ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
誤字脱字報告、感想、評価、閲覧、ご指摘の全てに感謝を。
※最後に作者の後書きがございます、お暇がありましたら閲読していただければ幸いです。
※次回投稿は1月13日を予定しております。
「───って、あれ?もしかして君、クロキじゃない?」
あっけらかんとそう言い放つ彼女に、掌を握り締める────なんでだ。なんで彼女は俺と敵対している?梔子の事は話している、その理由も、方法も。それなら全てをかなぐり捨てて梔子ユメの蘇生のために動く。それが【小鳥遊ホシノ】という生徒のはずだろう?
こんな、こんな事が許されていいはずがない。彼女の唯一絶対な存在は梔子ユメただ一人であるべきなのだから。
「……俺は、鏑木クロキだよ」
「んー?……いや、違うね。なんだか似てるけど、私からしたら別人だよ。本当のクロキはどうしたの?」
「…ッ、どいつもこいつも」
この世界の鏑木クロキはどんな事をやらかした?明らかに生徒達との信頼度が他の世界線と比べて桁違いだ。ここまで生徒達に食い込んでおいて、なんでこいつは自殺しなかったのか、甚だ疑問だ。
「ま、いいや。先輩から聞いてるよ、その宙に浮いてるタブレットが諸悪の根源なんでしょ。確か…そう、クラフトチェンバーの操作端末。なら、まずはそれを叩き潰してからだね」
「これは鏑木クロキとクラフトチェンバーの認証を扱うマスターキーだ。これを完全に壊したら、こいつはクラフトチェンバーを使えなくなる。正真正銘ただの木偶の坊、粗大ゴミに成り果てるが、それでも壊すか?」
「え、うん」
即答。あまりにあっけないその言葉に、思わず言葉が詰まる。
「…正気か?これは奇跡の産物、世界を書き換えることのできる遺物だ。それを使って楽園を作る事だけが鏑木クロキが存在していい免罪符なのに、それを壊したら存在価値なんてなくなるのに」
「…うーん。そっか、根本的に考え方が違うんだ」
俺の言葉に首を捻った後、妙に納得したように頷く。
「根本的な、考え方?」
「うん。だって、私はクロキという個人に価値を置いてるの。楽園なんて、クロキを構成する要素でしかないでしょ?それが無くなったからって、クロキに価値がなくなるわけないじゃん」
鏑木クロキ自体に、価値がある……?
「何もできない、物語を汚すことしかしない役立たずの木偶の坊に価値を見出すというのか…?」
「だから、クロキは役立たずじゃないんだってば。ほんと、そこは偽物でも変わらないんだねぇ…」
しょうがないものを見る眼をする彼女に不快感が走るが、首を振る。これ以上話をしても平行線で線が交わらないだけ、正しく時間の無駄だ。
「……Melchior、ビナー、彼女を足止めしろ。他の連中はドローンに任せる」
制止していた玉虫色の龍と蛇が再び動き出し、正面に佇む小鳥遊を睨む。作中最強を誇る彼女とて、単独で洗礼を受けた領域支配機と擬似神聖十文字を踏破できるはずもない。
「そっか、やる気なんだね。そっちが大きいのを使うのなら、こっちも使わせてもらおうかな」
「大きいの…?一体何を─────」
ショットガンの銃口を地面に降ろし、彼女から見て左側に佇んでいる二つの存在───領域支配機Balthasar、領域支配機Casparへ掌を伸ばす。
「おいで」
たった一言。その言葉が誰かの鼓膜に届いたその刹那、2機の領域支配機の瞳が黄金色から青と黄色のオッドアイに切り替わり、頭部に歯車のヘイローが出現する。黒服とマエストロの側から飛び立つと彼女の側に降り立ち、所定のシステムアナウンスを吐き出す。
