ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
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※8/25追記 次回投稿は9/1日を予定しております。
「───さて、少し落ち着かれましたか?クロキさん」
「…落ち着くわけないだろ、ふざけやがって」
穏やかな声色のままこちらを労わる黒服の言葉にぶっきらぼうに返す。側に寄り添って「お父様大丈夫ですか?」と背中をさすってくれている【Melchior】のお陰で多少は体調が戻ったが、未だに脳を直接殴られたような衝撃に身体が寒気を訴えている。
「無理も無いでしょう、なにせ叶うことのないと諦めていた死人との対面を果たしたのですから。興奮に意識が昂るのも仕方ありません」
「死人との対面だと?こんな、十字架に貼り付けられた梔子先輩を見せられて?悪い冗談だ、いっそあれが精巧に作られたホログラムだと言われた方が安心できるね」
「それこそありえません。あれは正真正銘、貴方の望んだアビドス生徒会生徒会長、梔子ユメの肉体そのものなのですよ」
正直衝動のまま梔子先輩の下に走っていきたいが、何かの罠が仕掛けてある可能性も否めない───それに、今の言葉には少し引っかかる所があった。
「そもそも、あれは本当に梔子先輩なのか?ホログラムでなくても───気色悪い話だが、材料と時間さえあればクラフトチェンバーでも精巧な肉人形を作ることはできるぞ」
自分で口にした事だが、あまりの悍ましい所業に背筋が震える。もし、もしも黒服が俺を勧誘するためだけに死人を弄ぶようなことをしたのであれば、その時は残りの人生の全てをかけた目標がすり替わることになる。
「───では、実際に話してみますか?」
「…え、な、は?」
あまりにもあっけらかんとした口調に言語中枢が混乱して不規則な単音を発する。梔子先輩と……話す?できるのか、そんな事が?
「…ほ、本当に出来るのか?」
「えぇ、もちろん。それではこちらに」
黒服に促されるままただ広いだけの広場、その中心にある十字架に近づく。彼女に近づくにつれて、視界に映る彼女の姿が大きくなる度に、脳裏にかつての思い出が再生される。
『ねぇねぇクロキ君!さっきコンビニで買ったグミがすっごい美味しいの!ね、食べてみて‼︎』
向日葵の様に笑う、その笑顔が。
『うわーん!ホシノちゃんに怒られた〜!クロキ君慰めて〜!』
わんわんと泣きながら俺に抱きつくその温もりが。
『見てみて!じゃーん!クロキ君の為に作った男性用のアビドス高等学校の制服だよ‼︎これでお揃いだね‼︎』
両手のあちこちに絆創膏を貼った手で嬉しそうに制服を持ち上げるその姿が。
「───あぁ」
そんな彼女が、二度と会えないと思っていた彼女の姿が、目の前にある。
「それではクロキさん、その十字架に触れてください。ただし短い時間です、長い間接続してしまうと不都合がおきますので」
「お父様…」
メルの不安そうな声色に背中を押されるように、静かに黒い十字架に触れる───刹那、指先に激しい痛みと同時に脳が締め付けられるような痛みが走る。
「ッ⁉︎」
そのまま弾かれるように手を離す。一瞬黒服に騙されたのかと勘繰ったが、十字架を離れた直後に痛みがなくなった事から毒の類ではないらしい。いや、そんな事はどうでも良い───問題は、目の前にいる彼女が本当に梔子ユメ先輩その人なのか、そこに尽きる。
「────っ、先輩!」
俺が十字架に触れた直後、彼女を縛り付けていた鎖が音もなく消え失せる。それからふわりとまるで重力がなくなったような速度でゆっくりと地面に落ちる彼女をしっかりと抱き寄せる──暖かい、ちゃんと生きているみたいだ。
「───んぅ」
