「別れよう」
「……はァ?」
ローは目の前にいる自分の彼女を見る。
心底信じられない話を切り出された。
今までそんな雰囲気を微塵も出した覚えなどない。
「ユミル。何言ってんのかわかってんのか」
時は平成。
パソコンや携帯が溢れている世界。
「うん。だってロー、私のこともう愛してないでしょ?知ってるんだから」
「薮から棒に何なんだ」
「いきなりじゃない」
「おれに不満でもあるってか?」
「あるよ。当然」
まるで今更、とでも言いたげなユミルにローは信じられない思いだ。
自分が一体何をしたというのか。
(別れる?)
ローが先程の言葉を反響させているとユミルが、うんざりしたように呟いた。
「ロー、私ね。疲れた」
「……!!」
「女の子からイジメとか嫌がらせとか、もうね、耐えられないの」
学生が本業である二人は当然、未成年。
ローは昔からモテた。
それゆえ、ユミルが妬みや恨みを買う事が多い。
クラスや女子、色んな人間から酷い仕打ちを受けている。
ローも前々からその話は耳に入っていたし、実際に嫌がらせの数々を見た。
それに、限界がとうとう来てしまったのだろう。
「お願い、私と……別れて……」
哀願され、ローは頷く事しかできなかった。
これ以上は自分のせいで彼女が傷付く姿を見ていられなかったのだ。
「ありがとう……ごめんなさい……」
「謝るな。お前じゃなくておれが全部悪いんだ」
罪悪感を背負わすような真似をして、本当に悔しくて辛い。
自分がもし彼女を幸せに出来る方法があるならば──。
「なァ、ユミル。最後におれの頼みを聞いてくれるか?」
「……うん」
縋る気持ちだった。
「おれ達が卒業したら、また付き合ってほしい」
「…………」
「無理にとは言わねェ。今度は絶対ェに幸せにしてやる」
そして、彼女は一つの涙を流して静かに頷いた。
だから、その日までは僕が幸せを掴んでおくから。
***
マリッジブルーの心情
「はぁ~」
今日は一体何度ため息をついただろうか。
このままでは酸素がなくなってしまうかもしれない。
なんて程にユミルは繰り返していた。
「ユミル」
「あ、ロー……」
「また考え事か?」
「う、ん」
ギュッと後ろから抱きしめてくるローに身体を預ける。
トクリトクリと鼓動が聞こえた。
今のユミルの精神状態は所謂、マリッジブルー。
結婚を控えた花嫁は不安に胸を苦しませている。
「ローはさ」
「ん?」
「不安じゃないの?」
内なる思いを花婿たるローに聞く。
ローは完璧過ぎる人間で。
ユミルには眩しく、とても釣り合っているようには思えない。
マリッジブルーの心境は更にユミルのネガティブさを増幅させていた。
「今更なに言ってんだ。結婚できませんって言いてーのか?」
「ち、がう」
わかっている。
今、ローがどんな表情をしているのか。
きっと笑っている。
彼はユミルのことがお見通しだろうから。
「お前と結婚できて、何が不安だ?んなこと、思うわけねェ」
「っ……」
「お前は何も考えずに、おれのことだけ考えりゃァいい。わかったか?」
「うん……ローって凄いよ……」
「当たり前ェだ」
だって、ずっと不安に押し潰されそうだったユミルが今は清々しい気持ちになっているのだ。
彼と結婚できる。
そう思うと、もうユミルは怖くなどなかった。
「ロー、大好きだよ」
「くくっ。おれは愛してる」
多分、彼には一生敵いそうにない。
ユミルは最強の花婿の頬に目一杯感謝の幸福に満ちた気持ちのまま唇を送った。
その後、新婚夫婦を知るキャスケット帽子を被る友人は語る。
「幸福を撒き散らす程の夫婦だな、あれは」と──。
そして、溢れる程の幸せを噛み締めさせられるのです。