ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
誤字脱字報告、感想、評価、閲覧、ご指摘の全てに感謝を。
「────さて、どうしたものか」
アビドスの満天の夜空の下、学舎の屋上で胸の内に溜め込んでいた感情を吐き出すようなため息を溢す。
「まさか早瀬会計達がアビドスに押しかけてくるなんて……流石に想定外だ……」
アビドス高等学校校庭の端、資材プラントの向側に作ったログハウス群───────30分程度で作った簡易的なミレニアムの滞在施設に視線を向け空を仰ぐ。どうしてこんな事になってしまったのか……うん、悪いのは俺だった。
「この様子だとゲヘナやトリニティも生徒を引き連れて来かねないな………一応、出方の確認も兼ねて釘を刺しておくか」
ここにゲヘナやトリニティの生徒たちまでも集まって来てしまったらいよいよ収集がつかなくなってしまう。なんで第一章で三大勢力が集まることを懸念しなければならないんだ……それは最終章まで取っておいてくれ…。
「トリニティは……そうだな、歌住さんに連絡しておこう。ゲヘナは………無難に棗さんかなぁ」
桐藤さんには阿慈谷さんからもう連絡が行ってるだろうし、わざわざこっちから連絡する必要はない筈だ。蒼森団長含む救護騎士団はそもそも多忙だろうし、こっちに来るとは思えない。聖園さんについては……絶賛関係悪化中だ、考える必要はないだろう。
ゲヘナについてはそもそも話ができるのが棗さん位しかいない。羽沼総統については論外だし、空崎委員長──────ヒナに心労を掛けるわけには行かない。天雨行政官については鬼のような長文モモトークが来ていて冷静な話が出来るとは思えない。
「なんだよ文字数10,000字越えって…大学の小レポートじゃないんだぞ…」
内容については何枚ものオブラートに包まれた心配の言葉(比喩表現)なので嫌われているわけではないと思うのだが、いかんせんとっつき辛い。そもそも彼女は趣味空崎ヒナと公言して憚らない程のヒナ狂信者なのだ、そんな彼女とそこそこ仲の良い俺の事をよく思っているはずもない。
「ヒナについては………まぁ、来るわけもないか」
原作同様──────いや、原作以上に多忙を極めている彼女が他所の学校騒動に首を突っ込むとも思えない。楽園予定区画の選定や警備計画の立案、果ては書類整理や部屋の掃除など事あるごとに部外者である俺に助けを求めるほどなのだ、彼女の多忙さたるや原作をはるかに凌ぐのだろう。
「思えば最近手伝いに行けていないな……今彼女はちゃんと休めているのだろうか…」
空崎ヒナ────────もとい、ゲヘナの守護神であり先生の守り手である彼女はいくらでも助けて良いし、甘やかして良いのだ。
原作の彼女は万魔殿や温泉開発部といったお騒がせ集団に頭を悩ませ、常に疲弊気味だったにもかかわらず、エデン条約編では先生を撃たれて遂には心が一度折れてしまっているのだ。とても少女が背負って良い宿命とは思えない。
「今度先生を紹介するついでに顔を見に行くかなぁ」
しかし、目下の課題はアビドスの再開発とカイザーとの戦争なのだが………いや、これについても問題になっているのか疑問なのだが。
今アビドス側の戦力を羅列すると、ざっとこんな感じになる。
・先生
・アビドス対策委員会
・便利屋68
・アリウススクワッド
・C&C(飛鳥馬トキ含む)
・セミナー(コユキ除く)
・エンジニア部
・ヴェリタス
・特異現象捜査部
・クラフトチェンバー0号機
──────凄い、どうやったら負けられるのか逆に聞きたい位の布陣だ。もはやカイザーPMC理事が可哀想に思えてならない。
「こっちの現状を伝えて降伏してもらうのも手だな…」
正直ただで飲んでくれるとは思えないが、そこは彼も【大人】だ。あまりに損失が大きすぎるとわかれば素直に手を引くかもしれない。アビドスの土地全体を路線価の倍程度で買い取ると伝えれば、彼が役員会で言い訳する事もできるだろう。
そうなると目下悩みの種はゲマトリアとなる訳だが……ホシノを見ても黒服と連絡している様子は見られない。ここまで原作から大きく動きが変わってしまっているのだ、アビドスに干渉してこない線も考えて良いかも知れない。
「……終わった、のか?」
カイザー達の動きに先んじて行った宣戦布告から2日…いや、実質1日か。趨勢は決したと言って良いだろう、何事も無ければこれで対策委員会編は終わりを迎えることになる──────いや、本当にそうなのだろうか?
