サキュバスの声がデカ過ぎる   作:なごりyuki2号

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 ※かなり強火の下ネタに御注意下さい……。


第2話 ボールの行方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ見て見て、私のち●ちん!」

 

 彼女の声が響き渡り、早朝の始発電車内には緊張が走った。

 

 僕以外の乗客、特に男性達が一斉に聞き耳を立てている気配がある。電車内の静寂は重く、車窓から差し込み始めた朝日すら濁るかのようだ。

 

 とにかく、こいつは一体何を言い出すのか。

 

 関わりたくない。だが、ここで無視すると余計にうるさくなりそうなので、降参するような気分で溜息を飲み込む。

 

「声が大きいんだけど」

 

 僕は顔を歪ませながら、とりあえず指摘した。隣に立つ彼女の方が身長も高いので、彼女を横目で見上げながらだ。そんな僕に、彼女は自分のスマホを突きつけてきた。

 

「ほら、すっごく可愛くない!?」

 

 そこに映っていたのは、一匹のハムスターだった。もぐもぐと頬を愛らしく膨らませている。

 

「……キミが飼ってるの?」

 

「そう! 昨日から!」

 

 彼女は満面の笑みだ。なるほど。『ちん●ん』というのは、彼女が名付けたハムスターの名前なのだと察することができた。

 

 しかし、なんて名前だろう。

 

 自分の新しい家族を紹介できる嬉しさを弾けさせる彼女と、彼女が手にしたスマホを、僕は交互に見た。

 

「確かにハムスターは可愛いんだけど、もうちょっと名前は何とかならなかったの?」

 

「えっ? いい名前でしょ?」

 

 何度かまばたきをした彼女が不思議そうな顔になる。本気でいい名前だと思っている反応だった。種族としての理念や価値観の違いを肌身で感じる。

 

「……違う名前の方がいいと思うな」

 

 僕の声は既に疲れていた。

 

「えぇ~~~?」

 

 もの凄く不満気に眉を寄せる彼女は、唇を尖らせて視線を斜め上に投げた。別の名前を考えているようだ。

 

「じゃあ、チ●ポコとか?」

 

「ほぼ変わってないよ……」

 

「なら、ポコ●ンは?」

 

「違うよ。そういうことじゃなくて……」

 

「はぁ~~……」

 

 男性器を連想させる呼称に執着する彼女が、「文句しか言わない男はこれだからさぁ」と腰に手を当てて大袈裟な呆れ顔になる。

 

「あなたさぁ~、いつか私が手●キとかフ●ラとかパイ●リとかしてあげるときも、そんな態度でいるつもりなワケ?」

 

「……え? なんて?」

 

 彼女が何を言っているのか一瞬わからなかった。僕は素で訊き返してしまう。これ見よがしのやれやれ顔の彼女が、「だからぁ~」と更に声を大きくしたので僕は慌てて止める。

 

「いいよ。繰り返さなくていいから」

 

「はぁ? 大事なコトなんだけど」

 

「大事もなにも、架空の話じゃないか。しかも、かなり悪質な部類の」

 

「はぁぁ~? 違うんですケド~? 大事な男女のコミュニケーションの話なんですけどぉ~?」

 

 眉を寄せた彼女が鬱陶しい言い方になる。

 

「私とあなたが恋人になってさぁ、お互いの体温を感じ合おうっていうときにさぁ、そんな文句しか言わないのはどうかと思うのよね?」

 

「やっぱり架空の話じゃないか。僕とキミが恋人になることが既に決定事項みたいな言い草はやめてよ」

 

「とにかく! そういう否定から入るコミュニケーション態度は改めるべきよ」

 

 強引に結論までを言い切った彼女は、大真面目な顔つきだ。

 

「あなたの場合、まずは言葉のキャッチボールを意識すべきね。相手の言葉を受け止めて、ちゃんと投げ返す。これはもう、コミュニケーションの基本中の基本なんだから」

 

