ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります   作:あーけろん

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歪められた善意と錠前サオリ

 

 

 

「───お待たせしました、ご注文のホットドッグとメロンソーダです」

「ありがとうございます!」

 

 

紙で作られたバスケットを受け取って小走りに去っていく中学生の生徒を見送り、ほっとひと息を吐く。お昼過ぎから続いていた行列が漸く途切れたのを見計らい、傍に置いてあるペットボトルを捻って一度呷る。

 

 

「お疲れ様サッちゃん。今日は結構混んでたね」

「あぁ、天気予報だとこの後雨の筈だからそろそろ店を閉めないとな」

「そうだね、他の二人にも伝えてくるよ」

「頼む」

 

 

簡素な黒のエプロンとサンバイザーに身を包んだ姫───アツコがパタパタとキッチンカーから飛び出していく姿を後ろから眺める。

 

 

「……それにしても、まさか私達がこんな店員紛いのことをやらされるとは」

 

 

姫と同じエプロンに身を包んだ自分を見下ろし自嘲した笑みを浮かべる。

 

 

『えっ?トリニティでアリウスの動きを監視したい?』

『そうだ、クロキの伝手で潜伏先を用意してくれないか?』

『…理由は、まぁ聞かなくてもわかるよ。一応聞くけど、駄目だと言ったら止めてくれる?』

『止めると思うか?』

『いいや、その眼をした人間は何を言っても止まらない事はわかってるつもりだよ。わかった、箱は用意しておく』

『助かる』

『けど、君たちはアリウスであると同時に便利屋68でもあるんだ。君達の稼ぎがなくなったら便利屋68は破産するから、そこは留意してね』

『…そんなに悪いのか、本社の稼ぎは』

『こっそり仕事を斡旋するくらいには。アリウスが合流してくれて死ぬほど助かってると浅黄が感謝していたよ』

『…そ、そうか』

『なので、潜伏先はお金を稼げる場所にしておくのでよろしく。良い機会だから普通のアルバイトも経験してみると良いよ』

 

 

そんな話からわずか2日で別名義での営業許可証とキッチンカーを用意してくるのだから驚いた事は記憶に新しい。てっきり裏口の手法には抵抗感があると思っていたのだが、それは杞憂だったらしい。

 

 

「………それにしても」

 

 

目の前に広がるトリニティの中心に程近い一等地に広がる緑地────楽園第二区画の中央公園を軽く見渡しながら言葉を溢す。灰色がどんよりと覆う鈍色の空の下にも関わらず公園には多くの人が憩いの場として集まっている。

 

老若男女、学生や大人といった幅広い世代の人が集まっているのはそれだけ楽園区画の人口分布が適切であることを物語っているようだ。

 

 

「すんません、注文いいですか?」

「あっ、えぇ。大丈夫ですよ」

 

 

そんなことを考えていた矢先、スーツを少し着崩した二人組がキッチンカーの前に立つ。

 

 

「えぇ、と…。チリホットドッグセットひとつ、飲み物は烏龍茶で。お前はどうする?」

「それじゃあ私はチーズドッグセットを。飲み物はコーラで」

「畏まりました、少々お待ちください」

 

 

姫がいないが特に支障はない。随分と慣れてしまったキッチンカーの店内で手際よく材料を揃えていく中で「そうだ先輩」と、二人組の会話が鼓膜を叩く。

 

 

「聞きました?さっきモモトークに投稿されてたんですけど、今日は鏑木さんがこっちに来てるみたいですよ」

「トレンド上位に来てたからな。今頃セントラルステーションは追っかけで大混雑だろうよ」

 

 

鏑木クロキがトリニティに来ている、という情報に思わず手の動きが止まる。確かにトリニティに来るという話は聞いていたが、それは明日の筈だ。予定を早めたのか?

