トレーナーウマ娘がミスターシービーを無敵にした話 作:幸い辛い
会見場を埋め尽くす記者たちを相手に、トウカイテイオーが不敵な笑みを浮かべている。
「皐月賞を制したご感想はいかがでしょうか、トウカイテイオーさん」
「とっても嬉しいよ! 夢にまた一歩近づいたからね!」
「夢と言いますと、やはり無敗の三冠を達成するという、あの?」
「うん! このままダービーも菊花賞も勝って……その先も勝ち続けて無敵の帝王になる、それがボクの夢!」
強気なテイオーの発言に記者が満足そうに頷く。
その後もインタビューが続き記者が何回か入れ替わった後、とある質問が飛んだ。
「失礼ながら、トウカイテイオーさんの走りがミスターシービーさんに似ている、と話題になっていますが、お二人のご関係は?」
「それは……えーっと」
テイオーが迷った様子で視線を記者たちの後ろに向けた。自然とその場にいた者たちの視線も同じ方向を向く。
その先にいたのは、完全にオフの恰好をしている一人のウマ娘だった。目立たないようにフードを深く被っていたが、ここまで注目されては存在を隠しきるのは難しい。
あちゃーと手で顔を覆ったウマ娘に対して、どよめきが起こった。
「……か、カツラギエースだ」
「マジかよ……カツラギエースっていったらあのジャパンカップの……」
あのミスターシービーと秋の天皇賞で競り合い、ジャパンカップではダービー時のミスターシービーを彷彿とさせる大逃げを見せたウマ娘、カツラギエース。
テイオーだけなら似ているというだけで話は済んだかもしれないが、彼女まで出てきてしまってはそこにシービーとの繋がりがあることは明白だった。
エースは少し悩んだ様子だったが、記者たちをかき分けてテイオーと同じ壇上に立った。
「あー、その……結論から言うと、あたしたちはシービーと同じチームに所属してます」
記者たちがざわめいた。納得と困惑の声があちこちで上がる。
エースが続ける。
「ただ詳細については非公開です。あたしたちも学園からも、発表はしません」
「それはなぜですか!?」
さきほどシービーとの関係について尋ねた記者が、興奮した様子でマイクをエースに近づけた。
「トレーナーの一身上の都合です」
「その一身上の都合とは……」
「それも答えられません」
エースの頑なな態度に諦めたのか、記者が質問を変えた。
「トレーナーが非公開というのはわかりました。ですがせめてチーム名だけでもお聞かせいただけませんか?」
「え゛っ……」
テイオーが変な鳴き声を上げた。
「ね、ねえエース、どうしたらいいかな……?」
「つってもなぁ……アレで申請しちまったらしいし、もう仕方なくないか? 諦めて楽になっちまおうぜ」
「仕方ないって……」
「テイオーは積極的にメディアに露出させるって決めたんだし、チーム名程度、この場で濁したところで意味ないだろ」
「そりゃそうなんだけど……」
不本意そうに、そして諦めた様子でテイオーがその名を口にした。
「ボクたちのチーム名は――」
「それじゃテイオー、フォームを作り直そうか」
いつものコースの小屋にて、レディダスクがホワイトボードの前に立った。
「今のテイオーの走り方には欠陥があるからね」
「……ボクの走り方ってそんなにダメ?」
「うん、ダメ。このまま走ってたら怪我するよ」
言いきられた。確信があるらしい。
「テイオーの走りは天性のものだよ。素晴らしいと思う。でもその走りは脚への負荷が大きすぎる。3週間の併走で少しは矯正したけど、それじゃ全然足りない」
「でも……なんともないよ?」
「今は大丈夫かもしれないけど、これからパワーが上がって脚にかかる負荷が高くなれば、どこかで怪我する可能性が高い」
「見ただけでわかるの?」
テイオーが聞くとダスクは少しだけ悲しそうな顔をした。
「わかるよ。だって実体験だから」
「え……?」
「あなた並みとは言えないけど、私も体が柔らかいんだ。学園の前屈の記録、あなたが塗り替える前は私が記録を持ってたくらいにはね。だから昔はあなたと同じような走り方をしてた」
「……それで、怪我したの?」
