唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

69 / 121
69 崩れ去る定説 >> RAGE AGAINST THE WORLD ⑥

「か、薫織(かおり)……!」

 

 

 その様子を、薫織(かおり)の背中を信じて見守っていた流知(ルシル)の声色にも、不安の色が混じっていく。

 

 いや──本来それですらおかしいのだ。

 傍目から見れば、今攻撃が相打ったはずのピースヘイヴンの体勢が一瞬にして変化して、薫織(かおり)の喉に蹴りが突き刺さっているような状態なのだから。

 

 

「……やはり……な……」

 

 

 しかし。

 

 致命の一撃を叩き込まれたはずの薫織(かおり)は、今まさに蹴りを叩き込まれたはずの体勢で、当たり前のように声を発していた。

 

 その声色に、痛みや予定外の展開への動揺は一切存在しない。

 ただただ、粛々とした冷静さがあった。

 

 それもそのはず。

 

 

「な…………」

 

 

 薫織(かおり)の喉元には銀色のナイフが現れていて、ピースヘイヴンからの攻撃を防ぐどころか──ピースヘイヴンの蹴り脚に突き刺さって反撃していたのだから。

 

 

「何ィ!? 馬鹿なッ! この痛みは!?」

 

 

 足先からじんわりと広がる痛みに、ピースヘイヴンは短く声を上げる。

 

 

「……女中の心得(ホーミーアーミー)の特性か……!!」

 

 

 同時に、ピースヘイヴンはほぼ正確に現状を把握していた。

 

 

 女中の心得(ホーミーアーミー)とは、『裏階段』という別の空間に保管しておいた物品──『女中道具』を取り出す瞬間移動系の霊能。

 そして瞬間移動の際には転送先の物質を『押しのける』形で『女中道具』を発現するのが、女中の心得(ホーミーアーミー)の特徴だった。

 

 その仕様を実現する為に、取り寄せた『女中道具』は発現直後はその場に固定されることになる。

 これは取り回すまでに一瞬のラグが生まれるという欠点であると同時に、咄嗟に()()()()()()()()()()()()()()使()()()という長所としても機能していた。

 

 薫織(かおり)はこの特性を利用し、崩れ去る定説(リヴィジョン)が発動する前の『一度目』の時点で既に、攻撃の瞬間にピースヘイヴンから死角となる喉元にナイフを発現していたのだ。

 おそらくは、ピースヘイヴンが相打ちから『時』を書き換えてこちらを攻撃することを全て計算した上で。

 

 

 ──無敵に思える崩れ去る定説(リヴィジョン)の『穴』。

 

 それは、『一周目』の能力発動時点の知覚は何ら変わらない発動者自身の知覚によるということ。

 無数のカメラを備える崩れ去る定説(リヴィジョン)が発動する場合は別だが、ピースヘイヴンが霊能を発動する際にピースヘイヴン自身が認識していないものを計算に入れることはできないのだ。

 

 

「メイド百手(ひゃくしゅ)、『遮蔽奉仕(プロテクトサービス)』」

 

 

 『一手』。

 

 霊能発動(リヴィジョン)によって得ようとしたアドバンテージが失われたその一手で、薫織(かおり)は新たな行動選択の余地を手に入れた。つまり。

 

 

「からの、『曲芸奉仕(アトロイドサービス)』だッ!!」

 

 

 薫織(かおり)は『時の慣性』に追いついた直後、思い切り頭を振って喉元に発現したナイフにヘッドバッドの準備態勢に入っていた。

 間違いなく、既に軽く突き刺さったナイフに頭突きを食らわせることでさらに深く突き立て、ピースヘイヴンの機動力を奪いにかかる作戦だ。

 

 ピースヘイヴンは咄嗟に蹴り脚を引くことで攻撃を回避するが──薫織(かおり)の今の攻撃が、単なる予備動作に過ぎなかったことを直後に思い知る。

 

 

 たたんっ、と。

 

 頭突きをした勢いそのままに、薫織(かおり)は両手を床に突いた。

 

 そのままハンドスプリングの要領で飛び上がり、空中で身体を一回転させ──勢いを全て足に一点集中させた踵落としを、体勢が崩れたピースヘイヴンに振り下ろす。

 

 ピースヘイヴンはやっとの思いで両腕を交差させてこれを受け止めるが、一七〇センチ近い筋肉質の薫織(かおり)の全体重をかけた一撃を、『着用型』シキガミクスの運動性能で叩き込まれたのだ。

 『ターミナルスカーフェイス』を貫通してピースヘイヴンの両腕にじんじんと重く響く痛みを生み出していた。

 

 

 さらに、薫織(かおり)の動きはこれで終わらない。

 

 

()()()()()()?」

 

 

 そう問いかける薫織(かおり)の眼前に、洗剤が現れる。

 

 

(浴びせて滑りやすくすれば機動力激減!! かけた後でさらに別種の洗剤をかければ至近距離から毒ガス……! ()()の布石か!!)

 

 

 即座にその危険性を理解したピースヘイヴンだが、全体重を乗せられている状態では即座の回避は不可能。

 崩れ去る定説(リヴィジョン)も──薫織(かおり)との戦闘で『時』の『書き換え』を使う必要性が高い本体を気遣ってか、手負いの継ぎ接ぎ仕立ての救済(ザ・リグレット)攻略に手間取っている。

 

 能力発動から、まだ一秒も経過していない。

 崩れ去る定説(リヴィジョン)の再発動まであと九秒強必要というこの状況で──

 

 

「そう焦るな、園縁(そのべり)君」

 

 

 ゴギン、と。

 

 ピースヘイヴンの右肩関節がひとりでに外れ、薫織(かおり)の蹴りをそのまま受け流していく。

 

 

「なッ!?」

 

「『ターミナルスカーフェイス』は『着用型』だが、肉体の()()が目的ではない。その真価は肉体の()()だよ」

 

 

 脱臼の痛みか、額に脂汗を流しながらピースヘイヴンは蹴りを受け流されて体勢を崩した薫織(かおり)に攻撃を仕掛け──ずに、宙に浮いた洗剤をまず左手で殴り飛ばす。

 流知(ルシル)がいる方向に、だ。

 

 

「……テメェ!!」

 

 

 すぐさまピースヘイヴンの狙いに気付いて洗剤の『取り寄せ』を解除する薫織(かおり)だが、意識を一瞬でも逸らされたのは紛れもない事実。

 その一瞬でピースヘイヴンは拳を振るった体勢から持ち直し、そして右肩の関節も回復していた。

 

 

 さらにピースヘイヴンが身を低く構えた、ちょうどその瞬間。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。