ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります   作:あーけろん

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死に至る感情と空崎ヒナ

 

 

 

 

 

────ぼんやりと、そう、ほんとうにぼんやりと意識が浮上する。

 

 

 

「…ん、ん、ぅ」

 

 

長い長い、気の遠くなる程長い眠りに付いていたように思う。

気怠い身体、重い瞼、はっきりしない思考───それでも、聞き慣れた声に導かれて意識が覚醒する。

 

 

「……あれ?ここは……?」

 

 

はっきり意識が戻り視界が明瞭になると、そこは摩訶不思議な場所だった。

一面が真っ白な世界。私がいま眠っているベッドと座布団とちゃぶ台、それと小さなアナログテレビがあるだけの殺風景な景色。

 

 

「ここはどこ…?ホシノちゃん、クロキくん…?」

 

 

見知った…と言うより、私のかけがえのない友達の名前を呼ぶが、その言葉が返ってくることはない。

 

 

───カチッ。

「っ、なに?」

 

 

簡素なスイッチの音と共にアナログテレビの電源が付けられる。黒と白に彩られた砂嵐を吐き出すそれに眉間に皺を寄せるが、徐々に砂嵐にまじって聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

 

『───いや、有り得なくないんだよ』

「この声…クロキ君だ!」

 

 

その声を皮切りに、砂嵐だけを写していたテレビの画面が切り替わる。

 

 

「あっ、ホシノちゃん‼︎」

 

 

するとホシノちゃんの心底驚いた顔が画面一面に広がる。短かった髪が長くなり、普段のキリッとした表情からは想像もつかない表情を浮かべているが、左右で色の違う綺麗な瞳は間違いなく、私の大切な後輩の小鳥遊ホシノその人だった。

 

 

「あれ?でもクロキ君の声が聞こえたけど姿が見えない…?」

 

 

そんな私の疑問を他所に、テレビが映像を流し続ける────そしてそれは、あまりに衝撃な事実だった。

 

 

『──な、何言ってるの?だって、ユメ先輩は死んじゃったんだよ?クロキだって、一緒に亡骸を見たでしょ?』

「……えっ、え〜〜〜〜〜⁉︎」

 

 

悲痛な面持ちのまま言葉を紡ぐ彼女を他所に、私は一人声を荒げる。え、嘘、私死んじゃったの⁉︎それじゃあここは天国ってこと⁉︎

 

 

「ど、どうしよう…。あ、でもどうしようないのか…」

 

 

そうだ、もし本当に私が死んでしまったのであれば、もう私になにもできることはない。だって死んでしまったのだから、それでもうおしまいだ。

 

 

「…そうだ。私、一人でアビドス砂漠に行って……」

 

 

徐々に霞がかかっていた記憶が晴れていくように鮮明になる。そうだ、私は砂漠に倒れて、そのまま……。

 

 

『だ、駄目だよそんなこと‼︎』

「っ、ホシノちゃん…?」

 

 

思考に測っていた矢先、急な彼女の叫びに意識が引き戻される。アナログテレビの画面には焦燥とした表情で銃口をこちらに向ける彼女の姿がまざまざと映し出されている────も、もしかして、これってクロキ君の視点ってこと?それじゃあホシノちゃんは、クロキ君に銃口を向けてるの⁉︎

 

 

「だ、ダメだよホシノちゃん!喧嘩したって、クロキ君に銃を向けちゃ───」

 

『──必ず俺が、梔子先輩を蘇らせてみせる。このキヴォトスを楽園に導いてみせる───だから頼むよホシノ。どうか笑って、俺のことを送り出してくれ』

 

 

「───えっ?」

 

 

クロキ君の言葉にホシノちゃんが絶望したような表情を浮かべたと同時にアナログテレビの電源が落ち、真っ黒になったディスプレイに私の顔だけが映る。ちょっと待って、待ってよ。それじゃあクロキ君は、私を生き返らせるために…?