刹那にも、久遠にも感じられた時間が過ぎた後。固く閉ざされていた彼女の瞼が微かに揺れ動く。それから静かに、ゆっくりと瞼が開かれ黄色の綺麗な瞳が開かれる。
「…あれ?ここはどこ?私は確か…」
「…あ、あぁ、ぁぁぁ」
焦点の合わない瞳で辺りを見回す彼女を前に、俺は嗚咽を漏らすことしかできなかった。だって、これは、この人は間違いなく────。
「……えっ⁉︎あ、ごめんなさい!私寝ちゃってたみたいで…!」
ようやく焦点があったのか、自分の腕の中から飛び上がってぺこぺこと俺に向かって頭を下げる───俺のことを覚えていない…?いや、そうか。今の俺はロボットスーツの外見が違うから、か。
刹那、脳裏に二つの選択肢が浮かぶ。即ち、俺の正体を明かすかそれとも明かさないか。──いや、これは悩む選択肢じゃないな。
「──いえ、こちらこそすみませんでした。寝ている女性にやや不躾でしたね」
即座にスーツに付けられた変音機を起動させる。彼女が生き返って初めに話すべき友人は、誰よりも彼女の事を想っていたホシノであるべきだ。その感動を、俺が盗むべきじゃない。
「そんなこと────?」
「…何かありましたか?」
突如言葉に詰まり、訝しげにこちらを見る。
「あの、もし間違っていたらごめんなさい。………もしかして、クロキ君?」
「ッ⁉︎い、いや俺は……!」
あまりに咄嗟に飛び出した言葉に思わず声が上ずる。不味い、これでは怪しまれる、何か良い言い訳を…。
「……クロキ君じゃ、ないの?」
「んぐっ……」
不安そうにこちらを見上げるその仕草に息が詰まる────そういえば、昔もこんな顔で色々とお願いされて無茶なお願いを聞かされたなぁ。
渋々変声機の機能を切り、降参の言葉を口にする。
「…その通りです、梔子先輩」
「──〜〜〜〜‼︎やっぱり‼︎」
直後、弾かれた様に俺に飛びつき覆い被さるように抱きつく。高校生とは思えない豊満な身体に顔が熱くなるが、とりあえず離さなければと肩を掴もうとした──その直後だった。
「よかった…!本当によかったよぉ…‼︎砂漠で遭難して、水も無くなっちゃって、心細くて…‼︎」
「…ッ」
その離そうと掴んだ肩から指を離し、代わりに優しく抱きしめる───暖かい、暖かいよ。こうしたかった。俺は、あの時砂漠で冷たくなった身体じゃなくて、生きた体温を抱きしめたかったんだ。
「けどなんで他人の振りしたの⁉︎私すっごい寂しかったんだよ⁉︎」
「あ、いや。それは…」
「もぅ!女の子を悲しませたら駄目なんだよ!」
「いや、ほんとすみません…」
「…?クロキ君、なんだか雰囲気変わった?」
「えっ?そう……ですかね?」
「うん。なんだか暗くなったよ。何かあったの?またホシノちゃんに怒られちゃったの?」
「わ、私も一緒に怒られてあげようか⁉︎」とパタパタと両手を振る彼女────その姿に、意図せず涙がポロポロと仮面の下で溢れる。仮面をつけていて良かった、こんな独りよがりの、独善的な涙が誰にも見られないのだから。
「いえ、違うんです。いや、彼女達に心配をかけているのは事実なんですが…」
「彼女達?ホシノちゃんだけじゃないの?」
「あっ、いやそれは…」
口をついて出た言葉に思わず手を当てる。そうだ、一体なんて説明すれば良い?梔子先輩は3年前に死んでいて、黒服たちの怪しげな力で蘇ったんです、なんて説明できるわけがない。
「……実は、先輩は眠っていたんですよ。ずっと、ずっと長い間」
「眠っていた?」
「えぇ。砂漠で倒れていた先輩を俺とホシノの二人で見つけたんですけど、脱水症状が思ったより深刻で。今までずっと倒れていたんです」
結局、口から出た言葉は即興で作ったカバーストーリーだった。実際、死亡という不可逆の現象を克服したのだから、これは眠っていたと言っても過言ではない筈だ、うん。
「えっ、そうなの⁉︎それってどれくらい⁉︎」