『十字架より指揮命令権の譲渡を確認。『領域支配機/Balthasar』、『領域支配機/Caspar』小鳥遊ホシノ及び梔子ユメ指揮下へ移行』
「神秘を与えた…⁉︎まさか、梔子ユメが側に…⁉︎」
黒と灰色の龍を従え鋭い視線を向ける彼女は、その姿だけで一枚の絵画の様な神々しさを讃えている。
「素晴らしい…!これが完全な暁のホルス、聖人に次ぐ神秘の結晶にして、クロキさんの宣った最強の生徒……‼︎」
従来の彼女の尋常ならざる戦闘力に加え、人の姿を得ていないとは言え洗礼を終えた2機の領域支配機────戦略図が覆る音が脳内に響く。
「小鳥遊ホシノ、貴女は……」
「委員長ちゃん、あの時は立ち上がれなくてごめん。でも、今はもう大丈夫。いまの私は、クロキが一番頼りにしている「小鳥遊ホシノ」だから」
「…そうじゃないと張り合いがないわ。でも、貴女一人だけに戦わせなんてしないから」
理解できない、いや、理解したくない。こんな、こんな事は今まで一度もなかった。生徒達が全員手を取り合って鏑木クロキのために戦うなどあり得ない。だって、どの世界でも鏑木クロキは誰かの火種でしかなかったじゃないか。
「───君達は、今何をしようとしてるのかわかってるのか?キヴォトスを正しい形に戻す、最初で最後の機会を不意にするのか…?」
悪戯に生徒達に介入する男性──それがどんな悪影響を及ぼすかなんて考えるまでもない。今まで見てきた世界でこいつは、常に争いの中にいた。生徒達で暗闘などザラにあり、酷い時にはキヴォトス全土すら巻き込んで泥沼の抗争状態を作り出している事すらあった。なんだ、一体何がこの状況を─────。
両手に固くタブレット─────シッテムの箱を握りしめている若い成人女性を見る。凛々しく、力強い視線をこちらに向ける彼女……今まで出会ったことのない女性の先生の存在を。
「キヴォトスの正しい形なんて、私にはわからないよ。でも、正しい形なんて代物は、誰かに強制されるべきものじゃない事だけはわかる。だから、私は貴方を認めるわけにはいかないよ」
彼女の力強い宣誓と共に生徒達の瞳に力が戻り、各々が銃を取り出す。
「っ、そうか…。貴女が、貴女こそが鏑木クロキをこの世界に留めた例外、イレギュラーか…!」
「例外、イレギュラー…?私はレイヴンじゃないよ?」
「どんな手を使ったかは知りませんが、鏑木クロキを残したのはいずれ大きな禍根になります。手を引くなら今のうちですよ」
「それは引かれる前に言うべきセリフだったね、偽物さん」
「ッ、ビナー‼︎」
偽物、という単語に反射して即座に指示を下す。ビナーに積まれた誘導ミサイルの赤外線ロックが生徒達に突き刺さり、すぐさま発射させる。
「いきなりミサイルなんて物騒だね…!お願い、Caspar‼︎」
『広範囲電磁パルススタンバイ────放出します』
生徒達を中心に藍色の円形のパルスが放出され、それに当たったミサイルの悉くが空中で爆発する。際限なく続く爆発の中、小鳥遊の「Balthasar!」との掛け声が響くと、甲高い発射音と共にビナーの頭部が爆発し、深く抉れる。
「質量砲か……ッ⁉︎」
タブレットにはビナーの損傷をけたたましく知らせるアラートが吐き出される。それを修復すべくクラフトチェンバーを操作しようとした矢先、目の前にピンクと白の髪が見える────小鳥遊と空崎、この一瞬で⁉︎
「まずは一枚、貰うよ」
「っ、舐めるなぁ‼︎」
