ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります   作:あーけろん

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閲覧、感想、御指摘、誤字脱字報告の全てに感謝を。
※年内中にトリニティ編を終わらせたいので少しの間変則投稿となります。ご了承下さい。






引き抜いた愚者の剣

 

 

 

─────小鳥達が囀る午前8時。

 

 

爽やかな朝の気配漂うトリニティ。疎に白い雲が散らばる青空の下大きく息を吐き、空を見上げる。

激動の始まりを見せたトリニティ遠征の2日目、その始まりとしては出来すぎな位の空を見て逆にいたたまれない気持ちになりながら軽く身体を伸ばしていると、背後から「クロキさん」と名前を呼ばれる。

 

 

「や、おはよう飛鳥馬さん。昨日はよく眠れた?」

「おはようございます。えぇ、特に不自由はしませんでした。簡易宿泊施設でもあの設備を用意しているとは、トリニティの余力が伺えます」

 

 

いつもと変わらず凛々しい顔立ちの彼女の評価に一つ頷く。

 

 

「それは良かった。ところで美甘部長は?一緒じゃないの?」

「部長なら購買へ軽食を買いに行きました。打ち合わせも兼ねて朝御飯はご一緒したいと言っていましたが…」

「うん、それじゃあ行こうか。場所は用務員室で良いかな?」

「はい、問題ないかと」

 

 

青空の下踵を返し、トリニティでの作業部屋である用務員室へと向かう。学園の中にある俺の私室であり、トリニティでは基本的にそこを基点に活動している。

 

 

「それより、こんな朝から外で何を見て回っていたんですか?珍しいものでもあったとか?」

「別に、やることもないから軽い散歩だよ。久しぶりに7時間も眠っちゃったから目が冴えちゃってね」

 

 

高貴な作りの石階段から直接外に面している用務員室の勝手扉を開け、中に入る。するとビニール袋を掲げた慣れ親しんだ顔が「お、早かったな」と気楽な感じで応接用のソファでくつろいでいる。

 

 

「おはよう美甘部長。態々買ってきてもらっちゃって悪いね」

「別にこれくらい良いってことよ。それより、ほら」

 

 

放物線を描いて空をパンが飛び、それを「おっと」と言いながらキャッチする。メロンパンだ、食べるのは何年振りだろうか。

 

 

「後輩にはこれだな」

「あんぱんですか…まぁいただいておきましょう」

「一々癪に触る言い方だな…」

「それじゃあお湯を沸かすよ。飲み物は……あいにくインスタント珈琲しか無いからそれで我慢してね」

 

 

用務員室の傍にある簡素な水場で電子ケトルに水を入れて電源を付けて、紙コップに手早くインスタント珈琲の封を開ける。

 

 

「珍しいな、いつも珈琲と紅茶を準備してなかったか?」

「いつもはね。けど、ここでインスタント紅茶の匂いを着けると桐藤さんがすっごい機嫌悪くなるんだ。だからここには置いてない」

 

 

「ふーん、クロキさんは私の淹れる紅茶よりそんな物を好むんですね」と、あからさまにご機嫌斜めになる彼女は可愛げがあるのだが、態々怒らせる事もないと思って置いていない。

 

 

「難儀な性格してるな」

「前は今みたいな気難しい性格じゃなかったんだよ。でも、今の彼女には立場があるからね」

「立場はいつだって人を変えますから。変わらないのはクロキさんくらいなものです」

「俺だって変わってるよ、ちょっとはね」

 

 

ミレニアム製の電子ケトルはすぐに蒸気を吐き出すと、それをそれぞれコップに注ぎ入れる。珈琲特有の香りが部屋に広がるのを感じ、それを抱えるようにもって机の上に並べる。

 

 

「サンキュー」

「ありがとうございます」

 

 

各々それを手に取ってコップに口を付けるのを見て俺もコップを傾ける。芳醇な苦味がかすかな眠気を吹き飛ばすのを感じ、袋に入ったメロンパンを開けて一口頬張る。

 

 

「…それで、昨日の依頼の件について進捗を聞いていいかな」

「おおよそ3割ってとこだな。あと2日もあれば問題なく終わるだろ」

「最初の隠し場所に入った時は目を疑いましたよ。クロキさん、本当はトリニティと戦争をするつもりだったんじゃありませんか?」

「それならこんなまどろっこしい事してないよ。それにしても3割か…さすが2人だね、今回の遠征中に終われば御の字だと思っていたのに」

 

