ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります   作:あーけろん

25 / 43


誤字脱字報告、感想、評価、閲覧、ご指摘、そしてここまで見てくださった全ての読者に感謝を。

※最後に作者後書きと感想を記載しております。もしよろしければご覧ください。


※次回投稿は2月2日を予定しております。



定刻遅れの機械列車と鏑木クロキ

 

 

 

─────意識を取り戻して最初に覚えた感覚は、焼けるように痛む身体の熱だった。

 

 

「っ────はぁ、はぁ…」

 

 

意識が覚醒する間際、うっすらと微睡む感覚すら一瞬に通り過ぎてしまう激痛に顔を顰める。肋骨の二、三本は確実に折れていることは間違いない。幸い呼吸に血は混じっていないようで、内臓各所は問題なさそうだ。

 

視界に映るモニターのバイタルにざっと目を通すが、そこには予想通りともいうべき数値が羅列されている。胸部装甲及び背部装甲の著しい破損と右手首モーターの機能停止────このスーツを着ていなかったらまず間違いなく絶命していたであろう事態に想いを馳せる。

 

 

「ここは、楽園区画のビルの中なのか…?」  

 

 

視線を周囲に向けると、どうやらここはまだアビドス砂漠の楽園第一区画に間違いはないようだ。壁が突き破られ、内装がズタズタにされた室内のそれが全て砂でできていることから間違いはないだろう。壁の状況を見る限り、俺が外からこのビルに吹き飛ばされたと考えるべきだ。全く、どんな馬鹿力で飛ばされたのやら…。

 

 

「……そうだ。クラフトチェンバーを」

 

 

錠前さんから薬を盛られて眠っていたはずの俺がどうしてこんな有様になっているのか、なんて些事に気を取られている訳にはいかない。幸い周囲に飛鳥馬さんも錠前さんも見当たらない、動くなら今だ。

 

軋む体を押して身体を起こし、首元のボタンを押して視界のコンソールを操作する────そして、そこに映る一文に大きく息を吐く。

 

 

「───反応消失……まぁ、それはそうか」

 

 

彼女達が健在であるなら、あれを残しておく訳がない。俺のような非力な1生徒が膨大な演算による補助があったとは言え、キヴォトスの特記戦力達相手に勝負することのできる環境を作る兵器をみすみす見逃す訳がないのだから、意識を失った時点で喪失は免れなかった。

 

 

「……そうなると、今の俺は正真正銘ただの木偶の坊か」

 

 

今の自分にある価値を考え、自嘲した笑みを浮かべる。借り物の奇跡に縋っていた愚者がそれすら無くしてしまったのなら、それはもう粗大ゴミと言って差し支えないだろう─────だが、今の俺にはそれでもやらなくちゃならないことがある。いや、無くしてしまったからこそ目的がはっきりしたと言うべきか。

 

 

「十字架の元に、梔子先輩の所に行かないと」

 

 

軋む身体と火花が飛び散るスーツを無理くり起こし、ふらつきながらも立ち上がる。

 

 

────チーン。

 

 

まるで示し合わせたかのようなタイミングで、無機質な機械音が部屋に響く。何度も聞いたエレベーターの到着音だ。

視線を音の方向に向ければ、そこには白い照明に照らされたエレベーターが戸を開けている。どこに向かうのか、なんて思考が一瞬脳裏に過ぎったがなんとなく本能でこれは地下に向かうものだと感じ、脚をそのエレベーターに向けて一歩踏み出す。

 

 

「───クロキ」

 

 

砂を踏みしめる音が静かな室内に響くとほぼ同時に、背後から優しい声が聞こえる。誰の声なんて振り向かなくてもわかっていた俺は、声に振り向くこともせず彼女の名前を呼ぶ。

 

 

「…ホシノ」

「…うん、良かった。ちゃんとクロキだ」

 

 

なぜか酷く安堵した声色に疑問を持つ────だけど、今の自分に残された時間が少ない事は、俺が一番よく理解していた。

彼女の方へ振り向くことなく、そのままエレベーターへと足を進める。彼女は撃たない、だって彼女と俺の願いは一致してるのだから……なんて、高を括っていたんだ。

 

 

「動かないでクロキ。それ以上動いたらその脚を潰すよ」

 

 

進めた足のほんのわずか先に散弾の弾痕が刻まれるのを見て思わず脚を止める。

 

 

「っ、ほ、ホシノ……?」

 

 

普段ならざる強行的な態度に思わずたじろぎ、彼女の方へ振り向く。

 

 

「ようやくこっちを見たね、この朴念仁」

 

 

振り返った先には、自分の記憶の最後にいた地面に膝を着き絶望した表情を浮かべる少女はいなかった。そこにいたのは、凛々しい瞳の奥に激情を湛えている、俺が今まで見たことのないホシノだった。

 

 

「さて、と。色々と言いたい事はあるけど…とりあえず、最初にこれだけは言っておかないとね」

「言っておかないといけない事…?」

「うん。私、今日はちゃんとクロキと喧嘩するから」

「け、喧嘩…?一体何を───⁉︎」

 

 

ガシャンと手に持っていた銃を乱雑に投げ捨てると、彼女がすごい勢いで走り込んできて前に立つと襟を引っ張る。モニター越しに彼女の顔が急接近し、身動きが取れなくなる。

 

 

「ほ、ホシノ…?」

「クロキ、私はいまとっても、とーっても怒ってるよ。なんでかわかる?」

「えっ、いきなりそんな──」

「早く答えて。じゃないとこの邪魔な仮面をぶち壊してキスしちゃうよ」

「く、クラフトチェンバーを使って君たちを攻撃したこと、とか…?」

「全然違う。他には?」

「ほ、他には……?」

 

 

…まいった。全く皆目検討もつかない。いや、そもそもここまで強烈に反発されることがわかっていたのならわざわざ打ち明けることすらしなかったのだからそれは当然といえば当然なのだが…。

 

 

「…その顔。やっぱりわかってないんだね」

「…すまん」

「謝らないでよ。ほんと、クロキは酷い男だね」

「…そうだな、それは間違いない」

「茶化さないで。本当に仮面壊しちゃうよ?」

 

 

彼女の右手が俺の顔に触れ、ミシミシと嫌な音を立てる。

 

 

「このままじゃ日が暮れそうだから、教えてあげるね。私が怒っている理由はね、クロキが嘘をついて私を騙そうとしたことだよ」

「ホシノを、騙す…?」

 

 

なんだ、それは。そんなつもりなど毛頭ない、なんて、そんな俺の思考など知ったか知らずか、彼女は続ける。

 

 

「クロキ、言ったよね。俺のことは忘れて、ユメ先輩と幸せに生きてって。あの言葉を聞いた時、それがクロキの夢なら私は応援しようと思ったんだ」

「そうだ、それが俺の…」

「違うよね。それはクロキの夢じゃない。夢なんて綺麗な物じゃない───クロキの抱えているそれは、ありもしない罪への贖罪だよ」

 

