ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります   作:あーけろん

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誤字脱字報告、感想、評価、閲覧、ご指摘の全てに感謝を。

※最後に作者の後書きがございます、次回投稿について重要な告知がありますのでご一読いただければ幸いです。



都市整備部の功罪と先生

 

 

 

 

どんよりと分厚い雲が覆う曇天の空を一面ガラス張りのオフィスから眺める。雨はまだ降り出していないが、今にも降り出しそうな天気に思わず気が滅入りそうになる。

 

 

「先輩、何もやらかしてないと良いなぁ…」

 

 

ある程度書類が片付いた机に肘を突き、深い息を吐く。やらかしと言うのは他でもない、生徒とのコミュニケーションについてだ。というより、あの人がそこ以外で致命的なやらかしをしている所を想像できない。

 

 

【────俺の先生に何をしている】

 

 

つい一月前、柄の悪い生徒達に囲まれている時に現れたクロキ君の姿が脳裏に反芻される。おおよそ普段の温厚な彼から想像もできない程冷たい声で放たれたそれは、当事者でない私でも怖さを感じた程だ───もちろん、嬉しくなかったわけではないが。

 

先輩……鏑木クロキというロボットは明確に、残酷な程はっきりと自分と他人の扱い方に線を引く傾向がある。例えば再開発業務がわかりやすい例だが、彼は殺人的な激務の荒波に一切の躊躇いなく身を投じるが、生徒や抱えている職人達には激務を求めない。せいぜいが1、2時間の残業をお願いする程度だ。

 

 

「上司にするのなら理想的なんだけど……」

 

 

これは別に業務に限った事はない。例えば私生活に目を向ければ、本人は屋根のない路地裏で眠り、鬼のように不味いレーションで腹を満たす事を良しとするが、他人が同じことをするのは絶対に許さない。

 

 

「この前見学に行った現場も凄かったなぁ」

 

 

都市整備部の現場では尋常じゃない数のお弁当を取り揃え、アルバイトや職人達の移動時間を短縮するために宿屋一棟を丸々リザーブしている。おまけに怪我に備えて現場医も一人から二人常駐しているのだから、まさに至れり尽せりの職場と言える。

 

そこまで素晴らしい待遇を取り揃えていると言うのにお給金は相場の1.5〜2倍支払われるのだからもう笑うしかない。待遇面においてクロキ君と正面から戦える企業など数える程しかない、まさに破格だ。

 

そんな高待遇を受けられる都市整備部の現場には当然尋常でない数の職人が殺到し、その中の上澄みだけがお抱えの職人として都市整備部の腕章を付けることができる。その腕章をつけた職人は『楽園族』と界隈で呼ばれるらしく、建設業界では一目も二目も置かれる凄腕なんだとか。

 

 

「他社を圧倒する待遇で腕利きの人を集める。でも、それだけで人は動かない」

 

 

脳裏に浮かぶのは見学した時の職人達の姿だ。目に力のある、明確な信念と技術に裏付けされた自信に溢れる姿が思い起こされる。あれほど楽しそうに働く姿など前の世界でもそうそう見かけることがなかった。

 

 

【なんつーか、旦那との仕事は背筋に力が入るんだよ。俺の技術がちゃんと世の役に立ってるって実感できる現場はここ位だからな】

 

 

なんて、屈託のない笑みで缶コーヒーを傾ける職人の姿が浮かぶ。

結局の所、クロキの下に選りすぐりの腕の職人が集まったのは彼の夢があまりに綺麗だったからなのだろう。そこに待遇がくっ付いて、初めて建設業界に一大ブームを起こすことができた。クラフトチェンバーというものがあったとしても、彼は三年足らずでキヴォトスに大きな流れを作った、本当に先輩はすごい人だ────と、ここまでなら手放しで褒められただろう。

 

 

【そうだ、先生からも言っておいてくれよ。この前ちょっと聞きたいことがあったから夜勤上がりの朝5時にメールしたんだが、送った3分後には返信が返って来やがった。前日朝から晩まで地権者と打ち合わせしてたのにだぜ?ちゃんと休めって口酸っぱく言ってるんだが聞く耳を持たなくてなぁ…】

