──薫織がピースヘイヴン本体と相対していたのと、ほぼ同時刻。
天井を破砕してピースヘイヴンを襲った嵐殿は、崩落によって発生した粉塵の中、ピースヘイヴンのシキガミクス──崩れ去る定説を見据えていた。
術者が薫織と相対している以上、崩れ去る定説の操作はほぼ不可能──というのが常識的な判断。
そうした前提があるにも拘らず、嵐殿は己のシキガミクスを伴わせたまま、間合いを測るようにして沈黙を保っていた。
『ガルゥゥアアアッ!!!!』
と、そこで嵐殿のシキガミクスが沈黙を破るかのように瓦礫片を崩れ去る定説へと投擲する。
それから、事態は急速に動いた。
亜音速の瓦礫片を前に両手を交差させた崩れ去る定説は、そのまま瓦礫を地面に弾き落とす。
そのタイミングに合わせる形で、薫織がピースヘイヴンの視界の外側を通るような山なりの軌道で小麦粉袋を放り投げた。
嵐殿はそれを崩れ去る定説の背中越しに確認すると、ステージの上から軽やかに飛び降りる。
そして、相手の意識を自分へ縫い留めるように話しかけた。
「さて……本体じゃないのはちょっと残念だケド、お姉さんと一緒に遊ばない?」
『……………………』
「あら、シカト? 悲しいわねぇ~。……アナタが独自に喋れることくらいは、お姉さん最初から分かってるのよん?」
単なるシキガミクス。
──そのはずの機体に、嵐殿はまるでピースヘイヴンに呼びかけるように声をかける。
崩れ去る定説が非常に人間らしい所作で肩を竦めたのは、その後だった。
『まったく、驚かせてやろうと思ったのに。仕掛け甲斐のないヤツだよ』
「仕掛けは『封印型』、でしょう?」
崩れ去る定説の口のスピーカーから流暢な言葉が聞こえたことへの動揺は、一切なかった。
言い当てられたその言葉に、崩れ去る定説はぴくりと反応する。
その直後。
ボファァッ!! と白い煙が爆発のように広がった。
薫織が投擲した小麦粉が、その後にさらに投擲されたナイフに突き破られて撒き散らされたことによるものだ。
フレンドリーファイアや逆用を警戒した薫織によって、ナイフ自体はその後すぐに解除されているようだが。
──術者とシキガミクスの分断。そのセオリーが遂行されたことに気付いた崩れ去る定説は、呆れた様子で首をかしげて言う。
表情など存在しないはずなのに、妙に人間的な所作だった。
『…………狙ったか?』
「まぁね」
嵐殿は悪戯っぽく笑う。
──『封印型』。
シキガミクスの原初の形。怪異をシキガミクスの機体に封じ込めることで、その霊能を人間が自在に運用できるようにする運用方式。
それが、この世界における原則だ。
だが、あらゆる原則には例外が存在する。
『シキガミクス・レヴォリューション』という物語は、特にそうだった。
「……自分の魂魄の一部を封印しているのね?」
嵐殿は、間合いを探るように問いかける。
とはいえ、その声色には既に確信が宿っているようだった。
『封印型』とは、怪異をシキガミクスに封入することによってその戦力を陰陽師のものとする運用方式のシキガミクスである。
そして怪異とは、そもそも霊気の塊である。
そして人間の魂も、死後『幽霊』という種別の怪異になりうることから分かる通り──もとをただせば、霊気によって構成されている。
もしも、完璧な霊気操作によって己の魂を分割保存することができるとしたら?
その場合、己を分割してシキガミクスの中に封入することすら可能ではないだろうか。
『術者の人格に寄せた高度なAIを組み込んだ自動操縦型という可能性もあるだろう。作中でも簡単な条件に従って動くシキガミクスは登場させたはずだが、封印型だと判断した根拠は?』
「そこまで高度なAIを開発する工学的技術力がない。そもそもアナタは陰陽術の世界的実力者というだけであって、シキガミクスそのものの工学的技術力水準では他の技術者とそう変わらないもの。まぁ精々、大天才ってところかしら?」
嵐殿はやれやれと言った感じでお手上げのジェスチャーをしてみせる。
逆に言えば、ピースヘイヴンはシキガミクス技師としても『大天才』ではあるということである。
原作者という下駄がなくとも大天才。
確かにお手上げと言いたくもなるだろう。
「他方、自分の魂魄の一部を封印する『封印型』なら、完璧に自分の思考を持った手駒を増やせる。
それに何より、『作中的にはとっくに使い古しの技術を応用した驚異の新技術』なんて例外大好きのアナタらしいやり口じゃない」
『結局決め手はメタ読みか。作者からしたら、あまり歓迎できない読者だな』
「私は制作側なもので」
短く言い切った嵐殿の言葉の裏に、どれほどの感情が横たわっていたか。
崩れ去る定説は、それ以上無意味な否定を挟まなかった。
つまりは、それが答え。
崩れ去る定説は、前代未聞の『分霊式封印型』──術者の魂魄を分割してシキガミクス内に封入したシキガミクスなのであった。
崩れ去る定説が至近操作使役型の中でも最高クラスの格闘性能を持っているにも拘らず、カメラとスピーカーを有しているのも、術者と隔離されてなお自在に動けるのも。
崩れ去る定説が、分霊式封印型シキガミクスであることが理由だ。
「………………」
『………………』
二人の間に、数瞬ほどの沈黙が流れるが──やがてゆっくりと、嵐殿のシキガミクスが身を低くして戦闘態勢をとる。
狼頭の意匠に相応しい野性味ある動きを始めた機体に応じるように、崩れ去る定説もまた拳を構えた。
「一つ、言っておくわ」
言葉と同時に。
ざあっ、と。
狼頭の獣人の全身が、ダークグレーの長髪を狼の尻尾のようなポニーテールにした少女の姿に塗り替えられる。
「アナタが本当に野望を成し遂げたいなら、私を殺す気で来なさい。まぁ、アナタに殺されてあげるつもりなんて毛頭ないけれど」
そして。
薫織とピースヘイヴンの衝突の裏で、もう一つの戦闘が巻き起こった。