何かを見落としている……というより、考えていないことがあるような気がする。
「……いや、考えてもしょうがないか」
そこまで考えたあたりで頭を振って思考を止める。考えたってわからないのなら仕方ない、今まで通り目先のことを精一杯やるだけだ。
─────────。
「………?」
『楽園防衛機構』の敷設のための資料を取りに図工室に戻ろうとした矢先、鼓膜に何かの遠吠……否、咆哮のような音が届く。
「今の咆哮は………って」
どこか神聖さすら感じるその咆哮はどこから来たのか、視線をめぐらせて方向を探ろうとすると、徐に屋上の扉が開かれる。
「……見つけた、クロキ」
「秤さん?というより、その格好は…」
フードも被らず、都市整備部のマークが印字されたTシャツとジャージに袖を通した彼女が扉から顔を覗かせる。濡れた髪から水滴が滴り、彼女の首筋を流れている様子からシャワー上がりなのだろうか。全く、濡れたまま外に出るなんて風邪をひくかもしれないのに…。
「駄目じゃないか、ちゃんと髪を拭かないと…。ちょっと待ってて、今何か拭くもの持ってくるから」
「ううん、それは持ってる」
「持ってるって……あ、本当だ」
そう言う彼女の手にはタオルが握られている────成程、詰まるところ誰か髪を拭いてくれる人を探していたというわけか。しかし、それならアリウスの誰かに頼めば良いものを…。
「……しょうがない。ほら、こっちにきな。髪を拭いてあげるから」
「うん、ありがと」
その言葉に上機嫌になったのか、軽い足取りで先日先生と話した簡易的なベンチに腰掛ける。
男の俺が女性の、しかも生徒の髪に触るのは些か以上に問題がありそうだが、彼女に風邪を引かれても困るので致し方ない───────もし俺がここまで考えているとわかっての行動だったら、魔性の女認定を一段階あげないと不味いかもしれない。
「言っておくけど、この事はみんなには秘密だからな?」
「どうして?」
「…これ以上先生から女誑しと思われるのを避けるためだよ」
「?」
意図がわからないのか、キョトンと小首を傾ける彼女に苦笑する─────いや、もう手遅れかもしれないな。
「……本当、こんなハリボテロボットの何が良いんだか」
秤から受け取ったタオルを優しく髪に当て、水滴を取っていく。確か擦るのは髪にダメージを与えるからやめた方が良いってどこかの雑誌に書いてあったな…。
「ねぇ、クロキ」
繊細な髪を傷つけないようぎこちない手つきで悪戦苦闘していると、ふと彼女が俺の名前を呼ぶ。
「ん?どこか痒い所があるか?」
「クロキは、今楽しい?」
「…なんだ、藪から棒に」
「クロキ、あんまり元気がない様に見えたから。違う?」
俺が髪を拭く中、彼女が身体ごとこちらに向き直り、純粋な瞳が俺を貫く─────参ったな、取り繕う言葉なんてそれこそ星の数ほど知っているのに、彼女の目を見ているとそのどれもが陳腐な言い訳になるような感覚に陥る。
「……そう、だな。少し疲れてるのかもしれないな」
「やっぱり。開発業務は大変?」
「まさか、それは全然大変じゃないよ。問題なのは…」
「問題なのは?」
「────それは」
─────今の自分を薄く覆う疲労感……それは、何より不甲斐ない俺に向けられる怒りが原因だと言うことは、誰より自分が一番理解していた。
俺はこの数日、先生や生徒達に迷惑ばかり掛けている。独りよがりに未来を描いてアビドスのみんなを泣かせ、向けたくもない銃口をアリウス達に向けさせ、恩義のあるミレニアムのみんなの心を砕かせた。
まして先生の活躍の機会を奪い、彼女の足を引っ張る事しかできていないこの俺が先生と、みんなと一緒にハッピーエンドを目指す?とんだお笑い種だ、いっそ何かの落語の小噺に出来るほどに滑稽な話じゃないか。
きっと、転生したばかりの俺が今の俺の姿を見たらにっこりと笑いながら銃口を自分のこめかみに突きつけてこう言い放つに違いない─────解釈違いです、と。
「……クロキ?」
「ん、あぁ。なんでもない。それより、髪、拭き終わったぞ」
不安そうな秤の声に陰鬱な思考から現実に戻される。いかんいかん、独りよがりなナイーブな思考は捨てろと散々言い聞かせているじゃないか。今の俺はそう、先生のことを手助けするいわばシャーレのお手伝いロボなのだから。
「俺が髪を拭くのは今日が最後だからな。明日からは────」
────直後、頭に柔らかな体温が伝わる。誰の温もりかなんて、そんなの一人しかいなかった。
「────クロキはいつも頑張ってるよ」
「…俺のことを子供扱いなんて、流石はお姫様だな」
慈しむような微笑みを向ける秤に憎まれ口を叩き、そっと手を降ろさせる─────違うよ秤さん。努力は前提なんだ、そこは評価に値しない。そしてなにより、俺は俺の目指す目標に足る努力ができていない。
難関大学合格を目指す学生が、1日1時間勉強する程度で努力したと言えるだろうか?毎日3時間程度の部活を継続しただけの学生が、全国で一番になりたいと夢を語ることが許されるのだろうか?
──────俺は、俺の掲げる夢(楽園)を目指す事を許されるだけの努力が出来ているのだろうか?
「さ、もうそろそろ部屋に戻った方が良い。暖かい季節とは言え、この時間はまだ冷える」
「……わかった。クロキはどうするの?」
「もう少しここで考え事をしているよ」
「それじゃあ私も…」
残る、なんて言い出す前に食い気味に口を開く。
「ごめんね秤さん。少し一人で考え事をしたいんだ」
「……そっか。じゃあ仕方ないね」
寂しそうにしゅんと肩を竦める彼女の姿に心が痛くなるが、今の精神状態だと何か余計なことを口走りかねない。ここは心を鬼にしてでも一人になるべきだ。
ベンチから立ち上がり、そのまま屋上の扉に歩き出す─────その前に、彼女が俺の方へ向き直る。
「ねぇ、膝枕してあげようか?」
──────この子は一体何を言っているのだろうか?
「……必要ない。十六夜さんの時は極めて特殊な状況だっただけで、膝枕が好きなわけじゃないからね」
「そっか……じゃあハグとか?」
「なんでここで食い下がろうとするの⁉︎い、良いから早く部屋に戻った方が良いって!」
さっきまでしんみりした感じだったのに、急に少年漫画に居そうな強気ヒロインのゴリ押しムーブをしてくる─────ちょっとおもしれー女感が強すぎませんかね…?
