トレーナーウマ娘がミスターシービーを無敵にした話 作:幸い辛い
「次走は未定かな」
どうして。
「そうだよ。レースはしない」
どうして。
「うーん……気分が乗らないから……じゃダメ?」
どうして。
「……トレーナーは関係ない。アタシが走りたくなったら走る。それだけだよ」
どうして私と走ってくれなかったんだ、ミスターシービー。
「……なにをしているんだ、テイオー」
「ぴぇっ!? か、カイチョー!?」
シンボリルドルフが用事をすませ生徒会室に戻ったところ、中でコソコソと棚を漁る影があった。誰かと思えばトウカイテイオーだった。
テイオーは焦った様子でなにかを後ろ手に隠したが、ルドルフにはそれが何か見えていた。トレセン学園生の顔写真がのったアルバムだ。
「勝手に生徒会室の資料を見るのは感心しないな」
「……ごめんなさい」
「まあソレに関しては機密でもないし、在校生が見るぶんには構わない。だから今回は不問にするが……誰か探しているのか?」
トウカイテイオーが誰かを探している、という話は知っていた。
どうやらルドルフには探していることを知られたくないらしいが、3週間ずっと聞き込みを続けているとなれば流石に耳にも入る。
探し人がどんなウマ娘なのかもわかっている。情報だとそのウマ娘はテイオーよりも上級生で、長い金髪をしているらしい。
それにしても水臭い。頼ってくれれば探し人などすぐに見つけてみせるのに。
「手伝おうか? ひとりでは前途遼遠だろう」
「うーん……でも……」
テイオーはしばし悩み、そして申し出を断った。
「自分でどうにかするよ。そういう約束だから」
「……そうか」
普段なら手伝ってほしいと即答しそうなものだが、この様子を見るにやはりルドルフには知られたくないようだ。
ルドルフは小さく息を吐くと、棚からアルバムを何冊か取り出して机の上に置いた。
「在校生の写真はこれで全部だ。好きなだけ調べていくといい」
「いいの?」
「さっきも言ったが見られて困るものじゃない。私が居る間なら問題ないだろう」
「ありがとう、カイチョー!」
飛びつくようにアルバムをめくり始めたテイオーに苦笑しつつ、雑談の体で話しかける。
「最近の調子はどうなんだ、テイオー」
「んー? そりゃもうバッチリだよ。今日も自己ベスト更新しちゃったもんね」
ここ3週間でテイオーの走り方が変わった。もちろんいい方向に。
タイムが良くなったのだとテイオーから聞いて練習を覗いてみれば、なるほど確かに走りが前よりも格段と洗練されていた。
練度からして、テイオーが独力で身に着けたものとは思えない。良い指導者との出会いがあったのではないかと当たりをつけている。
「それはキミが探している誰かのおかげかな?」
「……の、ノーコメントで……」
だが――そのテイオーの走りに、なにかの影がチラつくのだ。理由のわからない不安の火が、胸の底でチリチリと燻っている。
この言語化できない焦燥感がなんなのか、ルドルフにはわからなかった。
テイオーが鼻歌交じりにアルバムをめくっている間、ルドルフは紅茶を淹れたり、その誰かについていじわるな質問をしたりしつつ時間を潰す。
そして完全に日が沈んだところでテイオーがハッと顔を上げた。
「あ、もうこんな時間……あーあ、時間切れかぁ」
テイオーの悔しそうな声に釣られて外を見る。気づけば思ったよりも遅い時間になっていた。
アルバムを閉じて肩を落としたテイオーにルドルフは声をかけた。
「見つからなかったのか?」
「うん……今日までに見つけなきゃいけなかったんだけど、ダメだったや」
ルドルフに見つかりたくないのに生徒会室に入ったのは妙だと思っていたが、そうせねばならないほど切羽詰まっていたらしい。
「どういうウマ娘なんだ? その意中の相手は」
「いくらカイチョーでもそれは内緒だよ。約束だからね」
固く約束を守らせるだけの何かがそのウマ娘にはあるようだ。少し妬けてしまう。
「それじゃカイチョー、ありがと! 今度はゆっくりお茶を飲みにくるよ!」
テイオーはテキパキと荷物をまとめると、慌てて生徒会室から出ていった。
まるで遊園地に向かう小さな子供のようだなと思いながら、ルドルフもティーセットを片付けて生徒会室をあとにしようとして、ふと好奇心が湧いた。
