少女は生まれた時から全ての大地の母である聖樹の近くに居た。
その傍、または中で生まれた。
目を覚ました時、同じ世代に生まれた子らと草原を駆ける。
聖樹の近くで寝て、葉っぱが心地の良い擦れた音を立てるのを聞く。
雨音を聞いて皆で笑った。
そのうち一人といずれ番となる子も居たのだが、今はそれをどうこう感じる年齢でもないので、二人に恋愛感情といったものはない。
そういうものは大人になれば知れるのですと聖樹が言うのでそうなのかとそれから考えることもなく過ごした。
いくつもの季節が過ぎ、春が訪れようとしたある麗らかな日、事件は起きた。
時空の歪み、または不安定な世界の揺らぎという億単位で起こる災害が運悪くこの事態に訪れた。
聖樹はこの大地を生んだのではなく育んだ存在なので歪みを関知した頃には一人の存在が吸い込まれていくのを見て事態を把握する。
辛うじて聖樹は次代の聖樹領域に生きる存在の完全消滅を防ぎ、なんとか転生の輪にずらした。
そして。
「生まれたのがこのスーパーベイビーな私」
きゃっきゃ言いながら無邪気に体を振り回す赤ん坊を抱き上げながら何度も繰り返して行ってきた赤ん坊のげっぷをさせる。
只今数だけは多く質の良くない家族の元に生まれてしまった25人の子供のうち13女というなんの目新しさも嬉しさもない順番で生まれてきて早齢17。
貴族でもないが貧乏でもないおうちに生まれてきた。
所謂中流の家庭だ。
何故こんなに多いのか。
それは我が家が商人の家で、子供さえも商品だからだ。
政略として嫁がされたり婿養子と出されたり、自分のように赤ん坊の世話役として置かれていたり。
子供が居ても愛情もなければ酷いこともされないというどこの製造工場だよといったもの。
スーパーベイビーとして生まれたがその才能をこの家で発揮する気は生まれた時に完全に失せた。
死ぬまでカラカラに搾り取られるのが分かっていて何故教えなきゃならない?
してほしいのなら一生関わらない契約書持ってこいよとガン付けてから考える。
そして、他国か無人島で暮らした方がずっとましな人生を終えられるだろう。
聖樹に生んでもらった時は綺麗な綺麗な心を持ってたみたいたが、人間生活でとても荒んでしまって面影などない。
エイミーなりに愛情込めて赤子を育てているがどこかの段階で現実を知って悲しんでから覚悟を決めた現実主義者達になっている。
残念ながら自分より年上だったり赤子だった時のせいで世話などする機会がなかった姉と兄達は完全に愛情を知らぬ血の涙もない性格か、ロボットのような感情を感じ取れないような性格か、ヒネくれすぎて悪役まっしぐらな性格しかいない。
嫁いだところも悪く、そこで真実の愛やら暖かな家庭を知って改心したなどという情報は今もない。
絶望だ。
こうやって赤子を育てている間にも母親の腹の中に命が宿っているのだろう。
なんと安売りされた未来なのだろうか。
もう宿さないでほしいと思うのは酷い姉だろうな。
でも、子育ては丸投げで全て投げ売りするだけの接し方しかしない奴等が悪い。
流石に母は歳を感じているのか最近の妊娠と出産の感覚が長くなっている。
「13!どこなの13」
もう一つ酷いなと思うのは子供の名前をつけたのに呼ぶこともなく覚えるつもりもない番号の名前。
生むなよって思うわけ。
「なんですか?」
もっとえげつない呼び方も世の中にあるが、まだそっちの方がこちらを認識していると思えてマシに聞こえる。
疲れている証拠だ。
「20男の熱が下がらないからお医者様を呼んで」
「は?」
23男は二日前から熱であったのに知るのが遅い。
自分は確かに父親のデスクにその事を書いていたのに──あのくそ親父め。
見るのを怠ったな。
「直ぐ手配します」
言っておくが母は貴族でない。
庶民だ。
両方庶民なのにまるで貴族のように振る舞うのは滑稽で哀れ。
でも同情などしないが。
「次はしっかりデスクのメモを見るように父に言っておいて下さい」
何度言ったのかこの言葉を。
「お父様は貴方達の為に日々働いているの。そのような貴重な時間は取らせられないわ」
