「おれと離婚してくれ」
「イエスイエスイエスっ」
興奮し過ぎて息が乱れた。
この時を、その言葉をどれ程待ち侘びた事か。
ついについにと手がわななく。
公開処刑の如く甲板のど真ん中で言われたが、そんなもの気にする必要はない。
これが学園だったら校舎の外の玄関付近、現代であったならファミレスだったりと何故か公共の場という非常識の場所で言われるそれに当然、船員達だって注目している。
結婚しなくても十分地位を確立させているローは別れる決心をしたのだろう。
何となく彼の目が正気でない、濁ったような淀んだ目をしていて、操られている人間に有りがちな生気の無い顔をしていたとしても知らぬが仏。
そこにどんな理由や、言わされているという事実か例えあったとしても、言った事は変えられやしないのだ!
やったやったと過剰に喜び、それを出来るだけ表に出さないように淡々と順序を踏む。
返事が元気過ぎたのは少し致命的だったかもしれないが、ここからが勝負。
いつ正気に戻るのか分からない今、素早く判子を押してもらおう。
生き生きと隠しきれない高揚を全身に感じながら判子を押してもらう為と名前を書いてもらう為に常備三枚ある内の離婚届の用紙を一枚取り出す。
「「「なんで入ってるんだ!?」」」
あーあー、船員達の声何て聞こえない。
「ちょっ、待て待て待て!待てっ」
慌てて駆け寄ってくる船員の一人を鬱蒼と眺める。
邪魔だてしてくれるな。
「お、お前が船長の事あんま好きじゃないのは周知の事実だけどよ!でもよ、そんな簡単に決めて良いモンなんかじゃ」
「しかし、お宅らの船長は別れようって言いましたけれど?」
反論を正論で返すと物申してきた男が口を噤む。
いやいや、そんなに簡単に引き下がるなら言わないで欲しい。
少し苦笑いが洩れる。
そんな空気の中でまたまた一人の違う男がローに向かって問うた。
余計な真似をしないでいただきたいものだ。
「正当な理由があるんですよね、船長」
少し怒り気味で、信じたくないと顔に書いてある。
「ああ」
そのローの問い返しに一層彼等の視線が強くなる。
理由ならまあ、一応聞いておいて損はない。
当然ながらこちらに非があるわけもないが。
あってもないと断言するのは決めている。
「ココロを愛しているからだ」
「え!?」
ローの言葉に反応したのは船員の誰でもリーシャでもなく、ローの後ろに居て気付かなかったココロ本人。
わざとらしく驚愕に目を開いているのが僅かに苛ついたが些細な事だ。
ローに向けられていた視線がココロに向くのは自然な事。
ローはというとココロの方に顔を向けて言わないであろう言葉を吐く。
「ココロ、今丁度お前を如何に愛しているかを話していた所だ。こいつにも離婚を請求した。ほら、こっち来いよ」
まるでゲームのパッケージの裏に書かれている台詞の「ほら、こっち来いよ」という甘い音。
うむ、操られている。
しかし、都合が良いので無視して進めた。
「では゛トラファルガー゛さん。離婚届を書いてもらえますか?」
「ああ」
さっきから返事が棒読み、しかし、無視無視。
「ちょっ、ローさん。皆が見てる前で恥ずかしいよ~」
いや、お前は取り敢えず目の前で離婚が成立しかけている事に注目しろよ。
普通はそっちの反応が先であろう。
船員達も同じ事を思ったのか冷ややかな目を彼女に向けて刺す。
恥ずかしいとは何の事かと言うと、ローの腕が腰に周り、恋人のように片腕で抱擁されている事である。
腰を引き寄せられているココロは至極恥ずかしそうに言っているが、言葉の割に引き剥がそうとか、抗っている素振りもなく、寧ろ大人しく片腕に収まっているのだから更に船員達の視線が鋭くなっていく。
「っ、船長!目を覚まししてくれよ!」
(よっけーな事を言うなっつの!)
羽ペンをツラツラと動かしている手が一瞬ブレる。
止めるな!そのまま動かせや!
