トレーナーウマ娘がミスターシービーを無敵にした話 作:幸い辛い
トウカイテイオーが彼女と出会い、1週間が経ったころ。
トレセン学園の赤いジャージを纏った二人は、日が暮れたあとに学園の練習コースに集まっていた。
「へー、やっぱりテイオーはシンボリルドルフ派なんだ」
「うん! やっぱり尊敬しちゃうよね、強くて、カッコよくて!」
テイオーはコース脇で軽く体操をしながら、彼女にシンボリルドルフの雄姿を語っていた。
「ダービーなんてすごくてさ――」
日本ダービー。東京レース場に足を運んだあの日のことは、今でも鮮明に思い出せる
「――それでね、思わず記者会見に乱入して、シンボリルドルフさんみたいなウマ娘になるってカイチョーに宣言しちゃったよ」
「行動力の化身みたいなことしてるね」
「照れるなぁ」
「半分くらいは褒めてないからね?」
彼女は呆れた様子だった。失礼なやつだ。
「そういうキミはどっちなのさ。カイチョー派? それともシービー派?」
「……私は……シービー派かな」
「どこが好きなの?」
「どこって言われると困るけど……そうだな……シービーがミスターシービーなところが好き、かな」
「あー、わかる気がする」
「へぇ、わかるんだ」
「なんていうか、よく使われる言葉だけど天衣無縫って感じがするよね。あんな走りができたらなって憧れちゃうよ」
シンボリルドルフの在り方に憧れた。そしてミスターシービーの走りに憧れた。
「ボクね、カイチョーみたいなウマ娘になりたいって思ってるけど、それと同じくらい、シービーみたいな走りがしたいと思ってるんだ」
「そうなんだ」
「最初はなにくそーって気持ちだったんだ。カイチョーがいっつも比べられてるウマ娘がいるって聞いて、しかもカイチョーよりも上って言う人もいたからさ。でもレースの映像を見たらボク感動しちゃって」
だから今ではテイオーは、どちらのファンでもあるのだ。
「シンボリルドルフのように在り、ミスターシービーのように走る、か……とっても難しいことを言うんだね、テイオーは」
「キミも叶うわけないって思う?」
「ううん、テイオーならきっと、どっちかは叶えられるよ」
「……どっちかって?」
「シンボリルドルフのように在ることと、ミスターシービーのように走ることは両立できないから。だからどっちかってこと」
彼女は遠いどこかを見ているようだった。
「シービーの走りは無敵だよ。文字通り敵無し。でもそれって、とても寂しいことだと思わない?」
「寂しい?」
「うん。だってそれは、競い合える相手がいない……走ることはできても、レースはできないってことだから」
「……どういうこと?」
「そうだなぁ……テイオーはシービーが走ったダービー、見たことある?」
「そりゃあるよ。トレセン学園の生徒でアレを見たことがないウマ娘がいたらモグリだし……何回観たかもう覚えてないよ」
スタートから一気に飛び出して、ゴールまでを圧倒的な速力で走り切ったダービー。
逃げたのか、それとも速く走った結果が逃げに見えたのか。それは今でも論争の的だ。
「テイオーはさ、あの時のシービー相手に競い合える?」
「……競い合う……」
「シンボリルドルフの走りには人を引きつける力がある。けどシービーの走りには力はあっても誰もついてこられない」
テイオーの胸に落ちてきたものがあった。あの走りに憧れただけで、シービーと競い合うなんて考えもしなかった。
だって競いあったウマ娘がどうなるかなんて、わかりきっている。一方的に蹂躙されて終わりだ。もしかしたらルドルフでさえも――
テイオーが脳裏に浮かんだあるまじき考えを首を横に振って払うと、彼女はそれを待ってから悲しげに言った。
「あの子は結局、ほとんどレースができなかったんだよ。無敵の走りと引き換えにね」
「……シービーのこと、詳しいんだね」
「うん、これでも1番のファンを自称してるから、あの子のことは学園の誰よりも知ってるよ」
「へー、だったらさ」
そこから続いたテイオーの言葉に特に深い意図はなく、暗くなった空気を変える冗談のつもりだった。誰よりも知っているんだったら、人には言えない秘密も握っているんじゃないか。そんな興味からの一言だった。
「シービーの末脚の秘密も知ってたり? なーんてね」
シービーがダービーを終えたあとのことだ。トゥインクル・シリーズを圧倒したその走りは、当然ながら徹底的に研究された。