 説教口調で指を立てる彼女。

 

 こっちの準備など全く関係なくボールを投げこんでくる、壊れたピッチングマシーンさながらの彼女に、言葉のキャッチボールがどうこうなどと言われると気が滅入った。

 

「……そもそもキミが投げてくる言葉のボール、剛速球だったり消える魔球ばっかりじゃないか。捕れないよ、そんなの」

 

 手●キだのフ●ラだのパイ●リなんて単語を、こんなデッカい声で日常生活のシーンに投げ込まれては、普通は対処できない。寧ろ、見送るか無視するのが常識的だろう。

 

 出来るなら僕だって他人のフリがしたい。

 

 だが、強引に絡んでくると言うか、遠慮もへったくれもなく隣まで近付いてきて、無理矢理に親しい空気感を醸し出してくる彼女の所為でそれも無理だった。

 

「受け取りやすい言葉のボールを投げるのも、技術というか気配りというか、コミュニケーションの第一歩だよ。あと、TPOを弁えてることも」

 

「はぁぁ? まるで私が危険球しか投げてないみたいな言い方するじゃない?」

 

「うん、そうだよ?」

 

「あなた本当に可愛くないわね。生意気~。……でも、まぁいいわ」

 

 ふふ……、と妖しい微笑を口許に過らせた彼女は、僕を横目に見下ろしながら、鮮やかに濡れた舌で唇の端をゆっくりと舐めてみせる。

 

 エロかわギャルの快活さに隠れた、彼女のサキュバスとしての表情だった。

 

 その薄い笑みには、見る者の心と思考を奪うような凄絶な魅力――魔性が満ちている。まさに悪魔の微笑みだ。

 

 僕の周りにいるスーツ姿の男性乗客たちが、彼女を見詰めながら頬を赤らめ、鼻息を荒げ、虚ろな目になる。彼女の魔性に中てられたのだ。

 

「覚えてなさい。いずれ、ちん●り●乳絞●の連続射●でワカラセてあげるから」

 

「……今まさに危険球を僕に投げつけてる自覚はある?」

 

 げんなりした僕が指摘すると、彼女は嬉しそうに目を細めた。

 

 それから、纏っていた魔性をふっと解いた。周りの男性乗客たちがハッとしたような顔になり、理性を取り戻すのが分かった。

 

「あなたになら、どんなボールを投げても危険球にならないでしょ。っていうかぁ、あなただったら捕ってくれるって信じてるもん」

 

 穏やかな笑みになった彼女が、微かに頬を染めて僕を見詰めてくる。その真っ直ぐで澄み渡った眼差しを、僕も見詰め返してしまう。眉間に皺を寄せながら。

 

「迷惑な信頼だなぁ……」

 

 感嘆口調で呻く僕を見下ろし、彼女がウィンクしてくる。

 

「あなたにだけ投げる、私からの特別なボールだから」

 

「悪魔みたいなこと言わないでよ」

 

「だって悪魔だもん。サキュバスだし」

 

 そう言い切る彼女の口調は、やはり嬉しそうだった。声の弾み方にも濁りがない。この会話を彼女が本当に楽しんでいるのだと分かる。

 

「……前から思ってたんだけどさ。あなたには無いの? そういうの」

 

 声を潜めたままの彼女が「にひひ」と肩を揺すった。

 

「そういうのって?」

 

「だ・か・らぁ~。あなたが、私にしか投げれないようなボール」

 

「無いよ」

 

「即答禁止~!」

 

 ムッとした彼女が、うるさくなる。

 

「あるでしょ? 年頃の男子なんだから! 思春期特有の下半身周りの疼きに関しては、私にお任せよ? ドピュっと解決しちゃうわよ!?」

 

“お風呂や台所、水周りのトラブルはお任せ”みたいな口振りの彼女は、両手を頭の後ろで組んで、自分の乳房を強調するようなポーズになる。

 