「え、えぇと…ざっと3年ですね」
「3年⁉︎じゃあホシノちゃんやクロキ君は…⁉︎」
「ホシノは3年生、俺は2年生になりましたよ」
「嘘⁉︎じゃあ私ホシノちゃんと同い年なの⁉︎」
「ま、まぁ間違っていませんけど…」
「ちょっと待って。それじゃあ今のアビドスって…」
「えぇ、ちゃんとあります。なんなら、ホシノの下に4人の後輩がいますよ」
「───そっかぁ。ホシノちゃんとクロキ君。いっぱい頑張ったんだね」
───その口調は、俺の予想した反応とはかけ離れていた。きっとこう言う時、先輩は喜び驚き、そして俺の肩をブンブンと振りながら「どんな後輩たちが入って来たの⁉︎ホシノちゃんみたいな可愛い子⁉︎それともクロキ君みたいな変人さん⁉︎」なんて聞かれると思っていた。
───けど実際に梔子先輩が言い放ったのは、こちらを労うような、慈しむような、優しい笑みだった。
「…帰りましょう、梔子先輩。紹介したいこと、説明したいことが山程あるんです」
その微笑みを見た瞬間───いや、もっと前から気づいていた事を嫌という程再認識させられた。俺とホシノは、無くしてはいけないものを無くしてしまっていたのだと。けれど、これで元通りだ。ホシノはユメ先輩という拠り所を取り戻し、俺は俺の犯した罪を清算することができる。
「……ん、あれ?」
「…梔子先輩?」
コンクリートの床にぺたりと座り込む彼女に手を差し伸べるが、それが握り返されることはない。それどころか頭がフラフラと不規則に揺れ、瞼が徐々に下がっていく。
「ごめんねクロキ君……なんだかとっても眠いんだぁ…」
「せ、先輩?何を言って…」
「ごめんね……少し…眠……」
「先輩……?梔子先輩!」
そのままコテンと音を立てて床に倒れ込む梔子先輩────その刹那、消えたはずの鎖が再び両手首と脚に過たず現れる。それが繋がれた先なんて、確認するまでもなかった。
「ッ、やめろ!彼女は────‼︎」
声を荒げて慌てて伸ばした掌だが、それが届くことはなく、彼女の身体は最初にこの空間にいた時と同様に十字架に繋がれてしまう。
「畜生、なんでこんな…!」
「いけませんお父様!もう一度十字架に触れては…!」
先輩を無理矢理にでも十字架から引き摺り降ろそうとした矢先、背中からメルに飛びつかれて動きを阻まれる。
なんで、どうしてと取り止めのない思考が空回りを始めるが、それも刹那で止まる。初めてこの世界にきた時と同様……否、普段と変わらない速度で、冷静に状況を整理し始める。
(今の先輩の姿は初めて見た時の姿と変わらない。つまり今の状態が固定されていると言っていい。それが俺が十字架に触れた直後だけ十字架から離れて意識を取り戻した。つまり誰かが十字架に接触することが梔子先輩覚醒のトリガーなのか?)
目の前で、どれほど焦がれても叶わなかった彼女が十字架に繋がれているにも関わらず思考は回り続ける───嘆くことなど許されるわけがない。叶わないと願った再会を叶えられたのだ。その【奇跡】を再現することがどれ程困難であろうと必ず踏み越えて見せる、踏破して見せる。
(いや、そんな誰かれ構わない条件である訳がない。そもそもこの大仰な十字架はなんなんだ?なぜ彼女が磔にされなければならない?)
十字架と磔……真っ先に思いつくのはかつていた世界で最大宗教として信仰されていたとある救世主だ。この世に生きる人の罪を全て背負って死んだ救世主────?
「聖人……救世主……」
黒服が己を呼称した呼び名を反芻する。この世界がゲームであった時、かつていた世界での神様や聖書に記された伝承をモチーフとしたものが数多く存在していた。【ウトナピシュティムの本船】、【アトラ・ハシースの箱舟】等々、挙げれば枚挙に暇がない程だ。
(調月生徒会長も偶に使うからてっきり唯の呼び名だと思っていたが…もしその呼称に意味があるとしたら…?)
