ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
誤字脱字報告、感想、評価、閲覧、ご指摘の全てに感謝を。
※みなさまお待たせいたしました。トリニティ編に向けての事前準備として過去編を投稿いたします。
──────あの日、あの瞬間だけは、私だけが彼の願いの理解者だった。
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「─────はぁ」
「どうしたのナギちゃん、そんな深いため息なんて。幸せが逃げちゃうよ?」
「私思うんです。ため息を吐いたら幸せが逃げるのではなく、幸せが逃げたから溜息を溢すんじゃないかと」
「わぁ、何時になくグロッキーだね」
穏やかな陽気を運ぶ春の風を肌で感じる中、静々と溜息を溢す。対面に座る人物からの軽口に答えるだけの余力があるのがせめてもの救いだろうか。
「けど一体全体どうしたの?そんなに疲れてるなんて珍しいじゃん」
「…実は先ほど先輩に連れられて『勉強会』に参加していたんです」
『勉強会』という単語に彼女は「あ〜」と納得したように頷き、ついで同情の視線を向ける。
「それはご愁傷様でした。けど最近多くない?最近何かあったっけ?」
「…この前はミカさんも参加したと聞いていましたけど、その時は聞いていなかったんですか?」
「なんか右から左に聞き流してたからよく覚えてなーい」
「まったくもう…」
『勉強会』───言葉だけで見れば学生達のなんて事ないそれに聞こえるが、その実態は生徒会組織に見込まれた有望な生徒を集めて行われる政策討論だ。
「今回の…というより、ここ最近の議題は殆ど一つですよ。最近急激に勢力を伸ばしているミレニアムへの対処、これに付きます。先輩達もピリピリしていて疲れますよ…」
「あ〜、なんか聞いたかも。あれだよね、なんか凄い都市にいろんな企業が投資してるとか。なんだっけ、確か────」
「『ミレニアム学区第32再開発都市』、別名『楽園区画』ですね」
『ミレニアム学区第32再開発都市』───通称『楽園区画』。
ミレニアムの生徒会組織セミナーより発布された都市計画令を受けて作り上げたそれは、まさに人類の叡智を詰め込んだ最先端都市であり、他の学園都市と半世紀は時代が違う……と、巷で話題を掻っ攫っている。
「けどなんで街を作っただけでいろんな企業が食いつくのかな?」
「今回の楽園区画は言わばモデルルームの様なものなんです。ミレニアムに肩入れすればこれだけ素晴らしいインフラ技術を提供できます、と各地に喧伝しているんですよ」
「それでいろんな会社が食いついてるって訳かぁ。それで、それはミレニアムのどの会社がやってるの?」
彼女の至極当然の疑問に、私は静かに首を振る。
「…それが、今回の再開発を請け負ったのはミレニアムサイエンススクール本校の部活動らしいんですよ」
「部活動って、じゃあ学生がそんな街を作ったってこと?」
「そうらしいんです。現地にいる諜報員曰く、ここ数ヶ月に渡って急に話題に上がる様になった部活だそうです」
私の言葉に怪訝な表情を浮かべ、頬杖をつきながら続ける。
「それでそれで?一体なんて名前なの?」
「『都市整備部』、というらしいですよ」
「都市整備部…なんかあんまり部活っぽくないね」
「えぇ、その活動内容もミレニアム学区内の整備活動らしいですから、部活というより役所の様なものですね」
これが企業がやった事であればトリニティとしてもそこまで問題視しなかっただろう。しかし都市を作り上げたのが学校の部活動であるのなら話は別だ。
