気付いたらどこかに居たというのはお話の展開にはどうってことないくらい使い古された展開だろう。
しかし、しかしだ、この私では弱すぎてお話にならないと思う。
現にボロボロになって凍死しかけていた。
それを救ってくれたのは近所に住んでいる子達で、なんと、海賊になったばかりの子達というのだ。
海賊ってなに?と意味としては分かるが子供がなるようなものではないと流石に分かる故の疑問が口を出た。
海賊っていったら海賊だと言われて互いに無言タイムで変な出会いでしたね。
そんなこんなで過ごしていたが、一番年下なのに何故か船長と呼ばれる子供に養われるしかないわたしだが、一番年上なので食い扶持はある方が身の置所もあるというものか。
なにをやらせても駄目で、体力も筋力もないリーシャは、最終的に洗濯物係になった。
干すのでもなく、回収でもなく、ゴシゴシするだけの係だ。
干すのにも時間が掛かる上、回収も重くて動けなくなるという身体のハンデのせいだ。
正直ゴシゴシもほかの子がした方が早いので、本当に慈悲ありの待遇。
これで皆と同じ三食付きとか、優遇されまくりだ。
だから、皆の母親役をすることにした。
悩みを聞いたり母さんと呼ばせたりね。
船長ことローにも呼ばせようと頑張ったが絶対イヤだとのお言葉をいただく。
リーシャがなんの前触れもなく死んだのは乗船して9年か、10年後くらいのことだろうか。
多分、皆より年上だとか、私の世界でこの年齢が筋肉も昔より動かなくなったとか、油断とか、色々あったのだろう。
一瞬のことである。
洗濯物をいつものようにゴシゴシしてから腰が痛くなったので楽な体制になろうと背中を伸ばした時。
足が石鹸と水に塗れた床を滑った。
つるりと滑って床に頭を強かに打ち付けたのだ。
ゴチンとなったかは分からない。
痛みと共に訳も分からず死んだ。
***
大慌てで血相変えてやってきた奴からなんとか聞き出した時には正に地獄に突き落とされるという気分。
足早に向かうと既に担架に乗せられ医務室に連れて行かれているところだ。
医療用ベッドに寝かされた彼女を一通り見終わる。
周りが大丈夫ですかと聞くのに首を横に降るのがその時出来たこと。
既に事切れている。
頭は陥没しており、幸いなところを探すのなら即死だったことか。
全員呆然と亡骸を見つめていた。
後日、静かなる葬式が開かれた。
遺体は水葬される。
葬式が終わると皆各々のタイミングで居なくなる。
かくいうローも酒を飲まずにいられない。
いつもならお小言が飛んできたかもしれないが、誰もそんな事を言う気力はない。
「……母上、か」
勝手に母親になる宣言をして、反抗的なロー以外は親愛を込めて呼ばれていた。
一度くらいは、軽口で言ってやれば良かったのだろうか。
「勝手にぽっくり行きやがる」
まだ若い。
まだまだこれからだと全員信じてやまなかった。
ローもそう思っていた。
まさか、海賊業となんの関係もない事柄で死なれるとは。
流れ弾に当たったのなら当てたやつを復讐出来たが。
「どうやって石鹸と桶に復讐しろというんだ、バカ」
一言文句を言うとスコッチをグイッと呷る。
味わうなどしない、乱暴な飲酒。
誰も止めないその行為を、今は誰もが揃って連動させていた。
***
水葬された亡骸はやがてグランドラインの底へ到達する。
ぷくりぷくりと箱の空気を出すそれを魚は突く。
そんな最中、一つの意識が生まれ落ちる。