 さらにそのポーズのままで、妖しく腰を揺れ動かしてみせる。ふりふりと短いスカートが揺れて、彼女の太腿と下着がチラチラと覗いた。

 

 周りにいるスーツ姿の男性乗客たちは、血走った目で彼女を見詰めて生唾を飲み込みまくっている。

 

「ほらほら。私はどんなプレイでもバチバチにイケるから。もう『バッチ来ーい!』だから。締まってイコー! 私の●●●も締まってサイコー!」

 

「かけ声がゲス過ぎる……」

 

 淫靡な腰遣いを見せる彼女だが、その顔つきは真剣で、もはやベテラン職人のような貫禄が滲み出ている。それに声もデカい。電車内の僕の居心地は最悪だった。

 

「そんなふうに遠慮したり、恥ずかしがる必要は無いわよ」

 

 セクシーダンスを続ける彼女の声音が、急に優しくなった。それなのに声の大きさだけはそのままだ。嫌がらせに違いない。

 

「ほら、私達って恋人同士だし」

 

「違うよ。全然違うよ」

 

「そんな力強く否定することなくない?」

 

 下唇を突き出して眉間に皺を作った彼女は、セクシーダンスを中止して腕を組んだ。だが、すぐに思案顔になって小刻みに頷き始める。

 

「でも……。まだ恋人じゃないってことは、恋人になる過程を楽しめるってことよね」

 

 彼女は僕の気持ちを完全に無視して、自分の都合のいい未来を勝手に思い描いて幸福感に浸りはじめる。僕はもう、何をどう指摘していいのか分からない。

 

 そのうち、ほんのりと頬を赤らめた彼女が僕に笑い掛けてくる。

 

 車窓からの朝日を横顔に受けた彼女の微笑みには、快活なエロ可愛さよりも、慎ましい可憐さが勝っていた。いまさら正統派美少女気取りかと言いそうになる。

 

「……それじゃあ、これからよろしくね」

 

 彼女が怖いことを言い出す。

 

「えっ、なにが?」

 

 僕は素の警戒反応を返してしまう。

 

「そりゃあ勿論、恋のABCよ。まずはAの実践。やっぱりスタートは肝心よね。まずは、ア●ル●めパ●ズリ」

 

「え……? なに……?」

 

僕は唖然としてしつつも顔が歪んだ。

 

「何って、ア●ル●めパ――」

 

「いいよ。繰り返さなくていいから」

 

「ちぇ……」

 

 話すのを遮られた彼女は不満げだったが、すぐにクスクスと小さく笑う。それから、小さく溜息を吐き出した。何かを確かめて安堵したような気配もある。

 

「……あなたって本当に無欲なのね。私の誘いに全然ノッてこないもん」

 

「きみの正体を知ってるからね」

 

「そうね。私も、あなたの正体を知ってる」

 

声を鎮めた彼女が、今までとは種類の違う笑みを浮かべる。

 

「ねぇ。訊いてもいい?」

 

 寂しげな、だが、せめて冗談めかした雰囲気を装おうとするような、そんな笑みだった。

 

「あなたは……、自分が吸血鬼であることに悩んだことはない?」

 

 すっと頭を下げるように身を屈めた彼女が、僕の耳にだけ届く声で呟く。

 

「例えば、血が吸いたいとか。その強靭な肉体の力を、思うさま発揮したいとか」

 

 僕を見据える彼女の瞳には、金色の光が灯っていた。人ならざる者の眼差し。

 

「こんな人間社会のルールに縛られず、思いっきり、自由に、自分を解放してみたいって……。そう思ったことはない? 窮屈で、苦しいと思ったことはない?」

 

 唇を引き結んだ彼女は、僕の言葉を待っている。

 

“あなたにだけ投げる、特別なボール”

 

 さっきの彼女の言葉が、僕の脳裏に浮かんだ。今日この場で、彼女が辿り着きたかった話題こそが、このボールなのだと思った。

 