 

───贖罪。その言葉を聞いた刹那、脳裏に嫌な予感が走る。

 

 

「私は……うぅん。私達はみんな騙されてたんだ。クロキの語る願いが、想いが、行動があんまり綺麗だから、その源泉もきっと綺麗に違いないって思い込んでた」

「でも違った。クロキの夢の源泉は、綺麗なんてものには程遠い、思い込みから始まったものなんだから」

 

 

夢の源泉、勘違い。その言葉に俺の呼吸は浅くなり、酸素を運ばない無意味な呼吸を繰り返す。

 

 

「──まさか、ホシノ。君は…」

「うん。私は、クロキが楽園を目指した本当の理由を知ったんだよ。クロキが、クロキ自身がユメ先輩を殺したんだって思い込んでいることを。その罪滅ぼしのために、このキヴォトスを楽園に変えようとしている事を」

 

 

彼女の語ったその言葉に、俺は小さく乾いた笑い声を上げる。そっか、彼女は知ってしまったのか。俺の手酷い勘違いの結果の大罪を。それなら、彼女が怒っている理由もようやく理解できる。

 

だってそうだろう。肝心な事を一切話さずのうのうと自分の隣にいたこの世で一番大切な存在を見殺した畜生を、彼女を騙していた屑を赦して置けるはずがないのだから。

 

 

「…ホシノ、俺は」

「ほら、すぐそうやって深刻そうな顔をして話をマイナスに持っていく。話は最後までちゃんと聞いてよね」

「むぐっ」

 

 

意図せず下を向いていた視線が持ち上げられ、彼女へと向けられる。そこには自分の予想した、烈火のような激情を湛えていた瞳ではなく、只管に優しい異色の瞳があった。

 

 

「これだけははっきり言うね。クロキは、ユメ先輩を殺してない。クロキは、絶対に人殺しじゃない」

 

 

 

────最初、彼女が何を言っているのかわからなかった。

 

 

 

「ほ、ホシノ……?」

「私はクロキに対してそんな事微塵も思ったことはないし、クロキに恨みを持つなんてとんでもないことだよ。うん、絶対ありえないね」

「なっ、そ、そんなわけがないだろう⁉︎」

 

 

あまりにあっけらかんと言い放つ彼女の優しい手つきを振り払い、陽だまりのような彼女から離れる。外から差し込む眩い日光が彼女を照らし、俺には建物の暗い影が落ちる。意図したわけじゃないが、まさに理想的な構図に思わず笑みが溢れる。

 

 

「だって、君はユメ先輩のことが一番大切だったはずだ!そんな君が、彼女の結末を知ってなお救おうともしなかった俺を恨まないと言うのか⁉︎」

「…うん。確かに、前はユメ先輩は一番大切な存在だったね」

「そうだろう!それなら───‼︎」

 

 

 

「────でもね。今の私には、それ以外にも大切な、それこそかけがえのないものがあるんだよ」

 

 

まるで、それが当たり前のように話す彼女に思わず固まってしまう。

 

 

「もちろん、ユメ先輩が大切なことは変わらないよ。でもね、今の私にとって大切なものはそれだけじゃないんだよ。ノノミちゃんやシロコちゃん、アヤネちゃんにセリカちゃん。みんなで必死に守ってきたアビドス高校────そして、そんな私達をずっと支えてくれた、不器用なロボットが」

 

 

不器用なロボット。それが誰を指すかなんて考えるまでもなかった。

 

 

「もしクロキの言う罪が本当にあったとしても、そんなのはとっくに清算が終わってるんだよ。だって、クロキはこの3年間ずっと私を助けてくれた、支えてくれたんだから」

 

 

聞き分けのない子供に言い聞かせるような声色の彼女に、俺はただ立ち尽くす。精算が、終わってる…?

 

 

「ここまで言っても、もしクロキが自分のことが許せないというのなら、それでもいいよ。そんなに聞き分けの良い人じゃないってことは痛い程よくわかってるから」

「…そりゃまた、君も手厳しいことを言ってくれるね」

「だからクロキが何度自分を責め続けても、私はその度にクロキを許すよ。今まで貰ってばっかりだったから、これからはちゃんとお返ししていかないとフェアじゃないしね」

 

 

なんて気恥ずかしそうに笑う彼女に呆気に取られると、徐に彼女に手を取られて暗い影から陽だまりの場所に引っ張り出され、そのまま正面から抱き寄せられる。

 

 

「だからさ、お願いだから消えるなんて言わないでよ。ユメ先輩も大切だけど、今の私にとってはクロキも同じくらい大切なんだよ。私にできることがあったらなんでもするから、お願いだから、逃げないでちゃんとこの世界を生きてよ」

 

 

『ちゃんと生きる』。きっと、それは俺にとって荊棘の道だ。キヴォトスを楽園に作り替えることなんて些事に思えるほど、それは難題で、困難な筈だ。だって、ここまで言われてもなお、俺の心から罪悪感は消えていない。きっと心から笑えない日々が続く。それは間違いない。

…でも、それを他でもない彼女が、梔子先輩の死に立ち会ったホシノに言われてしまったのなら、俺に断るなんて選択肢はない。

 

 

「…俺がこのまま十字架に繋がれば、多分このキヴォトスは救われる。だけど俺が辞めたら、綱渡りのような世界が続くことになる。もしかしたらホシノの大切な人がまた犠牲になるかもしれないんだぞ。それでも君は───」

「大丈夫だよ、それもきっとなんとかなるって」

「っ、ずいぶん楽観的だな」

「うん。だって、私には誰よりも頼れる、私だけのロボットがいるからね」

 

 

そう言って、陽だまりのように笑う彼女。いっそ眩しいとすら感じてしまうその笑みは、どこか梔子先輩の笑い方によく似ていて─────今になって思えば、多分、その時の彼女の笑顔がトドメになったのだろう。

 

 

「……は、ははっ。失敗しても許してくれよ。だって今の俺、クラフトチェンバーもないただの一般人だからさ」

「え〜?どうしようかなぁ?」

「まったく……さて、と。それじゃあ色々と散らかしてしまったから、後始末をしないとな」

 

 

クラフトチェンバーの管理権限を失い、キヴォトスの各地に配備していた兵器の存在も明らかになった。得るものなど何もない、まさに骨折り損のくたびれ儲けのような戦いだった───それでも、いいや、だからこそ後片付けはちゃんとやらないといけない。

 

 

「あぁ、その前に」

「ん?なんだよ、まだ何かあるのか?言っておくけど今の俺結構身体的にギリギリだから、無茶振りされたらあっという間に倒れるぞ」

「いやいや、そんな無茶な頼み事なんてしないよ。さ、とりあえず行こっか」

 

 

さりげなく俺の手を取りエレベーターへと脚を向ける────って、うん?

