短編集(夢小説)   作:苺のタルトですが

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セカンドノワール01

この仕事に就いて、特に何も感じなかった。

 

ギシギシと鳴るベッドのスプリングに、息が荒く汗をかいている男。

 

彼は海賊の船長で船旅に自分を欲の吐き場所として乗せた。

 

もちろん合意の上でだ。

 

トラファルガー・ローと言えばルーキーと呼ばれ最近の女達の注目株。

 

そんな男であり、更に顔も良いと来れば断る理由もない。

 

情事の後、眠りにつけばあっという間に睡魔が襲ってきた。

 

『でね、私……決めたんだあ~』

 

「っ!?」

 

夢から目が覚めた途端、一気に何かの映像が脳に刻まれていく。

 

過去、いや。

 

(前世?)

 

誰も明確には言ってないが本能がそうだと告げていた。

 

そうして、前世の自分を思い出し新たな、元あったリーシャの人格が今の状況を恥ずかしがった。

 

裸で、隣にも全裸の男がいて隣を見ないようにそっとベッドから抜け出す。

 

(今の私って、なんて積極的な……)

 

おまけに体を売る仕事に赤面しそそくさとシャワーを浴び服を着る。

 

今の人格も記憶ももちろんあるから、これからどうすれば良いのかという問題は自ずと決まっていた。

 

寝ているローをこっそり見て部屋を静かに出ていく。

 

誰にも見つからないようにと祈りながら進めばお腹が鳴り食堂へ向かう。

 

まだ準備途中だったようで食堂にはコックしかいなかった。

 

「あの」

 

「ああ、あんたか。どうした」

 

厨房の人間が疑問に満ちた顔を隠す事なく出してきてリーシャはお腹を擦りながら苦笑する。

 

「お腹が空いていて、何でも良いのでもらえませんか?」

 

「は!?……あ、ああ……ちょ、ちょっと待ってろ……!」

 

彼は度肝を抜かれたように目を見開いて厨房の奥に行く。

 

それを苦笑して見ては、昨日までは傲慢な性格で偉そうな態度の人間だったと今さらながら自分を叱責したくなる。

 

コックにもごちそうさまと言わず、いただきますも言わず礼も言わずに失礼な態度を取っていた。

 

コックは海賊船に乗っているからか慣れている様子ではいたが今となっては無礼過ぎたと反省。

 

そして、今コックが驚いたのはいきなり使わなかった敬語と下手な態度のせいだろう。

 

これが所謂『日本人』の性なのだから仕方がない。

 

染み付いたものは早々に変えられないのだ。

 

「出来たぞ」

 

もう出来ていたのか香ばしい香りが鼻を刺激し心が和む。

 

「突然来たのに無理を言ってしまいすいません。いただきますね」

 

「…………あ、ああ」

 

呆然とする相手に内心性格が変わって戸惑わせている事に申し訳なく思いながら誰も居ない場所の端に座る。

 

やはり慎ましく居るのは気が楽だ。

 

昨日までならローの隣か船員の居る真ん中に座っていた。

 

ちらちらとこちらを仕切りに気にするコックの視線を感じながら黙々と食べた。

 

前の自分はこの体型を維持する為に普通よりも少ない量を食べていたのだが、今の量では明らかに少なすぎて満たされない。

 

もう一度厨房のカウンターに行き、慌てて作業を今し始めたかのように手を動かすコックにおかわりを頼む。

 

また呆気に取られながらも追加してくれた彼に感謝し席に着く。

 

ふと思い出したがリーシャはいつも人前に出る時は強めの香水を付けていたのだが、今思えばキツく感じたので付けるのは止めた。

 

(どーしてあんな香りを毎日付けてたんだろう…………)

 

付ける理由は仕事柄必然だったからとはいえ次は薄目のコロンでも買うか貸してもらおうと決めた。

 

いくら前の記憶が出てきたとはいえ、これでも女なので体臭は気になる。

 

もぐもぐと食べていると後ろから扉が開く音が聞こえ、これはベポだと分かった。

 

(ベポさん今見るとめちゃくちゃ可愛いんだよね…………)

 

以前なら白い肉食の獣という認識で見下していたからか、ベポは全く話し掛けてこなくてリーシャも出来れば近寄りたくないと凄く人として最低な事を考えていた。

 

でも今は話したくて、その柔軟剤で洗ったような毛並みに顔を埋めたい。

 

「あ」

 