庶民の癖にそのですわ口調鬱陶しい。
それにお前達の為というがその台詞にお前達を売るまでの品定めの為に働いているという前提のものが入る。
決して子供の為に働いている人なんかではない。
母は相変わらず自分の都合の良いストーリーを作るのが好きだな。
この人はいつ子供を腕に抱えたのだろうかと遠い目になる。
「そうですか。それはご苦労様です」
一切の感情が混ざっていない言葉を言っておいた。
庶民の娘なのにゴテゴテしたものを付けている。
いつからこの人は金持ちの真似事をし始めたんだろう。
裕福でもない、ここが重要だ。
娘に使用人役をやらせなければこんな生活出来ないな。
ああ、現にやってるな。
乾いた笑みを浮かべてそそくさと女の前から去る。
可哀想な子供達だが、今はエイミーが愛情を与えているつもりだ。
明くる日、新聞で聖樹の領域に花嫁を募集するという文章があり目をぱちくりさせた。
いつからあそこはそんな俗物な事をさせるようになったのだ。
と、思ったが独自に調べると人間の国では何年かに一度未婚の娘を聖樹にスパイとして送る為に活動しているらしいと知る。
だが、それが成功したことはないらしい。
全く無駄なことをと呆れた目で情報を読んだ。
記事を読んでいる間に樹の中が気になってきていてもたってもいられなくなる。
父親に自分が聖樹の花嫁として行ってくるというと絶縁書に名前を書けと言われた時、完全に血筋としてのなにかが消え去ったのは余談。
失敗するのは決まっているから出戻りはいらんということなのだろう。
そっちがそうならこっちもそのつもりだと強い筆跡で名前を書いた。
そして、これをもって今の名前を捨て、聖樹に賜った名前を名乗ることにする。
尊くて人間となった自分には不釣り合いかもしれないが。
そんな気持ちの今はガタゴトとドナドナされている最中だ。
様々な理由でこの馬車に乗っている少女達、女達を眺めながら遠い世界の歌を音のない唇に乗せている。
売られる子牛というのはこんな気持ちなんだなと自分から志願したとはいえ、感じた。
ちょと様子を見に行くだけなのに、家から出ることになった。
もし選ばれなかったら王城の下女として雇われるらしい。
というか、聖樹の領域に入れないのだから彼女達は実質そのつもりで来ているのだろう。
エイミーの家も含めてなんと世知辛いことか。
聖樹の領域は明確だ。
領域は淡く尊く、涙が出そうな程光っているのだ。
壁に例えられる。
そこから先は通れもしない。
向こうは見えるのに手も通せぬ壁に阻まれている
懐かしき空気と聖樹たる母の魔力を感じ壁の前に立たされた時、涙が眼から一筋流れのを止められない。
ここまで連れてきた役人がもし通れたらというおとぎ話レベルのもしも話を終えて全員に手を通し向こうへ行くように伝える。
本来なら壁に阻まれて指先はなにか固いものに当たった感覚がするのだとか。
しかし、エイミーだけは自分の指先になんの感覚もないのが分かった。
役人や兵に気付かれる前に足はふらりと自然な動きで二歩先を行っていた。
二歩動かすとそこは完璧な聖樹領域の中だった。
娘達を始め、役人達もなにか慌てているが今はそんなことを見ている余裕などない。
母に会いたい、聖樹、私の生みの母。
おかえりと耳に聞こえた。
風に乗って心の中を照らす光に向けてゆっくり歩き出した。
***
聖樹に住む住人の一人がその報告を己の耳が可笑しくなったのかと聞き返していた。
「女が一人入ってきた」
「そいつは人間なんだろ。見間違いなんじゃねェのか」
聞き返した男、ローは苛つきながら怒鳴りそうになる気持ちを追い付かせる。
そんなことはありえないと長年の経験で知っていたのだ。
現に今まで聖樹の花嫁というふざけた行事をしてきた人間達に鼻で笑って誰一人入れないことをそら見たことか、と蔑んで見ていた。
しかし、ペンギンや他の男達、見張っていた女達の顔や言葉が否定してくる。
「その女は今どうしている」
「聖樹に向かっている」
「聖樹に!?なにやってんだ!」
さっさと捕まえてこいというローに彼らは緩く首を振る。
