今まで家業である雑貨屋を継ぐのはお前だと何度も言われてきた。
殆ど洗脳や呪いに近い。
一つ下の妹が居るのだが、その子は愛想良くて顔も広い。
しかし、彼氏を連れてきたからと言っていきなり後継者をその彼氏にしようとするなんて思ってもみなかった。
「は?今、なんて」
父の発言は人生を否定するのと同等なのだ。
「ああ、だから、その」
キレているのを感知しているからか相手は恐縮している。
「ねぇさん。父さんをあまり苛めないであげて」
健気さを演出しているのだろう妹が口を出してくる。
煩い、今は父に話しかけてるんだ。
「あんたは黙ってなさい」
「こら、なんてことを言うんだ」
叱ってくるけど、今自分が言ったことよりもなんてこと、なんてあるのか。
「そっちこそ何?いきなり後継者を変更なんて酷いと思わないの?」
「うっ」
今まで口を酸っぱく言い続けてきた癖に、今になって主張を変えてくるだなんて大人として恥ずかしくないのだろうか。
そもそも、妹達に店なんて任せては潰れる。
「じゃあ、私はどうなるの?用済み?……はっ。成る程。この家は身内を切り捨てるってわけか。上等。じゃあ縁なんて必要ない。今日を持って私は貴方達となんの関係もない他人になるわ」
冷たい空気で宣言する。
そこまで言わなくてもと父親が言うが、たった今生活する仕事を無くした奴が良く言う。
そこまでと言えるその神経が分からない。
「主張をコロコロ変える店なんてどこからも信用されないから」
約束は破る。
赤の他人に、会ったばかりなのに店を任せようとする。
絶対にここに居座ればいづれこちらに丸投げしてくる。
そして、好きな所だけ自分達の功績にでもするだろう。
そんな使いっぱしり人生なんてごめんだ。
言いたいことだけ言って店を出る。
そのついでに魔法で真実を流布しておく。
明日からあっという間に妹が連れてきた男をあっさり後継者にして姉を追い出した店と悪評が立つ事だろう。
マイナススタートとしてはかなり甘めになっている。
大体、この田舎町で雑貨屋が営めたのは素材を取ってきてタダ同然で仕入れていたからだ。
赤字にならずにギリギリ保てていた。
それを自分以外の家族は知らない。
教えたらあれしろこれしろと、それこそ使い倒されていたからだ。
でも、店をやっていっていたのは一重に後継者だからだ。
その頑張りを無視した家族達の末路など興味もない。
いや、ほんとはあるが、あっという間に潰える。
経営なぞしたことも手伝ったこともない妹といつ別れるかもしれない男を抱えた父はきっと上手くいかない。
一応父には妹にも手伝わせてはどうかと言ったが本人は逃げるし、父もお前が居るから必要ないさとチョロい言葉を言う。
溜め息を吐いて転移の魔法を使う。
友達曰く、リーシャの魔力は多いという。
その友達に魔法を教えてもらったのでこうやってなんなく使えている。
視界が変わり目前には立派な扉がある。
ベルを鳴らせば数秒程して白衣を来た男が出迎えてきた。
「やぁ、ロー」
どうした、こんな夜に。
そう問われてぐっと詰まる。
衝動的に来てしまった。
「店からもういらないって言われた。縁切ってきた」
簡潔に説明すると色々察したらしい彼は入れと進めてくれる。
「もう行くところは決まってるのか」
「ないよ。あったら良かったんだけど」
「じゃあここに住め」
前々から打診されていた提案に渋る。
でも、やはり迷惑ではないか。
ここに来たのは単にローが居て愚痴を聞いて欲しかったからだ。
決して住みたいから押し掛けたのではない。
申し訳なさに肩身が狭くなる。
気を遣わせてしまったのだろうな。
眉をハの字にして遠慮すると彼は腕を取りぐいぐいと中へ押し込めようとしてきた。
ちょっと乱暴である。
そんなに中に入って欲しいのならと足を渋々入れた。
いつものようにアルコール臭がする。
医薬品などの匂いもする。
ここはローの研究施設で、彼だけしか使っていない。
「で、追い出されたのか?」
「いんや。自分から出てったの。親がバカなこと言うからこっちから最後の縁をぶっち切ってやった」
後悔していない。
反省なんてものはする理由もないのでしていない。
そもそも、するべきなのはあちらだ。
されても戻る気はミクロンもないが。
フッと己のアホさに笑う。
「私が彼らを甘やかして付け上がらせちゃったのは確かね」
「こっちに来い」
ローがさらに奥へと誘う。
無防備に進むと幻想的な景色に切り替わる。
ここは確か研究用に作った空間と聞いているので何も危険はなかったはず。
いや、聞いてから手を加えられているならば何かしらある可能性もあるが男から入れと言ったので無いと願いたい。
「あそこまで行くぞ」
歩けば歩くほどカラフルな淡い色が視界を彩っていく。
どうやらパステルな空間に彼が変えたようだ。
なかなかな少女趣味。
「恋人予定の人用?」
考えられるのはそれくらいなのに、ローはあっさりとお前に、とぽろりと溢す。
「えっ?」
あんぐりとなるのはそうするような性格ではないと分かっているからだが、ローにもロマンティックなところが眠っていたのだろうか。
こちらの困惑を彼は全く気付かずに更に進んでいく。
「お前は毎日働き過ぎなんだ。ちょっとは休め。今回の事は長い休暇とでも思って好きに過ごせ」
そんな労りをされるとは。
サプライズかなにかだろうか。
「私、邪魔じゃない?」
「邪魔ならさっさと火を付けて追い出している」
ローの言葉にプスッと空気が抜けて笑みを並べる。
「邪魔じゃないなら、お願いしようかな」
彼はそっと手を差しのべてくれた。
それに重ねたのは信頼の証。
後日、妹の男が店の金を持ち出して夜逃げしたと彼から聞いた。
勿論、店どころか家すら無くした元家族。
まぁ、誰でも予想できた。
噂などなくとも勝手に自滅するのは目に見えていた。
初めから盗むのが目的だったのではないかと今なら分かる。
「新種の花が咲いたぞ」
ローの研究を手伝いながら、瑞々しい木々を眺めて穏やかな日差しに薄く微笑んだ。