この世界には魔法があり、冒険者がある。
冒険者にはソロとクランというものがあり、クランが多い。
やはり多人数の方が仕事もこなしやすい。
「ねェ先輩」
宴により酔っ払いになったクランに入りたての新人がジョッキを片手にフラフラと寄ってくる。
珍しいが別に嬉しくないわけもなく、ウェルカムな心地で見た。
ただ、脳裏に浮かぶのはこの男の見下した視線をたまに受けていたことか。
「先輩何してました」
疑問符をつけられ問われた問いにこちらこそ疑問になる。
今日の討伐についてなにか聞きにきたのだろうか。
「先輩って本当に強いんですか」
強いかと言われれば、武道に関しては弱いだろう。
てか、一般人ですよ強さは。
「今日はなぁんにもやってないのに、なんで居るんです」
飲み過ぎたからかタガが外れたのかも。
そんで、こんなにペラペラと本心を話すのかもしれない。
周りはこの発言に凍ってるのに。
一番、今空気をヤバくしているこの子は棚に上げてこちら詰る。
「ちょ、おま、なにいってんの」
はは、と無理矢理取って付けた笑みで男を確保しようとしたが、止めようとしているのに口は止まらない。
「もう引退したら良いと思いません?」
失言はもう寄ったという範囲を越え、至りで許されぬ。
「確かに一理ある」
その応答に更に空気が凍る。
「あと、バカもクランから出ていくべきだよね」
笑顔という程でもない微笑み。
痛烈に言い返したのだが、果たして明日には覚えているのだろうか。
──パサッ
クランのリーダーのローのところへ行き、辞退する為に一筆書いたものを机に置いた。
本を読んでいたらしい男は、半裸のまま紙を眺めて眉間にシワを寄せる。
「なんだこれは」
低い声で吹き出すそれはとてもではないが、機嫌が良さそうに見えない。
「そろそろ潮時だと」
「はっ。何が潮時だ」
鼻で笑われるが本気なので撤回せぬ。
「これは正式な用紙だから直ぐに回せば受理される」
「ふざけるな。なんの真似だ」
「クランは出入り自由でやめるのも制限はしないって規約があった筈だけど?」
「なんの真似だと、聞いてる」
ガタッと机から立ち上がり鋭い視線でつつかれる。
「痛いのは嫌いだわ」
「おれだって同じ。理由を言え」
「言ったけど」
潮時だってね。
そんな理由があるか、と吐き捨てられるが事実なのでそれ以外に言いようがない。
「このギルドも随分人が増えた」
「……やっぱりそっちか」
ラネージュの性格はとてもだらけた質。
人が増えて動くのが少なくなったが、今度は初期メンバーと比較され始めローに憧れた人達が不釣り合いな弱さな己を許せないと目の上のたんこぶに思い始める者も居る。
煩わしい。
とても煩わしいのだ。
冒険者というのは本来自由で個人個人に好きなように暮らせる職業。
なのに、同じクランだからと言って滅多に親睦も深めやしない敵対した視線ばかり送る男にあれやこれやと言われる筋合いはない。
「私は自由が好きなの。だからやめる。もし不服を申し立てるんならギルドに規約違反で訴える」
力強い瞳に見られながら言うとローはギロッと睨み付けたまま紙を引き出しの中に入れる。
受理しておく、と幾分かトーンの落ち着いた男によろしく、と言う。
「あと、ついでに」
「なんだ」
腕を組んで凛々しい顔を保っているその表情が次には無くなる。
「別れて」
「……一体どこまで勝手なんだ」
呆れと怒りが混ざった感じ。
「勝手っていうか、ローこそ私に飽きたんじゃないの?」
「は」
「最近は出掛けてもないし」
「忙しい」
「でも、話すのもしてないし。他の人とは話してたの見たの」
「……おれはクランのリーダーだ。お前がリーダーをやれというから」
彼は口を動かし、やがて閉じる。
「まァそれは良い。だが、別れはしねェ」
「ふーん」
首を傾げて感心した。
ここまで言ったのにキレないなんて忍耐力凄い。
「愛人くらいなら構わないよ?」
今や大物クランまで膨れてしまったこの集団。
忙しいのは分かりきったことだ。
「ああ?」
濁った唸りを上げた。
獣の音に似ている。
こりゃ怒ったか。
「じゃあね」
ラネージュはこの恋人に対して我ながら過激な気持ちを抱いている。
彼は淡白な感じだから荒々しくされたいのだ。
それは他の人には全く感じなくて、彼だけに思う特別なものだった。
恋愛小説の読みすぎだと怒られるから言えないかど。
だからわざと煽る。
やめるのと別れるのは嘘ではない。
──グ!