「聖樹が許したってことだ。おれ達にどうこうする権利はない」
「みすみす人間に触られても良いって言うのか」
唸りを上げ低い声をもらす男に全員、複雑な顔をしてどっちつかずの空気にする。
ローは認められずに外へ飛び出し急いで人間の居る聖樹へ向かう。
誰も止めないところが皆の意見を物語っていた。
「人間風情が」
浅く息をして今から絞めころしてやるという顔で向かう男。
世界が全て見えるところまで来た時、女は確かにそこに居た。
「私は帰ってきました。帰ってきたのです」
その声が聞こえてきた。
文句を言う為に口を開きかけ。
「ただいま」
あまりにも悲しく、あまりにも切なく、ローの感情が揺れる。
揺れる筈のないものに彼女の声を聞いてしまったことに驚いた。
この女の存在を消してしまってはならないともう一人の己が囁くのだ。
***
里帰りの挨拶をして後ろを向くと黒い髪の男の人が居た。
聖樹の領域という場所、同年代の人かもしれない。
「こんにちわ」
「勝手に入ってくるな」
これは手厳しいな。
と、思いながらももう入ってしまったので勝手に追い出せないことは知っている。
「勝手にじゃない。聖樹様がお許しになったから私はここに居るの。つまり合法ってこと」
こちらは先に礼を重んじたのにそっちはしないのなら丁寧な敬語など不要だろう。
もう自分は聖樹の住人扱いだ。
聖樹公認というやつである。
にっがいものを噛んだ顔をした男性はぎろりと睨んで踵を返して去っていく。
なにしに来たんだろう。
って、人間が初めて入ったのだから見にも来るか。
そういえば、ローという同年代の子のことを思い出した。
今になって思い出すなど薄情だろうか。
いやいや、単に人間の大家族生活が大変過ぎた故の弊害だ。
思い出す暇もない程急がしかった。
ぽこぽこ生まれてはその世話を押し付けられて。
嫌ではなかったが、結局全員利用される為に育つのだの分かっていたから酷く虚しくは思った。
「それにしても変わってない」
周りを見ても遊んだところも笑いあったところも、風景は全く差を思わせない。
懐かしくてまた泣きそうになるが今は聖樹を見る為に立って上を見上げた。
それが35時間に突入した時、視界が揺れて黒く塗りつぶされた。
「倒れた!」
誰かが駆け寄る足音を最後に意識もぶつりと消えた。
鼻を刺激する匂いにお腹が鳴り、性急に覚醒。
目を開けると知らな──知っている天井が見えた。
大体どこの家も同じだからそりゃ知ってるわとなる。
横を見るとお皿の乗った盆を立ったままこちらを凝視してもっている男が目を開けて驚いた顔で固まっていた。
「それ、私の?ありがとう」
言うと男はぱちんと自我を取り戻して皿をこちらへ寄せてくる。
「死体で聖樹を汚されるのは嫌だからな」
「そういうつもりじゃなかったけど。見てたらいつの間にか日が建ってたってだけで」
困ったように反応した。
いや、かなり嘘がある。
本当は生きて帰るつもりも、生きてここへ住む理由もないから、よういいやって思った。
聖樹を目の前で見れただけで、最後まで目に焼き付けたままで良いって思った。
それだけ、聖樹と再会出来た喜びがあった。
理解しろと思わない。
焦がれた母との再会は心残りを無くさせるには十分だ。
黒髪の男性とは違った顔の新顔はその言い訳をどう解釈したのかふーんという態度で聞いた。
「美味しい。誰が作ったの?あとでお礼を言いに行きたいな」
「ペンギンってやつだ。いつも全員のご飯作ってる」
ペンギン、だと?
今自分の背景には雷がピシャーン、と落ちた。
ペンギンといえば同年代その3くらいの感じでいつも遊んでいた悪ガキだ。
「えっ、え?ご飯、作ってる、の?」
「別に毎日取らなくても良いけど上手いからつい食べるんだよな」
悪ガキがご飯っておかんかよ。
人間の感情が激しくうねる。
ごうごうと回る。
あの、家という家をいたずらという悪質な方法で荒らしに荒らし回った奴が。
……成長とは偉大だ。
悪ガキなのに、悪ガキなのに。
釈然としないまま食べたら美味しくてまた荒ぶった。
こいつ私より料理美味すぎじゃね?