「うん。思えばあれのせいで競技人生がさらに短くなっちゃったのかも」
あまりに早く短い本格化。そんなダスクの身の上話は少しだけ聞いていた。
「これまでの走りを捨てるわけだから、不調が続くと思う」
「……遅くなるってこと?」
「うん、遅くなる。でも競技人生のことを思うと必ずどこかで矯正しなきゃいけない」
テイオーは自分の脚を撫でた。信じたくない話だが、真剣なダスクの語りには妙な説得力があった。
ダスクがテイオーを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、最終的には今より速くなる。才能を活かしたまま怪我をしない走り方を、あなたに教えてみせる」
でも、とダスクが続ける。
「私がその走りを教えるのにはタイムリミットがある」
「タイムリミット?」
「私のトレーニングは併走が主になるけど、その前提条件として私があなたの走力を上回っている必要がある。私の後ろを全力で走ってもらわなきゃいけないからね」
「……ボクがダスクより速くなったら終わりってこと?」
「その通り。速くなった後も細かいフォームチェックくらいはしてあげられるけど、根本的な所はそれまでに終わらせなきゃいけない。だからあなたが本格化して、私よりも速くなるまでがタイムリミット」
テイオーはごくりと唾を飲み込んだ。
自分の体が少しずつ本格化を迎えている自覚はある。そしてそこに加えてダスクから指導を受ければ、おそらく走りは加速度的に速くなっていくだろう。
思っているよりも残された時間は少ないのかもしれない。
「これは私たちの共通認識だけど、エースが秋の天皇賞でシービーに及ばなかったのはそれが原因だよ。あの時点でエースは私よりも速かったから、完全に走りを継承させてあげられなかった」
「あれで完全じゃない?」
「そうだよ、完全じゃない。完全だったならカツラギエースはミスターシービーに手が届くウマ娘だった」
テイオーは目を見開いた。シンボリルドルフを圧倒したカツラギエースが完全ではなかったなんて、とんでもない話だ。
「エースが完璧だったら、どうなってたの?」
「天を翔けるように全てを置き去りにしてた……んじゃないかな」
そう言ったダスクの表情からは深い悔恨が滲み出ていた。
その日の練習後。
シービーがタオルで汗を拭いながらコース脇の小屋に戻ると、ダスクとテイオーが向かい合って何かを話していた。
シービーが戻ってきたことに気がついたダスクが振り向く。
「あ、シービー、今ってなにしたい気分?」
「んー?」
特に思いつかなかったが、強いて言えば練習を終えた後でお腹が減っているから、なにか軽くつまみたい。
「そうだなぁ……タイ焼きが食べたい気分?」
「じゃあチームタイヤキでいこっか」
「ちょっと待って」
テイオーが慌てた様子で制止した。
「流石にタイヤキはないよ……もっとちゃんとした名前にしよう?」
「そう? いいじゃない、タイヤキ。甘くて美味しそうで」
ダスクは暢気に目じりを下げている。あれはタイ焼きに思考が支配されている顔だ。
シービーは自分が変わった思考回路をしているという自覚があるが、ダスクはそれと同じくらい天然だ。そのせいでエースはだいぶ苦労をしているらしいが、それはさておいて。
「ねえシービー、練習終わったら商店街に行って買い食いしない?」
「いいね。ダスクはカスタードでしょ? アタシは餡子にするから半分こしようよ」
「いいよ、そうしようか。テイオーも行く?」
「あ、うん、行く……じゃなくて! 違うよダスク! チーム名の話だよ!」
「ああ、そんな話だっけ」
なんとなく話の流れは理解した。どうやらダスクはチームを結成するつもりらしい。
しかしダスクにチーム名を決めさせようとするのは人選ミスだ。彼女は致命的にネーミングセンスがない。
ダスクは腕を組むと、そのまま片腕を上げ、顎に人差し指を当てて考え始めた。
「うーん……テイオーの好きなものだと……あ、そうだ、はちみーとかどう?」
「は、はちみー?」
「だめ? タイヤキより今風で可愛いと思うんだけど」