「おい、黒服。聞きたいことがある」
「なんなりと」
「彼女は本当に梔子先輩で間違いないんだな?【Melchior】に埋め込まれた俺の擬似人格から抜き出したデータから再現したものではなく」
「えぇ、間違いありません。あれは言わば、我々から貴方へ提供できる協力への対価なのですから」
さっき手を差し伸べられた時にも言っていたが、この黒服は何かを俺にやって欲しい…いや、協力して欲しいことがある。それは間違いない。
「…協力の対価、ね。あれか?お前たちの為に要塞都市でも作れば満足か?なんなら海に浮かぶ小島程度なら作れるが?」
「ほう!島も作れるのですか!それは知りませんでした、是非後学の為に工法などを教えて頂ければ…‼︎」
「───えぇ…?」
───なんなんだこいつ、なんでそんなに嬉しそうなんだよ…。
「ごほん、失礼しました。協力と言うのは他でもありません、クロキさんには我々ゲマトリアと共に、近い将来このキヴォトスに確実に訪れる【色彩】の撃退を助けて頂きたいのです」
【色彩】の撃退。成程確かに、それは今の俺が掲げている至上命題に他ならない───だからこそ、こいつは何を言っているのだろうかという感想しか浮かばないのだが。
「…【色彩】の撃退を望むなら助けを求めるべきは俺じゃない」
「ほう、聖人たる貴方を差し押いて他の誰が救世を成すと?」
聖人、救世……嫌な予感がする。埋めたくもないピースがどんどん頭の中でうまって
「そんなの決まっているだろう。つい最近このキヴォトスにやってきた【先生】だよ。最も、彼女がお前たちの協力を受け入れるとは思えないけどな」
「……ふむ、なるほど。【Melchior】にあった擬似人格にもありましたが、些か認識に食い違いがある様ですね」
俺の言葉に僅かに逡巡した後、続けて黒服が言葉を紡ぐ。
「クロキさんの仰る通り【先生】は興味深い存在です。我々と立場としては近しいものがありますし、ここ最近の活躍を見ても能力を疑う余地はありません」
「それなら……」
「────ですが、我々が手を取り合いたいのは先生ではなく、貴方なのですよ。外からやってきてこの世界に目覚め、キヴォトスに【楽園】を設立させた救世主である貴方が」
穏やかながらも確信めいた口調に、思わず思考が止まる。…やたら詳しいと思っていたが、俺が外から来た異分子である事も把握済みか。流石このキヴォトスで長いこと暗躍している組織なだけあるな。
「…俺が外から来たことは把握していたのか。本当、その耳の速さはどこからくるのやら」
「いえ、これは情報収集能力は関係ありません。何故なら、貴方がこのキヴォトスにくるキッカケを作ったのは我々ゲマトリアでもあるのですから」
「…………は?」
うん?ちょっと待て。ちょっと待ってくれ。もし黒服が言った事が本当なら、それなら本来のこの身体の持主は────。
「それじゃあ、この身体の本来の持ち主は……」
「えぇ。クロキさんの考える通り、我々ゲマトリアの協力者だったのですよ」
「──ハハッ」
あまりにも、あまりにもあっけなく知らさせる情報に乾いた笑いしか出てこない。クラフトチェンバー0号機なんてものを作り上げられる時点でまともな出自ではないことは想像がついていたが、ゲマトリアと繋がっていたとは…。
けれど、これは本当に、本当にいよいよ俺の突拍子もない予想が当たっている可能性が出てきた。
「その顔、疑っていないんですね」
「そもそも俺という存在が異分子だからな。異分子が産まれた理由に異分子が関わっていたとして、疑う理由もないだろう」
「ククッ、話が早くて助かります。そうでなくては」
「言っておくが、この世界に産まれたのはゲマトリアのお陰だから協力しろって話なら聞けないぞ」
「それこそまさかでしょう。我々は確かに貴方がここに至るキッカケを作りましたが、それはあくまで不慮の事故が原因だったのですから」
「不慮の事故?」
「えぇ。ですが、それは重要な話ではありません。肝要なのは、貴方という存在がこのキヴォトスに存在する事、この一点に尽きるのですから」
