ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります   作:あーけろん

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誤字脱字報告、感想、評価、閲覧、ご指摘の全てに感謝を。


※9月14日追記
次回投稿日は9月21日を予定しております。




●誰より直向きな君と二人乗りのバイク

 

 

 

 

 

 

 

────────最近、私の幼馴染がおかしい。

 

 

 

別に、外見が変化した訳でもなければ私に対する態度が変わった訳ではない。ただなんとなく変だと、うまく言語化できない違和感が滲み出る。

 

 

「……ねぇナギちゃん。最近どうしたの?」

「なんですかミカさん、薮から棒に」

 

 

目の前でいつも通りティーカップを傾ける幼馴染────桐藤ナギサに向けて私は疑念の目を向ける。

 

 

「だって、最近は輪をかけて付き合いが悪いじゃん。勉強会にも顔を出していないってこの前先輩達がぼやいてたし……」

「前から勉強会はあまり好んでいませんでしたよ?付き合いが悪いのは申し訳なく思っていますが…」

「思っていますが?」

「他にやるべき事が見つかりましたので。其方を優先しています」

 

 

そう言って微笑む彼女はいつもの通りだが、なんだか普段よりも大人っぽく見える。その要因はなんだろうと思考をめぐらせて─────と、そこで違和感に気づく。

 

 

「ちょっと待って。ナギちゃんもしかしてだけどお化粧してる?」

「…確かにナチュラル程度にはしていますが、それが何か?」

「えぇ〜⁉︎」

 

 

肯定の言葉を口にした彼女を前に、私は席を立って驚きの声を上げる。

 

 

「ちょ、ちょっとミカさん。天下の往来ですよ」

「だってナギちゃんがお化粧って衝撃だよ!前は一緒にやろってお願いしたらにべもなく断ったくせに!」

「そ、それは申し訳なく思っていますが…。私にも事情があるんです」

「事情⁉︎お化粧をしなくちゃいけない事情ってなに⁉︎」

「そ、それは……」

 

 

行く先のない指で髪をくるくると弄び、どことなく恥ずかしそうに視線を逸らす。そんなあからさまに言い澱むその姿勢に益々疑念は深まるばかりだ。

 

 

「べ、別に良いじゃありませんか。そんな事情なんて」

「よくないよ!ちゃーんとお話ししてくれるまで逃さないから‼︎」

「そ、そんな勝手な…!」

「さぁさぁ!早く喋った方が気が楽だよ!」

 

 

席に座ったままの彼女の背後に回り込み、その白磁のように綺麗な頬を両掌で撫で回す。昔はこうやってよく戯れあっただけに力加減もバッチリだ。

 

 

「や、やめてくださいミカさん!私は別に悪い事をしてる訳では────?」

 

 

グリグリと彼女の頰の感触を楽しんでいると、ふと彼女の鞄から規則的なバイブレーションが響く。その原因が通信端末であると気づくのにそう時間は掛からず、椅子に座ったまま彼女が私を見上げる。

 

 

「…出ても良いですか?」

「勿論。でも、それが終わったら続きだからね」

 

 

慣れた手つきで端末を取り出し、そこに光る文字列を見る───そして。

 

 

「珍しいですね、向こうから連絡してくるなんて」

 

 

なんて珍しそうに宣いながらも、その口元には確かに笑みが溢れていて。私が全く見たことのない幼馴染は軽やかな手つきで通話ボタンを押すとそれを耳にあてがう。

 

 

「はい、桐藤です」

『ごめんね突然連絡しちゃって。今大丈夫?』

 

 

端末から漏れる相手の声を聞いて再び電流が流れる錯覚を覚える。だってその声はやや中性的とはいえ、まず間違いなく男性のそれだったからだ。

 

 

「えぇ、大丈夫ですよ。むしろ普段から気軽に連絡してくださいと言っているじゃありませんか」

『気を遣わせちゃって悪いね。それで連絡事項なんだけど、今日の現場はキャンセルになったから事務所に来てもらえないかな?添削してもらいたい提案書が何件かあるんだ』

「大丈夫ですよ。それじゃあこの後すぐに伺いますね」

『ほんとありがとう。助かるよ』

 

 

勝手知ったる仲と言わんばかりな軽やかな会話運びに私は硬直する他にない。あのナギちゃんに異性の知り合いがいるだけでも驚きなのに、更に仲良さげに話しているなんて信じられない。いっそ幻と言われた方が納得できる。

 

 

『それじゃあ待ってるから。そんなに急がなくて良いからね』

「えぇ、それではまた後で」

 

 

通話を終えて一息ついたのか、小さく息を吐いて通信端末に視線を落とすその仕草。どこか名残惜しそうにそれを見つめる姿を、つい最近私は漫画で見ていて────。

 

 

「……恋じゃん」

 

 

それは紛れもない、恋するヒロインのそれだった。

 

 

「っ、み、ミカさん⁉︎いきなり何言ってるんですか⁉︎」

「だって!なにその「もうちょっと話していたかった〜」みたいな仕草‼︎どう見ても好きじゃん‼︎」

「だ、断じて違います!私とクロキさんはそんな関係ではありません‼︎」

「ぜっったいに嘘!うぅ、私のナギちゃんがどこぞの馬の骨に盗られた〜〜‼︎」

 

 

わざとらしくメソメソと嘘泣きの仕草をすると、面白い様に幼馴染が狼狽する。

 

 

「み、ミカさん?本当に違いますからね?尊敬はしていますけど、これは恋愛感情なんかじゃありませんからね?」

「ほんとう?嘘じゃない?」

「えぇ、勿論です」

「それじゃあ私に紹介してもらえるよね?」

「えっ」

 

 

ピタリと、まるで石の様に固まってしまった幼馴染へ畳み掛けるように続ける。

 

 

