トレーナーウマ娘がミスターシービーを無敵にした話 作:幸い辛い
トウカイテイオーが有馬記念を制し、年が変わってしばらくして。
「えー! このコースなくなっちゃうの!?」
いつものコースにて、テイオーが大声を上げた。
ミスターシービーはそれに、なるべく冷静に答えてみせたつもりだった。
「……そうらしいね」
「そうらしいって……シービーたちにとって大切な場所なんじゃないの?」
「……仕方ないよ。古い施設だから老朽化もだいぶ進んでるし」
シービーはボロボロになった内ラチを指先で触った。ぐらぐらと揺れ、ウマ娘の力で押せば簡単に壊れてしまうだろう。
コースのあちこちも同じくらいにボロボロで、レディダスクが入念に整備しているため辛うじて使用できているものの、どこかで大きな改修が必要なのは明白だった。
「ターフもこのまま使おうと思ったら整地からやり直さなきゃならないだろうし、そうなったら芝も全面張り替えなきゃいけないし……」
シービーは肩を落とした。騙し騙し使ってきたが、そろそろ限界だ。
テイオーが眉尻を下げながら尋ねてきた。
「ダスクはなんて言ってるの?」
「いつかこの時が来ると思ってた。随分ともったほう……って顔色は変えずに言ってたけど、本心はどうだろう」
シービーがここを使わせてもらうようになってから結構な年月が経ったが、ダスクはもっと長い間このコースの世話になっているはずだ。その感情は推して知るべしだ。
「……なくなっちゃうのは百歩譲って仕方がないとして、その後ここはどうなるの?」
テイオーの問いに、シービーは小さく息を吐いてから答える。
「ウマ娘用のトレーニング施設になるんだって。レースと全然関係ない施設にならなかっただけマシ……なのかな」
仕方のないこととはいえ、自分たちの居場所がなくなってしまう悲しみと寂しさは拭えない。
シービーとテイオーが揃って暗い空気を漂わせていると、カツラギエースが軽い調子で声をかけてきた。
「おいおいどうしたんだよ2人とも。そんな暗い顔してさ」
「……ここの行く末を憂いてた」
シービーの返答に、エースは「あー」と言って額に手のひらを当てた。
「仕方ないのはわかっても、納得はできねえよな」
エースは、わかるわかると何度か頷いた。
「でもあたしたちがどうこうできる問題じゃないんだよなあ。……なあシービー、ダスクからなにか上手い方法は聞いてないのか?」
「……アタシはなにも聞いてない。そもそもあの子、最近はずっと上の空で……」
ダスクが精彩を欠き始めたのは、だいたいジャパンカップが終わったあたりからだろうか。近頃は、ぼーっとしていることが増えたように思う。
こういう時に真っ先に知恵を出すのは彼女のはずなのだが、あの調子ではアテになりそうもない。
どうしたものかと3人で頭を悩ませていたところだった。そのダスクがのんびりとコースにやってきた。
「どうしたの? 3人揃って難しい顔して」
「……このコース、なくなるのヤダなって」
シービーがそう答えると、ダスクは特に顔色も変えずに言った。
「そっか」
そして続けた。
「私も寂しいよ。でも、いい区切りではあるんだよね。シービーもエースも引退が決まってるし、テイオーに教えられることもほとんど無くなったし」
ダスクはどこか吹っ切れた様子だった。
「どんなものにも、いつかは終わりがくるってことだよ」
この時シービーは、ダスクの様子が近頃おかしい原因を悟った。
「ねえダスク。もしかして、トレーナーを……いや、それだけじゃない……?」
嫌な考えのピースが脳内で組みあがっていく。シービーの見立てだとダスクは――
「レースに関わるの、やめるつもり?」
「えっ」と声を上げたのはエースだったかテイオーだったか。
「シービーにはわかるんだね」
「それくらいわかるよ、ダスクのことだから」
「そっか」
おそらく彼女は燃え尽きてしまったのだ。ジャパンカップで最高の走りをするシービーたちを見て、証明が終わったから。
衝撃発言にフリーズしたテイオーとエースが再起動し、2人して「えー!」と叫んだ。
「大丈夫、トレーナーはすぐには辞めないよ。テイオーが走り終わるまでは、ちゃんと付き合うから」
ぱくぱくと口を開閉させ唖然とするテイオーに、ダスクが力の抜けた様子で笑いかける。
テイオーより先に正気を取り戻したエースが、ダスクの肩を掴み前後に揺さぶった。