 

 

 

「────そんなの、そんなのダメだよ」

 

 

だって、そんなの嬉しくない。悲しいだけで、間違っているよ。

 

 

「…クロキ君に伝えないと」

 

 

どうにかして伝えないといけない。そして、ホシノちゃんと仲直りしてもらわないと。けどどうすれば…ここにはテレビとちゃぶ台くらいしか───。

 

 

「────ククッ。何やらお困りのようですが、なにかお手伝いしましょうか。梔子ユメさん」

「…えっ?」

 

 

自分しかいないと思っていた空間に、自分とは違う声が響く。振り向くとそこには───。

 

 

「お、お化け⁉︎」

「心外ですね。私は生きていますよ、貴女と違ってね」

 

 

 

随分と礼儀の正しいスーツを着た幽霊が、一人佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

─────引鉄を引く。

 

 

クロキの周りに現れる、無限とも言えるドローンを吹き飛ばす。腕は千切れ、胴体は穴だらけになり、四肢は砕けて砂に散らばる。まるでそれ自体に価値がないかのような手軽さでガラクタに変貌する───私の名前を、クロキの声で呼びながら。

 

 

「───クロキ」

 

 

私を取り押さえようと殺到するドローンを身を翻して去なすと素早くマガジンを交換し斉射。夥しい炸裂音と共に目の前のドローンの壁が晴れ、その向こうに白色のロボット────クロキの姿が見える。

表情を構成するパーツそのものがなくなり、朧げに瞳のような光が浮かぶだけのその顔に、私は叫ぶことしかできなかった。

 

 

「───クロキ‼︎」

 

 

私の叫びなんてお構いなしにドローンたちは数を増やし続ける。単機それ自体は戦力になり様もないが、これだけ際限なく沸き続けられると厄介すぎる。背後に控えている先生と小鳥遊ホシノがいるから安直に突破することもできない。

 

 

「お願い聞いて、クロキってば!」

「──聞けないよ、ヒナ。聞いたところで俺の結論は変わらない」

「っ、この分からず屋‼︎」

 

 

銃弾の一発がクロキの真横を掠める───それでも彼はたじろぐ所か身動き一つしない。

 

 

「はっ!話を聞いてくれないとわかったら実力行使か‼︎随分と安っぽいやつになったモンだな‼︎」

 

 

ドローンの壁をすり抜ける様に駆け抜けてクロキに肉薄する彼女───その足元で複数の機械音が鳴り響くと同時に地面がバネのように反発し彼女を吹き飛ばす。

 

 

「ネル、君はいつも正しいよ。その正しさに何度助けられたか───でも、今回ばかりは、君に説教されて終われないんだよ」

「っ、ざけんな!さっきから自分勝手なご高説ばっか垂れ流しやがって!少しはこっちの言い分を聞きやがれってんだ‼︎」

 

 

彼女の激昂にすらクロキは答えない───徐にタブレットを操作し、地面が微かに揺れる。

 

 

『コンテナ射出。到着まで3秒、2秒、1───』

 

 

カウントから刹那の間に地面に6台の質量物体が着弾し、衝撃と砂埃が巻き上がる。

 

 

「今度は何───っ⁉︎」

 

 

その物体は瞬く間とも言うべき時間でコンテナから3m程の機械の巨人に変貌すると、私目掛けて拳を振るう。身を翻そうとした矢先に脚が砂に固定され、避けることもままならずその拳を銃を盾にして受け流す──改めて、彼の能力が厄介すぎる。

 

 

『量産型アビ・エシュフ1番から6番順次起動───戦術目的に従い、撤退の援護を開始します』

「おい、そりゃ生意気な後輩が使っていた……‼︎」

「アビ・エシュフ…!」

 

 

 

私を殴り飛ばした物と同型の物が背後に控えているコンテナから変貌する。今までの足止め専用のドローンとは、構成内容がまるで違うことはよく理解できた。

 

 

「────俺から言わせてもらえれば、君達は優しすぎたんだよ」

 

 

巨大な要塞のように佇む六機のドローンの奥から声が聞こえる──それは、間違いなくクロキ本人の声だった。

 

 

「俺は、ただ利用されるだけでよかったんだ。このキヴォトスという環境を良くすることが出来るのなら、それこそ使い捨てのロボットのように扱ってくれてよかったんだ。…でも、君達はそうはしなかった」

「そんなの、当然じゃない」

 

 

私の言葉に彼は首を振るだけだ。

 

 

