なにに巻き込まれたのか知らないけど、可哀想だった。
「好きだ」
罰ゲームかな。
「お前の男にしろ」
言葉のチョイスは置いておくとして、静かすぎるでしょ。
淡々と進むなにかにヘラ、とよそ行きの笑みを出す。
「うーん。はい、お友達からで?」
相手の事を最大に思いやった完璧な返し。
「友達はどこまでが友達なんだ」
少しも動揺せずに質問してくるからやっぱり罰ゲームっぽいぞ。
「手は握って良いな?」
「は、はい」
「キスは」
「ほっぺたがギリギリですね」
私はなにをしているのだろう。
この人はクルーを抱える船長だった。
まさか、偽物?
「あの本物ですか?」
「おれはおれだ」
オレオレ詐欺のやつだよ。
天然なところは本物。
いや、この会話そもそも成立しているのか?
なにか激しい認識の差でもあるのか?
「ローさん、お疲れですか」
「いや、緊張してる」
「緊張!」
あの、ローが。
「友達が終わる期限を設けろ」
「期限……1年?」
「長い。我慢できるのは半年までだ」
「そ、そう、ですか」
なにを聞かせられているのかな私。
男は話が終わるとするりとこちらの耳を輪郭に沿うように指でなぞる。
その仕草にゾワッと甘い痺れが起こった。
「半年後……楽しみにしておく」
背中を向けて去るのを見送った。
ぽわんとしていたが心が叫んだ。
「なに、あの!エロスの化身!」
さっきは突然の男による告白だが、男子らによる罰ゲームで唯一の部外者たる私を巻き込んだのだと確信した。
いやいや!なにいまの!
ロー、様子が可笑しかった。
先生、お医者さんのお医者さん呼ばないと行けた感じ?
ソワソワする。
いままでかつてないくらいソワソワするよ。
彼、頭打った?
「エイリ、どォした」
ハートの海賊団の船員が心配そうにしている。
ぼんやりしている私を見て眉根を下げている。
オタクらの船長、変になったんだけど、と言えたら良かったのに。
言えん、そんなの誰が信じてくれるってんだ。
泣く泣く己の中にしまい込む。
「なんでもないですよ」
ふふ、と乾いた返事を伴う。
心苦しさもなぜか湧く。
彼らの船長は罰ゲームの被害者なのか否か。
今、私は船員達の擦り傷などを有償で直している。
臨時的に雇われている雇用関係だ。
元は街で回復師として働いていたが、ホテルのあった街が海賊によって半壊させられ、生贄として街の人達が自分たちの昔からの馴染みを捨てられないからと私を無理やり差し出した。
勿論海賊はボコボコにしたが既に半壊していたし、見殺しにするような人達を治したいと思い続けるようなアホじゃないので安否も知らせず移動した。
点々としている時に治癒していたのだが、噂を聞きつけたトラファルガー・ローが来訪して誘われた。
海賊になるつもりはなく、雇用関係を結び今に至る。
そのローに色々言われたが、ずっと目つきの悪い顔で見られている。
あれは怒っているのかと誰かに聞いたら苦笑いされた。
怒っているのではなく、ただ見ているだけだと皆は言う。
見つめているということに気づいたのは告白されたのが響いている。
段々、あれが戯れではなく本気だったのではないかという気がしてきた。
男と目を何度も合わせてしまうので意識してきまう。
あれ、本当に告白だったの?
混乱していく。
だったら、半年を経て私はローという男を恋人にしないといけないのか?
あまりにも大きい。
肩書も立場も違うし、賞金首だし、かっこいいいし。
色々難がある。
かっこいいけど、意味深な視線が気になる。
もだもだするッ。
はっきりなにか言いたいのか言ってほしいんだが。
食べ終わって甲板でうとうとする。
そうして日差しが差したと思えばその相手の出現に眠たい目も開く。
考えていた男の接触に肩がピョンとする。
「今良いか」
「は、はい」
なにを言われるのかと身構える。
「…………」
(なにも、話さない?)