「ヒヨリの雑誌にハグはストレス発散に効果的って書いてあったよ?私はクロキに抱きしめられて嬉しいし、クロキもストレスが減って嬉しい。ほら、Win-Winの関係じゃない?」
「全然Win-Winじゃないから…!ほら、部屋まで送るから行くよ!」
彼女の掌を手に取り、やや強引に引っ張って扉に向かう─────全く、お転婆なお姫様は早く錠前さんあたりに引き取って貰わないと…!
「─────クロキ」
扉へと向かうその刹那、しっとりとした蠱惑的な声が自分の名前を呼ぶと同時に彼女の顔が間近に迫る。ふわりとシャンプーの香りが鼻腔を擽り、いつかの立体駐車場の時のように俺の首筋に──────。
「───────一体、何をしようとしているんですか?」
突然屋上に響く絶対零度の冷たさを孕んだ声とともに、秤さんの動きが止まる。生暖かな吐息が首筋に掛かる中慌てて彼女の肩を掴んで距離を離し、声のした方向へ視線を向けると─────。
「生、生塩書記⁉︎」
美しい白の髪が星光に照らされ、にっこりと目元を細めて佇む我らが書記担当が拳銃を携えて微笑んでいた。
「いや、違っ、これは……!」
「えぇ、わかっています。不用心に夜の屋上で二人きりになった事も、バレバレな演技にも気付かず濡れた髪を拭いてあげた事も、クロキさんはなにも悪くありません」
「言外に悪いって言っているような気がしてならない…!」
「この前言いましたよね?女の子はみんな魔性なんですから、騙されないようにして下さいって。言ってわからないのなら、身体に教え込むしかありませんが?」
「勘弁してくれ…!」
…あれ?おかしい、なぜ俺が怒られているんだ?よくよく考えてみれば俺は何も悪いことをしていないように思うのだが…?
「ですが、一番の問題はいきなりクロキさんの首元に飛びついた貴女です。確か名前は…」
「…秤、秤アツコ」
「秤さん、クロキさんは私達ミレニアムの大切な仲間なんです。そんなクロキさんに徒らに近づき、あまつさえ口付けをしようなんて……彼に淫らな噂が付き纏って仕事に支障が出たらどう責任を取るつもりですか?」
「そうなったら私が責任を取るから安心して良いよ?」
「論点をすり替えないでください。私は、クロキさんの夢の妨げになるような事は控えて欲しいと言っているんです。そもそもクロキさんは─────」
─────ふむ、ここまで饒舌な生塩書記をみるのも珍しい。しかもその相手が秤さんとは………なんて現実逃避してる場合じゃないな、うん。
「ま、まぁまぁ!彼女はほら、ちょっと特殊な事情があるんだよ。具体的にはベアトリーチェって言うクソ野郎のせいなんだけど…」
「特殊な事情があったら誰からでも口付けされるんですかクロキさんは?」
「いや、そう言うわけじゃないけど…」
────そうだった、彼女に口で勝負して勝てるわけがなかった。そうなると俺が取るべき行動は……!
「と、とりあえず!俺は秤を部屋まで送ってくるから!すぐにミレニアムのログハウスに顔を出すから、そこで待っててくれ‼︎」
「あ、クロキさん!」
むぅ、と頬を膨らませて生塩書記を睨んでいる秤の手を取って生塩書記の横をすり抜ける────君じゃ逆立ちしても生塩書記に舌戦で勝てるわけないんだから大人しくしててくれ…!
屋上から校舎に戻る階段を小走りしながら、彼女は嬉しそうに、楽しそうに笑って俺のことを見る。
「ねぇクロキ、今すっごく楽しいね」
「俺は全然楽しくないからね⁉︎」
───────お転婆なお姫様を錠前さんに送り届けた後、ミレニアムのログハウスでこってり絞られた事をここに明記しておく。
─────────────────────────────
「────結論から伝えるわ。私は今回のアビドス再開発計画には反対よ」
突然のミレニアム来訪から一夜明けた翌日。朝食を終え、昨日と同様食堂兼会議室でユウカが口を開く。
昨日と違う点は、アビドス側の生徒がホシノちゃんとアヤネちゃん、セリカちゃんの3人だけなのと、ミレニアム側の生徒がユウカとノアちゃん、後はヒマリちゃんの3人しかいない事だろうか。
「……珍しいな、早瀬会計が再開発計画に口を出してくるなんて」
いつもより覇気のない声でクロキ君が口を開く。
さらに違う点は、私とクロキ君が2校の間に座っている事だろうか─────こうして思うと、やっぱりクロキ君の立ち位置って生徒とは違うんだなぁ。
「クロキの再開発計画には目を通したわ。流石、材料計画や予算推移表の出来栄えは見事だわ。私から見ても直すところは見当たらない」
「問題がないなら良いじゃない」
「クロキが作った計画予想図よ?問題があるわけないじゃない。問題なのは、貴方達アビドスの現状だとクロキの作ったインフラを維持できないと言うことよ」
その声とともに部屋の電気が消され、部屋の中央に置かれたプロジェクターが壁に映像を投射し始める。
「貴方達の事情は大方把握しているわ。カイザー達から借金してることも、殆どの土地をそのカイザー達に取られてるのも。本来だったらこんな再開発到底認められないけど…」
「今回はカイザー達から喧嘩を売ってきたわけですから、その件に付いてはミレニアムとしても目を瞑ります。ですが、仮に今回の再開発がうまく行ったとしてもその後の維持運営が杜撰ではせっかくの【楽園区画】も意味がありません」
「…うへ〜、それを言われちゃうと弱いなぁ」
心底参ったような口振りでホシノちゃんが項垂れる─────確かに、そもそも既存のインフラを維持することが出来ていたのならアビドスはここまで荒廃していない筈だ。そこの根本的原因……詰まるところ資金力が解決されなければもう一度再開発した所で元の木阿弥になってしまう訳だ。
「さ、再開発が完成したら人口だって増えるだろうし…収入はそれに応じて増えるんじゃ?」