───切り出すのなら、ここだろうな。
「…話が見えないな。つまり、お前は俺に何をして欲しいんだ?」
「それは先程お話しした通り、共に【色彩】を撃退することです」
「その【色彩】の撃退だが、具体的なプランはあるのか?言っておくが、強力な兵器を揃えた所で無意味だぞ」
【色彩】───いずれこの世界に到達する、キヴォトスの崩壊のトリガーを引く破壊者。それを打倒するのであれば、ただ強力な兵器を揃えるだけではまるで足りない。
「えぇ、ただ強力な兵器では打倒することはできないでしょう───ですが、ここには貴方の作り上げた最高傑作と最高の舞台がある」
黒服の視線が俺の横にいる【Melchior】へ向けられる。
「お恥ずかしい話ですが、具体的なプランと言うのは確立しておりません───何故なら、貴方という存在と十字架さえあればそれだけで【色彩】の打倒は可能だと考えているのですから」
「……十字架というのは、これのことか」
今梔子先輩が繋がれているそれ───酷く神秘的で尚且つ悍ましいモニュメントへ視線を向ける。
「えぇ。この世に生まれ落ちた救世主と接続することでありと凡ゆる物に神秘を与えることができ、【色彩】の権能である神秘を恐怖へ反転させる現象そのものを無効化することができる、まさに特攻兵器なのですから」
凡ゆるものに神秘を与えるもの……成程、つまりこの十字架を使って【Melchior】にヘイローを与えたと言うことか。
「それなら、どうして梔子先輩が繋がれている。彼女は救世主ではないはずだろう」
「あれはあくまで代理の役割を担ってもらっているだけです。本来の主が座れば、彼女は解放されます」
「──本来の主、か。一応聞いておくが、それは……」
「そうです。中身は違えど、一度死んだ後この世に復活を果たし、【楽園】を作って数多の人から信仰を集める現人神───我々ゲマトリアにとっての望外の希望。詰まるところ貴方なのですよ、鏑木クロキさん」
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「───よかったんですか、黒服の叔父様。お父様をお一人にして」
足元を薄緑色の非常灯だけ灯る長い廊下を歩きながら横にいる人───いえ、異形の存在に話しかける。
「彼にも状況を整理する時間が必要でしょう──ですが、ククッ」
「?」
とても上機嫌な叔父様に疑問符を浮かべる。今の会話に何か機嫌が良くなるところがあったでしょうか…?
「先程のクロキさんを見ましたか、Melchior」
「えぇ、それはもちろん」
「奇跡に縋っても叶わなかった望外の再会も僅か、願い人が再び十字架に繋がれる。並の人間なら取り乱しても不思議はありません───ですが、彼はただ静かに思考に耽った。とてつもない精神力です、並外れていると言っていいでしょう」
「当然です。お父様は凄いのですから」
叔父様の言葉に少し得意気になる。
そもそもたった一人でこのキヴォトスを作り替えたお父様を普通の人と比べる方が間違いなのです。
「───ですが、懸念点も実はその強靭な精神力なのです」
「懸念点、ですか?」
「えぇ。十字架との接続には非常に強い痛みと精神的苦痛を伴います。奇跡を再現するため、本来であれば死罪となった救世主の痛みを再現されるのですから、その苦痛は相当なものでしょう。我々ゲマトリアであればその副作用を軽減させ、彼に負担の少ない方法で洗礼を行って頂く事が可能です──ですが、極論を申し上げればその副作用を度外視すれば彼はどこでもその権能を振るう事ができるのです」
「ですが、そんな事をすれば……」
「えぇ、意識などすぐに消え失せ、物言わぬモニュメントと成り果てるでしょう。そうなれば、彼の尊い精神さえ失われてしまいただ洗礼を施す機械になってしまう」
「その痛みを享受するために敢えて無調整で十字架に触れさせたのですが…」と話す黒服の叔父様だが、確かにその可能性も捨てきれない───と言うよりその可能性が非常に高いと私の潜在意識にあるお父様の人工AIが叫んでいる。
