ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
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※ちょっとシリアス展開に疲れてきたので次回は一才の曇らせなしのミレニアムでのクロキ一日祿を投稿予定です。
※追加 後書きの文言を修正しました……。
「───どちらへ行かれるのですか、クロキさん」
足元だけが薄緑に光る廊下を歩いていると、背中から声が掛けられる。誰かなんて考えるまでもないと振り返ると、そこには想像した通り、黒い靄に白線が走る異形の顔が見えた。
「…黒服、か。どこへも何も、外に出るんだよ。先生を迎えにいかないとね」
「…何故それを」
「何故って、そりゃお前。俺はロボットだぞ?連絡手段なんてそれこそ無数にあるさ」
心底不思議そうな黒服相手に肩をすくめる。
無数、なんて強がりを言ったが実際は一つしかない───極々限られた生徒にしか伝えていないプライベート回線。ロボットの仮面に直接表示されるショートメッセージ機能だ。
ホシノより送られてきたその文言は短く、それ故に力を感じるものだった。
【絶対に助けるから。待ってて】
通信可能距離は精々が1kmもない程度だが…そのメッセージが届くということはつまり、近くに来ていることの証左だ。
「……それでは、クロキさんは我々ではなく先生と歩むのですか」
「…先生と約束したんだ。一緒に楽園を──ハッピーエンドを目指すって」
心底残念そうな声の黒服の言葉に頷く……正直な話、俺がゲマトリアに入る選択肢も無いわけではない。一人を除けばゲマトリアは生徒達の敵というわけではないし、作中でも先生のことを良き隣人として認識していた節もある。
色彩を打倒する事を第一目標に据えるのであれば、寧ろ望ましい選択とも言えるだろう───でも、俺は先生と約束したのだ。みんなが笑っている楽園を目指すと。
「…だから、俺はお前らとは一緒に行けない。…まぁ、ベアトリーチェが死んだらまた声をかけてくれよ。尤も、その時に俺がいればの話だけど」
「───どういうことでしょうか?」
「…それは歩きながら話そう。先生を待たせたら悪いだろうし」
そう言って促すと、怪訝そうな表情のまま黒服が横に並ぶ──それにしたって、やはり同性と言うのは気楽で良い。ついつい口調も軽くなってしまう。
「…率直に聞くんだが、俺が梔子先輩の代わりに十字架に磔になったら何ができるようになるんだ?」
「おおよそ、不可能な事はないでしょう。伝承上の聖人は水をワインに変え、海を割り、死者を蘇らせたと聞きます。いわば十字架とは、貴方に眠るキヴォトス最高の神秘を具現化させるための装置なのですから」
できない事はない、と言うわけか。それならこの不毛な砂の大地を整え、再び活気あるアビドスにさせることも造作もないはずだ。
なんたる僥倖というべきか。梔子先輩を取り戻すばかりか、自分という存在から不要な物を取り除いて先鋭化できるというのだから。
「そっか。それさえ聞ければ良い」
「ですが、十字架との接続は非常に激しい苦痛を伴います。今の梔子ユメは死者と生者の狭間にいるからその苦痛も感じずにいられますが…」
黒服のその言葉に、少し思考が止まる。
…ちょっと意外だった。てっきり黒服は先生の活躍を邪魔する俺を体良く排除しようとしているのかと思っていたから、本気で自分を案じてくれる声色に思わず目が点になる。
「…何か変な事を言いましたかな?」
「あぁいや、なんでもない。ちょっと意外だっただけだ、俺の知ってる黒服って存在は、【先生】の事をよく考える奴だったからさ」
「先程も申し上げたでしょう。先生は確かに興味深い存在ではありますが、手を取り共に困難に立ち向かいたいのは貴方だと」
「…ごめん、それでも俺は、先生を奇跡の担い手に選んだんだよ」
黒服の言葉に短く返す──きっと、先生と話す前に黒服と話していたら、こうはなっていなかっただろう。だがそれは結局仮定、いわばたらればの話だ。そんな物には意味がない。
