──パンッ
とある無機質な空間になんとも生々しい音が響いた。
「最っ低ー!」
女の子の怒りに満ちた表情に対して頬に紅葉を咲かせている男の子は無表情。
そんな男の子の態度に女の子は怒りを表にしたままどこかへ行ってしまった。
(う、うわぁ……最悪だよ……)
先に言っておくが、私は別に見たくて見たんじゃない。
こんな修羅場の中に堂々と道を歩けるわけがなかったから隠れただけだ。
そんな事を考えていると今だに残っていた男の子がこっちへ向いた。
(あ、やばいっ!)
私は慌ててこの場を離れようとしたが男の子に声を掛けられたことによりそれは叶わなかった。
「覗きとはいい趣味だな」
「……!、ち、違います!私はただ……」
私は言葉を続けようとしたが途中で飲み込んだ。
「あ……すいませんでした…………」
私が謝ると男の子は驚いたように目を見開いた。
「素直だな……」
「は、はぁ……」
私はどう反応したらいいのかわからずにいると男の子は私の前までやって来た。
「名前は?」
「え?あ、リーシャ……です。貴方は……?」
「おれはローだ」
彼がそう名乗ると私はローくん、と呼んだ。
「ローでいい。なんだ?」
「そ、その……ほ、頬」
こちらが言いにくそうに言いと彼は何を言いたいのか理解したようであぁ、と呟いた。
「こんなの気にならない」
「で、でもすごく痛そうだよ……!」
彼は平気だ、と言ってニヤリと薄く笑った。
「あ、えぇーと。私手当するよ?」
彼の笑みにドキリとなったが、私は彼の赤くなった頬が気になった。
私がそう口に出すと彼は一瞬考える表情になったが、すぐにじゃあ頼む、という言葉に私達は保健室に向かう。
「こんな感じでいいかな?」
私達は保健室に入るとローくんを椅子に座らせてガーゼを頬に貼った。
「あァ、ありがとな」
「どういたしまして……!」
リーシャがそう言うとローくんはふ、と柔らかく笑った。
(うっ……!)
不覚にも私はその笑顔に心臓が跳ねた。
「そ、そういえばローくんはなんで女の人に叩かれたの?」
私は跳ねた心臓を隠すように咄嗟にそう聞いた。
「あー……なんだ……その──」
ローくんはこちらの質問に言葉を切らしながら言いにくそうにしていた。
(聞いたらだめだったかな……?)
そう思いローくんに聞いてごめん、と謝った。
「いや、謝らなくていい」
「でも……」
言葉を続けようとするとローくんは保健室にあるグランドが見える窓に顔を動かした。
「今からおれが思っている事を話す」
「う、うん」
私は夕日に照らされたローくんの横顔を見て少しだけ切なそうな表情をしていたことに驚きながらも頷いた。
「昔から勝手に女が寄ってきた」
(え、自慢ですか……)
ローくんの初めの言葉にそう思ったが、彼が真剣に話していたから言わなかった。
「だからおれは女を女と見ずにただ遊ぶだけの物だとずっと思っていた」
「…………」
「まァ、お前は酷いなんて思うだろうが、おれはそう考えないと、本気になって壊れてしまうのが怖かったんだ」
「え……」
彼の意外な言葉につい声が出てしまった。
(怖い……?)
どういうことなのだろう?