「ミレニアムはこの都市整備部を使って勢力を拡大するつもりです。非公式ですが、既に周辺校のいくつかは都市整備部の再開発を条件にミレニアムへの属校となりましたし、今後もその傾向は強まるでしょう」
私達がこの世界に生きるにあたって利便性を手放す事はできない。そんな生活インフラというなくてはならない物を商品として売り捌くのはミレニアムらしい狡猾さと言える。
「目下の課題は都市整備部の全容の解明です。流石虎の子なだけあって分厚い情報のカーテンが引かれているようで、未だそれが何人で活動してどんな規模を有しているのかわかっていませんから。規模から見ても30人程度の集団なのは間違いありませんが──────ミカさん?」
視線を正面の幼馴染に向き直すと、そこには通信端末に視線を落とす姿がある。
「あっ、ごめんね。友達から呼ばれちゃったから私もう行かないと」
「友達って…今日はどちらに行かれるんです?」
暗に幼馴染である私を差し置いて、という意味を含ませるがそんな私の気持ちを知ってか知らずか「今日はね」と嬉しそうに頬が綻ぶ。
「ちょっと遠くなんだけど、新しくできたショッピングモールに行くんだ。ほら、気がついたら出来てたアレ」
「あぁ、あの突然開業したっていう」
トリニティは歴史と伝統を重んじるお堅い学校だが、そこに通うのは年端もいかない若い学生だ。当然新しい物には目がないし、それがトリニティでは珍しいショッピングモールであれば尚更だ。話題に上がるのは必然と言えるだろう。
そして件のショッピングモールは他にはない事情があるのだから話題性は尚更だ。
「まったく、そんなに新しい物にすぐ惹かれて…いいですかミカさん。私達トリニティの学生としてそんな浮ついた所に行くというのは…」
「ナギちゃんはどうする?一緒にいかない?」
「行きません。今日は先約があるんです」
「先約って、どうせ馴染みの紅茶屋さんに行って茶葉を買うだけでしょ?」
「い、いけませんか⁉︎」
私の反論に「別にいいと思うけど…」とややたじろいだが、直ぐに小さく息をこぼす。
「もう…それじゃ私はもう行くね。ナギちゃんも気になったらいつでも連絡してね」
そう言ってひらりと羽のように軽やかな足取りで席を立つ彼女の背中に恨めしい視線を送る。今度のお茶会の時はどうしてくれましょうか…。
「…はぁ、私も行きましょう」
座っていたテラスの席から静かに立ち上がり、その場を後にする。一人でいる所を先輩方に見られたらまた呼び出しを受けかねない。どうせ馴染みのお店に行くのは決まっているのだ、少し早いが別に問題ないだろう。
(……都市整備部ですか)
トリニティの正門から外に出て一面に広がるトリニティの街並みを見て、先程ミカさんと話していた都市整備部のことが脳裏に浮かぶ。
荘厳で歴史を感じる街並みは見る分には申し分ない。だがその実生活インフラは長年の使用によって徐々に劣化し、見えないところではガタが来ているところだって珍しくない。
もし都市整備部とやらがこのトリニティにやって来たらどんな風にこの街を作り変えるのか、なんてありもしない荒唐無稽な予想が脳裏に浮かぶ。
「───参ったな。どれを買えば良いんだ…?」
「……?」
馴染みのお店の目の前。ディスプレイに並べられた商品を前に一人のロボットが佇んでいる。ネイビー色のスーツを着ているからおそらく大人なんだろうが、それにしては風体が私達のような学生に見える。
そんなある種あべこべなロボットの横を通り過ぎてお店の中に入る────その直前だった。
「あ、そこの君」
視線を周りに向けても周囲に人は私以外にいない───どうやら私に話しかけているらしい。
「…何か?」