テイオーの走りを導いた誰か、か……気になるな。
あまり趣味がいいとは言えないと思いながら、テイオーの足取りを追ってみる。何人かの生徒から目撃情報を集めながら進み、最終的にたどり着いたのはトレセン学園の練習コースだった。
テイオーは……ああ、あそこか。
どうやらレースをしているようだ。長い金髪のウマ娘がテイオーの前を走っている。あれがテイオーの意中の相手に違いない。
「これは……!」
そのウマ娘の走りを見てルドルフは思わず声を上げてしまった。あれほど完成された走りをするウマ娘をルドルフは見たことがなかった。
そして二人だけのレースが終盤にさしかかり、金髪のウマ娘がスパートに入り――ルドルフは心臓を手で掴まれたような感覚に陥った。
「あ……」
喉から掠れた声が出た。金色の髪のウマ娘が魅せた末脚は、ルドルフの心を今も焦がし続けている走りだった。
望んで、望んで、望んで。けれど終ぞ交わらなかった、シンボリルドルフに残った悔恨――ミスターシービーの走りだ。
ルドルフは悟った。テイオーに隠れていた影はコレなのだと。
誰なんだ、あのウマ娘は。
仮にシービーと同じ走りができるのだとしたら名が知れていなければおかしい。あの走りはそれほどの伝説だ。
だが少なくともルドルフはそんなウマ娘がいるなんて話を聞いたことがない。
いったい誰なんだ。そんな疑問はそのウマ娘がコーナーを回って直線に入り、こちら側に顔を見せた瞬間に氷解した。茜色の瞳に覚えがあったからだ。そしてテイオーがいくら調べても彼女のことを見つけられなかったわけを理解した。
レースが終わったタイミングでルドルフは息を吸い込むと、鋭く声を上げた。
「そこまでだ!」
テイオーがびくりと肩を震わせるが、その隣にいる金髪のウマ娘が動じる様子はない。相変わらず肝が据わっているらしい。
「動くな。大人しくしてもらおうか」
金髪のウマ娘に視線を固定する。彼女をこのまま捨て置くわけにはいかない。なぜなら彼女は――
「どうしてキミがここにいる、レディダスク」
――夢破れ、トレセン学園を去った過去の存在であるからだ。
トウカイテイオーは、金色の髪の彼女に対して発せられたシンボリルドルフの圧に押しつぶされそうになっていた。
激怒しているというわけではない。だが有無を言わせぬという意思が伝わってくる。
「シンボリルドルフ……まさかあなたが私のことを覚えてるとは思わなかったな」
「キミは有名人だったからね。授業には全く出ず、トレーニングにも顔を出さない。当時の先生方はたいそう頭を痛めたそうじゃないか」
「……なるほど、私って思ったよりも有名人だったわけか。あーあ、面倒なことになっちゃった」
その重圧の中で、彼女は平気な顔をしていた。
信じられない。まるで堪えていない。
「テイオーにかまってたら、そのうち見つかっちゃうかもしれないとは思ってたけど……なにも最終日になって見つからなくてもさぁ」
暖簾に腕押しとばかりの彼女の態度にルドルフは眉を吊り上げた。
「去ったキミがここに何の用だ? 事と次第によっては、しかるべき対処をせねばならないが」
ルドルフの詰問に彼女はなんてことはないと言わんばかり笑みを浮かべてみせた。
「そんなに怖い顔をしなくても、私はちゃんと正当な方法でここに居るよ」
「なんだと?」
いぶかしむルドルフを視界から外した彼女は、くるりとターンをしてテイオーに向き直った。
「これが最後のヒントだよ、テイオー。私はトレセン学園の生徒じゃない。でもトレセン学園にいる正当な理由がある」
「……生徒じゃ、ない」
テイオーの頭の中でパズルを組みあがっていく。
ミスターシービーのことを一番知っていて、同じ走りができて、生徒じゃないのに正規の方法でトレセン学園に入れる存在。
「そっか、キミは――」
テイオーが完成したパズルを口にしようとしたその時だった。コースを照らす照明の向こう側から“正解”がやってきた。
「アタシのトレーナーだよ。だからイジメないでくれるかな」
「――あ」
それは無敵の三冠を超え、ついに世界へ羽ばたき圧倒的な力を示した天衣無縫のウマ娘。
「ミスター、シービー……」
テイオーが震える声でその名を口にした。