「それでは、梔子ユメの完全な蘇生は諦めるのですか?あれほど望んだ、それこそ気が狂うほどに欲した奇跡が目の前にあると言うのに…」
「───いや、その奇跡は叶えるよ。彼女は絶対に生き返らせる」
俺のその言葉に黒服が立ち止まる。
ゲマトリアと協力はできない───先生との約束があるから。
かと言って梔子先輩の蘇生を諦めるのか───否、そんなことあるわけがない。
つまるところ俺の取る選択肢は初めから一つしかないと言って差し支えない。
俺が梔子先輩と変わって十字架に繋がり、奇跡を体現する存在としてこのキヴォトスに楽園を作る。これこそベストな選択だ。
「…いえ、いえ、いいえクロキさん。その選択は極めて良くない。最悪の愚策です」
「愚策?まさか、これがたった一つの冴えたやり方さ」
「ですが、我々ゲマトリアの協力無くして十字架と完全に接続してしまえば、貴方の自我が損なわれる。貴方はただ奇跡を振りかざすだけの舞台装置になってしまう…そんな結末は許容致しかねます」
黒服が宣う十字架との接続に伴う苦痛───それが先程十字架に触れた際に生じた痛みだというのであれば、成程確かに精神を損なうかも知れない。
──けど、俺が痛い思いをするだけで済むのならそれで良いじゃないか。
「痛いだけで自我が消えるなんて大袈裟だよ。…それに、例え俺の心が壊れてしまったとしても、そんなのは些細なことさ」
「そんなことありません。貴方の精神は、何者にも変え難いものです」
「買い被りすぎだよ。俺なんて所詮、この世界がより良くなるようせっせと働いてきた小市民さ───けど、そんな俺が奇跡を起こせるって言うんだ。俺の意識と奇跡のどちらに価値があるかなんて、考えるまでもないだろ?」
海老で鯛を釣る所の騒ぎではない。ボロ鉄のピッケルで1トンの金塊を掘り当てたようなものだ。この世界に産まれて来てはいけなかったイレギュラーが、この世界の悲劇を一つなかったことにできるのだから。
梔子先輩とホシノがまた笑い合っている未来を望めるというのなら、いくらでも自分という存在を苦難に焚べよう。奇跡に苦痛という代償が必要というのなら、甘んじて享受しようじゃないか。
「…彼女を蘇らせたいのであれば、それこそ我々と協力すべきです。先生に固執する必要などないではありませんか。彼女は優秀です、貴方の手助けなど無くても生徒を救うことが出来ますとも」
黒服の縋るような言葉に一瞬立ち止まる。
確かに、先生は俺なんていなくてもハッピーエンドを目指すことが出来るだろう───それでも先生は、物語にとって不純物にしかなれない男の俺を必要だといってくれた。一緒に楽園を目指そうと言ってくれたのだ。
「…頼られたからなぁ」
ぼんやりと、誰にも答えなど求めていないように呟く。
求められたのなら答えなければならない、必要なのだと言われたのなら応えなければならない。
───それが、俺が決めた生き方なのだから。
「ごめん黒服、それでも俺はお前たちとは歩けないよ。…それに、ゲマトリアと協力してたら生徒達から銃を向けられかねないからね。嫌われるのは良いけど生徒達に殺される訳には行かないから」
「……ですが、貴方のその選択を、先生が認めるでしょうか?」
地上へと続くエレベーター。真っ暗な廊下とは打って変わって白の蛍光灯に照らされているその箱に乗り込み、地上へと続くボタンと扉を閉めるボタンを押す。
「彼女は先生だから。生徒の願いはきっと認めてくれるよ」
閉まる扉の中、表情なんて分かるはずもないのに、何故か黒服がとても悔しそうにしているように見えた。
けれどその理由を問う時間などあるはずもなく、扉に遮られるように黒服の姿が視界から消えた─────。
─────────────────────────
「───クロキ君‼︎」
茹だるような暑さと時々砂の混じる風に肌を刺される最中、心底申し訳なさそうに頭に手を当てて現れたロボットの立ち姿を見て、私は思わず彼に駆け寄る。
私よりやや大きい身体を正面から抱きしめ、その存在を確認する───良かった、ちゃんと生きてる、生きてるよ…!