「あぁ、突然ごめん。出立ちがあんまり自然だったから、もしかしてこのお店の常連さんなのかと思って」
「だとしたらなんです?」
「いや、それなら紅茶に詳しいかなと思って。もし良かったらおすすめとか教えて欲しいんだけど…」
「それでしたら私じゃなくて店員に聞くのが良いかと」
「それはそうなんだけど…ほら、今中で接客中だろ?」
そう言って店内を見ると、確かにマスターは中にいるご婦人と何やら談笑している様子だ。確かにアレでは話しかけづらいだろう。
「この通り!もちろんお礼はするからさ、良かったら教えてくれないかな?」
「……はぁ、まぁ良いでしょう」
どうせ時間は余っているのだ、たまには人助けも悪くないと首を縦に振る。するとロボットは嬉しそうに「助かるよ」と頷く。
「それで、普段はどう言った紅茶をお飲みになるんです?」
「いや、俺自体は紅茶はまったく。基本的にはインスタントコーヒーだから」
「それじゃあどうしてここに紅茶を買いに来たんです……?」
言いたくないが、このお店は非常に敷居の高いお店だ。本物の紅茶を飲んだこともない初心者がいきなり来るようなお店ではない。
「俺が飲むんじゃなくて、友達に贈るんだ。ちょっと怒らせちゃってね、お詫びの印に」
「はぁ、お詫びですか…」
急に胡散臭くなったが、引き受けた以上は責任を持たなければならないだろう。
「そうですね、今の季節でしたら──────────」
──────────────────────────
「───いや、ほんと助かったよ。これなら文句は言われないと思う」
軽快に鳴るベルの音と共にお店から出る。横に並んでいるロボットは手に持った紙袋を少し掲げて嬉しそうに顔色の見えない顔で笑う。
「それより、私の分も買って貰って良かったんですか?結構値段がしましたけど…」
「ほんのお礼だよ。正直、見ず知らずのロボットにここまで親身に付き合ってくれるとは思わなかったからさ」
「それは成り行きと言いますか…」
つい先程まで紅茶について色々とレクチャーしたが、当の本人は時たま相槌を打ち話を遮ることなく静かに聞いてくれたので非常に教えやすかった。それどころか、久しぶりに紅茶の知識を披露できて少し楽しかったほどだ。
「…おっと、そろそろ行かないと不味いかも」
「もう行かれるんですか?」
「うん、ちょっと仕事が忙しくてね」
「仕事ですか?あの、失礼ですけど私とそんなに年齢は変わらないと思うんですけど…」
「そんなに若く見える?確かに今年で16歳だけど…」
「16って、私と同じじゃないですか。学校はどうしたんですか?」
「あ〜、まぁちょっといざこざがあってね…」
なにやら言いにくそうな様子で頰を掻く仕草に怪訝な視線を送りつける。正直言って怪しすぎる、この短い間接した間だけでも悪い人物ではなさそうだが…。
「あ、そうだった。自己紹介がまだだった」
まるで話を逸らすかのように話題を切り替えると、胸元から革製品の何かを取り出し、澱みない仕草でそこから一枚の紙を差し出してくる。
「改めまして、株式会社楽園造園室トリニティ支部の支部長をしています『鏑木クロキ』です。どうぞよろしく」
「あっ、えぇと、桐藤ナギサです。……あの、何か?」
ぎこちない様子でその名刺を受け取るが、視線を上げるとなにやら信じられない物を見る目でこちらをまじまじと見る姿が視界に入る。
「君が、桐藤ナギサさん…なのか?」
「えぇ、それが何か?」
「…いや、なんでも。素敵な名前だと思っただけだよ」
テンプレートなおべっかの後「そうか、そういう事もあるのか…」と何やら一人納得した様子のロボットにより一層怪しさが増す。やっぱり正義実現委員会に突き出した方が良いのだろうか…?
