それは巨大な水槽の中の脳だった。学園都市第五位、食蜂操折の
「
そしてそれは、本来の利用者ではない私に、不法に接続されている。
「カテゴリー005「読心潜航」、対象特定。木原幻生」
試運転により、私の握る老人の脳から「科学」の情報が抜き取られ、私の脳に流入する。
「うん、正常に動作しますね。登録に2日かかるとか言ってましたけど、12分26秒42で行けたじゃないですか」
記憶を抜き取った老人の頭蓋を握り潰した。ファイブオーバーの機能によって操作された細菌が、老人の脳をDNAの欠片も残さずに食い散らかした。
(でも原作での生き汚さ見るに、これくらいやってもまだ生きてる可能性あるんですよねえ)
原作では自身をデータ化して肉体を捨てる荒業までやらかした科学者だ。だからこそここまで徹底したが、まだ隠し玉があっても正直驚きはしない。
(まあ、とはいえ。こっちは本質じゃないですからね。
そもそもというもの。この巨大な洗脳装置を
魔術について無知である以上、魔術について多く知る者の脳内を見る必要がある。
「カテゴリー005「読心潜航」、対象特定。土御門元春、
それでも、「声に出す」というひと手間を要するのは、効果範囲・応用範囲が広すぎて本来の能力者ですら「切り分けなければ」制御不能な
思ったこと全てを実現できてしまうがゆえに、敢えて口に出したことしかできないようにするセーフティーなのだ。
もちろん、こうした『魔術師の名前』を直接指定して声に出すのは、
だが、周辺の
本来の
そして、魔術師と言えども、視覚外からの、そして未知の
端的に言えば、魔術の知識は、あっさりと私の脳に流入した。
「う」
さて。魔術の知識と言うものは、現実を生きる人間にとっては毒だ。特に原典など、1冊であっても発狂ものだ。
故にこの
「うげぇぇぇぇぇぇっっっっぷ!!!!!!」
それでも。誰一人この時間軸では魔道書の原典を所有しないとしても。一切の魔術知識がない人間が、急に4人もの優秀な魔術師の脳からデータを読み取って、無事であるはずはない。
単純な「発狂」の域ではない。脳の神経接続がぷちりぷちりと物理的に寸断されていく。静脈から異様な方向に血が流れ込み、全身が青く内出血する。鼻や目、陰部などの弱い粘膜は爆発したかのように血が垂れ、心臓は不安定かつ異常な強さで鼓動する。
もし仮に。私がプロセッサスーツを着ていなければ。プロセッサスーツに電気ショックと圧迫止血、鎮静薬物の投与等の搭乗者保護機能が限界まで備わっていなければ。ここで死んでいた。
「けど」
ただし。それもまた私の想定のひとつだ。それそのもののデータを、私は取る必要があった。つまり。
「これで『魔道書の毒性』についてのデータが取れた」
私が着ているプロセッサスーツは、高性能の駆動鎧であると同時にスパコンでもある。そして、多機能のセンサーを搭載したそれは、例えるならば「スマートウォッチの超スゴイ版」とも言うべき形で、装着者の身体データから脳波まですべてを記録・解析する医療機器でもある。
最終的には多くの原典を読破しなくてはならない都合、魔導書の毒性の解析と克服は必須の課題だった。
そして、そのデータを科学者として解析する。一瞬で異常な点に気づいた。
「……これ、本当に『異界知識の理解の齟齬』で済ませていい問題?」
確かに、いわゆる「SAN値が下がる」とでもいうのだろうか、脳が理解を拒む、と言うのは多少あった。
だが、そんなものは『木原』にとっては大した問題ではない。いかに理解不能であっても、いかに冒涜的であっても、それは理解を拒む理由にはならないし、科学的に解析しない理由にもならない。
もとより、冒涜的な科学を理解し、冒涜的な科学を涜神的に実験することに特化した一族なのだから。
問題はそこではない。明らかに
もちろん精神衛生が肉体に齎す影響については学園都市でも一定の研究がなされている。「耐性の無い人が見たら過重ストレスで血栓ができて死ぬ絵」くらいなら余裕で作れる。
でも、科学的には
「本編で言うところの、能力者が魔術を使った時の影響に近い?」
能力者は魔術を使えない。それは、能力者は自身の内部で魔術的に完結しており、魔術によって発生する可能性の偏り、「火花」が自身の内部で爆発するからだという。
魔力生成時に発生するそのフィードバックは、主に血管などの破裂の形で発生し、破裂する血管によっては死亡することもある。
私は能力開発を受けていない純粋な科学者だ。それでもそうした影響が出たとするならば、何らかの魔術的現象が「魔術の知識を知る」だけで発生する、そしてそれは当人の意思を問わず体を通り場合によってはショートする、と見ていいのかもしれない。
脳が理解を拒むというよりは、『身体が理解を拒む』だろうか。
身体すらも拒むその悪性情報に、心の強さで立ち向かうことはできない。
「なら端的に言って。
で、あるならば。魔導書の毒が、物理的な過程を経て肉体にダメージを齎すというのなら。それが、主として体液に干渉する形で発露するならば。
身体すらも拒むその悪性情報に、心の強さで立ち向かうことはできない。
ただし、科学の強さはそれを乗り越える。
「再学習、開始」
それは、記憶を巡る旅。……と言うと語弊があるか。エピソード記憶ではなく意味記憶を辿るのだから。
「まずは写本・旧約聖書から。新約を巡り十字教系の術式を把握」
