それくらいは、どんな人でも思いつく改善案です。
しかし巨大な艦隊という集まり。
それにリッテンハイム侯爵の周囲に多数存在する因果。
それらは簡単に覆せるものではなかったのです。
戦艦オストマルクの定座で、リッテンハイムは顔を上げていた。
全身に冷や汗を掻いている。
何もかも覚えている。
柱に潰されたのだ。側にある柱を見て、ひっと声が漏れている。
それだけじゃあない。
二度の敗戦の事も、しっかり記憶に残っている。
これが、夢などであるものか。
「誰か、誰かある!」
「はっ」
側に副官が跪く。呼んでは見たものの、柱が怖いなどと言うわけにもいかない。しばらく口ごもった後、馬鹿な事をリッテンハイムは聞いていた。
今日の首都星オーディンの天気はどうか。
副官は眉をひそめたが。とりあえず、この場合の天気は、皇宮である新無憂宮の上空の天気を指す。
一部の星では気候制御装置で天気をコントロールしているのだが。
首都星オーディンでは、開祖ルドルフ帝の意向もあって。天候操作装置はいれないようにしている。
これは天気がどうであろうと。
優れた人間にはなんら関係がないという思想の下である。
「ええと、今日は曇りのち晴れのようですね」
「そうか、分かった」
「どうかなさいましたか」
「何でもないといっておる!」
部下を下がらせる。
「威光に打たれて」さがった部下はどうでもいい。
まずい。
二度の負けは、偶然の訳がない。
どうして生きてこの時間に戻っているかはどうでもいい。あの恐怖、思い出すだけで身震いがする。
リッテンハイムが一体どんな理由で、あんな目にあわなければならないのか。
これほど真摯に貴族として生きているのに。
そう本気で考えつつ、リッテンハイムは一度自室に戻り、そこでうろうろと歩き回った。
ブラウンシュバイクに大見得を切って出て来た以上、今更戻る訳にもいかない。そもそも貴族達が納得しないだろう。
それは同じ貴族だから、リッテンハイムも理解している。
しばらく考えたのち、リッテンハイムはある事を考えた。
そして、定座に戻ると、副官を再び呼ぶ。
「キルヒアイス提督と連絡を取りたい……ですか?」
「光栄にも帝国屈指の大貴族である私が話をしてやろうというのだ。 平民で上級大将を自称している儒子には、それこそ天にも昇る心地であろう」
「一応努力はしてみます」
「すぐにやれ!」
しばし、任せる。
リッテンハイムの副官は、代々リッテンハイム家に仕えている人物だ。
ブラウンシュバイクの所のアンスバッハと同じである。
アンスバッハは有能だと聞いているが。こういう副官は結構外れと当たりがある。
外れを引いているのだなと思って、リッテンハイムはうんざりしていた。
こう言う点でも、ブラウンシュバイクの方が有利なのかも知れない。
どちらにしても、貴族が優秀なのは絶対的な事実。
優秀な血統なのだ。
優秀に決まっているではないか。
「キルヒアイス提督が通信に応じるそうです」
「つなげ」
「メインスクリーンに映します」
オストマルクのメインスクリーンに、キルヒアイスが映り込む。若い。まだ青年といっても良いくらいだ。
赤毛の儒子が。そうぼやきたくなる。
キルヒアイスは赤毛で長身の穏やかそうな青年で、金髪の儒子の金魚の糞と陰口をたたかれていた。
だが、こいつに二度負けた。
それは事実なのだ。
そう思うと、この穏やかそうな軍服を着込んだ青年が、死神に見えてくる。
生唾を飲み込むと、リッテンハイムは超光速通信技術のおかげで、リアルタイムで会話できる相手と話す。
「キルヒアイス提督だな。 私がリッテンハイム侯ウィルヘルムだ」
「存じておりますが、何用でしょうか。 此方に戦いを挑みに来ているという話でしたが」
「そうだ、辺境星域を荒らすのを止めよ。 我等貴族の財産を荒らすことはそもそも大神オーディンの怒りに触れる愚行と知れ」
「貴方の思考は分かりましたが、貴方方の苛烈で不公平な支配が、平民にどれだけの負担を掛けているか理解なさっていますか? 我々はそれを打破するために行動しています」
口調は穏やかだが。