「うっ………」
軽く呻いたのは近くに居たリーシャにくらいしか聞こえない。
頭痛でもするのかな。
洗脳されている人が良くやる仕草だけども、早く書けー。
念じていると再び羽ペンを動かし出す手に安堵。
そうそうそれで良いんだよ。
内心ほくそ笑み、事の流れに気持ちが上向きになる。
ヒロイン(厄災だが)が来てくれて本当に良かった。
正気に戻ってもローから別れを切り出したという現実は凄く証拠になるし、誰も反対等出来ない。
これをローがぼんやりしている間に出してしまえばこれで縁も含めておさらば。
書き終えた紙を上から順に書き漏れが無いか確かめて大切に懐へ入れる。
周りはオロオロするばかりで成り行きを見ているしかない。
別に止められても困るので大いに助かる。
紙を大切にしまうと次は荷物の整理。
出ていく準備を整えて三日後に着く島へこの離婚届と共に出す。
なんと今日は良き日。
上機嫌で「離婚成立です」と手を合わせてニコリと微笑む。
それに対してココロはやっと「え?離婚したの?やった、じゃあ今日からローさんとの仲を裂く邪魔者は居なくなったのね!」何て空気の読めていない発言に船員達は殺気立つ。
人と人が別れて悲壮感を口にしないのはいくらなんでもマナー的にも人間的にも可笑しい。
船員達が「なに言ってんだてめー!」と現に彼女に怒鳴りつけても仕方のない事なのだ。
本当、少しは黙れば良いのに。
「だって、ココロ……ローさんからこの人の事なんて好きじゃないって聞いたんだもの」
良い歳した女が自分の名前を言うなんて、頭緩いな。
今時そんなのアイドルや芸能人がキャラ付の時にしか聞かないんですけど。
「それがなんだって言うんだ?本人を、妻を目の前にして褒められた言葉でない事くらい常識的に判断も出来ないのか?」
シャンバールが腕を組んで咎めた。
常識ある淑女の振る舞いではないよねー、確かにー。
「シャンバールの言う通りだ。お前、ちゃんと勉強してきたのか?おれだってそんな事、デリカシーのない言葉、いくらなんでも言えねーわマジで」
引くわー、と最後に言い出した男に次いで船員達が言いたかったのだろう事を吐き出し始めた。
退場しても良いですか?
この場が混沌としてきた。
すると、ココロがその場の空気に萎縮の様子を見せ始め、ローに怖いと泣きついてから空気は変わる。
なんとローが刀を抜いたのだ。
「ココロをキズツケルヤツハ、許さねェ」
台詞的にも精神が異常をキタしている。
ローが船員達に攻撃をするという致命的な事を仕出かす前に素早く動く。
ローの事を思ってではない、船員達を思っての行為である。
それに、元夫だからもう開放感が凄くて何かをしたい気分なのだ。
海桜石を練り込み、制作を特別にしてもらった魚取り網をローに向けて後ろから放つ。
後先考えずにやったから余計な物(ココロっていう優越感に浸っていた女)も一緒に掛かったが、構わず絡めて取る。
ココロが喚いていてて煩い。
「なんなのこれ!?出しなさいよ!痛い、痛い!」
引き摺った程度で痛がるなんて海賊の恋人は無理なんじゃなかろうか。
飽きれながらズルズルと引く。
船員達も今何をするべきか分かっているのか、戸惑いながらもローから網の目を目掛けて刀をスッパ抜き彼から引き離す。
海桜石の鎖でグルグル巻きにされたローを横に放おってココロを手錠で済ませる。
彼女は一般市民に引けを取らないひ弱さであるのでこれで十分。
ローはもう能力を使えないし、何らかのせいで脳もマトモに機能していないので脱走なんて更に無理だろう。
二人を引き離すように違う部屋へ閉じ込めて、となる予定だったが船員達の強い希望により、各自一部屋数人に割り当てられている寄宿部屋のような大部屋へせめて寝かせてあげてくれと頼まれて、渋々許した。
攻撃、危害を加えようとしたのによく一緒に寝られるな、とある意味その勇姿に免じたのだ。
そして、肝心のココロの方だが、餓死させようという意見も然ることながら、どっちにしろご飯の面倒はリーシャが行うと自ら言った。
彼女に対して警戒せねばならない事があるからだ。
それは、ローに行われた何らかの精神的、思考、判断力を低下させる媚薬というものに効果が近い事をやった可能性。
リーシャは此処で更に夢小説で養った教訓を活かすのだ!