「ちょ、先生⁉︎駄目ですよそんな不用意に抱きついたら…!」
こんな異常な状況にも関わらず、あいも変わらず常識論を口にする彼に安心感を覚えつつも彼を抱きしめる腕を緩めたりはしない。
「……えぇ、と。すいません、そろそろ離していただければ…」
時間にして1分位だっただろうか。彼の困った様な言葉を最後に身体を離す。ちょっと名残惜しい気もするけど、今は状況が状況だから仕方がない。
「…それにしても、ホシノは来ていると思ったけどまさか空崎委員長も来ているとは。ほんと、迷惑を掛けて申し訳ない」
「別に、迷惑なんて思ってないわ。それより身体は大丈夫なの?どこか痛いところはない?」
「あぁ、身体については特に問題はないよ。それより、ここに来ているのはここにいる3人だけか?」
クロキ君のその問いに私が答える。
「うぅん。この都市の外に大勢の生徒が待機してるよ」
「…大勢?」
「うん、アビドスに集まった生徒全員が来てるよ」
「───それは、また随分とご迷惑をおかけしたようで…」
「…?」
「不味ったなぁ…」となぜか困ったように頭を掻く姿に違和感を覚えつつ、私は疑問の言葉を口にする。
「それよりクロキ君。ここにいる彼女は…」
彼女、そう呼んだのは先程からじっとクロキくんの事を眺めているお嬢様然とした立ち姿の少女だ。大きな翼に大きな尻尾を小刻みに動かして彼を見ている姿は飼い主に構ってほしいとみている子犬の姿を彷彿とさせる。
「──あー、これはなんと説明したら良いのか…」
「ある程度の事情は知ってるんだよ。彼女が元々はクロキくんの作ったドローンだって事は」
「…えっ。なんで知ってるんですか?」
「それは……動画投稿サイトに挙げられていたから?」
私のその言葉に「???」と疑問符を浮かべてるクロキ君───無理もない。自分の秘密兵器が何故か勝手に動画投稿サイトに上げられていたばかりか、それが人間の姿になったことも動画にあげられていると誰が想像できるだろうか。
「…すぅ。ちなみに誰が投稿したのかはわかりますか?」
「黒服だよ」
「……えっ」
「黒服だよ。クロキ君の活躍をまとめにしたチャンネルを開設してて、今登録者10万人を超えている人気動画投稿者。もう投稿を始めて2年くらいになる」
「─────理解できないぃ…」
その場に蹲って頭を抱えてるクロキ君───って、そんな話をしている場合じゃない。
「それよりクロキ君、早く帰ろう。みんな待ってるよ」
しゃがんでいる彼に手を差し伸べる──────彼は私の掌をじっと眺めた後、小さく息を吐く。それから私の手に掴まることなく自力で立ち上がると、正面から私を見据える。
「先生、渡していたクラフトチェンバーの端末は今持ってきていますか?」
「えっ…?それは勿論」
「それは良かった。ちょうど使うので渡してもらえませんか?」
「う、うん…」
なんでそれが今必要なのかはわからないけれど、とりあえずはその言葉に従って胸ポケットから彼の端末を取り出し、それを差し出す。
彼はそれを「ありがとうございます」と言って受け取ると、後生大事そうに両掌で握りしめる。
「───ホシノ。少し話したいことがあるんだ」
「…えっ?私?」
「あぁ。これはホシノに絶対相談しないといけないことだから」
「で、でも話ならこんなとこでしなくても…。ほら、それこそアビドスの校舎に戻ってからでも……」
彼女も嫌な予感を感じたのか、ややたじろいだ口振で続ける。けれど彼の態度は頑なで、静かにその場で首を横に振るう。
