ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
閲覧、感想、評価、誤字脱字報告の全てに感謝を。
今話はクロキ君の挑戦のお話です。
※ 4/23 加筆修正済み
※4/28 サブタイトル変更
『───────クロキはさ、どうしてアビドスに来てくれないの?』
ぼんやりと教室の外から分厚い雲が覗く窓を見て、ふと呟く。
『……それ、今答えなきゃ駄目か?』
言葉の相手─────ロボットスーツを身に付けた彼は机に向かって何か作業しているが、私の言葉に顔を上げる。表情に乏しい機械の顔には怪訝そうに『なんで?』と浮かんでいるが、私は構わず続ける。
『だって、もうクロキはミレニアムの技術力に頼らなくともこのキヴォトスに楽園を作れるだけの人脈も資金も設備もあるじゃん。そろそろおじさんも寂しいな〜って』
『そんな不義理な事できるわけないでしょ…。それに、今なら十六夜さんや砂狼さん、奥空さんや黒見さんがいるんだから寂しいわけないだろ?』
『いんや〜、そう言う事じゃないんだけどね〜』
『……?』
このロボット───いや、女誑しからふいっと視線を逸らす。確かに、ユメ先輩がいなくなって2人きりだった砂まみれのアビドスの教室と比べれば今は随分と賑やかにはなった。………でも、そこに大切な友人がいないんだから、寂しいといえば寂しいのだ。
『…それより、小鳥遊対策委員長こそこんな所でサボってていいのか?黒見会計担当から今月の領収書の提出、せっつかれてるんだろ?』
『うへ〜。それは言わないでよ…』
『いま……というより、ここは昔から真っ赤な赤字なんだから会計処理はちゃんとした方が良いぞ』
『ん〜。まとめるのが面倒くさいなぁ。誰か頼れる友人が代わりにやってくれないかなぁ〜?』
そういってから逸らしていた視線を少しだけクロキに向ける────いわゆる、期待の視線を。
『しょうがない、この後お前の家に寄って領収書集めに行ってやるよ』
『えぇ?良いの?』
『断られるなんてかけらも思ってない口でよく言うよ…』
『…まぁ、素直に人に頼れる様になったのは良いところか』としょうがなさそうに頭を掻く彼に心の中で笑う。素直に頼るのは君だけだよ、なんて。
これを言ったらクロキは困るんだろうか、それとも喜ぶんだろうか?…どうだろう、なにか決定的なものが変化しそうで怖い。
『それより小鳥遊対策委員長。今度の仕事なんだが───』
『……ねぇ。今は他の人は誰もいないよ?』
『…それが?』
惚けたような声の彼に少し頬を膨らませ、抗議の目線を向ける。
『呼び方、この前お願いしたのとなんか違うな〜って』
『……誰かが聞いてるかも知れないだろ』
『今日は誰も校舎にはいないよ?そんなの、クロキだって知ってるでしょ』
小鳥遊対策委員長、なんて堅苦しい呼び方を始めたのはノノミちゃんやシロコちゃんが来てからだ。公共の場での呼び方は大切と言うのでこの呼び方に甘んじているが、当然ながら不本意極まりない。
『…ホシノ。これで満足か?』
『普段から徹底してね〜。じゃないとおじさん寂しくなっちゃうからさ』
『はいはい…』
その曖昧な相槌を最後に、再び静寂が訪れる─けど、私はこの静かな空間が嫌いじゃない。なんというか、雰囲気が優しくて安心するのだ。
『…それで、クロキはいつ頃楽園を作り終わるの?』