「だってだって!ナギちゃんがお化粧をするような事情の相手なんでしょ!そんなの絶対気になるじゃん‼︎」

「わ、私と彼は遊んでいる訳じゃないんですよ⁉︎紹介なんて…!」

「できないの?ふぅん、唯一無二の幼馴染の私にも紹介出来ない様な間柄なんだ?」

「いえ、そういう訳ではなく…!」

「まぁ良いや。そんなに紹介したくないのなら。でもわたしお喋りだからなぁ、明日には他の友達にナギちゃんが私に紹介できない様な男友達が出来たって話しちゃうかも!」

「なっ……⁉︎」

 

 

────世間体を気にする彼女にとって私の脅し文句はナイフより効くだろう。

幼馴染の彼女にこんな手段を取ることは心苦しいが致し方ない。彼女は私生活や学生生活共に、厳格だがその結果として異性に対する耐性がない。私だってそんなにある訳ではないが、それでも間違いなく正面にいる彼女よりはあるはずだ。

 

見極めなくてはならない、彼女が気になっている男を。もしその男がロクでもない奴なら……。

 

 

「……わかりました、そこまで言われれば私も身の潔白を証明しなければなりません」

「さすがナギちゃん。話がわかるね」

 

 

私の予想通り、神妙な顔つきで了承する彼女に内面で微笑む。さすが私の幼馴染、期待を裏切らない。

 

 

「ですが、それは今からクロキさんに確認を取ってからです。駄目だったらその時は諦めてくださいね」

「え〜。勝手に行っちゃ駄目なの?」

「駄目です。本当に忙しいんですから彼は」

「はーい」

 

 

なんだかんだ理由を付けて絶対ついて行ってやる、と心に誓っている中、先ほどと同じ様に通信端末を耳に当てる彼女を見る。

 

 

「…あ、度々ごめんなさい。いま大丈夫ですか?」

『大丈夫だよ。何かあった?』

「その、突然のお願いで恐縮なんですが、今日のお仕事に友人を連れて行ってもよろしいですか?」

『友達を?そりゃまたなんで?』

「実は先ほどの通話を聞かれていまして……その……私たちの関係性が怪しいと疑われてしまって」

『怪しい……内通者と思われたってこと?』

 

 

電話先の不安そうな声に電話にもかかわらず大きく首を横に振る。

 

 

「ち、違います‼︎そうではなくて…えぇと…恋人の様だ、と勘違いされてしまって」

『恋人…。ふっ、あははは!』

「く、クロキさん?」

 

 

通話先の男性は何が面白いのか、高らかに笑い声を上げる。

 

 

『いや、ごめんごめん。あんまりにも荒唐無稽な話だったからさ』

「荒唐無稽…」

『だってそうだろう?俺と桐藤さんが恋人だなんて、配役が不釣り合いにも程があるよ。せいぜいが品の良いお嬢様と冴えない執事が関の山だね」

「……最近は身分違いの恋愛物も人気を博していると伺っていますが」

『確かにね。そういう物語は好きだし、俺自身もそんな関係に────なんて、ちょっと脱線し過ぎちゃったね』

「鏑木さん?話の続きは?」

『とにかくわかったよ。そういう勘違いの種は早めに潰すに限るからね。きっとその友達も俺の顔を見たら的外れな予測をしたと落胆するはずさ』

「ちょっと?」

『ゲストIDはこっちで発行しておくから、いつも通り裏口から入ってきて大丈夫だよ。それじゃあまた後で』

 

 

まるで目の前を通り過ぎる電車の様なテンポ感で通話が切られた後、静かに通信端末を降ろす。

 

 

「───さて。話も纏まった事ですし、行きましょうかミカさん」

「あ、うん」

 

 

そう言って微笑む彼女は、確かに不機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

「……ねぇ、ナギちゃん。質問して良い?」

「なんですかミカさん」

「今から私達って、そのクロキって男の場所に向かってるんだよね?」

「そうですけど、それが何か?」

「だって、ここ『エデン・フロント』だよ?」

 

 

彼女にどこに連れられるのかとやや緊張感を持っていたのも束の間、見覚えのある道のりから普段よく使うバスに乗り込んで行きつけのショッピングモールに着いたのだ。これで疑問に思わない方がおかしい。

 

 

「あぁ、そういえばミカさんはここの常連さんでしたね」

「常連って…。確かにポイントカードは作っているけど」

「トリニティでもよく話題になっていますが、ミカさんも良く来られるんですね」

「まぁね。モモトークで話題のお菓子とか可愛い雑貨とかはここが一番豊富だし。ご飯も美味しいしね」

 

 

トリニティという伝統に固められた学園都市の中でここまで新しいものを揃えた大型複合施設は他にない。建設会社と関わりがある友人曰く、ここら辺は本来地盤が緩く大きな建物を建てる為には大規模な地盤工事が必要だったとの事だが、いつの間にかその工事が完了していたらしい。

 

 

「そうでしょう。クロキさんは商売がお上手ですから」

「…?なんで、その男の名前が出てくるの?」

 

 

なぜか得意げにそう微笑む彼女に質問を投げ掛けるが、彼女はそれに笑みを返すだけだ。

 

 

「さ、とにかく行きましょう。入り口はこっちですよ」

「何言ってるのナギちゃん?メインエントランスはあっちだけど?」

「誰がメインエントランスに行くと言いましたか。私たちが行くのは関係者出入り口ですよ」

「…えっ」

 

 

その言葉に呆然とする私を連れて迷いない足取りの彼女と共にメインエントランスから離れる事数分。多くの人が向かう足並みとは逆の方向に歩き続けた先に『関係者出入り口』と書かれたそれがある。

 

簡素な入り口に電子ロックが備え付けられたその機械に慣れた手つきでナギちゃんがカードを翳すとロックが解除され、扉が勝手に開かれる。

 

 

「ちょちょちょ、良いの⁉︎本当に入って⁉︎」

「良いんですよ。こうして鍵だって開きましたし」

「え、えぇ…?」

 

 

そういう彼女に促されるまま中に入る。煌びやかで華やかなテナントが並ぶ施設の中とは打って変わり、白の蛍光灯に照らされた無骨な室内ではダンボールを運搬するドローンや忙しなく動き回る従業員たちが走り回っている。

 