 

 

「にしても本当すごい人気ですよね。良いなぁ、俺も女の子に追いかけられてみたいですよ」

「馬鹿言え。お前はあの人に会ったことがないからそんなことが言えるんだ。俺から言わせてもらえればあの人は恩人だよ」

「えっ⁉︎先輩会ったことあるんですか⁉︎」

「二年前の大洪水の時にな。会社で持ってた物件がほとんど水没しちまって、保険会社からも保険金がおりねぇって一方的に伝えられて途方に暮れてた時だ」

 

 

二年前の大洪水…アリウスのプロファイルにもあった。確か都市整備部がトリニティ中枢と深い関わりを持つことになったキッカケの事だ。

 

 

「いよいよ社員全員首括るかって話になった時、あの人はふらりと現れたんだ。水没した建物全部買って建て直すから、それが終わったら買い取ってくれって嘘みたいな話でな」

「えっ?それってなんの得があるんですか…?」

「開発に口を出されたくないから一度買い上げたそうだ。それから一月くらいで古びたマンションが新品ピカピカになって返ってきたもんだから詐欺なんじゃないかって社員全員で売買契約書を徹夜で読み込んだよ」

「で、結局詐欺じゃなかったんですね」

「あぁ。あのおっかねぇ社長が素っ頓狂な声あげてソファからひっくり返ったのは後にも先にもあれが最後だったな」

 

 

そう言って懐かしむ姿に引いている二人を他所目にテキパキと調理を進める。

 

 

「そう言えばあの人、この前連邦生徒会でしょっぴかれたってニュースになったじゃないですか。辺鄙な砂漠…そう、アビドスでカイザーとやり合ったっていう」

「あー、あれな。元々カイザーとはバチバチだったし、別に不思議はないな。それより大事なのはあの人が連邦生徒会所属になった事だよ。これでミレニアムの顔色を伺わずに済むからな」

「えっ?あの人まだミレニアム所属なんですか?てっきりトリニティに転校したとばかり。ほら、生徒達が噂してるじゃないですか、うちの生徒会のお偉いさんが婚約者とか」

「お前…、そんな根も葉もない噂をよく信じてるな。違うよ、あの人はアビドスに将来を約束した恋人がいるんだ。今回のカイザーの一件もそれが遠因だって言われてる」

「先輩こそ噂じゃないんですか」

「馬鹿、知り合いの業者が見たんだよ。アビドス高校の学生服を着たおっぱいの大きい生徒と仲良さそうに話してるのをな」

「えぇ〜?ほんとっすか〜?」

 

 

下世話な会話を聞き流しながらバスケットに商品を詰め込みそれぞれを手渡す。

 

 

「お待たせしました、ご注文のチリドッグのセットとチーズドッグのセットです」

「お、あざます」

「ありがとうございます」

「さ、早くこれ食って次の客先行くぞ。今日は帰ったらアビドスで始まってる楽園区画の入札資料を作るからな」

「うっす」

 

 

足早にキッチンカーから離れる二人を見送り、キッチンカーから降りて店頭前の看板を畳む。少し早いがそろそろ片付けの準備をした方がいいだろう。

 

 

(…今日も収穫は無しか)

 

 

呑気にホットドッグを売っているが、トリニティでアリウス分校の動きがまるでないのが気がかりだ。この中央公園はかつてトリニティに潜伏中のアリウス生徒が密会に使用していた場所だったのだが、それらしき生徒は見かけることもできない。

 

 

(離反者が出たから行動パターンを変えたのか…?いや、こんな短期間で諜報ルートを完璧に変えるなんて出来るわけがない。それに何より…)

 

 

懐から取り出した通信端末に表示されたモモトーク画面────阿慈谷ヒフミからのメッセージを一瞥する。

 

 

『今日もアズサちゃんに変化ありません!今日は催涙弾を作ってました!』

 

 

ここ数ヶ月なんの変哲もないアズサの現状報告に深く息を吐き出す。アリウスの動きを察知する為に泳がせている彼女───白洲アズサの周囲にも動きがない。ここまで動きがないのはあまりに不自然すぎる。

 

危険を承知で墳墓に立ち入らなければならないかも知れない、そんな予測を脳裏に浮かべていた最中「サッちゃん」と背中から声がかけられる。

 

 

「姫か、二人はどうした?」

「あっちもお店を閉じるって。今日のお昼はドーナツが食べたいってヒヨリちゃんは言ってたけど、サッちゃんはどう思う?」

「…そっちは任せる。それより姫、その手に持っているものはなんだ?」

 