「いや、駄目なんだ。これは、ここでなきゃ話せない事なんだよ」
「そんな事いってる場合じゃないわ。ここは敵地なんだから一刻も早く───」
ヒナちゃんがやや強引にクロキ君の腕を掴もうとした矢先、その間に一つの影が割って入る。
「───お父様は小鳥遊ホシノにお話があるそうです。他のお二人は申し訳ありませんが、今暫くお待ちを」
「っ、邪魔を───!」
瞳孔が挟まり、手に持ってきた銃火器に手を伸ばした───その矢先だった。
「───ヒナ。頼むよ」
「っ、クロキ貴方…!」
彼のその言葉にヒナちゃんの動きが止まる───それより、さっきの口調はまるで…。
「…わかったよクロキ。ごめんねヒナ委員長、先生。少し話してくるよ」
「…ホシノちゃん」
「大丈夫、そんなに時間はかからないでしょ。ね、クロキ」
「あぁ、大丈夫。直ぐに終わるよ」
「そういう訳だから、少し待ってて」
機械の後ろ姿に促されるままホシノが彼の背後を着いていく。私はその姿に思わず手を伸ばしてしまうが彼女───【メルキオール】の鋭い視線で止められる。どうやら私とヒナちゃんを通すつもりはないらしい。
「…………」
クロキ君とホシノちゃんの姿が砂のビル群に消えて幾ばくか。照りつける日差しと風が砂を運ぶ音だけが響く静寂の都市の中で砂を踏みしめる音が聞こえる。
「───メルキオール、こんな所にいたのですか」
穏やかな男性の声。その声の方向を向けるとそこには、正しく異形と呼ぶべき立ち姿がいた。
「黒服の叔父様。いったいどうしたのですか?」
「先程クロキさんが呼んでいましたよ。なんでも頼みたいことがあるのだとか」
「本当ですか!あ、でも見張りを辞めるわけには……」
「ククッ、私が代わっていましょう。何かあれば連絡しますよ」
「でも、黒服の叔父様では空崎ヒナを止めることは…」
「ドローンを複数置いておいて下さい。後はなんとかしますよ」
「…わかりました、それでは行ってまいります!」
彼女の足元から数十体の人型ドローン───【楽園防衛機構】を構成するドローンの内白兵戦を担当するそれが現れると、まるで風の様に彼女の姿が搔き消える。
「…黒服って言うのは、貴方?」
「お初にお目にかかります先生。その通り、私は黒服と申します。何卒よろしくお願いいたします」
そういって恭しく頭を下げる異形の怪物に、私は冷ややかな口調のまま続ける。
「クロキ君を攫った貴方によろしくするつもりなんてないよ───それより、クロキ君に何をしたの」
「…何、とはどういうことでしょうか?」
「惚けないでよ。さっきのクロキ君、普段の彼じゃなかった。あの雰囲気はまるで───」
【私にとっての楽園───それは、先生を中心に生徒みんなが笑っている世界のことなんですよ】
倉庫の中で彼が言った言葉。自分を異分子と認め、それ故に表舞台から消えないといけないと宣った彼────あの時彼が纏っていた、肩の荷が降りて安心したような口振と瓜二つだった。
「…ククッ、素晴らしい。流石我々の救世主を魅了する才覚です、先程の短い会合だけで違和感に気づけるとは」
「この世界に来て、一番付き合いが濃いのはクロキ君だからね」
「左様でございますか。えぇ、是非ともこのままクロキさんについて夜通し語り明かしたい気持ちは山々なのですが……生憎、時間がありません」
「…時間?」
そういうと彼は小さく咳払いをし、私に向き直る。
「さて、それでは先程の質問について答えましょう───私達ゲマトリアは、彼に奇跡を授けようとしたのですよ。この世界を救えるだけの望外の奇跡を」