「そう言うと思って、今までの楽園区画完成からの人口推移とそれに伴う税収予想図を作ってきたわ。それと【楽園区画】のインフラ維持費推移表を重ねると……」
「……うわぁ」
生々しい、あまりにも生々しいその表に思わず声が漏れる。それは、どうしようもない程に残酷な現実が数字になって現れていた。
「…持って3年が限界、という事ですか」
「そう言うことよ、それ以降はどこかにガタが出る」
「3年の間に別の収入源を見つけると言うのは…?」
「見つかるかもわからないそれに賭けて再開発を進めるべきじゃないわ。そんなの博打と変わらないもの」
「それに、今の廃校対策委員会のメンバーだけで都市運営が賄えるとも思えません。正直、5人しかいない学校では…」
正論…あまりに理路整然としたその論理にアビドス側に暗い影が落ちる──────うぅん、これは不味い。
「く、クロキ君。何か考えはないの?」
「考えですか?それなら勿論ありますよ」
「そうだよね、やっぱり考えなんて……えっ?」
それだけ言うと、徐に立ち上がって「早瀬会計、発言いいか?」と口を開く。
「……どうぞ」
「早瀬会計の懸念は最もだ。確かに、今のままだとアビドスを再開発してもすぐに元の砂まみれな廃墟然とした都市に戻ってしまうだろう」
「ちょ、ちょっとクロキ⁉︎あんた…!」
セリカちゃんの慌てた言葉に視線を送ると、そのまま続ける。
「今のアビドスが抱えている問題は大きく分けて二つ。簡単に言ってしまえばお金と人手だ─────もっとも、俺はその二つの解決策を見出してる」
「……始まった」
そう高々に宣言するクロキ君にユウカはまた始まったと言わんばかりに頭を抱え、ノアちゃんは指を口に当てて困ったように微笑み、ヒマリちゃんは楽しそうに笑う。
「まず目先の資金だけど、これは当面は楽園造園室から融資をする。期間は5年程、これで当面のインフラ維持には問題ないはずだ」
「融資って…回収の当てはあるの?」
「問題ない……と言うのも、アビドス砂漠の砂を建築資材に流用できないかミレニアムのマテリアル研究部にお願いしていたんだけど、それの研究が先月終了した。今後はアビドスの砂が【楽園区画】の主な建築資材となる」
「……つまり、アビドスにお金を貸して、返済の代わりに砂を貰うってことね。よくもまぁそんな事─────」
「次に人手だけど、これは先日武装放棄させたカタカタヘルメット団を使う。総勢100名程度、建築関係の知識を付けさせてインフラ維持に貢献してもらいつつ、行政能力をつけてもらう。随分忙しくなると思うけど…ま、そこは迷惑料と思って頑張ってもらおう」
「育成はどれくらい掛かるの?」
────普段生徒達と話している時とも違う、自信に満ちた口調。自信と自負に溢れたその言葉には、有無を言わせない説得力があるように感じる。
「─────やっぱりこうなるのね…」
「だから言ったじゃないですか。クロキさんの事だから、どうせ解決策の一つや二つ用意してるって」
「ふふっ。クロキはほんと相変わらずですね」
ミレニアムのみんなの姿を見て、私は一つの確信を抱く──────きっと、今の姿が本来のクロキ君なのだろう。夢のために、楽園のために必要なものはどこからでも必ず用意する周到さと、反対する生徒を諦めさせるほどの自信に満ちた言葉。
「…クロキ君。こんな事いつもやってるの?」
「それは勿論。再開発計画なんて反対意見が噴出するものですから。最初のトリニティなんて酷かったですよ。あの時は────」
「んん!ちょっと、まだ話は終わってないわよ」
クロキ君の言葉を遮ると、ユウカが続ける。
「解決策があるのはわかったわ。…まぁ、クロキのことだから上手くやるとは思うし、そこは納得します」
「それはなにより。それじゃあ────」
「けど!今回を機に貴方の経営してる『楽園造園室』にもミレニアムの監査を入れるから!最初は趣味の会社だからと見逃してたけど…アビドスのインフラを維持できる程資金をためこんでるのなら話は別だわ!徹底的に調べてやるんだから…‼︎」
「そ、そんなぁ……」
「ふん!」と背もたれに寄りかかるユウカ─────なるほど、最初からそっちが目的だったと言うことか。気になる人の全部を管理したいなんて、彼女も可愛いところがあるみたいだ。
「…な、なんですか先生。そんな生暖かい目して」
「いや?ユウカも可愛いところがあるなって」
「なっ…!別に私は…!」
私の言葉に赤面して口を開こうとした時、「そういえば」とクロキ君が口を開く。
「今日は飛鳥馬さん─────というより、C&Cのみんなの姿が見えないけど、どこに行ったんだ?」
「C&Cなら明け方にスクワッドと哨戒に出たわ。飛鳥馬さん……会長の直属も無理やり引っ張って行ったみたい」
「それなら良いけど……喧嘩してないと良いなぁ」
──────この時、教室の心は一つになったと思う。
「…それ、クロキ君が言っちゃだめだと思うよ」
「えっ?」
やっぱり一度この鈍感ロボットにはお話しないといけないのかもしれない。
──────────────────────────
──────窓の外を流れる景色をぼんやりと眺める。彼の……クロキの作った整然と整えられた『楽園』から一転して、砂に塗れた廃墟然とした街中を。
「んぎぎ…!あのハリボテロボットはいつになったら返信を寄越すんですか…!」
「…………」
ゲヘナ自治区を抜けてアビドス自治区内に侵入してから1時間程度。目的地であるアビドス高等学校まで半分を過ぎた辺りで、視線を私から見て対角線に座る彼女─────携帯端末を覗き込んで顔を顰めている天雨アコに向ける。
「──────アコ、最近しきりに携帯端末を見てるようだけど誰からの連絡を待ってるの?」
「い、いえいえ!別にそんな訳では…!」