荒ぶりながらも完食した。
残すなんて考える暇もなく頂いた。
「美味しすぎ!美味しすぎ!納得できないっ。美味しすぎる!」
食べたときも食べ終わった時も連呼した。
「だ、大丈夫か?」
「あ、ごめん。自己紹介するね。私はエイミー」
エイミーはついに名乗った。
「お、おお。おれはシャチ。って……エイミー?」
「どうしたの?」
にやにやしてしまう。
ついに名乗ったけど誰が同一人物と思うのか。
思わないからにやにやしてやった。
聖樹領域に来た安心感と解放感で緊張も良い子のふりもやらなくて良いのだと思ったらいつの間にか、口がにまついていまので、慌てて口を手で隠した。
シャチは名前を名乗ったエイミーを複雑な顔で見ていたがやがて整理出来たのかなにか言うまでもなく終わる。
これは、バレるまで放置しておこうと決めた。
わざわざ言ってもなんだか人間のままなのだし、同じ時間を過ごせないのだか知らないのなら知らないままで良いやと。
死ぬときにバレても結局変わらないだろうと思った。
向こうも知ったら扱い方を難しくなるだけだろう。
それに、エイミーとは既に違う次代に生きている。
ま、バレても良いけど。
と、かっるいかっるい気持ちで適当に自分にルールを課せた。
「この家は誰のなの」
「お前のだ」
「私の?黒髪の人に来るなって非歓迎されたのに貰えると思わなかったかも」
「人間だから体弱いだろ?野晒しは流石にな」
「じょ、常識ありがとう」
シャチも同世代その2だったのを思い出しながらその悪鬼みたいなお騒がせな子供だったことをが遠い。
ペンギン達はいつも騒がせていた。
ローは何故かグレたりしていた。
彼とは番だったが彼は強さを求めて猛獣や猛者を目指していて、そこは女の子として理解出来なかった。
今でも男の子って分からない状態だ。
番という縛られたものが嫌だったのかもしれない。
欲望の赴くままに活動していた面々の後ろに付いていってはいたものの、特に自身は傷跡を残したこともなかった。
影の薄い幼女だったことだろう。
「外に出て良いよね」
「いや、駄目だってよ」
「誰が言ったの」
「医者」
「医者?なんで聖樹の領域内に」
「いや、本職とかじゃねェけど名乗ってるんだ」
「そうなんだ」
この領域内では病気にもならない筈だし、特に彼らは聖樹が自ら生んだ存在。
体も丈夫なのだ。
人間のエイミーと違って。
「エイミーって呼ぶな。んで、あと2日経過を見るって言ってたぜ」
「悪いんだけど今すぐ聖樹様の所に行きたい」
体調不良などと言って少しでも近くに居られる機会がなくなるなんて嫌だ。
怠い体を動かして寝かされていた寝台から降りようと足を地面に付ける。
シャチが動かないように先にこちらへ寄ってくるがそれを避けていく。
「大人しくしてろ」
「人間の寿命は短いからあっという間に死んじゃうの」
そう述べればシャチがピクッと止まる。
「行かせて」
端正込めて頼み込む。
彼は迷っているらしく目が泳いでいる。
「シャチ。惑わされるな」
「あっ」
声が聞こえたのでその方向を見ると最初にあった黒髪が家の中へ入っていた。
皆好き放題入るよね。
「安静にしろ」
「私のこと認めてないとか言ったのに安心出来るの?」
その言葉は信じられないと当て付けてみた。
さっきのお返しである。
「とんだじゃじゃ馬だな」
「貴方じゃなくてお医者様に言ってほしいから言ったの」
「医者はおれだ」
「え?」
「おれだ」
二度言う。
事態は深刻だ。
「私を聖樹に近付けさせなくないのなら無駄なのに」
「いやいやいやいや。ローさんは本当に医者やってるからな」
「初めまして。ミスター。私はエイミー」
「……なんだと?」
どちらに反応したのか。
「お前の名前がエイミー?」
「れっきとした母から与えられた名だから」
シャチの反応も伏せてなにか含みを感じられたと分かりやすいように言う。
ここまで露骨な態度だと流石に誰だって名前に反応されていると分かる。
「まァ、どうでもいい。安静にしてろ。それだけだ」
「うん。断る」
「断るんかい」
シャチが回収してくれた。
有能だこの人。
