短編集(夢小説)   作:苺のタルトですが

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姉が勇者で私は名無し

「勇者の妹」

 

「勇者の妹?へー?」

 

「勇者の妹さん?お姉さんのお話し聞かせて?」

 

いつからか名前を呼ばれる事がなくなった。

 

小さい頃は村に居た人間から~ちゃんと呼ばれて居たのに、姉が聖剣を抜いた瞬間からスフィアは勇者の妹としか呼ばれなくなった。

 

親でさえ「勇者の妹なんだから」「お姉ちゃんの妹なのだから」「お姉ちゃんの方が大変なのよ」と意味のない、根拠の無い事を上げてはこちらがする事を当たり前だと言うようになった。

 

思えば姉は物心ついた時から何事も完璧で、妹であるスフィアが何かをやっても遣り遂げても成功しても親は「それがどうしたの?」とばかりに見向きもしない。

 

姉は平均的に見れば良き姉だ。

 

性格も悪くないし、寧ろ優しくて何でも頼りになる姉だった。

 

けれど、姉が聖剣を抜くまで比較的に薄かったその無意識の周りの比較は格段に抜いた日を境に酷くなった。

 

果ては幼馴染みまで「──さん。凄いよな~。お前も見習えよ」なんて言ってきたから、もう心はボロボロ。

 

聖剣を抜いた人間の住んでいた村には人が来てその家族を見にきたりした。

 

有名人のミーハーなんてそんなもんだろう。

 

けれど、その観光客の目や口はその妹を見ると口々に「なーんだ普通」「お姉さんは美人だと」「比べるのも間違ってたか」と好き好きに言ってくる。

 

村もどんどん普通以下の勇者の妹という血筋にガッカリされるのを嫌がったのか、見る目が非難を帯びた。

 

別に好きで聖剣を抜いた姉の妹になったんじゃないのに。

 

親にまで名を全く呼ばれなくなるのも直ぐだ。

 

姉は優しい、けれど恨まずにはいられなかった。

 

遂に親が外へ出さないか外へ出すかという行動を取り出し、日に日にやつれていった頬。

 

「もう嫌。皆、皆地獄に落ちろ」

 

自分達は関係ないからってこっちを責めるのはお門違いだ。

 

恨むには時間は十分だった。

 

そして、スフィアは黒い部分に手を出す。

 

「おいで下さい」

 

悪魔の儀式。

 

「私の全てを捧げましょう」

 

みーんな、落としてあげる。

 

「お前が召喚者か?幼いのに随分と負を貯めてるな。この場所も酷い有様だ」

 

出てきたのはカッコイイ人。

 

「名前は?」

 

「え?」

 

久々に引かれたから最初は戸惑った。

 

もう誰も聞いてくれなくなってしまったのだから。

 

「勇者の妹、とでも呼んで」

 

どうせ名前なんてどうでも良い。

 

自傷に満ちた言葉で吐き捨てる。

 

もう名前なんてあってないようなものだ。

 

そういうつもりで言ったのに彼はゆるりと笑う。

 

「おれはお前の名前を知りたいし呼びたいんだが」

 

「悪魔なのに一々細かいのね。スフィア、これが名前」

 

誰もこの名前を呼んでくれなくなった。

 

恐らく名前を皆忘れてしまったのか、呼ぶ価値もないと侮られてしまったのか。

 

最早その真意を知る日はない。

 

「おれはロー。宜しくな」

 

ほら、やっぱり呼ばない。

 

教えるんじゃなかったと後悔していると彼は何を願うんだと聞いてくる。

 

「この村をどんな方法でも良いから滅ぼして。命だって上げる」

 

閉じ込めるのか追い出すのか、どちらにせよ自由なんて見込めない。

 

この村に人一人の命を握る権利なんてないのに、みすみす捕まるなんて愚の骨頂。

 

捕まるくらいならこっちからやってやる。

 

「成る程な。了解した」

 

何の感情も抱かないままスフィアは座る。

 

どうするのか、とか気にならない。

 

どうせ滅ぶのは一緒だ。

 

「流行病か、それとも魔物に襲わせるか?」

 

「両方。先に病で、次に魔物。病と魔物の間に少し時間を空けて。姉が帰ってくるギリギリに魔物をけしかけてもらえる?」

 

「計画でも?」

 

「人は簡単に人を恨むもの。それが例え勇者でも……ね」

 

ローは願い通り少しずつ病を流行らせていった。

 

初めは免疫の弱い子供、次にお年寄り、そして大人。

 

流行病の出処が分からなくて周りはてんやわんや。

 

死ぬ程の病かと思えば違った。

 

生死を彷徨う程の深刻さだったが誰もがギリギリに命を繋ぎ止めた。

 

ローに詰め寄り何故と問うたら。

 

「死ぬより。恐怖心を抱く奴は多い方が思い込みは強くなる」

 

ローはなんとなくこちらが何をするつもりなのか理解しているらしい。

 

どうにもこの悪魔は人間臭い。

 

幼馴染みに会った時に「この間向こうの人達がこの病は聖剣の副産物、力の代償で引き起こされたんじゃないかって噂してたんだよね」と歩きながら周りにも聞こえるように話した。

 

強い力には何事にも代償が伴うのはこの世界では常識。

 

彼の父も流行病に掛かっているのでまさか、と青い顔をして言ったが否定の言葉は出てこなかった。

 

これが更に信憑性に繋がりあっという間にこの流行病は聖剣のせいじゃないかという疑心が生まれる。

 

病だけでは少し弱い。

 