「それじゃあ桐藤さん、俺はここら辺で。もし何か困った事……そうだな、お金とかインフラに困った事があったらその名刺の番号に電話してね。それは俺の携帯電話の直通だから」
「え、えぇ、もし何かあれば」
「それじゃあ、また機会があれば」と静かにその場を後にするロボットの後姿を見送り、そっと息を吐き出す。折角の放課後だと言うのに、なんだか奇妙なロボットに出逢ってしまった。
「それにしても楽園造園室ですか。随分と大層な名前ですね」
先ほどロボットからもらった名刺に視線を落とし、そこに書かれている会社名を見て僅かばかりの嘲笑の気持ちが浮かぶ。楽園を作るなんて随分な大言壮語だと思う。
「…この会社は本当に実在しているのでしょうか?」
実在していればそれで良し。もし実在していない様だったら正義実現委員会に報告した上で件のロボットを要注意人物としてリスト登録をしなければならない────なんて、誰に聞かれる訳でもない理由を頭の中で構築し通信端末の検索エンジンにつらつらと指を走らせる。
検索してものの数瞬で結果が吐き出され、検索トップに上がっているホームページと思しきリンクをタップしそれを確認する。
「『キヴォトスを誰もが幸せに暮らせる楽園に作り変える』…すごい事が書いてありますね。それで施工実績は─────」
学生でも考えつかない様な、いっそ清々しい程の大言壮語が書かれた砂糖菓子の様に甘い経営理念や経営者挨拶を読み飛ばす。そしてその下に連なっている施工実績の文字に視線を走らせ──────その文章量に絶句した。
「な、なんですかこれ。ミレニアムやゲヘナ、山海経、連邦生徒会まであるじゃないですか」
夥しい施工実績に連なる工事場所は多種多様な学園の名前が連なり、その工事内容も多種多様だ。ビルや大型商業施設の建設は当たり前で、道路や鉄道の敷設といった交通インフラは勿論、大きい物だと都市一つを作り上げたとすら書いてある。
「いや、そんなはずはありません。これは誇大広告、ただの見栄っ張りです。そうですとも、やはり先程の彼は────」
彼は先ほど16歳だと言っていたが、こんな大それた事をやる企業が支部とは言え学生まがいを支部長に置くはずがない。
嘘八百の出鱈目だと断じようと思考が否定に傾きかけたその時、致命的な一文を見つける。
「ミレニアム学区第32再開発都市交通インフラ整備────まさか」
刹那、先程のロボットが自ら言っていた会話が脳裏に反芻される。
『16って、私と同じじゃないですか。学校はどうしたんですか?』
『あ〜、まぁちょっといざこざがあってね…』
未だ視界の奥。紅茶の袋を携えて歩いているロボットの姿が映る────今ならまだ間に合う。
通信端末を鞄に仕舞い込み、小走りで駆け出す。
「───あの!」
「っ、びっくりした。どうしたの桐藤さん、何かあった?」
「一つ、確認を忘れていた事がありまして。貴方、さっき学校といざこざがあったと仰られましたよね」
私の問いに少し身体が固まると、静かに頷く。
「うん、確かに言ったね」
「その時、私は学校を辞められて会社を作ったのだと思いました。ですが、よくよく考えてみたら貴方はそんな事を一言も言っていません。そして、稀ではありますが学生が企業に属する例も無いわけではありません」
小走りで少し乱れた息を整え、正面から自分より少し背が高いロボットを見据える。
「違っていたら違うと言ってください。貴方、もしかしてミレニアムサイエンススクールの学生ではないのですか?」
「───驚いたな。どうしてわかったの?」
「貴方の会社の施工実績を見せて頂きました。今まで聞いた事はありませんでしたが、あれが事実だとしたら凄まじい企業です。そんな大企業の一支部とは言え支部長を務められるのがただの学生だとは思えなかっただけです」
「…確かに言えてるね」
なにやら困った様な口調のロボットに続ける。
「もちろんそれだけが理由ではありません。貴方、『都市整備部』という部活動はご存知ですよね」
「…エッ」
「その反応…やっぱり知ってるんですね」
「アッ、イヤ、エェト…」
余裕ぶった態度が一転し、急にロボットの様な態度に変わった事で私の予測が確信に変わる。