全く縁がないような話だからただ他人事のようにしか解釈できない。
私の声にローくんはつまり、と続けた。
「相手が遊びでおれに近づくのにおれが本気になるなんて馬鹿らしいってことだ」
そう言うと私の方へ向いた。
「だから自分から距離をとるの?」
「結果的にはそうなるな」
自分の事なのにどこか他人事のように言った。
私は違う、と感じた。
彼は本気にならないと言っていたけれど、ローくんが馬鹿らしいと言った時微かに声が小さくなる。
(あ、そっか……)
「ローくんは、寂しいんだね」
「なんだって……?」
私が呟くと彼は少し眉を下げた。
「だって、ローくん言ってる事が変だもん。相手が遊びならローくんは本気にならないなんて、まるで」
自分は誰かを好きになりたいって言ってるみたいだよ。
私が最後の言葉を言い終わった瞬間、ローくんがガタンと椅子から立ち上がった。
「っ……なに、言ってんだ」
ローくんは苦しそうに絞るように私に言った。
「ローくん、本当はわかってるんじゃないの……?」
私は動揺している彼に最後の質問をする。
私はただローくんをこのまま終わりのない考えから助けたかった。
私のさっきの言葉で確信に変わったローくんの心の中。
本人は無自覚だけど誰かを求めるような目を見たとき私はローくんの心は寂しさで溢れそうだと思った。
私はローくんを真っ直ぐ見ていると彼は大きく目を見開いた後、片手で顔を覆った。
「お前は……そう思うのか……?」
「うん」
私がそう答えればローくんはそうか、と泣きそうに呟いた。
「確かにそうかもしれねェな」
ローくんは私を見ながら言葉を一つ一つ噛み締めるように言った。
「だが、おれはその前に好きとか愛なんてどんなものかさえわからねェんだ」
「どういうこと?」
私が聞くとローくんは立ったまま答えた。
「いままでろくな付き合いなんてしたことなんてねェんだよ……」
彼はばつが悪そうに目を背けた。
「そうなんだ……」
そう言うとローくんは自嘲を含んだ笑みを見せた。
「でもおれは、お前にその事を気づかされても何もかわらないと思う」
また寂しげな瞳を見て私は胸がギュッと締め付けられた。
「そんな事、ないよ」
叫びたい気持ちを我慢しながら彼に伝わるように言った。
私の言葉に驚いているローくんを見ながら私は言葉を紡いでいく。
「おばあちゃんが言ってたよ、人は何かをするために生まれてきたって、だからローくんは好きっていう感情を知る為に生まれてきたと思うの……」
途中で自分はなんてことを言っているのだろうと気がつき恥ずかしくなりドキドキしながらローくんの様子をちらりと伺った。
「っ……!」
(うわぁ……)
ローくんがとても優しげな笑みで私を見ていた。
「そんな事言われたことなんてなかった」
私が動揺しているのを知ってか知らずかローくんはそう言うと私の前まできて──。
「そう言ってくれてすげェ嬉しかった。」
と抱きしめられた。
本当はこういう場面であたふたするところだけど何故かその腕を解こうという気にならなかった。
「どういたしまして」
私は薄く目を閉じながら彼の心が少しでも軽くなるようにと祈った。
私達は少しの間そうしているとふいにローくんが私の肩から体を離し
「じゃあ頼むぞ」
「え、何を?」
私はローくんの言葉の意味がわからなくて首を傾げた。
「好きっていうものがどんなものか教えてくれるんだろ?」
(えぇ!?ハードル高い!!)
私にはとてもだができない相談にどうしていいのかわからなくなった。
「え、えと……」
困り果てている私にローくんは不思議そうな顔をしていた。
「じゃ、じゃあ……まずはローくんは今の自分は何がダメなのか考えることかな……?」
私は恋愛経験なんてほぼない素人だから頭を捻って捻って捻りだした自分なりの精一杯の言葉だった。
「ダメなところか……」
「うん」
ローくんは眉間にしわをよせながら考えた後わかった、と言った。
「つき合ってくれ」
「いぃ!?意味がわからないよ!」
私はローくんの思考回路はどうなってるのか疑いながら叫んだ。
目撃者、撃沈
(とりあえず友達からね……)
(わかった)
(苦労しそう……)
***
「ねぇリーシャ、知ってる?」
「ん、何が?」
同じクラスのナミが私と同じく弁当を食べながら唐突に話を切り出した。
「隣のクラスのあのトラファルガーが最近大人しいって噂よ」
「大人しい?」
「ええ。なぜか突然真面目に授業を受け始めたり、あいつの周りに女性関係の噂がなくなったりとか、そうゆうことよ」
「……そうなんだ」
私はナミの話に苦笑いする。
「あら?全く興味ないのね」
ナミは私の反応に不思議そうに傾げる。
リーシャはナミの言葉にうーん、と唸った。
「とゆうよりはね……」
「リーシャはいるか」
リーシャが言葉を続けるより先に男の子の声が教室に響き渡る。
「え?今トラファルガーってリーシャの名前呼んだ?」
「み、みたいだね……」
ナミの言葉に私はははっ、と渇いた笑みを向ける。
「ちょっと行ってくるね」
ナミは何か言いたげに私を見た。
でも私は気づかないフリをしてクラス中の視線を浴びながらローくんと廊下に出る。
「どうしたのローくん?」
「ほら、お前なんか前に女作るのはやめた方がいいって言ってただろ?」
「確かに言ったけど、全員と綺麗さっぱり……なんて、そこまで言ってないよ……」
確かにそれっぽいことは言ったが、まさかローくんと関係を持っていた女の子達を全員、関係を絶つなんて思わなかった。
「ああ、それはおれが自分で決めたことだ」
「そう、なんだ……」
なんとなく、だが、ローくんは、初めて話し日から寂しそうな表情をしなくなった。