首を傾げて待つが、5分経過しても彼が口を開く事無く、時間だけが過ぎる。
陽気に話すタイプではないと知っているが、用があるのではないのかと疑問。
「質問してもいいか」
内心跳んだ。
いろいろ叫びそうになった。
ローは今だ知らないこともあるし、謎なところもある。
黒いモヤの様に全貌が分からないのだ。
「はい。どうぞ」
なにを質問してくるのかな。
「今度島に着く。その時予定はあるのか?」
「特に、ないですけど」
肩透かし。
「そうか……おれと出かけないか」
「…………え?大丈夫……です」
「時間はまた伝える」
こちらがなにか言う前に言われ、また傍に居続ける。
聞き終えたのならどこかへ行ってしまうのかと思っていたのだけど。
海の香りと海の音が無言の空間にある。
「あの、どうされたんですか。ずっととなりに居ますよね?」
「お前がここに居るから」
「私が」
ローは座りながらこちらを水に外へ向いている。
「この間の告白……本気だったんですね」
静かな空間なら、ほかの人が居ないので聞きやすい。
「なんだと思った」
くく、と笑みを零す。
それに彼が本当に気持ちを告げられたんだと今、実感した。
「私に告白をするものだから、船員達と賭けでもしたのかなと」
「フフ、おれは海賊だがそこまで腐っちゃいない」
妖しい雰囲気で語られて、ローの人柄を少し知っている身としては気不味い。
「すみませんでした」
「いい。おれが勝手に告げただけだ。お前は気にせず過ごせ」
気にせずって気にする。
声にしなくても伝わるのか彼は機嫌良さげにこちらを向く。
「不満そうだな」
「告白なんて初めてだったんで」
本当は揺さぶって本音を全て教えてほしい。
「正直、そこまで話してないですから」
「おれは見てたけどな」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言ったらまた笑われた。
確かにお礼を言うのは変だけど。
思考に浸っているとローの指先がちょこんと頬に当たる。
いきなりの事に気付くとカチンと固まる。
甘い。
「な、なにをして」
「さわってる」
「いえ、知ってます」
そんなことをいってない。
絶対理解してるよこの人。
どうしたら良いんだろう。
手を離させた方が良いのか、されるがままにするのか。
「なにもないですよ」
「いや?すべすべしているぞ」
「すべすべ」
初めて言われたし、そもそも撫でられるような人も居ない。
ローだけだこんな風にされるのは。
「そろそろ、撫でるのは止めにしませんか」
恥ずかしさがノンストップ。
「赤いな」
誰のせいだ。
「半年も保つのか」
「た、保たせます。一年後だって」
「おれに襲われたいのか?」
「!?──お、おお」
襲うとか言ったぞこの人。
ゆるりとローから右に離れる。
しかし、ここは海の上なので意味はない。
「襲わないでほしいです」
「忍耐力を試しているんだな」
耐えているのだろうか。
彼はポーカーフェイスなので感情のふるいが薄い。
耐えていると言っても嘘っぽいな。
疑っていると彼はまたこちらを見たまま楽しそうにする。
「お前次第だ」
頬から手を外した男は指先を自分の唇へ持っていき押し当てた。
色気に火が出そう。
自身がやられたわけではないのに、火照る。
こちらが耐え切れなくなり立ち上がる。
失礼しますと走る。
与えられている部屋へ飛び込む。
「はー、ふー」
息を整える。
「ただの船の船長だと思ってたのに」
乗っていたときは下心どころか遠い存在という感想。
ローは私のことをただの雇用している女と認識しているとばかりしていた。
しかし、そうではなかった。
好きと言われ、好意を持たれていた。
どこらへんに好意を抱かれたのか分からない。
ローは想いを伝えてなにがしたいのだろう。
部屋で落ち着いてから皆の集まるリビングへ行く。
今は誰かと話して気を紛らわせたい。
「あ、エイリ」
「こっちこっち」
「なんか朝から変だな。なんか悩み?」
こちらに気づいた彼らが声をかけてくる。
海賊には思えないくらいフレンドリー。
こういう雰囲気が好きだから今でも乗っているのだ。
ローの告白によりそれも揺れているけど。
出たいわけじゃないけど、なんだか気不味いよ。
また会ったらあの甘い空気に搦め取られる。
そんな予感に囚われていた。
絶対に拒絶出来ない。
こわいとかではなく、不思議な感覚。
「トラファルガーさんってどんな人なんですか」
今まで考えたこともないことを皆に聞いてみることにした。
なにか足がかりがあるかもしれない。
「え!珍しいな」
「船長に欠片も興味なさそうだったよな」
「なにかきになることがあったとか?」
「船長のこと?うーん」
先に私がローのことを塵も見てなかったことが露呈していた。
気付いてたんだ皆。
本当に船長という肩書の人という意識しかなくて、話すことだって滅多になかった。
話すにしても誰かの怪我の具合を報告するときぐらい。
プライベートなぞ話したことなんてない。
船員たちは個人で好きに答える。
「クールとか思われるんだけど密かに熱いものを持ってる」
「あー、あるな。オレたちの会話を聞いているんだけど、部屋から出てかないから本人は楽しんでいると思うぞ」
エピソードが混じり始めた。
ローのことを話し始める皆は止まらない。
元々船長を慕って集まってるなというのは雰囲気で察していた。
皆自慢げに語る。
「船長、最近良く他所を見る」
「よそ?」
「んー、おれらのことを見ていると思ってたんだけど……窓の外を見ている事もある。上の空とは違うかな」
ローとの話題にこれを出そう。
彼となにを話せばいいのか分からなかったので助かる。
「ちょっと行ってきます」
皆の返答を聞く前に立ち上がる。
「「どこに?」」
残ったクルー達はハテナを浮かべて見送った。
ローのところへ一直線へ向かう。
「ローさん!」
ノックをしながら名乗る。
待ち構えていた男に迫った。
「どうした?珍しいな」
「皆から話題を集めて来たので話に来ました」
「わざわざか?」
「はい、駄目……でした?」
上から見上げないままなのは新鮮。
「いや、嬉しい」
「え、嬉しい……ッ」
言葉に歓迎が感じ取れて、失敗したなと俯く。
「やっぱり、違う話題を探してこようかなぁ」
逃げる為に言い訳を呟く。
「駄目だ」
「え、え?な、なぜ?」
「中身なんてなんでもいい。座れ」
椅子を示されて逃げ道がなくなる。
首をふるふると振るが、ローは許可を出してくれない。
「あ~、えっと」
「ん?」
座るまで待ってるこの人。
「立ったままでも良いが、出るのは無しだ」
「そんなぁ」
「フフ、おれの部屋に来た時点で諦めろ」
少し口角を上げる男の雰囲気に飲まれる。
ごくりとツバを飲む。
「で、言おうとした話題は」
「皆からローさんが他所を良く見てるって言ってたんです」
「お前も含めて、話題にすることなのか?」
予想外だったようで目を垂れさせる。
「船で生活していますし、話題にするのが船の中となれば、共通の話題って減っていきますよ?」
「なら、医学書でもあいつらに読ませておく」
なんてことだ、皆、ごめん!
