殆ど実戦経験もないのに寄せ集めの部隊を率いて、止せば良いのに名将キルヒアイスに「キフォイザー星域」にて挑んだ挙げ句、無様で自業自得の末路を遂げる事になります。
ところが彼は、死んだ筈なのに「キフォイザー星域」の開戦が始まる前に戻っていました。
この怪奇現象は一体何なのでしょう。
その男は、気付くと自分の乗艦にいて。自席に座っている事に気付いていた。どうしてかは分からない。
なぜなら、死んだ筈だったからだ。
男の名前はリッテンハイム侯ウィルヘルム。
リッテンハイム侯は、この国家。ゴールデンバウム朝銀河帝国のいわゆる外戚の一人。妻は前皇帝の娘。
戦艦オストマルクの指揮シートは豪奢な玉座のようで、座り心地が良い。あわてて、周囲の状況を確認する。
今、銀河帝国は内乱の真っ最中。
成り上がり者のラインハルト=フォン=ローエングラム。元は貴族とはなばかりの帝国騎士に過ぎず。姉の色香で皇帝をたぶらかし成り上がり公爵にまでなった半端物(リッテンハイムの主観)と、門閥貴族の間で決定的な対立が生じた。その結果、大規模な内乱に発展。同じ外戚ブラウンシュバイク公とリッテンハイムが中心となって、反ラインハルトの「正義派諸侯軍」を立ち上げて。大規模な蜂起を行ったのだ。中心としたガイエスブルグ要塞には、一時期2000万もの兵力が正規兵と貴族の私兵をあわせて集まり、まるで首都星オーディンが引っ越ししたような壮麗な有様となった。
しかしながら、門閥貴族の足並みは揃わず。
緒戦のアルテナ星域会戦以降、敗退を重ね。ブラウンシュバイクが苛立つのをみて、リッテンハイムは好機とみた。
故にブラウンシュバイク公に「辺境星域を荒らしている敵を殲滅する」という理屈で取り巻きを集め、ブラウンシュバイクと袂を分かったリッテンハイム。此処で勝てば、リッテンハイムに大きな差をつけることが出来る。勿論ラインハルトを倒した後は、敵はブラウンシュバイクになるのだ。その時貴族達の支持を集めるには、実績が必要だった。それくらいの計算は、リッテンハイムにも出来た。
「正義派諸侯軍」の三分の一、五万隻の艦隊を率いてゴールデンバウム王朝銀河帝国の辺境宙域を奪還に向かう途中。
それが、今だった。
これから、数で劣るはずの敵。ラインハルトの部下である赤毛の小僧。キルヒアイス提督の三~四万隻程度の、だいぶ兵力が劣る敵艦隊に敗れて。
更には、逃げた先のガルミッシュ要塞で、文字通り見るも無惨な裏切り(主観)によって、爆死した事だけは覚えている。
ひっと、声が漏れていた。
それは当然だろう。
元々意気揚々と出ていった状況で、あの敗北。
更には、「平民如き」相手に尻尾を巻いて逃げ出した、いざという時に出て来た自分の本性。
更には、爆死した瞬間の恐怖。
全てが、リッテンハイムを打ちのめしていた。
しばらく呼吸を整える。
酒を持ってくるように指示。部下が酒を持ってくる。しばらく無心に酒を呷って泥酔。
今更、戻る事も出来ない。
しかし、酔うと少しずつ考えも変わってくる。
だが、敵の手の内もどうやって動いてくるかも「知っている」。負ける事など、あり得なかった。
くつくつとリッテンハイムは酔眼で笑う。
副官を呼ぶ。
何が起きるか知っている。
この後、リッテンハイムは数だけを頼りに敵艦隊に挑む。正面からの戦闘を実施したが、艦隊は、敵の斜線陣戦法に敗北した。だが、あんなのはまぐれに決まっている。どうして正面からの戦いに、何度も敗れようか。
この内戦に勝った後は、敵対国である自由惑星同盟を蹂躙してやるのもいいだろう。所詮帝国の臣民としてありがたくも「飼ってやっている」事すらも受け入れられなかった半端物の集まりだ。
絶対に勝てる。
もう一度、くつくつと笑う。