先に居たのがリーシャだったことに驚いたのか声を小さく上げてこちらを見た白熊の目は、次には嫌っていると分かる程キュッと細められた。

 

それに内心ショックを受けて顔をテーブルに戻しご飯を食べる。

 

「ん?香水の匂いがしない」

 

「あっ、っ、そ、そうなんです。付けてませんっ」

 

反応を示してくれた事が嬉しくて思わず肯定すると目の前で通り過ぎようとしたベポが大きな瞳をいっぱいに開いてこちらを凝視していた。

 

若干毛が逆立っているのは驚いたからだと相手の表情に気付き、慌ててごめんなさいと謝る。

 

「なんか、お前…………変だぞ」

 

その意味をよく分かっているから肩身を狭く感じながらもう一度ごめんなさいと言う。

 

それはそうだ、昨日まで傲慢で、鼻で笑うような性格に、熊にとっては鼻がもげそうな香りを放ち、唇には自信を表すようにルージュとマスカラを顔に施した女が今日は素っぴんで態度も百八十度違うし、自分に話し掛けてきたとなれば驚く。

 

恐縮しながら俯いていればある事を考え口に出そうか出すまいか迷う。

 

「あ、あの、その、ですね」

 

「?」

 

「もし、迷惑じゃ、なかったから……なんですけど…………」

 

リーシャが渋っている事と敬語にベポが驚愕しているのを見ながら恐る恐る声に出す。

 

「っ、やっぱり…………何でもありません…………気にしないで下さい…………」

 

「…………そこまで言われたら気になるだろ、言えよ早く」

 

「あ、はい…………」

 

せっかく喋りかけられるチャンスを掴んだのだから覚悟を決めて言う。

 

「ベポさんと一緒に、た、食べたいです…………!」

 

ギュッとズボンを握る。

 

ちなみに今の格好はラフな服装で数少ない布面が多いものだ。

 

普段は露出が極端に多いものを身に付けているのだがこっちの方が落ち着く。

 

「そ、そんなことか…………別にいいけど…………」

 

まだ戸惑っているようなベポは意外と言う表情を浮かべつつも許してくれたので上を向く。

 

つい頬が緩みそのままに本当かと嬉しくなる。

 

「あ、ありがとうございます!あの、ここで待ってます…………あっ、それともいつもの席がいいですかっ?」

 

感極まり舌を噛みながら言えば更に怪訝な顔をするベポはここで良いと言うので、今か今かと彼が隣に来るのを待った。

 

 

 

最初は会話がギスギスしていたが段々テンポが良くなっていき、聞きたい事や聞かれた事に答えていく。

 

「そういえばベポさんも五百ベリーの賞金首でしたね」

 

「ああ!キャプテンと同じな!」

 

胸を張って言うので可愛らしいと脳内でハートが飛び交う。

 

食後のデザートは、とコックに聞かれベポと同じくハモりながら食べると言った時の二人の反応は吹きそうだった。

 

そうしてデザートを食べて二人で美味しいねと言い合っていると扉が開く音がして声をかけられた。

 

「めずらしーな、お前らが一緒なんて」

 

「デザートか?」

 

シャチとペンギンであった。

 

二人はリーシャとベポがいる光景に不思議な顔をする。

 

「おはようございます」

 

「美味しそうだろ」

 

ベポがそう口にしても二人はピシリと動きを止めたまま何も言わない。

 

やはりこの反応かと苦笑してベポとお喋りに戻る。

 

「て、待て待て待て!」

 

「どうかしましたか、シャチさん」

 

「さ、さん!?」

 

昨日までは名前呼びだったものがさん付けになり、恐々とした顔を浮かべるペンギン達にそ知らぬフリをする。

 

今日からこんな反応が船員に会う度にあるならもう知らない顔をした方が良いだろう。

 

「熱でもあるのか?」

 

「そんな、熱なんてないですよ…………あははっ」

 

変な顔をするペンギンに吹き出せば彼は無言で驚き更に口元を引き結んだ。

 

「お前本当に人が違うようだな」

 

「そうですか?…………あ、それよりもベポさんの毛を少しだけ触ってもいいですか?ふわふわですよね」

 

ベポと話して打ち解けたからいけると踏み、頼めば彼は快く了承してくれた。

 

誤魔化しが聞いたのか、ペンギン達はそれ以降話し掛けてこず二人で席に座るとこちらをチラチラ見ては話し込んでいるようだ。

 