「奇跡…?」
「えぇ。些か用途は異なりますが───扱いとしては、先生。貴方の持っている【大人のカード】に近しいものです」
──その言葉を聞いた瞬間、ロボットの仮面をつけていない少年の、剥き出しの独白が脳裏に浮かんだ。
【救えなかったんですよ────。私は、あなたの様に大人のカードを持っていなかったから】
「──なんでそんな事を」
「このキヴォトスを救うために必要だったからです。それに、彼自身のたった一つの願いを叶えて差し上げる為にも必要なことでしたから」
「クロキの願い…?楽園を作ることじゃなくて?」
「それは確かに今の彼の叶えるべき願いでしょう────ですが、それは決して叶わない願いの代償行為のようなものなのですよ」
「……待って、待ってよ。その、決して叶わない願いって───」
本能が警鐘を鳴らしている。理性が聞くべきじゃないと叫んでいる───それでも、口は勝手に確認の言葉を投げかけていた。
「────前アビドス生徒会長、梔子ユメを蘇らせることです」
パチリと、思考のパズルピースが一つ埋まる幻聴が頭に響く。
「で、でも。そんなの出来っこない。死者を蘇らせるなんて、そんなの聖書に現れる救世主でもなきゃ…………」
「えぇ、そうです。だが彼なら出来るのですよ。中身は違えど一度死んだ肉体から復活を遂げ、この世界に楽園を築き上げた彼には、その資格がある────彼は、紛う事なきこの世界に生まれ落ちた奇跡の救世主なのですから」
「───お話ししましょう。私が彼に授けようとしたその奇跡の正体を。そして今彼が何をしようとしているのかを」
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「────こうして二人砂の中を歩くのなんて、本当に久しぶりだなぁ」
「…うん、そうだね」
機械に覆われたクロキの横を歩く。何気なく口にしてる彼の口調は普段以上に穏やかで、大きな山場を超えた後の様な雰囲気を醸し出している。
「覚えてるか?梔子先輩とピクニックしたの」
「勿論。急に突風が吹いてお弁当に砂が入って最悪だった」
「そうそう。しかもあの時のおにぎり、塩じゃなくて砂糖がまぶしてあったんだよな」
「けど卵焼きはよく出来てたよ。口の中でジャリジャリしてたけど」
「卵の殻なのか砂なのか判別がつかなくて大笑いしたよなぁ」
──変だ。クロキはあんまり自分から進んでユメ先輩の話をしないはずなのに、今日の彼はやけに饒舌だ。
「……なぁ、ホシノ。例えばの話なんだけどさ」
「うん、なぁに?」
「梔子先輩がもう一度アビドスに帰ってくるってなったら、ホシノはどうしたい?」
「…なに、藪から棒に。そんなありえない仮定を話したってしょうがないでしょ」
「───いや、有り得なくないんだよ」
「───えっ?」
急に立ち止まり、私の顔を正面から見る。その声色は、決して冗談を言っているようには見えなかった。
「な、何言ってるの?だって、ユメ先輩は死んじゃったんだよ?クロキだって、一緒に亡骸を見たでしょ?」
そう、彼は彼女の亡骸を見てから変わってしまったのだから。
「あぁ、見たよ。今でも偶に夢に出る──でも、それをなかったことにできるんだ。あの時の後悔を、失ってしまったものを全部取り返せるんだ」
「な、何を言ってるのクロキ…?」
私の問いにクロキは手に持っていた端末を操作すると、瞬く間に地面から大きなディスプレイが生えてくる。クロキは徐に操作するとその画面がやや遅れて点灯し───そして。