程なくして、艦隊を指揮している主な貴族達が集まる。実際の軍事指揮官達も集まっていた。
まずは引き締めからだ。
自信満々に、そうリッテンハイムは思っていた。
その時。
歴史が動かなかった。
「恐れながらリッテンハイム侯! 私はレールキャノンがいい!」
呆然としているリッテンハイムの前で。貴族の一人は口角から泡を吹きながら叫び散らかしていた。
まずは、軍の再編制。
五万の兵力を活用して、斜線陣戦法に対抗する状況を作る。
それが最初にやるべき事だ。
そう考えたリッテンハイムは、まずは敵を正面から圧殺すべく貴族達を説得しようと考えた。一応、打てるべき手は打つべきだと考えるだけの知能はあった。
「長期間続いた王朝の貴族が無能なはずがない」。
「偉大なる銀河帝国の開祖ルドルフ皇帝がえらびたもうた伝統と誇りある血族こそ貴族である」。
そう、リッテンハイムは思っていた。
だから、ラインハルトのような成り上がりは運と姉の色香だけでのし上がった。ラインハルトの戦績は全て運。それが、リッテンハイムだけではなく、貴族達殆どの考えだった。最初に「正義派諸侯軍」を率いるブラウンシュバイク公が、何故か「軍事の専門家」とやらである下級貴族から長く生きていただけで成り上がったメルカッツ(リッテンハイムの主観)を参謀に据えたのも気にくわなかったし。更には、作戦会議で「どのような爵位を持つ方だろうが自分の指示に従う事」等を強制してきたときには、その場で射殺したくなった程だった。
貴族が戦場に出れば活躍出来るし、それは必然だ。
だが、この瞬間。
その考えが、根本的に間違っている事を、ようやくリッテンハイムは悟っていた。
学歴は、基本的に金で買うもの。
貴族の場合は、皇室とのコネや、現在の権勢で買うもの。
それが現実だ。
リッテンハイムは、士官学校には数回足を運んだだけで、なんと二位の成績で卒業している。実際に銃を持ったことはほとんどないし、具体的な戦術理論や戦略論を学んだ事すらもない。文字通り成績を貴族という立場で買ったのだ。
なぜなら、貴族は産まれながらに「優秀な遺伝子」を持っており、それだけで「愚民」より優れているからだ。
だから好き勝手に愚民など殺して良いし、私物として処理もして良い。
それが貴族の考え方だ。
だが今になって、誰も彼も真面目に軍学など学んでいなかったことが仇になってきている。
一方で、真面目に勉強させられたこともある。
社交界のマナー。
どこの貴族が、自分の家とどういう関係で。どういう風な力関係か。
そういった内容のものだ。
貴族の脳内は、基本的にこれだけでメモリを全て消耗し尽くしている。自分が如何に貴族としての地位を保つか、それだけだ。
更には、リッテンハイムの妻は皇帝の娘。お世辞に容姿がいい訳ではない。更にリッテンハイムの娘は先天的に異常を抱えていて、時々発狂するように叫び出す事もある。これは遺伝子が優れている事を宣言していたルドルフ大帝以来の帝国では、とても不利になる事だった。
今回リッテンハイムがブラウンシュバイクと袂を別ったのも、それが理由。
このままでは、ブラウンシュバイクに全てを持って行かれる。
その焦りからだ。
そして、そのまま負ける。
負けたのは偶然だとしても。少しずつ、その理由がリッテンハイムにはわかってきた気がした。
「私の艦隊は壮麗さが自慢だ! それには私が考えた美しい陣形が相応しい!」
「リッテンハイム侯も自慢のオストマルクをいつも我等に披露していたではないか!」
「我等は臆病者と来たつもりはない! いつものリッテンハイム侯に戻っていただきたい!」
「あ、そうだな、うん。 分かった、分かった」
譲歩すると、貴族達は満足して戻っていく。
副官が、恐れながら、と言う。
