ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
誤字脱字報告、感想、評価、閲覧、ご指摘の全てに感謝を。
※次回投稿は3/9を予定しております。
────砂狼さんと俺のAIを騙る存在の話は、荒唐無稽と言って良いほど突拍子もない話だった。時間にしておよそ15分程度の説明だったが、体感時間としては日付が切り替わるほど長いものに感じた。それほどまでに、深くて濃い内容だった。
「………」
「…ん、やっぱり信じられない?」
「信じろ、といきなり言われても無理がある話だね」
並行世界の自分が摩訶不思議な力を使い、別世界の自分自身を殺害して回っている。三流SF小説だってもう少しマシな設定を考えるだろうそんな与太話をまともに信じる方がどうかしている…と、前の自分なら吐き捨てただろう。
『だが事実だ。こうして俺と砂狼が行動を共にしている、これ以上の証拠がどこにあるんだ』
「…すまない、言葉足らずだった。別に君達の話を疑ってるわけじゃない、けど不可解なんだ」
『不可解?』
固く組んでいた掌同士を解き、少し深く息を吸ってから続ける。
「あくまで、君達のいた世界の俺が同じ思考を持っていた場合の仮定の話だが、俺が『先生』の代わりを務められるとは思えないんだ。…恥を晒すようで申し訳ないが、俺はとても弱い人間だから」
彼女の口から語られる『俺』は、あまりに上手く物事を運んでいたらしい。カイザーコーポレーションの魔の手からアビドス高等学校を救いだし、ミレニアムでは『名もなき王女』の覚醒を食い止めた。しかし、本質はそこじゃない。
「再度確認したいんだが、君達の世界の俺は『奇跡』……つまる所は埒外の力を使っていたわけじゃないんだよな」
『奇跡が『大人のカード』を指すのなら、それは間違いない。あいつはその存在を毛嫌いしていたからな』
「そんな状態でヒエロニムスだけでなく色彩すら打倒したっていうのか。俄には信じられないな…」
正直な所、いまいち彼女の話を信じきれていないのはこの部分なのだ。
原作通りに物事を進めていながら大人のカードを使っていないなんて常軌を逸しているとしか言いようがない。だってそれは『先生』すらできなかった偉業なのだから。
「…不可解な箇所が多すぎる。やっぱり、そっちの世界の鏑木クロキは俺とは同姓同名なだけの別人と考える方が自然だ」
「そんな事ない。私達の世界のクロキとあなたは全く同じ」
「しかし、能力に差がありすぎるよ。俺が同じことをやれ、と言われてもまず不可能だ。始発点を越えられるとは思えない」
言いたくないことだが、少し嫉妬すらしてしまう。きっと別世界の俺は余程有能で優秀だったのだろう。『先生』のいない世界で代わりを務め上げ、あまつさえ本来の使い手でないからと大人のカードを使わない余力すらあったのだ、敬服する他にない。
「…そうやって自分をやたらと卑下する所もそっくり。クロキのそう言う所が嫌い。今すぐわからせてやりたい」
「卑下じゃなくて事実だよ。けど本当に凄かったんだな其方の俺は、先生が現れなかった物語をきちんと終わらせたんだ、尊敬の念すら抱くよ」
「ううん、先生は現れたよ」
────ピタリと、彼女の言葉を聞いた瞬間に身体が固まる。
「…疑うようで申し訳ないけど、もしそれが本当なら君たちの話は全部出鱈目か植え付けられた記憶ということになるね」
『手厳しいな、いっそ暴言じゃないかそれは』
「それほどまでにあり得ない話だと言っている。先生が現れた世界で俺が代わりをやるわけがない。断言して良い」
『その思考がコンマ数秒で弾き出される時点でお前はやはり鏑木クロキだよ。大丈夫、俺が保証してやる』
嘲笑うような口調に一瞬脳裏に火花が走るが、深く息を吐いてその火を消化する。ここで感情を荒ぶらせても無意味だと心に言い聞かせる。
「ん、言葉足らずだった、言い換える。先生は現れたけど消えたの。クロキに全部を託して」
「先生が、生徒達を置いてキヴォトスから立ち去ったと言うのか?そんな馬鹿な」
『馬鹿なもんか。お前、少しは自分の事を客観視してみろよ』