きっと風邪か頭を打ったのだと、どうのこうのと言い合っているのだろう。

 

内心真実は大分違うけど、と思いながらデザートを食べていると次々と船員達が食堂に集まってきてリーシャとベポの組み合わせに首を傾げては挨拶し、挨拶を返せば誰もがピシリと先程のように固まり、我に帰ってはこちらを見て仲間内で様子が変だと物議を醸していた。

 

ここまでくると失礼ではないかと感じたが、数日我慢すれば良いだろうと溜め息を飲み込む。

 

そうしてベポと楽しい会話をしていれば割り込むような高い声に眉を寄せた。

 

「昨日はローとしたようだけど次は私なんだから、リーシャ」

 

振り返らなくても分かる、この声は同じ娼婦のナンシーだ。

 

自分は半年前に乗船し、彼女は三ヶ月前に乗って来たからか、リーシャを凄くライバル視している。

 

面倒臭い人だと今までは思わなくて相手にしながらローの争奪戦をしていたが今は果てしなく鬱陶しかった。

 

何かにつけていちゃもんを付けてくるナンシーを振り返ると、彼女は驚きに目を見開く。

 

心底面倒に感じながら彼女はこちらを指差し「あ、貴女、その格好…………!」と、うち震えていた。

 

普通のTシャツに長ズボンの姿は彼女から見ても異様なのだろう。

 

船員達も例に洩れず驚いていたから自覚はしている。

 

だが、それよりも言っておかなくていけないことがあった。

 

「ベポの前でそういった発言は控えて下さい」

 

「!…………え、あ」

 

唖然として、敬語にも口調にも全てに言葉を無くしたナンシー。

 

相手にするのも疲れたのでデザートに手をつける。

 

「デザートのお代わりまだありますかね…………久々に食べたからか手が止まりません」

 

「うーん、じゃあ特別におれの分を分けてやるよ!コックに頼んでくるから待ってろ」

 

ベポに聞いてみれば、彼はにこやかに厨房のあるカウンターへ行く。

 

彼はその巨体に相応の量を食べるのでデザートはたくさんあるのだ。

 

譲ってもらえた歯痒さに照れながら待つ。

 

しかし、まだ厄介な人が側にいることを忘れていて、いきなり叫ばれ耳が痛い。

 

癇癪を起こしたようにナンシーがこちらに詰め寄る。

 

「貴女、何なの一体!服も地味だしメイクもしてないし、おまけに敬語とか何!?気持ち悪いんだけどっ!!」

 

言いたい事をやっと言えたナンシーは息を乱していて、当然ながら部屋の一室の食堂なので、船員達も固唾を飲んで二人を見ている。

 

その時、空気の読めないが、そこが可愛いベポが戻ってきて貰ってきたよ、と低い声でデザートを差し出してきた。

 

「ちょっと、話をしてるのに邪魔し」

 

「ありがとうございますベポさん」

 

「気にするな!」

 

怒りをベポに向けようとしたナンシーの台詞を遮り、デザートを受け取る。

 

だが、また答えなさいよ!と怒鳴るナンシーにイラッときた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女には関係ないと思います。口を閉じろこのアマ」

 

 

 

 

 

食堂が静まり返った瞬間だった。

 

 

 

 

 

食堂の空気を無視して再びデザートを堪能し始めれば、ナンシーは言葉が出ない様子のまま部屋を走り去った。

 

さっきの言葉はやはり汚すぎたか、と反省しつつも後悔はしない。

 

するとデザートを食べ終えたのを見計らって船員達がリーシャを両脇に囲み、何故か拘束してきた。

 

さすがに驚いて何なんですか、と聞くとシャチ等が問い詰めて言ってくる。

 

「お前やっぱ何かの病気だろ!」

 

「頭打ったのか!いつだ!?」

 

「今からお前を船長の所へ送るから、検査してもらえっ」

 

「!?…………トラファルガーさんにはちょっと今会いたくないです!離して下さい!」

 

「ト、トラファルガーさんだって!?ほら、やっぱお前可笑しいぞ!それに船長に会えることを喜ばないなんて!」

 

世の中の女性全員がローに惚れる訳がないだろう、と突っ込みながらもそれは口にせずベポに助けを求める。

 

今日の朝まで致していた相手になど会えるか!と憤慨しながらも踏ん張れば、ベポが止めろよ皆、と止めてくれた。

 

