唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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98 筋書きはもうない >> SPRIT MILK ④

 そこにいたのは、一人の少女と一人の少年だった。

 

 

 波に揺られて停泊しているクルーザーの甲板上。

 亜麻色の髪を後ろで一つ結びにした三白眼の少女は、目の前の少年を睨みつける。

 

 対する少年の方は、黒髪をオールバックにした神経質そうな面持ちだ。

 少女の剣幕に若干気圧され気味ではあったが、それでも一歩も退かない姿勢だった。

 

 

「恋はルール無用なのよ。あんま眠たいこと言ってると海に吹っ飛ばして一足早い海水浴を楽しませてやるわよ」

 

 

 一つ結びにした亜麻色の髪を潮風に靡かせながら、少女は不敵そうに吐き捨てる。

 

 年の頃は高校生くらいだろうか。

 目つきの悪さと相俟って、その眼光には凄まじい迫力がある。

 フリル付きのカチューシャといい、カラフルな指輪といい、アイテムのセンスは『ファンシーな少女趣味』なのだが、着こなしのせいか完全に全体の印象がスケバンで統一されてしまっていた。

 

 

 

 高等部一年生

 交友社会学研究部所属 転生者

 佐遁(さとん)佳代(かよ)

 霊能名──『恋慕のすゝめ(レイジングホース)

 

 

 

「話が通じなさすぎる……! そんな私欲満載の女を神織悟志に接触させられるわけがないだろ!?」

 

 

 そんな少女の言動に冷や汗を流しながらも、少年はさらに食い下がる。

 

 黒髪をワックスで撫でつけたオールバックは、動揺のせいもあってか幾許の解れが見られた。

 冷や汗をかいていることもあり、神経質そうな面持ちには必死さも感じられる。

 身長の高さやスタイルも相まって一見すると大人びた雰囲気があるが、よく見ると顔立ちはまだ幼さを残していた。

 

 

 

 中等部三年生

 社会活動秩序補正部所属 転生者

 燻市(いぶすいち)大智(たいち)

 霊能名──『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)

 

 

 

 責められても退くどころかむしろ居直る勢いの少女──佐遁は、少年──燻市に対して、なおも挑戦的に続ける。

 

 

「大好きな人にアプローチを仕掛けることの何が悪いのよ? いいからそこどきなさい。アンタいい加減自分が無粋なことしてるって理解したら?」

 

「ふざけるなよ。どうせ『原作』知識ありきのミーハー野郎だろうが。何が無粋だ。そんな軽い気持ちで首突っ込もうとしてるお前の方が無粋だろ」

 

 

 言葉の応酬によって、二人の間の空気に明確にヒビが入る音がした。

 

 他の参加者たちは、二人の間を流れる険悪な雰囲気を嫌ったのか、あるいはそこに関心を抱いていないのか、我関せずとばかりに騒動を無視している。

 

 ギアを上げた二人は、さらに言葉の応酬を続けて、

 

 

「はーあ? じゃあそれあっちにいる女にも言ってあげたら? 私にだけ言うのって筋通ってなくない? どうせ本丸の近くは怖くて行けないんでしょ。ビビりが透けて見えてんのよ」

 

「……見るからに地雷なヤツの方を先に処理しようとしてるだけだが。何にせよ退く気がないならこっちにだって考えがあるからな」

 

 

 船内の様子を見ているのか、この場に揉め事の原因である神織悟志の一行がいないのがせめてもの救いか。

 しかし仲裁役がいない以上、そうこうしているうちにも、二人の口論はヒートアップして激突が始まりそうな勢いだった。

 

 二人の口論を遠巻きに眺めている流知は心配そうにしながら、

 

 

「か、薫織。アレまずくありませんこと? 止めに入った方がいいのでは……、」

 

 

 そう言って、薫織の方へ視線を向ける。

 

 が。

 

 

「あー……」

 

 

 当の薫織は、何故か右手で顔を覆って天を仰いでいた。

 まるで、身内の恥を目の当たりにしたかのように。

 

 いつもの薫織であれば、流知の問いかけに対し何かしらのリアクションは返しそうなものだ。

 あまりにも想定と違う態度に、流知は目の前の状況に対する危機感を一時忘れて首を傾げる。

 

 

「……薫織? どうかしたんですの?」

 

「いや……なんでもねェ。どちらも知り合いってだけだ。気にすんな。だが、そうだな。このまま揉めてても会の進行に支障が出るしな……」

 

 

 きわめて気まずそうな表情を浮かべながら、薫織は重い足取りで二人の元へと歩み寄っていった。

 

 近寄ってくる高身長の全身メイド装備という異常者という絵面に、ヒートアップしてきた二人もすぐさま気付く。

 しかし、その反応は対照的だった。

 

 

「あっ、メイド長!」

 

「げっ、必殺女中(リーサルメイド)か……」

 

 

 佐遁は吉兆。

 燻市は凶兆。

 それぞれがそれぞれの視点で薫織に視線を向ける。

 しかし薫織の方は一律同じように忌々しそうな口調で、

 

 