「一々癪に触る言い方だな。俺ほど自己を客観視してるロボットがいるもんか」
『いーや、出来てないね。よく考えて見ろ、お前は外面だけは先生の上位互換なんだぞ』
「言うに事欠いて俺が先生の上位互換だと?どうやら思考回路に著しい障害が出てるらしいな」
黙って聞いていれば生意気なAIは先生を侮辱するとは度し難い。俺があんな超絶有能かつ絶世の美人教師の上位互換?寝言は寝てから言って欲しいものだ。
「…まぁ、私もk.kの意見に概ね同意」
「そんなことないぞ砂狼さん。1時間くれ、その間にいかに先生が素晴らしいかパワポを使って説明するから」
忙しい合間を縫って作っておいた『よくわかる!シャーレの先生の凄い所‼︎(非公式)』のスライドショーが日の目を浴びる時が来たようだ。
『まぁ聞けよ唐変木朴念仁女誑し。こう見えて俺はお前のことを買ってるんだ、何せ砂漠を乗り越えた鏑木クロキを見たのはお前が初めてなんだからな』
「お前は黙ってろポンコツAI。今パソコンとプロジェクターを引っ張り出すから」
『聞けって。お前の色眼鏡が掛かりまくった視点なんかどうでも良いんだ、肝心なのは、お前は先生以上のことが出来ていた事なんだよ』
「先生以上の事だと?」
『そうだ。お前の思い浮かべる先生とやらは、日夜キヴォトスを再開発してたか?リニアを引いたか?都市を作り上げたか?』
「…してただろ、それは」
『阿呆か。してないだろ、偽りの記憶を産み出すな』
…確かに、原作の先生はキヴォトスを再開発なんてしていない。だが、それはそんな事をする必要がないからだ。俺にとって楽園とはあくまで先生の代わりに生徒達を幸せにするための装置なのであって、いるだけで生徒達が幸せになる先生にはそんなものは必要ないのだ。
『そしてお前はキヴォトスを再開発する理由を、いろんなメディア媒体で宣言してるよな。キヴォトスが好きで大切だから、誰も不幸にならない楽園を作りたいと、子供が絵空事に語るような夢を』
「事実だから良いだろ」
『そうだ、事実なんだ。そしてそれが問題だった。この時お前は外から見たからこんな人間に見える───キヴォトスの事を愛し、夢の実現のためにひたすら邁進している聖人君子、と』
「…それは、けど」
『キヴォトスに着任した先生からしたら、お前はさぞ魅力的に見えただろうよ。各勢力に多大な影響力を持ち、悪事を考えずただキヴォトスを、生徒達の幸せを願っている職人気質の男子生徒────どうだ?どこのスーパーマンかって思うだろ?』
…言いたいことはある、反論すべきことは山程ある。だが、そのどれもが彼の論拠を崩すことが出来ないと口を閉ざす。
『先生としては是非とも手を取りたい相手だろうさ────だが当の本人はしてもいない殺人の贖罪をしていたに過ぎず、自分が現れたらいの一番に消えようと目論んでいたとしたら』
「………」
『もちろん最初は散々説得しただろう。一緒にやっていこうとか、君がいなきゃ駄目なんだとかな。…だが、そのロボットは本当に頑なだった。当然さ、自分を咎人と思い込んでるんだ、先生と一緒に生徒達を導けるわけがない。散々の平行線の末、先生は悟るわけさ。自分がこの場にいたら目の前の聖人君子のような心優しいロボットが消えるってことが』
まるでそうなることが自然と言わんばかりにAIは続ける。
『先生は自己の存在と目の前のロボットの存在を天秤に掛ける。どちらが残った方がより良い未来が描けるのか、とね。そして結論が下された────さて、どうすると思う?』
「…わかりきった問いをするなよ」
そんな、ある種逃げの言葉にノイズ混じりの声で詰められる。
『逃げるなよ。お前もこの世界で先生に説いたんだろ?いかに自分が邪悪で、不必要なのか。その時先生がどんな事を考えているのかも知らずに』
「っ、俺を、ロボットを残す事を選んだんだろ」
『そうだ。そして俺は───俺の元になった鏑木クロキは、先生から役割を託されてしまったんだ。梔子先輩を殺してしまったと言う自意識を解消されぬまま、待ち望んでいた奇跡の存在にすら手を離されてしまった。凄まじい罪の意識だったよ、妄想の中で自分を万回殺す程には自己を憎んだ』