 

姫が両手で持っている一枚のチラシに視線を向けると「あ、これ?」となんの躊躇いもなくそれをこちらに手渡してくる。それに視線を落とし、内容を一読する。

 

 

「『聖人を聖都へ』…?なんだ、これは」

「公園で白いシスター服を着た人達が配ってたよ。なんでもクロキをトリニティに取り戻すとかなんとか」

「クロキをトリニティに…?ティーパーティーのプロパガンダか何かか?」

「どうだろう?みんな目元が隠れてて良く見えなかったから、もしかしたら派閥の人かもね」

「どちらにせよ見当違いな主張だ、あいつが特定の陣営に付く筈がない。全く意味のない戯言だな」

 

 

そう言って手に持ったチラシを小さい力で握りつぶしゴミ箱に投げ捨てる。どこの学校にも身勝手な連中がいたものだ、あいつがどんな願いでこのキヴォトスを変えて来たのか…ちょっとでも情報媒体を見ればわかるだろうに。

 

 

「…でも、ちょっと気持ちはわかっちゃうな。私も」

「姫…?」

 

 

そんな私の言葉に小さく反論すると「やっぱり、みんな不安なんだよ」と続ける。

 

 

「今のクロキは凄い力を持ってる。それこそキヴォトスを作り変えられるくらいには。そんな人がいきなり居なくなったらどうしようとか考えるのは自然でしょ?」

「姫、でもそれは…」

「身勝手な願いだって事はわかってるよ。…でも、私だけを見てほしい事だってあるんだよ」

 

 

そう言って寂しそうに笑う姫を前に私はかけるべき言葉が見つからず、その場で固まってしまう。それでもなんとか言葉を捻り出そうと口を開く────その間際だった。

 

 

「ごめんください。まだお店はやっていますか?」

 

 

凛と鈴が鳴るような良く通る声が響く。

 

 

「あ、あぁ。すいません、今日はもうお店を閉めてしまって…」

「まぁ、それは残念。ここのキッチンカーのホットドッグは絶品だと皆様がおっしゃっていたから是非食べてみたかったのに」

「本当にすいません。また明日ここで営業していますので────?」

 

 

心底残念そうな声の人に向き直って表面だけ繕って頭を下げる時、改めてその人の姿を見る。

黒真珠のように艶めく長い黒髪に、その黒に引き立てられたかのような白魚のようなきめ細かい肌。柔和な目元に柔らかな笑みが浮かべられている表情は、曇天の空の下にも関わらず眩いと僅かに感じてしまう。

 

そんな、まるで神様に造られたかのような美貌……そして、私はそんな造られた美しさに見覚えがあった。

 

 

『──誰かと思えば、お父様を殺めようとした薄汚いネズミですか』

 

 

(こいつ、まさか……⁉︎)

 

 

「…何かありましたか?」

「い、いえ。すいません、少し気が抜けてしまいまして。随分と綺麗なお方でしたので」

 

 

そう言って頭を下げながら身体を観察する。見惚れるような美貌に服の上からでもわかる豊満な肢体、極め付けは背中から生えている大きな黒翼とそれにあしらわれた歯車の装飾……何より感じる重圧から間違いない、目の前にいるこの少女は───。

 

 

(領域支配機…!黒の翼だから『Balthasar』か⁉︎)

 

 

────領域支配機。

鏑木クロキが作り出した3機の楽園防衛機構管理ユニット。彼の語る終末への対抗手段として生み出されたキヴォトス最強の機動兵器であり、砂漠の一件でスーツを着た異形が使役していた存在。それだけなら目の前の可憐な少女を兵器と断じることなどしないが、かの領域支配機はどういう訳か人に偽装することができる。

 

 

「まぁ、お世辞でも嬉しいです!そういう店員さんお二人もお可愛いですよ?」

「あ、ありがとうございます」

 

 

目の前で両手を合わせて嬉しそうに笑う彼女────しかし、その瞳はかつて相対した『Melchior』の黄金の瞳から打って変わった血のような赤黒い瞳となっている。

 