キルヒアイスの態度は、明らかに不遜だ。
思わず沸騰しそうになるリッテンハイムだが。二度負けた相手だと言う事もある。何とか、自分を抑える。
「け、見解の相違はいい。 そうだ、貴様に爵位をくれてやろう」
「爵位など必要ありません」
「……なんだと」
「爵位など必要ありませんと申し上げています」
爵位が、必要ない。
平民など家畜と同じだ。それが、人間である貴族になれるというのに。それを断るというのか。
思わず思考停止するリッテンハイムに、キルヒアイスは更に言う。
「通信を入れてきた目的を話してください。 もしも降伏するというのであれば、私がローエングラム公に便宜を図りましょう。 反乱を企てた事による罰は当然ありますが、恐らく食べるのに困らない程度の財産は残してくれるでしょう」
「なっ……」
「そうでないのなら、戦場でまたお会いしましょう」
「ふ、ふざけるなっ!」
通信を切れと、副官に指示。
呆れたように、或いは哀れんでいるようにキルヒアイスは此方を見ていた。それで、更に怒りが沸騰。
手元にあった銃を手に取る。
それを一度取り落とした瞬間、何かの理由で暴発し。天井にレーザーが突き刺さっていた。
兵士達があわててさがるが、リッテンハイムが一番びっくりしていた。
呼吸を整えて、それで銃を拾うように副官に言う。
副官は落ち着いていて、銃を拾うと、埃まで払ってリッテンハイムに返却するのだった。
「平民め……私が爵位をくれてやろうというのを拒否しおった!」
「恐らくは、ローエングラム公が勝つと確信しているのでしょう。 そうなれば爵位など思いのままというわけです」
「おのれ平民らしい浅知恵を持ちおって!」
酒だ。
そうリッテンハイムは叫ぶ。副官が、ワインを持ってくる。
ワインを飲み干すと、しばらくは酒に逃避する。
爵位をくれてやるというのに拒むだと。
どういうことだ。
爵位だぞ。
偉大なる開祖ルドルフ皇帝が定めさなった爵位だ。この世の何よりも価値があるものではないか。
それをくれてやるから、部下になれ。
そういう意図が読み取れなかったのか。
そんな相手に二度も負けたのか。
殺されたのか。
そう思うと、屈辱でならない。
貴族の間では、もっとも重要なのは相手の意向を読むことだ。それによって、皇帝陛下には気に入られるし、社交界で優位に立てる。
それだけが大事で、他はどうでも良い。
それこそが正義だ。
古くから、どんな人間社会でも、「コミュニケーション能力」と呼ばれるこの技能は最重視されていたとされている。
それこそ開祖ルドルフ皇帝は、それを理解なさっていたからこういった制度にまとめてくださったのだ。
そうリッテンハイムは考えていた。
だからこそ、キルヒアイスの態度は許せなかった。
だが、二度の負けという事実もある。
死の恐怖は、今も思い出すだけで身震いするほどだ。
しばらく考え込んだ後。
リッテンハイムは、また提督達を集めていた。
提督達は、面倒な事になったなという顔で、リッテンハイムの前に整列する。前に、烏合の衆だとずばり言ってきた若い提督もいる。
どうでもいい。
此奴らは下級貴族や平民だ。
本来だったら、口を利くのも汚らわしい。それを、意見を聞いてやろうというのだ。それこそ這いつくばって感謝の言葉を述べるのが「常識」である。
リッテンハイムは酒が抜けきっていないまま、提督達に問う。
「現在、我が艦隊の動きがどうにも鈍いように思える。 何か改善案はないか」
「……」
提督達は顔を見合わせる。
この無能どもが。
そう思って、リッテンハイムは噴火しかけるが。それでも何とか我慢する。あんな平民に、三度も負けるのはプライドが許さなかった。
「おそれながら、よろしいでしょうか」
「かまわん。 もうして見よ」
「我が軍は現在、貴族の方々の私兵が主力となって構成されています。 この兵はそもそも正規兵と違い組織化の訓練をほぼ受けておらず、故に数通りの活躍は出来ないかと思われます」
「それで改善案は」
提督達は何か言いたそうにしている。
このリッテンハイムが、何かを読み取れないとでも思っているのか。