そこまで言われて、ようやく納得する。原作通りの展開をする上で、大人のカードを使わなかった理由を。
─────使えるわけがない。もし俺なら、その力を盗んだと思うから。
「…だから、大人のカードは使わなかったのか」
『そう、使えるわけがない。死に物狂いだったさ。盗んだ力は使えないが託された以上はやり遂げるしかないと、分厚い鋼鉄の仮面の下に全ての感情を押し殺して役割を、『偽りの先生』を全うした』
「凄まじいな。俺には、できそうもない」
『それでも彼は奇跡の始発点に辿り着いた。生徒達の問題を解決し、色彩を撃退して────でも、自分とは一度も向き合わなかった。感情にエネルギーがあるのなら世界を滅ぼせるであろう自己嫌悪を隠し続けたんだ、押さえつける力が大きければ反発も当然大きい』
ため息のような声を吐き出し、締めくくるように続けた。
『そして不幸にも、そんなロボットの前に万能とも言うべき願望機と異世界に干渉できる装置が揃ってしまった。そうなったらやることなんて一つしかない』
その言葉に、俺は一つ頷く。
願わずにはいられなかっただろう。自己という不純物が存在しない世界線を、奇跡の物語を汚す不純物の除去を。
「…そうか。砂漠で脳裏に浮かんだあの記憶は、別世界の俺の記憶だったのか」
『クラフトチェンバーと深く繋がった事で世界の境界線が曖昧になった影響だろうな。そして、その影響は今後も出てくる』
「今後?クラフトチェンバーは完全に停止したのに、まだ何かあるのか?」
砂漠の一件以降、ミレニアムの倉庫外に安置されているクラフトチェンバー0号機は主人を失ったように完全に呼吸を辞めてしまった。どれだけ多量の電力を投入しても動く気配すらないそれは、今は監視カメラを設置して放置している状態だ。
『あんまり自分を低く見積もるなよ。お前は一度楽園が瓦礫に変わったところで諦めないだろ?それは別世界のお前も同じ事だ、必ず何かしらのアクションを起こす』
「…なるほど、言えてるな」
一度や二度失敗した程度で諦める精神性なら最初から自分殺しをするわけがない。このAIの言っていることは、酷く的を射ていると言えた。
「私達はこのキヴォトスで向こう側のクロキのアクションがないかを探っていく。向こうの思惑を潰していけば、いつかは本体がこっちにやってくる筈だから」
『いわばお前は本命を誘き出すまでの生き餌って事だ。その時まで元気に泳いでくれなきゃ困る』
「…生き餌になる事は不本意だけど、それは構わない───けど」
「ん、何?」
ここで、ひとつ息を飲み込む。
いや、駄目だ。こんな事は本来言うべきじゃない。本当に彼女を想うのであれば、ここは静かに彼らの提案を飲むだけにとどめるべきだ。口を挟むべきじゃない。
「…いや、なんでもない。忘れてくれ」
「変なクロキ」
「変なのは元からさ。……そろそろ到着かな」
リニアの窓から映る景色が見慣れた街並みに変わる。もう間も無くミレニアム本校敷地内の駅との接続地点だ。
「一応再確認するけど、俺は普段通り行動していいんだよな」
『あぁ、それで問題ない。…そうだ、ひとつ注意事項が』
「注意事項?」
『あんまり心配してないが、特定の生徒と親密になりすぎるなよ。下手な禍根を残しかねないからな』
「なんだ、そんな事か。要らない心配だな」
『どうだか…言っておくけど色仕掛けや策略に惑わされるなよ。生徒達は本気だからな』
「それこそあり得ない話だな。俺に色仕掛けなんて効くわけがない」
AIからの懸念を鼻で笑ってしまう。
色仕掛けだって?全くお笑い種だ、そんなものが効くわけがない。特に今のスーツになった俺は、そう言った手法には無類の強さを誇っていると断言できる。
『…すごい自信だな。お前、同性愛者だったのか?』
「んなわけないだろ。そうじゃなくて、今のスーツだとそう言った情報は完全にシャットアウト出来るんだよ」
「スーツが?確かに新調したとは聞いてたけど、何か付け加えたの?」
「あぁ。俺がこの世界にちゃんと生きる事を決めた時、真っ先に必要だと感じたものをね」
『…なんだろう、すごい嫌な予感がするんだが一応聞いておいてもいいか?』
身体を広げ、自分の指で外の景色を映すモニター部分を指差す。
