ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
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「──本当、嫌になるほど高性能だな…!」
悪態の言葉を吐くと同時に青白い閃光が走って爆発が巻き起こり、機械の肌を鉄屑が撫でる───今の攻撃で3機目の量産型アビ・エシュフが消失した。当初の予測より早い消耗に思わず歯噛みするが、俺の立てた予測が甘かっただけの事だ。
「……これで3機目、ですか」
彼女───飛鳥馬トキの背中から限界まで熱されて赤色に光る円形の筒が排出される。当初の設計図通りならフォノン・メーザーを照射する為の外付けバッテリーで、今排出したのが3セット目だ。バイザーに隠れて表情はよく見えないが、口からは吐息が漏れ、露出する肌からは珠の汗が浮かんでいる───消耗している事は明らかだった。
「…撤退するのならこちらも追わないけど」
「撤退?ご冗談を、私は目の前にぶら下がった人参を諦めるほど往生際が良くありません」
「…俺が人参か」
こんな機械仕掛けの人参なんてさぞ美味しくないだろうと肩を竦める────これ以上、ここで足止めを喰らうわけには行かない。ステルス機能を持った彼女がわざわざここで身を晒してまで俺を足止めする理由はわからないが、わざわざ彼女の思惑に乗る必要はない。
残ったアビ・エシュフの補強とドローンを再展開すべくタブレットを操作する。
「えぇ、クロキさんは美味しい人参です。ですから早く美味しく頂きたいのですが……」
「…飛鳥馬さんは思い違いをしている。身近にいる男性が俺だけだから、俺のことが好きなんだと勘違いしているんだよ。…でなければ、仕事ばかりで面白味のない、ロボットの着ぐるみを着た異常者を好きになるわけがない」
そう、いまの俺の状況はいわば、女子校の中に一人放り込まれた歳の近い用務員のお兄さんの様な立場なのだ。そんな稀有な状態で正常な男性観など養われるはずもない。
「───────は?」
「ちょっと外に目を向ければ、もっと魅力的な人がいるんだよ。そう、例えば先生を男性にしたような────」
俺の言葉は続かなかった─────何故なら、瞬きの間に視界いっぱいに彼女の姿が映ったからだ。
「っ───⁉︎来い、アビ・エシュフ‼︎」
刹那の間に肉薄する彼女の振り翳す剛腕との間に量産型アビ・エシュフが割って入り、腕にチェーンソーを展開して腕を交差して防御の構えを取る────そして、その腕ごと両断される。
「なっ───⁉︎」
両腕を喪失したそれをまるでバターを切り分ける様に簡単に裁断される姿に言葉が詰まる───なんで、彼女のアビ・エシュフに近接系の兵装は搭載していないはずなのに⁉︎
そんな俺の動揺を他所に機械の剛腕を払う彼女から逃れる様に砂の地面を改変し、発条化した砂の地面で無理やり彼女を押し返す。
コンマ数秒の間に生成されたそれに流石に反応できなかったのか、反発する砂の地面に何か部品が割れるような音と共に吹き飛ばされ、ビルの一角に激突して砂埃を挙げる。一瞬のうちに残った3機の内1機がバラされてしまったが、とりあえずの危急は回避したと息を吐く。しかし、なんで急にあんなに動きが───。
「───勇気を出して告白した女性に、よくもまぁそんな暴言が吐けたものです。いっそ感心すら覚えてしまいます」
巻き上がる砂埃から彼女の姿が顕になる。アビ・エシュフの部品から火花が上がり、綺麗な身体が砂に塗れている───直後、彼女のつけていたバイザーに罅が走る。
「……トキ」
「一体、私がいつ存在もしない人が欲しいと言いました?いつクロキさんの言う相応しい人に会いたいと言いました?」
バイザーに走っていた罅が割れるような音と共に広がる。それでも彼女は話す言葉をやめない。
「言っていませんよね。だって、私は今私の目の前にいる、女誑しで、朴念仁で、女の子の気持ちを勝手にわかってるような口振りの極悪人が───夢にひた走る貴方の事が、好きになってしまったんですから」
直後、彼女の瞳を覆っていたバイザーが砕ける。
「…なのに、それなのに、なんでクロキさんはそんな酷いことが言えるんですか」
そこには、ミレニアム最高の装備を持つ少女ではなく、どこにでもいるか弱い少女が、いた。
「……ぁ」