『随分軽く言ってくれるなぁ……一応俺の夢なんだけど』
『だって、もう結構終わってるでしょ?一緒に現場に行ってるから隠したって無駄だよ』
『────キヴォトス全体の3割を超えた程度だ。まだまだ先だよ』
『うへ〜、もう3割なんだ。最初は中々進んでない様に見えたけど、最近はどんどん進んでるんだね』
彼の夢───正確に言えば、今の彼の夢。このアビドスを、キヴォトスを皆が安心して過ごせる楽園へと変えること。
彼が今の【彼】になってから持ち始めた、子供の様な壮大な夢だけど……そんな壮大な夢の内、もう3割が終わったと彼は言っているのだ。ずっと側で見てきた私からしても、その速度はとんでもないと言わざるを得ない。
『まだ3割の間違いだ。時間がない、もっと速度を上げていかないと………』
しかし、そんな偉業を成し遂げ続けている彼の表情は明るくない…むしろ焦っている様だ。
『そんなに焦らなくても別にキヴォトスは逃げないよ?』
『……まぁ、保険の様なものだよ。普段はなくとも困らないけど、有事の際には必要なものさ』
『……?』
どこか寂しそうに笑うと、再び机に向き直る。まただ、こう言う時の彼は笑うだけで決して核心を話そうとはしない。
話して欲しい、相談して欲しい、一緒に夢を追いたい──────なんて、言うことができたら今頃クロキはアビドスにいたかも知れないのに。
『なぁホシノ。例えばの話なんだけどさ』
『ん?な〜に?』
普段は例え話をしない彼が珍しく、たらればの話をする。
『俺以外にこのキヴォトスを楽園にしようとする優しい人がいるとしてさ。その人に俺の夢を託したら、ホシノはその人と協力してくれるよな?』
瞬間、彼が何を言ったのか頭で理解できなかった。……けれど。
『───────なにそれ』
本能から、普段は絶対に出さないだろう冷たい声が声帯から吐き出される。
『いや、そんな怖い声を出すなよ。一体どうしたんだよ急に』
『クロキこそらしくないよ。なにそれ、クロキの他にこのキヴォトスを楽園にしたい人?そんな人いるわけないじゃん』
『そんなことないさ。例えば、そうだな……ちゃんと責任を持ってくれる大人とかさ』
『いないよ、そんな人』
『と、取りつく島もない………』
がっくりと項垂れている彼に鋭い視線を向ける─────例え話にしても、あまりに不愉快すぎる。そんな未来、考えるだけで吐き気がする。
『だいたい、私がそんなどこの馬の骨とも知らない奴の事簡単に信用するわけないじゃん。ましてや、私たちのことを食い物にすることしか考えてない大人が……』
『大人はそんな人ばかりじゃないよ────まぁ、このキヴォトスだとそう言う大人が多いのも事実だけどさ』
『そもそも仮に、本当に不愉快だけど、クロキと同じ夢を持っている大人がいたとして、それでなんでクロキが夢をその人に託す必要があるの?同じ夢なら、私はクロキの事を応援するけど』
『……それは言われちゃうと弱いなぁ』
困った様に頬を掻くと、手に持っていたペンを置いて天井へ視線を移す。なんだろう、普段のクロキとちょっと雰囲気が違う。
『でもさ、俺としてはホシノには俺とは違う夢を応援して欲しいんだ』
『……………なんで?』
『まず間違いなく、その人の夢の方が皆を幸せにできるからさ。これは予測じゃなくて、確信なんだ』
自信満々に語るその口が、今日だけは凄く怖く感じる。なんで?なんでそんな事を言うの?