「まず飲食物から離れよ?」
その後もしばらく食べ物の名前が続き、ダスクのネーミングセンスにテイオーが頭を抱えていると、走り込みが終わったらしいエースが小屋の中に戻ってきた。
テイオーが助け舟を求めた。
「あ、エース、聞いてよ! ダスクがタイヤキにするって言うんだよ!」
「今日の買い食いの話か?」
「違うよ! いや買い食いは違わないんだけど……そうじゃなくてチーム名!」
「チーム名……? ああ、そういや結成してなかったっけ」
エースは今思い出したようで、ポン手を打った。
「あたしを担当してもらう時に結成しよう、みたいな話もあったんだけどさ、面倒だからって先延ばしになっちまったんだよな」
「そうだっけ?」
心当たりがなさそうなダスクを見たエースがため息を吐いた。
「おいおい、面倒って言ったのはダスクだろ」
「……そうだったかな……?」
本気で記憶にないらしい。
「にしてもタイヤキかぁ……いいんじゃね? うまそうだし」
「エースまで!?」
「でもなんか弱そうだな」
エースはペンを手に取ると、ホワイトボードに文字を書き始めた。
「これでどうよ。強そうになっただろ?」
「えぇ……」
テイオーが心底困惑した声を上げる。
そういえばエースは勝負服の背に“葛城栄主”と自分の名前を入れちゃう系のウマ娘だったなと思い出した。センスに関してはエースもあまりダスクのことは言えないのではないか。
テイオーの様子を見たエースがカラカラと笑った。
「流石に冗談だよ」
「びっくりした……エースがまともで安心したよ。一時はどうなることかと」
ホントに冗談なのかとシービーはいぶかしむ。
そんなエースはテイオーの苦労を察したようで、同情するような目を向けた。
「あー、その……ご愁傷様。コイツらってその場のノリで生きてるところがあるからさ……テイオーも慣れねえと疲れるぞ」
「エースは慣れたの?」
「そりゃ何年も付き合ってりゃな」
失礼なことを言うやつだなとは思うが、迷惑をかけているのは事実なので黙っておく。
エースは遠い目をすると、そうだ、とテイオーの肩に手を置いて深刻そうな声音で言った。
「ちなみにだけどテイオー。コイツらとの付き合いの先輩として言わせてもらうんだけどな」
「うん、なに?」
「迷ってちゃ手遅れになるぜ」
「どういうこと?」
「まあ……明日になりゃわかるさ」
結局、良い案が出ることはなかった。
その日はなんとなくの気分でタイ焼きをキャンセルして、全員でエース行きつけのラーメン屋に行ってから解散した。
そして翌日のこと。
練習が始まる前に、テイオーはホワイトボードにいくつかの星の名前を書きだした。
「というわけで、いくつかチーム名の候補を考えてきたんだ」
名前やその由来について調べ、コレだと思うものをピックアップしてきたらしい。
それを見たダスクはきょとんと目を丸くした。シービーはそれだけで全部察した。憐れなり、テイオー。
「チームの結成届なら、もう提出したよ」
「えっ」
「名前は思いついたの適当につけちゃった」
「えー!?」
声を上げるテイオーの反応が面白くて、シービーは笑わずにはいられなかった。エースの言っていた手遅れになる、という言葉の意味がこれだ。ダスクはこういうウマ娘なのだ。
おそらく昨日のやり取りを今朝起きた時に思い出して、朝一で学園に提出したのだろう。なんとなくこうなる気がしていた。
同じく察していたのか、事の顛末に苦笑しているエースがダスクに尋ねた。
「それで? なんて名前にしたんだよ」
「えっとね――」
「ボクたちのチーム名は……えーっと……その……
ミスターシービーとカツラギエースというビッグネームが並ぶ怪物チーム、蛇威夜鬼蜂美が世に出た瞬間であった。名前も怪物級だ。
余談だが、はちみーの屋台がタイアップして同名の新製品を作った結果、ゲテモノメニューとしてそこそこの売り上げになったらしい。
レースで走る以外の才能は、いろんな意味で有り余っているレディダスクさん。
感想ありがとうございます。誤字報告も助かってます。
キャラを完全に掘り下げる前に書き終わりそうなのが問題。