 

【最初は有り難かったんですけどね、学生なのにそういう仕事に直向きなところが。でも最近は行き過ぎと言うか、もっと学生らしい事をして欲しいって思うことの方が多いんです。親心とも言うんでしょうか…まぁとにかく良く言っておいてください。一月二月現場がなかった所で都市整備部から離れることなんてありませんから】

 

【この前打ち合わせした時にチラッと見たんですけど、夥しい数のレーションの空き箱がゴミ箱に入ってたんすよ。確かあれ、この前販売禁止になった奴だったような…】

 

 

 

「…心配かけすぎなんですよ、先輩は」

 

 

【鏑木クロキ】という存在に関われば関わるほど、知れば知るほど思い知らされる。彼の危うさや脆さ、そしてそれが色んな人を引き寄せる魅力である事が。

 

 

「もう自分から死ぬことはないと思うけど……」

 

 

このキヴォトスのことは散々に見て来た。そしてその上で言えることだが、国の記号である学校単位でなく世界全体の幸福を切に願い、その具体策をきちんと明示し、それを実現し続けている青年なんてはっきり言って劇物以外の何者でもない。しかもその青年は時たまホストもびっくりな甘い言葉を吐き、あまつさえ弱った姿すら見せるときた。もうそうなると思春期の少女達から一番に隔離しなくちゃいけない呪物とすら言って差し支えないだろう。

 

 

「その本人がよりによって恋愛しちゃいけないとか思ってるのがまた救いようがないんだよなぁ…」

 

 

椅子の背もたれにもたれ掛かり、天井の眩く輝く電灯を見上げる。

いや、もう本当に酷いとしか言いようがない。砂漠の一件があって、ベッドから目覚めて先輩の言った責任───大人になっても自分を好きな生徒のことは必ず責任を取ると言う発言。それは酷い話ではあるものの彼なりの誠意だったのだろうが、今の彼を見ている限り本当にそのつもりがあるのかと心配になる。

 

表面上は精神的に安定しているように見えるが、やはり三年にも及ぶ間を自己嫌悪に費やした心がちゃんと癒えるまでには時間がかかるのだろう。

本当なら仕事なんてさせず療養に当てるべきなのだが────けれど、私達には時間がない。彼の語る終末は刻一刻と迫って来ているのだ。じわじわと迫るタイムリミットを前に休める人間なんてそういない。

 

 

「結局、現状維持のまま様子を見るしかないのかな─────ん?」

 

 

未だ精神的に疲弊しているロボットを休ませる妙案を思いつかぬまま歯痒い思いを噛み締めていると、徐にシャーレの扉が三度叩かれる。今日は来客の予定はなかった筈だと頭の中のスケジュールを思い浮かべながら近くのモニターから来訪者を確認する───そこには、珍しい生徒の姿が映し出されていた。

なんでいきなりシャーレに、との疑問はあったものの、別段門前払いする必要もなかったため遠隔で鍵を開け「どうぞ」と声を掛ける。

 

程なく「失礼します」という明瞭な発声と共に扉が開かれ件の人物が姿を現す。

 

 

「久しぶり不知火さん。珍しいね、こうしてシャーレに顔を出すなんて」

「先月の定例会以来ですね先生。えぇ、少しここらに用事がありましたので寄ってみました」

「そっか。とりあえず座ってよ、珈琲と紅茶どっちが良い?」

「それでしたら珈琲をお願いします」

「わかった、ちょっと待っててね」

 

 

和やかな雰囲気の彼女を前に席から立ち上がり、頭の中にあったクロキ君に関する思考を一度頭から切り離す。そのまま給湯室に入り手早くカップにインスタント珈琲を開け、お湯を入れてお盆に載せて再び出る。

 

 

「…あれ?不知火さん、座らないの?」

 

 

そうして給湯室から出ると、席にも座らず何が物珍しいのかシャーレの中を熱心に見渡している不知火さんの姿に思わず声を掛けてしまう。

 

「えっ?…あぁ、いえ。ちょっと気になった事がありまして。でも大丈夫です」

「そう?それなら良いんだけど…」

 

 

