唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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70 崩れ去る定説 >> RAGE AGAINST THE WORLD ⑦

「えいっ」

 

 

 横合いから、流知(ルシル)の気の抜けた声。

 

 そして次に、大きめの木片がまるでボウリングのピンみたいに『天尾羽張』をステージの奥まで弾き飛ばしていた。

 

 薫織(かおり)とピースヘイヴンの行き着く間もない攻防。

 ──しかし、流知(ルシル)だってただ黙って見ていたわけではなかった。

 

 飛躍する絵筆(ピクトゥラ)を強制的に手放させられた流知(ルシル)は、自分が即座に霊能による妨害を実行できないと悟り、次善の策として『ピースヘイヴンがすぐに回収できない場所』まで『天尾羽張』を移動させる方法を必死に考えたのだ。

 

 その答えが『大きめの木片をぶつけてカーリングみたいに「天尾羽張」を弾く』だったのは、直前に自分が同じことをされたことを差し引いてもあまりに原始的すぎる選択だったが──

 ──しかし、この場においてはその『気が抜けるような単純な方法』であることが功を奏した。

 

 

「あ、」

 

 

 想定外の指し手の、想定外の一手。

 

 薫織(かおり)とピースヘイヴンの思考が同時に空白で染められる。

 

 それは時間にすれば一瞬のことだったが、それでもそこで確実に戦場は一旦停止する。

 そして、一度止まった流れが再び始動した。

 

 此処で、両者の勝利条件の違いが如実に表れる。

 

 薫織(かおり)の至上命題としては、ピースヘイヴンに『唯神夜行』を遂行させなければいい。

 彼女自身が『天尾羽張』を回収しなくても、ピースヘイヴンが『天尾羽張』を回収しなければ問題ない。

 極論を言えば、雑に破壊してしまったところでその後の百鬼夜行(カタストロフ)をどうにかしてしまいさえすれば、薫織(かおり)の勝利と言ってしまってもいいだろう。

 その点で、立ち回りの自由度はかなり高い。

 

 一方で、ピースヘイヴンは『唯神夜行』を宿した『天尾羽張』を確保して計画を完遂しなければならない。

 もちろん『天尾羽張』を破壊することなど以ての外だし、二人のうちどちらかに強奪されてしまっても計画は成り立たなくなってしまう。

 そのほかにも流知(ルシル)がその霊能で『天尾羽張』の機能を停止させてしまうリスクなど、対応するべき危険もピースヘイヴンの方が多い。  

 

 だからピースヘイヴンは反射的にステージの奥に飛ばされた『天尾羽張』の方を目で追い──対する薫織(かおり)は即座に『天尾羽張』の処理を流知(ルシル)に任せる決断を下し、そしてピースヘイヴンへの攻撃へと移った。

 

 

「まずは前菜(オードブル)になります。ラスボス様ァ!!」

 

「くっ……!!」

 

 

 思い切り振りかぶったミドルキックは流石にピースヘイヴンの両腕にガードされてしまうが、しかし勢いまで殺しきれる訳ではない。

 

 そのままピースヘイヴンの身体は数メートルほど後方、体育館中央側へとフッ飛ばされ──ステージ上から離脱することになる。

 

 この時点で、ステージ東袖に流知(ルシル)、西袖に『天尾羽張』、中央に薫織(かおり)、ステージ下にピースヘイヴンという立ち位置となった。

 ピースヘイヴンは流知(ルシル)の方へ視線を走らせるが──どうやら弾いた飛躍する絵筆(ピクトゥラ)は運悪くステージ上の壁に柄の方が突き立ってしまったようだった。

 あの分なら仮にすぐさま引っこ抜こうとしても数十秒は霊能を使うことは難しいだろう、とピースヘイヴンは判断する。

 

 

「……流石だな」

 

 

 ピースヘイヴンはすっと居住まいを正すと、薫織(かおり)に向かって拍手をする。

 

 これは霊能発動のインターバルまでの時間稼ぎの意味もあったが、一方でピースヘイヴンの偽らざる本心でもあった。

 

 

「今の動き。確かに私の霊能を完全に看破していなければ不可能な動きだった。どうやら私の霊能を暴いているというのは間違いないことらしいな。

 …………そうだよ。私の霊能は『時』の『書き換え』。この世の時間を数秒ほど巻き戻し、そしてその中で私だけが行動を変更することだ」

 

「……!! そんなデタラメな……!」

 

 

 当然そんなことは考えもしていなかったらしい流知(ルシル)が、霊能のスケールの大きさに息を呑む。

 しかしやはりと言うべきか、薫織(かおり)の方は少しも動揺していない。

 

 ピースヘイヴンの足から、ナイフが音もなく消える。

 おそらく逆用を警戒したであろう薫織(かおり)は、血が一滴も零れ出ないピースヘイヴンの足先を眺めながら、

 

 

「テメェだけが自由に動ける時間は精々一秒程度、だろうがな」

 

 

 ピースヘイヴンの説明に、冷静に補足を入れた。

 

 

「テメェは未来の出来事を予知した上で行動することができる。だが、未来の予知は何もテメェの専売特許じゃねェ。当たり前な予測を積み重ねていけば()()()()()()()()未来は予知できる。

 テメェが狙うであろう位置を予測して防御を置けば、そこに勝手に引っかかる形でテメェの攻撃は防げんだよ。さっきみたいにな」

 

「簡単に言ってくれるね。君のそれを霊能抜きでやっていると言われたら、困惑と共に憤慨する人間が大半だろうよ」

 

「だが可能だ。ご主人様の命を受けたメイドならな」

 

 

 ステージの上から、黒幕を見下しながら。

 

 薫織(かおり)はそう言って、ピースヘイヴンに宣言した。

 

 

 ──ただし。

 

 

 忘れてはいけないのは、ピースヘイヴンは曲がりなりにもこの世界を二〇年近くにわたって掌握し続けてきた実績を持つということ。

 

 その悪辣な発想が、()()()()()()()()()()()()()()で潰えると考えるのは、あまりにも楽観的過ぎだ。

 

 

「では、こうしよう」

 

 

 言葉と同時に、ピースヘイヴンと崩れ去る定説(リヴィジョン)が互いに向かって駆け出す。

 一切の意思疎通を省いた行動だったにも拘らず、同じ意思を持つ二つの戦闘者は寸分違わない意図で同時に行動を果たした。

 

 即ち。

 

 

「選手交代だ」

 

 

 今までの、『本体がシキガミクスと同等に動ける』程度のスケールとは桁が違う。

 

 現存する中で間違いなく『最強』の性能を誇るシキガミクスが──主人を背に守るメイドへ牙を剥く。

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