唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
──そこは、大海原の只中であった。
雲一つない晴天。
穏やかな水面。
波間で揺れるそのクルーザーは、三六〇度全方位を海に囲まれている。
丘陵めいて波立つ海面の向こうには、島の一つも確認できない様子だった。
太平洋。
此処がそう呼ばれる海域であることを、それらの情景が如実に示していた。
太平洋の只中で太陽の光を反射する真っ白い船体には、『第六裏階段』という文字が記されている。
そして──薫織はその上に佇んでいた。
「
『裏階段』への瞬間転移。
これが、策の第一段階だ。
そして次の段階で、ひとまず
「そして流知に刻ませた陣により……
ここでもう一度、
薫織の個人的なこだわりから取り寄せる物品は『掃除用具』『調理器具』『食器類』『食材』『寝具』といったメイドの業務に関係する物であることが大半だが、別に霊能的な制限がそこにあるというわけではない。
つまり。
「『
ズ──と。
掲げた薫織の手の先に、禍々しい気配を放つ一本の木剣が現れる。
『天尾羽張』──そしてそれを核にして生み出された術式、『唯神夜行』。
その術式と、神様を生み出すほどの霊気を封入された邪剣は──こうして学園から切り離された。
この時点で、霊気の奔流によって大量の被害が生じることはない。
薫織の目的も、達成されたも同然だった。
ただし。
「……残念そうだなァ、
薫織は、ゆったりと呼びかけた。
『天尾羽張』に──否、
「ずっと、妙な感じはしていたんだ」
薫織はそう言って、語り始める。
「最初は、あの花蓮がガラにもなく
結果的に、ピースヘイヴンなどはその加護があの暴発を誘引したと考察していたようだが──果たして、本当にそうだろうか。
花蓮はあの時、何かの発生を予見しているようだった。
もしもそれが、あの暴走のことだったとしたら?
花蓮の加護は、暴走を誘発させたのではなく──暴走から薫織のことを守り、最低限救命が間に合う程度のダメージに負傷を留めていたのだとしたら?
「それにアイツは……ピースヘイヴンは、アホではあるが無能ではねェ」
薫織は、敵としてのピースヘイヴンを信頼している。
ポカはやらかすと思っているが、それでも自分が計画した流れが計画した通りに進んだのに望んだ結果が得られない──というような無様は晒さないと認めている。
そのピースヘイヴンが構築した術式が、暴走して失敗する。
これ自体が、既に違和感の塊であった。
「『神様』の発生によって、霊気の吸収の分計算に狂いが生じて、術式が暴走した? 果たして現実はそこまで殺人的か?」
ピースヘイヴンの分析は、確かに的を射ている。
現実的に目の前の事象を説明しようとするならば、そうとしか言いようがないだろう。
だが──にしたってタイミングが最悪すぎるとは思わないだろうか。
一度目は霊気の奔流が薫織の脇腹を直撃するように。
二度目はピースヘイヴンが自らの負けを認めた直後に。
まるでより盤面を混沌に陥れられるタイミングで暴れているような、そんな悪意すら感じるような動き。
そして──何より、『霊気の吸収』は別に『神様』の存在が成立した時点で自動的に発生するわけではないのだ。
あくまでも、
つまりやろうと思わなければ霊気の吸収は起きないし、仮に生まれたての『神様』が本能で動いているのであれば、自らの存在を不安定にしかねない行動は本能的に忌避するはずなのだから。
そうではないとすれば──残る可能性は一つ。
明確な、悪意。
己の存在を危ぶむとしてもなお、誰かを害そうとするきわめて人間的な意志の存在だ。
ゆえにこそ、薫織は決断する。
この『神様』を、世に放ってはならないと。
「行き違いだったら悪りィからな。一応弁明は聞いておくぞ。何か言い分はあるか?」
『………………………………』
しかし、『天尾羽張』の奥にいる『神様』は何も語らない。
語れないのではなく、
──そう直感できるほどに、生々しい沈黙がそこにあった。
薫織は溜息を一つ吐いて、そして言う。
「分かった。じゃあ──こっちも遠慮しねェ」
直後、薫織の身体が天まで跳ねた。
大量の『女中道具』を足場代わりにして、そして空まで駆けあがったのだ。
一気に三〇メートルほどの高さまで飛び上がった薫織は、船上の木剣に焦点を合わせると、今度はまるで逆回しの映像のように船へと駆け下りていく。
『天尾羽張』の奥にいる『神様』も──それを黙って見ているわけではない。
迸るのは、紫電。
霊気の奔流が、雷のように流れて薫織を突き破らんと弾かれる。
──それは、かつて薫織が手も足も出ずに瀕死の重傷を負わされた一撃。
まさしく雷速のそれは、いかに霊気で強化されていようと人間の身では回避することも叶わない。
まさしく、神の一撃。
「……自然現象気取ってんじゃねェぞ、『怪異』風情が」
その一撃は、薫織の脇腹を庇うように発現されたナイフの束によって完全に防がれていた。
「テメェの一撃がどれほど速かろうが、その根底に悪意が、意図があるのならそれを先読みして行動することは誰にだって可能だ。……分かるか、『神様』」
神の一撃を掻い潜ったメイドは、落下の加速をその足先に乗せて、『神様』に告げる。
「この
メイドの蹴りが、木剣を叩き割り。
「テメェ程度の
直後、大規模な霊気の奔流が、クルーザーごと巻き込むような周囲五キロメートルに破滅的な爆風を撒き散らした。
◆ ◆ ◆
「か、薫織!!」
同時刻。
園縁薫織は、ウラノツカサの第七体育館に存在していた。
その右足は、よほどのダメージを負ったのかグチャグチャになっていたが──
「か、薫織ぃ……あ、足、足が! た、た、大変! 師匠! 師匠! 薫織の足が、足が! 早く治さないと!!」
「いちいちそんな世界の終わりみてェな顏すんな。最初から嵐殿に治してもらうのをアテにしてる覚悟の負傷だっての」
「はいは~い。正直今も頭クラクラなんだけど……放っておくと命の危険っぽいし、お姉さん頑張っちゃおっかな~」
左足だけでケンケン歩きになりながら、薫織は狼狽する流知の頭をぽんぽんと撫でる。
そんな薫織に肩を貸しながら、ピースヘイヴンは静かに問いかけた。
「……どうなった?」
「いちいち説明が必要か? ……決着つけてきたよ。テメェの陰謀全部にな」
「…………」
その言葉に、ピースヘイヴンはただ沈黙を守った。
感謝をすればいいのか、謝罪をすればいいのか。
とにかく、世界は救われた。
大げさではなく──『シキガミクス・レヴォリューション』という
良くも悪くもその
そんなピースヘイヴンに、薫織は軽い調子でこう続けた。
「これにて、ご奉仕完了。……どうだ
「…………ああ、そうだな。完敗だ、ヒーロー」
「何言ってんだ」
全ての陰謀の元凶の肩を借りながら。
世界を救った女は、笑いながら返す。
「ヒーローなんてガラじゃねェ。