(自分の周りを整理するか……)
「凄いだろ?」
そう言うローは褒めろと言わんばかりの笑顔でリーシャを見る。
「うん。かなり思い切ったと思うよ」
そう言うとローは嬉しそうにニヤリと笑う。
「まぁな。おれが別れようって言った時のあいつらの顔、お前にも見せてやりたかったぜ?」
ローの言葉にリーシャは別に見たくない、と思ったが、本人に言うと面倒なのでやめた。
「でも、本当に本気なんだね?」
「当たり前だ。あの日、お前に言われて自分がどんなに虚しい奴かわかったんだからな」
ローは優しく笑ってリーシャの頭を撫でた。
「わっ……!」
(恥ずかしい……)
ローの手つきが柔らかいことに驚きながら、赤面するリーシャ。
「えっ、えっと!どういたしまして……」
照れ臭くなったリーシャは慌ててごまかした。
するとローはくつくつと喉の奥で笑う。
「顔が赤いな」
「えっ!」
指摘され更に赤くなる。
──だってローくんかっこいいんだもん……。
リーシャは思う。
彼はかなりモテると知っている。
顔も整っているけれど、性格は優しい。
リーシャにしか見せない表情もある。
たまに、自分は特別なようなまそんな自惚れを感じてしまうこともあり、リーシャは慌てて首を振る。
(だめだめ!ありえないんだから)
ローとリーシャはたまたま出会い、互いを知り合っただけ。
そして、またまたローの心の穴を見抜いただけ。
そう自分に言い聞かせる。
「おい……おい!」
「あ、え?何?」
「聞いてなかったのか?」
「うん、もう一度言って……」
ローが話している内容を聞いていなかったリーシャは苦笑いしながら答える。
「だから、今日の放課後は開けとけよ」
「え、あ……うん。わかった」
リーシャはローの言葉に疑問を感じながら返事をする。
(どうしたんだろ?)
***
──そして放課後。
リーシャは教室の窓から見える夕日を見ながら、まるでローと出会った日のようだと思った。
「──リーシャ」
ふと自分を呼ぶ声に振り向く。
「ローくん」
リーシャが、ボーとローを見ているとローがリーシャの前で立ち止まり、ついっと持っていた箱を渡す。
「くれるの?」
「あァ。礼だ」
ローの言葉に首を傾げるリーシャ。
「おれはお前に感謝してんだよ……」
バツが悪そうにガシガシと頭をかくローくん。
その言葉にリーシャはもしかして、とローを見る。
「別に私はたいしたことなんてしてないよ」
苦笑いを浮かべる。
すると、そんな彼女にローは真剣な顔を向ける。
「お前にとってはそうかもしんねェ。けど、おれにとっては重大な出来事なんだよ」
そして柔らかな笑みを見せるロー。
「そっか、私もローくんと出会えてよかったよ」
救えたことに喜びを感じたリーシャはローに笑いかける。
「っ──」
ローはそんなリーシャの表情に息を呑んだ。
「なァリーシャ……」
「うん?」
「今なら、正直に言えるかもな……」
「なにを?」
そう聞けばローくんは意を決したように拳を握った。
「好きだ。お前と初めて会ったあの日から。おれがお前にこんなことを言う権利なんてないかもしれないがな」
「……ロー、くん」
私は嬉しかった。
けれど、このまま「はい」と返事をしてもいいのかわからなくなった。
確かにローくんはモテるし優しい。
だから私は自分が彼と釣り合うなんて思わなかった。
「お前がもしおれには釣り合わないと思っているなら、それはおれの方だ」
俯いていると、突然ローくんが口を開きだした。
「おれの方が不安だ。お前と釣り合える人間なのか、不安だ」
「そんな……」
そんなことない。
そう言いたかった。
「おれは今まで散々色んな奴らに酷いことをしてきた。だからおれは不幸になったって地獄に堕ちても仕方がねェって思ってる」
そう言うローくんは自分を嘲笑っていた。
「たが、もしお前がこんなおれを受け入れてくれるなら──」
「ローくん、それ以上は自分を否定しないで」
私はローくんの言葉を止めるように口を開いた。
とても賢くて、でも俗に言う女遊びが激しいローくん。
でも実は弱くて、すぐに砕けてしまいそうな、そんな雰囲気を持っている。
だから、彼は女性の体を求め、どこか心の隙間を埋めるようにさ迷っていたのかもしれない。
「ローくん。ありがと、私もローくんが、その……好きだ──」
よ、と最後の言葉を勇気を振り絞り、言おうとしたら、突然ローに抱きしめられた。
「っ、ロ、ローくんっ!」
「悪ィ。我慢できなかった」
そう言う彼は微かにだが、涙声のような気がする。
けれどリーシャは知らないふりをしてローの背中に自分の腕を回した。
狙撃者、追憶
(僕は幸せを知った)
(だからもう後悔などしない)
***
告白され、晴れて恋人同士になった二人。
不安な日々から解放された彼は、色んな意味でとても凄い。
「リーシャ」
「リーシャ。トラファルガーがまた、呼んでるわよ」
ナミがニヤニヤしながら言ってきた。
リーシャは恥ずかしさに顔を赤くする。
「今行くっ」
「いってらっしゃい」
彼女の楽しげな声に見送られて、ローのいる廊下へと向かう。
扉を通るとすかさずローがリーシャの前に立ち塞がる。
「昼ご飯、食べに行くのか?おれも行っていいか?」
「うん。ローくんはお弁当じゃなかったっけ?」
返事にドキドキとしながら尋ねる。いくら恋人同士とはいえ、まだ付き合い始めて数週間。
慣れるわけがない。
こんなに熱烈なアプローチは初めてで、いつも心臓がバクバクだ。
「あァ。そうだけど、リーシャが食堂に行くって言ったからやめた」
「そ、そっか……」
(私の為って……!)