そんな彼女の姿を見て、俺はタブレット───楽園防衛機構とクラフトチェンバー0号機を統括するコントロールユニットから手を離す。
「私は別に、クロキさんに難しいことを要求していません。ただそばにいて欲しい、偶に我儘を聞いて甘やかして欲しいだけです。世界の危機とか、キヴォトスの終焉とか、そんなのはあなた一人が背負うべき責任じゃありません。それなのに、なんで、それすら受け入れてくれないんですか」
「…………」
こころの奥底を吐露するような口振に、ただただ心が悲鳴を上げる。助けたいと願った、助けになりたいと走った結果がこのザマかと、途方もない無力感が身体を駆け抜ける。
「私は、梔子という人の事はよく知りません。その人がクロキさんにとってどれ程大切な人だったのかは、想像もできません───でも、それは今ある全てを投げ打ってでも成し遂げたい事なんですか?今こうしてクロキさんを慕っている私達の気持ちを、なかったことにしてでも叶えたい事なんですか?」
「…………それは」
俺は、叶えなくちゃならないんだ。それこそ、何を犠牲にしてでも。
「クロキさんは朴念仁でどうしようもない女誑しですが、人の気持ちを弄ぶ人じゃありません───きっと、クロキさんは頑張りすぎて疲れてしまったんです。大丈夫です、クロキさんの功績なら3年───いえ、5年は何もせず遊んで暮らしても誰にも文句は言えません。いえ、私が言わせません。だから、私と一緒に休みましょう?」
そう言って、涙を溢しながらも微笑む彼女の表情に、加熱していた思考が一瞬止まる─────そう言えば、まだみんなと交わした色んな約束を果たしていないな。生塩書記と一緒にパーティにも行っていないし、イブキちゃんに公園を作ってあげる約束だって果たしていない。白石部長の為に新しい実験場だって作れていない。モモトークを見れば、まだ返事が終わっていない、履行できていない約束が山のようにある。それを放棄して消えるのなんて──────。
【─────だから、私が困ったらクロキ君が私を助けてね?】
…ふと、脳裏に彼女の言葉が過った。
「────擬似神聖十文字、起動コード認証」
『コード認証を開始』
「クロキさん…!」
嫌になる程青い空を割く、彼女の悲痛な叫びに俺は首を振る。
「…叶えなくちゃ行けない願いがある。やらなくちゃいけない事がある。それが終わるまで、俺は進み続けなきゃいけないんだよ────【偽りの預言者の到来を告げる。彼は違いを痛感する静観の理解者であり、楽園に蜷局を巻く白痴の蛇】」
『音声認証完了───擬似神聖十文字、No.3のコード認証、静脈認証待機』
虎の子の量産型アビ・エシュフは残り2機まで減らされてしまい、追手にはキヴォトス最強と名高いヒナとネル、そして【シッテムの箱】という最強の電子装備を有する先生だ。生半可な兵機では足止めすら不可能だ。
「…君の気持ちには答えられない。謝って済む話じゃないとは思うけど……ごめん、トキ」
「─────謝る必要はありませんよ。クロキさん」
彼女の意味深な言葉の意味を測る事なく、タブレットに赤く映る【擬似神性十文字:Fビナー】の文字に触れて静脈認証する────その瞬間、背中に小さな衝撃を感じた。
「────は?」
「────防衛用のドローンを展開しなかったのは迂闊だったな。お陰で楽に接触できた」
凛とした声に振り返ろうとした矢先、外の景色を写すモニターが一斉にアラートを吐き出す。身体中に張り巡らされた行動補助用のモーターが瞬く間に停止、機械のスーツそのものの重さが直に身体にのしかかり、くぐもった声と共にその場に蹲る。
「その声は、錠前さんか…!」
「……その通りだ。全く、手間を焼かせてくれたな」
「ッ───アビ・エシュフ‼︎」
アラートを吐き出す画面越しに側にいた量産型アビ・エシュフに呼びかける───だが、当の機体はまるで俺の存在が認識できないかのようにその場で視線を動かすだけだ。
「な、何が……」
「調月会長が渡してくれた、クロキさん捕縛用の特製ジャミング装置です────立体駐車場の時、回収しておいて正解でした」
「っ、こんな、もので…‼︎」
スーツの重さに軋む身体を押して側にある空に浮くタブレットに触れる───前に、そのうちの一つが銃声と共に貫かれる。撃ち抜かれたそれは力なく地面に落ち、砂と同化して消える。近くからではないと言う事は槌永さんの狙撃か…!