「やあ、こんばんは」
シービーは軽く手を振りながらテイオーたちの方へやってくると、定位置とばかりに彼女の横に立った。
「ただいま、ダスク」
「おかえり、シービー。遅かったね?」
「あはは、ごめんごめん。久しぶりに日本の空気を吸ったら我慢できなくってさ、空港から走ってきちゃった」
「レース直後なのに元気だね。脚は大丈夫?」
「うん、レースで思いっきり走ったおかげかな、いつもより調子いいんだ」
「ならよかった……それでどうだったの、フランスは」
「まあまあだった。芝の感触は面白かったよ」
シービーの視線がテイオーに向いた。
「この子は?」
「トウカイテイオーだよ。シンボリルドルフの秘蔵っ子なんだって」
「へえ……見込みは?」
「丁寧に磨けば大きく光る……ってところかな」
「ふーん」
シービーが興味深そうにテイオーを覗いた瞬間、テイオーの肩がビクリと跳ねた。
恐怖はなかったが、自分の存在を見透かされたような感覚があった。
「こら、そんな目で見ないの」
「だって光るって言うから」
「まだ磨くかもわからないのに、そんなことしても仕方ないでしょ」
彼女とシービーは示し合わせたようにテイオーに向き直った。
「それじゃテイオー、改めて自己紹介するね。私はレディダスク、色々あってトレーナーやってるよ。親しい子はダスクって呼ぶから、テイオーにもそう呼んでほしいな」
「そしてアタシが担当のミスターシービー。よろしくね」
愕然としていたルドルフが驚愕の声を漏らした。
「バカな、ウマ娘がトレーナーになったというのなら、私が知らないはずが……」
「未成年のウマ娘がトレーナーになって三冠ウマ娘を育てたなんて、センセーショナルな話題でしょ? だから私が成人するまでは情報は出さないことになってるの。あなたでも知ってるはずがないよ」
淡々と告げられたダスクの言葉に、ルドルフは悔しげに目を伏せた。
「……なるほど、学園ぐるみの情報統制か。いくら調べてもシービーのトレーナーがわからないわけだ」
「そういえばあなたも私のことを調べてた時期があったらしいね。シービーたちから聞いてるよ」
「結局なにもわからなかったがな」
「そりゃそうだよ。知られちゃ困るからね」
刺々しい口調をしたルドルフと、それを受け流すダスク。あまり空気がいいとは言えなかった。
ルドルフの瞳に剣呑な光が宿る。
「……ダスク、キミはなんのためにテイオーに近づいたんだ」
「逆だよ。私が近づいたんじゃなくて、テイオーが近づいたの」
「そんなものはどちらでもいい。まさかテイオーをシービーのようにするつもりではないだろうな」
ルドルフとシービーは友人だ。けれどその間に確執があるのは有名な話だった。
ルドルフが無敗の三冠を達成した当時、世間から望まれていたものがあった。同じく無敗の三冠であるシービーとの対決だ。
けれどそれが成されることはなかった。シービーは三冠を達成した翌年の秋の天皇賞を境に、トゥインクル・シリーズを休止したからだ。
直接対決の機会がなかった結果、七冠ウマ娘のシンボリルドルフと無敵のミスターシービー、両者のどちらが上なのかという論争は未だ終わっていない。
皇帝シンボリルドルフの王道にある瑕疵。それがミスターシービーというウマ娘だった。
ダスクを詰問するルドルフにシービーが抗議の声を上げた。
「アタシみたいにって……ひどい言い方するね、ルドルフは」
「シービー……キミは知っているだろう、その在り方が危ういことを。テイオーを同じにはさせたくないんだ」
「楽しみたいっていうのは、おかしい?」
「否定はしない。だがキミは度を越している」
ダスクは言っていた。正体を当てて、それでも先を知りたいならと。テイオーはやっとその意味がわかった。
ダスクはテイオーの夢を知った。だからあんな言い方をした。
ルドルフが声を荒げているのも同じ理由だろう。テイオーの夢が断たれることを誰よりも危惧しているのだ。
「それで、どうする?」
にらみ合うルドルフとシービーを横目に、ダスクは身をかがめてテイオーの瞳を下から覗き込んだ。
「テイオーはどうしたい?」
「え?」
「私はあなたの好きにすればいいと思う」
「ボクの、好きに……」