意識の中の定められた理を一部、ほんの僅かだけ開示され、成程と納得した。
無理な異世界を渡る行為はそもそも肉体的に無茶苦茶な事だった。
故にあのとき転んで一撃だったのは、体という器は既に限界だったのだ。
あっさり死ぬのにクレームもなかったので、事の経緯を知って驚きと共に僅かな心残りが浮かぶ。
寿命は既に迎えていたが、長生き出来た。
しかし、早すぎるその死は周りを大いに驚かせてしまったことだろう。
グランドラインにある生物の生命を司る霊脈を感じ取った。
悪魔の実がこの世に存在する理由が一欠片だけ理解出来た気分になる。
霊脈と言っているが勝手に私が命名しただけだが。
不思議な世界と思っていたのでこういうのもあるのは当然なのかな。
それにしてもずっと漂うのも楽しくない。
なにかないかなと探すと骸と共に固形の石鹸が収められていたことに気付く。
香りの良い石鹸を良く探していたので、皆リーシャを石鹸が好きだと思っていたのだ。
好きでも嫌いでもなく、仕事だから選んだってだけなんだけどな。
唯一の仕事だし。
石鹸に触れた時、これは良い触媒だとわかった。
少し時間は掛かるけどうまくいけば肉体を得られるかもしれない。
失敗すればずっとこのまま。
ふふ、皆驚くだろうな。
長期戦を胸に眠りについた。
覚醒したのは強制的に起こされたのだと知ったのは、とある男に何度もふりふりブンブンされたから。
いやいや、わたしこれでも結構深いところに居たよ。
「良い匂いのする箱なんて怪しいに決まってる」
男女の揉めている声が聞こえる。
それにしても人として生まれ変わる事が出来たのかな。
死んだのは覚えている。
あ、もしかして実は仮死状態でしたとかいうオチ?
それならなんとか幽体離脱で納得させられそう。
色々問答していたけど結局見ることにしたみたいで開く音が聞こえた。
「「うわあああ!!」」
「し、死体!?」
「よくよくみたら箱だろこれ、雑だな」
「ゾロ、お前冷静過ぎるだろ!」
かなり鼓膜に響くが、漸く動けるようになった。
──ぱち
「目、目を開けた!」
「ゾンビだぞこいつ!」
「い、ゴボ!違いますよ。生きてます」
「喋りやがった!」
リアクション良いな。
「眠ってたところを引き上げられただけですね。不幸な事故みたいなものですよ」
「眠ってた?」
人魚なのかと疑惑を持たれるがそんな不思議生物ではない。
しかし、体が変質しているのは感じるから純粋に前とは違うことは分かる。
異世界転生を果たした時点で他の存在とはかけ離れていることを考えるべきだったかな。
でも、頭を打ち付けて死亡しているから考える暇はなかった。
それに、寿命短かったようだしさ。
かくかくじかじかと説明し、死んでしまったことは隠しておく。
言っても信じてもらえないでしょ。
それに、私が言ったら気持ち悪いし。
相手を不安にさせる必要はない。
ロー達は元気にしているかな?
もう生まれ変わったんだから関わる気はない。
なんせ、彼らとはもう死で別れたので、死人は死人のままでいい。
そもそも私みたいな弱い人間があそこに居るのが可笑しかったわけで。
彼らはもう別の世界の人間だと割り切るのを考えた。
今直ぐは難しいけどね。
と、思ってたのにルフィ達がシャボンディ諸島という島に言った時に決心の意味が崩壊した。
そこに、なんとハートの海賊団も居たのだ。
知らなかったけど、この島には集まる事があるらしい。
本当に知らなかったんだけど!
