○月○日○曜日
日記を書く事にした。
今日は記念すべき初ページの一歩である。
此処で何よりも一番書いておいておきたいのは、私事リーシャは世間から何故か煌びやかな令嬢と言われている事だ。
生徒から言わせれば小悪党感が滲み出ているとか、ないとか。
ぶっちゃけふざけるなと言いたい。
事の発端はいきなり一ヶ月前に季節外れの転校生がやってきた事だろうか。
それが始まりではないような気がするがこの際関係ないかもしれない。
ただ私の婚約者がヘタレの俺様だっただけで、家よりも自分の幸せを選んだにしか過ぎない。
今日から日記を始めようと思ったのは婚約者から破談、婚約を破棄させてもらうと一方通行の言葉を貰ったからだ。
それを聞いた途端、私の心はあらぶった。
何故だか分かるか?
それは怒り、ではない、ベタ過ぎてせせら笑ってしまったからだ。
転校生にコロッとやられて婚約破棄するなんてどこの世界だ!
あれは小説やら妄想やらの産物だから書ける事なのである。
実際に次期当主の男児が好きな女出来たから婚約は無しにしてこいつと結婚する。
勿論ハッピーエンドだよね!?なんて展開はやってこない。
考えてもみてくれ、無理だ、リーシャという名前は女だからではない、美人とか無難とかではない。
その名は家名があってこそ成立するのだ。
しかもこちらの家と婚約者の家の地位はほぼ同率、ほんのちょっぴりこっちが優越なのである。
しかも、婚約していながら女に乗り換えてあまつさえその女と付き合いこちらを捨てる男の会社は落ち潰れていくだろう。
学生の身分でそこまで酷い展開にならないと思うかもしれないが、それは道徳や倫理の問題が大きい。
確かに若いのに罪を擦り付け過ぎるなんてあるが、貴族社会、現実社会で大きい額の金を回している会社は横の繋がりも大きく、次期当主というだけで株にも影響が出るだろう。
ちょっと愚痴ったらストレスが減ったので今日はもう寝よう。
そういえば隣の席のトラファルガーくんは婚約者の破棄という修羅場をしている時にも呑気に寝ていた。
ああいう態度の人は自分的に羨ましい。
無関心というのは何よりもストレスを溜めないものだ。
○月○日○曜日
二日目の日記。
三日坊主の私が明日もこの日記を開いている事を祈る。
○月○日○曜日
婚約者ハゲろ
○月○日○曜日
昨日の日記を見て、今とても驚いている。
昨日は怒りに任せて書き殴ったので何を書いたのか忘れていたらしい。
人は怒りに燃えると我を忘れるらしいと知る事が出来た。
よしよし。
トラファルガーくんの寝顔は今日も清々しい程無関心だ。
見習いたい。
○月○日○曜日
さて、私がコナミカン漂う悪役令嬢みたいに言われている原因はぶっちゃけると禿げてまえの婚約者のせいだ。
転校生が最近元気がないらしい、だからお前のせいだろうと。
アホですかバカですか?
どう見てもあんたの家から転校生に圧力とか権力とか掛かってるに決まってるでしょバカですね。
そんな事にも気付かないなんてこいつの未来はお先真っ暗。
でも、会社で働く社員が路頭に迷うのは駄目だから将来的にこちらで併合して元婚約者の次期社長室を乗っ取ろう。
トラファルガーくんについて少し気になったので少し、ほんの少し調べてみたら、彼は大病院のご子息だった。
あまりに情報が少ないので苦労して手に入れた情報がこれっぽっちとは……。
○月○日○曜日
また元婚約者が難癖を付けてきた。
煩いな、とハエを叩き落とそうとするとトラファルガーくんが突然顔を上げて元婚約者に「この前から煩くて眠れねェ」と睨んだ。
確かに内容はバカだが煩いのは無関心でも我慢出来ないよね。
私もそれに同意したので元フィアンセに向かってもう婚約を破棄したし、弁護士にも接近禁止命令が時期に出されると伝えた。
男は唖然となってまた怒鳴りちらしてくる。
鬱陶しくなって証拠を提示しろと言うとそんなものはないと言い張るのでバカはバカな回答しか出来ないのかと呆れ果てた。
今になって婚約破棄された事をこんなに幸運に感じた事はない。
相手がこんなにバカならば自分の関係有る親の会社を託す事なんて破滅するようなものだ。
トラファルガーくんが「頭が悪くなるから喋んな」と言ったらバカは口を間抜けに開けて放心したので内心笑う。
ざまあみろだざまあみろ!
