「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫だよロー」
リーシャは笑いながら、また明日ね、と手を振り家に入っていく。
おれは彼女を見送るとアクセルを踏み自宅への道を走らせた。
おれの恋人であるリーシャと付き合って早3年になる。
付き合い始めたのは彼女が15歳でおれが17歳の時だった。
おれとリーシャはいわゆる先輩と後輩という関係だったが、彼女が中学を卒業すると同時におれに付き合ってほしいと言ってきた。
おれも当日、自分だけが彼女に片思いしているのだと思っていたものだからあの時はさすがのおれも言葉に詰まった。
両思いだったおれ達は当然付き合い、今でもずっとその関係は続いている。
だが、そんなおれ達……いや、リーシャについてはある問題があった。
さっきはあんな風に笑ってはいたが、リーシャの家は世間でいう、家庭崩壊というものを抱えていた。
毎回のようにリーシャはおれの部屋に来ては、ぽつぽつと家について話していた。
そういえば最近家庭の事をあまり聞かなくなったような気がする。
「いい兆候か……」
おれは、世間体や周りなんかどうでもいいと、ただあいつが笑ってくれればそれでいい。
だから、どんな事よりも彼女を優先させてきた。
おれは家に着くとリーシャからの、今日もありがとう。というメールに返事をしてベッドへと沈み、睡魔に導かれるがままに眠った。
翌日、リーシャが来ると思っていたおれは不審に思い、電話をかけた。
「只今留守にしておりま……」
規則的な留守電の声におれは首を傾げる。
「出掛けてんのか?」
おれはこの時、得に気にする必要はないと思い電話を切った。
それから夜中の2時頃、普段こんな時間に鳴らない携帯の着信音がおれの耳に入ってきた。
「一体誰だ……」
携帯の画面を見ると、そこには“ナミ”の文字。
こいつは昔からのおれとリーシャの共通の友人でありリーシャにとっては親友でもある女だ。
「どうしたん「リーシャはそこにいる!?」」
おれの言葉を遮って泥棒猫屋は焦ったように聞いてきた。
「来てねェ、……なにかあったのか」
「そう……、」
おれの言葉に一気に冷静になったのだろう泥棒猫屋は、
「リーシャと今日一日中、連絡できなかったのよ」
「どこかに行ってるんだろ」
おれの言葉に泥棒猫屋は、ありえない。と言い
「だって今日はあの子とショッピングに行く約束してたのよ……?」
と言った。
確かにおかしい。
おれはずっとリーシャと付き合ってきたが、あいつが約束をすっぽかすなんてするような奴ではないはずだ。
「なにかあったのか気になってあんたに電話してみたけれど、そこにもいないなんて……」
「泥棒猫屋、あいつはおれが探す」
おれはいても立ってもいられなくなり、頼むわよ。という声を聞くと電話を切り、急いで部屋を出た。
「ここにもいねェか……」
おれはリーシャが行きそうな場所、コンビニ、公園なんかを探したが一向に見つからなかった。
「くそっ!一体どこにいやがるリーシャ……!」
おれは悔しさに拳を握り締めた。
そしてふと上を見上げると夜空にはたくさんの星が輝いていた。
「……!、まさか」
おれはその星に随分前にしたリーシャとの会話を思い出した。
(凄いでしょ、ローくん)
(あぁ、というかよくこんな所へ入れたな)
(うん。たまたま見つけたんだけどね、ここから見たら星がよく見えるんだよ)
(そうか、じゃあ今度の流星群が見える時に一緒にくるか)
(え、ほんと!?嬉しいな)
そんな会話を当日付き合ったばかりのおれ達は廃墟になったビルの屋上で交わした。
だが結局その約束は果たされなかった。
あいつの家庭の事情で他の事に構っている余裕がなくなったからだった。
だからおれはあれからあそこに行っていない。
おれは記憶を頼りに廃墟のビル目指す。
「ここか……」
おそらく彼女はこの屋上にいるだろう。
ビルは廃墟なのでおれは仕方なしに階段で上を目指す。
「はっ、やっと着いた」
息切れしながらも錆びれた扉を開く。
ギギギ……と古い音を立てた扉の向こうには微かにだが人影が見えた。
「……リーシャ!」
「……!!、ロー?」
その人物は思った通り、リーシャだった。
彼女は驚きに目を見開いていた。
「よく、わかったね」
何が、と聞くまでもなくリーシャは私の居場所が、という意味だろう。
「まぁな」
おれの言葉にリーシャは少し笑い、その瞳を伏せた。
おれはそんなリーシャに近寄ると抱きしめた。
リーシャの身体がビクリと震えたが、気づかないフリをする。
「何があった」
「なにも、ないよ……」
「嘘をつくな」
「本当だよ」
「……じゃあなんでこんな所にいたんだ」
意地を張るリーシャにおれは逃れようのない言葉を問うと、リーシャは、うっ、と喉が詰まる気配がした。
クク……こいつは何年経ってもこうゆうところは全くかわらない。
おれは内心笑いながらリーシャの言葉を待った。
「ローには敵わないなぁ」
「フ、当たり前だ」
リーシャは、降参。と言うとおれの腕からスルリと抜けた。
そして前を向く。
「離婚、するんだって」
淡々といった口調で言われた言葉におれは目を見開いた。
「いっつも両親がいつ離婚するのか不安だったけど、案外平気だった」
こいつは今どんな表情をしている?
「ね、ロー」
「なんだ」
おれが答えるとリーシャはようやくこっちへ向いた。
「今の言葉、嘘だよ」
リーシャは微笑んでいた。
「本当は悲しいし、悔しいし、別れないでほしかった」
「でも、今更私が何かをしてももう……」
おれは彼女の言葉に我慢出来なくなり最後まで言う前に己の胸の中に、今にも脆く砕けてしまいそうなリーシャを抱き寄せた。
「頑張ったな」
おれが一言、そう言うとリーシャがおれの服を握り締めた。
「うん……」
リーシャは小さく頷くと静かに涙を流した。
そしておれ達はしばらく過ごすと、お互いの手を繋ぎ階段へと続く扉をくぐった。
冷たい手を繋いで
(一緒に住むか)
(え、)
(嫌か?)
(っ、ううん!住みたい!)
(じゃあ決まりだな)
(ふふ、ロー)
(あ?)
(ありがとう)
(……それほどでもねェよ)