「ロボットの着ぐるみを纏った異常者を、真っ当に扱う事が当然なものか」

「……異常者って自覚はあったのね」

「中身がバレる前は別に構わないさ。でも、中に人が入っているとわかったのに、そんな異常者に優しくするのは違うだろう。あまつさえ、友達として扱うなんてちゃんちゃらおかしいよ」

「…それは」

 

 

確かに、クロキの言葉は正しい。もしクロキ以外の誰かがロボットの振りをしていたらまず間違いなく拘束するし、その意図を問いただすだろう。───でも、クロキはもうクロキなのだからそれはしょうがないのだ。

 

 

「───クロキ君は、自分を客観視し過ぎて、逆に自分の事が見えなくなっているんだよ。大丈夫、まだやり直せるよ」

「私の自己評価はいつだって正確ですよ先生───それに、やり直すとしたら私と言う存在を消すのが先です」

 

 

直後、停止していた6機のアビ・エシュフの目の部分に緑色の光が灯り、大口径の機関銃が唸りを上げる。

 

 

「──ホシノ、聞いているか」

「っ、ク、クロキ…」

 

 

震える声で彼の名前を呼ぶ。

 

 

「俺は、ユメ先輩を生き返らせるよ」

「で、でもそれじゃあクロキは…‼︎」

「……優先順位を間違えちゃダメだよ、ホシノ。言っていたじゃないか。もう一度彼女と会って、仲直りしたいって。あの時の言葉は、嘘だったのか?」

「っ、嘘じゃないよ!でも、でもそれは、クロキと一緒じゃないと意味がないんだよ‼︎」

「……本当、ホシノは優しいな」

 

 

その優しさに満ちた声と共に二輪車が出現すると、彼はそれに跨る。

 

 

「やっぱり、君は戦うべきじゃないよ────さようなら、ホシノ。どうか俺のことは忘れて、ユメ先輩と幸せに生きてくれ」

 

 

その言葉と共にエンジン音が鳴り響き、凄まじい加速で離れていく。それに追随する様にアビ・エシュフも移動していくのを見て横にいる美甘ネルが声を荒げる。

 

 

「っ、待ちやがれ!おい、早く追うぞ‼︎」

「───その前にやることがあるわ」

「あ?何寝ぼけた────」

 

 

私から離れていくクロキから視線を外すと、背後でうずくまっている小さな影───小鳥遊ホシノを見下ろす。彼女は、こんなに小さかっただろうか。

 

 

「立ちなさい、小鳥遊ホシノ。見ていたでしょう、私と美甘だけじゃ火力が足りないの。立って戦いなさい」

「………で、でも、私はクロキとなんて───」

「────っ‼︎」

 

 

うずくまる彼女の胸倉を掴み上げ、無理やりに私の顔の前に引き上げる。目元を赤くして涙を零し、正気のない瞳がぼんやりと私の顔の輪郭を映している。とても戦える精神状況ではない───それでも、私は言わずにいられなかった。

 

 

「私だって、クロキと戦いたくなんてないわ‼︎」

「…っ」

「私だけじゃない、ここにいる誰も、クロキと戦いたい人なんていない‼︎さっきのドローンを見たでしょう⁉︎壊すたびに彼の声で私の名前を呼ぶのよ、それを100超える数壊して、何も思わないわけがないでしょ!」

 

 

さっき────ううん、この砂漠の都市に来てからわかっていた。今のクロキは、どこか大切な部分が壊れてしまっている。仮面に隠れていて実際の表情などわかりようがないけれど、私にはわかる。今の彼は、きっと微笑みながら涙を溢す歪な表情を浮かべているに違いない。

 

 

 

「今のクロキはまともじゃない、普通じゃないの!そんなの、一番クロキの近くにいた貴女ならわかるでしょ⁉︎」

「───そんなの、わからないでしょ」

 

 

力のない、か細い声で彼女が続ける。

 

 

 

「クロキは、私達になにも話してくれなかったんだよ。クラフトチェンバーも、あんな姿になれることも、ユメ先輩を生き返らせたいなんてことも。……それなのに、なんで今のクロキがまともじゃないなんて言い切れるの?」

「っ、貴女は…‼︎」

「私だって…!私だってわかんないよそんなこと‼︎」

 

 