けれど、制止空虚しくあれよあれよと集団に担がれて船長室へと連れていかれる。

 

本当に勘弁してほしい、と思いながら担がれるままにシャチとペンギンの説明を聞き、聞き終えたローが怪訝にこちらを見ていた。

 

良かった服をきちんと来ていたと安堵する。

 

「やっぱメンタルケアが必要ですよ」

 

「分かったからお前らはそいつを置いて部屋から出ろ」

 

そう口にしたローに彼等は直ぐにいなくなる。

 

「こっちに座れ」

 

と、言われ恐々と座ればローは眉間に皺を寄せて成る程と呟いた。

 

「あの、お話があります」

 

「!…………確かに違ェな」

 

もう一々驚かないで欲しい、辟易としながらも口にする。

 

「私、次の島でこの船を降りたいんです」

 

「ほォ…………まァ合意の上で乗ったんだから降りるのも自由だが…………お前のその口調といい姿といい、別人じゃねーか」

 

「だから、私の勝手だと言ってます……彼等にもそう言ったのに、貴方に見せると聞いてもらえないんですけど……急ですが……では、次の島までよろしくお願いします。それと、私……もう誰の相手もしませんが良いですよね」

 

「は…………?」

 

ローは信じられないというような顔をし、それでは失礼しましたと立ち上がる。

 

「待て、やっぱり検査だ」

 

「…………検査して異常がなければ諦めてもらえますか」

 

「ああ」

 

ローすらも呆然と頷く姿に疲れたと肩を落とした。

 

もうさっさと終われと思いながら検査を受け、再び食堂へ戻ってくる頃にはへとへとになっていた。

 

そして、食堂に居た船員達が詰め寄ってきてどうだったと聞いてくるが自分的には厄介なお節介に怒りたくなる。

 

だが、彼等は心配して船長に見せたのだと考え直せば文句も出なかった。

 

ローに言われたように異常はないと報告すると皆一様に安堵をし、いまいち納得出来ていないような顔をした。

 

「ですので金輪際私に頭を打っただとか言うのはやめてもらえますか」

 

「…………お前もしかして怒ってる?」

 

船員の一人が恐々と言うのでにこりと笑う。

 

「貴方に、怒っているように写るんでしたらそうなのかもしれませんね」

 

そう口にすれば全員が顔を引き吊らせ肩を盛大に落とす。

 

人を病人扱いした上に、勝手にローに会わせたのだから怒らない方が可笑しい。

 

しかし、性格も何もかもが一瞬で変わってしまった事を自覚しているので彼らの戸惑いも理解出来ないわけではなかった。

 

「でも、心配してくださったことは凄く嬉しかったです…………ありがとうございます」

 

すると彼等は気負いしていた空気を飛散させ表情を明るくさせた。

 

こういう単純なところは結構好きだ。

 

それから暫くしてローが船員達を集め、リーシャが次の島で降りる事を伝えた。

 

「え!マジですか!?」

 

「いきなりだなおいっ」

 

船員達の反応は様々で見ていて飽きない。

 

そして、ローはリーシャはもう夜の相手もこれからは一切しないと代わりに言ってくれた。

 

聞く事も生々しくて耳を塞ぎたくなるのに言うなど無理だ。

 

ナンシーに頼めと言い終わる船長に船員達はざわざわと騒がしくなる。

 

「そういう事ですので、次の島まで雑用なら何でもしますので明日からよろしくお願いします」

 

頭を下げると驚いたままの船員達の顔があって、リーシャは内心早く島に着いて欲しいと祈った。

 

 

 

 

 

最初のうちは戸惑っていた彼らも一週間もすれば雑用仲間として認識してくれるようになった。

 

今は絶賛シャチと魚釣りの最中で初めてやったときに餌の幼虫を躊躇せずに掴み難なく釣り針に刺した時は甲板が騒然となったことも懐かしく思う。

 

重点的に埃だらけの部屋を掃除し、人が触りたがらない部屋も綺麗にした。

 

お風呂を洗う時もラフな、濡れても平気な服で、船員に混じってした時は楽しく話しをしながらした。

 

そんな時だからこそ心の距離は自然と近付くもので、終わった後も気軽に話し掛けてくれる。

 

勿論前も話し掛けてきてくれたがそれは娼婦として、客人としての距離を感じていたのでまた違った。

 

「あ、これ」

 

「どうした」

 

ペンギンと倉庫の整理をしているとビニールの、見覚えのあるものを見つけそれを引っ張る。

 