俺と彼女達の僅かな間に鋼鉄の壁を展開する。視界から二人が消えたのを確認して距離を取るべく後ろへと飛ぶ────前に、鋼鉄の壁を素手で破られる。
「なっ───────⁉︎」
「残念。こんな薄っぺらい壁で守ろうなんて甘いね」
壁を突き抜けた拳は寸分違わずタブレットを取り上げると、そのまま彼女の手の中に落ちる。膂力が跳ね上がってる、聖園じゃないんだぞ…⁉︎
「これが操作端末か。なんにも映ってないじゃん」
「おそらく彼にしか見えない類のものなんでしょう。さ、早く壊しましょう」
「ん、そうだね」
バキッ、と。まるでウエハースでも折るような手軽さでクラフトチェンバーの操作端末が真ん中から真っ二つに叩き折られる───不味い、こんな早くに一枚削られるなんて予想していない。このままでは撤退はおろか時間稼ぎすらできないと考え、徐に口を開く。
「さ、これで後残すは一枚だね。続けようか、委員長」
「そうね、手早く済ませましょう」
「もうやめろ!鏑木クロキを十字架に繋げなかったら、梔子とはもう二度と会えなくなるんだぞ⁉︎」
そうだ、ここで十字架に繋がることを逃せば、もう梔子ユメとは会えなくなるのだ。それを小鳥遊ホシノが認めるわけがない。
「それに、今この世界の鏑木クロキはどうするつもりだ⁉︎こいつは梔子ユメを殺した罪人だ、そんな奴が梔子ユメを救える状況を諦めたとしたら、こいつは同じ人を二度殺すことになる。そうなったら、こいつは間違いなく首を吊るぞ!」
「───クロキがユメ先輩を殺したなんて、クロキの口で吐き出すな」
「っ、な………」
彼女の放つ重圧に言葉が詰まる。
「クロキはユメ先輩を殺してない。クロキが背負うべき罪は、いろんな女の子を誑かした事だけだよ。それ以外に、彼に罪なんてない」
「馬鹿な、こいつは梔子ユメが死ぬことをわかっててなんの対策もしなかったんだぞ⁉︎君はそれを知って、鏑木クロキに罪が無いなんて言えるのか⁉︎」
「言える」
「……は」
「言えるよ。何度だって言ってあげる。クロキに、罪なんてない。クロキが何度自分を責めても、私はそのたびに違うって言い続けるから」
──────その彼女の優しい微笑みを見た瞬間。もう忘れてしまっていた記憶が、脳裏にとある男性の顔が浮かぶ。
『私が居たら、君は君の言う物語の奴隷になってしまう。君は物語を壊した罪人じゃない。君は、君の手で人生を切り拓いた『主人公』なんだから。だから、君は君の思うまま生きて良いんだよ』
「───ぁぁあぁぁあああ‼︎‼︎そんな、そんな訳があるかぁぁぁああぁぁ‼︎」
俺の、俺自身に向けられた尋常ならざる憎悪に呼応する様にMelchiorが咆哮する。
「鏑木クロキという男は生まれてはいけなかった‼︎歪な救世主のテクスチャを貼り付けられた不出来な化物が、美しい青春の物語をぶち壊すんだ‼︎こいつは本来の主人公から物語を盗んだ盗人で、生徒を見殺しにした人殺しだ‼︎誰が否定しようと、拒絶しようと、俺が、俺だけが鏑木クロキの罪を肯定する‼︎」
Melchiorの空を裂く咆哮に先程の比じゃない靄が出現し、首を空高く上げた白龍の首から一筋の光が空へ吐き出される。
「今度は何⁉︎」
「…こんな世界は間違っている、こんな、こんなのを俺はブルーアーカイブとは認めない‼︎」
「嘘、空が……!」
一筋の光が空の彼方に到達と同時。眩い太陽輝く青空が瞬く間に星明かり輝く満天の夜へと切り替わる───方舟の到着までには時間がかかる、それまでに不安要素は排除しなければならない。