「……すまない飛鳥馬、介入するタイミングを測っていたんだが」
「いえ、寧ろ隠密を徹底してくれて助かりました。下手に動いていれば気取られていた筈でしょうし」
「……最初から、これをつけることが目的だったのか…‼︎」
環境情報伝達が停止し、自立AIに移行中の脚を止めた残りのアビ・エシュフ2機の首を切り取り淡々と処理して行く様をただ見ていることしかできない。不味い、これは非常に不味い…!
「これを外してくれ錠前さん!俺はみんなを、世界を、梔子先輩を助けないといけないんだよ‼︎」
「………」
俺の願いに何か返すわけでもなく、彼女は周囲を警戒するだけだ。
「俺が十字架に繋がれば、この世界から悲劇を、厄災を取り除ける!刻まれた過去だって変えられるかもしれない!地下に押し込められたアリウスのみんなだって、直ぐにでも明るい日の下に送り出せるんだ!だから……‼︎」
「……私は、お前の言葉に返すものを持たない。ありとあらゆる不幸を取り除く万能の願望機があれば、私だってそれに縋ると思うから」
「それなら………‼︎」
彼女がしゃがみ込み、膝を折る俺と視線を合わせる。
「…でも、お前が私に教えてくれたんだ。この世界に希望を持って良いと、誰かを頼って良いと───だから、私は私に取っての希望であり道標でもある
「………この世界の希望は先生だ。断じて俺じゃない」
「…残念だが、お前の意見は聞いていない。あの時、お前も私の意見を聞かなかった事だしな」
それだけ言って視界から消える彼女に歯噛みする───こんな事なら、ことさら地下駐車場の時に功績を全部先生になすりつけるべきだった。いや、そもそも俺の行動それ自体が先生の指示によるものだと吹聴して回れば……クソッ、時間を巻き戻せたら…!
「……さて、これで貴方を守るものは一つも無くなりましたね、クロキさん」
「トキ、君は今何をしているのかわかってるのか…!」
「?えぇ、自分勝手に消えようとしてるとんでもない朴念仁を捕まえて家に監禁───失礼、軟禁するだけですが」
念入りに周辺を調べ回った彼女が再び俺の前に立ち、俺の顎を指で持ち上げる。端正で綺麗な青色の瞳と微かに垂れるブロンドの髪、それと赤くなった目元が合わさって、まるでどこかの物語に出てくる戦の女神のような美しさを持っている。
「あと、言っておきますがクロキさんの気を引きたかったのは作戦のためですが、先程の言葉は純度100%の本心です。響きましたか───なんて、聞くのは野暮ですね」
「……今、俺の中で魔性の女ランキングの順位が変わったことだけは確かだよ」
せめてもの強がりで吐き出す。
まさか、いくら強かとはいえ彼女が俺の【最も苦手とするもの】すら平気で利用するとは思っていなかった───本当、嫌になるほど俺のことを知られているようで返す言葉もない。
「取り敢えずはこの都市から急いで離脱しましょう。ここにはまだクロキさんの最高傑作も控えていますし、先程の前口上も気になります」
「擬似神聖十文字、だったか。全く、どれだけの手札を隠していることやら」
「おそらく、夜な夜な廃棄区画でドンパチしていた実験兵器とやらでしょう。確かアビドス砂漠に出現した個体と殆ど瓜二つの物も用意していたと会長が仰っていましたが…」
「……出現したら対処は厳しいだろうな。とりあえずクロキには眠ってもらおう」
直後、首の装甲を貫いて何かが体内に注入される。直後、何度も経験した眠気にも似た感覚が走る───睡眠薬の類を入れられた事は明らかだった。
「おやすみなさい、クロキさん。次に目が覚めた時は、今までの分までちゃんと甘やかしてあげますからね」
「だ…めだ。俺は……みんなを…ホシノを、ユメ先輩を…助けなきゃ……」
強力な薬を入れられたのか、強烈な眠気に抗いながら譫言のように言葉を漏らす────こんな所で止まれない、終わらない。俺は、俺がこの世界に生きるためには価値を、意義を、矜持を示し続けなければ行けないのに。こんな所で止まる、訳には──────。
失意の中、自分の意識とは裏腹に瞼は徐々に閉じられる─────その、間際だった。
【─────対象者の意識混濁を確認。アトラ・ハシースの方舟【