ルフィ一味をハートの海賊団の船員は五度見した。
リーシャそっくりな女が居たからだ。
しかし、彼女を確かに水葬し、死も確認したので他人の空似である。
そして、薄っすらと目の色も違う。
「船長、似すぎてますよ」
あれから四年以上経つ。
年齢的にもあちらが若く、本人ではない。
ルフィが天竜人をぶっとばした後は話す機会があったがやめておいた。
「リーシャ!行くぞ」
ルフィが名前を呼ぶと彼女はうんと元気良く言う。
ナマエも同じなどと。
「ちょ、ちょっと待て!」
シャチが名前も同じと知り我慢出来なくなった様子で彼女の腕を取る。
「ん?」
きょとんとした女はこちらのことなど初めて接したように見てくる。
「なんですか?」
「う、いや、あの」
なにを言おうと言うのだ。
「リーシャ」
「ナミさん」
そんな空気の中、麦わらの一味の女航海士が近寄る。
「あんたは一回ちゃんとしてみたら?」
「え、でも」
「どうせいつか向き合わないといけなくなる日がくるわ」
そう言うとナミはシャチの方を向いて半目になる。
「サングラス男。この子をしっかり守るこよ。腕を取った責任を持ちなさいよね!」
「へ!?」
シャチが目を白黒している間にナミは彼女を置いていく。
置いていかれまいとついていこうとするリーシャは諦めたようにローの所へ来た。
「こんなことになるなんて」
気落ちした態度で渋々後ろについてくる女に誰も声をかけられぬまま、逃げて、船にたどり着いた。
仲間たちに出向を伝えて彼女を見るが顔を顰めて不機嫌そうにしていた。
「お前はこっちにこい」
見の置き場をなくしていたので来るように言うとついてくる。
麦わらも何故ついていくように言ったのか突き止めねば。
「お前はおれたちの知り合いに似ている。なにか心当たりがあるか?」
「……ある」
「それは」
「でも、信じないから言えない」
ローはどういうことだろうかと思案する。
蘇ったと言われれば素直に祝福するのだが。
「言ってみろ」
「簡単に言うね」
ふ、とやけになった顔でこちらを見る瞳にどうしようもなく焦がされる。
「どう言えば満足なんですか?」
「どういう意味だ」
「私がなにか知りたいから連れてきたわけですよね?」
「ああ」
「私は一度死に、この世界の肉体で生まれ変わりました」
噛み砕いても良く分からない言葉に絶句していると彼女は朗らかに笑う。
「私は正直ここでは足手まとい以下で、ずっと身の置き場なんてなかった。誰も知らないことですがね……貴男に私の苦しみなんて分かりっこない。あの時死んで良かったと今では心底思いました」
長年共に暮らしていて情はあったけど、誰よりも弱いのは自覚していたからね。
離れて良かったと思う。
死ななくても下船してた。
あそこまで強烈な気持ちを伝えるつもりはなかったが、関わらないつもりだったのにここへ引っ張って無理やり吐き出させた彼が悪い。
私だって本心くらいはオブラートに包める子だ。
言えないと言ったの癖になにも言わず向こうへ去ってしまったローをやれやれと見送る。
船の上だから他に行きようがないけどさ。
彼はそうでも私を放置していかないで欲しいよ。
「そこの人──ちょっと良いですか」
船長室を出て知っている子に声をかけた。
驚いた顔をした子はトボトボと来る。
流され易さは変わらないようで安心安心。
おたくの船長さんがどこかへ行ってしまって暇なので船を案内してくれと言う。
とりあえずはじめまし初めまして感を出す。
彼にとってら過去の船員とそっくりな女と話すなんてやり辛いだろうが、こなしてもらう。
なんせ、連れてきた責任というものがあるわけで。
彼はなにか言いたそうにチラチラ見ていたが、私はスルーした。
言いたいのなら言えば良い。
言わないのならこちらも答える気はない。
トラファルガー・ローと同じことになるから、最後の方にして欲しいけど。
なにもせずに単に案内をするだけの存在として機能してくれた。
「船長となにを話したんだ」
最後に堪らず聞いてきた。
ローに聞けばいいとシンプルに答えた。
彼が言うか言うまいか知らんがな。
「リーシャ!……?」
思わずと走り寄ってきた船員。
遠目で見間違えたのか、死んだことを忘れてしまって、間違えたのか。
「確かに私の名前はそれですが、なにか用ですか」
知らないフリをして首を傾げると悲しげになんでもないとUターンしていく。
「この船の人達は私を誰かと間違えますね」
困りますと最後に付け加える。
船員はビク、としてあるき始めた。
本当に別人なら失礼千万と気付いたみたい。
生まれ変わる直前は皆と会いたくて堪らなかったのに、今は別人だと自覚していた。
同じようにしようとしても私は過去の人間となったのだ。
嬉しさと冷静さが半分に分けられている。
寝床はどうするつもりなんだと思っていると女性船員の部屋に連れてこられた。
そういうや、この部屋で寝ていたな。
そういうとこは忘れてしまっていた。
あれから四年以上も経つのだから薄れていても仕方ない。
それよりも、四年も経っていて私の若い姿を良く見分けられたものだ。
「いい匂いするなお前」
共に寝るからか、パーソナルスペースが近い。
前々からそんな子だったが。
私には遠慮してほしい。
それにせっけんの精霊なのでいい匂いはデフォルトなのだ。
私からはなんにも匂わないけど。
なんと、せっけんを作る事が出来るのだ。
戦闘にも役に立たないけど、商売は出来るよ。
ルフィ達と別れたらせっけんを売っていこうと思っている。
るんるんな気分と憂鬱な気分が同居している。
早いところ出ていきたい。
と、もだもだしているこちらを焦らすようになかなか問が来ない。
あの人ならば真っ先に尋問してくるのだけど。
いつの間にか落ち着いたとか?