「出撃した経緯が経緯です。 負け続きの上に、好きなように戦えない事に皆苛立っておいででした。 だから、皆戦意をたぎらせています。 それに水を差すような真似をなされては……」
「分かっておる」
副官の言葉はもっともだ。
こういう「空気を読む」事が貴族社会での最も大事な事だ。
具体的な能力など何も必要ではない。
相手との地位確認と、コネの構築。
そして如何にして皇帝陛下に近付くか。
それが貴族の全てである。
リッテンハイムもそう学んできたし、疑ったことは一度もない。他の貴族達も、皆そうなのである。
だが、あの負けた記憶は。
あまりにも鮮明だ。
絶対に夢などではない。
事実、血だらけの死体を抱えた無礼な部下が部屋に入ってきて。そしてその後、爆発したことは覚えている。
あれは多分ゼッフル粒子。
超凶悪な気体爆薬だ。卑劣にも、撃つように仕向けて、そしてゼッフル粒子を散布していたのだろう。
大きく嘆息する。
このままだと、全く同じ状況で戦闘に臨まなければならなくなる。
そうなれば、また負ける……とまではいかないが。
それでも、何とかしなければならない。
しばらく悩んだ後、リッテンハイムは。
今度は、部隊を指揮している提督達を呼んだ。
いずれもが、メルカッツと同じように大した地位でもない貴族出身だったり、或いはなんと平民出身だったりする連中だ。
平民なんぞリッテンハイムは人間だと思っていない。
だから、視界に入れるのすら不愉快だったが。
それでも、とにかく呼んで話を聞いてみる。
話を聞いてみると、提督達は恐れながらと、前置きをしてから概ね意見を一致させていた。
「現在この艦隊は、数だけ集めた烏合の衆と化しています」
「烏合の衆だと!」
「はい。 本来艦隊というものは、それぞれ役割を持った部隊を適切に編成することで、最大のパフォーマンスを発揮します」
さかしげに提督の一人は言う。
他の提督は、黙っていれば良いのにと言う表情で、その若い提督を見ていた。
「現状の編成では、恐らく半分の敵にも勝てないでしょう。 ましてや正面からぶつかるのではなおさらです」
「おのれ! 我等貴族を馬鹿にするか!」
「……失礼いたしました」
引き下がる提督。
リッテンハイムは、それを貴族の威に打たれたからだと思った。
そのまま、だらだらと時間は過ぎていき。
結局。何も変わらないまま、キフォイザー星域に到達。
同じようにして、敵艦隊。
帝国の辺境星域で暴れ回っている、ラインハルトの腹心。こざかしい平民の分際で、上級大将にまで出世した帝国の歴史を冒涜する存在、キルヒアイスの艦隊と相対していた。
生唾を飲み込むリッテンハイム。
途中、威勢が良い事を考えては来てみたが。
一度完膚無きまでに叩きのめされた相手だ。
敵は斜線陣をしいている。
此処は全く同じだ。
あの後、自分なりに調べて見た。斜線陣は主に片方に戦力を集中して敵を突破する事で、野戦を制する陣。
事実大きな実績を上げている戦法で。
少なくとも、こういった横列陣どうしで戦う場合。大きな効果を発揮する。
だがキルヒアイスの艦隊は、ただ陣形を斜めにしただけ。
前はそれを見て、意図が分からないまま突出している敵右翼に集中攻撃をさせたが大した成果は上がらず。
敵が攻撃を開始したら一方的に叩きのめされ。
混乱している間にキルヒアイスが直接指揮しているらしい小規模の敵が此方の陣地に斬り込んできて、滅茶苦茶に好き勝手をされ。
更にはさがっていた敵左翼も攻撃を開始。
文字通り、リッテンハイムの艦隊は壊滅した。
同じようにはさせない。
「右翼部隊を前進させよ。 まだ発砲はするな」
「はい。 そのように伝達します」
副官が指示を受けて、全軍に通達。
そのまま、やんわりと全軍が動き出す。
五万隻の大艦隊だ。
