ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります   作:あーけろん

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彼方よりの来訪者

 

 

 

「────ん、うぅ」

 

 

身体が揺れる感覚を微睡の中で感じ取り、意識が浮上する。

 

 

「…ここは」

「気がつきましたか。良かった、荒っぽいやり方は好みではないので助かりました」

 

 

鼓膜を叩く声と共に重たい瞼を開くと、まず正面に困った様な微笑を浮かべている黒髪の女性が視界に映る。同性でありながらも率直に美しいと感じてしまうまでの美貌に一瞬気を取られ──────そして。

 

 

「ッ!?領域支配機‼︎」

「やはり私が領域支配機というのは気がついていたのですね。流石の観察眼です」

「姫は、他の二人はどうした⁉︎」

「無事ですよ。今は別の場所でみなさん一緒になっています」

 

 

人質にしていると言外に伝えられた事実に咄嗟に懐に忍ばせていた拳銃に手を伸ばすが、案の定そこにあるはずもなく手は虚空を掴むだけだ。

 

 

「探し物はこれですか?」

 

 

そんな私の様子を知ってか、彼女が掌に持つ拳銃をこちらに見せてくる姿に睨み返す事しかできない。

 

 

「………ッ」

「そんなに怖い顔をしないでください。ほら、これは返しますから」

 

 

そう言って彼女がクルクルと拳銃を回すと、持ち手をこちら側にして手渡してくる。

 

 

「…なんのつもりだ」

「別に、元の所有者に持ち物を返すことがそんなに不思議ですか?」

「意図がわからない。ここでお前に敵対する私に銃を渡して何になる?」

 

 

心底不思議そうに首を傾ける領域支配機は首を捻る。何気ない所作一つとっても絵になるそれは、彼女が作られた存在であることを証明しているかのようだ。

 

 

「敵対…成程。つまりあなたはこう言いたいのですね。この銃があれば私を害することができると。それでしたら答えは簡単です」

 

 

軽やかな口調のまま彼女は差し出していた拳銃を一度回して握ると、躊躇いなく自分のこめかみに突きつける────そして、いとも容易くその引き金を引き絞った。

 

甲高い銃声音と硝煙の匂い。そしてコンクリートと思しき床に薬莢が落ちる音が響く。殆ど0距離の射撃にも関わらず傷一つついていない姿には戦慄を覚える他にない。

 

 

「こんな豆鉄砲では表面装甲に傷一つつけることはできません。私達はお父様より大気圏に突入できるだけの装甲を与えられていますから、あなたの神秘がどれだけ強かろうとも、それは変わりません」

 

 

淡々とした口調と共に再び拳銃が私に差し出される。

 

 

「それで、貴女はこの拳銃はいらないのですか?」

「………」

 

 

黙って差し出された拳銃を受け取り懐に入れる。領域支配機である以上並外れたスペックは有しているとは思っていたが、目の前で実演されると心にくるものがある。

 

 

「それでは改めて自己紹介を。私は『Balthasar』。楽園防衛機構統括ユニット2号機であり、砲戦特化型領域支配機と呼称される個体です。あなたのお名前を聞いても?」

「…錠前、錠前サオリだ」

「結構です。やはりきちんとした挨拶は良いですね、背筋がピンと伸びる気がします」

 

 

真紅の瞳を細め柔らかく微笑む彼女に敵意を隠しもせず「それで」と続ける。

 

 

「お前は私達をどうするつもりだ。お父様の願いを叶える手助けをして欲しいと言っていたが、お父様と言うのは鏑木クロキのことなのか?」

「もちろん。私がお父様と呼ぶのは彼だけです。そして、私達三姉妹以外の誰にもお父様と呼ばせるつもりもありません」

「では鏑木クロキの願いとはなんだ?言っておくが、あいつは既に梔子ユメを────」

「まぁまぁ。聞きたいことが多いのはわかりますが、それはスクワッドの皆様を交えて説明した方が効率的でしょう」

 

 

そう言って静かに立ち上がると「サオリさんも立って」と促す。

 

 

「どう言うことだ?姫達に会わせてくれるのか?」

「えぇ。何やら誤解しているようですが、私は貴女達アリウススクワッドと敵対するつもりはありませんよ。貴女達は貴重な存在なのですから」

 