「単刀直入にお聞きします。貴方はミレニアムサイエンススクールで都市整備部の一員としてアレを、第32再開発都市を作ったのではありませんか?」
「……ハイ」
「やっぱり。それで先程のお話から察するに、部活動の方針についていけなくなって離反したのでしょう。違いますか?」
「………チガワナイデス」
その言葉の直後、紅茶を持っている紙袋の手を両手で握り絞めながら正面に持ち上げる。
「もし良かったらお話ししませんか?私達、きっと仲良く出来ると思うんです」
にっこりと微笑みながなら掌を強く握りしめる。折角掴んだミレニアム興隆の元凶、絶対に逃さない。
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────午睡の街道を走るタクシーの車内。その車内に二人の顧客の姿がある。
「確認するけど、本当に俺の事務所で良いの?話ならそこら辺の喫茶店でも良いと思うんだけど」
「ですから先ほどから構わないと言っているじゃありませんか。私だって乙女です、男性と二人喫茶店で話しているのを誰かに…ミカさんにでも見られたら明日から学校に行けません」
「あっ、そうですか…。それにしても桐藤さんは行動力あるね、なんか意外だったよ」
「意外?どうしてそう思ったんですか?」
「なんとなく。まぁ、あんまり気にしないでよ」
「?」
淡々と会話を繋いでいく中でも車は軽快に街中を進む───と言うわけでもなく、多くの信号や散発的な渋滞に巻き込まれて遅々とした進みを見せている。
「…渋滞が多いね。こんな平日なのに」
「仕方ありません、ここら一帯は古くからの建造物が多いせいでろくに区画整理がされていないんです」
「区画整理の話は出てないの?」
「出るわけがありません。ここはトリニティ、伝統を重んじる学園都市ですよ。そんな事をしたらどれだけの反対意見が出るか」
「……ま、そうだよね」
曖昧な同調を最後に再び車内に静寂が訪れる。そんな雰囲気を気遣ってから、運転手が「そう言えば」と思い出したかの様に口を開く。
「区画整理で思い出しましたが、最近トリニティでも道路の修繕が増えましたね。運転手としては道路が走りやすくなって大助かりです」
「そうなんですか?」
「そうって、嫌ですね。トリニティが慈善活動でやってるって話じゃないですか。身内でも話題になってましたよ」
「えっ?そんな話は……」
聞いたこともない、と言いかけた辺りで横にいるロボットへ桐藤が視線を向ける。
「まさか、貴方の会社で?」
「……黙秘します」
「それは殆ど自白している様なものでしょう…。どうしてそんな事を」
「………」
呆れの感情を多分に含んだ視線にも動じる事なくロボットは車窓からわずかに流れる景色に視線を向けている。その様子に彼女は小さく拳に力を込めるが、こんな所で貴重な証人を傷つけるわけには行かないと息を吐いて感情を整える。
「それより、このタクシーは何処に向かっているんですか?先ほどスマホを見せていましたけど」
「もうすぐ─────ほら、見えました」
「あれは…ショッピングモール?」
「都市整備部…じゃなかった。楽園造園室のトリニティ総合学園内で記念すべき初めての大型複合施設「エデン・フロント」だよ」
「そうですか、あれが──────って、あれって楽園造園室が作ったんですか⁉︎」
車内ということも忘れて声を荒げるが、そんな事は当然であると言わんばかりにロボットはうなずく。
「色々とやりたい事はあったけれど、工期の都合で結局無難な形に落ち着いてしまった施設だね」
「いえ、そういう事を言ってるのではなく…」
もしやこのロボットは只者ではないのだろうか、と心の中で警戒度を一段階上げた彼女。そんな桐藤の内面を知ってか知らずか、ロボットは少し残念そうに息を吐く。
「あの程度の規模ではとてもじゃないけどトリニティでの潜在顧客を吸収しきれない。立地だって都市部からは少し離れている、もう少しやりようはあった筈なのに…」
「…あの、そこまで悲観的にならなくても良いのでは?トリニティ学内の話ですけど良く話は聞きますし」
「動員数を見れば商業的には成功かもしれない。でも、トリニティ全体への貢献度で考えればあれは失敗だよ。他でリカバリーをしないと」