広げてみると、それはやはり手短な簡素なビニールプールだった。

 

二人でそれを見ていると頭上に電球が光りこれを使おうと彼に提案してみる。

 

「他にも同じような物があるからこれで遊べるんじゃないのでしょうか?駄目ですか?」

 

駄目元で聞いてみるとペンギンがあっさりとオッケイを出してくれたので甲板にゴーしようとすると止められた。

 

がっかりとなりながら振り向くと苦笑している顔と目が合い、ローにも言っておく方が良いと言われ、そういえばと急いで、久々に入る船長室の扉の前でどうしようかと悶々と考え込んでいた。

 

この間までローと男女の行為をしていた部屋になんて簡単に入れる程、自分は出来た人間ではない。

 

寧ろもう無理な気がする。

 

しかも、ローとすらまともに目を合わせられないのだ。

 

そんな心情で手動プールをしたいなどと言える訳もない。

 

だが、ここはやはりこれで遊びたい。

 

「いつまでそうしているつもりだ」

 

「わ!え、トラファルガーさん!部屋にいなかったん、ですね…………ははは」

 

まさかの後ろから現れた御仁に慌てて繕うがバレバレだろう。

 

いっそもう腹を括ろうとプールの膨らむ前のふにゃふにゃ状態の物を掲げて裏声になりつつも、これを使って甲板で遊んでもいいですか!と言い切る。

 

目を固く瞑り返事を待っていると少し間があった後に構わないと言われた。

 

それに目を開け本人を見上げると本当ですか!と聞き直してしまうが、やはり同じ返事を貰え、やったとガッツポーズする。

 

「はしゃぎ過ぎて溺れるなよ」

 

「…………え?」

 

通り過ぎる際に言われた言葉に、間抜けな声を出し振り返る頃には部屋の扉が閉まった音だけがやけにはっきりと聞こえた。

 

 

 

 

 

「をー!くらええ!」

 

シャチが同じく倉庫にあった水鉄砲で仲間の男を当てる。

 

それに反撃だと水鉄砲を当てる男に他の男達も次々と水を出すので、水の放物線が交差していて正に夏の戦争……ウォーターウォーズだ。

 

ほとばしる汗、響き渡る男達の笑い声、水が弾かれる度に雄叫びを上げるという光景が太陽にさんさんと照らされている。

 

本当に眩しいので目を菅めながらリーシャも水鉄砲を片手にべポへとかけた。

 

「べポ、そらっ」

 

「うわ!やったな~」

 

楽し気に歯を見せて笑うべポは、手を前に掲げて水をシャットアウトしても身体に当たってしまう。

 

しかし、それすらも可笑しそうに体躯を揺らす彼はお返しにと、こちらに水鉄砲を向けて発射して水が当たる。

 

とても気持ちの良い感覚に、水はこんなにも心地の良いものなのかと頭の隅で思った。

 

「にしても、よくこんなもん見つけてきたな!」

 

「リーシャが見つけて遊ぼうかと提案してきたんだ」

 

「ペンギンさんっ、言わない約束、ですよ!」

 

この歳でそんな事を言ったと知られたくなかったのに、サラリとカミングアウトされ頬が熱くなった。

 

羞恥心にペンギンを咎めるが彼は口元を上げていて、意地悪な人だと頬をちょこっと膨らませてむくれる。

 

それに船員達がケラケラと気の良い声で笑い、釣られてこちらもつい笑みを浮かべてしまった。

 

 

 

***

 

 

 

「あれ?船長がこんなとこに居るなんて珍しいですね」

 

「まァな」

 

今から船員達と混ざって水遊びをしようとしていた船員がローの姿を見つけて声をかける。

 

炎天下の甲板に我船長が居る事はかなり珍しく、おまけに上機嫌を思わせる口元がゆるりと上がっていた。

 

その視線を何となく辿ってみると、そこにはビニールプールで水遊びをする船員達で賑わっていて、そこで先日まで想像も出来ない笑顔を浮かべるリーシャもいた。

 

心から楽しくて笑っている顔で、見ているだけでも、こっちも笑顔が浮かんでしまう程だ。

 

心なしか船長のローはリーシャを見ているように見え首を傾げた。

 

「彼女、本当にあのリーシャなんですか?」

 

「お前にはどう写る」

 

「…………別人としか」

 

「くく、そうか…………おれにもそう写る」

 