「【Melchior】、私は彼の作る楽園を愛しています。極めて緻密に作られた都市は、それは一種の芸術と言えます。芸術は本来私の管轄ではないのですが、そんな私すら分かるほどあれは素晴らしいものです」
「叔父様…」
「私からすれば、クロキさんがいるのであれば【色彩】の打倒など通過点に過ぎません。私が本当に見たいのは、このキヴォトスに彼の求めた完全な楽園が産まれる瞬間なのですよ」
詳しい表情などわからないけれど、そう言う叔父様は少し寂しそうに見えた。なんて声をかけるべきか────なんて逡巡した刹那、背中の歯車の一つが微かに震える。侵入者の存在を告げる合図だ。
「───叔父様。どうやらお客様がいらっしゃった様です」
「……そうですか、思っていたより早かったですね。では、歓待はお願いしてもよろしいでしょうか?私は本船の様子を見てから向かいますので」
「畏まりました。それでは」
その言葉を最後に踵を返し、来た廊下を戻る。その最中に自分の状況を再度確認する───本船との接続状況並びにクラフトチェンバー0号機との接続状況は問題なし。状況が状況だ、いきなり開戦となっても不思議じゃない。
「都市内部に入ってきたのは数は───3人?」
それ以外にも多くの反応が都市外側に控えているが、直接侵入してきたのは3人だけだ。その中でも特に強い神秘の反応が二つ────恐らく小鳥遊ホシノと空崎ヒナの両名だろう。あの二人は特にお父様に執心していた、あんな攫い方をされたら怒り心頭になるのも無理はない。
「もう、黒服の叔父様にも困ったものです。幾ら十字架との接続を果たしたクラフトチェンバー0号機の力を試したいからってあんな方法で攫わなくても…」
お父様の人工AI───詰まるところ救世主の情報を持っている私がいるからこそ使えているクラフトチェンバー0号機だけど、それもマスターキーであるお父様が私を切り離したらそれで使えなくなるほどに危ういものだ。もっとも、その力は絶大と言わざるを得ないのだが。
「──転送」
その言葉とともに暗い廊下から一転、やや西陽の眩い太陽光が刺す青空の下に躍り出る。転送の際に発生する砂嵐が晴れ、目視で3人を見やる。
3人の内、二人は当初の予想通りの人物だ。ピンクの髪に白いモップのような髪──小鳥遊ホシノと空崎ヒナで間違いない。そして残った一人はヘイローを有していない、タブレットを待った大人の女性……。
(彼女が【先生】……お父様が焦がれていた人物…)
私達三姉妹は目の前にいる【先生】が来なかった際の保険として作られた存在だ。そう思うと何か感慨深いものがある……いや、今はそれよりも。
「───暑い中ご足労いただき誠にありがとうございます。私は【Melchior】、叔父様より皆様の歓待を任されております。どうぞよろしくお願いいたします」
「【Melchior】……動画投稿サイトに上がっていた情報通り、本当に人型になっているんだ」
私の姿を見て先生がそう口にする───成程、ちゃんと情報は集めてからここにきている、という事ですか。
「それで、皆さんはどうしてここに?………なんて、聞くことは野暮でしょうね」
「わかってるじゃない。ここにクロキがいるんでしょう?早く彼を解放して」
「……空崎ヒナさんですね。申し訳ありませんが、今すぐ解放するわけには参りません。何卒ご容赦くださいませ」
私に機関銃の銃口を向け威圧的な気配を隠しもしない彼女に深々と頭を下げる。
「っ、そう……それなら力づくで───」
「──実力を行使するのであれば、こちらもやむを得ませんが」
なんの合図もなく、彼女らを囲うように砂でできた人型ドローンが砂から形作られる。楽園を守る為にお父様の設計されたドローンだ、一つ一つは脆弱でも、無尽蔵の物量に押し込まれれば彼女とてひとたまりもない。
「だめだよヒナ委員長。事前の取り決めを忘れたの?ここでは実力行使は禁止だって」
「小鳥遊ホシノ、けどクロキが…!」