そんな中、タブレットを小脇に挟んで走り回っていた従業員と思しき人が「あれ?」とこちらに向き直る。

 

 

「桐藤ちゃんじゃない、こんにちは。今日はオーナーさんのお手伝い?」

「えぇ。そうなんです」

「其方の子は?見ない顔だけど」

「こちらは私の友人の聖園ミカさんです。オーナーを紹介して欲しいとお願いされまして」

「あっ、え、と。こんにちは…?」

 

 

普段あまり接しない『大人』からの声かけに少し戸惑ってしまうが、挨拶を返すと「あらそうなの!」と顔を綻ばせる。

 

 

「聖園ちゃんね。あの人のこと、ちゃんと見張っててね。桐藤ちゃんだけだと負担が大き過ぎるから」

「いや、別に私は…」

「別に負担だなんて思ってませんよ」

「あらそうだったわね。それじゃあ私はもう行くわ。オーナーの事よろしくね」

 

 

そう言って颯爽と去っていく後ろ姿を見つめる。あれが大人の人かぁ…なんかスマートだったなぁ……って。

 

 

「ちょ、ちょっとナギちゃん⁉︎オーナーって、私ここのオーナーと会うの⁉︎」

「あれ?言ってませんでした?クロキさんはここのオーナーなんですよ」

「言ってないよ!全然初耳だよ‼︎」

 

 

どどどどうしよう⁉︎そんな偉い人と会うなんて、というかナギちゃんって年上趣味だったの⁉︎いやでも通話の声から聞いた感じ若そうだったけど────。

 

 

「はっ!ま、まさかナギちゃん。お金を理由に身体をクロキって人に…⁉︎」

「そんなわけないでしょう⁉︎全く、早く行きますよ!会えばわかりますから!」

 

 

そう言って私の手を引く彼女に連れられてエレベーターに乗り込み行き先のボタンを彼女が押すとわずかな重力が身体に掛かる。

 

 

「……クロキさんは、夢想家なんです」

「夢想家?」

 

 

エレベーターの中、二人きりの中で彼女がふと口を開く。

 

 

「えぇ。とびきり無茶な夢を見ているんです。とびきり無茶で────それでいて綺麗な夢を持っている人なんです」

 

 

エレベーターが到着の音を軽快に鳴らすと共に扉が開かれると、正面に一枚の扉が見える。『楽園造園室』と簡素なプラカードが書かれた扉は、漫画に出てくる様な事務所の様な出で立ちだ。

 

 

(鏑木クロキ……一体どんな人なんだろう)

 

 

ここに着くまでに出された情報といえば、性別が男で名前が鏑木クロキでエデンフロントのオーナーでとんでもない夢想家でナギちゃんに慕われている人物───はっきり言って謎ばかりだ。

 

 

(どんな人なんだろう、あの気難しいナギちゃんがここまで慕う人は)

 

 

未だ見たこともない外見に想いを馳せる。

そのまま静かな廊下を進み、二人並んで扉の前に立つ。彼女はそのまま三度扉を叩いてから取手に手を掛ける。そしてその扉を開く────────。

 

 

 

「勢いがあるからって調子付きやがって‼︎ 二度とテメェなんざに仕事なんか頼むかこのクソ餓鬼‼︎」

 

 

バシャリと水が飛び散る音と共にだらしのない身体付きのロボットが扉から飛び出てくる。

 

 

「邪魔だ餓鬼ども‼︎」

 

 

苛立ちを隠せない様に荒々しい声でこちらを威圧した後エレベーターに突き進んでいく後ろ姿を呆然と見送った後、一体何が起こったのかと視線を戻す。

 

 

「─────あらら。言い方が不味かったかな…」

 

 

そこには、一人のロボットが居た。

頭から珈琲を掛けられたのかワイシャツの殆どが茶色に変色してしまった酷い状況にも関わらず、そんな中で困った様に肩を竦めている。

 

 

「もしかしてあれが…」

「鏑木さん⁉︎大丈夫ですか⁉︎」

 

 

確認を取る間も無く隣にいた彼女が一目散に部屋の中に駆け込んでいく。

 

 

「いらっしゃい桐藤さん。ごめんねこんな格好で、あと大丈夫だよ。かけられたのはアイスコーヒーだったからね」

「そういう問題ではありません!それよりあの小太りの男性はどこの馬の骨ですか⁉︎すぐに正義実現委員会に報告して…!」

「いやいや、そんな大事にしなくて大丈夫だから────っと」

 

 

そこでロボットの視線がこちらに向けられる。緑色のアイランプが一度明滅すると静かに頷き、席を立って私の正面に立つ。

 

 

「こんな格好で申し訳ない。えぇ、と。君が桐藤さんが言っていた友人だよね。お名前を聞いても良いかな?」

「…聖園ミカです。ナギちゃんの幼なじみ」

「初めまして聖園さん。俺は鏑木クロキ、楽園造園室のトリニティ支部の支部長をしています。君の幼なじみには本当によく助けられているよ」

 

 

そう言って穏やかな声色で微笑む姿に思わず呆気にとられる。なんでこの人は頭から珈琲をかけられてこんな穏やかな雰囲気のままいられるのだろうか、ちょっとおかしな人なのだろうか?