肩を凄い握力で掴まれて机に背中を強かに打ち付けた。
「なにっ?」
驚いたけど、期待でにやけてしまいそうになるから我慢して演技をする。
「お前がクランに入るからおれも入ったに過ぎねェ」
ギラギラした目に心臓がこれでもかとドクドク波打つ。
今、この人の目には私しか写ってない。
扉の鍵が回る音が小さく聞こえた。
魔法でかけたのだろう。
器用なものである。
男のタイプはオラオラ系が好みとはいえ、ローを後悔させるのは悪いと常々思っていた。
が、忙しさゆえに会えなくなる日々にも焦れた。
結果、己の方がギブアップしてしまった。
やれやれ、難儀な性格だと自分で自分を攻め立てる。
「どうするっていうの」
わざとその先をやらせるように煽る。
こう言われてしまえば後は石のように転がるだけだ。
レールに乗った物のように机の上へと背中を打ち付けた。
「なに、するの」
緊迫した物言いで、勘ぐられぬように冷や汗をかくフリ。
ここで笑ったりなんかしたらご破算である。
「今までおれはお前に甘かったと良く分かった」
別に甘くしてくれなどと言ったことはないのに、ねー。
っていうか、頼んでもないのにそういう風に扱うのは余計なことって言うんですよ。
「甘いっていうのなら、私との事はこうならなかったんじゃない?」
正論正論。
だが、ローは意に介さない様子で睨み付けてくる。
睨んだって過去が今を助けに来てくれることもなし。
そういうあまちゃんなとこも結構気に入っている。
足元を掬おうと何度だって考えたし、定期的に鈍らぬように危機感を導入したりもした。
今もなかなかの危機感を抱いているだろう。
「痛い。やめて」
切なげに頼んでも離してもらえない。
イエス、肉食。
「出ていかないと言え」
おやおや、生意気にも命令するのか。
「嫌よ。言うわけないでしょ」
ちぐはぐな言い方をしてしまい、中が気になる。
「冗談はギルドの空気だけにしてよね」
ローのカリスマ性に寄ってたかって、努力せずにギルドの名声にあぐらをかく人達など、仲間でもなんでもない。
腑抜けのようなしらを切った雰囲気のくせして、ローの名前だけで全てが許されるとおもっている
ラネージュは彼の頭にげんこつを降らせた。
──ガン
「うっ」
男はフラッとなる。
嫌いじゃないし好きだよ。
でもね、追いかけられたい女なのである己は。
もっともっと、執拗に迫られたい。
熱く求められたい。
そう思うのは可笑しなことなのかな。
「好き」
間違えて捨てたとかフッたとか思われないように言葉だけは与えといてあげる。
ローの手が抱き締めるように力を加えてくる。
しかし、去ることは止めない。
好きなことをして、好きなように行動するのが自分の専売特許なのだ。
「だからチャンスをあげる」
でも、他の人の魅惑にふらふらするのは許してね。
だって、二人は別れるんだもんね。
「ねえ、欲しい?チャンスを」
一応慈悲として聞いてみる。
欲しくないっていうのなら、もうこれで最後のお別れだけど。
「言われなくても、奪う」
流石はギルドのトップとしているからか意識ははっきりしている。
こんな小娘のげんこつくらいで気を失うわけないから。
そうでなくっちゃ、つまらん。
ギラリと光る獣の瞳に見つめられて背筋がゾクゾクしてしまう。
つい、やっぱり別れないと撤回してしまいそうになる歓喜な気持ちに抗う。
やっぱり男はオラオラ系じゃないと燃えない。
あ、間違えた、萌えない、の方ね。
そして、彼はラネージュへ牙を突き立てた。