ローの発言に目を剥く。

 

先日異常無しの診断を下したばかりの医者がそんな事を言う心理に戸惑う。

 

その動揺を見抜いたのか船長はクスリと笑い最後にもう行ったらどうだ、と足され渋々後ろ髪を引かれつつも言われた通り下へ降りる。

 

上を向くとそこにはもう死の外科医の姿はなかった。

 

 

 

***

 

 

 

三回目となるべポとの入浴を堪能していた。

 

背中も流したし、泡でフワフワの毛を存分に触ったので満足だ。

 

暖かなお湯に浸かり気持ちの良い温度に気の抜けた声を二人して出す。

 

そして、それに可笑しくなり笑い合うとお風呂から上がり脱衣所に向かう。

 

べポに先に上がってもらい、その後に脱衣所にて一人で着替える。

 

もう裸を誰かに見られる事も割り切れないし見られたくない。

 

着替え終わり廊下に出るとべポが傍に居ておやすみ、と言うとあっという間に廊下から消えた。

 

前世の記憶が蘇った後に、べポに頼んで着替えている時に、誤って誰かが入ってくる事がないように見張って欲しいと言ったのだ。

 

それから彼にはとても助かっている。

 

見送って歩き出すとペタペタとスリッパの鳴る音がして、薄明かるい廊下の先にある自室に向かう。

 

「っ!」

 

角を曲がった瞬間何かにぶつかりそうになって尻餅をついてしまう。

 

急激な振動でお尻に痛みを感じ上を見上げると、目を微かに見開くローがそこに居てこちらを見詰めていた。

 

「あ、す、すみません…………」

 

驚いて腰が砕けてしまった事やローと心の準備無しで対面してしまった事が重なり、気まずさに俯く。

 

このまま無視して通り過ぎて、放っておいてくれと祈りながら起き上がろうと床に手を着くと上から何かの影が覆うのを感じ、顔を上げると何故かローの綺麗な顔が間近にあった。

 

あまりに近すぎて声が出せずにいるとイエローブラウンの瞳が物憂げに細められる。

 

「立て」

 

そう一言添えられ、手が差し出され思わずそれを凝視し、再度足され慌てて手を掴む。

 

細い身体のどこにそんな力があるのかと疑ってしまう程自然に、リーシャを立たせる動作にも呆気に取られるがハッと意識を戻しありがとうございました!と頭を下げる。

 

上げると彼の手先が、濡れたままの毛先を掴みゆるりと少し弄ぶと放す。

 

ハラリと落ちる毛先を見る余裕もなく、固まっているとローが部屋に来いと口にし、断る以前に彼のペースへといつの間にか引き込まれた自分の思考は慌てて相手に付いていくだけ。

 

部屋に入るとローは、肩に掛けていたリーシャのタオルを手に持ち、徐に頭をワシャワシャとして水気を取る。

 

彼の取る行動が予想外で呆気に取られ、成すがままになるとやがて手の動きは緩やかになり視界がクリアになった。

 

タオルを退かしたのだと気付くと、彼がこちらを先程の様に見詰めていることを知る。

 

目が逸らせず見詰め合っている状態になると、先に口を開いたのは死の外科医。

 

「二重人格障害なのか」

 

(…………いつか聞かれるかもしれないって思ってた症状…………ついに聞かれたか)

 

内心面倒な展開に溜め息をつきたくなるが、敢えてそこは押し止め首を横に振る。

 

嘘と真実を練っておいた頭は、程好く納得するであろう言葉を選ぶ。

 

「きっと今まで自分を押し殺してきたので……こんな風に変わろうと心が、今の私へと変えたんだと思います」

 

「今までのお前は演技か」

 

「それは貴方達次第です。貴方達には私がそういう女に見えたというだけ…………私は、私です」

 

上手く誤魔化せた事にシメシメとせせら笑いそうなる。

 

我慢しつつ言い切ればローは鋭い目付きで疑うように問うてきた。

 

そんな目で見られては竦み上がってしまう自分に叱責し、演じろと言い聞かせる。

 

上手くいかなければ、前世云々でこの男の興味を引かせてしまうかもしれない。

 

長年の経験でそう敏感に感じ取れる程にはローの性格を熟知している。

 

たかが半年、されど半年、だ。

 

「聞きそびれていましたけど、次の島はいつになれば着きますか?」

 

「二ヶ月後だ」

 

それを聞き、肩を落とすのは当然だろう。

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