 

思わず心からの称賛が漏れる。さすが原作でも屈指の能力を有するC&C、そのトップエージェントの2人と言った所だろうか。予想よりずっと早いペースに感嘆の言葉しか出てこない。

 

 

「それより今日の件だが、全体会議を楽園区画でやるのは本当なのか?」

「うん、なんでも聖園さんからの提案らしいよ。偶には気分を変えてやりたいってさ」

「あのお転婆さんか…。護衛は大丈夫なのか?」

「正義実現委員会が直衛に就くし、大丈夫でしょ。戦車でも持ち出されない限り安心だよ」

 

 

楽園区画を戦車で走る不届者がいたらそれはそれで興味があるが、益体もない予想だと思考を切り上げる。

 

 

「それと、今日の午前はみんなと合同会議だけど、午後はその後楽園第二区画に向かうよ」

「昨日行った所か。そりゃまたどうして」

「あー…まぁ、ちょっと不手際があってね」

「不手際ってお前、まさか…」

「凡そ昨日のシスターさんの件でしょう。やっぱりやらかしていたんですね」

 

 

メイド2人からの冷たい視線に頰を掻くことしかできない。

 

 

「ちょっと誤解があっただけだよ。とにかく、彼女からも『待ってます』って了承は貰ってるから、悪いけど付き合ってね」

「そりゃいいけどよ、それは会議の結果によるんじゃないか?」

 

 

塩パンを齧りながら美甘部長が訝しげな視線をこちらに向ける。

 

 

「昨日は蒼森って奴が暴れてくれたからあれで済んだが、今日に限ってはなあなあで終わらないだろ。絶対、とは言わないが何かしらの要求はしてくるんじゃないか?」

「…まぁ、そうだね。それは十二分に考えられるよ」

 

 

あまり認識したくない事実ではあるが、どうにもこのキヴォトスには『俺の作るもの』よりも『俺自身』に価値を持っている人が相当数いるらしい。自身の好感度調整すら満足にできなかった事実にため息が溢れるが、今更どうにかなる話でもない。

 

 

「良くて月に一度の往査、悪けりゃその場で保護という名の誘拐だ。悪い方はさせるつもりはないが…」

「トリニティだってミレニアムと事を構えるつもりはない…と思いたいけどね」

「クロキさんのお考えも分かりますが、今は現実的な脅威を考えるべきです」

「…それもそうだね。まぁ、最悪の場合になった時の手は考えてあるよ」

 

 

残った菓子パンをコーヒーで流し込むと、自身の机の横に置かれた銀色のアタッシュケースの取手を持つ。鍵の部分に指を当てて認証を済ませるとそれは自ずと開き、中から複数枚の紙の資料を取り出す。

 

 

「それは?」

「これはね、トリニティ学区内に点在するすべての楽園区画の管理権を定めた契約書、後は都市整備部が管理している路面電車の権利証、それとトリニティに繋がる楽園リニアの運行権だよ」

 

 

言い換えるのであれば、トリニティと言う学園に対して俺こと鏑木クロキ個人が有しているありとあらゆる権利と言って良いだろう。これを手放したら最後、俺はトリニティではなんの変哲もないロボットとなる。

 

 

「ばっ、なんでそんな大事なもん軽率に持ち出してるんだお前⁉︎」

「その契約書だけで時価総額は軽く兆を超えるのではありませんか…?」

 

 

いきなり出した書類に2人が慄く様子に頷く。良かった、とりあえずこの書類自体に価値がある事は間違いない。こうやって生徒達の反応を見て対応を変えていかなければならないな。

 

 

「あくまで最後の手段だけど、トリニティ側から無茶な要求があった場合はこれを使って交渉するよ。政治は好きじゃないけど、苦手って訳じゃないから」

 

 

楽園を作るにあたって交渉や関係各所との調整は気の遠くなる程の数をこなしてきた。件数だけで言えば、それこそ桐藤さんが日夜行っている会議の五倍と言って差し支えないだろう。故に、まともに会話が出来る状態であれば遅れをとる事はまず無いと言って良い。

 

 