相手が斜線陣を組んでくるなら、それを崩してやればいい。そうすれば、キルヒアイスの小僧……いや儒子など、あわてて何もできないに違いない。
そう思ったリッテンハイムは、冷や汗を拭う。
だが、その考えは。
直後に粉砕されることとなった。
敵は此方が陣形を変えているのを見ると、いきなり全軍で突貫を開始したのである。
思わず席から腰を浮かし始めた時には、すでに前線が接触。
そして前と同じように、圧倒的な火力でリッテンハイムの率いる艦隊は、蹂躙されつつあった。
味方の動きの鈍さはどうしたことか。
なんだか組織的に動いているという感じがしなかった。
それにどうして、数で劣る敵にこんなにも攻撃で劣る。
思い出す。
呼びつけた提督の一人が言っていた。
この軍勢は烏合の衆だと。
もしも真正面から戦えば、半分の敵にも勝てないと。
レールキャノンが大好きなことで知られる貴族の艦隊が、文字通り瞬時に粉砕され、全滅するのが見えた。
壮麗な艦隊を「美しい陣形」で運用している貴族の艦隊に至っては、敵の集中砲火で一瞬にして爆砕。
何も残らなかった。
多数の敵艦載機が迫ってくる。
大軍に細かい用兵など必要ない。
数で押しつぶせば良い。
そう思っていたのに。一体これは、どういうことなのだ。一度目は偶然だと思っていた。だが、二度続くとまぐれである筈がない。
「我が軍の損耗、40%! 戦闘続行不可能です!」
「に、逃げ……」
いや、駄目だ。
逃げた所で、ガルミッシュ要塞で身を守れるとは思わない。
そもそもこんな大敗をしたら、もう野望を叶える望みなどなくなる。
「ふ、踏みとどまれ! まだ数では互角の筈だ!」
「恐れながら、我が軍は小破、中破している艦艇も多く、既に浮き足立っており……」
「敵は殆ど打撃を受けていないというのか! 正面から砲戦をしているのだぞ!」
わめき散らすリッテンハイム。
そして、ふっと冷静になった。
烏合の衆というのが本当なのだとしたら。
そもそもまともに艦隊が動かないのも納得だし。
それに、火力の密度だって違ってくる筈。
軍事知識なんかないに等しいリッテンハイムでも、その程度の事は分かる。士官学校なんてまともに行ってもいなかったが。
ふと顔を上げると、既に味方の前衛は文字通り消滅し、中軍で控えていたリッテンハイムの旗艦オストマルクの周囲にまで、爆発と殺戮が連鎖していた。思わずさがろうとまた指示を出して、そして言葉を飲み込む。
もたついているリッテンハイムを。
キルヒアイスの艦隊は、見逃してくれなかった。
オストマルクの両舷には。それぞれ盾の役割だけを果たす「盾艦」が装備されている。勿論乗せているのは人間の盾だ。それをリッテンハイムは、何とも思う事などなかった。
右舷の盾艦が爆発する。
オストマルクが被弾したのである。
更に、左舷の盾艦も同じ運命を辿る。
防御力が三分の一になったオストマルクが、次々に直撃弾を被弾。
爆発に艦艇が揺れ。
リッテンハイムは、豪奢な座から投げ出されていた。
「ひ、ひいっ!」
周囲は既に燃え上がり、倒れてきた柱に潰されて副官はとっくに死んでいた。貴族の艦艇には、こういう柱が「見栄えが良いので」配置されている。それが、まさかこんな形で牙を剥くとは。
恩知らずめ。
そう柱に叫びながら、リッテンハイムは必死に這って脱出用のシャトルに向かおうとする。
だが、この艦にはリッテンハイムお気に入りの美術品などもたくさん乗せているのだ。それらを守らないと。
そう考えた次の瞬間。
爆発が、リッテンハイムの全身を焼き尽くしていた。
文字通り火だるまになったリッテンハイムは、絶叫しながら転げ回る。なんでこんな目に。
私は何一つ悪い事などしていない。
貴族としての正式な責務を果たしただけだ。
そう考えているリッテンハイムの頭上から。
「恩知らずの柱」が、落ちてくるのが見えた。