船員達に何が原因でローがこうなったか分からないから、耳栓と鼻栓と目を合わせないように、女の方に目を隠す物を被せる事を絶対として、彼女にも触れないようにと通達すると船員達は力強く頷く。
壁の向こうに居る彼女を今にも殺さんという視線で見ている。
ローを誑かした悪女であろうから。
そして、最後に島に着いたらリーシャは船を降りると言っておく。
勿論引き止められて、今のローは正常じゃないし、お前を好きじゃないと言ったのも、女が何か錯乱作用のする事を仕出かしたせいだと言うが、そんな事は言われる前から承知している。
承知しているからこそ離婚届を押させたのだ。
早く日にちが過ぎないかなー、とルンルン鼻歌を歌う日々を堪能する。
楽しくて楽しくはっちゃけているのだ。
どんなに楽しい事をしているかというと指揮を取れないローの代わりにご飯をゲッチュの為に、魚取り網を使って魚を大量捕獲をしている。
ローは本当に役に立たない。
あの乙女ゲー女も今も懲りずに騒いでいる。
特に空腹が堪えているらしい、煩いとクレームが来ている。
煩いのならもう海に沈めてしまおうという意見がちらほら来ているので困っていた。
別に命を奪おうというのは何ら否定もしないが、リーシャに意見を言わないで欲しい。
関係ないのだもう。
ローとは夫婦でも何でもない。
ということは真っ赤な真っ赤な真っ赤な!他人、た!に!ん!だ!
と声を大にして言わない代わりに態度で示す。
やはり、もう夫婦でないと彼等にもしっかり通達して示しておかないと、ロー絡みの面倒事に巻き込まれそうで。
何よりも面倒を嫌う自分にとって、最も避けたい事例。
兎に角、此処までしたのだから、ローにはしっかり正気に戻った後の説明をしておいて、と全員に念押ししておく。
ローが居なかったせいでこちらにも迷惑がかかったし、その前にも精神も心も傷付いたので離婚を止めないようにと、言っておけよ!みたいな感じで周りを巻き込んで、ローを納得させておいて欲しい。
彼は嫌でも今回の事にプライドが割れて、船員達に攻撃しようとした事に罪悪感を伴わせるだろうと予想。
そうでなくても、離婚されても仕方が無いと思ってもらい、円満にジ・エンドを迎えたい。
別にローの意識が戻らなくても出しに行くが、寧ろそっちの方が何事もなく離婚を弊害なく受理されてくれるだろうから、睡眠薬でも一服盛りたくなる。
室内で延々と夢見ていると、船員の一人がドアを叩いて、ニセヒロインがローに何をしたのか自白したから#name1#にも来て欲しいと言ってきた。
だから、そんな事知ってるってば。
しかももう自白したのかい。
やはり現代人には質素なご飯と目隠し耳隠しの耳栓と、口輪の生活はハードモード過ぎたんだなあ。
ぷっ、そんなんで良くまあローの相方をしようなんて考えられたよね。
絶対無理だ。
人質に取られる可能性も低くないのがローの海賊という生活なのである。
それくらいの度胸が無いのならば、早々にリタイアするのをお勧めしよう。
度胸の無さに心の中でこっそりたっぷり馬鹿にする。
ここまで生活をバラバラにしておいて少しも反省していないのだからそれなりにお灸を据えたくなるが、因縁を付けられるのも面倒だ。
しかし、僅かに湧く苛めたいという衝動に薄ら笑みを作る。
別に水を掛けようだとか馬鹿丸出しの、犯人丸分かりのセンスがない事なんてしない。
仮にも貴族令嬢がそんな事を踏襲する訳も無い。
只精神病院にでも入ってもらおうかなーと思っているだけだ。
なあに、船員達にほんの少し仄めかせば何よりの報復だと彼等はその頭脳で考えて、より良い罰を行いたいとなれば自ずと行動は伴う。
自分の手を汚すなんてとんでもない。
全く関係が無い身なのだからこのまま清い生歴でいたいと思う、普通。
何故あのかき回しエセヒロインの為に順風満帆な気持ちを穢されにいかなくてはいけないのだろう。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
ローとも金輪際関わる事はないだろうし、荷物を纏めて、きちんと忘れ物が無いか確認。
辺りを見回して使っていた部屋を眺める。