そう言って微笑むと静かにソファに向かい、そのまま腰を降ろす。つい3時間前までクロキ君と朝食を食べていたそこに珈琲のマグカップを載せたお盆を置き、一つを彼女の前に置いてもう一つを反対側に置く。

 

 

「この部屋、鏑木さんが手掛けたんですよね。素敵なお部屋で羨ましいです」

「確かにそうだけど、わかるの?」

「わかりますよ。私、彼の大ファンなので」

 

 

大ファンと自らを紹介する姿に違和感を覚える。本人は澱みなく宣ったつもりだろうが、言葉の始まりがほんの少し上擦っていた。しかし何より───。

 

 

(警戒心…と言うより敵愾心かな。相変わらず荒々しいね)

 

 

瞳孔の見えない優しい微笑みの下、私に向けられている感情は敵愾心に満ちている。生徒みんなから好かれたいなんて傲慢なことは思っていないし、先生なんて存在は生徒から嫌われてなんぼだとすら考えているからそこは問題ない。むしろ表面上はよく隠せてると感心するほどだ。

 

 

「…クロキ君から聞いてるよ、随分と熱心なファンだって」

「聞いていましたか。お恥ずかしい限りです」

 

 

不知火カヤ───彼女はクロキ君から要注意人物として聞いている。キヴォトスを束ねる連邦生徒会の暴力装置を束ねる防衛室長であり、カイザーコーポレーションと癒着し非合法な手段にも躊躇いがない荒っぽい困った生徒だと、肩を竦めてクロキ君が言っていた。

 

もっとも、そんな後ろ暗い背景を持つ生徒を困った生徒と一括りにしてしまう先輩の方が余程困った人だが。

 

 

「それで、今日は突然どうしたの?何か話があるんでしょ」

「えぇ、実は折り入って先生にご相談がありまして」

「相談?」

 

 

湯気の経つマグカップに一度も口を付けることなく、彼女はその相談を口にする。

 

 

「はい。簡潔に言えば、鏑木さんを少し貸して欲しいんです」

「…貸す、なんて言い方は好きじゃないけど、理由を聞いてもいいかな?」

「治安維持活動の拡充のためですよ。実は連邦生徒会内で連邦生徒会本部の防衛機構を強化すべきと言う案が上がっておりまして、その道の第一人者である彼を責任者として進めたいんです」

「それなら別に未来展望室の所属のままでもいいんじゃない?わざわざ防衛室に管轄を移す必要はないと思うけど」

「あくまで建前ですよ。流石に首都防衛の要を他所の他人に任せる事はできませんから。名義はしっかりしておかないと後々問題が出てきた時に困りますし」

 

 

澱みなく当たり障りのない言葉が出てくる様子に軽く息を吐く。なるほど、確かに困った生徒だ。

 

 

「…それなら、私じゃなくてクロキ君に直接頼むべきじゃないかな?彼ならきっと引き受けてくれると思うけど」

「この後お願いしに行きますけど、その前に彼の上司である先生にお願いするのが筋かと」

「私は彼の上司じゃない、ただの先生だよ」

「ですが組織図はそうなっていませんから。建前は大事でしょ?」

 

 

笑みを絶やさない彼女の姿勢に少し辟易としてしまう。このまま話が推移してもきっと当たり障りのない、上っ面だけの会話が無為に続くだけだ。

 

 

「それなら、私の結論は一つだよ。私は彼の意見を尊重するから、クロキ君と話し合って」

「勿論それはそうしますが、その前に先生としての意見も聞きたいんです。先生だってこのキヴォトスが如何に無秩序で危険な場所かは理解しているでしょう?私は防衛室長として────」

 

 

滔々と並べられる単語の羅列を前に、私は一つ言葉を溢す。

 

 

「───わかった。不知火さんは、もうクロキ君に断られたんだね」

 

 

その言葉を前に、変化は劇的だった。

 

 

「……やっぱりバレますよね」

 

 

閉ざされていた瞳が開かれ、黄色に黒の山羊の目に似た瞳孔に私がぼんやりと映し出される。

 

 

「意外。もう少しシラを切るのかと思ったよ」

「シラを切り通せるのならそうしますが、先生相手では少し相手が悪いですから」

「高く評価してくれて嬉しいけど、話はこれで終わり?」

「まさか。本題はここからですよ」

 

