トレーナーウマ娘がミスターシービーを無敵にした話   作:幸い辛い

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挑戦状

「最終直線で抜け出したトウカイテイオー! これが王道だと言わんばかりの展開だ! 速い、速い、速い! 圧倒的な差をつけて! 今! 菊花賞を制しました!」

 

 

 

「これで三冠目!」

 

 菊花賞を勝利したテイオーはインタビューの場で指を三本立てると、居並ぶカメラに向かって目いっぱい笑ってみせた。

 同時に連続してカメラのシャッターが切られる。明日の新聞の一面は、各社ともにこの写真で埋まるだろう。

 最前列にいた記者が一同を代表して簡単に祝辞を述べた。

 

「まずはおめでとうございます、トウカイテイオーさん!」

「ありがとう!」

 

 テイオーがもう一度にっこりと笑うと、記者からのインタビューが始まった。

 

「菊花賞の勝利をもちまして、トウカイテイオーさんが尊敬されているというシンボリルドルフさんに並ぶ無敗の三冠ウマ娘となりましたが、ご感想はいかがですか」

「今はただただ嬉しいよ。ずっと目標にしてきたからね」

 

 テイオーは頷いた。

 素直に嬉しい。これでやっと、頂を超えるための一歩目が踏み出せたからだ。

 

「ここまで躍進を続けているトウカイテイオーさんですが、ずばり次の目標はなんでしょう?」

「目標……目標か」

 

 菊花賞のゴール板を駆け抜けた瞬間から考えていた。おそらくだが、テイオーの競技人生の中で一番勢いに乗っているのは今だ。

 一番のコンディションであるのなら、挑戦すべきは決まっている。一番の壁しかない。

 

「ボクの目標は、伝説への挑戦」

「と、言いますと?」

「伝説って言ったら一つだけだよ」

 

 テイオーはぐっと拳を握り、高らかに宣言した。

 

「ミスターシービーに決まってる」

 

 インタビュー会場が一瞬だけ静まり返った。

 

「出てきてよミスターシービー。ボクがキミをそこから引きずり下ろしてあげるからさ」

 

 集まっていた記者たちが、ざわざわと騒ぎ始めた。

 

「ミスターシービーって……あのミスターシービーだよな? 凱旋門以降は音沙汰ないし、とっくに引退したんじゃ?」

「いや、引退するって明言したことはなかったような……ドリームトロフィーリーグに移籍もしてないはずだし……」

 

 テイオーは引き起こした波乱に笑みを浮かべると、会場の後ろに向かってビシリと指を差した。

 

「ボクからの挑戦状、受け取ってくれるよね、シービー」

 

 全員がその指の後を追い、そして追いついた瞬間に息を呑んだのがわかる。

 その先でラフな私服を着たシービーが静かに笑っていたからだ。

 

「……テイオーはアタシと走りたいんだ」

 

 大きくはなかったが、不思議とよく通る声だった。

 

「違うよ。ボクはシービーとレースがしたいんだ」

 

 走るだけではない。今のテイオーならば、勝負ができる。

 

「菊花賞で止まったままのキミの時間を、ボクが動かしてあげる」

「へえ」

 

 睨みあう。シービーは笑っているだけのはずなのに、ゾクゾクと殺気を感じる。

 これが伝説にまでなった天衣無縫のウマ娘なのか。正直、過小評価していた。額にじわりと汗が浮かぶ。

 

「いいよテイオー、どこでやる?」

「ジャパンカップ――東京レース場、2400メートルで」

 

 テイオーとシービーがまだ自分の走り方をしたことがないレース。そしてルドルフがつまずいた関門。そこを決戦の場に選ぶ。

 シービーが万感の思いを込めた様子で目をつむり、そして頷こうとしたところで――

 

「おい、誰か忘れちゃいないか」

「――ッ!」

 

 ――発された重い声に、テイオーの呼吸が止まった。

 インタビュー会場の脇から、シービーと匹敵する――いや、凌駕する圧が放たれたからだ。

 

「それともあたしなんざ眼中にねえってか」

 