 

 

「そんな自己紹介より!鏑木さんは早く着替えてきて下さい!」

「あ、そうだね。それじゃあごめん聖園さん、すぐに戻ってくるから」

 

 

そう言って足早に部屋から出ていく姿を目で追った後、彼のいなくなった部屋を見渡す。

 

 

「…何というか、凄いねここ。あちこち機械やらバインダーやらで」

「これでも綺麗になった方なんですよ。前は足の踏み場もなかったんですから」

「ふぅん……あっ、ねぇナギちゃん」

 

 

視界には見慣れない機械装置や紙の書類で山が作られている。とてもじゃないがのんびりできる場所ではない。そんな物で溢れかえっているこの部屋で、取り分け目につくものが一つある。

 

 

「なんですかミカさん」

「あの正面の絵は誰が描いたの?」

 

 

トリニティの街並みを空から一望したと思しきものや何でもない街並みを描いたもの、あとは見慣れない乗り物や建物が鉛筆で描かれている。あまり絵に造詣がある訳ではないが、なぜか目を引く線の書き方だ。

 

 

「あぁ、完成予想図ですね」

「完成予想図?」

「えぇ。クロキさんが今後このトリニティで作りたいと考えてる建造物達です」

「作りたいって、街並みも含めて?なにそれ、トリニティ全体を作り替えたいって言ってるの?」

 

 

半ば半笑いで口にする。絶対そんなことはできないとわかっているから───そう、思っていた。

 

 

「そうです。彼はそのためにここにいるんですから」

 

 

まるでそれが当たり前と言わんばかりの彼女に呆気にとられる。

 

 

「な、何言ってるの?そんなの無理に決まってるじゃん」

「どうしてそう決めつけるんですか。現にあの人はここを、エデン・フロントを作りました。これだってトリニティでは偉業と言って良いのではないですか?」

「でまかせかも知れないじゃん。だってあの人私とそんなに年は変わらないでしょ。そんな人に作れる訳ないよ、どうせ親がすごいお金持ちで買わせたとか…」

「────彼は、決してそんな人ではありません」

 

 

瞬間、彼女の纏う空気が凍えて私を見る視線が鋭くなる。間違いない、これは激怒した時のナギちゃんだ。一体何が彼女の逆鱗に触れてしまったのか、なにが彼女をここまでさせるのかと思考を巡らせた─────その瞬間だった。

 

 

「────ナギサさん。そこまでだよ」

 

 

扉を開けて先程の男が、鏑木クロキを名乗る男が再び部屋に現れる。

 

 

「っ、クロキさん!でも彼女は貴方を…!」

「良いんだよ。彼女の心配はもっともだ。それに、きっとここにきた理由だって、噂の流布を脅しに俺を見定めにきたんだろ?」

 

 

グレーのスーツを着こなすロボットがこちらに視線を向けるが、その言葉に私は言い淀むだけだ。

 

 

「それは…」

「うんうん。わかるよ、素直に心配だなんて口に出せないよね。よーくわかるよ」

「な、なんかムカつくんだけど…!」

「ごめんね。そういう青春要素は俺にとって大好物なんだ」

 

 

「それこそ3度の栄養補給よりもね」とおちゃらけて肩をすくめてみせる。

 

 

「でも、ナギサさんの言った事も本当だよ。俺は、このトリニティを本気で変えるためにここにいる」

「トリニティを変えるって、革命でも起こすつもり?」

「別に革命を起こすって訳じゃない。伝統という歴史によって積み上がってしまった澱みを綺麗さっぱり洗い流して、より美しい学園都市を作ろうって話さ」

 

 

まるで近所に出かけるような気軽な口ぶりに思わず口が開いてしまう。

 

 

「…なんでそんな事をやる必要があるの?今でもトリニティは良い街だと思うけど」

「うん、確かに良い街だね。食べ物は美味しいし、インフラ設備だって整っている。行き場のない人だって殆どいないだろう」

「それじゃあ─────」

 

 

 

「簡単だよ。俺が、この街をもっと良いものにしたいと願ったからさ」

 

 

 

────そう言って微笑む姿に、思わず呼吸が止まる。

 

 

 

「…なんて、こんな胡散臭い言葉だけだと納得しないよね」

「別に、胡散臭いなんて…」

「信用を得るためには何より実績が必要だってことはわかってるつもりだよ。…そうだな、これなんてどうだろう」

 

 

そこら辺に打ち捨てられているクリップに止められた紙束を取り上げるとそれを私に手渡す。『トリニティ総合学園 路面電車開通計画書第5版』と書かれたそれが最初はなんのためのものかわからなかったが、それを見たナギちゃんが「ちょっと鏑木さん!」と声をあげる。

 

 

「ミカさんは部外者なんですよ⁉︎そんな重要資料をホイホイと見せて…!」

「えっ、これそんなに見ちゃ不味いものなの?」

「いや?別に問題ないでしょ」

「問題大有りです!まだ公表してないそれが流出したら停車駅周辺の土地の値段が急騰するし、問い合わせだって殺到するんですよ⁉︎ただでさえあちこちから仕事の依頼が舞い込んでいるのに…‼︎」

「……って、ナギちゃんは言ってるけど」

「うーん、確かにそうかも。さすが桐藤さん、その思慮深さは大海の如しだね」

「そんな事言ってる場合ですか!良いですかミカさん、今見た資料…というより、ここで見たものは全て他言無用ですからね!」

 

 

そう言って私に詰め寄る彼女に辟易としている………と、ようやく情報が頭に入ってくる。路面電車?トリニティ総合学園に?それを作る?

 

 

「…えっ?これ、貴方がやってるの?」

「取り敢えずはトリニティの交通インフラの改善からやろうと思ってね。これはその第一歩」

「……嘘でしょ?だって、私とあんまり歳変わらないでしょ」

「年齢なんて、そんな事言ったらトリニティ総合学園をまとめ上げているティーパーティーだって俺とそんなに変わらないだろ?年齢なんてただの符号だよ」

 

 

なんてあっけらかんと話す姿はどこか気軽だが、同時に気迫も感じる。

 

 

「…えぇ、と。どうかな?これでどこぞの馬の骨じゃないって証明になればと思ったんだけど」

「…薄々わかってたけど、貴方ってやっぱり変人なんだね」

「変人……」

「うん、でも信じるよ。よくわかんないけど、トリニティが便利になるのは一生徒としては嬉しいし」

 

 

────口ではこんな事を言っているが正直、まだこの人を信用した訳ではない。でも、悪い人ではないことは間違いないだろう。幼なじみを預けるにはやや不安だけど…まぁ差し当たって問題はないはずだ。

 

多分、ナギちゃんは私の真意に気づいているだろう、さっきから静かに私とロボットを見やるだけだ。

 

 

「…さて、と。それじゃあナギちゃん。私は帰るね。ナギちゃんの男の顔も見れた事だし」

「おとっ…⁉︎ミカさんだからそれは…‼︎」

「ふふっ。それじゃあ、また明日学校でね。お手伝い頑張って」

 