 

「でも困りました…私今日は絶対貴女達のホットドッグを食べたいと思っておりましたのに…」

 

 

そう言って悩ましげに首を傾ける彼女から視線を外さず横にいる姫を伺うと目の前の存在の正体を察しているのか、僅かに汗が浮かんでいる。

 

 

「どうしても難しいですか?お金なら多めに払いますので」

「…それは」

 

 

そんな提案を前に思考を巡らせる。

選択肢は二つだ。ホットドッグを提供してこの場から立ち去ってもらうか、多少理由を付けてでもこの場から立ち去るか。どちらがより安全にこの危機的状況から確実に脱する事ができるのか、それを天秤にかける。

 

 

「────申し訳ありません。そうしたいのは我々も同じなのですが、生憎材料が無くなってしまったので…」

 

 

天秤にかけた結果、後者を選択する。領域支配機がこちらに気づいていない事に賭け、速やかにこの場から立ち去ることを選択する。

 

 

「───そうですか」

 

 

短い一言。ほとんど感情の籠っていない事務的な反応を返す。

 

 

「それは残念です─────こちらとしても、手荒な真似はしたくなかったのですが」

 

 

それが最後通牒だったというように、穏やかな表情が一転して刺々しい歯が口元から覗く。折りたたまれていた黒翼膜が大きく広がり、隠れていた太い尻尾が顔を覗かせる。

 

 

「ッ‼︎」

 

 

溢れ出した重圧に対抗すべく忍ばせていた拳銃を即座に取り出して彼女の額に向けて発砲する。寸分の狂いなく放たれた鉄の弾丸は吸い込まれるように少女の額に向かい、そして何事もなかったように弾かれる。

 

 

「姫‼︎」

「『お願い、出して‼︎』」

【緊急コード受信。自動走行モードへ移行、揺れにご注意下さい】

 

 

姫の叫びに呼応するようにけたたましいエンジン音が鳴り響き、キッチンカーが走り出す。弾かれたように飛び出したそれに身体が揺らされ調理器具が散乱するが構っている余裕はない。

 

 

「ヒヨリ、ミサキ!聞こえるか‼︎ヒヨリ、ミサキ‼︎」

『………』

「クソッ‼︎」

 

 

緊急用のトランシーバーに呼びかけても返事がない。状況から考えて二人は拘束されたと見るべきか、いや、だとしても速過ぎる。

 

 

「サッちゃん、二人は…?」

「今は後だ、とにかく今はここを─────⁉︎」

 

 

緊急走行中のトラックの正面が映し出されたモニター、そこに突然先ほどの領域支配機が現れる。

 

 

「チッ、姫!」

 

 

不安そうな顔の姫を抱き抱え、空いてる接客口から外に飛び出る。時速80km近いトラックから飛び出した形だが、地面を転がって勢いを落として公園の木に背中からぶつかる。

 

 

「グッ…⁉︎」

「サッちゃん⁉︎大丈夫⁉︎」

「あ、あぁ。なんとかな…」

 

 

それからやや遅れてけたたましい爆発の重低音が響く。視線を回せば先ほど乗っていたキッチンカーが爆発している姿が映る。

 

 

痛む背中を意図的に意識から外し、倒れている姫を起こす。とにかく今は逃げなければ────。

 

 

「全く、いきなり車内から飛び出すから驚きましたよ。死んだらどうするつもりだったのですか」

 

 

飄々とした口調と共に地面を踏み締める音が鼓膜を叩く。

そちらに視界を向ければ翼についた煤を払って近づく領域支配機と思しき少女の姿が見える。スペックはやはり、砂漠でやり合った『Melchior』とほぼ同じと考えるべきか。

 

 

「…殺すのが目的じゃないのか?」

「まさか、そんな事する訳ないじゃありませんか。私は貴女方アリウススクワッドにお願いがあって来たのですから」

「お願いだと…?」

「えぇ、そうです。お父様の願いを叶えるために、そのお手伝いをして欲しいのです」

 

 