その侮辱で、怒鳴りつけたくなるが。
しかし、なんとか我慢する。
「そもそもこの艦隊は、訓練をまともに受けていない素人の集団です。 現在辺境星域に向かっていますが、その間に訓練をしたところでたかが知れていますし、なによりも相手は戦上手のキルヒアイス提督。 付け焼き刃の小細工など、通用しないでしょう」
「赤毛の儒子ごときが、戦上手だと!?」
「キルヒアイス提督は数々の戦役で多大な実績を上げており、特にカストロプ動乱ではより多数の正規軍による鎮圧に失敗した難敵カストロプ公を、少数の艦隊で破り鎮圧しています」
「ううぬ……!」
リッテンハイムの頭に血が上る。
確かにカストロプ公のことは覚えている。先代が凄まじい蓄財家で、豊富な金を武器に帝国に反旗を翻した下郎。
だが公爵だった。大貴族である。優秀な血脈である。
それを破ったとなれば、確かに説得力はある。
「続けよ」
「私に出来る提案は、すぐに戻る事だけです。 ガイエスブルグ要塞には、軍事の専門家であり、ローエングラム公に対抗できるメルカッツ提督がいます。 何かしらの理由をつけて一度戻り、そしてメルカッツ提督の助言を受け部隊の再編制をしてから出撃するのがよろしいでしょう」
「……考えておく」
提督達がさがる。
そうか、逃げろか。
そう言われたことを思い、リッテンハイムは屈辱で頭が煮え上がりそうになる。部屋に戻ると、壁を思い切り蹴りつけていた。
人間に当たらないだけ、リッテンハイムは優しいと自称している。
貴族の中には、苛立った時には平民の兵士を電磁鞭で撃ち据えたり、場合によっては射殺するものもいる。
勿論、そんな程度で大貴族はなんの罪にも問われない。
平民など家畜なのだから、当然だろう。
しばらく苛立ちの末に部屋を歩き回った挙げ句。結局リッテンハイムはなんの決断もする事ができなかった。
やがて、キフォイザー星域に、部隊は到達していた。
キルヒアイスの艦隊は、斜線陣を組んでいなかった。それを見て、リッテンハイムは動揺する。
なぜ斜線陣を組んでいない。
色々とキフォイザーに着くまでに、軍事学の本などを読んでいたのだ。士官学校を良い成績で出た……貴族なのだから当然だが。ともかく、士官学校を出たのに、今更こんな事をしているのも、みんな部下が頼りないからだ。周りの貴族達が、好き勝手をしているからだ。
そんな風にリッテンハイムは考えていた。
それに、二度あったことだ。
三度目も同じだ。
そうリッテンハイムは思った。
「どういうことだ。 確か偵察艦隊は、赤毛の儒子の艦隊は斜線陣を組んでいると言っていたが……」
「そのような報告がございましたか? いずれにしても、偵察艦隊を出しているのは敵も同じです。 恐らくは、状況に応じて作戦を変えたのでしょう」
「……」
敵も、状況に応じて考えを変える。
当たり前の話だ。
戦場では理論や知識が重要だが、それ以上に臨機応変に対応できるかが重要でもある。この臨機応変に動く事はあくまで戦術レベルの行動だが、それでも無視出来ない結果を生む。
そう、試しに足を運んでやった士官学校で、教師に言われたっけ。
面白くもない授業だったので、一度出た後は飽きて出るのを辞めた。
だが、今更になって、その言葉を思い出す。
敵は、重厚な横列陣を敷いている。味方の雑多な陣と比べると、そのあまりにも整然とした軍列は。
圧倒的に、リッテンハイムには見えていた。
味方が、敵に殺到していく。
味方の陣列は一応同じ横列陣だが、貴族達の艦隊が好き勝手に進み、間合いの外から攻撃を勝手に仕掛け始める。
戦えば勝つに決まっている。
相手は平民なのだから、貴族の方が優秀に決まっている。
だから負ける要素がない。
そう思って、突撃を続けているのが明白すぎる程だ。
青ざめて、リッテンハイムはオストマルクの定座になつく。
ほどなく、敵が反撃を開始。
無謀な突撃を敢行した貴族達の艦艇が、文字通り蒸発していくのが見えた。火力の密度も攻撃の練度も。
文字通り違い過ぎるのだ。
次々に貴族の戦死報告が来る中、敵が前進を開始。
敵の方が少ないはずなのに、大軍を前にしているような恐怖にリッテンハイムは襲われていた。