「別にそんなに手の込んだものは加えてないよ。付け加えたのは自動で画像補正を加えるシステムと、特定の感触をキャッチした瞬間感覚をシャットアウトする機能さ」
「……ん、私はあんまりそっち系には強くない。つまりどう言う事?」
「ようは視界に映る露出の多い服を自動的に健全なものに補正し、過度な接触時には触覚をシャットアウトするのさ」
このキヴォトスという世界に生きる生徒達の中には、あまりに露出の多い服装で出歩く生徒達がいる。ゲヘナの行政官などはあまりにわかりやすい例だが、今は隠居中のトリニティの狐娘やミレニアムの解説少女など、その数は枚挙に暇がない程だ。
もちろん彼女達のお洒落に対してそんな劣情を抱くなどあってはならない事だが、悲しい事に今の俺は肉体も精神も男性であり、一瞬もそんな感情を持ったことがないと言えば嘘となってしまう。
「最初はヴェリタスやヒマリさんにお願いして作ってもらおうとしたけど無性に嫌な予感がしてね、一から自分で作ったんだ。我ながら会心の出来だよ」
『……畜生、なんでこんな予感だけはいつも当たるんだよ』
こんな素晴らしいシステムなのになんでAIは残念そうにしているのか、ほとほと理解できない。やはり所詮は機械の身、この偉大なコハルシステムの意義が理解できていないのだ。
「このスーツのお陰で、俺は色眼鏡なく純粋に生徒達と接することができるってわけさ。どう?画期的なシステムだろう?先週ようやく完成したんだ、今年のミレニアムプライスに出場出来たのならいの一番に提出したんだが…」
「ん、クロキ」
暖かな声で俺を呼ぶ声に笑顔で振り返る。やはり砂狼さんはこのシステムの重要性に気づいて──────。
「今すぐそのふざけたシステムを切るか、この場でスーツをバラされるか選んで」
「あっ、はい。すぐに切ります」
────制作にひと月かかったコハルシステムの稼働は、満面の笑みでライフルを担ぐ彼女の微笑みの前にスクラップになった事を明記しておく。
「ほんと、クロキは余計なことしかしない。もっと生徒達の事を考えて」
「俺なりにちゃんと考えた結果なのに……」
『自意識が変わっても性根は変わらないんだからどうしようもないな』
「その通り、ほんとに嫌な男」
「酷い言われようだな……あ、正座してたら思い出した」
恒例のように床に正座している最中、思い出したように懐の胸ポケットから蓋付きのUSBメモリを取り出して砂狼さんへ差し出す。正座して平常心を取り戻すなんて我ながらどうかしてるが、染みついたこれはもうどうしようもない。
「何これ?」
「住宅の図面。君、今家なき子でしょ」
きょとんと、まるで信じられないものを見る目で見下ろす彼女に「…なんか問題でも?」と聞き直す。
「そうじゃなくて、意図がわからない。私、この世界の砂狼シロコじゃないんだよ?」
「それがどうかしたの?」
「だから、その、こんなものは……」
「そんなこと関係ないよ。君が砂狼さんで、俺のいるキヴォトスに生きてる。それなら俺の大切な生徒の一人だ」
別世界の住人だとか、未来から来た生徒だとか、そんなのは全くの些事で意味のない事だ。だって彼女はこのキヴォトスに生きている、生きているのなら住む場所だって必要だし、食べ物や服だっている。衣食足りて礼節を知るなんて、子供でも知っている事だ。
「…でも、私は」
「別に受け取ってくれなくても構わないよ。もう土地は確保してるし資材計算も終わってる、それは最後の確認で渡しただけなんだから」
「い、家の押し売りなんて非常識」
「押し売りじゃないよ。あげるんだから」
「そういう意味じゃなくて…!」
なおも固辞しようとする彼女に向かって頭を下げる。正座している状態なので土下座しているような不恰好だが、むしろ好都合とも言える。
「頼むよ、俺を助けると思って。住む場所がない人を放っておいて、キヴォトスで楽園を作る人なんて言われたくないんだ」
「…その言い方は卑怯」
「卑怯でも構わない───それに、やっぱり形からでも居場所は必要だよ。自分の場所があって初めて、人は自分を認識できるんだから」