「うへぇ、まだやる気なんだね。ほんと、強情なのは変わらないね」
「Melchior‼︎」
「ッ、小鳥遊ホシノ‼︎」
最早彼女が美しい白の白龍だった名残などどこにもない玉虫色の凶爪が小鳥遊の喉元へ振りかざされる。凡そ人間では反応できない速度で降ろされるその一振りは、寸分狂わぬ速度で彼女を───。
「でも残念。今の私も結構強情なんだよね」
二度のマズルフラッシュと炸薬が破裂する音と同時。彼女に振り下ろされるはずだった爪のその根本の腕がちぎれ飛び、夜空を舞う。
「なっ────」
「…ちょっと痛いと思うけど、我慢してね」
そんな優しい声色の刹那の後、瞬く間もなく彼女は領域支配機に間断なく銃撃を加えていく。十字架で洗礼を受けた禍々しい龍が、一人の少女によって蹂躙されていく。本来であれば弾道ミサイルの直撃にも耐えられるはずの装甲がアルミ缶の様に穴だらけにされ、ビルすら両断できる爪は砕かれ、鋼鉄すら容易く裁断するレーザービットすら全て撃ち落とされる────それは、戦いとすら呼べなかった。
「……さて、と」
時間にして30秒足らず。夥しい銃弾の嵐が終わったそこには、地面に倒れ伏す龍と微かに頬が高潮するだけの少女が佇んでいた。時間が経つと龍の身体が砂へと変わり、その中から小鳥遊が一人の少女を持ち上げる。
「…ごめんね。あとでちゃんと謝るから」
気絶しているその少女─────Melchiorの人間形態をゆっくり地面に降ろすと、再びこちらへと向き直る。
「そんな、洗礼を受けた領域支配機を、こんな呆気なく…⁉︎」
「理性があった方が手強かったと思うよ。彼女を信じきれなかった、君の判断ミスだね」
「っ、そんな事が…⁉︎」
「…それで、どうする?もう君を守るものは何もない様だけど」
「何もって、まさか────」
直後、自分の背後から壮絶な爆発音が響く。振り返れば、そこには巨大な蛇を模した擬似神聖十文字────F:ビナーが著しい爆炎を起こしながら地面に倒れ伏す状況が見えた。
「────ん、あの程度朝飯前」
爆炎から黒い影が飛び上がると、小鳥遊の横に佇む。それは、本体の世界の砂狼シロコその人だった。
「えぇと、シロコちゃんだよね?ちょっと見ない間に随分大きくなったね?」
「…ん。ホシノ先輩も、よく自己を貫いたと思う」
散弾の弾を切り替えている彼女を余所目に頭は警報を吐き出しているのを感じる。
不味い不味い不味い…!感化された靄程度で領域支配機を圧倒する彼女を足止めなど出来るはずない。何か、何か手が────あ。
自分の胸ポケットに入っている、一つの鉄の塊に意識が向けられる。そうだ、この世界のこいつもこれを持っていたんだった。この銃の存在を、鏑木クロキは誰にも話していない。自分を処分する機能だけを有した素晴らしい拳銃。懐から抜いてこめかみに突きつけるまでに1秒もかからない。
「…そうか。初めからこうすれば良かったんだ」
懐から拳銃────『alt+f4』を引き抜き、自分のこめかみに突きつける。もう十字架に繋がることは叶わない。それならせめて、この世界から罪人を一人消して置かなければならない。
目の前の二人が驚愕に顔を歪めるのを見て、自らの勝利を確信する。この二人に反応できないのならこの行動は確実に通る。十字架に繋がる事ができなかったのは残念だが、こうなった以上仕方ない。最低限だけを熟せばいい。
「さようなら。結局、なんの意味もなかった」
そして引鉄を振り絞り、乾いた銃声が響き渡る。満天の星の中、自らの掌から血が飛び出ているのを見て───────ん?掌?