「そもそも正面から暴れたって勝てないよ。それより、さっきの話し方だと用事が終わったらクロキのことを解放するって認識で良いんだよね?」
「えぇ、それを望まれるのでしたら」
「そっか、それならよかったよ」
そう言って胸を撫で下ろす小鳥遊ホシノの姿に疑問を覚える───お父様が攫われたと知ったらいの一番に怒り心頭で突撃してくるの踏んでいたのですが…。
「…意外ですね。てっきり怒り心頭でいるのかと思っていましたが」
「ん?あぁ───別に怒ってない訳じゃないんだけど、ね」
「───ッ」
突如強烈な殺気とともに音なく引き抜かれたハンドガンが私の眉間に突きつけられる───流石、お父様が現代最強を謳われるだけのことはあるみたいですね。
「───なーんて、ね」
その言葉とともに殺気が霧散し、ハンドガンをホルスターに仕舞う。
「エンジニア部の部長──ウタハちゃんから厳しく言われてるんだよね。絶対に手荒な方法は取るなって」
「…それは、賢明な判断ですね」
「でしょ?ほんと、楽園防衛機構と領域支配機に精通している人がいて良かったよ」
白石ウタハ───楽園防衛機構と私たち領域支配機の制作に携わった少女。関係性でいえば親戚の叔母様程度のものだろう。賢い彼女のことだ、楽園防衛機構による万全のバックアップを受けた完全武装状態の領域支配機と戦うのは分が悪いと踏んだのだろう。
「…しかし、解せませんね。戦う気がないのなら、どうしてこちらにいらしたのですか?」
「…それは、クロキ君と話すためだよ」
「お父様と?ですが、そんな事どうやって───」
私の声を遮るように、砂を踏みしめる音と共に親愛なる声が聞こえる。
「────流石先生。随分早く辿り着けたんですね」
振り向くとそこには、本来地下深くの洗礼広場にいる筈のお父様が立っていた。
鏑木クロキ
既に自分の中で答えを見つけている少年。珍しくやるべき事とやりたい事が一致した。ゲマトリアとの協力はありえないが、かと言って梔子ユメの完全な蘇生を諦めるわけがない。である以上、生徒達は勿論、ゲマトリアや先生すら望まない選択肢を容赦なく選ぶ。これだけは選んじゃ行けない選択肢を的確に踏みに行く天才であり、ノベルゲームが致命的に下手くそ。もしやらせようものならクリアまでに全てのバッドエンドを踏むのでクリアする頃には勝手に全要素を回収している。
シャーレ地下に安置された舞台装置
自我を失い、ただ救うためだけに存在する正しく舞台装置と成り果てたロボット。ある種失敗者の望んだ未来とも言える。かつてキヴォトスを楽園に変えると息巻いていた若者の成れの果て。自分を愛さず、自己を想ってくれる気持ちに答えることもせず、世界だけを愛した愚物にふさわしい末路とも言える。大体行き着くのはこの姿。
梔子ユメ
アビドスにある男性用の制服を作った人物。ハリボテロボットがどこか一線を引いている事に勘付きながらも、いつかはアビドスに来てくれると信じて疑ってなかった夢みがちな少女。
先生
審判の都市および領域支配機の情報は全て黒服が投稿した動画から入手した。2校合同の作戦会議の結果、正面からの突破を諦めたと同時に領域支配機というかっこいいドラゴンを紹介されなかった事を不満に思っている。彼女曰く「機械のドラゴンが女の子に変わるのは条約違反」とのこと。
黒服
鏑木クロキの有する救世主としてのテクスチャも、聖人としての心映えも、黒服にとっては彼の作る楽園を彩るスパイスとしか思っていない。美しいキヴォトスを作るロボットの、その綺麗な夢に惹かれてしまった人物。
ロボットが貼り付けられた十字架
シャーレのカフェに設置すると快適度を50上げてくれる家具。大きさの割に上がる快適度が低く他とシナジーとなる家具も少ない産廃家具。カフェに設置にすると十字架を前に膝を着く生徒や縋り付く生徒モーションを見ることが出来る。
空崎ヒナ
クロキが攫われたと知った当初真っ先に助けに向かおうとしたがシッテムの箱による全力指揮の先生➕クラフトチェンバー0号機の支援を受けた臨戦小鳥遊ホシノとの決闘に敗北して大人しく従っている。