 

何のためらいもなく扉に触ると赤いランプから緑のランプに切り替わり、金属音と共に扉が開く。「行きましょう」と先導する彼女の背後に追従するように歩く。

 

 

「お疲れ様でした、生徒会長!」

「はい、看守ご苦労様です。引き続きよろしくお願いしますね」

「はい‼︎」

 

 

扉から出る際、看守と思しき服を着た生徒に和やかに微笑む姿に一つの疑問が浮かぶ。

 

 

「…そう言えば、ここは何処なんだ?お前の基地か何かか?」

 

 

何枚かの扉をくぐり抜け、閉鎖された牢獄と思しき場所からエントランスに出る。看守がライフル銃を肩に吊り下げ直立し、先ほどの場所とは異なり窓から太陽光が差し込む様子に僅かに目を細める。

 

 

「それはこの後ご説明しますよ。さ、こちらです」

 

 

私の問いに微笑むだけではぐらかすとエントランスの横に併設されたカフェのような内装の建物を指差し、そちらに歩き始める。ガラ空きの背中はいつでも撃ってくださいと言わんばかりの様子だが、先程の様子を見た以上軽率に発砲する事はできないため黙って付いていく他にない。

 

 

「…出来てまだ新しいんだな」

「えぇ。ここはまだ完成してから一月も経っていませんから。…っと、いましたね」

 

 

一度立ち止まり、窓際でかつ入り口から最も遠い席に座っている3人───見間違える筈もない、姫にヒヨリ、ミサキの3人だ。

向こうの3人も私を認識したのか席を立ち上がり不安そうな表情を浮かべている。

 

 

「サッちゃん…!良かった、無事だったんだね」

「あぁ、姫も無事で良かった。二人も、とりあえず生きているようで何よりだ」

「なんとかね…。いきなり襲われた時は死んだかと思ったよ」

「えへへ……まぁ、これから死ぬかもしれませんけどね…」

 

 

若干青い顔で俯き気に宣うヒヨリに心の中で同意しつつ、ここにスクワッドを集めた張本人へ視線を向ける。

 

 

「…それで、私達をここに連れてきた理由を教えてもらおうか」

「その前に飲み物でも頼みましょう。せっかくお店に入ったのですから、何か注文しないと失礼ですよ」

 

 

小さく羽を揺らしながら席に────姫の真横───に座ると、テーブルに設置されたタブレットを慣れた手つきで操作し始める。私もその対面に静かに座ると軽く店内を見渡す。

 

店員がいない無人のそこはドローンが店内を疎に走っているだけで、ぱっと見たところ私達以外の客は見当たらない。寂れた感じだが、それでもどこか暖かさを感じるのは店内の作りが良いからなのか。まるで彼が……鏑木クロキが設計した店内の様な印象を覚える。

 

 

「珈琲は好き嫌いが分かれますから取り敢えずは紅茶を頼んでおきました。ミルクやお砂糖は頼めば持ってきてもらえますよ」

 

 

タブレットから注文を終え、微笑みながら宣う領域支配機に改めて視線を向け口を開く。

 

 

「それで、お前の目的はなんなんだ?何故私達を誘拐した?」

「言ったではありませんか。お父様の願いを叶えるため、その手助けをして欲しいと」

「では聞くが、お前は鏑木クロキの願いはなんだと思っているんだ?」

 

 

私の問いに心底わからないと言わんばかりに怪訝な表情を浮かべ首を傾げる。

 

 

「……あなた方はそれを知っている筈では?アリウススクワッドは、あの審判の都市にいたのでしょう?」

「梔子ユメの蘇生のことか?それなら奴はもう叶えて───」

「あぁ、違います。そっちではありません」

「…そっちじゃない?」

「えぇ、よく思い出してください。お父様はあの時、十字架に繋がれる事で何を望んでいましたか?」

「クロキが、望んだこと…?」

 

 

クロキが望んだ事。それは梔子ユメという生徒を蘇らせる事と、あとは────。

 

 

「…みんなの記憶から消えてなくなる事?」

「惜しい。それもお父様を構成する三つの願いのうちの一つですね」

 

 