「────残念だったな。その銃の存在は、先程そこで寝ている領域支配機に教わっている。抜くのなら今しかないと思っていたよ」
「─────は?」
掌には砕け散った拳銃と装甲を貫いた破片が血を流すのが見れる。視線を変えれば、そこには白い硝煙を漂わせる銃口をこちらに向ける錠前サオリの姿が見えた。
「錠前─────‼︎‼︎」
「悪いがここまでだ。お前の願いは叶わない」
チャキン、と鉄が擦れる音が聞こえたと思ったら視界に小鳥遊の顔が一面に広がる。視線を落とせば最後の一枚になったクラフトチェンバーの端末越しに散弾の銃口が胸に突きつけられている。
「悪いけど、私はちゃんとクロキと喧嘩しないといけないんだ。だからお休み、名前も知らない誰か」
直後、短い発砲音と共に身体が吹き飛ばされる。最後の端末が文字通り砕け散った後、背後にあったビルに背中から激突し、砂でできた壁を突き抜けてその中の壁で漸く止まる。
「───なんでだ、なんで…」
クラフトチェンバー0号機───世界を繋ぐ遺物が壊された事で自分の意識が遠のく。失敗したことなんて今までなかったのに、この世界は何か違うのかもしれない。
「…方舟を、呼ばないと」
いよいよ意識が朦朧としている中、譫言の様に口を開く。こんな、こんな世界を認められるか。鏑木クロキなんて、一人紛れ込んだ男の遺物が彼女たちに良い影響を与えるわけがない。こいつは結局他人のことはよく見れても、自分のことにはてんで疎い。いずれその感情の熱量に差が生まれ、齟齬が生じる。今良くても、いずれきっと生徒たちとの間で諍いが起きる。そうなる前に、元凶を─────。
思考を回していく中で意識が消えていくのを感じる。この世界との繋がりが消えるのを感じながら、握りしめていた掌を解いた───────。
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────身体が不規則に揺れる感覚に、意識が微睡から引き上げられる。
「……この感覚は、電車の中?」
閉じられた瞼を開き、視界に映る景色を見る。白く眩い蛍光灯が車内を照らす、暗い夜を走る電車のようだが、キヴォトスの殆どのインフラを把握している俺にとって見覚えのない車内だから違和感を覚える。
「外は夜か……?さっきまで昼過ぎだったのに、時間が飛んだのか?」
一体どこを走っているのか、車窓からは夜空の中爛々と輝くビル群を望むことができる。窓から映るビルも、眺められる景色すら見覚えがない。成程そうなると、ここは夢の世界と考えるのが妥当か。
「それにしたって、せっかくの夢の中で電車に乗っているのならせめてプロローグのように青空であって欲しかったな」
今でも鮮明に思い出すことのできる、奇跡を手繰り寄せる青春の物語の始まりを告げるとある少女の告解。彼女の話す一言一言には力が込められているように感じられて、壮大な物語の始まりを予感させられたものだ。
あの時車窓から眺めることのできた空は澄み渡っていて、少なくともこんな暗闇に摩天楼を見ることはなかったのだから。もっとも、あの澄み渡る空は先生にしか見る事のできない景色なのかも知れないが。
「───青空よりも、私はこの空が好きです。夜が暗ければ暗いほど、切り開いた街の明かりを感じることができますから」
「っ、誰──────⁉︎⁉︎」
浪漫を感じる言い回しながらどこか無機質な声が聞こえ、流れゆく景色から其方に視線を向ける。この電車に誰か自分以外が乗っているのか、それならここは夢ではないのか、なんて思考が一瞬にして脳裏を走るが、その声の主を一目見た瞬間、そんな思考は空の彼方に吹き飛んでしまった。
すらりとした立ち姿。黒い靴に黒のタイツ、そして黒のセーラー服に白いリボン。白く流麗な長い髪を腰まで伸ばし、黒のカチューシャを身に纏うその姿。極め付けは黒い傘を模したライフルを両手でしっかりと握りしめて、無機質とも思える視線でこちらを掴んで離さない黒真珠のような瞳─────見間違えようもない。彼女は、かつて画面の向こう側で何度も見たことのあるキャラクターその人だったのだ。
「そんな、まさか───君は、プラナちゃんなのか……?」
「…やはり、貴方は私をプラナと呼ぶのですね」
「あっ、いや、違っ……!」
刹那、自分が言ってはいけないことを言ってしまった事を悟る。彼女をプラナと呼び名付けたのはアロナ───先生の持つシッテムの箱の管理人である彼女なのだ。ここで彼女をその名で呼んでしまえば、著しい齟齬が生じて………。
