唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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71 崩れ去る定説 >> RAGE AGAINST THE WORLD ⑧

 一瞬で、崩れ去る定説(リヴィジョン)の姿が掻き消えた。

 

 

 ──否。

 消えたと錯覚したのは、おそらくこの戦闘を横合いから眺めている余人だけだ。

 薫織(かおり)の目には、地面を蹴り高速で接近してくる敵機の姿がありありと映っていた。

 

 振りぬかれる右拳を、上体を逸らしたスウェーでもって回避する。

 通常であれば回避することすら許さぬ神速の拳が、しかし薫織の鼻先数センチのところを豪快に空振りする。

 必殺の拳が、殺し損ねる。

 

 しかし、それが限界。

 

 最高速度かつ最短距離の回避を以てしても、崩れ去る定説(リヴィジョン)の剛腕を回避するので薫織(かおり)の動きは手いっぱい。

 しかし、薫織(かおり)がそこから態勢を整えるよりも早く、崩れ去る定説(リヴィジョン)は左拳を構え終えている。

 

 根本的な速度差。

 それは、咄嗟の一瞬ではなく、動作から動作への流れの中でこそ如実に表れていく。

 

 

「────」

 

 

 これ以上の回避はできない。

 不可避の状況で、崩れ去る定説(リヴィジョン)はさらに無造作に左拳を振り下ろす。

 

 それだけで。

 

 ぐりん!!!! と薫織(かおり)の身体が、冗談みたいに錐揉み回転した。

 横倒しにした竹トンボみたいな恰好で回転するその姿は、傍から見れば致命傷すらも想像できたが──しかし、それは実像とは異なる。

 

 

『しまッ──』

 

 

 焦ったような声を上げたのは、崩れ去る定説(リヴィジョン)の方だった。

 

 崩れ去る定説(リヴィジョン)が呻いたのも束の間、その頭部の左側面に、回転の勢いをそのまま載せた薫織(かおり)の回し蹴りが叩き込まれる。

 

 ──攻撃を受けた側が派手に吹っ飛ぶと、それだけの運動エネルギーがあるのだからと大ダメージをイメージするものだが、それは厳密には間違いである。

 攻撃を受けてその場から微動だにしないということは、その分の運動エネルギーは受け手の肉体に直接吸収されたということ。

 それよりも、吹っ飛んでいる方がその分『移動に運動エネルギーが使われている』ということであり、見た目よりもダメージは少ない。

 

 この場合、薫織(かおり)はあえてその場で回転することにより、崩れ去る定説(リヴィジョン)の必殺の一撃によるダメージを受け流すだけでなく、その回転の勢いを攻撃に利用したのだ。

 

 

 ──ただし。

 

 

『──ってもいないか……微妙に。……やれやれ、油断も隙もない』

 

 

 放たれた薫織(かおり)の蹴りは、崩れ去る定説(リヴィジョン)が咄嗟に掲げた右掌によって完璧に防がれていた。

 

 まるで、キャッチャーフライを捕るかのように。

 明らかに想定外の一撃だったにも拘らず、崩れ去る定説(リヴィジョン)はその理外の一撃を受け止めている。

 

 そして、蹴りをガードされた薫織(かおり)──二本足で佇む彼女の左肩は、不自然にだらりと垂れ下がっていた。

 

 

『だが、さしものメイドと言えど今の一撃を無傷で切り抜けることはできなかったようだ』

 

 

 確かに、薫織(かおり)は自ら回転をかけることで、先ほどの崩れ去る定説(リヴィジョン)からの致命の一撃を軽減させることに成功していた。

 そればかりか、回転の勢いを攻撃に転用して相手の予測の外からの一撃をお見舞いまでしてみせた。

 

 しかし──根本的なシキガミクスとしてのスペック差は、一目瞭然。

 たとえ薫織(かおり)が身体に回転をかけたとしても、全ての勢いを殺し切れる訳ではない。

 

 その差分は、薫織(かおり)の身体にダメージとして蓄積されている。

 

 ただし。

 明確なダメージレースにおける差を認識しておきながら、薫織(かおり)の表情にはなお余裕が浮かんでいた。

 

 

「危機感が足りてねェな」

 

 

 楽しむような笑みを言葉に滲ませる崩れ去る定説(リヴィジョン)に対し、薫織(かおり)は嘲るような笑みを重ねた。

 

 

「理解しろ。今の局面でテメェはまたしても(オレ)を仕留め損ねた。その意味をな」

 

『随分露骨に圧をかけてくるじゃないか、らしくもない。存外劣勢かね?』

 

 

 だが、ピースヘイヴンもその程度で己の優勢を疑うような脆弱な精神基盤は持ち合わせていない。

 むしろ薫織(かおり)の強気を打ち崩すように、挑発的な言葉を重ねる。

 

 言葉は刃。

 

 それぞれが相手の精神に対してその刃先を突きつけながら、互いに戦局を認識していく。

 

 

 客観的な事実を言えば──薫織(かおり)の劣勢は疑いようがなかった。

 渾身の格闘戦ですら終始崩れ去る定説(リヴィジョン)に上を行かれ、残ったのは左肩の負傷。

 四肢の内一つが使えなくなった状態で、最強のシキガミクスを相手にするのはいかにも心許ないと言える。

 

 ただし。

 

 

「何故霊能を使わなかった?」

 

『…………』

 

 

 薫織(かおり)の言葉に、崩れ去る定説(リヴィジョン)は答えない。

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 沈黙した崩れ去る定説(リヴィジョン)にさらにダメ押しを仕掛ける形で、薫織(かおり)は続ける。

 崩れ去る定説(リヴィジョン)は、最早隠す意味もないとばかりに沈黙を保っていた。

 

 

「一度発動すれば以降一〇秒は再発動ができない。つまり、使いどころを誤ればそれ以降は霊能なしで切り抜けなくちゃならねェんだ。

 スペックで優っているとはいえ、相手は(メイド)。そんなもんは霊能と技術でいくらでも埋め立てられちまう。

 当然、使うタイミングには細心の注意を払うよなァ……。……その結果、絶好のタイミングを逃すことになっちまっているが」

 

『んー、図星だな……。だがこれが君に対する最善だ。霊能は保険として使い、あくまで基本はこの圧倒的なスペック差でゴリ押し。

 そうすればやがて君の継戦能力は底を突くだろう』

 

 

 つまり、持久戦。

 

 ただでさえ、薫織(かおり)崩れ去る定説(リヴィジョン)では着用型と封印型というスタミナ消費の差が存在する。

 『待ち』の戦法を撃たれれば、セオリーで考えると薫織(かおり)は勝ち目がなくなるが──

 

 

「……馬鹿野郎が」

 

 

 薫織(かおり)はむしろ、叱責するような色を以て崩れ去る定説(リヴィジョン)を喝破する。

 

 

「そんなつまらねェ戦法、自ら逆転負けのフラグを立てに行っているようなモンじゃねェか」

 

『現実と物語を混同するんじゃない。浪漫だなんだで理想論に傾くのはもうたくさんだ。君も前世で良い大人だったのなら、いい加減に現実を見ろ』

 

 

 そうして、崩れ去る定説(リヴィジョン)の姿が再び消えた。

 

 体育館の地面をめり込ませながら、肉眼では追い切れないほどの高速で薫織(かおり)に肉薄する瞬間──崩れ去る定説(リヴィジョン)は確かに聞いた。

 

 

「逆だ、逆。混同じゃねェ──」

 

 

 臨戦態勢のメイドの口から洩れた、その台詞を。

 

 

「『超克』するんだよ。物語で、現実を!!」

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