姫の言葉をまるで出来の悪い生徒を嗜める様な口調で領域支配機が訂正すると、一度息を吐いて続ける。

 

 

「お父様は私達領域支配機にそれぞれ自己を模倣したAIを搭載しました。死後もキヴォトスを楽園に作り変えるための擬似人格、それぞれには彼の最も強い三つの感情が埋め込まれています」

 

 

目の前に掌を持ち上げ、人差し指を上げる。

 

 

「一つは『罪悪感』。梔子ユメという生徒を見殺しにしてしまった罪の意識で、妹のMelchiorに搭載されたAIに色濃く残されていた感情です」

 

 

次に中指を上げる。

 

 

「二つ目は『自己否定』。この世界に来てしまった自己の存在を呪い、存在そのものを世界から抹消したいという願望であり、Caspar姉様に搭載されたAIを象徴するものです」

 

 

最後、ゆっくりと薬指を上げる。

 

 

「三つ目は『希死願望』。この不条理で象られた世界を救えない無力感から生存に価値を見出せなくなったお父様の抱いた願い───私の心に刻まれたお父様の悲願」

 

 

真紅に染まった瞳が細められ、僅かに頬を赤らめながら慈しむ様に微笑む。

 

 

「私は、お父様が死によってこの不条理から解放されることを望んでいるのです」

 

 

────狂っている。

 

端的に、そう言って憚らないほどの狂気を秘めている。いっそ壊れていると言って良いほどだ。

だって、この少女は本当にクロキのことを愛している。彼のことを真に思っているが故に、殺さなければならないと本気で信じきっているのだ。

 

 

「……正気か?お前はクロキを、生みの親を殺すと言っているんだぞ」

「そうです。お父様はそれを望んでいるのですから、私がそれを叶えて差し上げるのです」

「…私たちに、クロキを殺す手助けをしろというのか。だとしたら私は───」

 

 

この場で玉砕もやむを得ない、そう考えていた所に「いいえ、そうではありません」とあっけらかんと言い放つ。

 

 

「なっ、ち、違うのか?」

「えぇ。というより、あなた方アリウススクワッドではお父様は殺せません。まず間違いなく不可能です」

「…それは、心情的な意味でか?」

「心情的にも戦略的にもです。よく考えてください、貴女達はあの『小鳥遊ホシノ』や『空崎ヒナ』、『美甘ネル』と言った生徒達の護衛を掻い潜ってお父様を殺せるビジョンが浮かびますか?」

「…………」

 

 

領域支配機の言葉に脳裏で高速で戦力分析が行われて、もののコンマ数秒で不可能という結論が下される。砂漠でのあの戦いぶりを見た後であれらと真正面からやり合うなんて冗談じゃない。

 

 

「ですから、お父様は私自らが殺めて差し上げます。貴女達アリウススクワッド……ひいては秤アツコにはその後の詰めをお願いしたいのです」

 

 

横にいるキョトンとした表情のアツコを一瞥すると、再び続ける。

 

 

「はっきり申し上げて、お父様を殺める事自体はそんなに難しい事ではありません。クラフトチェンバー0号機を失ったお父様は殆ど只人、弾丸の一発で問題はないでしょう────問題は、お父様を殺した後です」

 

 

そういうと深いため息を零し、店の天井を見上げる。

 

 

「厄介なことに、この世界では『ゲマトリア』が完全にお父様側についています。そして十字架と『梔子ユメ』も向こうが持っている───そうである以上、殺した後に十字架を使ってお父様を蘇らせる可能性も否定できません」

「死者蘇生…クロキが起こした奇跡」

 

 

砂上の都市でクロキが意図せず起こした奇跡。彼が唯一手放しで幸運だったと宣った事象。それを再現できるのであれば、それは反則と言って良いくらいだ。

 

 

「それを再現されたら手がありません、お父様は再びこの世界に囚われてしまう。それを避けるために、ベアトリーチェが残した策を使おうと思いまして。より強い神秘の塊をぶつけて奇跡そのものをなくしてしまおうと考えました」

「マダムが、残した策…?」

「そうです。つまるところ、ここにいる秤アツコにお父様の子供を作ってもらおうと思いまして」

 

 

─────刹那、時間が止まった様に喫茶店から音が消えた。

 

 