「……もう、そんなの今更か」
「何やら落ち込んで居ますが、座ってもよろしいでしょうか?」
「ん、あぁ。そんな、俺の許可なんてなくても座って良いんだよ」
「はい、失礼します」
今更俺が原作の何を語れば良いのかと自己嫌悪に陥っていると、彼女が口を開く。俺の言葉に一つ頷くと、慣れた動作でちょこんと、まるで可愛らしい小動物のような仕草で座る────俺の膝の上に。
「………あの」
「静かにしてください。今大事な作業中なのです」
「……さいですか」
一体なんの作業なのか、それはこうして膝の上で行う必要があるのか。疑問は尽きなかったが、今こうして夢の中にいる以上自分に何か出来るわけではないという後ろ向きな諦観がそれ以上の言葉を閉ざした。
「……終わりました。ご協力ありがとうございます」
「それはどうも。それじゃあどいて貰っても?」
時間にして10分程度。車輪が線路を走る音だけが響く車内で徐に口を開くと、俺は肩をすくめて見せる。
「私が重いんですか?」
「いや、重いわけじゃないけど……」
「でしたら他に不都合が?」
「俺の社会的立場的に問題があるかな」
「……そうですか」
さらに食い下がってくると思ったのだが、意外にも彼女はすんなりと俺の膝の上から立ち上がると、そのまま俺の座る席の横に座り直す。正面にも椅子があるのだから其方に座れば良いものを……。
「……えぇ、と。それで、君は一体…?」
「今更シラを切っても無駄ですよ。貴方は私のことを知っているはずです」
「…あの、知らなかった体で話を続けさせてもらうことってできる?」
「できるとお思いでしたら、やってみたらよろしいかと」
「……なんだか辛辣だね」
「さて、なんででしょうね?」
「……………」
なんでだ…?なんで彼女は不機嫌なんだ…?俺は彼女のことを一方的に知っているが、当然ながら関わりを持ったことはない。そもそも俺は彼女…というより、シッテムの箱の管理人のことを認知できていなかったのだ。先生の持つ箱にいるであろうアロナの声も聞こえなかったことからそれは間違いない。
「……一つ、聞いても良いでしょうか」
「ん、何かな?」
「どうしてこんな事を?」
単純。至極単純なその質問に、俺は「あー、成程」と声をあげる。つまり彼女は今俺がやっている所業を知っているのだ。だから彼女が怒っているのだと納得する。
「どうしてそんな事を、か…。案外難しい問題だね。それは」
今自分がいる現在地。親愛なる生徒達や先生と敵対しているこの状況は、正直自分でもよくわかっていない───いや、違うな。
「わかろうとしなかっただけなんだろうなぁ……」
一人、納得したようにポツリと呟く。
「…そうだね。こうして今俺がここにいるのは、端的に言えば俺の我儘が原因なんだろうね」
「我儘?」
「そう、我儘だよ。俺が、誰にも言わずに一人、ずっと抱えていた願いを叶えるために戦っているんだ。俺の願いが、このキヴォトスを楽園にすることができると信じてね」
つまる所、俺は俺の望む形でキヴォトスに幸せになって欲しいと願っているんだ。なんて傲慢な輩だろうか、只人の分際で世界の有り様を変えようと志しているのだから、欲の深さで言えばこの世界の誰にも負けないはずだ。
「…では、何故貴方は導く事を放棄したのですか」
「先生でもない俺が、生徒達を…?できるわけがないだろう、そんな事」
突拍子もない事を口走る彼女に首を振るが、重ねて彼女は続ける。
「いいえ、貴方はその器量も、資格も有していました。それなのに、貴方はそれを放棄した。何故なのですか、貴方に覚悟さえあれば、私は────」
「それは違うね。例え誰もが認めても、俺は、俺だけがそれを否定できるよ」
「それはどういう……」
「俺が、最初に梔子先輩を『救わない』という選択をしたからさ。これ以上の言葉が必要かい?」
生徒を導く資格?覚悟?梔子先輩を救わないという選択を下した罪人が生徒を導く?いっそ高笑いできるほど面白い話じゃないか。生徒を見殺しにした薄汚い大人が、どうして生徒達を導く事ができようか。
「俺の知る【先生】は、生徒達が傷つく未来を知っていたら絶対に止める。事実、この世界にいる先生がそうであるように」
彼女の姿を見てつくづく思う。生徒を導く教導者とは彼女のような聡明で、高潔で、他人を思いやることのできる人がやるべきなのだ。俺のような、傲慢で、臆病で、強欲な罪人が務めて良いものじゃない。
「だから俺は先生にはなれないのさ。その資格も、権利も、何もかもを砂漠に捨ててしまったからね」