 

湯気の立たなくなったマグカップをようやく手に取り、それを傾けた後彼女は口を開く。

 

 

「単刀直入に聞きます。どうやってあの鏑木クロキを籠絡したんですか?」

「ろ、籠絡?一体何を言ってるの?」

「惚けないで下さい。先生としての立場を利用して、その端正な顔で近づいたんでしょう?汚い大人、そこまでして彼が欲しかったんですか?」

「な、何を言ってるの急に⁉︎そんなわけないでしょ⁉︎」

 

 

あまりに荒唐無稽な話に思わず声を荒げてしまう。私が彼を籠絡…?あの唐変木朴念仁ロボットを…?なんだその無理筋な話、完全初見でソウルライクを一度も死なずにクリアする方がまだ可能性があるんじゃないだろうか?

 

 

「それじゃあ、どうして彼はいきなり現れたぽっと出の貴女を特別扱いするんですか?説明がつかないじゃないですか」

「そ、それは……」

 

 

いきなり痛いところを突かれて言葉に詰まってしまう。

ここで「彼は未来の事を知っていて、その未来に私がいたから勝手に信用してるだけだよ」なんて言って信じて貰えるはずもない。

 

 

「どれだけ好条件を提示されても絶対に首を縦に振らなかった連邦生徒会への招集も、貴女の部下としてなら了承したんです。これで何もないなんて嘘じゃないですか」

「た、確かに傍目から見たら特殊な関係に見えるかも知れないけど、私とクロキ君はそんな関係じゃないから!」

 

 

第一、今の私は先生なのだ。それが精神年齢は年上だけど今は生徒の先輩と恋愛なんて不埒な事……あれ?精神年齢が上なら問題ないのでは?

 

 

「…それじゃあ、どうして彼は貴女を選んだんですか」

「選んだって、別に私は───」

「選ばれてない、なんて妄言を吐くつもりですか?そんなわけないでしょう。貴女は、明確にこのキヴォトスで最も超人に近い彼に選ばれたんです────この私を差し置いて」

 

 

その鉛のような言葉に、思わず顔が強張る。重すぎる嫉妬と敵愾心、そして劣等感がごちゃ混ぜになった、おおよそ青春の過渡期にある女子高生が抱えてはいけないであろう感情の籠ったそれは、もはや一種の鈍器と言えた。

 

 

「貴女は、クロキ君に何を求めてるの?」

「求めている?私が彼に?まさか、あり得ません。私はただ目的のために彼が必要なだけです」

「そんな、でもさっきの貴女は─────」

 

 

それだけ言うと殆ど残った珈琲を置いて立ち上がり静かに出入り口に向かう。その後ろ姿に手を伸ばすが、彼女が止まる事はない。

 

 

「それでは今日はこれで失礼します。それと、さっきの話は忘れてくれると助かります」

「…不知火さん、一つ言わせて」

「なんですか?」

「さっき、クロキ君のことを物のように言ってたけど、あれは止めた方が良いよ。聞いててあまり良い気はしなかった」

「───覚えておきましょう」

 

 

振り向くことなくそのままシャーレの部屋から出て行った彼女を静かに見送り、その姿が見えなくなった後再びソファに座り込み大きく安堵の息を吐き出す。それを見計らったように窓からポツポツと雨音が響き、次第にそれが大きくなる。どうやら本格的に降り出し始めたらしい。

 

 

「……ん?」 

 

 

これから起こる未来に少々の不安を感じている中、胸ポケットに入っている端末が規則的に揺れる。今度は何、と少し気怠げにそれを取り出して相手の名前を見ると思わず口から「げっ」と漏れてしまう。正直今の精神状態で相手をしたくはないが、気づいてしまった以上仕方ないと通話開始のボタンを押す。

 

 

「……もしもし」

『黒服です。なにやらお疲れの様子ですが、何かありましたか?』

「別に、ちょっとクロキ君関連で頭の痛い事象に当たっただけだよ。それで何か用事?私結構忙しいんだけど」

 

 