きゃああ、と内心悶える。
顔も性格も完璧な彼。
いつもいつも、リーシャをとろけさせる。
時々、溶けてなくなってしまってしまいたくなるような仕草や行動があって、顔が赤くならないことなどない。
「行くんだろ?奢ってやるよ」
そう言ってリーシャの手を握るロー。
その体温に身体が強張る。
「だから……放課後はもちろん、デートしてくれるよな?」
「っ……う、うん……」
確信犯な彼は、本当に意地悪だ。
恩を売らずとも、リーシャはいつでも首を縦に振るというのに。
「なァ、リーシャ」
「な、何?」
余熱がまだ冷めない顔を上げてローを見る。
慈愛に満ちた表情と目が合う。
「おれは、おれを見つけられたような気がする」
ずっと、悲しくて淋しい心を埋めることも出来なかった青年。
がむしゃらに何かを求めた。
その結果は、ただ空っぽの空気を掴んだような気持ちしか残らなかったのだと言う。
しかし、ある一人の少女に出会ったことにより、その心は温かいもので満たされたとか。
「行こう、ローくん」
一匹狼、平穏を知る
***
あぁ、最悪だ。
私はヒュッと意識が遠くなりぼんやりとしか考えられない頭でその言葉を繰り返す。
思ってみれば、今日は何かと悪いことがありすぎたのだ。
珍しく早起きし、学校に着いたと思って喜んだはいいが朝から元気なお花係の人にホースの水を事故でかけられ(冬なのに)、その後は必死に謝られたから笑いながら大丈夫、と体操服に着替えた。
そしてその後は授業中に寝ていた私の一つ前の席の生徒に先生がチョークを投げつけたはいいが、コントロールができていなく私の額に直撃し危うく気絶寸前で、皆に笑われた。
そして悪運の最後が今現在である。
先生に頼まれてプリントを制作し、もう夕日が落ちかける前にやっと終わり誰もいない教室に鞄を取りに行き、さぁ出ようかと机から一歩踏み出したところで最近安定していた過呼吸の発作が起きるという絶体絶命の危機。
誰もいない教室に一人、もう放課後が過ぎていて廊下には人の気配は一切ない。
私もここまでか、と苦しさに滲む涙の生温さを感じながらゆっくりと目を閉じる。
「おい、目ェ開けろ」
全く音が聞こえなかったのに私の耳には予想を超える声。
ぱちりと今だ過呼吸を起こしている顔を少しずらせば、涙で見えないが学ランがぼんやりと歪んで見えた。
「……ひ、だ……」
「袋は……ねェか」
私を見下ろす男の子だろう人はそう呟けばしゃがみ込むのが見えた。
私は仰向けのままそれを目で追えば、次には唇に少しかさついた感触と呼吸を感じ、驚きに固まった。
それから数分程それは続き私は徐々に空気を吸えるようになる。
「……助けて、くれたの?」
「……袋がなかったからな」
視界がクリアになりその人物があの有名な(いい意味でも悪い意味でも)トラファルガー・ローだと知り、彼にその数日後に「好きだ。助けたんだから当然付き合ってくれるよな?」と電撃告白されることに私は──。
ある意味悪運がいいのかもしれない
(そういえばなんであんな時間に学校にいたの?)
(……本読んでたからだ)
(熱心なんだねー)
お前が気になって帰らなかった、なんて言えるかよ。