『……いやだよ。私は、それでもクロキの夢を応援したいよ』
『ホシノ』
『ッ』
座っていた机から立ち上がり、クロキの前に立つ。変な事を口走るその口を止めたくて彼と向き合うけど───────あまりに優しいその笑みに、何も言えなくなってしまった。
『─────わかったよ。もし、クロキの言うような空想上の大人が現れたら、私はその人を応援するよ』
『うん、ありがとう。頼りにしてるよ、ホシノ』
『…まだお礼を言われるには早いよ』
嬉しそうにお礼を言う彼の言葉を背に教室から外へ出るために足を扉へと向ける。
『ちょっとシロコちゃん達と話すことがあったのを思い出したから、少し席を外すね。クロキも、あんまり根は詰めないようにね』
『おう。じゃあ後で対策室でな』
『うん、それじゃあね〜』
その言葉を最後に戸を締め、大きく息を吐く────わかってる。私はクロキの味方だから、彼の言う通りにしよう。もし本当にクロキの言う様な人が来たのなら、その人に協力しよう。けど、もしその大人が夢を騙り、クロキから夢を奪う様であれば─────。
『私が、なんとかしなくちゃ…』
どうかクロキの言うような大人が現れない事を祈って、痛む胸を抑えてその場を後にした──────。
──────────────────────
「───さて、それでは具体的な引継ぎの順番を決めていきましょうか」
「…まぁ、そう言う話になるよね、うん」
生身の肉体から再び機械の身体に戻り、正面に先生を見据える。先生は少し不満そうだが、生憎引継ぎ自体を諦めた訳じゃない。完全な引退はできないかもしれないが、表舞台からはきっちり姿を消すつもりだ。
「最終的には先生に全ての権限をお任せすることになるかと思いますが…いきなり全てを任せるのは流石に酷だと思いますので、順番にやっていきましょう」
「引継ぎって言うけど…、具体的には何をすればいいの?私建築なんてできないよ?」
「そこは大丈夫です。要は、先生には表舞台に立って欲しいだけなんですから」
「…表舞台?」
「はい、簡単に説明しますね」
机から適当な紙を引っ張り出して、そこに図を書いていく。
「まず、今の自分こと『鏑木クロキ』から先生へと各種権限を移します。セミナーの外部顧問や楽園造園室の代表権とか、そういった表向きの所です」
「そのあとは?」
「ほとんど権限が消えた段階で、私は『鏑木クロキ』という名前と共に今のスーツを消します。まぁ学生証もあるので完全に消えることはできませんが、限りなく存在を薄くします」
鏑木クロキという名前にバッテンをつけ、その横に新しく名前を書き入れる。
「その後は誰にも足が付かないスーツを着て、全くの別人格として先生の下に付きます。その時にシャーレ所属となって先生を補助し、先生宛に来る再開発業務を全て私が引き受ける、と言うことです。つまるところ、先生は表向きの業務をしてくだされば大丈夫です」
「どうです?完璧な作戦でしょう?」と自信満々に話す。予め考えていた作戦だが、今こうして考えても隙がなさ過ぎる。完璧と言って良いだろう。
「……上手くいくと良いね?」
「えぇ、全くです。この完璧な未来予想図を叶えるためにも、生徒達との渡りをつける順番を決めないといけません」
「その前に、一つ質問良いかな?」
生徒の様に手を上げる先生に苦笑しつつ「どうぞ、先生」と続ける。
「君が言っていた未来で起こる出来事…それは私に教えてくれないの?」
「…そうですね。教えるつもりはありません」
「それは、やっぱりバタフライエフェクトを警戒して?」
「その側面もありますが……一番の理由は、先生にはちゃんと生徒達と絆を紡いで欲しいから、と言うのがあります」
ブルーアーカイブの物語の終着にして始まり──────『
「そっかぁ……。うん、そうだよね。実際私でも君だったら教えないと思うし」
「力になれず申し訳ないです。その代わりと言ってはなんですが、それ以外の事でしたら出来うる限り協力は惜しみませんので」
「うん。頼りにしてるね」
先生の笑みに頷く─────と言っても、この先生ならば自力で最良の結末まで辿り着ける筈だ。俺は生徒たちとの関係をきちんと清算するだけで問題はないだろう。