「本当ですか?向こう側が泣き落としを図ってきても、毅然と対処出来ますか?」

「うっ、それは………」

「あり得るぞ。相手は打つ手が殆どないんだ、盤外戦術は山のようにあると思った方が良い」

「君達すごい事言うね、仮にも同年代の同性なんだよ?」

「恋のライバル相手に塩を送るほど、私は優しくありません」

 

 

ふい、とそっぽを向く飛鳥馬さんに苦笑しコーヒーを呷る。しかし苦味がやってこない、どうやら飲み切ったようだ。空になったそれを軽く握りつぶすとゴミ箱に入れ「さて、と」と2人に向き直る。

 

 

「それじゃあそろそろ会場に向かおうか。運転は俺がするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

────多くの人が忙しなく歩く、ありふれた都市の一幕。

 

 

「…うーん、参ったな」

 

 

両手に紙袋────途中のドーナツチェーン店で買い込んだものをぶら下げながら、クロキさんが目の前で深い溜息を溢す。言葉の節々には心配な感情が見え隠れしており、珍しく焦燥している様子だ。

 

 

「ねぇ、やっぱり2人でアリウススクワッドのみんなを探して来てくれないかな?電話も繋がらないなんて、やっぱりおかしいと思うんだ」

「これから会議なのにそんな事できる訳ないだろうが」

「そうです。無茶を言わないで下さい」

 

 

散々口にし、尚も続ける彼に苦言を呈する。

楽園第二区画の広場で軽食を売りながら情報収集をしていたアリウススクワッド、そんな彼女達の様子を見に行こうと言い出した彼に付き添っていたが、生憎そこに彼女達の姿はなかった。

それだけならただの休みだと考えることも出来たが、念のため渡しておいた楽園直轄の通信基地経由の端末にも応答がないと言うことで現在のような有様になっている。

 

 

「彼女達の腕は私も知っています、余程の事がない限り大丈夫ですよ」

「じゃあ、その余程の事が起きている可能性もあるじゃないか」

「お前な、そんな余程の事態が起きてるんだったら尚更下手に動けないだろうが。ちょっとは冷静に考えろ」

 

 

流石に弱った姿が目に余ったのか、部長からやや強い言葉がクロキさんに投げつけられる。それに対しクロキさんは「それは…そうなんだけど…」と言葉を濁すばかりだ。

 

 

「とにかく、まずは目先のことから終わらせましょう。まずは会議、それから教会、それからでも遅くはありません」

「そうだぜ。お前もどうせ仕事はできないんだ、時間はいくらでもあるだろ?」

「………まぁ、そうだね」

 

 

私達の言葉にようやく納得したのか、心なしか丸まっていた背中がピンと伸びる。

 

 

「今お前は実質ミレニアムの代表としてここにいるんだ、それを忘れるなよ」

「耳の痛い事を言ってくれるね、うん、わかってるよ。心配かけてごめん」

 

 

そう言って穏やかに笑う彼の姿に胸を撫で下ろす。いつぞやのアビドスの時みたいに飛び出されたらどうしようかと思ったが、この様子なら密かに持って来た鋼鉄ワイヤーは必要なさそうだ。

 

 

「…お、見えて来たね」

 

 

そうな安堵も束の間、彼の見つめる先に目的地が見える。

歴史を感じさせる荘厳な建物が建ち並ぶ楽園区画の中でも一等目を引く絢爛な作りの外観に思わず二度三度目瞬きし、クロキさんの袖口を引っ張る。

 

 

「クロキさん?あれが今日の会場ですか?」

「えっ、そうだけど……何か問題があった?」

「いえ、その、私達今日は正装は持って来てないんですが…。特に部長のスカジャンなんて見られたら門前払いされちゃうのではないかと」

 

 

部長の先鋭的なファッションセンスには未だ世界が追いついていない。自他共に認める瀟洒な私はともかく、部長は出入り出来ないのではないのだろうか?