なあんて、油断していたらグイッと手を引っぱられて一室に追い込まれた。
実態があるからいとも簡単に捕まる我が身。
犯人はイケメンに定評がある若人、トラファルガー・ロー。
こんなところに引っ張ったりして、まさか……欲求不満だったりして。
洒落になんないからやめとこ。
考えを変えて、睨むように見てくる男の相手をする事にした。
「やっと本体のお出ましですね。早く尋問して開放してくださいな」
「信じてやる」
「え?信じるってまさか」
「生まれ変わったんだろ」
現実主義でもあるローのセリフに笑えてくる。
「すみません。アナタをからかったんです。でも、貴方が悪いんですよ?だって真剣に聞いてくるものですし」
信じるとは片腹痛い。
「やめておけ。この数日、お前を観察して、細かな癖を見た。一致する」
「願望の思い込みですよきっと。高名な海賊の方が鵜呑みにするとは思わなくて、失礼いたしました」
「嘘はいい」
参ったな、願望にしても思い込みが強くないか。
結局、一対一を開放してもらえなくてするりと頬を撫でられた。
「なにするんですか!?離して!」
セクハラである。
変態の行動である。
己の危険を察して暴れる。
「そうだと言ってくれ」
相手は冷静に言ってからゆるりと抱きしめる。
こちらは息を飲んだ。
こんなこと、されたかとなかったのに。
悲しさが滲む声と共に胸が痛む。
「はな、して」
「離さねェ。二度と」
心が歓喜に震えた。
あんな足手まといでろくに仕事も出来ないのろまな自分。
どれだけ平凡だと思い、誰よりも弱く、海賊などという職に付いてしまった結果。
相性が単に悪かったこともある。
村で生涯を終わらせるのが似合い。
ずっとそう思いながらも彼らとの旅が楽しくてしがみついていた。
「もう、やめて」
「言え」
ローは話してくれなく離してくれなくて泣きそうになる。
いや、もう涙が溢れそう。
「私は死にました」
「死んで生まれ変わることもある。生き返るやつだっている」
確かに居るけども。
「もう他人なんです。私達は」
1から初める、と彼は断言する。
そこまで言われるような人間ではない。
「重いですから」
「前は仕方なく手放してやったんだよ」
死んだ事に手放したと比喩する声は強い。
全く、この天然が。
さらりと口説いてくる。
こういう手腕で船員達をメロメロにしているな。
私も無論、知っているし好ましく思う。
口には出さないようにしている。
出したら、きっと、もっと近くに来ちゃうよ。
ローはそういう人だ。
するりと入り込む能力に長けている。
今まで出ることがなかった涙がボロっと目から流れ落ちる。
止められぬそれに目を閉じた。
「戻ってこい、リーシャ」
「……はい、ローさん」
いつになっても私は彼に甘い。
そう実感する。
「お母さんと呼んで下さいね」
「自分より年下の母親を呼べるか」
ズバッと言う言葉にやっぱりローはローであると納得した。