短編集(夢小説)   作:苺のタルトですが

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泥中

口を懐柔される度にはふはふと息が吸えなくて苦しくて、やめてと言いたいのに痺れて動けない。

だらりと唇から唾液が溢れているのに喉が乾かないというのは変。

流石にもう無理だと朧気な視界。

 

「どうした」

 

相手の男がなにかに気づいたようにこちらを窺う。

男がキスしていることを忘れていた。

あまりに長い行為に意識が朦朧としたのだ。

こちらに抗う術などなく、男にされるがまま。

悲しくはないが、何故とは思う。

自分の意思を聞かれないということは己は奴隷という位置付けなのだろうなと首筋に当てられる指先にふと負に落ちた。

そうか、やっぱりそうなのだ。

たまに意識が飛ぶがそれは眠いからだ。

 

「水飲むか」

 

気遣っているようで、壊さないようにしているだけではないかと鼻孔に入ってくる薬品の香りにゆるりと首を斜めに振る。

 

「あ」

 

声を出そうとして気付く。

 

「出しても良い。別に怒らねェ」

 

無表情に腰を撫でる男は良く分からない。

 

「……貴方は、だれ、なの?」

 

「名前は言っただろ」

 

「私を、どうするの」

 

声を発してみたは良いが、己もなんのつもりで問いかけたのかは分かっていない。

なんせ、少し前までの記憶がほぼ消えているからだ。

気づいたらこの船で寝ていて、起きたら知らない人に囲まれていた。

名前を呼ばれていたが誰なのか一切記憶による情報がない。

記憶喪失だと断言された。

 

「どうしてほしい。おれのものであるということ以外は叶えてやっても良い」

 

先ほどから奴隷扱いしているのはトラファルガー・ローと名乗ったたくさん居る人達の中で一番偉い人。

自分はかつてこの船の一員だったのかもしれないという片鱗がある。

それなのに、だれも彼にパステラを離せと言わない。

それは、彼が一番偉いからに他ならない。

情熱的な人だからとみんな口を揃えて言う。

正直、そんなことは聞いていない。

脱出する方法だけを答えてほしいのだ。

愛でるように首筋に跡をつける男は掠れた声で謳う。

 

「記憶が無くても構わねェ。お前がお前であることに変わりねェんだ」

 

記憶を無くしたことにより、ローへ全く近づかなかった女がローの距離感を皮肉にも近寄らせた。

敬愛だとかいう感情でこちらから近づいても二歩下がるようなおそれ多いを言い訳にされていたのが嫌だったと言われる。

記憶がないのにそんなことを言われても。

 

「記憶が戻ってもお前はもう元には戻れなくなっている」

 

心底嬉しそうに耳元で囁く悪魔。

 

「おれの船に乗りたいと言ったのにお前はなぜか離れるし、踏んだり蹴ったりで不機嫌だったが、良い目にあえた」

 

人の記憶の欠落に良い目などと、流石は悪の化身だ。

囚われ続ける予感はなくなることはないのだろう。

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