「……こ、子供?何それ、意味がわからないんだけど」 

「う、うぇぇぇぇ⁉︎え、そ、それってつまりクロキさんと姫が、そのえっちな事を……⁉︎」

「あら?皆さんは聞いてなかったんですか?サオリさんも?」

「…初耳だ。姫、どういう事だ?マダムからそんなことは一度も───」

 

 

 

「…駄目だよ。クロキは私を抱いてはくれないよ」

 

 

ポツリと、それでも嫌によく響く声で姫が宣う。

 

 

「だって、クロキは私が大切だとは言ってくれるけど、好きだとは言ってくれないもの。好きでもない人を抱きたいと思う男の人はいないでしょ?」

「そうでしょうか?世の中には必要に応じて性交渉に及ぶ例もなくはありませんが…」

「でも、前にアリウス分校を救えるって話をしても駄目だったよ?皆を救えるのに私を抱きたくなかったってことは、それだけ私には魅力がないってことなんだよ」

「……なるほど。ベアトリーチェの策略ですか。全くあの愚物はお父様の事を何にもわかっていない様でむしろ安心します」

 

 

何かに納得した後深いため息をこぼすと、再び姫に向き直り口を開く。

 

 

「それについては問題ありません。その場になったらお父様は貴女を抱きますよ、まず間違いなく」

「な、何を根拠にそんな事を」

「そうしないと、貴女が死んでしまうからですよ」

 

 

刹那、領域支配機の掌に大口径の拳銃が出現すると姫のこめかみに突きつける。それを見た瞬間懐から拳銃を抜き取り姫に向けられた銃に銃口を向ける。

 

 

「…と、こんな風に銃口を突きつけてこうお願いするんです。貴女が秤アツコと子供を作らなければ今この場で彼女を殺す、と」

「そんな事を許すと?クロキを殺させる事含めて、承諾した覚えなど微塵もないが」

「承諾は受けていませんね。ですが、これは双方にとってメリットのあるお話だと思いますよ」

「メリットだと?笑わせるな、一体どこにメリットが…」

 

 

姫に突きつけていた拳銃を消失させると、今度はこちらに向いて領域支配機は続ける。

 

 

「簡単ですよ。このまま何事もなくいけば、貴女達の誰ともお父様は結ばれることはない。この場にいる誰一人として彼の隣に行くことはできず、選ばれることもないんですから」

「そんなことが、お前にわかるのか?」

「わかりますとも。というより、皆様も薄々わかっているのでは?お父様に銃口を向けて、なんの贖罪もせずに赦されているこの現状は、貴女達を対等だと思っていない証左ではありませんか」

 

 

「対等の関係でない恋愛など、それこそおままごとにも劣ると思いますが」と語るその口調に、こちらとしては歯噛みする他にない。そうだ、私たちは誰一人としてクロキと対等ではない。私たちは与えられる側で、彼が与える側。その関係から脱却できていない。

 

 

「そんな貴女達がお父様の子供を賜ることができるのです。大切なお姫様と大好きな人との間にできた子供です、きっととても可愛らしいでしょうね。これ以上のメリットがあるでしょうか?」

「……それは、だが、クロキを殺す事を容認するなんて」

 

 

彼女に突きつけていた拳銃を降ろし、震える声で否定する。そんな事を許すなんて出来るわけが──。

 

 

「そもそもその考えが傲慢なのです。お父様は自己の存在をかけてこの世界をより良くすべく砂漠で貴女へ牙を剥いた、愛故の牙です。そんな愛を貴女達が自己満足のために否定した。今まで本当に多くのキヴォトスの人達を助けて、救っていたあの人のささやかな願いすら否定したのです。これがどれだけの罪か、貴女達にわかるのでしょうか?」

 

 

一瞬髪がゆらめき怒りを露わにするが、ドローンによって配膳された紅茶が目の前に置かれると静かに目を閉じる。

 

 

「…良いでしょう、幸いまだ時間はあります。ゆっくり考えてまたお考えを聞かせてください。どうせ貴女達はここから逃げられないのですから」

 

 

そういうと配膳された紅茶を一口も口を付ける事なく席を立ち上がり、静かに出口に向かう矢先に「あぁ、そういえばここがどこなのか説明を忘れていました」と首だけ振り返ってこちらを見る。