 

そう言ってひらりと軽い足取りで扉を開け、部屋の外に出る。

 

 

「──────────。」

 

 

私の背中をじっと見つめるロボットの視線には、最後まで気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────

 

 

 

 

 

「もう〜!なんでテストの日に限って寝坊するかな〜!」

 

 

大慌てで自室の扉を開き、飛び出すように外に出る。外はどんより黒い雲が覆っていて気持ちが重くなるが、そんな感傷に浸っている場合ではないと脚を走らせる。

 

 

 

─────摩訶不思議なロボットとの出逢いから1週間が経った。

 

 

ナギちゃんにロボットを紹介された三日後、株式会社楽園造園室がトリニティ総合学園に路面電車を敷設する旨の公式発表がされた。百年単位で動きのなかったトリニティ総合学園の街はその大きな変化を歓迎する声や反発する声で溢れかえっている。その対応に毎日頑張っているだろう幼馴染はお疲れなのか、1日に飲む紅茶の量が増えたとぼやいている。

 

しかし、反発しているというのはおおよそ老人ともいうべき人達ばかりであって、私達トリニティ総合学園の生徒のような若い子たちからしたらおよそ歓迎されている様子だ。

 

 

「今から走ったらギリギリバス停に間に合う…かなぁ?最悪タクシー…いや、でもここら辺はあんまり通らないし…」

 

 

なんて、そんな事は私のような生徒には関係のない事で、それよりもいま一分一秒でも早く学校に辿り着く方法を模索するのが先だ。今日の試験をすっぽかしてしまえば絶え間ない補習地獄に叩き落とされてしまう。それはなんとしても避けなくてはならない。

 

 

「どうしよう……。あぁもう、こんなとき路面電車とかがあれば…!」

「……路面電車がどうしたって?」

「──ッ⁉︎誰⁉︎」

 

 

大慌てで思考を回してた矢先に声をかけられ、思わず反射的に鞄に吊っていた銃口を声の主に突きつける。すると声の主は「ちょ、待った待った‼︎撃たないでくれ‼︎」と聞き覚えのある声で叫んで……?

 

 

「…って、貴方は確かナギちゃんの」

「そうそう、鏑木クロキだよ。どうしたのそんなに慌てて。いきなり銃を突きつけるなんて穏やかじゃないね」

 

 

青色の作業着を着こなし右手に珈琲缶、左手に謎の固形物を手に持っている姿は漫画に出てくる作業員な出立のロボット…鏑木クロキの姿を見て私は一つため息をこぼす。

 

 

「…ごめんなさい。でも背後から声をかけてきた貴方も悪いよ」

「それはそうかもしれないけど……というより、こんな時間にここにいて良いの?トリニティの始業ってもうすぐじゃないか?」

「っ、それは…」

 

 

聞かれたくない事を言い当てられて視線を逸らすと「…なるほど」とロボットは一つ頷く。その姿が妙に癪に障ったのでキッと睨みつける。

 

 

「なに?貴方には関係ないでしょ?」

「いや、確かに関係はないけど…。どうする?もし良かったら学校まで送って行こうか?」

「…へっ?」

 

 

突然の言葉に思わず素っ頓狂な声が出る。

 

 

「お、送るってどうやって?車なんて持ってないでしょ?」

「自動操縦の作業車やトラクターは星の数ほど持ってるけど、それだと間に合わないからね。だからアレで良ければ、になるけど」

「アレ……?」

 

 

ロボットが指差す方へ視線を向けると、そこには大きな二輪車が鎮座している。青を基調にしたカラーでトリニティではあまり見ないその無骨なフォルム────つ、つまり…?

 

 

「ふ、二人乗りって事!?」

「うん、だからそれで良ければになるけど」

「え?でも、だってぇ…」

「どうする?俺はいつでも行けるけど…」

「う、うぅ…!」

 

 

トリニティの街中をロボットとは言え男性と二人乗りで走り抜けることへの羞恥心と試験に遅刻した場合の地獄のような補習とを天秤にかける────そして。

 

 

「───お願いします…!」

「う、うん。そんな決死の顔をしなくても…」

「今乙女として大事な決断をしたところなの。お願いだから口を挟まないで」

「あ、さいですか…」

 

 

「よし、それじゃあ」と珈琲缶を一息に呷り固形物を口の中に放り込んでゴミ箱に捨てた後、彼が自動二輪車に跨ってヘルメットを被る。

 

 

「はいこれ、ヘルメット。付け方はわかるよね?」

「馬鹿にしないで。それくらいわかる」

「それもそうか。さ、早く乗って」

 

 

初めて乗るバイク。しかもあまり関わりのない男性と二人乗り。今からでも遅くない、引き返せと心の中の冷静な部分が静止の言葉を吐き出しているが、それを努めて無視する。

 

 

「よ、よいしょっと。こ、これで良い?」

「うん、問題ない。それじゃあ出発するよ、なるべく俺から離れないでね」

「っ、う、うん」

 

 

ロボットの声と共にバイクが走り出す。静かに走り出したそれは徐々に風を纏うようになり、軽快に曇天の街中を疾走する。初めて感じる風の感覚に思わず感嘆の声をあげると、ロボットが嬉しそうに続く。

 

 

「わぁ…!」

「どう?意外とバイクも悪くないでしょ」

「うん、確かに良いかも」

「気に入ってくれたのなら良かったよ」

 

 

そういうロボットの表情は見ることができないが、おそらく笑っているだろう声色に私も表情が緩む────わかってはいたけど、良い人だ。

 

 

「…ねぇ、どうして私を助けてくれたの?あんまり言いたくないけど、初対面の私愛想良くなかったでしょ」

「そうかな?別に普通だったよ」

「嘘。だって私、貴方のこと疑ってたのに」

「初対面の人を最初から信用する人の方がどうかしてるよ。君は間違ってない」

 

 