「それで、まずはどこの生徒達に会いに行くの?」
「そうですね、色々と候補はあるのですが………」
ミレニアムとトリニティは今すぐ引継ぎと言うわけには行かないだろう。まだやり残した事業もあるし、ミレニアムについては顧問としての仕事もある。トリニティにはまだ仕込みが終わっていないし……となると選択肢はゲヘナとアビドスになるのだが……それならいっそ原作通りに行くべきか。
「…そうですね、まずはアビドスにしようと思います」
「アビドスって…さっき話した写真の?」
「はい、砂嵐に襲われた街ですね」
「…いきなり大丈夫なの?かなり付き合いが長いんじゃ?」
「そうでもないんです。個人個人とはそれなりに付き合いはありましたが…彼女らの所属している『アビドス廃校対策委員会』との正式な付き合いはまだ一年足らずなんですよ」
「そうなの?てっきりすぐに手を出しているものとばかり…」
先生の言うことは尤もだ。事実、俺も状況が許すのであればすぐにでもアビドスに介入していただろう────もっとも、それを許さない状況があるのだが。
「今現在のアビドスは極めて複雑な環境の上に成り立っているんです。極めて端的に申し上げるのであれば、借金などの問題が」
「……借金?」
「そうです。目下アビドス廃校対策委員会を悩ませているのはこの借金と言えるでしょう」
「具体的に言うと、どれくらいの借金?」
「ざっと9億円ですね」
「9ッ…⁉︎」
その金額の大きさに先生が目を丸くする──────しかし実際のところ、大きな問題なのはこの借金ではないのだが。
「ですが正直な話、借金の方はいかようにもできます。それこそ、今ここで一括で支払うこともできます」
「できるの⁉︎そんな大金を⁉︎」
「勿論です。…というより、先程見せたクラフトチェンバー0号機ですが、あれの月の運用費がおいくらか知っていますか?」
「……月に100万円とか?」
先生の言葉に首を振る。
「残念ながら、それの100倍かかります。中継機の維持点検費用に基礎電力使用料、あとは原材料費で─────まさに金食い虫なんですよ、あれ」
「────ひぇぇ」
あまりの金額に顔を青くしている先生に苦笑する。今俺が着ているロボットスーツが月々の点検や消耗品交換だけで100万位飛んでいると聞いたら目ん玉飛び出るんじゃないんだろうか…?
「というわけでして、お金の方は全く問題じゃないんです…まぁ、彼女たちは絶対にお金を受け取ってくれないのでそこは関係ありませんが」
「それじゃあ他の問題っていうのは…?」
「それは話せません。…まぁ、都市整備部としての【私】ではあまり触れられない話題とでも思ってください」
「…?」
そう、都市整備部としての自分では触れられないのだが…これ以上話すと勘付かれそうなので口を閉じることにする。
「実はちょうど今週の木曜日にアビドス対策委員会の方に用事があるんです。良い機会なので、その時に先生のことを後任として紹介しようと思うんですが…いかがです?」
「私としてはそれでも大丈夫だけど……その、対策委員会の子達が納得するかな?」
「そこは先生の腕の見せ所ですね。期待してますよ?」
「えぇ…」
なんて軽口を叩いているが、実際のところ全く心配などしていない。こうして話しているだけでもわかる、彼女は何があっても生徒に寄り添ってくれる素晴らしい大人だ。きっとアビドス対策委員会も原作同様ハッピーエンドに導いてくれるに違いない。
「ところで参考までに聞いておきたいんだけど……さっき写ってた片割れの写真の子。彼女はまだ生きているの?」
「…小鳥遊ホシノ対策委員長ですね。それがなにか関係あるんですか?」
「うん。結構─────いや、かなり重要な要素だと思うから」
真剣味を帯びた声に、たまらず息を吐いて答える。
「…えぇ、生きてます。なんなら、今でも交友関係は続いていますよ。尤も、最近はたまにモモトークをするくらいですが」
「…最近は?昔はどうしてたの?」
なんだか随分と突っ込んでくるな…まぁ別に隠すことでもないから良いんだけれども。