 

 

「おいホシノ、俺のことをどこに連れていくつもりだ?」

「え?ユメ先輩のとこ」

「は?」

「えっ?」

 

 

一体何を言っているんだ、この暁のホルスは?

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「────まさかホシノに連れられてここに戻ってくることになるとは」

 

 

あのエレベーターはどうやら俺の直感通り、地下の洗礼広場へと繋がるものだったようで、再び黒い十字架の前に二人並んで立っている。

十字架に繋がれている人物───梔子先輩の顔を仰ぎ見る。心なしか、最初に見た時より表情が柔らかくなっているように思う。

 

 

「ホシノは、これを見てもなんとも思わなかったのか?」

「ううん。多分、私もこれを見せられて彼女を助けられるなんて言われたら、きっと正気じゃいられないと思う」

「そうだよなあ…。ところで、なんでこの場所までスムーズに来れたんだ?」

「あ、それ?それは確かあの人…そう、黒服って人に一度案内されてるからね」

「…あの野郎、俺の嫌な手ばかり打ってきやがって」

「熱心なファンっていうのは厄介だからね、気をつけたほうが良いよ」

「ま、クラフトチェンバーを失った俺に何か意義を求めることはもうないだろうよ」

 

 

そう言って軽口を叩くと一歩十字架に近づく。

 

 

「…それじゃあ、梔子先輩に会ってくるよ」

「うん。先輩かなり怒ってたから覚悟してね」

「今の俺結構満身創痍なんだけどな…」

「それはしょうがないよ。偽物を倒すためには仕方なかったんだし」

「偽物、ね…」

 

 

ここにくるまでに話してくれた、俺が意識を失っていた間の事情。曰く、俺の身体を別の何かが乗っ取っていたという事実。その話を聞いた時の戦慄は筆舌に尽くし難いと言って良いだろう。なにせその存在はあろうことかメルキオールや擬似神性十文字を利用して生徒達に進んで危害を加えようとしていたのだから、怒りの感情もひとしおだ。

 

 

「…もし十字架に繋がっていたら、その偽物とやらに乗っ取られていた可能性もあったのかな」

「それはわからないよ。でもその原因であるクラフトチェンバーは取り除いたんだし、当面は問題ないんじゃないかな」

「…よくわからない力をよくわからないまま使用したツケが回ってきたんだな」

 

 

キヴォトスを作り変えるために利用してきた、正体不明の奇跡の産物。この3年間で暴走する気配などかけらもなかったそれがこのタイミングで発生したのには、何かの意図が介在しているように思えてならない。

 

 

「…もしかしたら、俺はみんなに助けられたのかもな」

「えっ?何か言った?」

「いや、なんでもないよ」

 

 

頭を振って正面に向き直り、十字架に繋がれている先輩を見据える。

 

 

「…ねぇ、ユメ先輩はこの後どうなるの?」

「……正直、わからないとしか言いようがない。彼女がこうしてここにいる原理すら俺はよくわかってないんだ。黒服…ゲマトリアの連中なら知ってると思うんだが」

「そっか…。うん、しょうがないよね」

 

 

そう言って寂しそうに呟くホシノの方へ向き、「…大丈夫か?」と声をかける。すると彼女は気丈にも「うん、大丈夫だよ」と笑う。

 

 

「言っておくけど、ユメ先輩を生き返らせるためにあんな怪しげな奴らに手助けしようなんて思っちゃ駄目だよ」

「……やっぱり駄目か?」

 

 

正直な話、次善の策として最も丸く収まりそうな結論がゲマトリアとの協力関係を結ぶことだと思っていたのだが、彼女に釘を刺されてしまう。

 

 

「駄目に決まってるよ。だって、クロキはユメ先輩を楯にされたらどんなことも断れなくなっちゃうでしょ。何かを得るためにクロキ一人が犠牲になるなんて、そんなの十字架に繋がることと同じことじゃん」

「…けどなぁ」

「どうしてもと言うなら私も一緒に行く。それなら許してあげる」

「……それ、俺が絶対に認めないとわかってて言っているよな?」

「うん、そうだよ?」

「……強かになったね、ホシノ」

 

 

男子、三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったものだが、女子は半日会わざれば刮目して見よということか、なんてしょうもない造語が脳裏に浮かぶ。

 

 

「もう梔子先輩に会えなくなっても、良いのか?」

「…うん。そもそもこうして一度ユメ先輩と話せただけでも奇跡みたいなものだからね。二度も奇跡を願うなんてバチが当たるよ」

「奇跡、か」

 

 

奇跡とは二度起こらないから奇跡と呼ぶと、どこかで誰かが言っていたような気がする。

 

 

「…さて、それじゃあ梔子先輩に怒られてくるよ。怒られて、そしてお別れを言ってくる」

「うん。私はここで待ってるから、ちゃんと話してきてね」

「あぁ、それじゃあ行ってくる」

 

 

十字架に近づき、そこに繋がれている梔子先輩の身体に直接手を触れる。その刹那、視界が瞬く間に切り替わる。

 

 

開けた十字架の置かれた謎の広場から一転、砂と物が乱雑に置かれている、言い方によっては荒れているとすら表現して良いその場所に、思わず苦笑いが溢れる。まぁ、確かに彼女と話すのであれば、ここ以上に適当な場所もないだろう。

 

 

「…これは」

 

 

しかし、そんな見慣れた生徒会室でも目に留まる物がある。ボロボロのソファに倒れるように置かれている人型のロボット────いや、言葉を濁すべきじゃない。梔子先輩が死んだ後、罪を清算するために捨てたかつての自分の写し身…つまるところの最初のロボットスーツだ。

 

 

「あぁ、懐かしいな」

 

 

思えば、よくこのソファで疲れ果てて眠っていたように思う。ホシノにこき使われてヘトヘトになって、そして梔子先輩がお菓子をくれて、それに彼女が怒って、なんてありきたりな日常が今になって思い起こされる。

 

 

「そうだ、彼女達は生きてたんだ。ちゃんと、ここで生きてたんだよ」

 

 

その事実を認識した途端、俺は俺のやったことが、梔子先輩を見捨てた過去が鉛のように重くのしかかってくる。それと同時に、あの時彼女を救おうともしなかった目の前のハリボテに、途方もない殺意が芽生える。

 

 

「───ッ‼︎」

 

 

完全に停止しているハリボテのロボットスーツに向けて硬く握りしめた拳を振り上げる。

なんで救おうともしなかった、なんで助けられなかった。お前(過去の自分)が、お前はなんでこんな─────‼︎

 

 

「ダメだよ、クロキ君」

 

 

────優しい声と共に、振り上げた拳が柔らかな感触に包まれる。

 