どこか切羽詰まったその口調に疑問符を浮かべながらも、タクシーは恙無くエデン・フロントの従業員入り口の前に停車し扉が開く。
「行こうか、事務所はここの3階だよ」
ロボットの手に引かれてタクシーから降りて従業員入口の扉から中に入る。幼馴染に会わなくて良かった、なんて小さな安心を深い息で表現する。
「ここが裏方ですか。こう言った場所は初めてなのですが、意外と綺麗なものですね」
「まだ完成してから2週間しか経ってないからね」
「…そうでした」
そんな至極当然の指摘に恥ずかしさから頰に赤みがかかるが、ロボットもそれを指摘するほど野暮ではなく特に触れる事なく二人でエレベーターに乗りこむ。
簡素な機械音と共に扉が開かれると、正面に目当ての扉が映る。楽園造園室トリニティ支部と簡素なプラカードがドアノブにかけられた、いかにも事務所然とした佇まいだ。
「ようこそ、楽園造園室へ」
ロボットの手によって開かれた扉を潜り中に入る────そこは、まるで別世界の様な光景が広がっていた。
壁一面にズラリと並べられた配線が剥き出しのサーバー列。反対側の棚には所狭しとバインダーが詰め込まれ、それでも溢れたものは床に直置きされている。事務所の真ん中に配置された大きな机には描き途中と思しき設計書が何枚も広げられており、床の隅には寝袋が打ち捨てられている。
「…凄い惨状ですね」
「だから喫茶店のほうが良いって言ったのに…」
「まぁ良いです。椅子はありますか?」
「パイプ椅子で良ければあるけど…座る?」
「───背に腹は代えられません」
早くもこんな異世界に来てしまった事を後悔している彼女だが、そんな事はおくびにも出さず笑顔で言い放つ。
「それで、この施設って給湯室はあるんですか?」
「ここを出て左にあるけど…何かあった?」
「いえ、折角ですから本物の紅茶というものを振る舞おうと思いまして。きっと長い話になると思いますし」
そう言って先程買ったばかりの茶葉に視線を送るとロボットは怪訝な表現を浮かべる。
「別に飲み物ならインスタントコーヒーでも…」
「そんな得体の知れない物を飲みたくありません。さ、紅茶を淹れて来ますからその間に机を片付けておいて下さい」
そう言って事務所から出ていく彼女をロボットは視線で見送り、扉が閉まったタイミングで一つ息を吐く。
「…どうしてこうなった」
殆ど喧嘩別れしてしまった友達にせめてもの贈り物をと慣れない紅茶店を訪れ、全く何を買って良いのか分からず途方に暮れ、偶々訪れたちょっと見覚えがある生徒に声をかけたらそれがネームド生徒だった。あまつさえミレニアムの都市整備部であることすら早々に看破される。ロボットは厄日とは正にこの事だろうと肩を落とす。
「受け答えを間違えたら正義実現委員会に拘束されるな…」
改めてこの世界の理不尽さに頭を抱えるのも束の間、再び扉が叩かれた後それが開かれる。
「お待たせしました。ティーポットとカップがあったのは幸いでしたが、もう少し質のいい物を買った方がいいですよ」
「それは…まぁ、前向きに検討しておくよ」
そんな曖昧な拒絶に一つ息を吐いた後、ロボットの前にカップが置かれる。ロボットはそこに注がれている液体を見て一つ首を傾げる。
「俺の知ってる紅茶の色じゃない」
「驚きました?正しい手順を踏むことでようやく茶葉はその本領を発揮するんです」
「なるほど…。それじゃあいただきます」
「どうぞ」
紅茶を一口含む。するとアイランプが明滅し、驚いた様に続ける。
「美味しい。凄いな、ここまで違うなんて」
「違いをわかっていただけたのなら何よりです。それで、この紅茶の分程度はお話をお伺いしても良いですよね?」
「強かだなぁ。でもまぁ、うん。確かにこれはそれだけの価値があるよ」
あくまで牽制として言った言葉がそのまま受け取られ、少しの恥ずかしさに少女の耳が赤くなる。
「あ、ありがとうございます。そこまで手放しで褒められるとは思いませんでした」
「本当にすごいよ。君は紅茶の専門家なんだね」
心の底からと思われる言葉に少女はペースが乱されている事を薄々感じる。だが、それが居心地悪いのかと言われればそうではない。
「それで、俺に聞きたいことは何かな?俺に答えられる事だったらなんでも答えるよ」
「…それでは、まずは貴方の本来の所属をお伺いしても?」