○月○日○曜日
元婚約者が来なかった。
来ないだけでこんなに平和なら彼が金輪際来なくなったら世界から争いがなくなるのだろうか。
トラファルガーくんも安眠している。
寝顔が可愛いことに気付く。
寝返り、顔オンリーだが綺麗だ。
昨日も代わりに言いたいことを言ってくれたし、何かお礼がしたい。
初めての試みだが、彼が起きると話しかけてみた。
寝ぼけ眼だ、何だかこっちまで照れる。
試しに昨日は助かった、何か恩を返したいから出来る範囲で何か求める事はないかと聞く。
すると彼は目をきっちり開き「お前と併合したい」と言ってきた。
トラファルガーくんの大病院よりも規模が小さい会社と併合?
それはトラファルガーくんにとってデメリットしかない。
○月○日○曜日
併合の件で親と話して許可というか、寧ろ喜んでいた。
それを持ってトラファルガーくんの所に許可が降りたと言いに行くと彼は頷いてその一週間後、何故かテレビで私とトラファルガーくんの婚約したという発表がなされた。
わあい?わっつ?意味が分からない。
大体併合だってデメリットなのに婚約までするなんてデメリットの更にデメリットしかない。
電話で確認するとトラファルガーくんは自分の親は納得していると言っていた。
そんな事を言っているのでも聞いているわけではない!と訴える。
けれど、トラファルガーくんは結婚は学生を終えたらという事を告げた。
○月○日○曜日
この日記はもう一年も続いている。
三日坊主の私が三百六十五日続いているんて……。
というわけで何となく記念して読み返すと最初は婚約者の婚約破棄から始まったのに、何故か途中でトラファ……げふんげふん。
危なかった、苗字で呼ぼうとうっかり間違えたらその夜はお仕置きされちゃうので気を付けねば。
途中でローの事ばかりの内容になって、埋まっている。
今読み返して思い出したけれど「俺と併合」と言うあのセリフは会社と併合ではないという事だった、と言う衝撃的な事実がある日に知る事となる。
あれは寝ぼけて変な言葉を使ってしまっただけと言うこと。
ローはそれを説明した日、私が勘違いをしていたと知り、少し不機嫌になってしまった。
理由を二時間ほどお仕置きされた後に聞き出すと「浮かれた自分がバカに思えただけだ」と言った。
それはつまり勘違いで了承したからお互いに微妙なすれ違いを起こしていた事によるものだと察して嬉しくなった。
確かに最初は違ったし、気になる程度の異性という認識だったが、今は違う。
あと、元婚約者と転校生だが、予知していた通り転校生の方が婚約者の家の圧力に折れて別れた、以上、終わり!
リーシャは最後にささっと走り書きをしてノートを閉じる。
それを鍵付きの机の扉に仕舞う。
それと同時に部屋の扉が音もなく開かれた。
「ロー、ノック忘れてるっ」
「したら着替え中でも隠せちまうだろ」
「その為のノックだよ!」
顔を出したのは大病院を持つ親の次世代を担うロー。
彼は悪戯に笑みを浮かべる。
「明日は早い。寝かせにきた」
「私大人だけど……寝かせてくれるの?ほんとーに?」
ジト目になるのは確信犯とかだからだ、彼が。
ローは意味深に口元を上げてからリーシャの手を取る。
「明日の夜はぜってェないが、今日はその分たっぷり寝てもらおうと思う花婿なりの優しさだ」
「……明日も優しさを残そうとかいうのは」
「ないな」
「で、す、よ、ねっ」
カァと赤くなる頬を隠すように俯くとローが耳元で囁いた。
「婚約破棄っつーのも悪くねェな」