 

 

「ここはアリウス分校────貴女達の母校です。改めておかえりなさい、スクワッドの皆さん」

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────それで?お前はあのシスターさんとどんな話をしてたんだ?」

 

 

楽園区画第二区画から離れる車中の中、窓に肘をついて悪態をつく様に宣う美甘に苦笑する。

 

 

「謝罪だよ。彼女には色々と迷惑をかけちゃったからね」

「謝罪、ねぇ…」

「ん?なんだよ、そんな意味ありげに」

「いんや、お前のことだから謝罪と称して相手のことを傷つけてないか心配になってな」

「いやいや、俺のことをなんだと思ってるんだよ…」

 

 

まるで近づく女の子全員を傷つけると言わんばかりの美甘の口調に苦言を呈す。俺は女の子に対するハリネズミではないのだが…。

 

 

「それより、そろそろトリニティに着くよ。二人とも、さっきも話したけど…」

「わかってるよ、威圧的な態度は控えろってんだろ。んな事は言われるまでもねぇ」

「愚問ですね。そんな不遜な態度を取ることなどあるはずがありません」

「ほんとかなぁ…」

 

 

このトリニティに入ってから何故か二人の口がいつも以上に悪くなっている。ミレニアムであれば別に問題はないのだが、これから行くのはキヴォトスでも屈指の気難しさを誇るお嬢様学校ことトリニティ総合学園なのだ。

ただでさえ都市整備部解体といったちょっとだけセンセーショナルな話題もある以上下手に刺激すると楽園第二区画を作った直後の軟禁状態を作り出されかねない。

 

 

「クロキさんこそ、さっきは教会に行って何を持ち出してきたんですか?随分と大きいアタッシュケースでしたけど」

「ん?あぁ、ちょっとした仕事道具だよ。しばらくトリニティに滞在するから、その資料関係だね」

 

 

飛鳥馬さんからの質問に曖昧に返す。都市整備部ではなく楽園造園室、つまるところ趣味の私物なので誤魔化した形だ。

 

 

「……見えてきましたね」

 

 

桐藤さんの言葉通り、立ち並ぶ建物群の向こう側にトリニティ総合学園の姿が見える。普段はオンラインでトリニティの業者や楽園族の職人さんと日夜対応しているので、実際にここに来たのは実に4ヶ月振りになるだろうか。

 

 

「クロキさん、今懐かしいとか思いましたね?」

「えっ。あ、いや。そんな事ないと思うけどなぁ…?」

 

 

バックミラー越しで訝しげな視線を向ける桐藤さんからそっと視線を逸らす。先生がキヴォトスに来てから俺の心を読める生徒が増えた様に感じるのだが、気のせいだろうか…?

 

 

「ま、まぁまぁ。ほら、そろそろ着くから桐藤さんも準備してね。この後すぐに全体会議でしょ?」

「そうですね、最初の議題は都市整備部解体についての対策になると思いますが」

「……アハハ」

 

 

困ったな、乾いた笑いしか出てこない。こういうとき原作先生ならどんなウィットに富んだ冗談を飛ばすのか、ぜひ浅学の自分に教えて欲しいと心の底から思う。

 

そのまま会話も飛ばない気まずい車内でも自動車は進み、ついにはトリニティ総合学園の最寄りの駐車場に車を停める。エンジンを止め、シートベルトを外して車内から降り立ち軽く体を伸ばし振り返ってトリニティ総合学園付近の街並みを見渡す。

 

 

「…いよいよか」

 

 

先生の着任からアビドス編を終え、ついに物語の針が動き出したキヴォトス。向こう側の自分という大き過ぎる不確定要素の存在から何が起こるかなど既にわからないが、それでも歩みを止めるわけにはいかない。

とりあえずは今回のトリニティ遠征を無事に乗り切ろうと気持ちを新たにしたその矢先、トリニティでは聞き慣れた声が背後から聞こえる。

 

 

 

「あっ」

 

 

まるで見てはいけないものを見た様なその口調。そして俺はその声を持ち主によーく覚えがあったので背後に振り向くと予想通りの人物がそこにいた。

 

 