心にもない事を吐き出す姿を見かねて拳を振り上げると、鋭い叫び声が空の下に響く。

 

 

「いきなりクロキが攫われて、助けに来たらユメ先輩を生き返らせるなんて言われて、でもその代わりにクロキはいなくなるって───こんなの、私にどうしろって言うの⁉︎私は何を選べば良いの⁉︎」

 

 

「ユメ先輩には会いたい!あの日喧嘩したことも謝りたいし、また一緒に過ごしたい、家庭科室でカレーを作りたいよ…!でもユメ先輩と会うためにはクロキを諦めなくちゃいけなくて、クロキもそれを望んでいて……!」

 

 

「わからない、わからないんだよ…。私は、私が何をすれば良いのか、何をしたいのかわからないんだよ…」

 

 

───彼女の独白が終わる頃には、私の振り上げた拳は力なく降ろされていた。

 

 

 

「……ヒナちゃん。ホシノを離してあげて」

「先生、けど……」

「駄目だよ────今の彼女は、戦えないよ」

「…っ」

 

 

先生の言葉に促されて乱雑に襟元を掴んでいた手を離すと、力を失ったように地面に倒れ込む。

 

 

 

「……今だから言うけど、私は貴女に嫉妬していたのよ、小鳥遊ホシノ。何か困った時、いつもクロキが真っ先に頼るのは貴女だから。…でも、もう嫉妬する必要は無さそうね」

「……あはは、期待を裏切っちゃってごめんね。おじさんは、こんな感じなんだ」

「別に、期待なんてしていないわ───でも、クロキの願いを叶えることがクロキの、梔子とかいう人のためになるなんて思わないで」

 

 

弾薬を打ち切ったマガジンを地面に落とし、予備のものと交換する───残りストックも少ない。一度アコ達に補給をお願いしないと。

 

 

「どういう………」

「もしクロキの願いが成就されて、入れ替わるようにその梔子という人が蘇ったとする。クロキは記憶を無くすなんて言っていたけれど…キヴォトスの半分を作り替えた人物の記憶なんて完全に消せるなんて思えない」

「……それは」

「多分───ううん、絶対に何人かの生徒は違和感に気づく。その違和感に気づいて、真実を知った時、その誰かは考えるでしょうね。全てが狂ってしまった原因を元に戻せば解決するって」

 

 

───そう、奇跡なんて代物を使って物事を円満に解決なんてできるわけがないのだ。クロキはそれを知っていたから地道にコツコツと実績を積み上げて行ったのに、目の前にある奇跡を前に正常な思考ができなくなってしまっている。絶対に動かせない前提を動かしたら、その後がガタガタになるのは明白なのに。

 

 

それに、彼は一つ大切な事を忘れている。

 

 

「…そんなのわからないでしょ。本当に、完璧に存在を消せるかも知れないし」

「そうね。私が言ったのは所詮仮定の話よ────けどね、私はよく知らないけれど、その梔子って人はクロキを犠牲にして蘇ったことを良しとする人なのかしら?」

 

 

───この歪な状況は、相互の価値感の相違が招いている。クロキは自己の価値を著しく低く見積もっていて、私達はクロキの価値を何より重く見ている。一つの存在に対して、-100と+100の解釈が相入れるはずがないのに。

 

 

「……私も、間違えたのね」

 

 

私は、変化を恐れて何もしなかった。彼が何かを抱えていることも、追い詰められるように楽園を作っていることも知っていたのに。

伝えないといけない。あんな機械の仮面を取り払って、ちゃんと視線を合わせて言わないといけないんだ────私の物語には、貴方の存在が必要なんだって。

 

 

「…クロキを追うわ。行くわよ」

 

 

こんな、決定的に勘違いしたまま終わらせたくない、終わらせない。その想いだけが、今の私を突き動かしているのだから。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

───────なんでだ、なんで、なんで俺はいつもこうなんだ。

 

 

 

砂の街中をバイクで疾走する。まばゆい太陽、巻き起こる砂埃───そして俺に追従するように並走する6機のアビ・エシュフの中、自己への批判を募らせていく。

 

 

ユメ先輩を生き返らせる、キヴォトスを楽園にする、この『ブルーアーカイブ』という物語から、災厄と終末を取り除く─────それはいいことで、素晴らしいことなのは間違いない。それは、今こうしてみんなと敵対してる中でも考えに変わりはない。