「……非常に不服ですが、一応納得しましょう。では、何故そんな敬愛する先生と敵対してまで十字架に繋がろうとしているのですか?」
「うっ…それを言われると弱いなぁ……」
「そんな困った顔しても駄目です」
「手厳しいね…。いや、弁明させて貰えるのなら、俺だってなんで彼女達がここまで怒っているのかわからないんだよ…」
肩をすくめておどけて見せると、傘の先端で俺の脚の甲を何度も叩く。
「ちょ、痛い痛い!」
「こんなので痛がらないで下さい。彼女達はもっと痛いはずなんですから」
「……ほんとに手厳しいな、プラナちゃんは」
彼女の核心を突く言葉に脳裏にみんなの───驚愕と悲しみを浮かべる生徒達の顔が過ぎる。絶望した表情を浮かべるホシノ、苦しそうに顔を歪める空崎委員長、激情に駆られる美甘部長、ぽろぽろと涙を溢す飛鳥馬さん………思い返せば枚挙に暇がない。彼女達は深く傷ついたのだろう、傷ついて、それでも俺を止めるべく立ち向かってくる。
わかっている。俺の今やっていることは所詮過去を取り返す為に現在を捨てる愚行だ。ほんとうに彼女達の事を想うのであれば、今すぐにでも銃口を降ろし頭を下げるべきだろう。そしてめちゃめちゃ怒られて、謝って、機嫌をとって、なんとか許してもらうのが正道だろう。
「───でも、それは駄目なんだよ」
もし、今この場に梔子先輩の肉体がなく、十字架なんて代物がなければ俺はみんなと共に生きたのだろう。生徒を見殺しにしたという罪を背負って、それでも心から笑った振りをして生きていけただろう。
でも、ここには見殺しにしてしまった彼女がいる。そして、俺の行動一つで彼女を生き返らせる事ができる。それなのに、俺はまた彼女を見殺しにするのか?救えるはずの命を見捨てて、それで俺はどうやってあの眩しい青春の中に混ざれるのか。
「罪を雪ぐだけじゃない。俺は、ホシノにもう一度先輩と会わせてあげたいんだよ」
これから先の未来は変えられる。先生が辿り着いたこのキヴォトスは報われる───それなら、俺は過去を変えよう。先生が未来を導き、俺が過去の悲劇を覆す。いや、覆さなくちゃいけないんだ。そうじゃないと、俺は、俺がこの世界に生きている事を許容できない。
機械の右手で、機械仕掛けの仮面に触れる。冷たくて硬い、鋼鉄の仮面────生徒を殺してしまった罪と自らを認められない弱い心を隠す、分厚い鉄の仮面を。
「っ、貴方は……」
俺の様子を見て何かを確信したのか、彼女が顔を顰める。直後、揺れていた電車が止まり、固く閉ざされていた扉が開く。それを見計らって席から立ち上がると、横にいる彼女の頭を撫でる。
「話し相手になってくれてありがとう、プラナちゃん。でも、もう行かないといけないみたいだ。俺は、俺の目的を果たさないと」
「……それじゃあ、最後に一つ聞かせて下さい」
「ん、俺に答えられる事なら」
「貴方は、自分のことが嫌いですか?」
そんな彼女の質問に驚き、肩をすくめて、そして困ったように笑う。
「前までの俺なら笑顔で嫌いって言ったんだろうけど…今はよくわからない、かな。でも、彼女を救えたなら、俺は俺を漸く好きになれるのかもね」
そして今度こそ彼女から離れ、暗い夜にも関わらず白く輝く扉へと脚を進める。自分の身体が白い光に包まれ、意識が夢から離れていく─────そう言えば、なんで彼女は俺の夢にいたのだろうか?俺の無意識が産み出した話し相手だったのか?なんて、考えたって仕方のない思考が最後に浮かんだ。
「───容量確保、システムリンク確立。漸く見つけた、私の希望……絶対に逃さない」
機械仕掛けの救世主
キヴォトスに訪れた先生に全てを打ち明けた結果、大人のカードとシッテムの箱を受け継いでしまった世界線の鏑木クロキ。意図せず先生の役割を担った彼は自らが先生を追いやってしまった自責感に押しつぶされ、それは到来した色彩を打倒した後も解消されることはなかった。死に物狂いになって彼は奇跡の始発点に辿り着いたが、結局自分と最後まで向き合うことはなく、梔子ユメを蘇生させるべく黒服の提案を受け入れてゲマトリアに所属した。その後色彩を自ら受け入れてテラー化しゲマトリアを壊滅させ新たに方舟の主人と成り果てた、かつて楽園を目指した舞台装置の成れの果て。領域支配機と結合した小鳥遊ホシノ、調月リオ及び明星ヒマリ、聖園ミカに守られて彼は眠る。自らが望んだキヴォトスを眺められる事を夢見て。
プラナちゃん