 

 

「……おいクロキ、ちょっと金貸せ。そこら辺で適当な服見繕ってくるからよ」

 

 

そんな部長も私の言葉に同調し眉を下げ冷や汗を流してクロキさんにお金を無心している。しかし、そんな私達の心配にクロキさんは「?」と疑問符を浮かべるだけだ。

 

 

「何言ってるの?ほら、とにかく行くよ」

「あっ、クロキさん…⁉︎」

 

 

ずんずんとドーナツの紙袋を携えたままの彼が荘厳なホテルのエントランスに突撃する姿にあわあわとしながらも追従する。

 

 

「おい後輩、私が摘み出されたら後は頼むな」

「そんな、美甘部長…⁉︎」

「大丈夫だ、お前の腕は私も信用してる。お前なら1人でもあいつを守れるだろ」

 

 

悲壮な、けれども温かい笑みに私の胸の奥が暖かくなる錯覚を覚える。部長、私の事をそんなに買って…⁉︎

 

 

「……2人とも、何盛り上がってるんだ?」

「へっ?」

「えっ?」

 

 

感極まって部長とハグしようとした矢先、やや呆れの感情が混じったクロキさんの声で現実に引き戻される。

 

 

「だって、部長はスカジャンを着ているから出入り禁止なんじゃ…」

「スカジャンに恨みでもあるのかな…?って、そうじゃなくて、俺の護衛なんだからそんな訳ないでしょ」

「はい、鏑木様のお連れの方なのでしたらこちらとしても拒む理由はございません」

 

 

クロキさんの背後にニコニコと笑みを浮かべるホテルマンが指でOKマークを作っている。あ、意外とお茶目な方なんですね…。

 

 

「ですが、当ホテルは楽園規定に則り銃火器の持ち込みが原則禁止されております。つきましてはこのカードを首から下げておいていただければと思います」

 

 

そう言って都市整備部のマークが描かれたカードを手渡される。

 

 

「これは当ホテルにおいて銃火器の持ち込みの許可証です。これを迂闊に身体から離しますと───」

 

 

ホテルマンが視線を向けた先を見ると、そこにはミレニアムでもそうお目にかかれない重武装人型ドローンが守衛の服を着て待機している。なるほど、そういう事ですか。

 

 

「いえ、承知いたしました。お気遣いありがとうございます」

「おう、助かったわ」

「いえ。それでは控え室にご案内します。こちらです」

 

 

澱みない説明の後、先頭を歩き始めるホテルマンに追従する───その矢先に「おお!」と大きな声がエントランスに響き渡る。声の方向に視線を向けると恰幅の良い身体に仕立ての良いスーツ、腕にはキラキラと輝く腕時計をした大人がクロキさんを見ている。

 

 

「後姿を見てもしやと思いましたが、鏑木神父様でいらっしゃいますかな!」

 

 

刹那、クロキさんの纏う雰囲気が瞬時に切り替わるのを肌で感じる。

 

 

「私の事を覚えておいでですかな!路面電車敷設の際に色々とご助力させていただいた───」

「えぇ、もちろんですよ。相変わらずお元気そうで何よりです」

「いやぁ、最近はどうにも食が細りましてな。そういう鏑木様は相も変わらず────」

 

 

そんな聞きたくもない世間話を始めたあたりでクロキさんは首だけをこちらに向け「先に行ってて」と小声で伝える。するとホテルマンは静かに頷くと私達を先導し始める。

 

 

「それでは先にお二人をご案内しますので」

「おい、あいつを置いて行くなんて…」

「申し訳ありません、ホストは鏑木様ですので」

「…チッ」

 

 

ホテルマンの後を追いながら、エントランスでなおも大きな声で話す大人を後ろ目で見る。クロキさんが直接対応しなければならない人には見えないが、どう言った人なのだろうか?

 

 

「あの人は再開発反対派の急先鋒だった方です。尤も、持っていた土地を相場の倍で買い取る話になったら賛成派に鞍替えした小物ですが」

「…っ」

 

 

まるで私の心を見透かしたような口調の彼女────桐藤ナギサが微笑みを携えて目の前に現れる。相も変わらず正妻ムーブが鼻に付く。まるで自分がクロキさんを一番に支えているとでも言わんばかりで不快だ。

 

 

「これはこれは桐藤様、控え室に居られたのでは?」

「クロキさんの気配がしたのでお迎えにきたのですが…あの様子だと長引きそうですね」

 

 

残念そうに肩を竦める彼女だが、取り繕った様な声で「そうだ」と微笑むと私達2人を見る。

 

 

「ちょうどお二人とお話がしたかったんです。あのお話が長い人のお話が終わるまで、私とお茶しませんか?」

「……どうします、美甘部長」

「かまわねぇさ。お代はそっち持ちだろうな?」

「えぇ、勿論です」

 

 