 

───けど、それじゃあなんで彼女たちはあんなに悲しそうな目をしていたんだ。ホシノはあんなに苦しそうにしていたんだ。

 

この世界に、幸せになりたくない人なんていない。だって『ブルーアーカイブ』という物語は、日常とか青春とか、そういったものを通じて幸福を掴み取っていく物語なのだ。だから彼女達は、そんな細やかな幸せを邪魔する、運命とやらに定められた試練を乗り越えていくのだ。

 

そんな運命すら捻じ曲げられる、みんなが笑える楽園が───ハッピーエンドがすぐ目の前にあるのに、それに縋らないなんてありえない。いっそ愚かと断じて良い。

 

 

『───少数を切り捨てる覚悟よ。それさえあれば、貴方は本当にこの世界の救世主になれる』

 

 

彼女───調月会長が言っていたことも、今となったら理解できる。彼女の言う少数……それは誰でもない、自分のことだったのだ。自分を切り捨てる覚悟があれば、この世界を救うことができる。流石、ミレニアムを束ねる彼女はこうなることを予測していたのか。

 

 

「────みんな、俺のことを買い被っているんだよ」

 

 

みんな───先生や生徒たちは、俺の事を勘違いしているのだ。俺がいることが、俺がこの世界に残ることが幸せになるために必要なのだと視野狭窄に陥っているのだ。

 

 

「そんなわけがないだろう────だって、元々の『ブルーアーカイブ』は、俺なんていなくてもみんな幸せだったじゃないか」

 

 

アビドス廃校対策委員会編は喫緊の課題であるカイザーPMCとのいざこざを乗り越え、ゲーム開発部編では『名もなき女王』の覚醒を阻み、エデン条約編では『聖徒の交わり』を撃退してアリウス分校をベアトリーチェの呪縛から解き放ち、最終章では『アトラ・ハシースの方舟』を破壊した────これを、完全無欠のハッピーエンドと言わずになんて呼べば良い。

 

これらの功績は全て『先生』が───この物語の主人公がこの世界にやってきた事で確約される。つまるところやはり、先生がシャーレに着任した時点で俺の役割は終わっていたのだ。『ブルーアーカイブ』という物語は、最初から俺と言う存在を必要としていなかったのだ。

 

 

 

─────それなのに、なんで俺を置いて行ってしまったんですか。先生。

 

 

 

「───ッ⁉︎」

 

 

自分の声が脳内に反芻したと感じると、その刹那割れるような痛みが脳髄を刺激する。今まで経験したことのないような頭痛に運転中にもかかわらずハンドルから手を離して頭を抱える。操作を失ったバイクはあっけない程簡単にバランスを崩すとそのまま横転し、自分の身体が空に投げ出される。

 

 

「ガッ───なんだよ、急に……⁉︎」

 

 

強く地面に叩きつけられるが、砂の地面であることと臨戦形態の装甲であることが幸いしてどこも怪我はない───だが、非常に強い頭痛と自分の声が際限なく続く。

 

 

─────この世界は貴方の物語なのに。なんでいなくなってしまったんですか。

 

 

─────『大人のカード』があったって、『シッテムの箱』があったって、俺には生徒を導けませんよ。だって俺は先生じゃないんですから。

 

 

─────お願いだから戻ってきてください、この物語には貴方が必要なんです。

 

 

 

「誰の事を言ってるんだ……⁉︎先生はちゃんといるだろう…⁉︎」

 

自分の意思ではない、けれど間違いなく自分の声が脳裏に何度も叩きつけられ、その度に著しい痛みが襲う。

 

 

 

 

─────俺のせいだ。俺と言う不純物がいたせいで、先生が勘違いしてしまったんだ。自分がいなくてもこの世界が幸せになれると。ありえない幻想を抱かせてしまった。

 

 

─────正さないと。要らないものは消して、在るべきものは残さないと。

 

 

 

「わかっている…!だからこうして俺は…‼︎」

 

 

 

側にいるアビ・エシュフ達が俺が吹き飛んだ事にオロオロとしているが、脳裏に響く声のせいでそれどころじゃない。

 

 

 

 

─────忘れるな。お前に生徒達は導けない、お前に始発点は越えられない。

 

 

─────所詮お前は、この物語の不純物なのだから。

 

 

 

「……グッ、はぁ、はぁ…」

 

 

その言葉を最後にようやく治った頭痛を息を吐き、蹲るようになって呼吸を整える。さっきの声、俺じゃないのに俺の声がした。あれは、一体…?