気怠さを隠しもせず続ける。アビドス砂漠での一件以降、こうしてたまに連絡を寄越してくるのだが、その内容がほとんどクロキ君に関連する事なのだ。この前いきなり海の孤島に呼び出されて何事かと思ったが、そこでクロキ君の楽園品評会なる謎の集まりに参加させられた時は本気で頭を痛めたのは記憶に新しい。

 

 

『その前に、念の為確認しますが今周囲に聖人はいませんか?』

「聖人…あぁ、クロキ君ね。居ないけど、それがどうかしたの?」

『いえ、それなら大丈夫です。今の彼には少々ショッキングな出来事ですので、できれば先生にだけお伝え出来ればと』

「…今度は何があったの?」

『えぇ、非常に憂慮すべき事態が発生いたしました。電話では少々伝えづらい事ですので、また我々の集会所に来てもらえればありがたいのですが』

「それっていつ?私多分明後日にはミレニアムに行かなきゃいけないんだけど…」

『今から、です。そろそろ迎えが到着すると思いますので』

「今から……って、迎え?迎えって─────」

 

 

その疑問符を浮かべた直後、静かにシャーレの扉が開かれる。その音に気づいて其方に視線を向ける────そして目を見開く。

 

 

「お久しぶりです先生。お迎えに上がりました」

 

 

眩い白のワンピースから覗く絹のように白い肌に純白の大きな翼。ふわりと笑う瞳はいつか見たクロキ君のと同じ黄金色の瞳で、まるで神様に作られたかのような綺麗な顔立ちの彼女──────空域特化型領域支配機『Melchior』、現在は『鏑木メル』と呼ばれる少女がいた。

 

 

「め、メルちゃん⁉︎どうしてここに、レッドウィンターに居るんじゃ…」

「黒服のおじ様から緊急の用件を受けて、こうしてお迎えに上がりました。さ、まいりましょう」

「参るって、黒服達のアジトはここから遥か東の海の上でしょ?今から行くなんてとてもじゃないけど…」

「ご安心ください。私の飛行能力であればものの十数分で到着いたします」

 

 

そう言って自信満々に豊満な胸を張る彼女とは裏腹に、私は冷や汗が背中に流れるのを感じる。

 

 

「え、えぇと。もしかして私、空を飛ばなくちゃいけないの?」

「はい。お父様から伺っておりますよ、先生は私の龍形態のようなロボットがお好きだと。有人の処女飛行がお父様とでないことは非常に残念ですが、今は目を瞑りましょう」

「だ、だって今外は雨降ってるし…明日にしない?」

「大丈夫です。ちゃんと先生を格納するためのカプセルも持ってきていますから、雨に濡れる心配はありません」

「あ、えと、そのぉ……」

 

ついに反論が尽きてしまい右往左往と視線をあちこちに飛ばすが、ジリジリと近づく顔のいい彼女を前に後退りすることしかできない。

 

 

「───行きましょう、先生」

「あ、はい」

 

 

 

─────────この日、私は空輸される貨物の気持ちを充分に味わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「───そ、それで。聖園さんはどうしていきなりミレニアムに?一応、明日にはトリニティに向かうつもりだったんだけど…」

 

 

ロボットの手────微かに震えている────からマグカップが二つ机の上に置かれる。白いマグカップはニコニコと笑みを絶やさない銀髪の車椅子の少女の前に、桃色のマグカップは眉間に皺を寄せ「私、不機嫌です」と隠しもしない桃色の髪の少女に置かれる。

 

 

「何?用事がないと私はクロキに会いに来ちゃ駄目なんだ?ふぅん、冷たいんだね」

「いや、そんな事ないけど…」

「あら、言っていいんですよクロキ。いきなり来られて迷惑だ、貴女には常識がないのかって」

「思ってもない事代弁するの止めてね……」

 

 

計測される室温は適切な筈だが、体感0度近くまで下がっている都市整備部の部室でロボット───もといその仮面の下にいる青年は言いようもない渋面を浮かべている。渋柿のエキスを100倍に濃縮したものを舐めても浮かべないであろうその表情は、何かの拷問を受けているに等しい様相を呈していた。

 

 

 