俺のその言葉に、それでも葛藤した様子の彼女───だが、ここで別の声が響く。
『…せっかくの機会だ、貰っておいて良いんじゃないか?』
「ん、でも…」
『定まった場所があった方がこいつにしても連絡取りやすいだろ。それに、俺としても若い身空の君が野宿するのは感心しないな』
「………そこまで言うのなら、これは貰っておく。でも、無理して作らなくて良いからね」
ここにきてようやく役に立ったAIに視線で感謝を伝え、固い床から立ち上がる。リニアが減速している、もうすぐ到着だ。
「砂狼さん達はこれからどうするんだ?」
『俺達はこのままリニアに乗ってゲヘナまで向かう。少し確認したいことがあるんだ』
「ん、寂しいけど、ここでお別れ」
「そっか。それじゃあまた何処かで、ちゃんと暖かくしてね」
「クロキも、くれぐれも働きすぎで倒れないようにね」
「わかってる、程々にやるさ」
いよいよ流れていた景色が完全に止まり、荒々しいアラームが鳴り響く。
「…クロキ。最後に良い?」
銀色の耳をぴこぴこと動かし、腕を広げてこちらに近づく彼女に「…少しだけね」と同じように腕を広げる。その矢先、胸中に柔らかな感触がやや強めに飛び込んでくるのを優しく抱き止める。
「…暖かいな、君は」
「クロキは冷たいよ」
「機械の身体だからな」
「次は生身を所望する」
「…善処するよ」
「ん、相変わらず嘘が下手」
時間にして10秒程度の抱擁だったが、それだけで満足したのか彼女が自ら離れる。
「バイバイクロキ、また会おうね」
「あぁ、またね」
『気をつけろよ、機械仕掛けの十字架はお前を狙ってるからな』
そんな忠告を背に手をひらひらを振り、彼女達を視界から外す。彼女達から離れてリニアの搭乗口に向かう短い空白の間に思考を回す。
(…機械仕掛けの十字架。それに意識が残っているのなら、やりようはあるかもしれない。でも、それに意識がなくただ現象として俺を殺しに来るのなら)
「…殺すのなら、俺がやらなくちゃな」
誰にも聞こえないように呟いた、自分に課した約束。どうかそうならないで欲しい事を願って、俺はリニアから立ち去った───────。
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「───ねぇノア。私、流石に今日は怒っていいのよね?」
暖かな風が通り過ぎる駅のホーム。穏やかな微風が頬を撫で、爽やかな空気を運んでくれるその場所で私は青筋を隠さず側にいる人の名前を呼ぶ。
「ユウカちゃん?あんまり皺を寄せると跡になっちゃいますよ?」
「私だって好きで寄せてるわけじゃないわよ!」
───ごめん、仕事が立て込んでいるから今日中には帰れない。明日の午前中の貨物リニアで帰るから。
久しぶりにクロキが帰ってくるからとご飯を食べるお店をノアと二人で探していた矢先に送られてきたモモトークは、私の怒りを爆発させるに充分な威力を持っていた。ただでさえ連邦生徒会につきっきりで殆どミレニアムに帰ってこないというのに、予定すら変更するとは一体どういう了見なのか。こんな事になるのなら、やっぱりクロキが連邦生徒会に所属することを認めるんじゃなかった。
「もういい加減頭きたわ…!何かクロキに一泡吹かせる方法はないかしら───そうだ!呼び方を名前から苗字に変えるのはどうかしら?ちょっと距離を置いて私のありがたみをわからせるとか」
「あくまで私の予想ですけど、多分寂しそうな声で「…まぁ、仕方ないよな」とか言って受け入れますよ彼。ユウカちゃん、その態度に耐えられますか?」
「……耐え、られるわ」
ありありと想像できるそのロボットの姿を幻視し、強がりを吐き出すがそれもすぐに見破られてしまう。
「無理だと思いますよ。きっと二言目には溜息と共に名前呼びに戻してます」
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」
「それならやってみます?後三分もしたらクロキさんも来ることですし」
「…ノア〜」
困った顔で正論を言い放つ彼女に凭れ掛かる。わかってる、多分そんなことはできない。