本当に気にしていないのか、まるでそれが当然のような口ぶりをされてしまえばこちらとしては閉口する他にない。無言のまま、風とエンジンの音だけが響く時間が続くと思っていた矢先、「…聖園さんはさ」とロボットが、クロキが話し始める。

 

 

「正直なところ、あんまりインフラとかに実感が湧いてないでしょ」

「…わかる?」

「わかるよ。というか、殆どの人はそうだと思う。でも、生活インフラはともかく社会インフラは結構身近なんだよ」

 

 

私の肯定に何も気にすることなく続ける。

 

 

「たとえばそうだな…ほら。あの通り。百貨店があるところ」

「あそこがどうしたの?」

「例えばだけどさ、あそこに気軽に立ち寄れるお洒落なカフェがあったら凄く良いと思わない?買い物の疲れを甘いもので癒したりしてさ」

 

 

突然の仮定に思わずきょとんとしてしまう。でも、その提案自体はすごく魅力的で。

 

 

「…良い、凄く良いと思う」

「でしょ。次はほら、あそこ。ここら辺はお堅い建物しか無いから、息抜きできるような施設とかあればね」

「だったらカラオケが良いと思う。私の友達に好きな子がいるんだけど、トリニティにはあんまり無いってぼやいてるから」

 

 

殆ど思い出したかのような私の提案に彼は頷く。

 

 

「カラオケか、良いね。だったら周りに飲食店とか増やしても良さそうだなぁ…」

「あ、それだったら私ステーキのお店が良い!あのほら、ミレニアム特集でやってた立ち食いの」

「それって『飛び出せステーキ』?トリニティの風土には合わないような…」

「だからこそだよ!気になってる子はいっぱいいるから絶対人気になるって!」

「…それなら今度企画を出してもらうようお願いするかなぁ」

「ほんと⁉︎それならそれなら─────!」

 

 

──────過ぎ去っていく景色を見ながら取り留めのない、仮定に色づけられたその会話を続ける。だけど彼と話しているとなんとなく実現しそうな気がしてしまう。それが彼の魅力なんだろうか?

 

 

「──そろそろ学校に着くよ。校門前で降ろして大丈夫?」

 

 

しかし悲しいかな、そんな楽しい時間は瞬く間に過ぎ去って現実というものが突然目の前に現れる。

 

 

「…ううん。校門前だと目立っちゃうから少し離れた所で降ろして」

「ん、わかった」

「あーぁ。せっかく盛り上がってきた所だったのになぁ」

 

 

わざとらしく落胆の姿勢を見せるが、それに対してクロキは困ったふうに肩を竦めるだけだ。そしていよいよバイクが止まると、ヘルメットを外してこちらを見る。

 

 

「桐藤さんから聞いてたけど、今日はテストなんだろう?テストはサボると後が怖いよ」

「ふぅん。学校に行ってたような口振りだね」

「そりゃもちろん。つい3ヶ月前までは普通に通ってたよ。もっとも、模範的な学生とは程遠かったけどね」

「嘘⁉︎ねぇねぇどんな学生だったの⁉︎」

「いや、それは……って、そんなこと話してる場合じゃないでしょ。ほら、もう行かないと遅刻するよ」

「むぅ、つまんないの」

 

 

至極真っ当な正論に口を曲げることしかできず、渋々バイクから降りて被っていたヘルメットを返す。

 

 

「はいこれ、ここまで送ってくれてありがとう」

「別にこれくらい大したことないよ」

 

 

そうしてヘルメットに彼が手をかける───けれど、力を入れて渡さないようにする。すぐに私が力を入れていることに気づいたクロキは「み、聖園さん?」と首を傾けている。

 

 

「ねぇ、またお話ししに行っても良い?」

 

 

わかっている。多分彼はとても忙しい身の人だ。あの時夢物語だと一蹴したトリニティを作り変えることに、彼は本気で取り組もうとしている。であるならば、私と取り留めのない話などしている時間などないかもしれない。

 

──それでも、さっきまでの一瞬が、私にとってはとても楽しかったのだ。

 

 

「お話って…」

「ほ、ほら!私って色々と顔が利くし、トリニティ学内の流行りとかすっごく詳しいから何か力になれるかなって……なんて、そんなわけないよね」

 

 

自分で言っていて論理が破綻していることは間違っている。今話しているのは社会で働いている『大人』で、私はまだ学生で『子供』だ。歳が近いからってそこが変わるわけじゃない。

 

 

「ご、ごめんね変なこと言っちゃって!今の話は───」

「本当かい⁉︎」

 

 

瞬間、ヘルメットを持っていた掌の上から機械の手が覆い被せられる。

 

 

「いやほんと助かるよ!トリニティって他の学園とはちょっと毛色が違くてさ、どうやって懐に飛び込むか頭を悩ませてたんだ。桐藤さんに聞いてみたこともあったんだけど、あんまり其方は強くないみたいでさ」

「そ、そうなの?私でも役に立てるの…?」

「そりゃもちろん!…って、ごめんごめん。つい興奮しちゃったよ」

 

 

呆気に取られた私からヘルメットを受け取った後、ポケットから革細工の何かを取り出すとそこから一枚の小さな紙を手渡してくれる。

 

 

「これ俺の連絡先。直通になってるから何か困ったこと…と言っても、お金とかインフラに関係したことに限られちゃうけど。でも、その二つに関係することならなんとかするからさ」

「あ、ありがとう」

「あと事務所に来たいときはいつでも大丈夫だからね。俺はあんまりいないかもだけど…」

 

 

まるでトントン拍子に進んでいく話に頭がついていかなくなるが、要はいつでも遊びに行って良いということだろうか…?