「ま、まぁまぁ。とりあえずはココアでも飲んで落ち着いてよ。最近新発売したやつなんだけど、これが中々美味しいんだよ。あ、そう言えばマドレーヌもあったな、ちょっと待ってて、今持って───」

 

 

取ってつけたような理由を盾にその場から離れようとした矢先、ロボットのシャツの両方の袖口がそれぞれ二人の指によって捕まれる。

 

 

「今はマドレーヌの気分じゃないかな。それよりここに居て」

「えぇ、そんなお菓子なんてどうでも良いですから」

「───あっ、はい」

 

 

その場を離れようとした作戦が敢えなく失敗に終わり肩を竦めるロボットだが、そんなロボットの様子など気にもしない様子で桃色の少女───聖園ミカが口を開く。

 

 

「…で?さっきの質問の答えがまだなんだけど。貴女、どこの誰でクロキのなんなの?」

 

 

────明らかに喧嘩を売っている口ぶりに、ロボットの精神値に15のダメージが入る。

 

 

 

「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私は明星ヒマリ、ここにいるクロキの一番の理解者であり協力者です。あぁ、どこぞの高飛車で我儘な生徒とは違って美しく思い遣りもある天才美少女ハッカーでもありますね」

 

 

 

────さらに冷える部室の空気にロボットが凍える。精神値に18のダメージ。

 

 

 

「───あーはいはい。ナギちゃんだけかと思ってたけど、何処にでもいるんだね。勝手に理解者面しちゃう可哀想な人って」

「ふふっ。流石、独りよがりな人は考え方も独りよがりですね。勝手に彼の考えを推測しているのは貴女の方では?現に、私はつい先程クロキ本人から一番の理解者だと言われてますので」

「…何それ。クロキ、本当にそう言ったの?」

「えっ、あー、それはだな…」

 

 

グサグサと見えない矢が精神という見えない数値をガリガリと削っていく中、ロボットは脳内のCPUをフル回転させる。

 

───なんで二人はこんなに不機嫌なんだ…?

 

だが残念。恋愛方向におけるロボットの思考CPUは1990年代製のそれにすら劣るポンコツなのだ。幾ら思考に費やしたところで回答が出るわけがない。詰まる所、嘘偽りのない気持ちを語るしかないわけで。

 

 

「…あぁ、言ったよ。ヒマリ部長には色々と助けてもらってるから」

 

 

───瞬間、聖園に握られているミレニアムの制服の袖口が悲鳴を上げる。彼女の瞳からハイライトが消え、震える声で続ける。

 

 

「…なに。それじゃあクロキは、こんな陰湿で性格の悪い人を選ぶんだ?随分と悪趣味だね」

「選ぶって…俺は別に選んでない。客観的事実を述べただけだよ」

「客観的事実って。だって、そんな事を言ったって事はこの人の事、好きなんでしょ?」

「好きって、そりゃあ人間的には好きだよ。彼女は綺麗だし、ちょっとお茶目な所もあるけど俺のことを手伝ってもくれているし───でも、それが恋愛に直結するのかと問われればそうじゃない、と思う」

 

 

────瞬間、明星に握られている袖が苦悶の声を上げる。

 

 

「く、クロキ…?それはどういう……」

「明星さん…ヒマリが大切な生徒である事は変わりない。かけがえのない大切な人であることも。でも、それが恋愛としての大切なのか、友達としての大切なのか、俺にもまだわからないんだ」

 

 

嘘偽りのない本音の言葉。それ故に自分が酷いことを言っていると自覚しているロボットは自虐した素振りを隠しもせず続ける。

 

 

「…ごめん、酷いことを言った。軽蔑してくれると助かるよ」

「別に軽蔑なんてしませんよ。…ちょっと、驚いてしまっただけです」

 

 

そう言って袖口の力が緩められる。一方、反対の袖はプチプチといよいよ断末魔を上げ始める。

 

 

「何それ、意味わかんない。それって恋愛的に好きって事と何が違うの?同じ事じゃん」

「違う…と、俺は思ってる」

「違わないよ。だって、それじゃあ私は───!」

「俺は、聖園さんのことも同じように大切な友達だと思ってるよ」

「───えっ」

 

 