 

 

「すまない、ありがとう」

 

 

アビ・エシュフの一体から差し出された手を掴み立ち上がる───なんだった、今のは…いや、考えていてもしょうがない。思考してもわからないものに時間を使うべきじゃない。今の目的は洗礼広場まで辿り着き、そこで梔子先輩と入れ替わるように十字架に貼り付けられれば良い。それで奇跡の力を使って俺の記憶を消せば、それで俺の物語は終わりを告げる。

 

 

「…とにかく急がないと。ユメ先輩の洗礼広場まではまだ距離がある。その間に攻撃を─────⁉︎」

 

 

直後、一番後方に待機していた量産型アビ・エシュフの内の1機が青色のレーザーに貫かれ、胴体を貫通して爆発する。襲い来る爆風と破片から逃れるように残った機体に身を寄せる。

 

 

「さっきのレーザー、あれは……」

 

 

さっきの高出力レーザーには覚えがある───というより、俺が設計、制作に関与したフォノン・メーザーのそれだった。従来のレーザー兵装より貫通力を底上げした新時代の兵装の一つ。確か調月会長から依頼されたそれは、量産化されたら危険ということで彼女の扱う兵装にのみ搭載を許可した特別製で………。

 

 

 

「…やはり偽物は脆いですね。私と言う本物がいながらそんなパチモノの偽物に頼るなんて心外です」

「…その声は、やっぱり君か」

 

 

 

まばゆい太陽光の中に隠れていたのか、ビルの屋上から凛とした声が俺の鼓膜を叩く。その後、重低音と共に屋上から質量物体が飛び降りると、着地と同時にわずかな地揺れを引き起こす。

 

 

「そんな偽物必要ないでしょう───なぜなら、クロキさんにはパーフェクトで完璧で瀟洒で可愛い、貴方唯一のメイドがいるのですから」

「……本当、その自信のありようだけは見習いたいものだね」

 

 

あいも変わらず露出の多いノースリーブにハイレグの衣装に不釣り合いなほど大きい機械の巨体────アビ・エシュフを身に纏った、自称俺の唯一のメイドがバイザーをつけたまま無表情のまま、俺の前に立ち塞がった。

 

 

(参ったな……あれは完全形態じゃないか…)

 

 

即座にクラフトチェンバーから俺に似たドローンを出力し、自分の周りを固める。彼女は優秀だ、この状況で俺を拿捕するのに一人で来るとは思えない。

 

 

(擬似神聖十文字も出さないと不味いか…?けどあれは加減のきく兵器じゃない、万が一にも彼女たちを殺すわけには…)

 

 

「──さて、クロキさん。私は今とても怒っています。それはもう、怒髪天を突く勢いです」

「……さっきの発言のことか。けどあれは…」

「違います。それについても怒っていますが、私が怒っているのは別の理由です」

 

 

徐にそう言うと、俺の周りにいるドローン……ではなく、そのさらに外苑を固める量産型アビ・エシュフを指差す。

 

 

「なんですか、この出来損ないの私もどきは。なんでこんな物を作ったのですか?私と言う存在があるのに?」

「……いや、これは君が俺のメイドを自称する前に作った奴で──」

 

 

直後、俺の真横にいたドローンの一体の頭部が吹き飛ぶ───垂直加速型小型ミサイル、完成していたのか…⁉︎

 

 

「言い訳は聞きたくありません。そんなものを作る前に、まず私に一声かけるべきではなかったのでしょうか───つまり、私が欲しいと」

「……そんなことは微塵も思ってないけど」

 

 

 

なんで彼女はこの状況でもおもしれー女枠から外れないんだよ。あまりに強すぎるだろ…。

 

 

「それさえ言ってくれれば、私は何を差し置いても貴方の下に馳せ参じたのに…私の忠誠心を甘くみましたね」

「そんなご立派な忠誠心があるのなら、今から俺に協力してくれないか?」

「……それは、これからのクロキさん次第ですね」

 