「昔はそれこそ、一緒に現場で働いていましたよ。まだ都市整備部として知名度がない頃は建築中によくチンピラに絡まれてたので、その対処をお願いしてました」
「────その期間は?」
「期間ですか…。そうですね、ゲヘナに会社を作る辺りまでは結構一緒にいたから────」
そうなると……。
「そうですね、ざっと2年位ですね」
瞬間、先生が天を仰ぐ。
「……えぇと、つまり彼女────小鳥遊さんは二年近くの間、ずっとクロキ君が夢を追っている姿を間近で見てきたという認識でいい?」
「そんな大袈裟な。言ったでしょう?アビドスには借金があるって。その返済のために私のところに働きに来てただけですよ」
「借金を返すためだけに働くのに、亡くした人を思い出す知人の所に働きに行くわけないよ…」
「これは…もしかして結構まずいんじゃ…」と考え込む先生。…うーむ、そんなにまずいとは思えないんだけどなぁ。
「────よし、決めた。私今からアビドスに行ってくるよ」
「えっ⁉︎今からですか⁉︎」
一瞬の思考の後、椅子から立ち上がって宣言する。すでに身支度を初めていることからその本気度が窺えるのだが…。
「あの、それなら今度一緒に行った方が良いんじゃ…」
「ううん、多分それは
「不正解って……」
なにやら確信めいた口調だが……まぁ、先生が言うならそうなんだろう。うん、わからんが。
「ごめん。近くの公共機関まで送ってくれない?なるべく急ぎで」
「…それだったらヘリをチャーターした方が早いと思います。少し待ってください、いま呼び出しますので」
腕にあるコンソールから情報を呼び出し、ものの30秒程度で呼び出しを完結する。
「呼び出しました、あと3分もすれば外にヘリが到着します」
「ありがとう。あと、もう一つお願いしても良い?」
「良いですよ、なんでも言ってください」
「それじゃあ…私がアビドスに向かうことは対策委員会の皆には言わないで欲しいんだ」
先生のその言葉に思わず首を捻る。どう言うことだ?先程の話だと後任として先生を紹介する筈が……。
「……何故です?先程の話だったら、私の後任として先生を紹介する手筈では」
「勿論、その話は忘れてないよ。…ただ、その話をする前に、等身大の私を知ってもらわなきゃいけないと思って」
「等身大の、先生?」
「そう─────多分だけど、いきなりクロキ君から後任として紹介されても、殆どの生徒は納得なんてしないと思うからさ」
そう言って寂しそうに笑う先生に強く首を横に振るう。
「そんなことはありません。だって先生は、サンクトゥムタワーを復旧した時の人なんですよ?混乱に陥ったキヴォトスを救った、まさに英雄のような人なんです。そんな人を認めないなんてことある訳が─────」
「────先輩」
「ッ」
辞めてほしいと言った呼び方を敢えて使い、嗜めるような優しい声で彼女は自分の両頬に掌を寄せる。
「なんでそこまで自己評価が低いのか、その理由は私にはわかりません。…でもきっと、先輩はこれからの清算の旅路で自分の打ち立てて来た実績の重さと直面することになります。人は過去から逃れられない様に、積み上げてきた信頼からも逃れられないんです」
「………」
「私からのお願いは一つだけです─────どうか逃げずに、生徒たちとちゃんと向き合ってください。それはきっと、先輩にとっても良いことだと思いますから」
名残惜しそうに掌を頬から離し、「それじゃあ先輩。また木曜日、アビドス高等学校でお会いしましょう」とだけ言い残して部屋から立ち去る先生を呆然と見送る────なにも、言い返すことができなかった。
「積み上げてきた実績と信頼、かぁ…」
先生の言う、紙とインクに塗れた夢の結晶の中で1人呟く。ここは夢の結晶ではなく、夢の墓場なのだと納得しながら───────。
─────────────────────
【────先生、少しお話しませんか?】
ミレニアム倉庫街からヘリコプターで移動する最中、ふとアロナの声によって意識が彼女の空間へ誘われる。窓から一面広がる倉庫の街並みから一転、崩壊して青空を望む教室へと切替り、そこで心配そうにこちらを見上げる彼女へと視線を向ける。