震えが来る。
だが、相手は平民だと自身に言い聞かせて、何とか逃げるのはこらえる。
「敵は我が軍より少ない! 踏みとどまり、火力を集中して迎撃しろ!」
そう叫ぶが、敵の勢いは凄まじく、殆ど一瞬にしてリッテンハイムの率いる艦隊の半数が瓦解していた。
後は逃げ惑う艦を無視して、敵は一直線に驀進してくる。
リッテンハイムが呼んだ提督達が必死の抵抗をしているが、それも時間稼ぎにしかならない。
文字通り、ハンマーが氷でも砕くようにして。
中軍まで蹂躙されるのに、殆ど時間も掛からない。
ひっと悲鳴を上げるリッテンハイム。
敵の艦隊が、もう至近まで迫ってきている。
「これは負けです。 撤退なさるか、降伏なさるか、それとも自害なさるかご決断ください」
副官がそんな事を言う。
自害だと。
平民相手に、そんな事が出来るものか。
そう絶叫すると、リッテンハイムは突撃しろと血迷って叫んでいた。部下達は躊躇したが、それでもゆっくり前進を開始する。
貴族の威光にひれ伏せ。
勇敢な貴族の姿を見せてやる。
そう、狂騒的にリッテンハイムは吠えた。
だが、敵は冷静に、オストマルクをはじめとするまだ戦意を残している艦隊に集中砲火を浴びせてきたようだった。
というのも、何が起きたか分からなかったからだ。
気がつくと、リッテンハイムは宇宙に投げ出されていた。
恐らくあまりにも酷い直撃弾を受けて、文字通りオストマルクが粉砕されたのである。一瞬で死ななかったのは、偶然だったのか。
真空に投げ出された死体がどうなるか、リッテンハイムだって当然知っている。それくらいは、知識はある。
ばたばたともがこうとするが。
絶対零度の宇宙空間と。
それに息ができない恐怖で、すぐに完全なパニックに陥った。
更に、自分の下半身が半ば消し飛んでいる事に気付いて、リッテンハイムは絶叫しようとしたが。
すぐに喉も凍り付いて。
意識も闇に落ちた。
また、リッテンハイムは死んだ。
それだけが、理解出来たことだった。
顔を上げるリッテンハイム。
また、同じ時間、同じ場所だ。
オストマルクの定座で、全身に冷や汗を掻いたリッテンハイムは、跳び上がっていた。
三度目の死の恐怖。
嫌になる程はっきり覚えている。
宇宙空間に投げ出された。
真空の苦しさと宇宙の冷たさと。そして高貴な体が、平民によって粉々にされた悪夢のような事実。
怒りよりも、恐怖がわき上がってくる。
全身の水分が、冷や汗になって流れ出しそうな程だった。
なんでこのような目にあい続けなければならない。
恐怖で、何もかもおかしくなりそうだった。
大神オーディンよ。
正義があるのなら、どうして私はこのような目にあうのか。
何も悪いことなどしていない。
貴族としてありのままに振る舞ってきただけだ。そしてそれは貴族であるから全て正しいのだ。
それなのに何故。
リッテンハイムは自問自答して、それでいてどうにもできなかった。このままいけば、また次も負ける。
そうとしか、思えなくなってきていた。
副官が心配したのか、聞いてくる。
「侯爵閣下、どうなさいましたか」
「な、なんでもない。 放っておけ」
「はっ」
副官はさがる。
自室に戻ると言い残して、定座を離れる。医師を手配しようかと言われたが、不要と怒鳴り。
そしてその怒鳴り声に、恐怖でリッテンハイム自身がすくみ上がっていた。
自室で、ベッドに潜り込むと、布団を被ってブルブルとふるえる。
キルヒアイスが平民なのにあんなに強いのは何故だ。
そう、いつの間にか相手の方が強いと、リッテンハイムも認めざるを得なくなっていた。そして、味方の貴族達は役立たずだとも。実際の力は、五万隻どころか、一万隻ぶんもないのではないのかこの艦隊は。
キルヒアイスは、三度の戦いでも、奇策の類は一切使っていない。
これは提督どもがいっていたように、リッテンハイムの麾下が烏合の衆だからではないのだろうか。
戦争は十の内九は数が多い方が勝つという話もある。
だから、今回の戦いは本来は勝てて当たり前。