華奢な少女、その傍らには彼女の身長よりも大きい無骨な対戦車ライフルと思しき物体を抱えている。華奢な身体に不釣り合いな巨大兵器は領域支配機の特徴なのだろうか。

 

 

「お父様の願い、だと…?」

「えぇ。お願いとは言っておりますが、あなた方に拒否権などありませんので実質要求ですが」

「…私たちに何をさせようというんだ?」

 

 

 

 

 

「簡単ですよ。お父様をこの不条理な世界から解放するのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「────懐かしいですね、こうしてここでクロキさんに紅茶を淹れるなんて。二年前は毎日やっていたのに」

「もうそんなになるのか。時が経つのは早いな」

「えぇ、あの時は一役員だった私が今やティーパーティーの臨時とはいえホストになっているんですから」

「そっか、そうだったね」

 

 

 

エデン・フロントの一室───かつて「楽園造園室 トリニティ支部」で活動に使用していた事務所で桐藤さんの淹れた紅茶に舌鼓を打つ。こうしていると、二年前の出来事がつい最近のことのように感じるのだから不思議だ。

 

 

「…むむむ、確かに紅茶は美味しいです。ですが紅茶の淹れ方でメイドの序列が決まるわけではありません」

「お前は何に対抗意識を燃やしてるんだよ。良いから静かに飲んどけ」

「…本当は二人きりが良かったんですけど、どうしていきなり護衛をつけ始めたんです?ご用命とあれば正義実現委員会から付けましたのに」

「ミレニアムの方針でね。あとは…ま、これから話すよ」

 

 

半分ほどに減ったティーカップを静かに机に戻し、傍らに立つ桐藤さんを見上げる。

 

 

「それより、桐藤さんは座らないの?」

「はい、私はここが一番落ち着きますから」

「いやいや、そんな前みたいな秘書まがいの事はやらせられないよ。ティーパーティーのホストなんだからさ」

「…私が秘書ではお嫌ですか?」

「いや、そう言うわけじゃないけどさ…」

「ならここで良いじゃないですか」

 

 

…まいったな。彼女の気に触ったのは間違いない、綺麗な白の羽が僅かに逆立っているし。聖園さんとの喧嘩が原因なのか?

 

 

「ガタッ」

「お前は座ってろ、話がややこしくなるだろうが」

「ですが部長、あんな公私共に私が支えますみたいな立ち振る舞いは看過できません。あれではまるで自分が正妻だと自負しているようじゃありませんか」

「あら、そう見えますか?」

「二人とも、喧嘩しないでね?」

 

 

このままでは話が進まないと一度咳払いをし、「それで」と無理矢理に会話の流れを作る。

 

 

「先に桐藤さんに渡すものがあるんだ。今度の路面電車の増線計画の草案なんだけど…」

「増線と同時に拡張も行うんですよね?すでに地権者との交渉は終わっていますからすぐにでも着工できます」

 

 

懐から取り出したUSBを差し出すと笑顔で彼女がそれを受け取る。…あれ?桐藤さんにそんな話したっけ?

 

 

「…えぇと。電線の埋設作業の進捗についてなんだけど───」

「盗電騒ぎで少し作業に遅れが出ているんですよね?それについても問題ありません、すでにトリニティ側で事態の説明と工事期間の延長は公布しています」

「堤防の増築案は───」

「関係各所に圧力をかけて通しました。この前の洪水を引き合いに出したらすぐに折れましたよ」

「最近の人口推移は───」

「概ねクロキさんの予測通りに推移しています。流石ですね」

「………ふぅ。桐藤さん、紅茶のおかわりを貰っても良いかな?」

「勿論です」

 

 

……ふふっ、参ったな。時間稼ぎのために頭の中で作っていた会話パターンが軒並み攻略されたぞ。あまりにも鮮やかな回答だったもので思わず紅茶のおかわりをしてしまった。

 

 

「もともとクロキの秘書紛いの事をやっていたとは聞いてたが、想像以上だなこりゃ」

「別に悔しくありませんが?私はクロキさんに告白してますが?」

「お前はどこで張り合ってんだ、良いから落ち着け」

 

 