 

 

「おっと、そろそろいかないと本当に遅刻するよ」

「えっ、あ、嘘!もうこんな時間⁉︎」

 

 

時間を促されてスマホを付けると、確かにそこにはギリギリの時間が映し出されている。

 

 

 

「じゃ、じゃあ私もう行くね!ここまで本当にありがとう‼︎」

「気をつけてね〜。……あ、あと一つだけ」

 

 

 

ロボットがどんよりと黒い雲が覆っている空を指す。

 

 

 

「今日は夕方から酷い嵐になるから、テストが終わったら早く帰るんだよ〜!」

 

 

 

その声かけを最後に、私は今度こそ校舎に向かって駆け出した───────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 

 

 

──────結論から述べるのであれば、私は今日行われたテストには無事に間に合うことができた。

 

答案自体も完璧とは言えずともまずまずの出来栄えであり、罷り間違っても補習などあり得ないと胸を張って言えるものだ。本来であれば試験が終わった解放感からナギちゃんを連れ回してショッピングに出かけるのだが、今日に限って言えば私はクロキから忠告を受けていたので素直に直帰しようと考えていた─────そう、考えていたのだ。

 

 

 

『現在トリニティ全域において未曾有の豪雨と強風が発生しております。つきましてはトリニティ学内における生徒は全員校内待機とし、連絡があるまでその場を動かないようお願いいたします。繰り返します、現在トリニティ全域において───』

「…言われなくても出れないじゃんね」

 

 

まだ午後3時という時間帯にも関わらず外は夜中と見間違うほど暗く、窓を叩きつける雨と風のコントラストはより気分を憂鬱とさせる。クロキの言う通り嵐はやってきた、最も夕方などではなく午前中の試験の予鈴が鳴り響いた直後だったが。

 

 

「ミカさん、ここにいましたか」

 

 

時折響く雷の音に耳を塞いで蹲っている生徒もちらほらと見受けられる中、焦った様子の幼なじみがこちらに駆け寄ってくる。

 

 

「ナギちゃん。打ち合わせは終わったの?」

「えぇ…ですが現在の状況は最悪ですね」

「最悪って、何があったの?」

「とにかく此方へ。あまり人に聞かせられる話ではありませんので」

 

 

深刻な様子の彼女に連れられ、陰鬱とした教室から抜け出して廊下に出る。

 

 

「それで、深刻な状況っていうのは?」

「まず初めに、この嵐は翌朝まで続くと見込まれています。それまで勢いが収まらない事も」

「ちょっと待って。それってつまり…」

「そうです。おそらくこの学校で寝泊まりすることになります」

「冗談でしょ⁉︎私着替えとか持ってきてないよ⁉︎」

「それはみなさん同じです。ですが問題は着替えよりも食料です」

「食料って…保存食くらいあるんじゃないの?」

「それはもちろんあります。あるんですが…」

「あるんですが?」

「その、状況を悲観した生徒の何名かが食料庫に籠城してしまいまして…」

「…えぇ」

 

 

非常に言いにくそうに告げる彼女に思わずため息を溢す。仮にも貞淑を良しとする学園でそんなことが起こるなんて…。

 

 

「現在正義実現委員会が対応していますが、制圧の際に爆発やら何やらで食料が吹き飛べば…」

「とんでもないことになる、か」

「事態はそれだけに留まりません。ティーパーティーに挙げられている報告によりますと、トリニティの排水設備に限界が近づいているそうなんです」

「排水設備が限界になるとどうなるの?」

「学園の一階が水没しますし、お手洗い他水道設備が使えなくなります」

 

 

端的かつわかりやすい彼女の報告に私は天を見上げる他にない。

 

 

「…ティーパーティーの人達はどうしてるの?まさか手をこまねいているだけじゃないんでしょ?」

「えぇ、色々と手を打っています。自ら食料庫に立てこもっている生徒の説得に行ったり、馴染みの業者を頼ったり」

「…で、効果はあったの?」

「あったらこんな深刻な顔なんてしてませんよ。とにかく状況は悪化の一途を辿っています。そこでミカさんには馴染みのお友達何名かを連れて生徒達への聞き取りを────」

 

 

バァンと、何かが炸裂した音と共に学校全体の電源が消え、直後に何名かの生徒の悲鳴があちこちから響き渡る。

 

 

「なになに、何があったの⁉︎」

「おそらく浸水によって発電設備がショートしたんです‼︎不味いです、いまこの状況でこんな不安を煽るようなことがあったら───‼︎」

 

 

幼なじみの叫びよりも早く、遠くの方で叫び声を呼び水にあちこちで生徒達の諍いの声が聞こえ始める。

 

 

「さっきから叫び声が五月蝿いんだよ!黙ってろ‼︎」

「こんな状況で黙っていられるわけないでしょ⁉︎もしこのまま家に帰れなかったら私…!」

「ティーパーティーはこんな緊急事態に何してるのよ⁉︎普段はあんなに威張り散らかしてる癖して!」

「ちょっと私直接抗議に行ってくる!誰か一緒に行く人‼︎」

 

 

それらの声は徐々に広がりを見せている。このままなんの手立てもしなければ、あと1時間もしないうちにトリニティは乱闘の場になるかもしれない。

 

 

「と、とにかくミカさんは身近な人に声をかけて回って下さい!私はティーパーティーに現状を報告してきますから!」

「あ、ちょっとナギちゃん‼︎」

 

 

そう言って走り出してしまった彼女に手を伸ばすが、その声は届かなかったのか振り向く事もなく走り去ってしまった。

 

 

「……どうしよう。声掛けって言われても────っ⁉︎」

 

 

私だってこんな大雨の中動きたくないし、大きい音だって苦手なのに……なんて考えていた直後、炸裂音と共に大量の雨風が建物内に入り込んでくる。

 

 

「もう!今度は何……って、看板…?」

 

 

飛来物が窓を叩き割ったのだろう、ぐしゃぐしゃになった電光看板がガラスの破片と共に転がっている。こんな大きなものがトリニティの2階まで飛び上がっているのなら、外はきっと地獄絵図に違いない。

 

 

「無理だよ、こんなの。人の力でどうにかなんて…」

 

 

 

あまりに突然襲いかかる自然の猛威に、おもわずその場に立ち竦んでしまう。こんなの、もうどうしようも──────。

 

 

『これ俺の連絡先。直通になってるから何か困ったこと…と言っても、お金とかインフラに関係したことはなんとかするからさ』

 

 

「─────っ」

 

 