だが、兵種が違う場合。かきあつめて槍を持たせただけの兵士と、連日戦闘訓練をしている騎兵がぶつかった場合、兵力が数倍程度では騎兵に歩兵が勝てる訳がない。戦場の地形。攻めか守りか。要塞に対しての攻撃かそうではないのか。
そういった様々な要因で、状況は変わってくる。
確か地球がまだ人類文明の中心だった頃。
腐敗しきった地球の軍六万隻が、八千隻の反乱軍に正面から敗れた例があると聞いている。
今、リッテンハイムは。
その地球艦隊と同じ状況にあるのではないのか。
そう思って、再び布団の中に閉じこもっていた。
何度か副官が呼びに来るが、恐怖で布団から出られない。食事を取ることも出来ず、体は衰弱する一方だった。
やがて数日後、半ば無理矢理自室から引っ張り出される。
そう、艦隊がキフォイザー星域に到着したのだ。
リッテンハイムは栄養失調で瀕死の状態だったが、それでも「正義派諸侯軍」副盟主として、艦隊の指揮を執るように言われ。
オストマルクの定座に座らされた。
キルヒアイスの艦隊が、凄まじい勢いで迫ってくるのが見える。数が少ないのに突進してくるとは馬鹿め。そう貴族達が応戦を試みるが、文字通り蟻と象の戦いだった。そのまま、ひねり潰されて。
まとめて爆散していく。
すぐにリッテンハイムのいる中軍まで戦果は及んだが。
リッテンハイムは、何の指示を出すことも出来なかった。
「リッテンハイム侯爵閣下。 このままでは危険です。 どうか指示を」
「……」
青ざめているリッテンハイムの見ているメインスクリーンの先で、どんどん味方が撃沈されていく。
オストマルクが揺れた。
盾艦に被弾したのだ。それどころか、敵の手は急速にオストマルクに死をもたらそうと伸びてきている。
恐怖で、やっとリッテンハイムの喉が悲鳴を上げていた。
「全軍反転! 逃げろ! 急げ!」
「ぜ、全軍撤退!」
逃げ始めるリッテンハイムの艦隊だが、キルヒアイスの艦隊の攻撃は凄まじく、見る間に撃ち減らされていく。
そして、更には。
目の前にいる補給艦隊。
戦闘の長期化に備えて、一応は配置していたものが、もろに退路にいる。
「リッテンハイム侯爵閣下、このままでは激突します!」
「砲撃……いや、ええと……」
思い出した。
一回目は、この補給艦隊を砲撃してガルミッシュ要塞に逃げ込み。それを逆恨みした平民に爆殺されたのだ。
平民なんぞどうとも思っていないが、それでも爆殺されるのは嫌だ。
恐怖がまた迫ってくる。
後方には、もう至近に敵の手が伸びているのだ。
「ほ、方向を転換しろ! すぐに撤退しろ!」
「分かりました。 そのように」
オストマルクが旋回して、何とか輸送艦隊を避ける。だが、その途中でそれに習おうとした味方艦隊は殆どが横殴りの攻撃を受けて撃沈。更には、輸送艦に衝突してともに爆発してしまう艦まであった。
その上敵の動きはリッテンハイムの想像を超えており。既に退路を防がれていたのである。
そういえば、一回目。敵は輸送艦隊を攻撃したとき。非戦闘員の救助を開始して、追撃の手を緩めた。
むしろ此処は、攻撃した方が良かったのか。
そう思ったが、既に遅い。
通信が来る。
キルヒアイスからだった。
「此方銀河帝国軍上級大将、キルヒアイスです」
相変わらず柔らかい物腰だ。赤毛の死神が。いつの間にか、儒子と呼ぶ気にはなれなくなっていた。
もはや逃げ場もないリッテンハイムに、キルヒアイスは言うのだった。
「降伏しなさい、リッテンハイム侯。 私からローエングラム公に取りなし、命だけは助かるようにしましょう」
「……」
呆然としていたリッテンハイムだが。
やがて、項垂れていた。
「わ、分かった。 降伏する……」
「其方に陸戦要員を送ります。 すぐに武装解除しなさい」
「……」
次の瞬間。側に控えていた副官が、リッテンハイムに銃を向ける。副官が、静かに言った。
「どうやらここまでのようですな。 リッテンハイム侯爵家の名誉のために、どうか愚かしい生き恥だけはさらさぬよう。 私も冥府へはお供いたします」
「ま、まて、まてええっ!」
絶叫するリッテンハイム。だが容赦なく銃の引き金が引かれるのが分かる。
意識が、途切れていた。