ふわりと柔らかな紅茶のいい香りを楽しみながら現実逃避になりそうな思考を無理矢理現実に引き戻す。こんな短時間でトリニティに戻ったらまず間違いなく桐藤さんと聖園さんとの喧嘩が再発する。それだけは避けなくては…。

 

 

「それで、クロキさんからのお話は以上ですか?」

「あっ、いや。ちょっと待ってね、まだ君と話さなくちゃいけない事があったような……」

「別に、変に時間稼ぎをしようとしなくて大丈夫ですよ。私、もうミカさんに怒ってませんから」

 

 

まるで不出来な子供をあやすような目でこちらを見る彼女相手に何か言おうとして、そして肩をがっくり落とす。参ったな、このキヴォトスでは口で勝てない人が多過ぎるよ。

 

 

「…それなら、良いんだけど」

「それより、クロキさんにお見せしたいものがあったんです。もしよければ目を通してもらえませんか?」

「勿論構わないけど…それは?」

 

 

極秘と書かれた資料を軽々とこちらに渡してくる彼女に苦笑いを浮かべつつ、その表題に視線を落とす────そして、僅かに顔が強張るのを感じる。

 

 

「調整が難航していたのですが、ようやく話がまとまりましたのでクロキさんにお見せできます」

「…これは、そこの二人にも聞かせてもいい話なの?問題があるなら下がらせるけど」

「大丈夫です、どうせすぐに公布されるものですから」

「そう、それなら良いんだ」

 

 

手渡されたA4の紙の束。表紙の題は『トリニティ楽園化計画』、要するに再開発要綱だ。それにしたって彼女自らが策定するなんて珍しいこともあるものだ、普段であれば俺が計画を策定しそれを彼女に添削してもらうのが常だったのだが。

 

 

「ちょっと目を通すから時間を貰えるかな」

「えぇ、大丈夫です。率直な意見を聞かせて貰えれば」

「わかった」

 

 

ぱらぱらと資料をめくり、そこに書かれている数値や条件に目を通していく。生徒たちと会話していてすっかり切れていた仕事用のスイッチが音を立てて起動した錯覚を覚えながらすらすらと手を動かす。

 

 

「相変わらずすげぇ速度で眺めてるな。あれで一言一句見逃してないんだから驚きだよ」

「クロキさんは軽率に人を化け物呼ばわりしますけど、あの人もかなり大概ですからね」

「この前それ指摘したら誰でもできる技術とか言ってやがったからな。誰でもできるなら今頃キヴォトスでは行政ミスなんて単語は死語になってるよ」

 

 

なにやら横で好き勝手話している声を聞き流しつつ手を動かす。

際限なく資料の上に指を走らせ、それが時計の長針が3つほど進むまで続ける。

 

 

「……ふぅ」

 

 

やがて資料が最終頁に辿り着き、それを確認して一度息を吐く。

そして最後にぱらぱらと資料全体をめくり再度読み飛ばしがないのか確認し、頭の中で要点をまとめる。

 

 

「うん、よく出来てるよ。さすが桐藤さん、目立った粗はないね」

「当然です、クロキさんの側で仕事の仕方はよく見てましたから」

「そうか、そうだったね…」

「それで如何でしょう?クロキさんさえ宜しければすぐにでも予算審議にかけます。と言っても審議なんて形だけのものですから実質的に決定にはなると思いますが」

 

 

そう言って自信ありげに頷く彼女を相手に言葉が詰まる。しかし、言わなければならない事だ。

 

 

「ごめんなさい、今回の計画に手を貸すことはできないよ。本当に悪いけど、他の業者を当たってくれるかな」

 

 

─────静寂。

まるで言われた事がわからないと茫然とする桐藤さんの表情と痛々しいものを見るように目を伏せる二人。まるで時が止まったように固まる3人を他所目に静かに口を開く。

 

 

「な、何故ですか?だって、よく出来ていると…」

「すまない、先に説明すべきだった。公式発表はまだだったけど、今の俺は正式にセミナー所属になったんだ。今回護衛を連れてるのもそれが理由なんだよ」

「─────へっ?」

「他所の生徒会組織の人間が再開発計画……ましてや今回のような本校の改修も含めた事業に立ち入ることは許されていない。それはよく分かってるよね?」

 