彼女が了承と共に腕を向かって右側のラウンジに向ける。ホテルマンも「そういう事でしたら」と頷くと、手早くラウンジに向かい席の手配をしてくれる。

1分もしない時間のうちに戻ってくると「お待たせしました、ご案内します」と再び誘導してくれる。

 

 

「ここのホテルはティーパーティーでも良く利用しているんですよ。ケーキがとっても美味しくて」

「ほぉ、金があって羨ましい限りだな」

「まさか、ミレニアムには負けますよ。なんと言っても都市整備部があるんですから、お金に困ることなんて無いでしょう?」

 

 

手始めに繰り広げられる言葉の応酬に美甘部長の眉間に青筋が一本入るのを横目に確認し、助け舟を出すように「それで」と会話を代わる。

 

 

「どうして私たちとお話を?クロキさんは交えなくてよろしいんですか?」

「えぇ。お二人にご相談がありまして」

 

 

「ご相談」、という言葉に色々と邪推してしまう。しかし推測だけで他校のトップ相手に喧嘩腰になることも出来ず、「そうですか」と淡白に返す。

そのままラウンジの席に通されると柔らかなソファに腰を落とし、質の良い机を挟んで桐藤さんと相対する。

 

 

「私は紅茶にしますが、お二人はどうなされますか?」

「私は珈琲を。お前はどうする?」

「では、私も珈琲を」

 

 

私達の注文に音もなく近づいてきたウェイターが頷くと、静かに私たちから離れる。それを見計らってか正面の彼女が話し始める。

 

 

「…さて、ご相談というのは他でもありません。あなた方お二人は誰の味方なのでしょうか?」

「誰、というのは?」

「ミレニアムという組織か、あるいはクロキさん個人なのか。という事です」

「………怖い事を聞きますね。良いんですか?私たちがミレニアム上層部にこの事を報告したら、きっと良くないことになりますよ」

 

 

どう解釈しても一線を越えている発言を収めるように圧を掛けるが、そんな脅しなど想定内だと言わんばかりに微笑む。

 

 

「まさか、そんな事にはなりませんよ」

「どうしてそんなことが言えるんです?わからないじゃありませんか」

「いいえ、わかります。だって、ミレニアムはクロキさんがいるじゃありませんか」

 

 

まるでそれが当然だと言うふうに彼女は続ける。

 

 

「実は、トリニティとゲヘナ両校は一時戦争状態に発展する事態にまで関係が悪化したんです」

「…そんな話、聞いたこともありませんが」

 

 

キヴォトスでも有数の力を有するトリニティとゲヘナ。その両校の関係悪化など聞いたこともない。そもそもその2校が公式に接触したことなんて、楽園リニアを敷設した時しか────。

 

 

「まさか、楽園リニアを作る時に?」

「ご名答。さすがですね」

「ですがそんな話はまるで聞いていません。クロキさんの口からだって…」

「…それは、信用されていないんですね。可哀想に」

 

 

…危ない、危うく拳銃を突きつける所でした。

 

 

「楽園リニア敷設の際、私達トリニティとゲヘナ両校で権利関係を巡って激しい対立が起こりました。いよいよ交渉が決裂し、どちらが楽園リニアの権利を手にするか────そこまで行きましたが、結局戦争は起きませんでした。さて、何故でしょうか?」

「クロキが手を回したから、だろ。また要らない苦労を背負い込んだってわけだ、考えるまでもねぇ」

「その通りです。あの人は私達がヒートアップしたと見るや、トリニティとゲヘナの有力企業に手を回して兵器や傭兵を瞬く間に空にしてしまったんです」

 

 

「本当困ったお人ですよね…」とまるで困っていない口調で宣う姿に若干苛立ちながらも、あの人がそんな強行手段を取った事実に驚く。他校への内政干渉ともいうべき蛮行だが、それよりも。

 

 

「私の言いたいことがわかりましたか?つまり、今のキヴォトスでは企業はともかく、学校で「鏑木クロキ」という個人の意思を跳ね除けて戦争行為をする事は出来ないんですよ。出来て精々が嫌がらせ程度のゲリラ戦術です」

「…ほんと、我が主人ながら無茶苦茶やりますね」

 

 

クラフトチェンバー0号機という神様にも等しい力を得てやったことが楽園開発なんていう地道な行為だった理由の一つがようやくわかった気がする。つまりあの人は生徒の意思ではなく、楽園というシステムで争いを根絶しようとしていたのだ。