限界まで引き延ばされていたシャツが緩められ、安堵の声が制服の繊維から聞こえる。

 

 

「正直、驚いたんだ。俺はあの雨の日、君に決定的に嫌われたと思っていたから。だから、友人と言ってもらえた事は嬉しかったよ」

「嫌われたって…私そんな風に思われていたの⁉︎」

「そりゃあ。だって事実、別れ際に大っ嫌いって言われたし…」

「違っ、あれは………‼︎」

「でも、こうして君から会いに来てくれた。いきなり来られたからびっくりしたけど、でも嬉しいことに違いはないよ」

 

 

────おそらく先生がこの場にいたら天を仰いだであろうこの現場。顔を真っ赤にし小さく言葉にならない声を漏らす聖園と面白くない舞台を強制的にみせられてるかのように顰めっ面をする明星。そしてなんとかなったかな?と安易な勘違いをしているロボット。状況はまさに混沌としている────そんな中だった。

 

 

「…?電話だ、ちょっと待っててね」

 

 

小さいバイブレーションの音と共にロボットがその場から離れる。「もしもし」と続けて会話を始める姿を他所目に、二人の少女は向き直る。

 

 

「…なぁんだ。一番の理解者だと言われても、結局他の人とそんなに扱いは変わらないんだ。慌てて損しちゃった」

「一度告白して玉砕した負け犬が言うじゃありませんか。言っておきますが、貴女が選ばれる事は絶対にあり得ませんよ」

「え〜?さっき大切な友人だと言われたのに?それはちょっと無理筋じゃんね」

「無理筋ではありません。大体貴女のような能天気な人がクロキの側に居れるなんて───」

 

 

静かな戦争が再び幕を開けようとした矢先、硬く閉められていた部室のロックがマスターキーによって解除され「クロキ!」という慌てた声と共に早瀬ユウカを始め複数の生徒が流れ込んでくる。

 

 

「クロキ、大丈夫⁉︎ここにトリニティの聖園が……って、明星部長も⁉︎一体何が…」

「あ、早瀬会計。ちょうど良かった、今桐藤さんから連絡が来てね。話をしに行こうと思ったんだ」

「桐藤って、ナギちゃんから電話だったの?」

「随分怒っていたよ。一緒に行くから、ちゃんと謝ろうな」

「うへぇ……って、一緒に?どう言う事?」

 

 

通話を終えたロボットが部屋の真ん中に立ち、そこで部屋に入ってきた生徒達を見やる。その中で目当ての人を見て一つ頷く。

 

 

「良かった、美甘部長も居るね。話が早くて助かるよ」

「あ?心配で駆けつけてみりゃ、なんだよ話って」

「今から聖園さんを連れてトリニティに向かうから、美甘部長ともう一人護衛として付いてきて欲しいんだ。都市整備部部長ではなく、セミナー都市開発担当からの正式な要請としてね」

 

 

ロボットから出てきた護衛という言葉に小さな最強戦士が怪訝な声を上げる。

 

 

「なっ、護衛って…良いのかよ?お前嫌がってただろ?」

「都市整備部としてはいらないけど…ほら、俺もうセミナー所属だろ?一応気を使ったんだよ。それに、どうせ頼むのなら一番頼りになるネルが良いからね」

「…お、おう。なんだよ。やけに素直じゃねぇか」

「ちょ、ちょっと待って!今からトリニティに向かうの⁉︎さっきの話だってまだ……」

「ごめん早瀬会計、俺に信用がないのもわかってる。でも多分これが一番ベターだと思うんだ。だから護衛兼監視として美甘部長ともう一人C&Cの部員を同行させる。何かあったらすぐに引き上げてくるから安心してくれ」

 

 

唐突な展開に流石に彼女も頭が回っていないのか、しどろもどろにも了承の言葉を早瀬が口にする。それに一つ頷き、ロボットがよく通る声で宣言する。

 

 

「出発は1時間後、移動には都市整備部所有のリニアを使うから校門前に集合で。美甘部長はもう一人の護衛の選任をお願い。2週間程度の滞在になるから、早瀬会計達は留守をお願い。急ぎの連絡はいつも通りで大丈夫だから」

 

 

 