 

「それだって、クロキ君の大切な過去なんだから。そんな邪険に扱っちゃ駄目だよ」

「ッ、離してください!俺は、こいつを、役立たずなこいつを────‼︎」

「ううん、違うよ。クロキ君はあの時も役立たずじゃなかった。だからお願い、その拳を降ろして」

 

 

穏やかな声に促され、渋々拳を降ろす。そして今もなお俺の掌を掴んで離さないその人へ視線を向ける。

 

 

「クロキ君、改めて久しぶりだね」

「…はい、梔子先輩」

 

 

向日葵のような満開の笑みに、俺は苦笑で返すことしかできなかった。こんな、ある種感動的な再会の場面で気の利いた言葉ひとつ返せないのだからおれはやっぱり駄目なやつだ。

 

 

「………」

「………」

 

 

暫しの沈黙。ただ時間だけが過ぎていく中で、それでもお互い口を開かない。

 

 

「……え、えっと」

 

 

沈黙に耐えかねたのか、漸く彼女が話し始める。

 

 

「その、クロキ君は元気にしてた?」

 

 

あまりに間の抜けた質問。そしてそれはあまりに彼女らしい質問で、失礼とは思いながら俺は思わず吹き出してしまう。

 

 

「ちょ、なんで笑うの⁉︎」

「い、いえ。まさかそんな質問をされるなんて思わなくて。流石先輩、場を和ませることに関しては他の追随を許しませんね」

「もぅ!真剣なのに!」

「真剣なのは知ってますよ。だから面白いんです」

「ひどーい!」

 

 

そう言って頰を膨らませて怒りを露わにする彼女だが、可愛さが勝って全然怖くない。

 

 

「すいません、少しからかい過ぎましたね」

「ふん!ほんと酷いんだからクロキ君、そんなデリカシーのないことばかり言ってると女の子から嫌われちゃうよ?」

「……そうですね」

 

 

贅沢な悩みだけど、好かれるよりも嫌われる方が俺としてはやりやすいのだが、それは言わない方が身のためだろう。

 

 

「…それで先輩、そろそろ手を離してくれませんか?」

 

 

ある程度場も温まったあたりで切り出す。最初に拳を振り上げた時からずっと手を両手で包まれているので、かれこれ5分くらいはこのままなのだ、良い加減気恥ずかしくなって仕方ない。

 

 

「うーん、まだダメ」

「えっ、なんでですか?」

「だってクロキ君、目を離したらそこにいる過去の自分を殴りつけそうだから」

「も、もうそんな事しませんって」

「本当に?」

「………えっ、と」

「本当に?」

 

 

きょとんとした無垢な瞳で見られ、思わず視線を逸らす────そうだった、昔からこの人妙に鋭いところがあるんだった。

 

 

「それじゃあやっぱり、この手は離してあげない。だって、私はクロキ君が過去の自分を殴っている所なんて見たくないんだもん」

「…こいつは、先輩を助けようともしなかった木偶の坊ですよ。殴りつけて当然じゃないですか」

「全然当然じゃないよ。だって、私はそれをみたらとっても悲しい気持ちになるから」

 

 

俯いて寂しそうに言い、俺の拳を握る力が強くなる。

 

 

「クロキ君は私やホシノちゃんの事はよくわかっても、自分がどう見られてるかわかってないんだよ。だから、平気で自分を蔑ろにする。その結果、みんなが辛い思いをしてるのに」

「………」

「察しの悪いクロキ君だって、もう気がついてるんでしょ?自分の存在が、色んな人にとって大きくなっていることが」

「………えぇ、わかってますよ。そんな事」

 

 

わかってる。そんなことはわかってる。わかってるけど……‼︎

 

 

「でも、俺は自分の存在に折り合いを付けられていないんですよ。だから、そもそも向けられる感情それ自体が間違っているとしか思えない。好きにさせて申し訳ないとすら思っている。セリカや先生に説教された後でもこんなことを考えてるんです、こんな馬鹿、今すぐ消えた方がみんなにとっては幸せな筈でしょう」

 

 

今更みんなの前から消えようなんて思っていない。偽物なんて存在がいる以上、よくわからない奇跡まがいの産物に頼るべきじゃないからだ。でも、だからと言って俺の中身が変わるわけじゃない。骨の髄まで染み込んだこの感覚が消え去るとは、とても思えない。

 

 

「うーん…別に、そんなに結論を急がなくても私は良いと思うな」

 

 

────そんな俺の告解を、いとも容易く彼女は切り捨てた。

 

 

「───えっ」

「だって、クロキ君にはこれから長い人生が待ってるんだよ?これから何十年も時間があるんだから。それだけの時間をかけて、結論を出せば良いんじゃないかな?」

「…つまるところは、問題の先送りということですか」

「もう、そんな穿った捉え方をしないの。先送りじゃなくて、未来の自分に判断を託すんだよ」

「未来の自分へ判断を託す…」

「うん。クロキ君は賢いから、時間さえあったらちゃんとした答えを導き出せるよ」

「…そんなのわかりませんよ。あまり自分で言うのもあれですが、俺は結構頑固な部類ですから」

「ううん、そんな事ないよ」

 

 

まるで根拠のない、空っぽの自信に満ちた言葉に肩を竦める。

 

 

「……参考までに、なんでそう思ったのか教えていただけますか?」

 

 

俺の言葉に、彼女はにへらと砕けた笑みを浮かべる。

 

 

 

「だって、クロキ君は私の自慢の後輩だもん」

 

 

─────あぁ。本当に、こう言うところはずるいと言う他にない。

 

 

「……俺、ミレニアムの生徒ですから別に先輩じゃありませんよ」

「えっ⁉︎クロキ君アビドスに転校してないの⁉︎なんで⁉︎」

「そんなに驚かないでくださいよ。別に、転校する必要がないと思っただけですよ」

「え、だって、えぇ…?」

 

 

あんまりやられっぱなしも癪だったので、つい言葉遊びをしてしまった。

 

 

「…まぁ、つまるところは前向きな問題の先送りですか。課題の後回しってあんまり得意じゃないんですよね、落ち着かないというかなんと言うか」

「ふふっ。確かに、クロキ君夏休みの宿題は最初の1週間で終わらせそうだよね」

「否定はしませんよ、実際そう言う学生でしたし。…まぁ、先輩の頼みですから、なんとかやってみますよ」

 

 

───気がついたら、硬く握りしめていた掌が優しく解かれ、先輩の暖かな掌に包まれていた。

 

 

「…そろそろお別れだね」

「そう、ですね。先輩はこれからどうするんですか?」

 

 

俺の質問に彼女はこてんと首を傾けるばかりだ。

 

 