意識が暗闇に落ちる中、ふと、踏切の音が脳裏に響く。何処か心地の良いその音に誘われるように、俺は意識を手放した─────。
─────────────────────────────
「───っ」
クロキの頭を漂っていたヘイローの様な輪っかが消失し、ぼんやりと灯っていた右眼の光が消えるとほぼ同時に横で飛鳥馬の身体がふらつく。
「おい、大丈夫か」
「え、えぇ。流石私の偽物、そこそこ以上に厄介でした」
「…無理もない」
作戦───否、この砂漠の都市で合流してわずか30秒で交わしたこれが作戦などと呼べるわけがない。鏑木クロキを拘束するためだけの装置をクロキに取り付けてほしい、視線は私が釘付けにする。まるでそうする以外に道がないと言わんばかりの迫力で宣った彼女に呆気に取られたものだが……。
(これが、ミレニアムのC&Cのエージェントの本領…)
背中に冷たい汗が流れるように感じる──あんな化け物じみたドローンを複数相手にしつつ、クロキ本人に損傷を与えなかったその力量には舌を巻くほかない。あの時の彼女はまさに鬼気迫っていたとはいえ、個で戦況を変えることのできる戦力とは目の前の彼女のような存在の事を指すのか。
「…とにかく本部に連絡しましょう。すみませんが、連絡をお願いできますか」
「あぁ───こちらアリウスの錠前だ、聞こえるか?」
『えぇ、聞こえていますし、状況も把握しています。本当に、良くやってくれました』
飛鳥馬の声に促されるまま耳のインカムの電源を入れると、理知的な声から隠しもしない安堵の感情が響く。
「予定通りクロキを回収した。これから都市を脱出するが…」
『これよりドローンを使って誘導します。途中で先生やゲヘナの風紀委員長、美甘さんと合流して下さい』
「合流だと?最短で脱出するべきではないのか?」
『そうするべきなのは間違いありませんが……現在、メルキオールを足止めしている部隊の連絡が取れません』
「なんだと?」
深刻そうな声色のまま彼女は続ける。
『先程増援に向かわせたC&Cのアカネさんとアスナさんには対領域支配機用の兵装で高威力のEMP兵器を複数所持しているので、連絡がつかないのは仕方がないのですが……』
「…了解した、合流を急ぐ」
会話を聞きながらもハンドサインでビルに待機しているヒヨリとミサキに合図を送る。
「…飛鳥馬、まだ動けるか」
「えぇ、兵装はほとんど使い果たしてしまいましたが、移動に支障はありません」
「それならクロキはお前が担いで移動するぞ。どうやら、今領域支配機と対面している部隊と連絡が取れないらしい」
「…あまり良い話ではありませんね」
「とにかく早く移動する。ここが領域支配機に気取られれば─────」
───ズン。
「────何の音だ」
お腹のそこに響く、嫌な重低音が辺りに響く。
──────ズン。
「ヒヨリ、周囲を警戒しろ。何かが来る」
『わ、わかってます』
尚も近づいてくる重苦しい音に懐からハンドガンを構える。
────────。
「…………?」
こちらに近づく音が止まり、砂同士が擦れる音だけが響く───それでも、肌に張り付く緊張感は無くなるどころか強くなるだけだ。
「………行きましょう」
「あぁ。とにかく急いでこの場を離脱する」
彼女が機械の巨体を動かし、地面に倒れ伏している白い装甲を纏ったクロキに手を伸ばし、その肩に触れる───────その瞬間、伸ばした腕に赤い閃光が瞬く間に稲妻の様に走る。
その刹那、不出来なビデオの早送りのような歪な速度で赤い閃光が走った場所が焼き切れ、彼女の生の腕だけが残った。
「なっ─────」
「っ、飛鳥馬‼︎」
突如、砂から楔の様な形をした小さな物体が複数出現し、赤い閃光を発生させながら飛鳥馬の機械の巨体を解体していく。その閃光────否、レーザーは極めて細くけれど高密度の粒子を放出しているようで、先程同一の性能を誇っていた6機のアビ・エシュフと互角以上の戦いを繰り広げていた巨体を紙切れのようにバラバラに割いていく。
1秒にも未たないその一瞬───そんな刹那の間で、彼女の巨体は見るも無惨な鉄屑に変貌してしまった。
「飛鳥馬、大丈夫か⁉︎」
「っ、私は大丈夫です。ですが────」