「それに、私たちの方から距離を置くのは逆効果ですよ。クロキさん、それを大義名分にして自分から離れていきますから」
「なんだか見てきたような口ぶりだけど、心当たりでもあるの?」
私は知っていると言わんばかりのその口調に疑問符を浮かべると、ついで彼女は「あくまで噂ですけど」と続ける。
「クロキさんにはちょっと前まで随分懇意にしていたトリニティの生徒がいたらしいんです、それも結構重役の方が」
「なんでミレニアムの生徒がトリニティの重役と懇意にしてるのよ…」
「まぁまぁ、そんな事を気にしていたらクロキさんとは付き合えませんよ?話を戻しますね。クロキさんとはその方は結構頻繁に連絡を取り合っていて、密会もしていたみたいなんです」
「…へぇ、随分仲の良い事で」
「えぇ、本当にそう思います。ですが、とあるタイミングで彼女とクロキさんにちょっとしたいざこざが発生したんです」
「いざこざ?」
あの温厚かつ受け身の権化のようなクロキがいざこざを起こす……となると楽園に関わる事で間違いない。けど、トリニティの重役がなんでクロキと諍いなんて、という疑問も浮かぶ。
「詳細は私も詳しく知りませんが、そのいざこざ以降クロキさんはその方と一切、それこそモモトークのやりとりすらしていないんです。それまであんなに仲が良かったのに」
……ありえる、と言うより彼なら絶対にやるという確信がある。本人は「俺から連絡したら悪いよな…」とか思いやってるつもりなのだが、私としてはそのトリニティの生徒への同情を禁じ得ない。
きっとその生徒は再びクロキから歩み寄ってくれる事を待っているのだろう。だが、その待人は決して訪れることはない。なぜか、と聞かれても私はその答えを明確にすることができない。ただ一つだけ言えることがあるとするのなら、クロキとはある種残酷なロボットであるということだけだ。
「…やっぱり呼び方の件については要検討としておくわ」
「そうしてください。クロキさんなんて、こっちから襲いに行くくらいが適正な距離感なんですから」
「確かに、言えてるわね」
───まもなく1025便貨物リニアが到着いたします。繰り返します、まもなく……。
そんな身も蓋もない会話を広げていた矢先、アナウンスと共にホームに白を基調とした大きな車体がゆっくりとホームへ侵入する。どうやら待人が来たらしい。
「そう言えば、迎えに行くことは伝えてないのよね?」
「えぇ、きっと迎えに来たと知ったら驚きますよ」
「そうかしら?喜ぶだけでしょ」
固く閉ざされた特殊合金の扉が蒸気と共に開かれると、その中から一つの影が現れる。
「…あれ?早瀬会計に生塩書記?なんでこんな所に」
私達と同じ白の意匠の制服を着こなして現れたロボットは、緑色に光る瞳をぱちぱちと明滅して私達に視線を送る。
「なんでこんな所にじゃないわよ。迎えに来たのよ、あんたが遅いから」
「おかえりなさいクロキさん、待ってましたよ」
すると気恥ずかしいのか、「悪いね、気を使わせちゃって」と頰を掻く。
「別に気を使ったわけじゃないわよ。色々と打ち合わせすることが多いから、時間を無駄にしたくないだけ」
「ユウカちゃん、こんな事言ってますけどかなり寂しがってましたからちゃんと構ってあげてくださいね?」
「ちょ、ノア‼︎」
「ほんとごめん、俺が連邦生徒会に掛かりきりなばかりに色々と迷惑をかけてるみたいで…」
しおらしく頭を下げるロボットに、私はあえて厳しい言葉を投げかける。
「本当よ!連邦生徒会には週に2回くらい顔を出すだけって聞いてたのに、気付いたらいつも連邦生徒会にいるし…!クロキ、私達セミナーの一員って自覚が最近欠けてるんじゃないかしら!」
「うっ、本当に返す言葉もない…」
「まぁまぁ。あんまり怒ったら可哀想ですよ?」
目元を下げて私を宥めようと近づく彼女だが、彼女も最近本調子ではないことは私も知っている。それなのに私だけ槍玉に上げられるなんて冗談じゃないと口を開く。
「ノアだって、たまにクロキの部室に入って意味もなく椅子に座って物思いに耽ってるじゃない!本当はノアだって寂しいんでしょ!」
「な、なんでそれを……じゃなくて、なんの事かわかりませんね」