「えっ?うーん、どうなるんだろうね…?」

「…まぁ、先輩に決定権がある訳もないですよね」

「あっ、酷い!」

「まぁ、なるようになるとは思いますよ。このまま消えるのか、それとも残り続けるのか、それはわかりませんが…」

 

 

このまま彼女が消えるのか、それとも残るのか、せめてそれくらいは黒服に確認を取っておかなければならないだろう。もし彼女を何かに悪用するのであれば、その時は人生の目標が切り替わるだけだ。

 

 

「…ねぇ、クロキ君。ひとつ我儘を言って良い?」

「どうぞ」

「即答⁉︎ず、随分潔いんだね…?」

「一体俺がこの3年間でどれだけの無茶振りをされて来たと思ってるんですか。先輩の我儘くらい可愛いものですよ」

「むぅ、なんか面白くないな…」

 

 

口を尖らせる彼女だが、実際この3年間は無茶振りの連続だったのだ。彼女の我儘程度造作もないだろう。

 

 

「それで、先輩の我儘は一体なんなんですか?」

「…その、クロキ君が今まで一番身に付けてた物が欲しいんだけど」

「───え、藁人形に入れて釘で打つんですか?」

「違うよ⁉︎そ、そうじゃなくて、なんとなくクロキ君を感じられる思い出の品が欲しいなぁ……なんて」

「……うわぁ」

「ちょ、なんでそんな信じられないものを見るような目で見るの⁉︎」

「いや、そりゃだって…」

 

 

こういうお別れの時、気の利いた人なら思い残すことなどないように気の利いた言葉を言って終わるはずだ。なのにこの人ときたら本当に……。

 

 

「…まぁ、先輩にデリカシーを期待するのはお門違いですよね」

「デリカシー⁉︎私クロキ君にデリカシーを言われなくちゃいけないの⁉︎」

「そうですよ。全く、ちゃんと我が身を顧みてくださいね?」

「ま、全く納得できないよ…!」

 

 

しかし、ずっと身に付けてきたものか。そんな気の利いたものあっただろうか─────いや、待てよ。そういえばうってつけのものがあったな。

 

徐に首元の赤いボタンを押し込む。

 

『指紋及び意思決定プロトコル認証。装着モード終了、各種モーター点検オフ』

 

機械的な音声と共に僅かな蒸気音が首から漏れる。それを合図に頭からかぶっていたそれを取り外し、生身の視線で梔子先輩の姿を捉える。そして今取り外したそれを、先輩へと差し出す。

 

 

「えっ?これって…?」

「この3年間、ほとんど寝食を共にした俺の分身のようなものです。これなら、先輩のお眼鏡に叶うんじゃありませんか?」

「そ、そうじゃなくて!ほ、本当にいいの?わたし、一度もらったらもう返さないからね?」

「人の生首抱えてそんなに嬉しそうにしないでくださいよ…。えぇ、もう良いんです」

 

 

今思えば、本当に酷い3年間だった。成し遂げたことなど数えるほどしかない、失敗ばかりの道のりだった。

 

 

「その仮面とは、今日でお別れです」

 

 

今思えば、今日この時が節目なのだ。本当の意味で、この辛い世界を生きていく決意をしたある種の始まりの日───遠回りをして定刻を過ぎた電車が、漸く目的地を目指して走り出した日なんだから。

 

 

「あ、だからと言ってロボットをやめるつもりはありませんからね。帰ったら新しいスーツを新調します」

「えっ⁉︎」

「勘違いされたら困りますが、俺はロボットなんですよ。砂漠に生まれ落ちて、貴方に拾われて、そして散々に間違えた……多分これからも間違い続ける不出来なロボットなんです」

 

 

その宣誓を最後に、世界が急に色を失っていく。

 

 

「…どうやら、本当に最後みたいですね。それじゃあ先輩、また会えるかもしれませんが、一応お別れの挨拶をしておきますか?」

「ううん、いいよ。なんとなくだけど、クロキ君とはまた会える気がするから」

「そうですか…いえ、そうですね」

 

 

こうして話している間にも世界はどんどん白くなっていき、最後に俺と先輩、そして彼女の抱えている俺の仮面だけが残っている。

 

 

「…それじゃあ先輩。また会いましょう」

「うん。また会おうね!」

 

 

また会おうね、なんて朗らかに微笑む彼女の姿が、白色した世界で最後に見た景色だった────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────クロキ!クロキ!」

「…ん」

 

 

俺を呼ぶ声に意識が徐々に水面から引き上がっていく感覚を覚えて、静かに瞼を開ける。

 

 

「ホシノ、か」

「良かった、ちゃんと目覚めてくれて」

「…なぁ、ホシノ。俺ちゃんと先輩と話したよ」

「…そっか」

 

 

困ったように微笑む彼女に笑い返すと身体を起こす。なんだか先ほどよりも身体が軽いように感じるが、きっと心のつかえが少し無くなったからだろうと結論づける。

 

 

「……ん?」

 

 

だがおかしい。にしたって本当に身体が軽い。あれだけ身体がズタボロになっていたのにこれだけ軽くなったのは、それは物理的に装備が喪失したとしか……。

 

 

「…って、あれ?」

 

 

そこでようやく、自分の視界がモニター越しではなく直に世界を捉えていることを自覚する。つまるところ、今の俺は仮面を外した状態という事だ。なるほどあの世界は夢のようで、現実にも作用する力を持った摩訶不思議な世界だったということか。

 

 

「ま、どうせ廃棄しようと思っていたスーツだ。別になくても…いや、待てよ?生徒達に素顔を見られるのは問題だな。どうするか─────って、どうかしたのかホシノ?」

「あ、えっ…?嘘、だって…」

 

 

俺が倒れている右側。おそらく十字架を見て目を見開き驚愕に口が半開きになっている彼女を見て怪訝に思う。まるで幽霊でも見たような驚き方だ。

 

 

「なんだ一体、幽霊でも─────」

 

 

ホシノに倣い、俺も彼女の視線の方向に向ける。そこには先ほどとなんら変わらない黒い十字架、そしてさっき俺を見送ったように仮面を大事に抱えている梔子先輩────────は?