「─────誰かと思えば、お父様を殺めようとした薄汚いネズミですか」
空を高速で舞っていた楔のような物体が飛んでいく方向へ視線を送る─────その姿に、思わず息を飲む。
「今から3つ数えます、それまでにお父様から離れてください」
純白のドレスの様な衣装には砂の汚れひとつ見当たらず、風に揺れる髪に乱れひとつなく、澱みのない歩き方には疲労の一切を感じられない────クロキのような黄金の瞳から血に染まったような紅に染まった瞳を除けば、戦闘を行ってきたことなど信じられないくらいの風体だった。
「…他の、先輩たちはどうしたのですか?」
飛鳥馬が静かに口を開いたのとほぼ同時に私達とクロキの間の地面に一本の線が走る───先程アビ・エシュフを紙切れの様に焼いたレーザー兵器達が、私達を包囲している。
「先ずはお父様から離れてください。それと、先程からこそこそとこちらを眺めている狙撃手にも離れるよう言ってください」
「…ヒヨリ、直ぐにその場から合流ポイントに移動しろ」
『で、ですけど…』
「命令だ────今の戦力でこいつに勝てるわけがない」
『りょ、了解です』
そのまま引かれたレーザーの線から静かに離れると、変わるように彼女がクロキヘと近づく。
「……お父様、やはり臨戦形態へ移行なされていたのですね」
膝を折るような体制で固まるクロキの姿を見ると、そのまま膝をついて正面から彼を優しく抱擁する。
「──失礼致します、お父様」
その言葉と共に彼女が口を開けて鋭利な歯を剥き出しにすると、そのままクロキの肩に齧り付く。その仕草に思わず体が動くが、横にいる飛鳥馬から腕で静止されてこの場に止まる。
「……そう言う事だったのですか」
時間にして30秒程だったその抱擁を終えると静かにその場から立ち上がる。その後、クロキの背中に付けられたジャミング装置を素手で握りつぶすと、紅の瞳がこちらを見やる。
「…いま、お父様のスーツから状況を把握いたしました。貴女達がお父様に弓を引いた理由も、お父様が何をしたいのかも」
その言葉とともに紅の瞳から黄金色の瞳に戻り、逆立っていた尾と羽が静かに地面に向く────敵意が、なくなったのか…?
「私達の意図を、理解したんですか?」
「えぇ。いきなり万年赤字経営者──陸八魔から攻撃された時は頭に来ましたが、こう言う事であれば事情は斟酌いたしましょう。もちろん、こちらから謝罪する事はありませんが」
「別に、謝罪が欲しいわけではありません────単刀直入に聞きます、メルキオール、貴方はクロキさんの夢をどう思いますか?」
「…私はお父様の誇る最高傑作、領域支配機の末娘です。私は───いえ、私達はお父様に何か意見する権限はありません」
それだけ言うと、彼女は静かにクロキの身体を持ち上げる────待て、待ってくれ。それじゃあ、クロキは…。
『待ってください、Melchior』
直後、小さなプロペラ音と共に自分でも飛鳥馬でもない声が響く。音質が悪いが、現在の急造チームをまとめ上げている、ミレニアムの明星だとわかるのにそう時間はかからなかった。
「…その声は、ミレニアムの明星様ですか」
『自己紹介が省けて助かります。クロキを、私のクロキをどこに連れて行くつもりですか?』
「……お母様の元へお連れします」
「お母様…?梔子ユメの事か?」
「えぇ。今私を覆うこの神秘は、梔子様から分けられたものですから。この身体はお父様から、神秘はお母様から賜ったものですから」
「…それは、また──」
なんとも返答に困る───状況が状況でなければクロキを問い詰めることにもなったかもしれないが、当の本人は先程投与した薬の影響で眠ったままだ。
『…今はその話は置いておきます。えぇ、この状況ですから置いておきますとも』
「…何やら声が震えていますが、大丈夫ですか?」
『些か脳破壊という感覚を味わっているだけですのでご心配なく───それより、貴女はそれで良いのですか?クロキの願いは、言うなれば自殺に等しいものです。クロキが死んでも構わないと、貴女はそう思うのですか?』
「────そんなの、思うわけもないでしょう」
明星の問いに、Melchiorは俯くだけだ。
『それなら────』