私の言葉にあたふたと端末をしまうと、一度咳払いをする─────隠すことないのに。
「それより、本当によろしかったのですか?あの馬鹿………もとい、羽沼総統からの指示なく動いて」
「【楽園の設立を阻むものは任意に掃討していい】…前にマコトに出させた命令を逸脱しているわけじゃないわ」
都市整備部──────いや、楽園造園室が正式に万魔殿のお抱えの業者になった際に出させた指令書。私が彼のために動くことを許されるための免罪符。
「それはそうですが……」
「それより、ゲヘナ自治区にいるカイザーPMCの制圧はどうなってるの?」
「は、はい!既に7割を完遂していると報告を受けています!」
「そう、引き続き頼むわね。兵士の一人、弾薬の一発もアビドスに運ばせないように」
「お任せください!」
カイザーPMC……否、その親会社であるカイザーコーポレーション。元々非合法な手段も厭わない薄汚い企業と認識していたが、直接の害は現在のところ出ていない上に楽園区画から排斥されている事から放置していたのだが、彼の名前に泥を塗るようであれば話は別だ。一度楽園区画に手を出したことには目を瞑ったのだ、2度目はない。
『…君の背負っている重責は、俺じゃ測りきれない程大きいものだ。けど、疲れたら疲れたと言って良い、辛いなら辛いと言って良いんだ。力不足かもしれないけど、俺は、どんな時でも君の味方であり続けるから』
─────瞼を閉じれば、いつでもあの日の事を思い浮かべる事ができる。無理をして風邪を拗らせ、ひどく朦朧とした視界の中で聞こえた彼の優しい声色が。誰よりも頑張っているのに、誰かの事を想わずにはいられない彼の微笑みが。
「─────私も、貴方の味方であり続けるから」
「…ヒナ委員長?」
「なんでもないわ。それより、温泉開発部と美食研究会に話は通してあるのよね?」
「内々ですが合意が取れました。今回の一件が収まるまでは馬鹿騒ぎは控える、と」
「クロキの事になると彼女らも素直ね、普段からそうしてもらえると助かるのだけれど…」
「いえ、おそらくヒナ委員長の逆鱗に触れるのが怖いだけかと…」
アコの言葉に首を横に振る。
「知らないの?クロキ、美食研と温泉開発部と仲が良いのよ。と言っても、彼が甘やかしてるだけだけどね」
事実、彼女らが楽園区画で何かやらかすと決まってクロキが困った顔をしながら菓子折りを持って委員長室を尋ねてくるのだ。「この度はお騒がせして申し訳なく…」とお決まりの言葉を添えて。
「な、あのハリボテ…!委員長の手を煩わせるばかりかテロリストと手を組んでいるなんて…‼︎」
「あんまり責めないであげて。クロキはそう言う生き物だから」
恨めしそうに声を上げる彼女を嗜める────実際、あそこまで面倒見が良いのは困りものだけど、彼らしいと言えばらしい。
「…そう言えば、ヒナ委員長はクロキと付き合いが長いんでしたね。前からあんななんですか?」
「あんなって…あんまり失礼な言葉を使わないで、失礼でしょ」
「も、申し訳ありません」
「…けど、そうね。初めて会った時からクロキはクロキだったわ」
初めて出会ったのは、情報部に所属していた時だった。背の高いロボットで、人の良い笑みを浮かべてゲヘナで修繕工事を請け負うミレニアムの生徒。危険性はないけど、外部生がわざわざゲヘナで仕事をしていることから念の為監視が命じられた事が、全ての始まりだった。
『はじめまして。ミレニアムサイエンススクール一年生の鏑木クロキです。貴女は?」
『…空崎ヒナよ。私は貴方を監視するだけだから、別によろしくするつもりはないから』
監視されているにも関わらず、その監視者相手にも変わらず笑顔で挨拶した彼を、あの時の私は冷ややかな目で見ていた。
『鏑木クロキ』─────学生の身でありながらミレニアムで都市を一つ作り上げた希代の天才。向こうで発刊されている雑誌には彼の話題が大きく取り上げられており、彼の夢もそこで書かれていた。曰く、このキヴォトスを楽園に作り変えることだと。
馬鹿な夢だと思った、不可能だとも思った。ミレニアムでは確かに都市一つ作り上げたのかも知れないけど、お行儀の良いミレニアムとここゲヘナでは何もかもが違う。建設現場が爆発でもすれば、命の危険を感じてすぐミレニアムに引っ込むだろうと───────そう、思っていた。
『──────ねぇ、これで何回目?』
『大体5回目かなぁ…いやぁ、ゲヘナの生徒は元気があって良いね』
『そう言う問題じゃないでしょ……立てる?』
『ん。ありがとう』
爆発でビルの一棟が倒壊した現場でひっくり返っているクロキを引き起こした─────結論から言うのであれば、彼は何度爆発や襲撃に襲われても諦めなかった。
悪ふざけした生徒によってビルが倒壊したその翌日にはビルが二つ建っていた。建築予定地に地上30mの巨大な穴が開けられた明後日には綺麗に埋め立てられ、その上に綺麗な道路を張り巡らせていた─────多分、当時のゲヘナの生徒は恐怖したに違いない。妨害したかと思えば次の日には更に立派な物が出来上がっているのだ、悪い夢でも見ている気分だっただろう。
『…ねぇ、なんで貴方はそこまで頑張るの?』
『ん?なんだよ急に。俺のことは監視してるだけじゃなかったのか?』
『別に、ただの興味本位。答えたくないなら答えなくて良い』
彼はミレニアムの生徒だ。ここまでゲヘナのためにを身を粉にして働く必要性があるとは到底思えなかったからこその質問だった。
『ごめんごめん。俺が頑張る理由は……そうだな。誰でもない、俺が抱いている夢の為だよ』
『それって、このキヴォトスを楽園にするってこと?』
『ん、なんで知ってるんだ?』
『雑誌に書いてあった……そんな事、ほんとに出来ると思ってるの?』