「……えっ?」
そこには、十字架と思しきものに貼り付けられているユメ先輩の姿が、確かに写っていた。
「今、ユメ先輩はこの都市の地下にいる───俺の代わりになって十字架に貼り付けられている」
「……本当に?本当にユメ先輩なの?」
「間違いない。さっき、短い時間だけどちゃんと会話した───あれは、紛れもない梔子先輩だったよ」
「うそ、でも、そんな事……」
ありえない、そう口にしようとした瞬間私の身体が優しく抱きしめられる。
「──また会えるんだ、あの陽だまりのような彼女に」
「───っ、嘘じゃないの?本当にまた会えるの?」
「あぁ、会える───絶対に会わせてみせるよ」
刹那、意図せず両の瞳から涙が溢れる。また会える、ユメ先輩に。あの時の事を謝れる────その事実に、どうしようもなく涙が込み上げてくる。
「ねぇ、クロキはユメ先輩が帰ってきたら何をしたい?あ、今はノノミちゃん達もいるからまずは紹介しないと…。でもとりあえずはお祝いだよね、先輩の好きなものを───。
ついつい口から出た未来予想図。──でも、クロキはその問いに答えることはなく静かに私を身体から引き離す。
「────ごめん、ホシノ。俺は、一緒には帰れないよ」
「──────えっ?」
一瞬、彼が何を言ったのかわからなかった。
「言っただろう?彼女は俺の代わりに今十字架に貼り付けられている───つまり、彼女があそこから離れる為には俺があそこにいなきゃいけない」
「……え、じゃ、じゃあつまりクロキは───?」
「──彼女の代わりに俺がずっと十字架に貼り付けられる事になる」
──その言葉に、涙なんてものは一瞬にして枯れてしまった。
「だ、駄目だよそんなこと‼︎」
「……駄目、か?」
「──っ、幾らクロキでも、そんな事は認められない‼︎」
私の荒げた声に対して、彼は穏やかなままだ。私が突きつけた銃口を一瞥しただけで気にも留めていない。
「別に、十字架に磔にされるだけで死ぬわけじゃない。みんなの前から消えるわけでもない───あぁ、アビドスの再開発のことを気にしてるのか?それなら大丈夫、最後までやり遂げてみせるよ」
「───そうじゃないんだってば‼︎」
彼のすぐ横で発砲する──本来なら鼓膜が破れてもおかしくない距離だけど、彼の場合は過剰な爆音はスーツがそれを遮断するからなんの痛みもない。
「だって、それは苦しいんでしょ⁉︎今だってユメ先輩を縛っている鎖だってあんなに……‼︎」
「…痛いだけで梔子先輩が完全に生き返るんだ。お釣りが来るよ」
「っ、なんで、なんでクロキは……‼︎」
なんでこの人は、自分が勘定に入っていないのだろうか。さっき口調が濁ったのは、きっと十字架とやらに接続した時の痛みが相当なものだからだ。さっきユメ先輩と話したと言っていたから間違いない。
───それを承知で、なんで彼はこんなに穏やかなの?
「……頼むよ、ホシノ。これが、俺の願いなんだ。いきなり降ってわいた奇跡だけど、それでも縋らずにはいられないんだよ」
「…あ、あ、ぁぁ」
「前にも話したよな。俺はこの世界が好きだ、大好きなんだ。だから、この世界が良くなるような事は全部やりたいんだ」
───駄目だ、私にはわかる。こうなったクロキは何があっても止められない。その事実に、向けた銃口がカタカタと震える。
嫌だ、失いたくない、無くしたくない。もう私に笑いかけてくれないの?お節介を焼いてくれないの?