「ですが、それでも私はお父様の意思を尊重します───だって、お父様は自らの死すら、楽園の予定に含んでいたのですから」
『…なんですか、それは。一体どう言う事ですか』
領域支配機の言葉に微かに声が震える。
「私達領域支配機はお父様の死後、楽園を完成させるべく起動するようプログラミングされてたんですよ。精巧にお父様を模したAIを搭載された、死後もこのキヴォトスのためだけを考えて作られたお父様の模造品───それが、私達領域支配機です」
「……なんだ、それは」
領域支配機から語られる言葉に、私は慄くしかなかった───確かに、クロキの持つ楽園の想いは、いっそ執着と捉えてもおかしくない程強かった。だが、それが自分の死後も続くように取り計らっていたなどと誰が考えられるだろうか。自らの死すら予測して行う行動─────それは、かつて私の考えていた思想とは正反対だが、それでも同じ程狂っている思考と言う他にない。
「そして、これがお父様の想いを表すなによりの証拠です」
領域支配機は徐に掌に砂を固め、一つの拳銃を作り出す。砂でできていることを除いても、その拳銃はあまりに不出来だった。照準器がわざわざ取り外され、本体自体も酷く安っぽく、そこらのコンビニで買える拳銃の方が余程高品質な代物で───そして、私はそれに見覚えがあった。
「それは、立体駐車場の時にクロキの使った───」
「これには弾丸が一つしか込められていません。そして照準すらついていない……さて、これは一体何を撃ち抜く為のものなのでしょうか?」
あんな粗末な拳銃では私達は愚か、市井の人々を殺すことすら叶わない。それこそ、極めて至近距離から撃たなければ人を殺す事など────。
『…そんな、だって、私はそんなの知りません!クロキがそんな物を持っているなんて……‼︎』
酷い嗚咽の声と共にドローン越しに咳き込む音が響く。横に視線を飛ばせば飛鳥馬が「…1ヶ月では足りませんでしたか」と殺気立った視線を眠っているクロキに向けている。
「……錠前様。貴女であれば、この拳銃の用途はわかりますね?」
その問いに、私は静かに口を開く。
「……自決用の拳銃、ということか」
「その通りです。お父様はこの銃を【alt+f4】と呼んでいました。不出来なロボットを強制終了させるための極めて合理的な装置である、と」
その言葉を最後に、あたりに静寂が満ちる。
「───お分かり頂けましたか?お父様にとって、死などもはや特別な儀式でもなんでもないのです」
『…わかりません、いえ、わかりたくありません…!クロキにとって、このキヴォトスは常に死を考えなければならない程過酷な世界なのですか⁉︎』
「だから、お父様は初めからおっしゃっていた筈です───自らの死を持ってこの世界から災厄と悲劇を取り除くと。つまりは、この世界を襲う悲劇はお父様が考える自死と天秤にかけてなおお釣りが来るほど強大なものです。お母様の蘇生は、その副産物と言えるでしょうね」
『馬鹿げてます…!一人の死で成り立つ世界なんて、そんなのリオが話す少数の犠牲に成り立つ歪な構造に過ぎません!クロキは、それで犠牲になる人が嫌だったから、楽園を目指していたのに……‼︎』
明星の叫びに、領域支配機は流石に首を振る。
「………私は所詮AIですから、人の気持ちを完全には理解できません。ですが、私の中にあるお父様の意思からはっきりとわかる事があります」
黄金の瞳が細められ、琴の様な綺麗な声で彼女が笑う。
「お父様は、心の底からこの世界を、キヴォトスを愛していました。これだけは、誰に何を言われても否定はさせません」
「────だから、先輩を死なせるわけには行かないんだよ」
私達の背後から力強い宣言が空に響く。
「先輩の───クロキ君の想いは託されるには大き過ぎる。未成熟な彼女達には、彼の眩すぎる願いは呪いとなってしまう。責任ある大人として、彼の蛮行を見過ごすわけには行かない」
横にゲヘナの風紀委員長とC&Cの部長────現在のキヴォトスでの特記戦力を引き連れたその人は、懐から一枚のカードを取り出す。そのカードをみた瞬間、領域支配機の顔が強張る。
「…どうかそのカードはしまって下さい先生───それは、貴女を殺す力です」