「ミレニアムサイエンススクール在校の一年生。尤も、まだ籍が残っていればね」
「どうしてミレニアムから離れたんですか?」
「主義主張の違い…だね。どうしても分かり合えなかったから、仕方なく」
そう言って息を吐く姿は哀愁に溢れているが、敢えて触れずに続ける。
「ミレニアムの第32再開発都市、あれは本当に都市整備部が作ったものなんですか」
「それは間違いないよ。どこの企業の力も借りていない、あれは生徒だけの力で作り上げたものだ」
「では、やはりミレニアムはその技術力を背景に学校の併合を進めているんですか?」
「──────それは」
「…?」
ただの確認のための質問だったのだが、ここで流れるような口調が止まる。怪訝な視線を向けるが、ロボットは俯くだけだ。
「その質問をするという事は、トリニティはミレニアムの動きを把握しているんだね。凄いな、まだ公にはされていないのに」
「その口調という事は、やはり」
「うん。確かにミレニアムは都市整備部の技術力を背景に学校の合併を進めようとしていた」
「……していた?今は違うんですか?」
「違う───というより、できないんだよ。今都市整備部は機能不全に陥っているからさ」
「っ、本当ですか⁉︎」
いきなり飛び出て来た情報に身を乗り出す彼女に、ロボットは肩を竦めるばかりだ。
「うん。今都市整備部のメンバーはミレニアムを離れている。セミナー……生徒会組織と決裂してしまったから」
「決裂、ですか…?」
「だって、都市整備部は技術を背景に併合を進めるなんて事を望んでいなかったから」
「合併を、望んでいなかった?それは何故ですか?」
「都市整備部はキヴォトス全体の発展のために作った部活動だったから、だよ」
至極当然、まるでそれが当たり前と言わんばかりの口調に桐藤は固まる。学校ではなく、キヴォトス全体の発展を願う。それがどれだけ異端な思考かを理解しているからこそ、彼女は固まる他ない。
「それじゃあ聞いてくれるかな。ミレニアムの都市整備部が、一体何を考えているのかを」
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「─────信じられません」
目の前にいるロボット────鏑木クロキの語る都市整備部のあり方。それは、あまりに突拍子もない物だった。
「それじゃあ、都市整備部はミレニアムに所属していながら、学校間を飛び越えて各地を再開発する事が目的だったんですか」
「より具体的に言えば、キヴォトス全体を作り変える事だね。端から端まで生活インフラを届かせ、飢えや寒さに斃れる人を根絶する。それが目的だよ」
「そんな事をして、一体なんの得があるんですか。ただ都市整備部が損をするだけではありませんか」
「都市整備部は損とか得とかどうでも良いんだ。やらなくちゃいけない事をやる、それだけのための装置なんだよ」
世界平和を謳う酔狂な変人ならいくらでもいたが、キヴォトス全体を作り変えるなどという願望を正直に話す狂人は見た事がない。
「だから都市整備部は合併なんて望んでない。生活インフラを盾に合併の強要なんてあり得ない事だよ。合併なんてしなくても、お願いされれば俺はどこにでも行く。なんだってやるんだから」
「それじゃあ、今トリニティで道路の修繕をしているのも…」
「うん、まずは出来るところからやろうと思ってね。まだ微々たるものだけど、まずは小さな一歩ってことで」
小さな一歩と彼は言う。だが、その一歩を踏み出す事ができる人間がどれだけいるのだろうか。
「…それで、貴方は具体的にトリニティで何をするおつもりなんですか」
「目下の課題は交通網の整備だね。路面電車か地下鉄、後は幹線道路の敷設が第一目標かな。正直なところ、ここは人口に対して交通インフラが脆弱だしね」
「手伝います」
「幸いトリニティは余力のある学校だし、後は電力───なんて?」
「聞こえませんでしたか?手伝うと言ったんです」
ぽかんと、まるで言葉が通じていない様に惚けた様子の彼を見て少し溜飲が下がる。
「い、いやいやいや‼︎一体何を言ってるの⁉︎俺ミレニアムの部外者だよ⁉︎そんな人相手に手伝うとか…!」