「必ず俺が、梔子先輩を蘇らせてみせる。このキヴォトスを楽園に導いてみせる───だから頼むよホシノ。どうか笑って、俺のことを送り出してくれ」
「───…わ、わたし、わたしは…」
そう言って微笑む彼に対して、私は彼の望む言葉を────。
バァン‼︎
「っ、なんだ⁉︎」
突如、乾いた銃声が鳴り響くと同時にユメ先輩を写していたディスプレイが弾痕を残してブラックアウトする。銃声のした方向へ視線を向けると、そこには硝煙を登らせる機関銃を携えたヒナ委員長と、先生の姿があった。
「────先輩。流石にそれは酷すぎますよ」
鋭い視線を隠しもせずクロキのことを睨みつける先生───どういう訳か、事情は全て知っているらしい。
「先生…。どうやってここに」
「黒服が教えてくれたんです。先輩がとんでもない事をしでかそうとしてるから止めてくれって」
「…余計なことを」
悪態を吐く彼の事を気にも止めず先生は続ける。
「それより、どういうつもりですか先輩」
「…どういうつもり、と言うのは?」
「どういうつもり?そんなの決まってます────私の大切な生徒を傷つけて、挙句泣かせてどういうつもりか聞いているんですよ」
そういう彼女の声は聞いたことのない────それこそシロコちゃんがいきなり銃口を向けた時でさえ向けなかった、非常に怒っていることが伺えた。
「……それについては謝ります。ですが」
「謝る?悪いなんて微塵も思っていないのに?」
「っ、そんな事……」
「当ててあげましょうか、先輩が考えていること」
被せるように言い放った後、彼女は続ける。
「どうせ苦しいのは俺だけだから、みんなが辛い思いをするわけじゃないから………違いますか?」
「………それは」
「あぁ、まだありますか?救世主だかなんだか知らないけれど奇跡を使えるようになれば、この世の不幸を全てなかったことに出来るとか、そうすればこの世界は紛れもない楽園になるだとか」
「…………」
先生の言葉に彼はただ黙っている──それは、ほとんど図星だと言っているようなものだった。
「先輩。先輩はあの時、アビドスでセリカちゃんに頬を叩かれて、それで言ったじゃないですか。一緒に楽園を目指そうって。それはもう忘れちゃったんですか?」
「…いえ、違います。私が十字架に繋がれた際、その奇跡は貴女に委ねるつもりです」
「私が、十字架に磔られた先輩をなんの気兼ねなく使えると思っているんですか?」
「使えるはずです。だって、貴女は先生なのですから」
「使うわけないじゃないですか、買い被らないで下さい。それならいっそ先輩がゲマトリアとか言う組織に与してもらった方がマシでした。いつか奪い返すだけで済んだんですから」
「本当に先輩という人は…」と呆れた口調を隠しもしない先生に呆気に取られる───と言うか、先輩ってクロキのこと?なんで先輩って呼んでるの?
「…わかりました?先輩の行動は破綻しているんです。世界のことが好きと言っていながら、その実そこに生きている生徒達のことを見ていないんですよ。そんな人に、楽園なんて作れる筈がありません」
「───それじゃあ、俺はどうすれば良いんですか?」
「ちゃんと生徒達に向き合うんです。ちゃんと向き合って、付き合い続けて、そうして初めて分かるんですよ、この世界での、先輩の楽園の作り方が」
そういって諭すように、クロキ君の前に立つと手を差し伸べる。迷える子供を導くように優しく伸ばされたその掌を────。
「────そんな資格、俺にはないんですよ」
───クロキは、振り払った。
「俺は、この世界に生きていちゃいけない存在なんですよ。先生でもない癖に男で産まれて、悲劇を知っていたのに何もできなくて────それなのに、自分で死ぬことすら選べなかった臆病者なんです」
悲痛な叫びと共にクロキが懐から拳銃を取り出す───照準器のついていない出来損ないの拳銃を。
「生徒達と向き合う?できるわけないじゃないですか。先生には話したでしょう、私は未来を知っている、何が起こるか知っているんです。現在を必死に生きている彼女らと、そんな卑怯者な私が対等なわけがないでしょう」
