キラーのもとへコーヒーを持って向かうと、また向かいに座り一口飲む。
「キッドが気に入った理由が分かった」
「そうですか、私には迷惑なのですがね」
「くく……そう言ってやらないでくれ」
可笑しそうに愉しそうに笑う彼の声音に耳を傾けながら色んなことを喋った。
殆ど中身のないものだったが飽きなかったのでキラーは話を聞くのも話すのも巧みなのだと思う。
それから別れた後は先程まで眠っていた部屋を使えばいいと言われた部屋へ向かった。
その扉の真ん中に立っていた男がいたので内心疲れたため息をつく。
「いかがしましたか」
「特に意味はねェ」
「ではそこを通らせてもらってもよろしいですか?」
キッドはちろりと後ろを見ると横に移動したので扉を開ける。
そのついでとばかりに彼も入ってきたので黙々と椅子を用意してベッドの近くに置いて椅子に座る。
「ユースタスさんはそちらに座って下さい」
「……俺がか」
「立っていても私は構いません」
「…………お前はあの女の仲間か」
無言でベッドに座ったキッドはそんなことを聞いてきたのでまたか、と思いながら説明する。
「彼女は船員ではありません。普通の一般人で、ある事情があって一時的に船へ乗っていただけです」
「あいつはハートの海賊団だって言ってたぞ」
「自称ですね、それは」
「お前は?」
「答える義務はありませんが、私は船員ですかね」
「適当過ぎるな」
「私が何と言おうとどう捉えるのかは貴方の自由ですから」
「…………成る程な。つーかあの女とは真逆だなお前」
「同じであったなら私は私ではありません」
別にこの答えは理屈ではなく思ったことを言っているだけだ。
そう答えると彼はちんぷんかんぷんだという顔で、首を傾げる男に微かに可愛いところもあると密かに思った。
そして互いに無言になると相手は頭の後ろをガシガシとかいて唸る。
「もしかして怒ってんのか」
「貴女は自分が何をやらかしたのか自覚しているんですね」
「…………あのカンナとかいう煩ェ女とは反応が違い過ぎて興が削がれてるだけだ」
言いにくそうに答えるキッドに小説で読んでいた性格を考えるとかなり細かい人間なんだな、と妙に感心した。
本では実に我が儘で傍若無人な男というイメージが強かったので逆に海王類の餌にされなくて良かったと安堵する。
と、ゆるりと会話していると邪道娘が来た。
「ユースタスさんここにいた!」
「ちっ…………煩ェなァ」
舌打ちに「おや?」と心の中で意外な反応に驚く。
小説でキッドはヒロインのじゃじゃ馬な性格を好感触に感じていた筈なのだが、さすがは現実的な反応と言えるのかもしれない。
ここまで空気が読めないと煩わしく思ってしまうのかもしれないと内心失笑してしまう。
いやはや、実に生々しい海賊時代だ。
彼女はそんな事をすっかり失念しているのだろう、嬉々として彼に文字通りべったりである。
気付くべきものに気付かず、原作に沿おうとして今を生きている人達を危険に晒す事を省みない。
例えこの先のシナリオが周りの人間を巻き込むと知っていても平気で進めるのだろうと、小娘に冷たい視線を向けたが、カンナは全く気付かなかった。
本はあくまで作者が運命や試練を考え意図的に与えて主人公達を動かすという都合主義で読者の快楽を満たす択肢が無数にある人間にはほぼ当てはまらないのだと長年の経験で熟知していた。
でも、ほんの少しはやはり原作を元に動いているのも確かなのだとキッドに拐われて一週間後にロー達ハートの海賊団が海の中から突如として現れて実感する。
本来の物語でも助けに来たので今回も例に漏れなかったようだ。
その登場にキッド海賊団は特に驚いてはいなかったが戦闘態勢にはなっていた。
仮にもハートの海賊団の一人を拐ったのだから来るのは予想出来ていたのだろう。
別に不安ではなかったがこうして迎えに来てくれたことは結構嬉しかった。
やがて浮上してきた潜水艦が全貌を現して、入り口の扉が音を立てて開いて船長のローが出てきてくれたので知らないうちに安心感を密かに感じていて、むず痒くも感じた。
「うちのクルーを返してもらおうかユースタス屋」
ピリリとする殺気を含ませた声音でそう進言した船長にキッドは挑発するように笑っていた。