「おいおい、待ってくれよダスク。あたしはあんたと夢を見るつもりでいるんだ」
「……私と、夢?」
「ああ。全国を巡ってレース教室をしてさ、壁にぶつかって自分なんて芽吹けないって思ってるウマ娘たちに、レースの世界にそんなものはないんだってことを教えてやりたい」
エースは掴んだダスクの肩を、ぐっと握る。
「それで芽を出した種をあんたと一緒に育てられたらなって……ずっと考えてたんだ」
ダスクが驚いた様子で目を瞬かせた。
「引退してからどうするのかと思ってたら……そっか、それがエースのやりたいことなんだ」
「ああ、そうだ。だから頼むよダスク。辞めるなんて言わないでくれ」
シービーにも意外だった。エースがそんなことを考えていたなんて知らなかった。
こちとら将来のことなんて明確に考えたことはなかったが――まあ、エースがダスクを引き留めようとしているのなら都合がいい。こっちも乗っかるとしよう。
「それじゃアタシはトレーナーにでもなろうかな。ダスクのサブトレーナーになるの、悪くないと思うんだけど」
「シービーもまた突拍子もないことを……どうせ今思いついたんでしょ?」
ジトっと目を細めるダスクに、辞められちゃ困るなーと笑ってみせる。
まあ、今思いついたといっても、ぼんやりと思い描いていた進路からズレているわけではない。将来はダスクと一緒に何かやりたいとは思っていたからだ。
だから咄嗟に出たトレーナーという目標は、言った後になって悪くないように思えてきた。
指導するダスクの隣でのんびりしつつ、後輩のウマ娘たちを指導したり、気分が乗れば走ってみたり。
立てていた方針とも合致するし、なるほどコレはアリかもしれない。
急速に完成し始めた将来設計に思いを馳せていると、こちらを見ていたダスクの表情が固まった。
「あなた……もしかして自分で言っててやる気になっちゃった?」
「うん」
「ウソでしょ……」
言わずともお見通しらしい。流石はダスク、良くわかっている。
「決めた。アタシ、トレーナーになる」
うん、と頷いてから、ダスクの茜色の瞳の奥を覗き込んで、何かいいたげなその口が開かれる前に先んじて言葉を重ねる。
「だから手伝ってよ。キミはアタシのトレーナーでしょ?」
「……私が嫌って言わないの知ってるくせに」
「うん知ってる。ダスクは絶対にアタシについてきてくれるから」
だからわかるよね、と瞳で問えば、ダスクは諦めたように肩をすくめた。
「仕方がないなぁ、シービーは」
「やった、アタシの勝ち」
エースとテイオーに向かってVサインをしてみせると、二人は「おお」と感心の声を上げた。
これですぐにトレーナーをやめる、なんてことにはならないだろう。
とりあえず問題が一つ片付いた。残るはもう一つ。
「ねぇダスク。それはそれとしてさ」
「どうしたのシービー」
「このコースを残す上手い方法、ないかな」
ちょっと元気になった今のダスクなら、なにかいい案も出てくるのではないか。
「無いねぇ」
「無いかぁ……」
「しょうもない理由だったらあれこれ手を回しただろうけど、こればっかりは仕方ないよ。私もそろそろ限界だとは思ってたし」
「そっかぁ」
ダスクにも思いつかないとなると、やはりこの場所との別れは避けられないものであるらしい。
「まあ……このコースがなくなるのは寂しいけど、新しくできる施設にはいつでも遊びに来ていいって言われてるし、それを楽しみにしておこうよ」
「えっ……新しい施設、アタシたちも使っていいの?」
シービーがこぼした言葉に、ダスクは何を当たり前のことをと言わんばかりに首を傾げた。
「当たり前でしょう。そもそもこの土地の持ち主って私の親戚だし、新しい施設のオーナーも同じだよ」
そしてこちらの思い違いに気がついたらしく、ポンと手を打った。
「もしかして追い出されると思ってたの? 私がそんなことさせるわけないじゃない。どんなに形が変わってもココはあなた達の場所だよ」
顔を見合わせるシービーたちを見て、ダスクが苦笑した。
「なんだよビックリさせやがって」
「はぁ、安心したよ……」
エースとテイオーがホッと息を吐く。シービーも安堵に胸を撫でおろした。
問題が解決して気が楽になったらしく、テイオーがダスクに向かって喜色に溢れたステップを踏みながら近づいた。
「ねぇねぇダスク、新しくできる施設って、どんなの?」