 

静かに目を伏せる。正式にセミナーに所属することになった以上、こうなることは避けられない。避けられないのだが、どうしたって生徒達からの願いを切り捨てるのは心が痛む。

 

 

「う、嘘です。だって、クロキさんがそんな辞令に従う必要なんて─────まさか」

 

 

何かに気づいた様子で俺ではなく護衛の二人に視線を向ける。

 

 

「あなた方は、クロキさんの護衛ではなく監視役なのですか⁉︎彼がミレニアムに弓を引かないか監視するための⁉︎」

「違うよ桐藤さん、彼女達は正真正銘俺の護衛だ」

「でも、そう考えたら全てに辻褄が合います!ミレニアムが他所の学校に利益を与えるクロキさんのことをよく思わなかった、だからこうして護衛と称した二人を貴方につけた!違いますか⁉︎」

「いや、ほんとに違うんだって!二人からもなんとか言ってくれ!」

 

 

ざわざわと羽が逆立ち、髪をゆらめかせながら激怒し二人の方へ歩き出す桐藤さんを抱き止め、振り返って二人に呼びかける。

 

 

「まぁ、そういう側面があるのも事実だからな」

「えぇ、不本意ではありますが」

「ちょ⁉︎」

「やはり…!ミレニアムはそこまで落ちぶれたのですね!上層部が変わって良くなったと思っていたのに、頭がすげ変わればやることは同じですか!」

「あぁ?おいテメェ、今お前私のこと旧セミナーの連中と同じだと言いやがったか?」

「だってそうでしょう!どうして貴女達はクロキさんの理想に、願いに理解を示さないのですか‼︎貴女達がそんなだから、彼は独りででも願いを叶えるために…!」

「他所の事情も知らない癖に好き勝手言うんじゃねぇよ。これはな、クロキを守るためでもあんだよ。部外者にどうこう言われる筋合いはねぇ!」

「言うに事欠いて私が部外者⁉︎よくもまぁそんな事が言えましたね!」

「あぁ言ったさ!お前が言った事と何が違うんだ、あぁ⁉︎」

 

 

 

 

「二人とも、そこまでにしておいた方がよろしいかと思います」

「なんですか⁉︎」

「なんだよ、お前もこのいけすかない奴の肩を持つのか⁉︎」

「いえ、このままだとクロキさんがストレスで死んでしまうと思いましたので」

「…あ?」

「…えっ?」

 

 

 

この日、トリニティには物言わぬロボットの死体が一つ出来上がった。これも鏑木クロキが女心を理解しないせいです、あーあ。

 

 

 

 

 

 






鏑木クロキ
砂漠での一件で忘れられがちだが、本来の性質はシリアスではなくギャグ寄りのロボット。爆発する建設現場から鬼怒川カスミを抱えて走ったり、美食研究会によって炎上する飲食店を膝から崩れながら眺めたり、レイサの爆音挨拶によって鼓膜を破壊されたりしている。彼はそう言った生徒との気楽な付き合いを好んでいたが、知り合う生徒達が徐々に湿度を帯びていくのでそう言った付き合いも徐々に減っていった。


学名:トリニティロボ神父
霊長目ヒト科シンプ属ユメガタリ種。トリニティに生息するロボット神父。神父なんて名乗っているが神様の存在など微塵も信じていない罰当たりなロボットである。その癖教義を読み解く声がやたら良いと巷で話題になっており、規則で定められたミサの際には大勢の人が教会を訪れるとか。資格のために作った協会の管理は伊落マリーに一任している。


領域支配機:Balthasar(偽装形態)
楽園防衛機構管理ユニットの次女。背中まで伸びた黒い髪をたなびかせながら対艦リニアライフルを振り回すお茶目な少女。現在は『機械仕掛けの十字架』による洗礼を受けているため瞳が黄金色から赤黒く変色している。領域支配機共通の能力である「地形掌握」の他にアビ・エシュフに搭載された未来予知システムを搭載されているため神懸かり的な砲撃精度を有する。









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