 

 

「あ、えっと。クロキ君が消えた後ね?私もこの仮面を被ってみたんだけど、そうしたらなんか私の身体も薄くなっちゃって、気がついたらここに……」

 

 

なんだか申し訳なさそうに肩を竦める彼女に、俺は割れんばかりに顎を開くだけだ。

 

 

「…え、えっと。また会ったねクロキ君」

「────は、ははっ、はははははははははっ‼︎」

 

 

その言葉に、俺はただ笑うしかなかった。

 

 

「ちょ、笑ってる場合じゃないよクロキ!ユメ先輩が、先輩が……‼︎」

「ははッ、ガ、はぁ───」

 

 

涙を流して俺の身体を揺する彼女だが、突如、電源が切れたように視界が暗くなる。それと同時に呼吸も浅くなり、身体が冷たくなる。しまった、いよいよ命が危ないらしい。身体さえ許すのなら今すぐにでも二人を抱きしめたいのだが、今の状態では無理だろう。

 

 

「ちょ、クロキ⁉︎クロキ⁉︎」

「は、ははっ。あぁ、ほんと────」

 

 

眩い白い照明に手を伸ばし、最後の力を振り絞って吐き捨てる。

 

 

 

「───奇跡って、あるもんだなぁ」

 

 

その言葉を最後に、俺は僅かばかりに残っていた意識から完全に手を離した──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

───────次に目を覚ましたら、そこは見慣れない天井だった。

 

 

 

「……俺はシンジ君じゃないっての」

 

 

いつかの日。この世界に初めて生まれ落ちた日の最初に口にした言葉を準える。視線を右に向ければ外は星が瞬く夜空で、空には変わらず白の円が走っている事からまだブルーアーカイブの世界にいる事がわかる。

 

 

「その台詞、本当に言う人がいるとは思いませんでした」

 

 

ここで左側から聞き馴染んだ声が聞こえる。その声に身体を捩って振り向くと、そこには予想通りの人物がジト目でこちらを眺めていた。

 

 

「先生、ですか」

「はい、絶賛疲労困憊の先生ですよ」

「…目の下の隈を見るに、三日は徹夜してますね」

「隈の濃さで徹夜日数を判断しないでください。ほんと、これだから先輩は…」

「…となると、あれから三日は経っているという事ですか」

「えぇ、本当に大変だったんですから」

 

 

それだけ言うと先生がきちんと椅子に座り直し、俺もそれに倣ってベッドから身体を起こして先生と向き直る。

 

 

「それじゃあ、まずは今の先輩の状況から説明します。ここは連邦生徒会の管轄する病室で、現在の先輩は連邦生徒会に身柄を拘束されています。罪状は…言わなくともわかりますよね」

「…えぇ、承知しています」

 

 

静かに頷く、当然といえば当然だ。砂漠の楽園第一区画の一件を除いても俺は本来の土地の所有権者であるカイザーコーポレーションと戦争状態を引き起こしたのだ、おそらく騒乱罪が適用されているはず。おまけに砂漠に出現した楽園第一区画や、そこにいるであろう擬似神性十文字の存在を連邦生徒会としてはとても容認できないだろう。なんらかの罪が追加されるはずだ。

 

 

「……まぁ、罪状っていうのは建前なんですけどね」

「建前?」

「そうです。まぁ先輩を保護するための方便といいますか」

「…保護?」

「えぇ。実は先輩が地下にいた頃、地上ではトリニティとゲヘナの軍隊が到着して互いに睨み合っていたんですよ」

「ぐ、軍隊⁉︎」

 

 

ゲヘナはともかく、トリニティが軍隊を引き連れて他校の管轄区域に進軍するなど余程のことだ。一体なんでそんな事が…。

 

 

「双方の言い分は同盟者の救出及びその保護、だそうです。さて、その同盟者とは一体誰なんでしょうね?」

「………えっと、誰なんでしょうね?」

「しばきますよ?」

「…はい、すいません」

 

 

一度しらばっくれてみたが、やはり駄目だったか。しかし、2校が軍隊を持ち出すなんて…。

 

 

「お陰で地上じゃ大混乱だったんですから。ほんと、リンちゃんが来てくれなかったらどうなっていたことか」

「七神主席行政官がわざわざ現地まで来ていたんですか?」

「そうですよ。あとでお礼を言いにいってくださいね」

「…はい、そうします」

 

 

しかし、そうなるとどうやって恩を返せば良いのか。サンクトゥムタワーの増改築でも無償でやるか…?いや待て、今の俺にはクラフトチェンバーがないんだぞ、そんな早急にはできない。急いでも一月は時間がかかる、それまでの仮オフィスを押さえないと。この際コストは度外視して───。

 

 

「先輩、言っておきますが変なことはしなくて良いんですからね。菓子折りの一つでも持って、お茶でもしながら感謝の言葉を伝えれば十分ですからね」

「…はい、そうします」

 

 

なぜだか最近先生に心を読まれる事が増えた気がするのは気のせいだろうか…?

 

 

「続けますね。次にカイザーコーポレーションとの抗争状態ですが、こちらも連邦生徒会がすでに間に入っています。話し合いは難航するように思われたんですけど、向こうがやけに及び腰なんですよね。和平で話を進めるようです」

「…意外ですね。もう少し強行手段を取ってくると思いましたが」

「えぇ、まぁそこは今後の会議で詰めていけば良いと思います。…最後に、地下にいた梔子ユメちゃんについてですが」

「…ッ」

 

彼女の名前が出た途端、顔が強張る感覚を覚える。そうだ彼女は結局どうなったんだ?やっぱり再び十字架に、なんて嫌な予想が一瞬脳裏に走る。

しかし、そんな俺の予想を知ってか知らずか彼女は淡々と続ける。

 

 

「今はアビドスでホシノちゃんと一緒に暮らしています。今は面会謝絶中ですが、先輩のことを心配してましたよ」

「そう、ですか。良かったぁ…」

 

 

本当に、純粋な安堵の言葉が溢れる。そんな俺の様子に先生は微笑むと、次に顔を引き締める。

 

 

「彼女の状態についてですけど、黒服から仮説があげられています。まだ色々と調べているので、確定した情報じゃないらしいですけど…」

「黒服から…?先生、黒服と連絡を取り合っているんですか?」

「えぇ、何かと縁があるから今後ともご贔屓にって。ほら、名刺ももらってますよ」

 

 

そういうと彼女は懐から名刺入れを取り出すと、そこから一枚の黒い名刺を抜き取る。

 

 

『楽園愛好家 黒服』

 

 

「…なんです、このどことなく都市整備部の名刺とフォーマットが似てるこれは」

「さぁ?それは分かりませんけど…」

 

 

なんだよ楽園愛好家って。そんなの役職ですらないだろうが、なんて思考が浮かぶが、この場で言ってもしょうがないので頭を振る。

 

 

「つづけますね。今の彼女、梔子ユメちゃんは黒服の予想によりますと、クロキ君の中にある神秘を貰って活動しているみたいです」

「俺の中にある、神秘…?」

「はい。自らの半身である仮面を彼女に与えたことでパスが繋がり、結果として十字架から切り離された可能性が高い、とのことです。本来ならそんなことは不可能だけど、現人神でありこの世界で信仰を集める先輩だからできたこととも言っていました」

「……まぁ、詳しい事情はよく知りませんが、彼女が元気ならそれで大丈夫です」

 

 

一番知りたい情報は聞けたので深くベッドに凭れ掛かり、流石に息を吐く。

 

 

「……先輩。わかっているとは思いますけど、これからが大変ですよ」

「えぇ、そうでしょうね」

 