再度、さきほど理解を拒んだ知識を読み解く。
血管の中が爆発するような異常なエネルギー活動こそあるが、
それどころか、「洗脳」によって「脳が理解を拒む感覚」すら存在しない。
「クロムウェルのゴーレム術とローゼンタールの死霊術から旧約曲解「カバラ」を逆算推定。写本・金烏玉兎集から陰陽道に接続。写本・クアウティトラン年代記からアステカ魔術を学習」
もし。魔術の知識を得るのに魔道書の毒とやらがなければ。魔術師の知識を、科学者の知識と同様に受け入れられるのであれば。
4人の魔術師の「真髄」とは、たった数百冊の本と論文に纏められる程度に過ぎない。
「完全に理解した」
で、あるならば。それは、木原にとって理解することは容易いものである。
例えば。
「『
床にまきちらされた吐瀉物と血が、少しずつ乾燥し、塵になっていく。
たったそれだけの、極めて簡素な魔術。
学園都市の能力測定であればレベル1程度の出力しかなく、戦闘転用も一切不可能。
新約聖書における十字架上の神の子の第五の言葉「
「
……それでも、たった数分前まで魔術の「ま」の字も知らなかったような科学者がその場で魔力を練り、術式を構築し、霊装も準備もなしに魔術を行使したのは驚愕に値することだった。
「基礎は合ってるみたい」
そしてそれ以上に重要なことは、私が「魔力を練り肉体に循環させる」という行為を可能としたこと。即ち。魔術師として、肉体が一定の宗教防壁を獲得し、魔道書の毒への耐性を得たということでもある。
「なら。カテゴリー005「読心潜航」、対象特定、
ならば。原典をこの場で読み解くことも、不可能ではない。数万人を同時操作できる
自分の肉体と精神を保護し、禁書目録の知識を遠隔で読み取ることも。
「やはり、原典に対してもこの対処は有効」
ただし。直前に読み取った数人の魔術師と異なり。
上条当麻によって破壊されて猶、その首輪、迎撃機構は健在だ。
たった数秒で、その機構は目覚める。「禁書の棚に触れられた」ことを感知し、迎撃の魔術を発動する。
遠くで、声がした気がした。それは、
「──―警告、第三十三章八節。記憶解析の術式を逆算。失敗。邪視の一種だと仮定し、対抗魔術を構築……第一式、第二式、第三式。
命名、『
旧約聖書に曰く。預言者ロトが、滅ぼされる退廃の街ソドムとゴモラから逃げ出すときのこと。
天使に「振り返るな」と言われていたにもかかわらずソドムとゴモラに振り返ってしまったロトの妻は、罰として塩の柱に変わったという。
ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケ、日本神話の
水槽の中の脳の3割が「塩」に変わり、水槽の中の生命維持溶液に溶けだしていく。
フィルターを挟んでいたとはいえ、私もまた無事では済まない。左目とその周囲が、左手の中指から後3本が、塩に変わる。生命維持を担うファイブオーバーOSモデルケースビギニングチャイルドが、体内にナトリウムが流れ出す前に、それを自動で斬り飛ばした。
まず、応急処置だ。細菌の遺伝子を放射線で書き換え、最低限しか拒絶反応が出ないようにした菌の塊を強引に眼窩に突っ込む。切り取られた指に張り付ける。
拒絶反応こそ出ないとはいえ、切り傷をつばで塞ぐような不衛生な処置だが、背に腹は代えられぬ。
「早めにサイボーグ……いえ、
サイボーグによって補填するか、作り置きのクローン部品を移植するか。あるいは、木原幻生の知識にある先端医療を試すか。本拠にさえ戻れば、なんとでもする手法はある。
それでも、傷は小さくない。原典4冊が齎す脳の痛みと肉体の痛みが合わせて、立っているだけでもやっとなほどだ。
……嘘だ。
とはいえ幸運なことに、その一回の魔術だけで、
あるいは旧約一巻の騒動で破壊されていたがゆえに、1回の魔術しか放てなかったのかもしれない。原因は不明だ。
「でも。原典は何冊か抜き取れた」
それでも、結論として。私は目的を達成している。
私は魔術について無知だ。それでも、
それを、洗脳により用いた。
私が必要とするのは、「魔術を科学的に体系化」するための魔道書だ。
引き出せたのは、10万3000冊の中のたった4冊。
1冊目を『金枝篇』。イギリスの学者ジェームズ・フレイザーが、世界の神話と魔術を体系化した研究書。
魔術を科学するための入門書としては、これ以上のものはないだろう。
2冊目を『千の顔を持つ英雄』。アメリカの神話学者ジョーセフ・キャンベルによる、世界の神話をいくつかのカテゴリに分類し、
世界の神話の基底構造を分類したこれを理解すれば、未知の神話に対してもカテゴリ分類による対抗が可能になる。
騎士団長のパターン魔術にも近しいところのある原典だ。
3冊目を『法の書』。現代魔術の礎を築いた大魔術師集団「黄金夜明」の1人にして世界最悪の犯罪者と謳われた奇人、そしてこの学園都市の統括理事長でもあるアレイスター・クロウリーの書いた原典。
その内容は非常に複雑であり、100通り以上の解釈が存在するとされる代物だ。作中でオルソラ・アクィナスが読み解いたのは「肉体を天使化する術式」だが。
……科学者である私の目からすると、この本が言いたいことは要は「超能力開発」なのでは? と読み解けてしまう。もっとも、これも誤った読み取り方の一つなのだろうが。
4冊目を『空飛ぶスパゲティ・モンスターの福音書』。
え?
見えてないけどこの騒動で