楽園という理想を掲げて学校から銃を奪い取るなんて悪辣という他にない。しかし、これ以上ない現実的な手段だ。

 

 

「なるほど、そうなると確かに戦争は起きないでしょう。ですが、トリニティとの断交はあり得るのでは?そうなったら困るのはそちらの方では?」

「えぇ、確かに困ります。…しかし、あなた方はそれで良いのですか?」

「良い、と言うのは?」

 

 

彼女の問いに、あえてこちらから聞き返す。

 

 

「あの人から楽園を作る自由を奪う事について、です。あなた方も、本当は納得していないのでは?」

「…納得はしています。あのグラフを見たでしょう?あの人は、本当はとっくに倒れていてもおかしくないんです」

 

 

あの人は、クロキさんはすでに限界を超えている。いつ倒れてもおかしくないほど自分を酷使しているのだ、無理矢理にでも引き留めなくてはいけないと考えたセミナーの考えはよくわかるし、私も同意見だ。

 

 

「えぇ。もちろん知っています────ですが、それはミレニアムが管理しなくても良いのではありませんか?」

「…解せないな。つまり、お前は何が言いたいんだよ」

 

 

「つまり、私達トリニティの方が、ミレニアムよりクロキさんの夢の協力者として相応しいのではないか、そう申し上げているのです」

 

 

────これは不味い。どう受け取っても謀反を促す言葉だ。

現に横にいる美甘部長も驚きのあまり顔が固まっている。その驚愕は尤もだが、今はうまく言葉を返さないといけない。しかし、私達の驚愕を前に彼女は言葉を紡ぎ続ける。

 

 

「そもそも、今回の発表はいささか急すぎます。クロキさんの体調を慮る事だけが理由ならもっとキリの良いタイミングがあった筈────あぁ、そういえば、つい最近ゲヘナからふざけた公式発表がありましたよね?」

「…さて、なんのことやら」

 

 

確かめるようにこちらに問いかける彼女だが、こちらははぐらかす事しかできない。クロキさんを丸め込むための方便だが事実である事には変わりないのだから

 

 

「ミレニアムは風説すらまともに処理できない無能の集まりなのですか?そんな彼らに、クロキさんと言う稀有な才能を預かる資格があるのでしょうか?」

「…それ以上の発言はミレニアムへの侮辱ととらえますよ」

 

 

ミレニアムの対応が完璧だったとは思えない。だが、あの時の限られた情報の中では最善の選択を取ったと信じている────?

 

 

(…あれ?そう言えばどうしてミレニアムはまだ都市整備部解体を正式に発表していないのでしょうか?)

 

 

冷や水を浴びせられたかのような感覚に思考が一瞬固まる。

今回の都市整備部の解体の一件は、元を辿ればゲヘナによる恒例のクロキさんの移転の噂の流布だ。今回は彼が連邦生徒会の招集と運悪く重なった結果ミレニアム内で不安が高まり、その対策として彼を正式にセミナーの一員とする。これがカバーストーリーだ。

 

本来の目的は彼の過剰な労働を抑制する事だったからそれは良い。だが、だからと言って今もなお公式発表をしていない理由はなんだろうか?

 

(────発表するタイミングを考えている…?でも、こんなに大事な事はすぐに発表するべきだし、迅速に行動した方が…)

 

 

「私たちは違います。クロキさんの夢を実現するため、総力を上げてサポートするつもりです。ですから、是非貴女達にも助力を─────」

「────悪巧みのご相談ですか?それなら、是非私も混ぜて下さいな」

 

 

鈴の音のように透き通る流麗な声とふわりと長い黒髪がたなびく姿に一瞬目を奪われる。音も、気配もなく現れた彼女は席に座る私達を見下ろすように、息を飲む美貌をこちらに向ける。

 

 

「……ごめんなさい、今は内密なお話中なんです。今は席を外してくれませんか?」

「そんな、寂しいですわ。是非私もご一緒したいです」

「そうは言っても…あの、あなた方のお知り合いでしょうか?」

 

 

桐藤さんの困った声にこちらも記憶を掘り起こす。しかしこんな綺麗な、それこそ作られた人形のように可憐な人なんて一度見たら忘れる訳が─────。

 

 