 

そうだ、砂漠の戦いが終わったといえ、やる事は山積みだ。いや、あの一件のせいでもっと増えたと言うべきか。

ゲヘナとトリニティの関係性はこの一件で確実に悪化したとみて間違いない。一から関係性を再構築する訳ではないが、大きく後退したことに疑いはない。エデン条約に向けて早急に手を打たなければならない。

調月会長のことも気がかりだ。今回は飛鳥馬さんがたまたま気まぐれで俺に協力してくれたから助かったが、もし彼女が忠実に任務をこなしていたら俺は何もできずに攫われていた。なぜそんなことを指示したのか、その意図を問いたださなければならないだろう。

アリウス分校、ひいてはクソ野郎ことベアトリーチェの動きも注視しないといけない。秤アツコの存在を彼女がみすみす見逃すわけがないし、彼女が持っていた薬も気になる。あの時は破棄してしまったが、今思えば成分を分析するために保存しておくべきだった。

 

 

「…あの、なんだかまた勘違いしてますけど、私が言っているのはいろんな生徒達からの好意をどうするかって話ですよ?」

「……えっ?」

「えっ、じゃないですよ。聞きましたよ、飛鳥馬トキちゃんから告白されたって」

「な、なんでそんな事知ってるんですか⁉︎」

「なんでって…それは、彼女が自ら言って回っていますからね」

「言いふら……えっ?彼女自身が」

「えぇ、それはもう公明正大に言いふらしてますよ」

 

 

 

────えっ?なんで?

 

 

「えっ?なんでですか?」

「…それは、牽制じゃないですか?」

「牽制って…本当に強かだなぁ彼女…」

 

 

いや、いっそ暴走列車と言って良いんじゃないだろうか?あまりに後先考えて無さすぎるように感じる。いや、賢い彼女のことだから色々と計算してのことなんだろうけど。頭の良い暴走列車なんて手に負えないにも程がある。

 

 

「……それで、どうするんですか?」

「どうするって…別に、俺の結論は変わりませんよ。誰かの気持ちに応えるつもりはまだありません」

「またそんな甘えたこと…あれ?まだ?」

「はい。まだ、です」

 

 

自分に掛かっている布団を握りしめ、一言一言間違えないように口を開く。

 

 

「やっぱり、今彼女達を取り巻いている状況は正常じゃないと思うんです。偶々近くに近しい男性がいて、その男性がちょっと変わった特技を持っている。こんな状態じゃあ、友愛と恋愛を勘違いしてもおかしくありません」

「…仮にそうだとして、先輩はどうするんですか?やっぱり誰とも付き合えないとばったばったと振るんですか?」

「…いえ、そうではなく、前向きに問題を先送りにしようと思うんです」

「前向きに、問題を先送り…?」

「はい。これは受け売りなんですが、俺達にはまだ時間があるようです。なので、彼女達がちゃんと大人になって、自分の気持ちをきちんと理解できる様になるまで結論は保留にしようと思います」

「…先輩、言ってて最低だと思いませんでした?」

「そうですね、その自覚はあります」

 

 

先生の辛辣な言葉に苦笑し、夜の空を眺める。

 

 

「…これは俺の我儘なんですが、俺は彼女達にいろんな経験して欲しいんですよ。そうして大人になった彼女達じゃないと、きっとフェアじゃない。まぁ、希望を言えば俺なんて大した男じゃないとさっさと見切りを付けてくれて、それを見て『惜しいことをしたなぁ』なんて笑い飛ばす未来が一番なんですけどね」

「……それじゃあ、もし彼女達が大人になっても考えを変えなかったらどうするんですか?」

「その時は、腹を括って責任を取りますよ」

 

 

そうあっけらかんと宣う俺に先生はキョトンとし、ついで怪訝そうにこちらを見る。

 

 

「責任を取る、なんて言ってますけど、相手が二人以上いたらどうするんですか?責任を取るのは一人だけですか?」

「いえ、そんな無責任なことはしませんよ」

「そんなことを言って────」

「差し当たって、そうなったらまずは法律から変えないとですね」

「……えっ?法律?」

「現行の法律では一夫一妻ですから、これの制度改革からですね」

 

 

「ロビー活動はやったことはないのでなんとも言えませんが、なんとかなるでしょう」と笑ってみせると、何がおかしいのか大きな声で笑いだす。

 

 

「あははっ!うん、それが先輩らしいですよ!」

「…そうでしょうか?」

「えぇ、間違いなく!」

 

 

余程おかしかったのか、目尻から涙を流しながら彼女が話す。

 

 

「今の言葉で確信しました。先輩はもう自殺なんてしないって事が。いや、ほんと良かったぁ…」

「えぇ…?今の会話で、ですか…?」

「そうですよ!ほんと気が気じゃなかったんですからね!目が覚めた途端先輩が舌を噛み切ったらどうしようって‼︎」

「それは、要らぬ心配をおかけしました…?」

「全くですよ!金輪際、あんな事はやらないでくださいね‼︎まったくもう!」

「…はい、心得ておきます」

 

 

あ、そうか。あの涙は笑みじゃなくて、安堵からの涙だったのか、なんて今更な感想が浮かぶ。

 

 

「先生、聞いてください」

「…なんですか、薮から棒に」

「俺は、生徒や、貴女を幸せにしたいんです。それが俺の幸福に繋がるから。ですが残念ながら、俺は基本的に選択肢を間違える性みたいで、これからもご迷惑をおかけするかもしれません」

「…は、はい」

 

 

何故か顔を赤くする彼女に俺は続ける。

 

 

「だから、また俺が間違えそうになった時はまた頬を引っ叩いて止めてください。貴女の手なら、俺は何度間違えても立ち直れる気がするんです」

 

 

あの時アビドスの生徒会室で先生が俺のことを止めてくれていなかったら、そもそも俺は梔子先輩を助けることも、彼女達の気持ちを知ることも出来なかった。その意味でも、目の前の彼女はまず間違いなく俺の命の恩人だ。

そんな彼女の前に手を差し出し、誓いの言葉を投げかける。

 

 

「約束します。俺は何があっても貴女や、生徒達の幸福を諦めない。そのために自分の持てる全てを注ぎ込みます。だから先生、お願いします。どうか俺を、俺のことをロボットとして正しく使ってください。このキヴォトスに楽園を作るまでの、ちょっと不器用な相棒として」

「……うん。頼りにしてるよ、クロキ君」

 

 

俺の掌が優しく握り返される。

今日この日、俺はようやく本当の楽園の設立に向けて走り出した感じがした─────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそれとして言い回しが告白っぽいですよ先輩?どうせ他の生徒達にもそうやって甘い言葉を囁いているんでしょう?良い機会なので正しい女性の扱い方をレクチャーしてあげるのでよく聞いてください」