「久しぶりだね下江さん。元気そうでなによりだよ」

「あ、え、っと。お久しぶり…です。クロキさ……様」

「……どうしたの?そんなに畏って。普段ならもっと色欲魔人〜とか言って俺の事を罵倒してくれるのに…?」

 

 

このキヴォトスで数少ない俺の事を正面切って罵倒してくれる貴重な存在である彼女は下江コハル。桃色の髪に大きな制服を着崩し、傲岸不遜だがどこか可愛らしい小動物のような出で立ちの少女だ。

そして俺の中身がバレた時に『人バレ⁉︎エ、エッチ過ぎる…!』とよくわからない言葉で俺の事を罵倒してくれた本当に得難い友人であり、トリニティで会ったら何かと構っている可愛らしい後輩だ。

 

何度か突撃しているうちに打ち解けてきたと思っていたのだが、何故か今日の彼女は何かに怯えている様に震えて、俺の背後を指差している。俺の背後にそんな怖い人なんていなかったはずだが…?

 

 

「───あら、誰かと思えば下江コハルさんじゃありませんか。今日も委員会活動に精がでますね?」

「ひゃ、ひゃい!ナギサ様もお、お変わりなく!」

「…?あれ、二人って面識があったの?」

 

 

微笑みながら桐藤さんが続ける。

 

 

「えぇ、下江さんとはちょっと前から仲良くさせてもらっているんです。そうですね?」

「そ、そうです!あ、あと見回りがあるので失礼します〜‼︎」

「あ、コハルちゃん⁉︎」

 

 

まだ日課の罵倒を貰っていないにも関わらず鳥の様にパタパタと消えてしまったコハルちゃんの背後に手を伸ばす。そんな、トリニティで貴重な俺の癒しが……。

 

 

「…なぁ後輩。これをどう見る?」

「幼馴染系彼女が鈍感系主人公に近づく悪い虫を牽制している姿に見えました」

「そんなに可愛らしいもんじゃないだろ。立場を利用した脅しだろこれ」

「そうとも言います。クロキさん、ああいうちみっこい生き物結構好きですよね」

「うちでもゲーム開発部のモモミド姉妹とかユズとかよく構ってるもんな」

「…部長、今私にもワンチャンとか思いました?」

「バッ、思ってるわけねぇだろぶっ殺すぞ⁉︎」

 

 

可愛がっていた小動物にいきなり愛想をつかされたようなショックを全身に浴びていると、誰かの足音がこちらに近づいてくるのを感じる。

 

 

「…来ましたか」

 

 

桐藤さんが苦々しく言うとほぼ同時、凛とした声で「お待ちしていました、鏑木さん」とこちらを呼ぶ声の方へ向き直る。

そちらに視線を向けると大きなライオットシールドにナース服といったあまりにも不釣り合いな出で立ちの可憐な少女を見つけ、彼女の名前を呼ぶ。

 

 

「蒼森団長。どうしてこちらに?」

「どうしたもこうしたもありません。あなたは重要人物なのにいつも護衛を付けないのですから、こうして私が………?」

 

 

そこまで言ったあたりで、自分と背後にいる美甘部長と飛鳥馬さんを交互に見やる───そして。

 

 

「…し、失礼しました。まさかミレニアムから直接護衛を連れているとは思わず」

「あ、うん。こっちこそごめん、いつも護衛を連れていないから心配かけちゃったね」

 

 

恥ずかしそうにライオットシールドを背中に隠すと、赤らんだ頬を掻いて言い淀む彼女を宥める。むしろこちらこそ気を使わせてしまって申し訳がないくらいだ。

 

 

「そ、それは本当にそうですよ。私がいつもあれだけ言っても付けなかったのに…あら?そう言えばどうして今日は護衛を?」

「彼女達は護衛ではなく、クロキさんの監視役ですよ蒼森団長」

「…監視?どう言う事ですか桐藤さん?」

「ま、まぁそれはこの後の全体会議で話すよ。それより急ごう、遅れたら事だからね」

 

 

そのまま四人を先導するように歩き出すと、やや遅れて四人が背後に続く。

 

 