「正直に言えば、そんなふうに思ったことはあるよ」

 

 彼女が僅かに息を飲む気配があった。僕は車窓に視線を流す。

 

「でも、自分の満足を優先するのと同じぐらい、他の人に優しくすることも大事だって何かの本で読んで、それで考え方が変わったんだ」

 

 彼女が僕を見詰めてくるのが分かったが、敢えて目を合わせない。自分の言葉に、あまり真剣な空気を持たせたくなかった。

 

「吸血鬼であることは僕の個性だけど、それを解放するのは優しくないから。この個性は調節して、誰かのために役に立てた方がいいって考えるようになったよ」

 

「うわぁ……。おもんないヤツねぇ、あなた」

 

 溜息みたいな声を彼女が洩らした。僕と同じように車窓に目を向けた彼女の口許には、気だるい微笑みが漂っていた。

 

「私は――」と言いかけた彼女は、そこで暫く口を閉じてしまう。

 

 一分ほどの沈黙。周りの乗客たちが、急に黙り込んだ僕たちを訝むように眺めてくる。さらに十数秒の無言の間に、また彼女の言葉が僕の頭に浮かんできた。

 

 僕にしか投げられない、彼女へのボール。

 

――吸血鬼である僕にしか投げられない、サキュバスである彼女への――。

 

「きみは?」

 

 儀礼的にだが、僕も尋ね返した。

 

「自分自身について、何か悩みがあるの?」

 

 今は尋ねるべきだと思った。

 

 車窓を眺めていた彼女が、弱々しい目つきで僕を見た。初めて見る表情だった。彼女は下唇をきゅっと噛んで、何かを言いたげに頬を何度か強張らせていた。

 

 だが結局、彼女は幾つかの言葉を飲み込むような間を置いてから、わざとらしいくらい、にんまりとした顔を見せてくる。

 

「学校でもそうだけど、あなたって誰にでも優しいのね」

 

 彼女の声には揺れがあった。普段通りに僕を茶化そうとして、上手くいかず、失敗して、それを何とか誤魔化そうとしたのかもしれない。

 

「……そういう態度であろうと努めてるだけだから。僕のは、本当の優しさじゃないよ」

 

 こんなことを言わざるを得ない気分になるのは、彼女が悪魔だからだろうか。

 

「じゃあ、ときどき素っ気ない態度を取られてる私は、ちょっと特別扱いされてるってことよね? 嬉しいな」

 

「相変わらず、解釈が自分本位過ぎるよ」

 

「ぐへへへ!」

 

「汚い笑い声だなぁ……」

 

「あ゛ぁ゛!?」

 

 彼女は目を怒らせて「ほんと可愛くないわねぇ、あなた」と眉根を寄せたが、またすぐに笑ってみせる。

 

「……でも、ありがと。訊いてくれて。それだけで、ちょっと嬉しい」

 

 切実な口調の告白だった。今まで爽快なほどに下ネタを連発していた彼女が、今は自分自身を持て余しているふうでもある。

 

「もうちょっと勇気が出たら、また私にボールを投げさせてね」

 

 犯行予告か? と訊きそうになるが、せめて別の言葉を探す。

 

「……ボールを捕る努力はするけど、期待はしないでよ」素っ気なく僕は返したが、彼女は嬉しそうに頷いた。

 

「うん。あ、そうだ!」

 

 そこで彼女の声が一気にデカくなる。

 嫌な予感がして、次の瞬間には的中した。

 

「優しい男の子って、ち●ちんがゴツくて長いってホント!?」

 

 目を輝かせる彼女は、僕の股間を凝視しながら訊いてくる。

 

 また『ち●ちん』の話か、コイツは。こんな剛速球や魔球を、今日は学校内でも投げられることを想像して、僕は苦々しい顔で応じた。

 

「ハムスターの話題に戻ろう。よっぽど有意義な雑談になるから」

 

 

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