「惚けても無駄よ。都市整備部の入退出記録と監視カメラのデータがあればすぐにわかるんだから」
そこまで言ったあたりで僅かな沈黙が起こる。肝心のロボットはいきなり始まった私とノアのいざこざにアタフタと手を振り回しているだけで、なんの役にも立たない。
「……良いんですかユウカちゃん。それ以上続けるならこちらも相応の強行手段に出ることになりますけど」
「強行手段って何⁉︎っていうか生塩書記は俺の部室で何してたの⁉︎」
「ただの掃除です、後ろめたいことは何もしてません」
「掃除って、あそこの部室は毎日定時に清掃ドローンが入るから必要ないんじゃ…」
「クロキさん?あんまり騒ぐと口を塞いじゃますよ?」
「何で塞ぐつもりなんだ…⁉︎」
「あら、聞きたいんですか?」
「え、遠慮します」
「なんでこんなことに…?」と本気で頭を悩ませてるロボットに視線を送る───なんだろう、すごい無駄な事をしてるような気がする。
「…やめましょうか。私たちが争っても得るものはないわ」
「そうですね。賢明だと思います」
そう、私たちはあくまでも仲間なのだ。争ったとしても良いことはない。
「と、とりあえずは片付いたのか…?」
「えぇ、一旦はね。…それとクロキ」
「良かった…ん?何かあった?」
これで一安心と言わんばかりに安堵の息を吐き出すロボットの胸元に近づき、白の制服についている酷く目立つ銀色の長い髪を取り上げてクロキの正面に見せる。
「これ、いったいどこの誰の髪かしら?」
「─────リニアに乗る前に犬を撫でたから、その時に付いたんだよ」
「ふぅん、犬ねぇ…。どう思う、ノア?」
「回答まで3秒程度の遅延がありましたからまず嘘でしょう。そもそも女性の匂いもしますし」
「やっぱりね、私も同意見だわ」
「…すいません、リニアでちょっと知人と打ち合わせしてました」
「打ち合わせでなんで髪の毛が付くのよ?」
「……本当なんです、本当に打ち合わせしてて…!」
「断じて如何わしい気持ちとかはなくて…!」と手を振り回しているロボットに大きなため息を溢す。
「別にクロキから抱きついたなんて思ってないわよ。あんたにそんな甲斐性があるわけないし」
「酷い言われようだけど反論できない…」
「…でも、実際のところどう思っているんですか?」
肩を音落として項垂れているクロキに向けて、いつにもなく真剣な声色で彼女が口を開く。
「ん、どう思っているとは?」
「クロキさん、よく異性から言い寄られているじゃないですか。やっぱりそう言うのは煩わしいって思ってるんですか?」
「ちょっとノア、それは…」
その言葉を言った瞬間、ノアの顔色が変わったことに気がつく。多分素の気持ちが表に出たのだろう、しまったと顔に書いてある。
そんなの、決まってる。クロキは私たちにそういう……つまり、恋愛感情なんて持ってない。
私達が、ただ勝手に彼に惹かれているだけだ。この想いは一方通行のもので交わることはないのだと、クロキと付き合いが長ければ長いほど理解してしまう。でもそれを彼の口から言われてしまったら、そこで話は完全に終わってしまう。何も起こらず、何も起こせずに全部が終わってしまう。
「クロキ、今のは…」
「ご、ごめんなさい。今の質問は────」
「まさか。煩わしいなんてとんでもない、むしろ嬉しいくらいだよ」
あっけらかんと、まるでそれが当然だと言わんばかりにロボットは平然とした様子のまま続ける。その様があんまりにも普通然としたものだったから、思わず口が開いてしまう。
「そっ、そうなの?」
「えっ。そりゃ勿論」
「女の子から好意を向けられるのが嫌な男なんてそういないよ」と宣うロボットだが、だとしたら話が合わない。
「じゃ、じゃあなんで誰とも付き合おうとしないの?クロキのことが、その、好きだと言ってくれた生徒だっているんでしょ」
「私はちゃんとクロキさんに告白しました。ぶいぶい」と意気揚々と宣言して歩いていたあのメイドについては記憶に新しい。正直、その豪胆さを羨ましがったと同時に妬ましく思った程だ。砂漠の上での特殊な環境だったら私も、なんて思ったことは一度や二度じゃない。