「ここで止められなきゃどのみち死んだも同然だよ───それに、先輩が命をかけているんだから、私だって賭けないとフェアじゃないでしょ」
「……考えが過激すぎるのも考えものですね」
抱き抱えていたクロキを静かに地面に降ろすと、黄金の瞳が再び紅に代わり楔を模したレーザー兵器が辺りを浮遊し、華奢で可憐だった口からはギザ歯が覗かれて獰猛な獣のような顔つきに変わる。
「お父様の願った最高の奇跡───どの程度のものか見せてもらいましょう」
「───お願い、誰か応えて…‼︎」
その言葉の直後、掲げたカードから
「っ、なんだこれは…⁉︎」
その光に瞳を閉じる─────その刹那だった。
「────ん、他の世界への干渉が強くなったからもしかしたらと思ったけど、本当に呼ばれるとは思わなかった」
靴と砂が地面に擦れる音が聞こえると同時に、心の底から安心したような声が響く───妙だ、この声は本来ここでは聞こえるはずのないものだ。だって、彼女は領域支配機の足止めとして便利屋と行動を共にして………。
「その姿───もしかして、シロコちゃん……?」
先生の言葉に促されて瞳を開けると、そこには確かに砂狼の姿があった。身体が成長し、アビドスの制服から黒のドレスに変わっている事を除けば、その出立はまさに先生の言った通り砂狼シロコそのものだった。
「……始めようか。今の私は、あの時のように弱くはないよ」
『戦術支援システム:
問い掛けに答える事なく、合成されたクロキの声と共に彼女の背後から突如6機の浮遊物体が出現する。従来の砂狼が使っていたものとは別に、鏡のようなそれが幾つも浮遊する。
「先ずは貴方を拘束する───覚悟して、Melchior」
鏑木クロキ
言ってはいけない言葉を言ってはいけないタイミングで言ってしまった少年。クソボケの極地みたいな言葉を平気で宣う。行き着く先は地獄。娘に勝手に自殺プランを公開されてしまったのでより一層地獄はますばかり。基本的に生徒の悲しそうな表情や涙に弱いため泣き落とし戦法が極めて有効。ラスボスみたいな能力を持っていても生徒相手では使いこなせないので戦力的には中ボス程度。今の彼は電車に揺られている。
失敗者
【先生】の存在を追い求める亡霊であり、別世界に干渉するために色彩と同化した化物。先生を追いやってしまった自分への極めて強い自己否定感情を募らせてしまった怪物であり、かつての崇高な願いであったキヴォトスを楽園に変えるという想いすら忘れてしまった愚物。理想に叶う人を探し出し、先生という役割を押し付けようする生粋の狂信者。
Melchior
梔子ユメより神秘を得たことで、本来は技術上の観点から搭載が困難とされた特殊兵装をクラフトチェンバー0号機から出力した完成体Melchior。まだ龍形態を残している。クロキの願いを健気に叶えようとしている少女だが、勿論だが本意ではない。
先生
どのゲームでも切り札は最初に使うことをモットーにしている。大人として、後輩として、クロキの願いを阻止するために立ち上がった。自殺願望の話はちゃんと聞いていたので、この一件が片付いた後クロキは今までに類をみない説教を経験することになる。
飛鳥馬トキ
過去に例を見ない程激おこ状態。触れたら破裂するポップコーンとも言える。不幸中の幸いは、怒りの矛先であるクロキが眠っている事だろうか。
明星ヒマリ
目の前でクロキが攫われたり、自殺願望を持っていたことを知らされたりと結構精神的にギリギリの状態。下手に今の彼女にクソボケをぶつけると情緒が砕け散り監禁コースに発展する可能性があるため要カウンセリングとなっている。
砂狼シロコ(テラー)
失敗者の世界線からやってきた狼。記憶を取り戻している数少ない生徒の一人であり、彼の引きこもっているアトラ・ハーシスの方舟を攻略する為に色彩を受け入れた。だが、方舟で領域支配機と結合した小鳥遊ホシノとの戦闘に敗れている。本来であれば自己を喪失しているが、失敗者からかつて受けていた洗礼によって自我を保ったまま能力を底上げしている。失敗者の残した自己模倣AIを改造して作られた『戦術支援システム:k.k』を使役している。