「ウマ娘用のトレーニング施設になる予定だよ。最新の機材を入れるだけじゃなくて、温泉とかプールとか……そうだ、専門の資格をもった人を雇ってリラクゼーションサロンも作るらしいよ」
あとはどうだったかなと、ダスクは腕を組んで思い出そうとしているようだ。
「……レストランを併設して、施設の目玉にするんだって言ってたかな」
「へー、どんなレストランになるのかな」
わくわくと目を輝かせるテイオーをなだめつつ、ダスクはスマホを操作し始めた。
「有名なシェフを呼んだとかなんとかで、確か名前を検索したら出てきたような気が……ああ、このウマ娘だよ」
「あ! ボク知ってる! この前テレビに出てたじゃん!」
「そうなの? 私はあまりテレビは見ないから、流行りには詳しくないんだよね」
エースが後ろからダスクのスマホを覗き込む。
「その番組、あたしも見たな。野菜を使った料理が有名らしいぞ」
「エースも見た!? 特製ソースがかかった、にんじんグリル! 美味しそうだったよね!」
「ああ、食べてみたいと思ってたんだよな」
盛り上がり始めた2人にスマホを渡したダスクは、その様子を一歩引いて穏やかに見つめている。いつも離れた所から全体を見て、それで満足するのがレディダスクというウマ娘だ。
だから消える時はひっそりと、誰にも悟られないのだろうなと思ってしまう。
2人から離れ、1人でコースの内側へと向かうダスクを、シービーはゆっくりと追いかける。ダスクは淡い笑みを浮かべながら内ラチを愛おしそうに撫でていた。
あまりにも儚いその気配に、もしかするとまさに今消えてしまうのではないかと怖くなったシービーは、思わず駆け足になり、そのままダスクの手を取っていた。
「ダスク」
「どうしたの、シービー」
思いのほか固くなったシービーの口調に、ダスクはきょとんと目を丸くしている。
「アタシがキミをずっとワクワクさせるから」
「……私はあなたと出会ってから、ずっとワクワクしてるけど」
「ううん、もっと……息を吐く暇もないくらいにしてみせるから」
この願いはダスクに届くだろうか。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、シービー。あなたを見ていられるこの場所は、あなたが思っているよりも居心地がいいから」
「後ろで見てるだけじゃ嫌だよ。一緒に走ってくれないと」
「……私にそんな力は……」
「あるよ。アタシは知ってる」
シービーだけは知っているのだ。誰よりも美しく黄昏の天を翔けるウマ娘がいたことを。
足の速さはとっくに追い越してしまったけれど、それでもその光は胸の奥で褪せずに輝き続けている。
だからシービーは、それが世界から消えてしまうことが我慢できなくて――
「あ、そっか。これがアタシのしたいことなんだ」
「……シービー?」
握った手に思いのほか力が入ったのか、ダスクが困惑の声を上げた。
だが、かまうものか。
「今度はアタシがダスクを連れていく。空の先の、向こう側まで」
今、シービーの本当の夢が決まった。沈んでしまった夕日を、もう一度天に昇らせるのだ。
夜を超え、朝を超え、昼を超え、夕日が再び輝くその場所まで――いや、その向こう側まで一緒に走り抜ける。
だってそこに望むものがあるから。
真っすぐに茜色の瞳を見つめる視線から覚悟が伝わったのか、ダスクは「仕方がないな」と少しだけ困った顔をしたあと、口元に微かな弧を描いた。
「……私のことが錘になっても知らないよ」
「重さなんて感じるわけないよ。だってアタシにはキミから貰った翼があるから」
いつかに似た言葉を交わし揃って笑いあう。
新しい旅路の果てにある、どこまでも続く空に思いを馳せて。
「ねえ、アタシのこと、離さないでね」
「私にできるかな、
「キミならできるよ。キミが育てた無敵のミスターシービーを信じてほしいな」
「最高の殺し文句だね、それ」
「でしょ?」
「わかった、あなたがそう言ってくれるのなら、私はあなたを離さない」
「うん、お願い。だってこれは世界中でキミにしかできないことだから」
「私にしか?」
「そうだよ。だってキミはアタシの――」
これにて終了です。短い間でしたが、お付き合いありがとうございました。
感想や誤字報告等、色んな方々に助けていただき、なんとか完結まで持っていくことができました。重ねて感謝を。
オマケはいつか時間が取れたら投稿するかもしれないです。