『────できるできないじゃない。これは、俺がやらなきゃ駄目なんだ』
強い言葉だった。今まで聞いたこともない、強い信念に裏打ちされた言葉だった。
『……そう、強いのね。貴方は』
『まさか。強さで言うなら、君が一番強いよ』
砕け散ったコンクリートを踏み締め、『こりゃ基礎からやり直しだな…』と愚痴る姿が…なぜか、少しだけ格好よく見えた。
『私は強くないわ』
『いや、君は強いよ。俺が知る中で一番強い』
『…何を根拠に』
『ん〜…なんとなく?』
『なにそれ、馬鹿にしてるの?』
『ちょ、タンマタンマ!流石にその銃に撃たれたら俺は死ぬから‼︎』
『…まぁ良いわ。それで、貴方はこれからも続けるのね』
『そりゃ勿論。このゲヘナだって、みんなが過ごしやすい楽園に作り変えてみせるよ』
『そう、期待しないで待ってるわ。それと、これからは私も護衛として働くから』
『えっ?いや大丈夫だよ、さっきホシノ─────あぁ、めっちゃ強い生徒に応援を頼んだから。いつも通り監視だけしてくれれば……ちょ、なんで引鉄に指を掛けてるの⁉︎なんで銃口を向けるの⁉︎ちょっと⁉︎』
──────待っててねクロキ、今会いに行くから。
────────────────────────
「──────あれ?何これ?」
ミレニアム、その中でもヴェリタスや特異現象捜査部が入居しているログハウスで、サーバーと冷却音とキーボードの音だけが聞こえる中、小塗マキの声が響く。
「どうしたのマキ?何か見つけた?」
「ううん、何か見つけたわけじゃないんだけど…ほらこれ」
「これって…動画投稿サイトじゃない。ちゃんと働きなさいよ」
「まぁまぁ、そう固いこと言わず。それよりもこれ見てよ」
「うん?…これって、【鏑木クロキまとめチャンネル】じゃない」
「そうそう、クロまとね」
【鏑木クロキまとめチャンネル】──────週一回から週二回投稿される、ミレニアムの都市整備部部長である鏑木クロキの事をまとめているチャンネルだ。鏑木クロキの作った建築物や都市、果ては取材に至るまでありとあらゆる鏑木クロキの情報をまとめてずんだの妖精によって解説し、その特色や意図を細かく解説しているチャンネルであり、つい先日登録者が10万人を超えた人気チャンネルだ。
「そっか、今日が投稿日だったわね。それで、これの何がおかしいの?」
「ほらこれ。今さっき投稿された最新のやつ」
「ん?これって…?」
【最高傑作】領域支配機『Melchior』解説してみた【神の子】
「…これって、クロキの作った龍型ドローンよね?一般に公開されてたかしら?」
「というより、このサムネにある砂の都市自体見たことないよ。造形はクロキの作ったやつそのものだけど、合成写真には思えなくて」
「───これは…」
マキの言葉に首を縦に振る。合成らしさは全く感じない。それになにより写真越しにでも伝わる異様な雰囲気─────。
「コタマ、ハレ。作業一旦中止。優先事項を変更するわ」
「んえ?いきなりどしたの?」
「このチャンネル─────【鏑木クロキまとめチャンネル】の動画投稿者を探るわ。良いわね」
「クロまとチャンネルの?けどなんで?」
「理由は後で話すわ。さ、始めるわよ」
────────────────────────
──────戦時中とは思えない程穏やかな昼前。クロキ君が車椅子を押す横を並んでアビドス高等学校周辺を歩く。
「大丈夫かヒマリ?熱くないか?」
「えぇ、特に問題はありません。先生も、付き合って下さってありがとうございます」
「うぅん。私もヒマリちゃんとは話したいと思ってから」
「ふふ、光栄です」
アビドス高等学校周辺────昨夜未明に簡易的な【楽園防衛機構】の敷設を終えた所を歩いている。
「けど、本当にここら辺を要塞化したの?見たところ普通の住宅街に思えるけど…」
「いえ、今確認していますが概ね順調に稼働していますね。ほら、例えばあそこ」
クロキ君が目の前にある道路の一部分を指す。巧妙に砂で隠されているが、他のアスファルトと明らかに色が違う。
「ここら一帯は敵が侵入したら鋼鉄の槍が飛び出ます。鋼鉄を貫く材質で作っていますから、戦車だろうと貫きますよ」
「いきなり物騒だね⁉︎」
「他にも自動迎撃用の迫撃砲やトーチカは勿論、敵の裏をかける様な地下道も張り巡らせています。敵がここに侵入したらただでは絶対に帰さない親切設計ですよ」
「前々から思ってたけど、クロキ君だけなんか世界観が違うような気がする…」
「?」
「【楽園防衛機構】という事は、ドローン製造施設も作ったのですか?」
「いや、それは作ってない。流石に過剰だろうし、アロナ……先生の遺物だって休ませないといけないから」
今私の持ってる端末─────【シッテムの箱】が震える。
『本当ですよ!昨日あれ以上働かされてたらストライキする所でした‼︎』
────クロキ君、昨日よっぽどアロナの事酷使したんだろうなぁ。
「…それで、C&Cやアリウスのみんなからの報告は?」
「未だカイザーPMCの姿は確認できないそうです。ちーちゃんやウタハさんのドローンでも探してるようですが、そちらの方でも見つかっていません」
「こちらの戦力状況を察知して諦めたのか…?それなら連絡の一つもあって良いはずなんだけど…」
今朝のミレニアムとの話し合いから既に3時間が経過しているが、いまだにカイザーPMCの動きがないらしい。あれからホシノちゃん達も哨戒に出撃したのだが、そちらも成果はないとの事だ。
「今日動きがない様なら、明日PMCの本部がある場所を調査する必要があるかもしれないな…」
「既に目星は付いているんですね?」
「まぁ、あくまで目星だけどね………ん?」
歩く脚を止め、クロキ君が視線を横にずらす。
「クロキ君、どうかしたの?」