「大人しくしてろ。おれ達の手を煩わせることは許さねェ」
「それは誰の許しが必要なの?」
「おれだ」
ローは低いテノールの声を震わせた。
かなり機嫌が悪いっぽい。
「じゃ、私が私を許す!」
ぽんっと地面に着地した。
「あ?」
ローとシャチは同じような呆気に取られた顔をしてエイミーが走るのを見た。
たたたたた、とその姿はとてもさっきまで寝ていた女とは思えないくらい。
が、やがてロー達は追いかけなければいけないことに気付いて二人とも走る。
「あの女はなんなんだ!」
どういうつもりなのだという意味で吐き出したローにシャチは答えられなかった。
彼も女のことをなにも知らないからだ。
聖樹の場所へ飛び出した。
この町は知っているが様変わりしていることに驚きながらも迷いなく進む。
町は変わっていたが、聖樹は見えているのだから迷うものはない。
町を出たところでロー達に追い付かれてしまう。
「ふざけるなっ」
ローに怒られたが、グレた子供に怒られたという感覚でしかなく、あんたも昔怒られてたよねと突っ込みつつも歩みが止まることはない。
それに信じられないと目を剥く面々。
「ローさん」
「ちっ」
シャチはなにか言いたげに呟く。
「なんで追いかけてきたの?」
「脱走したからだろ」
苛ついた声音で言われたが、ローが来る意味が分からない。
別に一人で良かったのではないかと言われてロー自身もそれに気付いて顔をしかめる。
「薬も飲ませてないから持ってきてたんだよ」
薬を見せてきて嫌な顔をする。
そんな人間に効くかも分からないのに飲みたくないなと瞬時に感じた。
しかし、医者と聖樹の守りを意識するこの男に見張られるのも嫌だ。
ローといえば確かに元番候補だったが、あのあとその番も居なくなったのだがどうしていたのだろう。
自覚がないまま消失してしまった。
その思考が微かに脳裏を過ぎた、が、次には聖樹のところへ行かねばと切り替わる。
「聞いてるのか」
「聞いてる。でも、追い出そうとしているのなら渡さない方が良いんじゃない」
この地から出ていかせたくばそっちの方が遥かに簡単。
指摘するとローはムッとした口元のまま黙る。
聖樹にはまだつかない。
「どうしたの。なんで黙るの」
「お前は本当に人間なのか」
唐突に確信を突いてきた。
引っ掛かることでもあるのかもしれない。
けど、この身はまごうことなき人間だ。
変えられない現実というやつだ。
「人間だよ。80か70くらいで死んじゃうね」
あっけらかんと告げれば彼はギリッと奥歯を噛む。
「ふざけるならさっさと戻れ」
「ふさげてないよ。純然たる事実だし」
「お前会ったときからそうだ。拒絶されているのに普通はもっと遠慮する」
「生憎普通じゃないもんでね。なんなら握手してあげよっか」
久々に触れるのだと思えばわくわくしてきた。
今まで我慢に我慢を重ねてきたから反動がコントロール出来ない。
「やるか」
「ごめん。私、ここに来られて凄く浮かれてるみたい」
「そうみたいだな」
ローの他にも住人は居る。
その人達がエイミーを見張っているのだろう。
しかし、自分を縛れるわけもない。
ここでは自由が尊重される。
なので、人間の国と違って好きに暮らすつもりだ。
誰にも邪魔されぬ生活は初めてだ。
わくわくして一歩を強く踏み出す。
それを逐一見ている男を気にせずに進む。
村を通るときに見知った人達に声をかけた。
勿論名前を知っているので皆に呼び掛けつつ。
その時の顔ときたら、あの驚いた顔は最高だ。
面白すぎて最近笑えてなかったのに、この時だけは無性に笑った。
自分だけ人間だなんて最高に可笑しい!
しかも、時空の歪みに吸い込まれた末の人間だから。
母なる木はその器をもってこの地に入れてくれたけど、ロー達の排他的な態度は凄くへんてこりんだ。
てこてこ歩いて目的に着き見上げるとその後をついてきたままの男が聞きたそうな顔をしているのを見つけた。
皆の名前をスラスラと言えたことが不思議なのだろう。
それを想像しただけでお茶が飲めそうだ。
「お前は何者だ?」
「さて、誰だと思う?」
彼らの中で更に不可解で分からない人間の誕生だ。