「おいそこのクソガキ二人。揉めんのはいいが、バトルならよそでやれ。船の上でおっ始めるつもりなら『ご奉仕』すんぞ」

 

 

 ご奉仕。とても多角的で便利な言葉である。

 

 

 第三者の介入によってこれ以上騒ぎが大きくなることを嫌ったのか、燻市は舌打ちをしてその場を離れていく。

 

 船内へと移動していった燻市を見送っていた佐遁は、大きく肩を竦めてから、

 

 

「なにアイツ。ただでさえ『抜け駆け女』のせいでこっちにゃ余裕がないってのに。あんな無粋なヤツがいるなんて聞いてないわよ!」

 

「あの……何があってあそこまで揉めていたんですの?」

 

 

 いまだに憤懣やるかたない調子の佐遁をこれ以上刺激しないようにしつつ、流知は慎重に問いかける。

 

 気分は地雷処理班であったが、一応今回は流知も主催(ホスト)側の人間だ。

 それに、それ以前に誰かが揉めているのであれば何かしら手助けしたい、というのが流知の信条だった。

 

 しかし、話しかけられた当の佐遁の方は流知の問い自体にはいまいち反応せず、

 

 

「ん? あーっ! お嬢! メイド長のご主人様やってるコよね! はじめまして、私、佐遁(さとん)佳代(かよ)。よろしくねぇ」

 

「あ、はい。遠歩院流知ですわ。よろしくお願いします……」

 

 

 さっきまでと打って変わって友好的な態度の佐遁に、流知は目を白黒させながらもなんとか応対する。

 てっきり怒りの八つ当たりがこちらに向いてくるかもと思って内心身構えていた流知としては、肩透かしを食う展開だった。

 

 そんな流知を周回遅れにするようにして、佐遁は続ける。

 

 

「今の? 怖がらせちゃったらごめんなさいね。ほら、今回のイベント。神織さんの近くに見知らぬ女がいたじゃない?」

 

「まぁ、はい……」

 

 

 あまり要領を得ないながらも相槌を打つ流知に、佐遁は当然の常識を語るみたいに、

 

 

「『抜け駆け』でしょ? それ。だから私も好きにやろうと思って」

 

 

 そう、言い切った。

 

 

「はえ……?」

 

 

 あまりにも前提から食い違いすぎる発言に、流知はもはや相槌すら満足に打てなくなっていた。

 

 クルーザーの上は波に揺られて足元も心許ないが、流知はその不安定感がどこから来ているのか分からなくなりつつあった。

 

 

「私だって神織さんにアタックかけたかったけどさ。『第一巻』案件って言ったらかなり大変なヤツじゃん。

 だから少しは慎重に……って思ってたらあの(アマ)、レギュラーメンバーの仲間入りしてんだもの。じゃあ私だって我慢しなくていいや! ってさ」

 

 

 あまりにも恋に生きる女であった。

 

 圧倒されつつも、盤面が分かりかけて来た流知は頷いて、

 

 

「なるほど、それでその動きを先程の方に諫められたと……」

 

「その通り」

 

「よ、よく分かりましたわー」

 

 

 要は、恋愛目的で『正史』に介入しようとした佐遁と、その佐遁の動きを止めようとする燻市の小競り合いという状況だったらしい。

 

 ぶっちゃけ心情的には燻市の肩を持ちたいところではあったが、ここで意見を違えて揉めるのもなー……ということで適当な相槌を打つことにする流知。

 それに、『正史』の流れがどうとかここまで来たら今更気にするのも馬鹿らしい感はあった。そこを何とかうまいこといかせるのが流知たちの役割である。

 

 とはいえこのまま同じ話題を続けるのは分が悪いとみて、流知は隣にいる薫織に話の矛先を向ける。

 

 

「そ、そうだ薫織。さっき、お二人とも知り合いと言っていましたけれど、それは……?」

 

「ん? あァ、さっきのヤツ──燻市はかなり頑固な『正史遵守派』でな。(オレ)みてェなのは『正史』の進行に支障をきたすとか言って、何回か喧嘩を吹っ掛けてきてたんだよ」

 

「あ~……」

 

 

 そういえば、そんな話もあった。

 そんな間柄の関係を『知り合い』というカテゴリに入れられてしまうのは地味におかしいのだが、流知はそこには気付かない。

 

 そこで流知は思い出したように、

 

 

「では、そちらの佐遁さんは? わたくし達の関係を知っているようですけれど……。それに、メイド長とは……?」

 

 

 お嬢と呼ばれたのもそうだが、佐遁の方は流知とは初対面であるにも拘らず、最初からある程度の親しみを向けているようだった。

 当然だが佐遁にそんな親近感を持たれる理由が分からない流知としては(人から好意を向けられるのは嬉しいので全然OKだが)不思議な状況である。

 

 

「そっちの方は……」

 

「あー、それはもっとシンプルね」

 

 

 それに対し、薫織が答えようとしたところで、佐遁の方があっさりと返す。

 

 ご近所の井戸端会議でもするみたいに、佐遁は口元に手を当てながらこう答えた。

 

 

「前世からの付き合い。私、メイド長の『娘』だったから」

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