何せ、私の『方式』では生徒会長という私の立場を形成するに至った全校生徒の『同意』を媒介にして大規模な霊気操作を行っていたからね。クーデターなんてものがもしも大っぴらに行われていたら、前提が覆って今頃安定していた『百鬼夜行』が完全に暴走していた。

 その状態で大量の洗脳を行われてみろ。いやー……流石にその状況からのリカバリ策は思いつかないね。最悪、学園を一度吹っ飛ばしてリセットすることになっていたかもしれない」

 

 

 だからこそ、生徒会役員の半分を学生牢送りにすることになったとしても、ピースヘイヴンは昨日のうちに反乱分子を鎮圧しておく必要があった。

 その為の即席の手駒として、利害が一致した薫織(かおり)達を利用した訳だ。

 

 

「しかし、あそこまで鮮やかに解決してくれたのは助かったよ。お陰で反乱のせいで微妙に納得がいっていなかった計画の詰めも調整することができたからね」

 

百鬼夜行(カタストロフ)の誘導、だろ?」

 

「……おや、凄いな。もうこちらの目的まで読まれていたか。そう。私の目的は、百鬼夜行(カタストロフ)による怪異の生成の『精密操、」

 

 

 そこまでピースヘイヴンが口にした直後のことだった。

 

 

 ゴバッ!!!! と、ピースヘイヴンの頭上の天井が崩落する。

 

 否、それは崩落というよりは──

 

 

『グワァァアアアアアアアアアアアアウッッッ!!!!』

 

 

 狼頭の獣人の両拳による、『破砕』だった。

 

 

 半径五メートル。

 

 人間の膂力では回避しきることが不可能なほどの範囲の天井が『破砕』されて降り注ぐ。その立役者は──

 

 

「さぁて…………終わらせに来たわよん! トレイシーちゃん!!」

 

「天井抜くとか、不意打ちに許されるスケール感じゃないだろ……!」

 

 

 嵐殿(らしでん)柚香(ゆずか)

 

 ダークグレーの長髪を重力に靡かせながら、己のシキガミクスの背に乗った彼女は頭上からピースヘイヴンを強襲した。

 

 そして、そのタイミングが戦闘の合図となった。

 

 

「通常の回避や防御では防ぐことができない範囲攻撃──こちらの正体不明の霊能を使わせる手筈、といったところか。だが、甘いな!」

 

 

 言葉と共に。

 

 ピースヘイヴンは、まるで猛獣のような身のこなしでステージ上から飛び降り、あっさりと嵐殿(らしでん)の攻撃範囲から逃れてしまう。

 

 

(なんだ……? あの敏捷性は人間の限界を超えてるぞ。……まァ相手は原作者だ。何があってもおかしくはねェ、か)

 

 

 突然の機動性強化に少なからず混乱する薫織(かおり)だったが、そこであえて彼女は思考を止める。

 

 まだ、情報は全く出揃っていないといっても過言ではない。

 此処で混乱するよりも、ある程度情報が出揃うまで一旦思考は棚上げしておくべきだ。

 

 

(……なんにせよ、当初の作戦でもあった『不可避の不意打ちでピースヘイヴンの霊能を使わせる』策は失敗だ。次は『シキガミクスと術者の分断』だが……)

 

 

 多対一ならば、術者とシキガミクスを分断するのが対陰陽師戦でのセオリーである。

 陰陽師を超常たらしめるのはシキガミクスであり、術者が最大の弱点となるからだ。

 

 ただ、薫織(かおり)は当初の作戦通りにピースヘイヴンと崩れ去る定説(リヴィジョン)の分断に動けずにいた。

 

 

(…………もし、仮にピースヘイヴンが術者自身を自分のシキガミクス以外の『着用型』シキガミクスで強化していたとしたら。ヤツはおそらく霊力が許す限り、今みたいな機動で動き回ることができる。

 ……そんな状況で(オレ)が分断に動いたタイミングで流知(ルシル)を狙われたら終わりだ)

 

 

 シキガミクスは一人の術者につき一機までがセオリー。

 

 だが、それはあくまでもセオリーの話だ。

 

 複数の専用シキガミクスを設計することができないだとか。

 同時に複数の異なるシキガミクスを運用する思考リソースがないだとか。

 維持にかかる霊気のコストが莫大にかかるだとか。

 操作に必要な霊力の問題で短時間しか実現できないだとか。

 

 そうした現実的問題がその理由であって、別に『一人につき一機しか使えない』という確たるルールがある訳ではない。

 

 そうした技術的問題を克服することができれば──もっとも『原作』にそれを克服した者はいなかったが──理論的には一人が複数のシキガミクスを運用していてもおかしくはないのだ。

 

 

『ガルゥゥアアアッ!!!!』

 

 

 そこで、嵐殿(らしでん)のシキガミクスが瓦礫の破片を崩れ去る定説(リヴィジョン)目掛け投げつける。

 

 拳のみで体育館の天井を破砕したその膂力は凄まじく、崩れ去る定説(リヴィジョン)は両腕を交差させて防御する。

 

 薫織(かおり)は、その隙を逃さなかった。

 

 ドシュ!! と、嵐殿(らしでん)の攻撃に合わせるようにして、ピースヘイヴンの太腿にナイフが投擲される。

 これはピースヘイヴンの常人を遥かに上回るスピードの蹴りによって弾かれたが──これは薫織(かおり)にとっても想定通りのことだった。

 

 直後、木目の床をめり込ませる勢いで踏みしめた薫織(かおり)は、そのまま反作用でピースヘイヴンへと接近していく。

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