王道か、自由か。テイオーは即答することができなかった。どちらも同じ憧れだ。
トウカイテイオーというウマ娘はどの選択をすべきなのか。三冠ウマ娘2人がにらみ合う緊張の中、悩んで、悩んで――そして突き抜けた。
そうだ、言われたとおり自分の好きにしよう。
「あのね、ダスク。ボクには選べないよ。だってどっちも憧れなんだもん」
「そっか」
「でもね、ボク思うんだ。そもそもどっちかを選ぶ必要があるのかなって。選んだとして、それはトウカイテイオーなのかな」
「……なるほど、テイオーはその道を選ぶんだ」
「意外だった?」
「ううん。あなたらしいと思う」
テイオーはダスクに向かって手をのばした。
「ボクはキミの手を取るよ」
「テイオー!?」
ルドルフが柄にもなく狼狽している。頼むから行くなと。
テイオーは小さく笑みを浮かべてみせる。そうではないのだと。安心してほしいと。
「安心してよカイチョー、ボクはシービーと同じにはならない。でも……カイチョーと同じになるつもりもない」
「それは……どういう意味だ?」
「ボクはカイチョーみたいになりたいし、シービーみたいに走りたい。でも2人と同じにはなっちゃいけないんだ。だってボクが目指さなきゃいけない道は、他にあるんだから」
シンボリルドルフの後追いではなく、ミスターシービーの後追いでもない。テイオーが目指すべきは第三の道、すなわちトウカイテイオーだけの道だ。
「ボクはボクだけの道を行く。そしてシンボリルドルフとミスターシービーを超える無敵の帝王になる」
己が道を行くのだと、強く宣言する。
「だからダスク、キミの走りを教えてほしい。ボクは2人を超えた唯一無二になりたい……いや、なってみせる」
テイオーの答えを聞いたダスクは、差し出された手を取ると見惚れるような笑顔を見せた。テイオーの答えがお気に召したようだった。
「いいよ、全部教えてあげる。そのかわり覚悟してね。私の走りがあなたの錘になっても知らないから」
「だったらボクは、その錘ごと地の果てまで走ってみせるよ」
やり取りを見ていたシンボリルドルフが、テイオーを眩しそうに見ていた。
「……未だ殻を破ったばかりの雛だと思っていたが、違ったようだ。キミはちゃんと自分自身の道を見つけたんだな、テイオー」
「ありがとうカイチョー、心配してくれて」
「余計なお世話だったようだがな」
「ううん、嬉しかったよ」
ルドルフは巣立っていく雛鳥を見送る親鳥のような、誇らしさと寂しさが入り混じった表情を浮かべている。
「だが本当にいいのか、テイオー。その道は険しいぞ」
「険しくてもその先に夢があるのなら、ボクは挑むよ」
「……ならばもう何も言うまい。成長したな」
ルドルフは目を閉じ深呼吸をしたあと、ダスクに言った。
「まさかキミに言うことになるとは思わなかったが……テイオーを頼む」
「私は走り方を教えるだけだよ。その先はテイオー次第。でも……テイオーには夢を叶えてほしいと思ってる」
「……それで充分だ。練習の邪魔をしたな、私はこれでお暇させてもらうよ」
それだけ言ってルドルフは去っていった。これ以上の言葉は必要ないということだろう。
「それじゃあテイオー、これからは私があなたのトレーナーだよ。覚悟はいい?」
「もちろん。期待してるよ、トレーナー」
夜空の下、照明に照らされたターフの上で、無敵のテイオー伝説――その序章が始まった。
「ところでシービー……あの子は?」
「……あれ、ダスクも知らないの?」
「私はあなたと一緒にいるものだとばかり思ってたんだけど……違うの?」
「うーん、レストランでご飯食べた時は一緒にいたんだけどな」
「……一応聞いておくけど、日本のだよね? フランスのじゃないよね?」
「うん」
「……国外に置いてきたわけじゃないならいいか――いやよくないな。流石に怒ってるかも」
「お土産あげたら許してくれないかな」
「あの子も一緒にフランスまで行ったんだよ? お土産もなにもなくない……?」
「それもそうか」
「それもそうだよ」
「まあ……許してくれるよ、多分」
とりあえずプロローグ終わりました。
同じプロット通りに書いたはずなのに、新しく書き直したら当初の予定とは全く違う文章ができあがる現象に名前をつけたい。