「そんな部外者がトリニティを良くしようとしているのに、そこの生徒が何もしないなんてそれこそおかしな話じゃありませんか。第一、施しを与える事はあっても施されるだけなんて屈辱の極みです」
「だ、だとしても!そもそも君がそんな事をする必要はないじゃないか⁉︎都市整備部が機能不全に陥っている情報だけあれば充分でしょ⁉︎」
「必要とか必要じゃないとか、そんな事は関係ありません。私がしたいからそうするんです」
我ながら酔狂な事をしている自覚はある。自分から面倒事を背負い込もうとしていることも理解している。
「───綺麗だと思ったんです」
「……綺麗?」
「貴方のいた都市整備部。ミレニアムの部活動でありながらキヴォトス全体の幸福を願うその思いが、とても綺麗だと思ったんです」
───それでも、今感じたこの感情に嘘は吐きたくないと、なんとなく思ってしまった。
「それに、トリニティの身内が一人くらいいた方が貴方としても都合が良いのでは?私、こう見えて顔はまぁまぁ広いですよ」
「うぐっ。で、でもなぁ…」
「───駄目、ですか?」
むむむと悩む彼の掌の上にそっと手を置き、駄目押しとして上目遣いで彼を見上げる。恥ずかしさできっと耳が赤くなっているだろうが、なりふり構ってなどいられない。
私の視線に彼はアイランプが明滅し、何度も頭を捻り────そして。
「───こちらこそよろしくお願いします、桐藤さん」
諦めた様に、小さくもはっきりと了承の言葉を口にしたのだった。
桐藤ナギサ
気まぐれでロボットと関係を持ってしまったばかりに男性観をぐちゃぐちゃにされてしまう可哀想な少女。免疫のない同年代の男子生徒というだけでも十分に危険であるにも関わらず、幼年期特有の儚げな態度+強迫観念による楽園への執着+あまりに美しい理想と劇物要素をこれでもかと詰め込んだ死にたがりと出逢ってしまったのが運の尽き。
鏑木クロキ
ミレニアムサイエンススクールの一年生。第32再開発都市こと楽園区画を作り上げた若き鬼才。やや大きめなミレニアムの制服に袖を通す出立は平凡そのものだが、その緑色のアイランプには狂気が宿っているともっぱらの噂。現在はセミナーの方針に反発し、自らが起業した会社でキヴォトスを作り変えるべく行動している。自らの罪の清算を終えるまで、彼は止まる事はないだろう。
ミレニアムラクエンヅクリ(幼年期)
ミレニアムはあくまで仮の住処であり、ところ構わずフェロモンをばら撒く幼虫。キヴォトスのあちのちに仮住まいを作ってはそこでコミュニティを形成するが、ある程度経つと勝手に消えていなくなる。特定の地域に固執する事が無いため捕獲は非常に困難であり、仮に捕まえた場合はものの数日もしないうちに自ら絶命する珍しい生き物。絶滅危惧種。
明星ヒマリ
鏑木が自認する数少ない友人の一人。事前に相談もなく離校届を叩きつけた鏑木クロキを血眼になって探しているが一向に見つかる素振りがなく憔悴している。今度会ったら絶対にロボットスーツにGPS装置をつけると心に誓った。
早瀬ユウカ&生塩ノア
都市整備部の技術力を背景に周辺校の合併を進めたセミナーの先輩達を死ぬ気で説得したが実る事はなく、同時にクロキに早まった事をしてはいけないと再三忠告していた。自分達が同席していなかった会議の際にセミナーの一人が鏑木クロキの逆鱗に触れた事を知ったが時すでに遅く、ロボットはミレニアムを後にしていた。現在は資材の流れから所在を追おうとしている。
Q、なんでラクエンヅクリはトリニティにいるの?
A、以下簡略文
ラクエンヅクリ「ようやく楽園を一つ作れた。まだまだ先は長いなぁ」
旧セミナー「楽園すげー!これを餌にすればミレニアムをもっと強大に出来るんじゃね?」
ラクエンヅクリ「はっ?楽園は侵略のためのものじゃないんだが?(セミナー突撃)」
旧セミナー「はいはい。後輩達から聞いてるけどなんかキヴォトス全体の幸福を目指してるんだって?そんなの無理だから、ちゃんと現実見ようね?」
ラクエンヅクリ「いままでお世話になりました(離校届を叩きつける)」
旧セミナー「ふぁ⁉︎」
ラクエンヅクリ「そういやまだトリニティに手を付けてないし、丁度良いから会社員としてトリニティに行こっと」
明星ヒマリ&調月リオ&早瀬ユウカ&生塩ノア「は??????」