「もしかして飛鳥馬さんの事?彼女の時は色々と複雑な事情もあったけど…それがなかったとしても、今の俺は誰かと付き合ったりはしないよ」
「そ、それはなんで?」
「えっ、なんでって言われても……」
「教えてください、クロキさん」
「生塩書記まで⁉︎え、えぇ…なんだか気恥ずかしいな」
「うーん……まぁ良いか」と少し悩んだ素ぶりを見せてからからロボットは続ける。
「正直な話、今の俺には結構余裕がないんだ。時間的にも勿論だけど、精神的にもね」
「そんな風には見えませんが……いえ、そうかも知れませんね」
ノアの同調に私も頷く。
灼熱の砂漠で彼が繰り広げた自殺劇は、まさしく彼の余裕のなさが滲み出ていたものだった。今のクロキは落ち着いて見えるが、もしかしたら内面にまだ大きな爆弾を抱えてるかも知れないという不安はある。
「そんな状況で誰かからの好意に応えるなんてあまりに無責任だし、相手にも失礼だ。だから、少なくとも俺の中で問題が解決するまでは誰かの気持ちに応えることはできない」
「いや、我ながら屑らしい言い分で申し訳ない…」と宣う彼を見て呆気に取られてしまう。
「…結局のところ、自分の中で気持ちの整理がついていないって事なのね」
「その通り、だから俺は独りよがりのダメ人間なんだ。再開発なんてやってるから外面はいいけど、中身は自分のことしか考えてない夢追人だ。売れないバンドマンとかホストとなんら変わらないのさ」
クロキがホスト…なんだろう、すごく危ない気配がしてならない。
「クロキ、お金がなくなったらまず真っ先に私に言ってね。養ってあげるから」
「早瀬会計、俺にヒモ男になれって言ってる⁉︎」
「酷いですユウカちゃん、私もクロキさんを養いたいです」
「生塩書記も⁉︎俺再開発しかできないよ…?猫型ロボットじゃないよ…?」
なんだか話が脱線してしまったが、ひとつ咳払いをして話を本筋に戻す。
「とにかく、クロキは今は誰とも結ばれるつもりはないって事でいいのよね?」
「そ、それは勿論」
「なら良いわ」
「えぇ、それなら問題ないです」
「な、なんなんだよいったい…?」
「良いのよ、さ、少し遅くなったけどお昼を食べにいきましょう。クロキ、良いお店知らない?」
「ええ…?ちょっと待って、いま思い出すから」
「お願いね。…それとクロキ」
「ん、まだ何か────」
携帯を取り出して調べ物をしているクロキに近づき、袖を強く握りしめて言い放つ。
「私、いつまでも待ってるから。だから必ず、絶対に結論が出るまで勝手に消えないでね」
「……最近の女の子は覚悟が決まり過ぎてない?」
そんな、ある種憎まれ口とも捉えられる言葉に微笑みつかんだ袖をそのまま引っ張る。どこの誰になんと言われようとも、クロキは私達ミレニアムの仲間で、セミナーの一員なのだからと宣言するべく彼の腕を引っ張ったままホームを降りて行った─────。
鏑木クロキ
生徒を傷つける事には死んでも抵抗するくせに自分を傷つける判断は誰よりも早い精神異常者。実のところ、異世界の自分が意識を保っているとは微塵も思っていない。先生に去られてしまったことがどれだけ深い絶望だったのか、他でもない彼自身が一番よく知っているが故に、異世界の自分の惨状を言葉だけで理解してしまった。同情もする、理解もできる、だが先生と誓ってしまった約束のためにわざわざ死んであげることは出来ない。それ故に、激突は避けられない。
機械仕掛けの十字架
クラフトチェンバー0号機を介して介入を開始している。偽クロキが死に際に発生させた信号から座標はすでに補足している。現在はゲマトリア倉庫にて保管している領域支配機『Balthasar』『Caspar』へ干渉し、鏑木クロキ殺害のための尖兵とするべく静かに稼働している。
鏑木クロキの思惑
「みなさーん!俺はこんなに情けないロボットなんですよー‼︎」と公言することで自らの好感度を下げ、自分に幻想を抱いている少女達の目を覚まさせてあげようと頑張っている。変に努力しすぎて情けない部分を見せなかったことが良くなかったと勝手に勘違いしてるが、誰も鏑木クロキに格好良さなど求めていないため全くの無駄。むしろ生徒によっては保護欲を拗らせる場合があるため逆効果とも言える。