そして研究の末に、ウマ娘たちはいくつかの技術を手に入れることに成功した。
だがひとつだけ、何をどうしても真似できなかったものがあった。それがミスターシービーの代名詞ともいえる、あの末脚だ。
「もちろん知ってるよ」
「だよね、流石に知るわけが――えっ……?」
「知ってるよ。シービーの走りのことなら全部」
「ええー!?」
思わず声が出ていた。とんでもない話だった。それはシービーにとっての秘中の秘だ。
だというのにこのウマ娘は、それを知っているのだという。声を出さずにはいられようか。
「ど、どうやるの!?」
「……知りたい?」
「そりゃ知りたいよ! ウマ娘にとっての憧れだよ!?」
「えー、そんな大層なものでもないんだけどなぁ」
彼女は顎に人差し指を当てると、しばし考え込んだ。
「……うん、いいよ。教えてあげる」
「いいの!? 本当に!?」
「教えるのに手間がかかるから、私の出す問題に正解できたらっていう条件つきだけどね」
「どんな問題!? なんだって答えてみせるよ!」
彼女はにっこりと笑うと、問題を出した。
「それじゃあ……私の正体を当てて、それでも先を知りたいなら教えてあげる」
「正体って……名前を当てろってこと?」
「それも面白いかもしれないけど、難しいだろうからサービスで名前は省いてあげる」
「キミの名前を当てるのが難しいの?」
「……うん、私って友だちが少なくてさ、今の学園に私の名前を思い出せる子なんていないと思うの。だからサービス」
「……えーっと……その……」
言い淀むテイオーに、彼女が慌てて手を振った。
「待って。少ないだけでちゃんと居るから。ぼっちじゃないから。だからそんな同情した顔しないで」
必死に否定するところがまた怪しい。
「友だちがいるって信じてない顔してるね」
「そ、そんなことないよ?」
彼女はジトっとした目でテイオーを見ると、肩を落とした。
「まあいいや……あとは……そうだ、もちろんだけど生徒会を頼るのはダメだよ。目をつけられると面倒だからね」
「えー」
「そんな不満そうな顔をしても、これだけは譲れません」
そうは言うものの、トレセン学園にいる2000人近いウマ娘の中から彼女を見つけるのは中々に骨が折れる。
「それじゃヒント、ヒントちょうだい!」
「ヒント? うーん、そうだなあ……私と走っていれば気がつけるかもしれない……とだけ言っておこうかな」
「……走ればいいの?」
「うん、そうすればわかる……かもしれない。だから私の一歩一歩を見逃さないようにしてね」
その日から、テイオーが彼女の正体を探る日々が始まった。
「レースは終盤、フォルスストレートを抜けようかというところでミスターシービーが仕掛けた! 速い、速いぞ! みるみるうちに先頭だ! これがミスターシービー! 日本のミスターシービーだ! 凱旋門をついに日本のウマ娘が制しました!」
そして何事もなく2週間が経ってしまった。ついに彼女と一緒に練習ができる最終日だ。
テイオーは頭を抱えて叫んだ。
「あーもー! わかんない!」
「わかんなかったかー」
結局テイオーは彼女の正体にたどり着けずにいた。先輩なのは確かだが、それ以上の情報が出てこない。
普段の口ぶりからして、かなりシービーと近しい関係なのは確かなのだが、シービーと交流している生徒を当たってみても、正体に繋がるような情報を得ることはできなかった。
「それにしてもテイオー、今日はテンション高いね」
「そりゃそうだよ。キミも見たよね? 昨日の凱旋門賞!」
「うん、見たよ」
「だったらわかるでしょ。あんなレースを見た後じゃ走らずにいられないよ!」
今日のトレセン学園生はほとんどが同じ気持ちだろう。理由は昨日の夜に中継された凱旋門賞のせいだ。
ミスターシービーが並みいる列強のウマ娘たちを後方から撫で斬るように追い抜き、見事に悲願の優勝を勝ち取ったあのレース。
学園中がその話題で一色に染まっていた。休み時間になると誰となしに凱旋門賞の話題が始まるくらいには皆が熱狂している。
「凄い騒ぎになってるよね」
「だって凱旋門だよ、凱旋門! 日本のウマ娘が勝つなんて、とんでもない偉業だよ!」
「みたいだねー」
「……キミはそんなに盛り上がってないかんじ?」
「喜ばしいことだとは思ってるし喜んでもいるけど、シービーなら勝つってわかってたから、皆みたいに盛り上がるほどじゃないかな」
「……信じてるんだね、シービーのこと」
「シービーは無敵、だからね」