 

「それじゃあ行こう───トリニティへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





不知火カヤ

鏑木クロキに選ばれなかったばかりか、ぽっと出の女を上司に仰いだ事実に酷く打ちのめされている。鏑木クロキの能力に早々に目をつけ何度も勧誘しているがその悉くを断られている。故に鏑木クロキは誰も選ばない、そう思っていたからこそ未来展望室の発足の情報に彼女は整えられた髪を掻きむしった。彼女は自らの願いを叶えるためには鏑木クロキの知名度と求心力を使う他にないことを確信しているからこそ、手段は選んでいられない。そんな憔悴した心など、異世界からの来訪者の前には赤子同然だろう。


都市整備部

ミレニアムサイエンススクール所属、同生徒会組織セミナーの再開発事業の外部顧問を務める一部活。ミレニアムの部活動でありながらその活動範囲はキヴォトス全域に及び、有力校の再開発事業や土地を買い上げて整備し市場に流すなどの事業を通じて瞬く間に勢力を拡大。現在その資本価値は大企業に勝るとも劣らない規模にまで膨れ上がっている。しかし同部の管理運営を担っている生徒は一人であり、業務を遂行するのも単独であることから他の企業や一部の大人からは怪物や化け物、壊れたロボットなど揶揄されている。


都市整備部の功績

・キヴォトスと言う破壊活動盛んな文化圏で比較的安全に暮らせる地域を創出した事。
・都市整備を通じて安定的な雇用の創出及び産業を発展させ各学校の健全な学園運営を手助けしている事。
・リニアによるインフラ整備を通じて各学校間の距離を縮めて生徒間の移動を容易にした事。
・生徒の身分でありながら学校ではなくキヴォトス全体の発展を願い、それをある程度実現した事。


都市整備部の罪

・部活の運営を一人で成り立たせてしまっている影響で個人に権力が過集中している事。
・実質的にキヴォトス全体の建設業や再開発事業を単独で統括してしまった事。
・代表が鏑木クロキである事。


美甘ネル

鏑木クロキと過ごしてきて初めて護衛を頼まれた事実に若干頭が混乱しているミレニアムの最高戦力。護衛という事は基本的に一日中一緒に行動するよな?と徐々に現実に思考が追いついて行き頭を抱える。彼女は何があっても鏑木クロキを生きてミレニアムまで連れて帰るだろう。それがどんな状況であっても。


飛鳥馬トキ

私というパーフェクトメイドを差し置いてネル部長を選んだ事実に本気で戸惑っている。この後30分にも及ぶ無言の圧が鏑木クロキを襲う。


鏑木クロキのシャツ

今話のMVP。この後捨てられる。


アビドス廃校対策委員会

都市整備部解体の噂が黒柴の職人から持ち込まれる。ミレニアム防衛戦のフラグ開設。


Q.クロキ君さぁ…ロボットなのにバグが多すぎない?

A.仕様です。






※以下作者後書き。


皆さんお久しぶりです、作者です。
いよいよ4月を迎え、この作品も1周年を迎えました。ここまで長く続いたのは多くの皆様の応援あってこそです。この場を借りてお礼申し上げます。

そんなある種節目の季節なのですが、一つお詫び申し上げなければならない事がございます。お詫びの内容はつまり、次回投稿の予定日についてです。

最初にご報告させていただきますが、本作「ブルアカ世界に転生したのでロボットになります」の次回投稿は2025年8月17日(日)を予定しております。つまるところ、今から約4ヶ月ほど後の投稿となります。

延期の理由について詳しくお話しする事はできませんが、私生活に関わる重要な要素が関わっている事は間違いありません。そのため、非常に心苦しいのですがこのような判断を下させていただきました。普段この作品を楽しみにしていただいてる読者の皆様におかれましては期待を裏切る形となってしまい誠に申し訳ございません。

ですので、皆様におかれましてはどうぞ8月17日にまたお会いできればと思います。作者も執筆は出来ずとも構想は続けてまいりますので、何卒お待ちいただければと思います。

以上で作者後書きを終わりにしたいと思います。それでは皆様、次は茹だるような暑さの中でお会いしましょう。



  1. 目次
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