臨戦形態への移行や一定の行動(特定の生徒との親密度等)をトリガーに別の世界線へ干渉する機械仕掛けの救世主へ随行する、鏑木クロキをマスターと定めるシッテムの箱の管理人。彼女は自らの主人を打倒するクロキを探していたが、今回の世界線に至るまでその悉くを失敗している。彼女の最後の質問はいわば審判のそれであり、それを乗り越えた場合は勝手にメモリに食い込んでくる。100は下らない数の鏑木クロキの死体を確認していることから感情領域に著しい不具合が生じている。プラナちゃんからは逃げられない。
※以下作者後書き
ここまで閲読いただきまして誠にありがとうございます。この作品も長いもので、4月から投稿してもう年が明けようとしている事実に驚きを隠せません。ここまで作品が長く続きましたのも皆様からの支援があってこそです、改めてお礼申し上げます。
さて、ここまで応援くださっている読者の方々におかれましてはご存知の事とは存じますが、後1話で第一章アビドス編が終わりを迎えます。ここまで来るに至って多くの感想や評価を頂いており大変恐縮ですが、私自身、全ての読者の方の期待に応えらたのかと言われれば疑問が残ります。いつかの後書きでも述べさせて頂きましたが、作者は基本的にハッピーエンド主義者であります。物語の都合上、最低限程度の重たい描写、今風で言いますと曇らせを入れさせて頂きましたが、その根本は変わっておりません。つまるところ、この作品も到着点は概ねハッピーエンドで終わらせるつもりです。ですので、この作品にバッドエンドを望んでいる方がいらっしゃるようであれば、申し訳ありませんが評価やお気に入りを解除して頂けたらと思います。そういった展開はifルートで描く事はあるかもしれませんが、本筋では描写するつもりはございませんので、ご了承頂けたらと思います。
普段でしたらここで後書きを締める所ではございますが、実は謝罪しなければならない事がございます。それは作中におけるトリニティ陣営の描写についてです。本来の予定ではトリニティも今砂漠で行われている『総力戦:鏑木クロキ/機械仕掛けの救世主』に参加させる予定だったのですが、今後の展開の都合上断念せざるを得ませんでした。いつかの後書きでトリニティの参戦を匂わせる文章を入れたにも関わらずこの様な結果になってしまい大変申し訳ございません。お詫びとなるかはわかりませんが、アビドス第一章が終わった後エピローグまで締めたらトリニティ陣営を中心にしたエピソードを投稿予定ですのでそれまでお待ちいただければと思います。
最後になりますが、今後のこの作品の展望についてお話ししたいと思います。今回のアビドス第一章が終わった後、進行としましては『時計じかけの花のパヴァーヌ編+カルバノグの兎編』をモチーフにした第二章、『エデン条約編』をモチーフにした第三章となります。また、第一章は基本的に『鏑木クロキ→生徒や先生』で物語は進行しておりましたが、第二章以降は『鏑木クロキ←先生や生徒』で推移します。何が言いたいのかと言えば、彼の胃は死ぬという事です。エクセルで管理している魔性の女ランキングもそろそろ更新したいので仕方がありません。何卒ご容赦いただければ幸いです。
さて、長くなりましたがここで後書きを終わります。最後に前述しましたトリニティ編のエピソードに関わるアンケートを行いますので、ご参加いただければ幸いです。
それでは皆さま、今年1年間ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
深夜の無人の懺悔室で鏑木クロキが自らの罪を吐き出していました。偶然聞いていた生徒は?
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桐藤ナギサ
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歌住サクラコ
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伊落マリー
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聖園ミカ
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浦和ハナコ
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誰も聞いていない