キッド海賊団もハートの海賊も全員が表に出払っていて一発触発な雰囲気で今にも戦争しそうな空気だ。
そんな空気を飛散させるのはやはり空気の読めないヒロイン(もうヒロインから降板しそうな子)である。
「あ!トラファルガーさん迎えに、むぐぐぐう!」
「はい、静かにしましょうねえ?」
もう遠慮もフォローもするのを止めたリーシャはカンナの余計なことをするお口を手で塞ぐ。
彼女は何をするのだという目をこちらに向けるがこちらにはこちらの都合がある。
もう好き勝手にはさせないと、にこりと受け流す。
するとローは安心したような顔をしてリーシャへ戻ってくるように言う。
これが原作ではヒロインを指名するのだが彼は自分の名前だけを言った。
それにびっくりしたのはカンナ。
「え!?な、なんで、トラファルガーさんっ……!?」
「元々前の島までの約束だ。後はお前の勝手だろうが」
「…………え、ど、どうなって…………」
失意の最中である彼女を横目にキッドへと頭を下げて別れを告げる。
「一週間お世話になりました。おやつとても美味しかったです。あと、マニキュアが少し剥がれていますよ」
「また来いよ」
キッドは爪を見てからこちらに笑いかけるとキラーもまたな、と言ってくれる。
貴方達海賊団にしておくのは少々もったいないよ、と心の中で言う。
常識が有りすぎて苦笑してしまう。
今だ魂の抜けた状態の彼女を置いて梯子を降りると、もう一度頭を下げた。
「その女は好きにしろ」
「おれもいらねーんだよ。つーかお前の女じゃないのか?」
「仲間にした覚えもねェな……行くぞお前ら」
「うす!」
周りにいた船員達に声をかけてからローはくるりと背中を向ける。
すると、焦った声が聞こえてきて、そういえばカンナは何を選択するのだろうと微かに気になった。
もうシナリオを完全に逸脱したのだ。
何が起こっても予測出来ないだろう。
「待ってトラファルガーさん!私を置いていくの!?どうして!?」
「何言ってんだアイツ?」
シャチが首を捻るのは当然で、まだ一ヶ月しか触れ合っていない人間に投げ掛ける言葉としては色々可笑しい。
そもそも敵かもしれない可能性をまだ誰も捨ててはいないのだ。
だが、ここまで明け透けな事を言う少女が賢いわけはないと皆見抜いているだろう。
「ロー船長」
「なんだ」
「迎えに来てくれてありがとうございました。あと、少しだけ出航を待ってもらえないですか?」
「?、何でだ」
「お願いします」
転生したのは偶然かもしれない。
けれど彼女、ヒロインも多少気取っていたところや、人間の命を軽んじていたりと認識に難ありだった。
だが、同じ人として同情はしている。
助けるつもりはない。
だから、ほんのちょっと年上として学ばせるくらいは許されると思う。
「カンナさん。この世界は貴女の知っている世界かもしれない。けれど、今貴女の目の前にいる人たちは生きているの」
「???」
彼女の頭にはクエスチョンマークが飛んでいるように見えた。
「この世界は、貴女の知っている薄っぺらい世界ではない、ということですよ!」
これで伝わらなければもう何も知らない。
彼女には考えさせるという選択肢を与えた。
あの怒濤の誘拐事件から早一週間が経過した。
結果として述べておきたいのは、彼女──カンナはユースタス・キッドの船ではなくトラファルガー・ローの船に乗ったこと。
そして、少しだけ角が取れたというか危機感を覚えたようで前より行動が軽率ではなくなった。
まぁ原作からほど遠いシナリオになったのだから当たり前だが。
もう一つ変わったことと言えばリーシャによく「貴女もトリップしてきたの?」という質問をしてくるようになった。
煩わしくて堪らないので違うと言って黙らせたのはつい最近のことだ。
恐らくあの説得のような説教のセリフを覚えているからこその問いかけだったのだろうが、迷惑甚だしい。
「船長、お呼びですか?」
「ここに座れ」
頷かれ、呼び出された船長の自室にある椅子に座る。
何か用なのかと少し怪訝に思いながら相手を見ると、こちらを同じ様に見ていた。
切り出されるのを待っていると飛び出したのは意外にもカンナが口ずさむように述べていた事柄。