だから、もう一つのお願いが必要なのだ。

 

「助けてくれェ!?」

 

叫び声に皆家から出る。

 

しかし、男性が追われている者を見た途端に家に引き返す。

 

馬鹿だなあ、引き籠もったら死んじゃうでしょ。

 

逃げ道も失うしがんじがらめだし。

 

村人達をあざ笑い魔物の襲来は告げられて襲われる。

 

足が動かなくなっただとか手が怪我をしてしまい畑仕事に欠かせない労働も出来なくなった村人達が出て、漸く呪いの副産物は自覚され白日の元へ。

 

それからの村人の手のひら返しは滑稽で、それはそれは悲劇。

 

丁度姉が帰ってきた時、村人達全員に聖剣の副産物によって引き起こされた事態だと知れ渡るという塩加減。

 

ローは仕事の出来る悪魔だった。

 

「み、皆さん?」

 

物心付いた時から声を掛けられ、村に育てられた姉は村人の射殺す視線に戸惑い引け腰になる。

 

その手で幾多の魔物を驕(おご)っただろうに、流石に気心の知れた人間の殺意には混乱しているのだろう。

 

「あんたのせいで……あんたのっっ」

 

背中を怪我し今も痛みに苦しんでいる農夫の妻。

 

「おれの子供を……」

 

顔に傷を付けられた娘。

 

もう嫁に行く事も叶わなくなった。

 

その親。

 

「聖剣なんて!抜く事なんてっ」

 

店を潰され立ち行かなくなった店の主人。

 

「お、お母さん……」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい」

 

村人から毎日責められ自責と後悔と、重い罪を背負わされる事になった母。

 

もうこれは長くない。

 

さっさと追い出されればいいのにね。

 

因みに父は居辛くなった途端出稼ぎと名を打った夜逃げをして既に村には居ない。

 

スフィアは部屋から出てくるなという少し前に軟禁された通り大人しく部屋に軟禁されていた。

 

だって親が言うんだから、閉じこもってても問題ないもんねえ。

 

村人の怨念は母が一心に背負った。

 

因果応報である。

 

彼女は既に子供の命を粗末にするという大罪を犯しているのだから今更罪を重ねたとして些細なものだ。

 

クスクス。

 

「わ、私……え?あの……えっと……グリズリーバウンスレイアが出たと聞いて、急いで村に戻ってきたのよ?ねぇ──さん」

 

かつて近所のおばちゃんとして慕っていた女の人に話しかけるが彼女は歯を剥き出しにして呼ばれた事を不快だと露わにする。

 

「もう二度と名前を呼ぶんじゃないよ。疫病神め……この村には一歩たりとも入らさない」

 

「疫病神……?なに、言って」

 

勇者とかつて村から総出で祝われ旅に出た姉。戻ってみれば歓迎されず村人は射殺す目で今にも切りかかってきそう。

 

殺気も肌で感じた事だろう。

 

妹を犠牲にした結果はどうかな?

 

嬉しいでしょ?

 

ほら、笑わないと失礼だよ。

 

因みにローに中継とやらをしてもらっているので分かるだけだ。

 

今そこにいて説明している訳ではない。

 

でも、とっても楽しいのは感じる。

 

死に物狂いかはさてはて、旅をしてきたのにこの歓迎に姉は口をはくはくとさせるだけでロクに言葉を発しない。

 

「な、何なの、い、一体」

 

震える声で言う女。

 

ああ、愚か、なんと愚か。

 

村人は姉を詰る権利もないのに。

 

あってないようなもので人を恨むのはとっても簡単。

 

姉は妹が受けてきた歪みを引き継いだだけ。

 

村人は世迷い言レベルの話を真に受けて信じて、救いの勇者を蔑ろにする。

 

さて、この事を知る姉の後ろ楯であろう国はこの村を滅ぼすだろう。

 

クスクスクスクス。

 

どんな結果であれ、滅ぼされる。

 

「二度と来るんじゃねェ」

 

石を顔見知りの人達に投げられ悲惨な顔で帰っていく姉を見送る。

 

それから数日後、鎧を着た賊(国の暗部)により村は地図から消え去る。

 

スフィアはといえば、いつの間にか見知らぬ場所に寝かされており、隣を見ると悪魔が居た。

 

(生きてる)

 

意味が良く理解出来ない。

 

「これからはおれと共に生きてもらう」

 

「そう。分かった」

 

言うと、彼は眉根をひそめる。

 

「生きる事は嫌なんじゃなかったのか?」

 

「さぁ。もう分からない。やることも目的もなくて、生きたくない理由がなくなってる」

 

「へェ」

 

面白そうに笑う。

 

でも、意外だった。

 

直ぐに命を刈り取るのだとばかり思っていたので。

 

しかし、まだ取る取らないの域を出ていない。

 

時間の問題であるだろう。

 

「ねぇ、いつ私は死ぬの?」

 

「さぁ」

 

「……え?何を言っているの?」

 

本当に何を言っているのだろう。

 

刈り取ると言っていた本人の惚けた声音に戸惑う。

 

先に対価を要求した人物である。

 

もっと強欲にねだられると思っていた。

 

だから、覚悟をしていたのに。

 

ローは後々、何年経っても殺す事も、匂わす事もしなかった。

 

噂で聞いたが姉はどこぞの勇者の旅で得た仲間の一人と結婚したらしい。

 

そして、国は姉の生まれた村が賊に襲われたと発表し、姉はそれをうっかり信じているらしい。

 

ああ、姉はやっぱり優しいんだなと皮肉を浮かべた。

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