 カツラギエースだった。

 いつもの面倒見のいいウマ娘の姿はそこになかった。瞳に闘志を滾らせた、戦うウマ娘の姿があった。

 彼女はここまで壮絶な覇気が出せるのか。全然知らなかった。

 テイオーが後ずさる中、シービーは笑みを深くしている。心底嬉しいと言わんばかりの表情だ。この威圧の中で平然と笑えるなんて信じられない。

 

「いいね、エース。そこまで研ぎ澄ませてるとは思わなかった」

「あんたの喉笛に食らいつくためには、この程度は当然だろ」

 

 テイオーの背筋に寒気が走った。もしかすると、とんでもないモノを呼び起こしてしまったのかもしれない。

 でも後悔はしていなかった。肉体と精神のピークを考えると、テイオーがシービーと戦うには、あらゆる意味で勢いに乗っている今しかない。今こそがシービーと戦う時なのだ。

 それに、この程度で尻込みするようなら最初から喧嘩を売りはしない。

 無敵(ミスターシービー)皇帝(シンボリルドルフ)を超えた無敵の帝王になる。そのために倒さなければならない化け物が一人増えただけのこと。

 きっと武者震いだろう震えを抑えるテイオーに、シービーが挑発的に言った。

 

「テイオーはアタシたちについてこられる?」

 

 襲い来るプレッシャーに、ぐっと奥歯を噛み締める。答えなんて決まっている。

 

「……上等。二人ともまとめて倒してあげるよ」

 

 

 

 シービーに挑戦状を叩きつけた翌日の放課後、いつものコースへ向かおうと校門を出るテイオーを呼び止める声があった。

 

「ちょっといいか、テイオー」

「カイチョー?」

 

 声の主はシンボリルドルフだった。どこかいつもの覇気がないように見える。

 

「レディダスクのところへ行くのだろう。途中まで一緒に歩いてもかまわないか?」

「……うん、いいよ」

 

 そこから無言で学園を出て、川の堤防沿いの道をルドルフと一緒に歩く。

 ぽつりと言葉をこぼしたのはルドルフだった。

 

「菊花賞、いい走りだった」

「ちょっとはカイチョーに追いつけた?」

「ああ、このままだとすぐに追い抜かれてしまいそうだ」

 

 あきらかにルドルフの様子がおかしかった。いつもなら簡単には追いつかせないと言っていただろう。

 ルドルフが眉尻を下げる。

 

「キミがシービーと同じ道を行ってしまうのではと、ずっと心配していた」

「……大丈夫だよカイチョー。言ったでしょ、ボクはシービーと同じにはならないって」

 

 テイオーはシービーと同じ力を求めた。けれどテイオーには、シービーにはないものがあった。

 

「ボクはちゃんと、誰かの想いを乗せて走れてる」

 

 テイオーとシービーの差は結局のところそこだ。全てを振り切って飛んでしまったシービーには、想いを乗せることはできない。

 しばしの沈黙の後、ルドルフが切り出した。おそらくここからが本題なのだろう。

 

「それで……どうなんだ、シービーは」

「どうって?」

「今のシービーは強いのか?」

 

 ルドルフの瞳は揺れていた。

 

「彼女がトゥインクル・シリーズを走り始めてから、随分と時がたつ。どんなウマ娘でも、ピークというものは存在する。彼女とて……」

 

 その問いに、テイオーは静かに首を横に振った。

 

「ミスターシービーを普通の理屈で推し量っちゃダメだよ、カイチョー」

 

 アレをウマ娘の価値観に当てはめてはいけない。

 

「シービーはいつだって強いよ。むしろ今が一番じゃないかなってくらい」

 

 だってダスクがそう育てたから。

 ルドルフは瞠目すると、「そうか」と小さな声で言って押し黙った。

 ミスターシービーと戦うには、常識を全て捨てなければならない。そうした上で予想を立て、それを凌駕してなお勝利できるかわからない、そんな怪物だ。

 沈黙していたルドルフがぽつりと言葉をこぼし始めた。

 

「シービーが私と戦ってくれなかった理由がわかった気がするんだ」

 

 寂寥と後悔の混じった声音だった。

 

「あの時の私には、今のテイオーほどの純粋な闘志はなかった」

「……えー? ボクが知ってるカイチョーは闘志に溢れてたように思うけど」

 