「お前はあの女と同じ世界から来たのか」
「いいえ…………彼女が夜になると度々この世界の事を一人でに呟くので勘違いを訂正しただけです」
「勘違い?」
本当は少し語弊があるが、独り言が大きかったことは確かで、この世界を薄っぺらい紙だと言っていたのは事実である。
「この世界をことある事にシナリオで回る世界だとぼやいていたので私達の心臓は紙切れではないと言ったまでのことです…………まさかとは思いますが船長は彼女が言う言葉を信じたのですか?」
皆の前で貴女も私の世界から来たのかと惜しげもなく聞いて来たので一刀両断したのだが、その噂をローも聞いてしまったのだろう。
ある意味彼女の知る世界を知る人間ではあるかもしれないが、あくまで自分の故郷や生まれた場所はこの世界だと思っている。
転生したからと言ってこの世界の人間ではないと否定されるのは、いくらモブだとしても悲しいのだが。
悲観的になっていれば、彼は難しい顔をして「違う」と首を振る。
そして、船長は立ち上がりこちらへやって来て目の前で止まると琥珀色の瞳を揺らした。
「お前が例えどんな奴だとしても別に気にしねェ」
「それはそれで結構複雑なんですけど……」
「くくく……お前はお金に人生をかけるタイプだからそれがブレるなんて考えにくくてな」
「んん……確かにそうですねぇ」
自分も想像してみるがお金に無頓着な未来が想像出来なくて納得。
くつくつと笑うローに賛同すると更に笑みを深くする相手は本当に楽しそうだ。
長年見てきたがなかなかお目にかかれない顔。
少し驚きつつ見つめていると再度目が合いかちりと合わさる。
「どうした?」
「いえ、珍しいな、と…………!?」
呟くように報告すると、いつの間にかローの嫌みな程整った顔が近付いてきた。
びっくりして固まると頬に浅黒い手が伸びてきてスルリと頬を撫でてくる。
「せ、んちょ?」
「お前は色恋には疎いんだったな」
「そんなの……」
(もう恋する年頃じゃないし……!)
とは、この雰囲気ではさすがに言いにくいので必然的に黙ってしまう口。
普段もそんなに喋らないが今は違う意味でムンムンとした濃い艶やかな空気に口が開かない。
脇役なのに、と自分に言い聞かせ何とか頭を動かす。
さもなければ、この空気に押されてしまう。
「やだな……私なんかに色恋を、なんて……何かの罰ゲームですか?」
普段あまり浮かべないヘラリとした笑みに彼は騙されてくれるだろうか。
「……ほォ?あくまでシラを切り通すつもりか」
でもそこはやはり百戦錬磨の色男。
ニヤッとした不適な笑みにゾクリとなる。
実は前から知っていたことがあるので言ってみるが……時々船長のリーシャを見る目が熱い時があったり、一緒に飲むコーヒーの時間に触れてくる指先が悪戯に、そして欲情的に弄ぶ時もあった。
これらをまとめて、相手がこちらに対して船員以上の感情を持っていることにはかなり前から気付いていた。
なので、逃げよう…………。
「あっれ?開かない…………んですけどっ」
つい敬語を忘れドアノブを回すも、虚しい空回りの音しかしない。
内側から鍵が掛けられているようだ。
「もしもの時に能力で先手を打っておいた」
絶句した。
まさかカンナに使った閉じ込め作戦を使われる等予想も出来なかった。
「せ、船長…………落ち着きましょう?取り敢えず外に行きませんか?」
パニクッているのがバレているのか、こっちに忍び寄る虎の人。
こういう時、ヒロインが空気を読まずに突撃してくるのがベタなのだが、そんな願いは届かない。
「別に無理矢理しようなんて思っちゃいねェ。ただ、じっくり話すだけだ」
「え、ええー」
どう見てもそんな雰囲気ではないし、追い詰めてくるので明らかに同意を得たら即刻色々行動に出るのだろう。
「う……私はヒロインじゃないのにぃ……」
「寝ぼけたこと言うんじゃねェ…………あの女もヒロインじゃねーんだよ」
「船長が言うと現実味を帯びる……いたたっ!」
グリグリと肩を掴まれ、良い笑顔で見下されたのを最後に船員と船長──-という関係は見事に散っていった。
何をされ、後々どうなったのかは…………前向きな想像をしてもらえればいいと思う。
モブはモブのまま散ることが大切だと学びました
end