「見て見て!クロキ様がナギサ様と歩いてるわ!やっぱりお二人はお付き合いされてるのね!」

「いつ見てもお似合いのお二人ですわ。このまま二人が結ばれるのは時間の問題ね」

「はぁ?これだから頭フィリウスの連中は馬鹿が多くて困る。クロキ様のお相手は聖園様以外にありえないでしょう」

「そうそう、あんなお堅い人より開明的なミカ様こそクロキ様のお相手に相応しいわ」

「あ?あんなピンクゴリラが誰に相応しいって?」

「凝り固まりすぎて石になっちまった石女よりはマシだろうが?話聞いてたか?」

 

 

トリニティ校舎に向かう途中、何やら生徒達がヒソヒソとこちらを見て何かを言い合っている姿に心臓が痛む。いつも思うのだが、トリニティの生徒達は普段はお淑やかなのに一定のラインを超えるとゲヘナもびっくりな凶暴性を発揮するのはなぜなのだろうか…?

 

 

「桐藤さん、あの噂はまだ対処していなかったのですか」

「噂の一つ一つに対処していてはキリがありませんから。好きに言わせておけば良いんですよ」

「…校内での諍いは容赦なく救護しますからね」

「えぇ、ご自由にどうぞ」

「いやいや、ダメだよ蒼森さん暴力に訴えちゃ。俺がこの後ちゃんと話して説明するから」

 

 

トリニティに蔓延っていると言う俺と桐藤さんが許嫁だと言う傍迷惑な噂はこの後出所を含めてきっちり調べ上げるつもりだ。流石に悪ふざけがすぎるし、なにより政治上もよろしいとは思えない。後で飛鳥馬さんあたりにでも情報の精査をお願いしておこう。

 

 

「……クロキさんは、私とそう言う関係になったという噂が流れてご迷惑でしたか?」

 

 

横に並んできた桐藤さんが目を伏せ、心の底から申し訳なさそうに話す。

 

 

「えっ?い、いやぁ…俺にとっては光栄な話かもだけど、桐藤さんにとっては傍迷惑なだけでしょ?」

「別に、噂程度で私達の関係が変わるわけじゃありませんよ。それに…私としては、そういう関係に見られている方が嬉しいと言いますか」

「桐藤さん、それはどういう────」

 

 

両掌をお腹の前に合わせ、赤らんだ頬に潤んだ瞳でこちらを見上げる。そして彼女は俺の質問に口を開き───そして。

 

 

「おかえりクロキー!待ってたよー!」

 

 

校舎から飛び出してきた聖園さんに押し倒されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 





砲戦特化型領域支配機Balthasar

現アリウス分校の生徒会長にして『機械仕掛けの十字架』の精神汚染によって自我を獲得した個体であり、黄金から真紅に瞳の色が変化している。そのため錠前サオリの壊れているという評価は間違ってはいない。鏑木クロキの願いは『自己が死亡すること』だと信じて疑っておらず、その目的のためなら生徒の純潔やクロキの想いすらも容易に踏み躙る。論点ずらしとレスバ性能は全領域支配機共通。

秤アツコ

ベアトリーチェからの投薬により現状最も鏑木クロキの『聖人』としての素質を受け継ぐ子供を産むことのできる母体。もっとも鏑木クロキにとって彼女を始めアリウスの生徒はその全員が『ベアトリーチェによる支配の被害者』であり、そんな不幸な生徒達を守る事が自分の役目だと信じて疑っていないため他の学園と比較して攻略難易度は1那由多倍ほど上昇している。なお当初からベアトリーチェの提案を受け入れて秤アツコとの間に子供が産まれた場合、鏑木クロキは専用武器を正しい用途で使用することになる。


下江コハル

鏑木クロキお気に入りの生徒の一人。知っての通り彼は自身を雑に扱ってくれる生徒の事が大好きなので、事あるごとに「エッチ!」と罵ってくれる彼女のことを本当に大切にしている。コハルシステムはそんな彼女に敬意を表して名付けた。そんな仲睦まじい姿を桐藤ナギサに見られたため無事要注意人物リストに名前を連ねている。


トリニティロボ神父

キヴォトスに生きるヤマアラシの類。生徒の心を掻き乱すことには余念がない。


ゲマトリア

聖人を蘇生できるかできないかと問われれば、できると宣うほどには狂っている。



Q.鏑木クロキを動物に喩えると?

A.クロキ



次回、トリニティ会議。


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