 いつか見た日本ダービーの雄姿をテイオーは忘れたことはない。

 しかしルドルフは首を横に振った。

 

「闘志は確かにあったよ。けれどそれは、使命だとか義務だとか、シービーから見れば飾り立てた不純物が含まれたものだったのだと思う」

「そんなことは……」

 

 ない、と言おうとしたテイオーをルドルフは制した。

 

「あったんだよテイオー。少なくともシービーにはそう見えていたんだ」

 

 そして茜色になりつつある空を見上げた。

 

「だがキミは違う。想いを背負ってなお、純粋であり続けている」

「……カイチョーにはボクがそう見えるんだね」

 

 ルドルフは空から視線を移し、眩しそうにテイオーを見た。羨望と期待の合わさったような瞳をしていた。

 

「ああ……キミは今、走ることしか考えていない――“ウマ娘”の姿をしているよ」

 

 それはテイオーに向けての、ルドルフからの最高の賛辞だった。

 

 

 

 ルドルフと別れ、いつものコースの小屋にやってきたテイオーを迎えたのは、とてもいい笑顔をしたレディダスクだった。

 

「さて、やってくれたね、テイオー」

「あ、あはは……やっぱり怒ってる?」

 

 ダスクは腕を組み、軽く息を吐く。

 

「怒ってないよ。相談はしてほしかったけど」

「ごめん」

 

 それに関しては謝るほかない。

 

「でも、どうして急にそんなことを言い出したの? そぶりもなかったじゃない」

「……菊花賞を走り終わって、無敗の三冠ウマ娘になって……その時にわかっちゃったんだ。シービーを倒すには、今しかないって」

 

 今ならいける、今しかない。菊花賞が終わった時、そう感じたのだ。

 ダスクはしばらく考え込んだあと、口を開いた。

 

「結局、私は競技者にはなれなかったから、レースを走るあなたたちの心の内はわかってあげられないけど……当のテイオーがそう思ったのなら、きっとそうなんだね」

 

 ダスクはそう言うと、大きく深呼吸をした。

 

「よし、ここからは先の話をしよう」

 

 ダスクが小屋にあるホワイトボードに、やたらと綺麗な字で“目標ジャパンカップ”と大きく書いた。

 

「目下の問題は、私がテイオーをあと1か月で仕上げられるのか、ってことかな」

「やっぱり難しい?」

「わからないって言ったほうが正しいね。私はシービーとエースのスペックは把握してるけど、テイオーに関しては未知数だから」

 

 ダスクは「だって」と続ける。

 

「私たちは一番強いトウカイテイオーをまだ見たことがない」

「一番強い、ボク?」

「うん。ダービーでやったみたいなタイムトライアルの速さじゃなくて、トウカイテイオーが自分の走りをした時の本当の強さを、テイオーを含めて私たちは知らない」

 

 テイオーは自分の手のひらをジッと見つめ、そのまま拳を作った。

 誰も知らないトウカイテイオーの本当の強さ。きっとそれが、シービーとエースに勝つためのピースになる。

 

「だからまずは、そこを探っていくところから始めよう」

「うん、わかった。よろしくね、トレーナー」

 

 そこでテイオーは「ところで」と疑問を口にした。

 

「シービーたちはどうしたの?」

「……ああ、あの子たちなら来ないよ。いまごろ各々の方法で仕上げにかかってるはずだから」

「ダスクが調整するんじゃなくて?」

「もちろん最終的な調整は必要だよ。でも基礎能力や技術に関しては、もう私にしてあげられることはないの」

 

 あの技術の鬼みたいなダスクが、完全と言い切った。

 つまりテイオーがこれから戦うのは、そういう相手だということだ。

 

「もしかして、ボクってとんでもないウマ娘に喧嘩売っちゃった?」

「いまごろ気づいたの?」

 

 ダスクが鈴の音のような笑い声をあげた。




とても反省の多いSSになってしまった……。
短くまとめるつもりだった関係で、ウマ娘たちを思っていたように掘り下げきれなかったのが敗因。
あと2話で本編終了して、余裕あったらオマケ出してフィニッシュ!

誤字報告いつも助かってます、ありがとうございます。
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