『───お父様は、心の底からこの世界を、キヴォトスを愛していました。これだけは、誰に何を言われても否定はさせません』

 

 

「……領域支配機」

 

 

ぽつりと独り言のように横で部長が呟く────その刹那、後方で眩い閃光と同時にけたたましい轟音が響く。咄嗟に正面にいた桐藤さんを庇うように頭を身体で覆い机の下に隠れる。

 

 

「な、なんですかいきなり⁉︎」

「動かないで!」

 

 

ガラス片や高価な調度品が吹き飛ぶ姿を視界の端に捉える。そんな爆発の暴風雨の只中にも関わらず、件の黒髪の少女はこちらに恭しくお辞儀をすると改めてこちらに向き直る。

 

 

「初めまして、私は領域支配機2号機『Balthasar』、誠に勝手ながらお父様の身柄を預かりに参りました」

 

 

慈母神のように柔らかな微笑みに映る鮮血かと見間違うほどに紅い瞳。忘れるはずもない、領域支配機の戦闘形態を表す記号。

 

 

「───あぁ?そりゃ確かに勝手な話だなぁおい。誰の許可を取ってクロキを誘拐するとか宣っているんだ?」

 

 

そんな挨拶知った事かと言うように、怒りが銃声として一瞬にして廃墟同然の荒れようとなったホテルに響き渡る。自らを領域支配機と名乗った少女は手に持っていた傘を開いて正面に向け、易々と鉛の雨を防ぐ。

 

 

「まぁ、そんなに怖い顔をしないでくださいな。そんなに怒ってばかりでは、お父様に怖がられてしまいますよ?」

「────テメェ」

「それに、あなた方は守りたい存在がどこにいるのかご存知なのですか?先程から目が泳いでいますが」

 

 

爆発の中心…それは、つい先ほどまでクロキさんが大人と立ち話をしていた所だ。爆炎が漂ってクロキさんの姿を視認できない事を知っていて、目の前の領域支配機は嗤う。

 

 

「世界を書き換える奇跡がお父様に残されていればこうも容易く攫うことなどできなかったでしょう。お父様から奇跡を奪った貴女方には怒りしかありませんが、こうして簡単に攫えたのは僥倖────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────偽りの預言者の到来を告げる。『彼は王国を守りし古代の守護者であり、異端を排斥せし煉獄の汽笛』、『彼は慈悲深き苦痛を以て断罪する裁定者であり、楽園を蓋する静謐の貝』」

『第2擬似神聖十文字、第4擬似神聖十文字コード承認。【F:コクマー】【F:ケセド】起動します』

 

 

凛とした声が響いた刹那、領域支配機が声の方へ向くと同時に轟音と共に地面が揺れる。それから遅れて汽車の汽笛のような重低音が響くと、爆炎の向こうに黄色く光る瞳が映る。

 

 

「クロコ達の忠告から使者が来るのは知っていたけど、まさか領域支配機が来るなんて誤算だったよ」

「ク、クロキさん……?」

 

 

間違いない彼の声にまずは安堵の息が漏れるが、同時に声の雰囲気がまるで違う事に気づく。

 

 

「使者と言っても、せいぜい、そこら辺のドローンをハッキングしたりするのが関の山だと思っていたんだ。だって、生徒を利用するなんてそんな悍ましい事を考えつく筈がないんだから」

 

 

尚も爆炎の中から話す彼の姿を見ることはできない。けれど、その声の端々からどうしようもないほど怒っていることは窺えた。

 

 

「でも違った。お前は、俺を殺す道具として生徒を、領域支配機を選んだ。おかげで確信したよ────お前は、もう壊れているんだな」

『熱源を感知、スプリンクラー作動します』

 

 

エントランスに降り注ぐ水が爆炎を鎮めていく。降り注ぐ水とけたたましい警報音の中ようやく彼の姿が視界に映り、そしてその変わりように目を見開く。

 

 

装甲の基本色は黒のままだが、関節などの本来露出していた部位に追加装甲が取り付けられ所々部位が先鋭化したフォルム。男性ではあるがスリムだった身体は一回り大きくなり、瞳があった部位にはバイザーと思しき部品が増加されている。特筆すべきは彼の携帯する緑色に発光するライフルとおぼしい武装で、あんな兵器を持ち出すところなんて見たことがない。

 

 