皆に多大なる余波を与えてしまった。
気を取り直して、ローになぜ他所を見ているのかを聞く。
「大したことじゃない」
「最近も気になってるんですか?」
「気にはなる」
「教えてもらえないってことですか」
「お前には余計に理解出来ないだろうな。それに、奴等に言うのなら言うつもりはねェ」
無理矢理聞き出すのは止めた。
「話題が尽きました」
「話題が一つなのに良く来れたな」
彼はくくく、と笑う。
確かに、話題不足だった。
膨らませる予定だったんだ。
「じゃあ、ローさんはなにかありますか?」
「好きな食べ物は知っておきたい」
「私の話題ですか?」
「おれの話題で今の時間を消費したなら、お前の話題だって出されても可笑しくないだろ」
結構恥ずかしい。
「私はリンゴが好きです。リンゴならなんでも過ぎです」
「確かにリンゴの時には良く笑みを浮かべている」
「そんな分かるような顔、してました?恥ずかしいなぁ」
「気づいてない奴しかしない」
「あ、良かったです。ローさんは周りを見てるんですね」
「そうだな。特にお前を見てたからな」
「なッ。そ、そういうことは聞いてません!」
気が動転している。
ローはストレートに好意を伝えてくるからどう反応したら正解なのか。
エロスが漏れ出しているような。
赤面して、ローから数歩離れる。
しかし、手の伸ばしてきた男により足の行き場がなくなる。
断崖の背に追い詰められた錯覚さえ感じ、掴まれたまま、彼はジッと色のついた瞳で焦がしてきた。
ス、と瞼を薄く降ろしまつ毛が影を作る。
色気が凄い、とポジティブな感想が出てきた。
「友人でも気軽に触れる……だろ?」
そんな……そんな、健気な言い訳を……。
思わず悶えたのだが、キュッと心臓が締まる。
彼の顔の様子といい、哀愁を感じた。
「少しだけなら、まあ」
更に手の力が加わる。
離してくれと言ったら話してはくれそうだが、いう気になれない。
「迷惑なら振り解け。嫌でないならこのままでいるぞ」
こちらは座ったり立ったりで忙しい。
再び座らさられると、手を掴まれたまま話が続けられる。
手がかなり気になるけど。
好きになりそうな己はチョロい。
しかし、理性を総動員して留まる。
すきだとこんなにストレートに言われるとだれだって心揺れる。
目がふらふらして、吸い込まれそう……。
「いやではないですが、友人以下の状態でこれは駄目なのではないですか?」
船長としてそこは守るべき倫理とか。
海賊だから焼け石に水なのだろう発言だなと自分でも思う。
少しでもローに離れてほしくて。
しかし、むしろ加速させた。
「おれが一方的にしているから無視しろ」
「私も少し受け入れてしまってます」
「そうなのか?それならおれの勝ちは見えてるな」
とても愉悦を感じる男の瞳に俯く。
確かに彼の手のひらで転がされているけど、ローは優しいし、とても気持ちを伝えてくれていて、不安とは無関係。
熱を帯びながらもトロッとした視線。
この視線が段々苦手になってきた。
私はそんな目で見られるような価値などない。
自己評価が高い人間などそもそも民間人にいるのか?
よほど高飛車か、じぶんを評価しまくるヤツだ。
そのどちらにもあてはまらず平凡に生きていきたい私。
ここにいる時点で真逆になっているけど、仕事柄仕方ない。
無関係で居ると閑古鳥になるもんね。
逃れようと手を離させ、あっさり介抱されるも木綿でゆるくヒモをつけられている感覚に陥るのはなんなのだろうか。
彼は普通の私に難易度の高い恋愛テクニックを与えてくる。
赤面をしてしまうのを隠し、ローを見ないようにした。
彼はそれを見透かしくすりと笑う。
もう少し手加減してほしい
「手だけでここまでだと更に後は楽しみだな」
「楽しみにしなくていいです!」
されては困るし、私にダメージが行くやつ。
これ以上されたら茹ですぎて溶けそう。
もう負けてもいいのでは?
既に夢にまで出てきて口説いてきているくらい、ぺたりと彼の事を考えてしまっていると知られないようにしないと。