無敵。ミスターシービーに敵は無い。その言葉の意味が、今は少しだけ重たく感じる。
テイオーが俯いている間に彼女は立ち上がると、学園の指定ジャージについた芝を払った。
「それじゃテイオー、最終日、走っていこうか」
「えー……期間延長できたりしない?」
「残念ながらできないかな、明日からはココには来ないし……ああ、明日からここに来ないっていうのもヒントね」
「もしかしてシービーがフランスから帰ってくるから?」
「正解」
シービーとかなり親しい友人関係であるのは確かだが、クラスメイトではなく、姉妹というわけでもないらしい。
とにかくもう時間がない。何かしらの取っ掛かりが欲しいと思っていたところで、彼女が提案をした。
「今日は私と勝負をしよう」
「勝負?」
「今までみたいに併走するんじゃなくて、本気で勝負をするの」
テイオーと彼女の練習は主に併走で行われていた。
彼女が逃げて、テイオーがその走りを観察し、技術を吸収しながら追う。それだけで充分だった。
「ちなみに私の本気の走りは大ヒントだよ」
「やる!」
ずっと興味はあったのだ。彼女ほどのウマ娘が本気で走ったとき、どうなるのか。
さらにそれがヒントにもなるというのだから、乗らない手はなかった。
彼女がルールの説明を始めた。
「コース3周で、この位置がゴール。コインが地面に落ちたらスタートで、どう?」
「うん、いいよ」
「それじゃ始めようか」
二人でスタート位置に立ち、スタートの構えを取る。彼女がコインを投げて、地面に落ちた。レース開始だ。
開始直後からの立ち上がり。もうこの時点で違った。トップスピードに入るまでが速すぎる。彼女はまるでカタパルトで射出されているかのように前へ出た。
なんとか食らいついたが、これでレース展開は決まったと言える。彼女が逃げ、テイオーが追う。いつもの光景であったが、その実はまったく違うものだった。
走りが綺麗すぎる! それに速い!
併走の時から綺麗な走りをしているとは思っていた。けれど今は、さらに美しいと感じる。
走るために必要な運動を突き詰めた機能美がそこにある。ウマ娘の走りの理想形と言っていい。
このペースで3周、持つの!?
いや、持つのだろう。後ろで走っていればわかってしまう。これだけの速度を出しているのにも関わらず、彼女の走りからは無理な力を感じない。自然と無理なく走った結果、今の速度が出ているのだ。
本気で走った彼女からシービーの影がちらつく。この走りがシービーに近いものであることは確かだ。
いや、違う……?
彼女の走りは理想的だ。それゆえに突出したモノがない。けれどシービーの走りは理想的かつ、ミスターシービーらしさがブレンドされている。
つまり――おそらく順番が逆なのだ。彼女の走りがミスターシービーに近いのではなく、逆にシービーの走りが彼女に――
そこまで思考がいったところで、レースは最終直線まで到達してしまっていた。
このままでは負ける。どうにかして差さなければならない。多少無理をしてでも加速しようとしたその瞬間だった。前を走る彼女が不思議なステップを踏んだ。そして最高速を維持したまま走法を組み替えた。夜のように静謐な走りから一転、日の光のように目をくらませる走りに。
見間違うはずがない。これはミスターシービーの末脚だ。それもシービーが使うよりも、もっと洗練されたものだ。
1バ身、2バ身と、どんどん離されていく。そして先にゴールにたどり着いたところで、彼女は走りを止め、振り返った。
テイオーは膝に手をつき、肩で息をしながら、彼女に向かって顔を上げる。
「……それじゃテイオー。私が誰だか、わかった?」
「はあ……はあ……キミは――」
答えようとしたその時、コースの土手の上から鋭い声が飛んだ。
「そこまでだ!」
その声の主は、テイオーにとってよく知った相手。トレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフだった。
「動くな。大人しくしてもらおうか」
鋭い目で、怒気を滲ませ、テイオーたちを――いや、彼女を睨みつけている。
普段と違うルドルフの様子から、なにか良くないことが起きようとしていることだけはテイオーにもわかった。
そろそろプロローグが終わるはずだったのに、次話を間違えて上書き保存して消滅させてしまったのがこちらになります。
皆はちゃんとバックアップ取ろうね! 約束だゾ!