【『楽園防衛機構』作動。戦闘エリア策定完了。楽園リニア全線運行停止、都市運営システムの運用率50%カット。対ヒエロニムス戦闘用ドローン『数学者たち』展開】

 

 

ついには爆炎が完全に晴れ、クロキさん達の背後に控えていた怪物達の姿が明らかになる。

 

龍に変化した領域支配機に勝るとも劣らない巨体に竜の顎門を備えた龍、不気味な黄色の瞳がこちらを覗き込む目玉のお化けとも言うべき異形、そしてその前面に展開されたミレニアムでも見たことのない一つ目の人型ドローンの集団。

 

尋常でない機械の兵団を見て、一つの疑念が浮かぶ────もしかして、砂漠のクロキさんはまるで本気じゃなかったのでは?

 

 

「どこかで聞いてるんだろ、壊れた十字架。俺は、お前のことを許すつもりはない。必ずこの蛮行の責任を取らせてやる」

 

 

そう宣った直後、ライフルを目の前の領域支配機へと向ける。

 

 

「…そういう訳だ。悪いけど、君の誘いには乗れないよBalthasar」

「───成程。そう簡単にはいきませんか、ですが良いでしょう」

 

 

手に持っていた傘が一瞬にして消えると、代わりに身長より大きい対物ライフルが現れる。

 

 

「そんな木偶の坊を揃えたところで、私達領域支配機を阻むことはできない事を教えてあげましょう」

「……まずはその物騒な言葉遣いを直すところからかな。これは手がかかりそうだ、Melchiorのように聞き分けが良いといいんだけど」

 

 

彼特有な気の抜けた言葉と共に領域支配機が駆け出す────それが、開戦の合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





鏑木クロキ(STRIKER)

所属:ミレニアムサイエンススクール 
学年:2年生
部活動:都市整備部/セミナー

弱体化(したとは言ってない)系ラスボス。『楽園』、もしくは『失敗作』の称号を冠する神聖十文字の模造品を使役する。戦闘する地域によって使役する個体は異なるが、原作に登場した神聖十文字の殆どの模倣に成功している。怪獣を使って街を壊すのはシムシティの醍醐味でもあるのでやむを得ない。振動タイプで広範囲EXスキルを持っている。


擬似神聖十文字
神聖十文字の戦力評価の為に作成した鏑木クロキのびっくりどっきりメカその2。廃棄区画に蔓延る暴走ドローンを殲滅し、天童アリス捜索に用いられた。この存在を知っているのはミレニアムのごく限られた生徒だけであり、連邦生徒会すら存在を認知していなかった。『盛大な自殺劇』の際にその存在が明るみになったが、まさか【F:ビナー】と同等以上の兵器がキヴォトス中に隠されていることなど想定していなかったので現在も捜索は行われていない。クロキのお気に入りは【F:ゲブラ】。


数学者たち
『神秘とは何か?』を鏑木クロキが個人的に解釈した5体の試作ドローン。エデン条約に登場する『ユスティナ信徒』をモチーフに作成し、アリウス分校と交流を進める最中遺跡の調査を進めた結果の産物とも言える。ユスティナ信徒のようにヘイローを授けるには至らず、楽園構想に注力した結果放棄された試作機。鏑木クロキ本人も自覚していないが、彼自身から滲み出る神秘により感化を受けてカタログスペック以上の性能を発揮している。マエストロに渡したら泣いて喜ぶ。

鏑木クロキ地域別戦闘力

ミレニアム>>>【名もなき王女の壁】>>>トリニティ≧シラトリ地区>>>【色彩・ヒエロニムスの壁】>>>ゲヘナ≧アビドス


Q.楽園防衛機構って結局なんなの?

A.要塞都市エリドゥが裸足で逃げ出すほどの演算能力を全て戦闘ドローンにぶち込み、簡易的な未来予知ができるようになったドローン軍団を敵対勢力に無尽蔵に叩きつけるシステム。クラフトチェンバー亡き現在はドローンの数が有限な上、名もなき王女には逆立ちしても勝てない欠陥機構。


Q.領域支配機を備えた完全武装した鏑木クロキを倒せる存在はなんでしょうか?

A.名もなき王女。


マエストロ
ポップコーン片手に鏑木クロキの戦闘を観戦中。【数学者たち】の登場の際には身を乗り上げて雄叫びをあげた。



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