あれこれ騒いでいる間にもう時間が経過してもうすぐ陸に着く。
ローは意識がはっきりしている訳ではないが、正気を取り戻したりしなかったりするらしい。
出来れば陸に着く前にはまだ正気になってほしくない。
スムーズに離婚届けを出せなくなる。
しかし、役所関係無しに離婚はサインされた瞬間自他共に認められた。
撤回なんて出来ない。
いくらあの時は正気じゃなかったと常套句を口にしたってローの言った内容は取り消せないのだ。
やーいやーいとローに、ざまあみろと念を飛ばす。
ついでにあの、ローを誘惑した子の供述ではローには私が必要なの、私しか彼の本当の心の解放をさせられないの、だとかロマン女がナニか言っていた。
時間の無駄である女の言葉に部屋へ早々に帰って寝た。
スヤスヤ。
起きると島に着く前だったので黙々と用意をして終わらせた。
ローとは一応挨拶を済ませたがまだあの子に執着している。
こちらがわざわざ来て上げたのにやれ「あいつの様子は」「俺から引き離すなんて何様だ?」等などリーシャを睨みつける始末。
そっちが何様なんだか。
はっ、と内心鼻で笑って落ちぶれた男だと嘲笑う。
政略結婚までして何かをやろうとしたのにこの体たらくではもう後先もなさそうだ。
最後にお見舞いと称したものを終えて部屋を出ると甲板へキャリーバッグをコロコロと動かして外へ出る。
手には離婚届を握り締めて役所へゴーだ。
早足にスタスタと向かう。
その頃、幻覚作用のある原因の香水が割られて、正気に戻っているとは知らずに。
***
ローside
事の発端はベポ達や船員達によって甲板へ連れ出されて、詰め寄られているロー達問題者達の尋問のせいである。
ローを元に戻せという事を言う為である。
従わないのならば海王類の餌にするつもりで、海に投下するつもりであった。
殺気立っている中、鼻が効くベポが くんかくんかと鼻をひくつかせて何かを感じ取る。
何か香水臭いという熊の本能での発言に女の方へ視線が集中。
その視線に女はビクッと肩を揺らして、明らかに何かに動揺したと、誰から見ても解った。
隠しているのが分かれば女の身体を調べる以外無い。
海へ投下するつもりなのだから、身体を調べる事には何ら躊躇なかった。
ローは女を助けようとして藻掻いていたが、海楼石のせいで上手くいっていないようだ。
その間にも船員達は例の香水を見つけ出して女に問い質していた。
「それ、只の……香水で……返して下さいっ」
香水一つで些か頓着し過ぎな気がすると船員達の何人かは不審に思い、香水を観察する。
そして、船員の一人が感情に任せて船員から奪い地面に叩きつけた。
その瞬間、女が悲惨な悲鳴を上げる。
まるで親が目の前で殺されたような悲劇な表情をしていた。
何をそんなに……と皆思う。
「いやああああ!酷い!」
「どっちが酷いんだよ?てめーが来てか最悪だっつの!」
「マジ疫病神」
船員達が溜めたストレスと不満が爆発している。
リーシャ(ストッパー)が居なくなった今、女を異性だと思い、女を気遣う必要も無い。
リーシャが居たからこそ相談も不安も安らかであったが、もう彼女は船に居ない。
ローが別れろと馬鹿な発言をしたせいで離婚が正式に成立してしまい、その原因を作ったのは女だ。
船員が敵視しない理由がない。
さあ海に突き落とそうと女を立たせた時、ローが頭を抱えて痛いと唱えだして周りは気色ばむ。
女が何かしたのかと船員達はナイフや銃を女に突き付ける。
温室育ちの女にはその刺激は強く、涙を流して鼻からも鼻水が溢れてむせび泣く。
船員達から凶器を突きつけられたらよっぽど神経が図太くないと精神を正常に保てないのは当然だろう。
うぐうえええ!と赤ちゃん並に呻き出した女に船員達は構わず凶器を頭や身体に押し付ける。
此処が海賊船だとココロは漸く実感し、死の恐怖を抱いた。
しかし、もう手遅れなのだ。
彼らの敬愛するローを狂わかし、船員達の仲間兼船員達の目から見ても口説いていた妻を間接的にせよ追い出した憎き対象になっているのである。
周りを見回したココロは船員達から憎悪や怒りに満ちた目で見つめられているのが分かり、恐さに身体が震えてきた。
ローに攻撃されたのだから許される訳もない。