「……はい」

 

 

 






鏑木クロキ
ミレニアムの都市整備部の部長であり、株式会社楽園造園室の社長であり、『連邦捜査部S.C.H.A.L.E分室 未来展望室』の室長となったロボット。公式にはロボットということになっているが、中には男子生徒が入っておりその生徒も実は生徒ではなく外の世界からやってきた異邦人という新手のマトリョーシカを体現している。かつては『クラフトチェンバー0号機』なる奇跡の産物を用いていたが、砂漠のど真ん中で引き起こされた『盛大な自殺劇』でその管理権限を失い、現在はなんの力も持たない平凡なロボットとなっている。連邦捜査部の室長に就任してからは24時間365日戦えますと笑顔で働いてる。たまに生徒達から気絶させられているが、それもご愛嬌である。


鏑木クロキ(裏)
シッテムの箱のメインOS である『A.R.O.N.A』を(意図せず)従え、任意の生徒に極限のバフを与える『洗礼』を行うことのできる紛うことなき特記戦略。戦闘が始まったら真っ先に潰さないと手がつけられなくなる激ヤバ生徒。生徒や先生を人質にしたらノコノコと巣から這い出てくるのでその頭を叩き潰すのがおすすめ。意識を失うと方舟から別人格をインストールして全てを終わらせる終末機構も備えているおまけ付き。


先生
完璧にして完全な教導者。導くということについて彼女を超えるものはおらず、現れることもない。連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの主人であり、基本的には激務なのだが基本的に雑務はお手伝いロボットがニコニコと全て片付けてしまうので休めてはいるとのこと。砂漠で行われた『盛大な自殺劇』の一件を機に多くの生徒と知己を得て今日も各地で問題解決に奔走している。なお、上記鏑木クロキが心酔している人物であり、チンピラに絡まれたりしてると「俺の先生に何してる」と激おこ状態で登場する。


小鳥遊ホシノ
アビドス対策委員会の3年生であり、鏑木クロキの最強の楯を自称している生徒。最強なのは比喩でも例え話でもなく、文字通りの意味である。カイザーローンからの借金を鏑木クロキによって無理やり肩代わりされてしまい「うへ〜。じゃあ身体で返しちゃおうかな?」とお気楽に言ったら割と真面目にお説教されてしまい逆上して襲ってやろうかと考えたとかいなかったとか。つい最近まで意図せず同年代となってしまった先輩生徒と同居していたが、図面を担いで現れた旧友によって高校近くに小さなマンションが作られて以来そこでみんなで暮らしている。


梔子ユメ
十字架から切り離された少女。完全な蘇生が行われた訳ではなく、外部電源で動く仮の肉体で顕現しているような状態。そのため元電源が消失したら彼女も自動的に十字架に繋がれてしまうほど危うい状態。定期的にゲマトリアからの検査を受けつつ、いきなり増えた可愛い後輩達を猫可愛がりしては小鳥遊ホシノから怒られている。基本的に戦闘能力は凡人程度だが、十字架に繋がった状態であれば洗礼を行うことができる点は留意すべき事項だろう。


ゲマトリア
今回の騒動である種もっとも得をした組織。念願の救世主との直通電話を手に入れてウハウハの状態。嬉しさのあまりひと月は動画の毎日投稿が続いたとか。鏑木クロキからもらった海に浮かぶ小島で領域支配機『Balthasar』、『Caspar』の管理を行なっている。


鏑木メル
マスターから「いろんな世界を見ておいで」と言われてあちこち飛び回っている龍少女。現在は雪の大地でとある少女に教えてもらい、炬燵にくるまりながら鏑木クロキの同人誌を作っている。100pを超える大作になるとの事。



残存タスク
・砂狼シロコ(テラー)の住宅建設
・調月リオによるキヴォトス救済計画の解明
・明星ヒマリに刻まれた心の傷の治療
・防衛室長による鏑木クロキを利用したクーデターの阻止
・秤アツコに堆積している薬物の除去
・偽物の停止、もしくは破壊






※以下作者あと書き


遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、新年明けて早々なのですが、これにして第一章『アビドス対策委員会編』は完結となります。第1話から数えて24話もかかってしまったことに驚きましたが、それ以上にこうして曲がりなりにもちゃんも一章を終えられた事に安堵しております。ここまで来られましたのも皆様の応援があってこそです、改めてこの場を借りてお礼申し上げます。
さて、今話はある種の節目でありますので、1話から投稿してきた中で特に「これは意図を答えた方が良いかな」と感じる質問についていくつか答えていきます。お時間のある方はお付き合い頂ければ幸いです。


Q、主人公クソボケ過ぎない?

A、仕様です。
プロットとも呼べないスマホのメモ書きには「光のクソボケ」と記載されていたので、感想を見るに概ね想定通りにキャラクターの性格を受け取ってもらえて安堵しております。
さて、今作の主人公をある種クソボケに描写したのはある種の意図がございます。それは、私にとってクソボケとは「相手の感情を直接受け止められない未熟な状態」を表すのにこれ以上ない要素だと感じているからです。いつかの後書きで申し上げましたが、本作は間違いを一つのテーマとしております。ですので、間違いを犯す未熟さを描写する要素の一つとして取り入れさせていただきました。


Q、なんで主人公が先生じゃないの?

A、間違いをテーマとする以上、先生を主人公にするわけにはいきませんでした。
私の中でブルーアーカイブの「先生」というキャラクターは既に人間的に完成されていて、判断を誤ることはあっても致命的な間違いは犯さないだろうと解釈しております。本作は人間的に未熟な状態を多く描写することは予め予想していたので、あえて先生ではなく生徒を主人公として据えました。
それともう一つ、既にこのハーメルンにて先生を主人公とする作品で素晴らしいものが多くあったことも主人公を生徒にした要素の一つです。ご迷惑になるかもしれませんので名前はあげませんが、私の中で先生が主人公のssはこれが完成系だなと思うものがありましたので、そちらに引っ張られることのないよう意識した結果とも言えますね。



以上となります。今後も気になった感想がありましたらたまにこうした場を設けますので、感想をお待ちしております。

次に今後の投稿頻度についてお話しして行こうと思います。
結論からお話すると、2週に一回投稿から変更はありません。ですが筆者の生活が結構不定期ですので、もしかしたらひと月ほどお時間が空くかも知れません。2週間に一回投稿ができないとわかった時点で通例通り最新話に予定日を記載いたしますので、そちらをご覧いただければ幸いです。

あと一、二話をエピローグで使った後、トリニティ編を投稿いたします。こちらは来るエデン条約編に繋がる前情報の開示が主となりますのでご承知いただければ幸いです。

感想、ここすき、ファンアート等お待ちしております。それでは皆様、多大な湿度に当てられてふやけたロボットの屍の前でお会いしましょう。





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。