「いえ、珍しく梟がいると思いまして」
「梟?」
「ほら、あの電柱の上です」
その言葉に促されるまま視線を電柱に移すと、そこには確かにクロキ君の言う通り明るい茶羽の砂のような色の梟が静かに佇んでいる。
「あ、本当だ」
「アビドスのどこかに巣があるのかも知れませんね」
「梟も良いですが、クロキ。聞きましたよ。なんでもいきなりアビドスの皆さんに引退を切り出したとか」
「うっ、なんでそれを…」
「昨日小鳥遊さんから聞きました。全く貴方という人は…先生が引き止めて下さったから良いものを、ちゃんと反省して自戒してくださいね」
「面目次第もない…」
ヒマリちゃんの嗜める言葉に静々と頭を下げるクロキ君……昨日の会議の時から思っていたけど、二人はどう言う関係なのだろうか?同じ学校というだけでここまでの関係性にはならないだろうし…。
「先生も、クロキの事を引き止めてくれてありがとうございました。本当に、なんてお礼を申し上げたら良いか…」
「あ、ううん。気にしないで良いよ。クロキ君と私は同じシャーレの仲間なんだから」
「───────はい?」
直後、和気藹々とした雰囲気から一転して冷たい空気が充満する。
「どう言うことですかクロキ?シャーレに所属するなんて聞いてませんが?」
「あ、いや。別にミレニアムを辞めるわけじゃなくて、サポートとしてシャーレに所属することになっただけで……」
「私はそんな話聞いてません。第一スーツを盗聴していた時にそんな話は一度も……まさかあの時のジャミングが……」
「盗聴?いま盗聴って言った?」
「クロキは黙っててください。それで先生、どうしてクロキにサポートを?彼は非常に多忙な身です、あんまり業務を増やすと彼が過労で倒れてしまうかもしれないので出来れば控えて欲しいのですが…」
「いやいや、これは先生としての正式な権利だよ。生徒をシャーレに所属させることが出来るってリンちゃんからも言われてるし」
「だとしてもわざわざクロキを選ぶ必要はないでしょう。お手伝いをご所望ならそれこそ眉目秀麗かつ天才な私が喜んで伺いますが?」
「クロキ君にしか頼めないと思ったから彼にお願いしたんだよ?他の人だと代役は出来ないかなぁ…あ、もちろん必要になったらお願いするかもだけど」
「……一応聞いておきますけど、他意はないんですよね?」
「勿論。私は先生だからね」
「……仕方ありません、今はその言葉を信用しましょう」
非常に、非常に不服そうに言葉を呑んだ彼女に安堵する────ここまで優秀な生徒を独占するなんていわば独占禁止法に反していると言わざるを得ない。ミレニアムにはきっちり健全で公正な競争状態を保ってもらわなければ。
「クロキ、今回のシャーレの件は……クロキ?」
「クロキ君?」
「…なんだ、あれ」
明後日の方向を見て固まっている彼に習い、私も同じ方向を見るとそこには、さっきと同じように梟がいた。いや、確かに梟はいた─────問題は、その数がおよそ尋常ではない事だったが。
「っ、ヒマリ!他の人に連絡を!」
「もうやってますが繋がりません!ジャミングが掛けられているようです!」
「仕方ないか…!先生は【シッテムの箱】の準備をしておいてください!何があるかわかりませんから!」
視界を覆いつくす程大量の梟─────いや、違う。あれは梟じゃない、あれは……。
「…砂?あれ、砂で出来てるの?」
「まさか、砂だけで形態を維持するなんて不可能です」
「アロナ、あれの材質は何で出来てるの?」
【先生の言う通り、あれは砂だけで構築された物体です。ですが、それで強度を保てるわけが…】
何かおかしな事が起きていることは間違いない。とりあえずはここから脱出する事が先決だけど、問題はあの梟じみた物体が何をしてくるか…。
「…なに?」
思考を張り巡らせようとした矢先、私の目の前に一匹の梟が羽ばたいてやってくる。その鉤爪には黒の封筒が携えられており、何かを伝えようとしていることが伺えた。
【中身をチェックしましたが、危険物ではありません】
「……差出人は……黒服?」
その単語にクロキ君が酷く狼狽した声を上げる。
「黒服……ゲマトリアから…⁉︎」
「クロキ君、知ってるの?」
「このキヴォトスで暗躍してる集団です。ですが、原作でこんな手法は…」
「……開けて良いんだよね?」
「えぇ、問題はないはずです」
丁寧に赤の蝋で封されたそれを開き、中身の紙を検める。
『貴方の望む奇跡を授けましょう』
たった一言。主語のないそれは、誰の何を指しているのかすらわからない──────刹那、大量の梟を模した物体が一斉に羽ばたき私の方へ向かってくる。
「─────先生‼︎‼︎」
その直前、聞いたことのない大声とともに強い衝撃で身体が押される。誰に突き飛ばされたかなんて、考えるまでもないことだった。
「っ、クロキ君‼︎⁉︎」
身体をすぐに起こして突き飛ばされた場所を見ると、そこには夥しい量の砂の粒子に襲われている彼の姿が見えた。
「────良かった。先生、巻き込まれていませんか?」
「私は大丈夫だけど、それよりクロキ君が……‼︎」
「あぁ、砂には近づかないでください。私はロボットなので平気ですが、先生は窒息してしまいます」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ‼︎今引っ張り出して────‼︎」
慌てて彼をひっぱり出そうとした矢先、砂の中から黒く光るものが投げ出されそれを受け取る─────それは、クロキ君がクラフトチェンバーを使う時に用いる端末だった。
「念のため、それを渡しておきます。おそらく大丈夫だとは思いますが、俺に何かあったらそれを先生の役に立ててください。シッテムの箱を使えば先生でも使えるはずです」
─────えっ?何を言ってるの?