機械の仮面に覆われていて、表情なんてわかるわけがない───それでも、私には彼が非常に苦しそうに見えた。
「いいじゃないですか、そこら辺にいるロボットが一機、十字架に磔にされるだけです。それでこのキヴォトスから悲劇を無くせるのだとしたら、それはとても幸せなことだ」
「クロキ、貴方は──‼︎」
「だから私がやるんです。先生にすら救えなかった人を救って、私が本当の舞台装置になれば……‼︎」
ヒナ委員長の翼が逆立ち、その銃口が向けられる─────その、瞬間だった。
カチッ。
あまりに場違いな機械音。無機質なそれは、何かのスイッチが切り替わったような音だった。
「───何の音ですか、いまのは?」
「集音器の停止音です。エンジニア部の皆んなに即興で作ってもらった」
「流石エンジニア部ですね」と言いながら胸ポケットに入った黒いボイスレコーダーの様な物を取り出す。
「……まさか」
言葉につまりながらも口を開いたクロキに対して、先生は冷たく言い放つ。
「はい。今の会話は、ここアビドスに集まっている生徒達全員に聞かれました」
「な、なんでそんな事を…!」
直後、爆発と共に砂埃が巻き上がる。
「─────見つけたぜ、クソ野郎」
先生の横にヒナ委員長とは別の人影が現れる。肩口で切り揃えられた髪に鎖に繋がれた二丁の小銃を携えた立ち姿は、ミレニアムからやってきた小柄なメイドで───そして、ミレニアムの中で一番強い彼女だった。
「───なんでそんな事を、ですか。そんなの決まってます。私の大切な先輩を無くさないために、ですよ」
「多分───いいえ、絶対、今の会話を聞いた皆は怒ってます。自分のやってきた事にすら目を背けている貴方に。けど、それはある種自業自得なんです」
真っ直ぐ伸ばされたその指が、彼の額に向けられる。
「──清算の旅路について、話した事がありましたよね。覚悟してください先輩。今からあなたに襲いかかるものは、あなたの築き上げてきた絆そのものなんですから」
鏑木クロキ
やっちゃった系主人公。敗因は自分に向けられている矢印の数はわかってもその大きさがわかっていなかったこと。学生の恋愛感情なんて恋に恋してるようなもんだと古事記に書いてあったよなとうろ覚えの知識を当てにしたツケが等々回ってきた。空崎ヒナ&美甘ネル&小鳥遊ホシノ➕先生という状況に早速詰みそう。凄絶な撤退戦の幕開けである。
失敗者
彼にとって生徒達はある種、画面の向こう側にいる存在であった。無条件で向けられる親愛の情を持って、対等な関係を構築することができるわけがない。生徒に対する接し方を彼は間違えなかった、取り得る方法も最善とは言わずとも最悪ではなかった、けれども向き合い方を致命的に間違えてしまった。肝心なところを間違えた彼は、自らの紡いできてしまった絆のせいで言い逃れのしようもないほど手酷い敗北を喫するだろう。
先生
わざわざ生徒の前で先輩呼びしたのは意識を逸らさせるため。元々情報共有の為に渡していた無線機だが思わぬところで役に立った。彼女は先生としても後輩としても、失敗者の抱いた独りよがりな夢を壊さなければならないと決めた。
鏑木メル
黒服の仕掛けた偽装ビーコンに騙されてクロキのいないところをゴミ箱まで延々探し回った。銃声を聞きつけて現在現場に急行中。
クラフトチェンバー0号機
同質量のものを電気を用いて瞬時に加工し、任意の場所に出力させるもの───ではなく、材料とエネルギーを消費することで別の時間軸から同質のものを取り出すことのできる神秘の塊のようなもの。キーストーンではなく同質量のものを必要としているのは技術が足りなかったのもそうだが、キーストーンでは有機物、強いては精神を呼び寄せることができなかったから。前任者はその身と救世主としてのテクスチャを機械に投げ入れたが、出来上がったのはロボットスーツを身につけている精神異常者。現在のホルダーに別世界の救世主からの毒電波を流し続けている。
現在の勢力図
鏑木クロキ
鏑木メル
VS
シャーレ
アビドス
ミレニアム(主要部活ほぼ全部)
ゲヘナ
便利屋68
アリウススクワッド
ゲマトリア