 

そういうと彼女はバイザーを外し、綺麗な青色の瞳が顕になる。

 

 

「単刀直入に言います────私は、貴方をお慕いしています、鏑木クロキさん」

 

 

 

─────それは、あまりに突然の言葉だった。

 

 

「…なっ、何を急に…⁉︎」

「いえ、そういえばちゃんと口にしていなかったと思いまして」

「だからって、なんでこんな状況で…⁉︎」

「こんな状況だからこそ、ですよ。それで、如何ですか?」

「如何って、何が」

「酷いですクロキさん。私は今恥ずかしい心を押し殺して告白したんですよ。それなら、答えは二つしかないじゃないですか」

 

 

表情も変わらず、口調はいつものような軽口────けれど、その耳は普段の絹のような白とは打って変わり、赤熱した鉄のように赤くなっている。

 

 

「私の告白を受けてくださると言うのなら、私は貴方の側につきましょう。ありとあらゆる万難を排し、貴方を泥棒猫の元まで送り届けて見せます。ですが、断ると言うのならその時点で私はあなたの唯一無二の敵になります」

「───そんなの、君にメリットがないんじゃないのか?」

「いえ、あります。私は貴方が最期に選んだ女性だったという、何よりも代え難い事実を手に入れられます」

「…そっか。それは、重いね」

 

 

そう豪語する彼女に、俺は仮面の下で苦笑を浮かべる。…多分、彼女の言葉に嘘はないのだろう。ここで俺が心にもない言葉でOKと言えば、それで彼女は俺の味方になってくれる筈だ。彼女はそういう、強い女性だ。

 

 

(本当、強かだよなぁ)

 

 

────なら、俺の答えは一つだ。

 

 

 

「────せっかくだけど、お断りさせてもらうよ。君には、もっとふさわしい人がいるから」

 

 

その言葉に、彼女は目線を細めてバイザーを再び被る。

 

 

「…では、私自ら貴方を私にふさわしい人にしてあげましょう───大丈夫です、1ヶ月もあれば終わります」

 

 

その言葉と共に彼女の巨体──ミレニアムの叡智が唸りを上げる。バイザーから流れる一粒の雫は、見ないふりをした。

 

死に向かう列車に、付き添いなど必要ない。これは、俺が始めた物語なのだから。

 

 





失敗者、或いは向こう側の救世主

キヴォトスから立ち去った『先生』に代わり、クラフトチェンバー0号機を使って世界の脅威を退けた舞台装置。確かに彼は世界から脅威を排除したが、『大人』として、先達者として生徒達を導くことを放棄した無能者でもある。生徒から向けられる気持ちに真摯に応える事もなく、全員の記憶から自分の存在を消し去ることで根本的解決を放棄した失敗者。その結果、生徒達は無くしてしまったものを探して彷徨う亡霊となってしまった。どこかの世界から「先生」を呼び寄せて正しい『ブルーアーカイブ』を再演するべくクラフトチェンバー0号機を使用して同質の物体に干渉を続けている。自分の壊し方をよく知っているので、時たま夢に梔子ユメや失敗した世界線の誰かの映像を流し続けている。先生から預かった【大人のカード】は一切使っていない。



空崎ヒナ

行動指針に一才の迷いがない。ある種の暴走列車とも言える。クロキ型ドローンによる精神攻撃で精神を幾らか削られているが未だ万全。小鳥遊ホシノの事を最大のライバルだと思っており、最終的に選ばれるのは私かホシノだと信じて疑っていない。


飛鳥馬トキ

大胆な告白はメイドの特権といきなりぶっ放した。表情には出ていないが現在の彼女は非常に気が立っており、今の彼女に捕まったら比喩なしで1ヶ月は拘束される。


小鳥遊ホシノ

───今の彼女に声を届かせることができるのは、かつての青春を共にした人だけだ。


黒服

現状でもっとも有効な一手を打つ鏑木クロキの強火ファン。信者を敵に回すと怖いということの典型。


マエストロ

洗礼作業を中断し2機の領域支配機をミレニアムから強奪。現在アビドス砂漠へ急行中。




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