刹那、脳裏に朝方の出来事が想起される。ほとんど藁にもすがる気持ちで胸ポケットに入れた彼の連絡先が書かれた名刺を取り出し、その番号に電話をかける。

 

 

1コール。彼はまだ出ない。

 

 

「…お願い」

 

 

2コール。出る素振りはない。

 

 

 

「お願い、出て…!」

 

 

3コール。出る気配がない。

 

 

「クロキ!」

『うおっ⁉︎は、はい。楽園造園室の鏑木ですけど…その声は聖園さんか?』

 

 

4コール目が鳴る直前。あの優しい声が通話先に現れる。

 

 

「っ、く、クロキ?クロキだよね⁉︎」

『そ、そうだけど?何々、一体何があったんだ?』

「うん、じ、実はね。今学校の中にいるんだけど…」

『学校…そうか、帰宅は間に合わなかったんだ』

「そうなの!それで、殆どの生徒が学校内にいるんだけど、食料庫は占拠されちゃうし電気は止まっちゃうし窓は割れちゃうしでもうどうしたらいいか分からなくて…‼︎ナギちゃんも勝手にどっか行っちゃうし…!ねぇクロキ、私は一体どうしたら……‼︎」

 

 

私のそんな泣き言を、彼は静かに聞いてくれた。そして穏やかな口調のまま「大丈夫、おちついて聖園さん」と続ける。

 

 

「とにかく窓から離れて、なるべく上の階に避難していて。他のみんなも、余裕があるなら誘導してくれると嬉しいかも」

「く、クロキ?何をする気なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってて、直ぐに行くから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





鏑木クロキ
震災、洪水、砂塵、津波その他あらゆる自然災害に対する特攻兵器的存在。一人いるだけで100万人程度であればあらゆる生活インフラを担保する怪物であり、連邦生徒会長から直々にお誘いの連絡が来たがにべもなく断った怖いもの知らずでもある。DU区画に敷設した私鉄や遊園地を連邦生徒会に売却して得た莫大な資金力を使って鬼のような速さでトリニティに侵食している。
トリニティ本校に旧ミレニアム所属の自分が行くことの危険性は重々承知している。だが、それでも彼は迷わずそこに飛び込む。泣いている少女がそこにいるから。


失意の楽園追求者
出会う『大人』の殆どが自らの利益を追求することしか考えておらず『子供』の保護など微塵も考えていないことにわずかながら失望している。今はまだ完全に失望していないが、最初に抱いた失意の念は徐々に彼を蝕み続けて行き、いずれ砂漠での盛大な自殺劇へと繋がって行く。この世界への絶望を叫び『先生』による救世を願うのは、そう遠い未来の話ではない。


聖園ミカ
おしゃべりが大好きな天真爛漫な少女。最初は疑念の感情を持ってラクエンヅクリと接触していたが、当該生物は最初に悪感情を持っていればいる程後の依存性が高くなるおそれがあるため注意がなのだが、ものの見事に引っかかってしまった。掴んだ藁が宇宙エレベーター用のケーブル並みに頑丈な事など今の彼女には知る由もない。


桐藤ナギサ
鏑木クロキと2ヶ月ほど行動を共にしている少女。すでに鏑木クロキの紅茶の好みは完璧に把握しており、好きなお茶菓子も熟知している。今の彼女の立場はいわば鏑木クロキの秘書であり、関係各社からの覚えもめでたい。夜な夜なインターネット恋愛小説を読み込んでおり、男女間の恋愛について勉強している。お気に入りの小説は身分違いの恋愛もの。オフィスラブも最近好んで読んでいる。
未曾有の災害に襲われた時真っ先にクロキに頼る選択肢が浮かんだが、恐怖心に耐えて連絡を断った。頼れば必ず彼は来る、けれど来たら危うい立場になる事を知っているから。だから来てほしくなかった。来てほしくなかったのに。


ミレニアム・サイエンススクール本校
鏑木クロキから提出された離校届を巡って血を吐くような政争の真っ最中。現セミナー陣営による『Cleaning&Cleaning』のエージェントによる身柄を強制拘束すべきという主張と調月リオを筆頭とした反セミナー陣営によるあくまで話し合いでの解決を模索すべきという主張で日夜闘争が繰り広げられている。



※ミレニアム・サイエンススクール関係者による鏑木クロキについての所感

一般生徒A
『1年間殆んど学校に来ず留年したにもかかわらずいきなり都市整備部を打ち立てた先輩。起業してもやっていけるのに学校に在籍している理由がわからないからちょっと怖い』

一般生徒B
『学校のあちこちを直してくれる良い人。この前部活で使う望遠鏡を直してくれた。生徒会組織と揉めたらしいけど早く帰ってきてほしい』

一般生徒C
『第32再開発都市の入居抽選に全く当たる気配がない。毎秒楽園を作ってほしい』

一般生徒D
『生徒会組織であるセミナーに逆らうなんて言語道断。離校理由も稚拙で共感できない、でも能力は本物だから強制拘束が妥当』

一般生徒Y
『あれだけ勝手な事をしちゃダメだって言ったのに‼︎本当は直ぐにでも探しに行きたいけど、とにかく今はセミナーの先輩達を退かさないとあいつが帰って来れないし…もう!あの朴念仁ロボットは心配かけて‼︎‼︎』

一般生徒N
『離校届を出した事情は承知していますが、それでも一言相談くらいはして欲しかったですね…。もちろん逃すつもりはありませんよ?ミレニアムの利益としても、私個人としても♪』

一般生徒R
『優れた才能に理解を示さない生徒会組織に価値などないわ。合理的に叩き潰す』

一般生徒H
『クロキぃ…どこに行ったんですかクロキぃ……』

一般生徒N
『んあ?あいつ離校届出したのか?ほんとしょうがねぇ奴だな…。あ?強制拘束命令?んなもん受けるわけねぇだろ。もしやるんだったら先輩達全員ぶちのめして私が匿ってやる』

一般人K
『クククッ…やはり彼の才能は本物でした‼︎』




黒服
第32再開発都市こと楽園区画で部屋を借りた。







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