死ぬのだと心の中で思っていると男の声が緊迫した雰囲気を飛散させる。
「リーシャは今どこに居る」
***
役所に行く前にバイトの求人誌を眺めてどれにしようかな!と楽しんでいた。
そんな中、歩いていると前からきた子供にぶつかられてよろける。
いくら子供でも痛かったので痛かった事を声に出して分かるように言うと、相手の子供は立ち止まり、そこでごめんなさいと謝ってきた。
反省の態度で直ぐに謝罪してきた事を関心してあげてからもう一つの謝るべき所業を問う。
「謝ったのは許してあげる。でも、財布を盗った事についてもこっちに引き渡してからその謝罪をして欲しいですわ」
子供の襟首を掴んだまま笑顔で言う。
盗んだことがバレたと知るや、子供はとても抵抗してきた。
けれど、船の中でも毎日欠かさず軽い運動をしていたし、相手はこちらよりも力の弱い子供なので逃げられる隙など無い。
子供だからで許すような心の広さはなく、お金も取られた財布がなければこっちだって無一文で路頭に迷うハメになるのは分かっていたから逃がすつもりは絶対にない。
ほら返しなさいと再度告げると観念したのか財布を返してきた。
子供の襟を掴んだまま懐に入れると再び歩き出す。
自ずと繋がれている襟首の向きのまま同じように進む足や行動に、子供は戸惑ったように離して欲しいと懇願してくる。
そんな言葉は無視して「君は一人でこういう事してるの?大人に命令されているの?」と質問すると意図が理解出来ないのか黙り込む。
「言うか言わないかは自由だけどこれは別に聞いてるのではなくて話せと命令しているの。この意味分かる?」
ストリートチルドレンは過酷さを知っているからか大人の駆け引きも心得ている。
青白くさせた顔を更に白くしてくる子供に理解している事を察すると、彼は一人でやっていて大人の指示でもなんでもなくやっていると言ったのでふむ、と顎を上げて思案。
「なら、お腹が空いているようだし、そこのハンバーガーを奢ってあげる」
「えっ?」
「一回で聞きなさい。二度目を必ず教えてくれるなんて甘い考えも捨てる事ね」
ズルズルと引き摺っていきハンバーガーを売っている野外の店舗に注文。
魚のフライのバーガーを頼むと子供の方へ向く。
視線に気が付いた子はビクビクとしていて何か裏があるんじゃないかと考えているのが透けて見えた。
「そうやって警戒して、今日ハンバーガーを奢られるという機会を逃すのかしら?後で後悔しないと断言出来るのなら別に無理強いしないわ」
「…………トマト」
「トマトのバーガーもお願い。飲み物は紅茶とオレンジジュース」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
そう言われて数分待っていると店員にバーガーが入ったバスケットを渡されて近くにあるベンチへ座る。
その頃には襟首を掴んでいなくても子供は逃げなかった。
賢い選択だ。
今逃げたら次はいつちゃんと胃に食べ物を入れられるのか分からない。
子供にバーガーとジュースを渡すと今度は食べるか食べないか葛藤している様子だったので、顎を掴んでバーガーを口の中に押し込んだ。
一口食べてしまえば後は勝手に口が動くだろう。
初めはえづいたものの、こちらを非難の目で見つめて、直ぐに食べ出しあっという間に全てを食べる。
ジュースもごくごくと飲んで喉が乾いていたのだなと思った。
彼のやっている事を悪いとも良いとも思わない。
そういう人間が居るのは普通と思うだけ。
食べ終えた子供は立ち上がるとお礼を言って去ろうとしたので襟首をぐわし。
「ぐえ!やっぱ何か裏があるのか?」
罠に掛かったと悲壮感に言う男の子に笑みを向ける。
「君、海賊には興味ある?」
「!、ななな。何で俺の憧れてるやつ知ってるんだ?」
「だって君、私の降りてきた船を見てたし?あと付いてきてたし?あれ程食い入るように見てたらバレるって」
苦笑して言えばバレていたのかと観念してシュンとなる。
「子供を虐めるなんて最低!この人でなし!」
言葉の続きを言おうとすると違う声音が空気をブチ壊してきた。
煩いし耳に悪影響を与えるレベルだ。
横を向くとそこにはあの乙女ゲー勘違い女が居た。