「だ、大丈夫ならそんな事言わないでよ‼︎私じゃこれをうまく使えない…!これはクロキ君じゃないと駄目なんだよ‼︎」
追い縋ろうと言葉を重ねようとした時「あくまで保険ですよ」なんて、優しい声色のまま拒絶される─────なんで?なんでそんなに冷静なの?私を庇ってそうなっているのに?
「俺なら大丈夫ですよ、すぐに戻ってきます。
瞬間、砂の波が一瞬で地面に溶け込む。まるで、そこには何事もなかったかのような静けさが辺り一面に充満する─────やられた、完全に油断していた。
「……あの手紙、貴方って書いてあった。初めからクロキ君を狙ってたんだ」
両手で口元を押さえ、声が出せないヒマリちゃんに変わって私が口を開く。彼の持っていた端末────クラフトチェンバー0号機の起動キーに視線を落とし、電源ボタンを付けると自動でロック画面が解除される。
整頓されたホーム画面に不自然に残るメモ、それを開くとそこにはたった一単語が書かれていた。
『アビドス砂漠』
「……アロナ。回線の復旧をお願いできる?」
【え、は、はい‼︎】
数瞬の後、インカムが回復したのかアヤネちゃんの慌ただしい声が聞こえる。
『先生、何があったんですか⁉︎急にクロキさんの反応が消失して…‼︎』
「ごめん。クロキ君は、たった今攫われたよ。私のせいだ」
『攫われたって…⁉︎カイザーPMCにですか⁉︎』
「ううん、違う。クロキ君は攫われる間際、ゲマトリアって呼んでた」
『ゲマトリア……聞いたこともない組織です。なんでクロキさんの事を…』
「それはわからないし、重要なことじゃないよ。アヤネちゃん、哨戒中のみんなを呼び戻してくれるかな?全員集まり次第、作戦会議をするから」
『作戦会議、ですか…?』
「──────クロキ君を取り返す」
鏑木クロキ
今作のピーチ姫枠。今後も結構な頻度で誘拐される。ゲマトリアに解析されたら厄介だよなと気軽に先生にクラフトチェンバーの端末を渡しているが後に特大地雷になって帰ってくる。シャーレに所属することになったことをミレニアムの皆んなに伝えていなかったと思い出した時には既に砂に飲まれていた。高過ぎる目標と美しい理想を抱いたがために自己肯定感がずっと低空飛行している。前提として自己の存在は常に解釈違いなので、常に精神的デバフを喰らっている状態。楽園を目指すと言う免罪符を掲げないと動き出すこともできない女々しいハリボテロボット。
空崎ヒナ
鏑木クロキの綺麗な夢に焼かれてしまった可哀想な被害者。3年弱もの間鏑木クロキとゲヘナの間に立ち続け、彼の事をサポートしている。何があっても助けてくれる人と何があっても助けたい人が奇跡的に一致したため精神的強者の立ち位置を得ている。留意すべきは、その精神強度はいわば依存のようなものであり、対象が消えた場合ではその限りではない。
甘雨アコ
ハリボテロボットアンチを標榜して憚らない生粋のヒナ狂信者。空崎ヒナに最も信頼されている他所の生徒のことが心底気に入らないが、某ロボットの積み上げてきた血の滲むような再開発の経歴から若干の尊敬の念を抱いている。ハリボテロボットに賭け事で負けて珈琲を淹れさせられた事が屈辱。
先生(現クラフトチェンバー0号機所有者)
──────みんなの希望は絶対取り返すよ、何があっても。
Melchior(洗礼済み)
修復と同時にマエストロによって移植された思考アルゴリズム【自己欲求の定義】を膨大な演算能力で億を超える回数こなしたことと『洗礼』によって神秘を獲得した事から、鏑木クロキの模倣AIとは違った明確な自己意識を獲得した。自身に強く刻まれた創造主の願いである世界の脅威の排除ともう一つの願いを叶えるべく行動する。鏑木クロキの事をお父様、黒服やマエストロの事を叔父様と呼称する。
黒服
『Melchior』に叔父様と呼ばれてご満悦。鏑木クロキに振る舞うための紅茶を淹れている。
アロナ
えっ⁉︎先生がクラフトチェンバー0号機を使うんですか⁉︎