「珍しいね、アロナから私のことを呼ぶなんて」
「私は高性能AIですから、普段はこんなことはしません。ですが、先程の鏑木さんのお話がすこし気になって…」
「お話っていうと…?」
「はい。彼が未来を知っている、ということです」
「…うん、アロナはどう思うの?」
「正直にお話しするのであれば、荒唐無稽なお話だと思いました。仮に未来を知っていたとしても、それがなぜ今の地位を手放すことに繋がるのかわからなくて…」
「───そうなんだよねぇ。私も、そこは引っかかってるんだ」
アロナの指摘に私も頷く。
「彼のお話を聞いていて、悪い人じゃないことは間違いありません。なんなら、このキヴォトスでも稀有な人格者だと思います───けど、だからこそ引っかかるんです。彼はどこか、先生の事を神聖視している様な気がして……」
「………」
彼が私に向けている絶対の信頼─────それは、確かにある種の信仰を持っている様にすら感じた。まだ会って3時間も経っていない赤の他人を、である。
「確かに、あの感情はちょっと重いよね…」
「そうですよ!それに、キヴォトスをあそこまで変えたなら、最後までやり遂げるのが筋というものです!それを先生に丸投げするなんて許せません‼︎」
ぷんすかと頬を膨らませるアロナの頭を撫でる────全く、そこは本当に同感だ。
「それで、先生は本当に彼─────鏑木クロキさんの【夢】を引き継ぐんですか?」
「……どうだろう。例えば彼が何かの事情で動けなくなってしまって、もう夢を叶えることができないってなったら、引き継ぐかもね」
「それって…」
アロナの言葉に頷く。
「うん。今のところ、私にその気はないよ─────そもそも、例えその気があっても私にはできないと思うし」
実のところ、彼の仕事を私が引き継ぐとして、それをやり遂げられる自信など全くない。皆無とすら言って良い。一体どこにこの広大なキヴォトスを2年程度で半分作り替えられる超人の代わりがいると言うのか。
私はただの大人で、責任を持つべき存在であるにすぎない。そんな人がいきなり「じゃあこれからキヴォトスを作り替えてみんなが幸せになれる世界を作ろう」と言われてできるのか、できるわけがないのだ。
「じゃあ、さっき言った清算の旅路って言うのは……」
「清算の旅路だよ。もっとも、それはクロキ君にとって関係を清算して私に引き継ぐ旅路じゃないけど」
─────出会って数時間の、大人の私がこうなのだ。きっと彼の事を間近で見続けた生徒達はそれはもう大いに情緒を狂わされたに違いない。彼はその清算をしないといけないのだ、今まで目を逸らし続けてきた彼女達の気持ちを。
「……ねぇアロナ。肉体年齢は年下だけど、精神年齢が年上の人は果たして生徒だと思う?」
「えっ?ど、どうでしょう…?難しい定義ですね…。先生はどう思ってるんですか?」
「私?私としては………」
アロナからの質問に、悪戯っ子の様に微笑む。
「うん、やっぱり生徒としては見れないかな」
─────────瞬間、意識が青空の教室からヘリコプターの中に引き戻される。窓から見える景色はミレニアムの整然とした街並みから砂に塗れた廃墟然とした街並みへと切り替わっていることから、どうやら目的地へと着いたらしい。
「お客さん!どこに降りますか⁉︎」
「駅から少し離れた場所にお願いします!少し街並みを見て回りたいので‼︎」
「ここら辺をですか⁉︎砂しかないと思いますけど⁉︎」
「その砂の街を見て回りたいんです‼︎」
ヘリコプターの騒音に負けないよう大きな声でお願いすると「わかりました!」と、徐々に高度を落としていく。視界が地面に近づくに連れて、街並みがより鮮明に見ることができる。
「…ここが、クロキ君が目覚めた砂の街────『アビドス』」
ほとんど誰も使わない様な砂だらけのアスファルトに着陸すると、ヘリの扉が開かれる。今思うと、私今日はヘリコプターで移動してばかりだ。
「それじゃあお客さんお気をつけて!ここら辺はほんと何もないから、遭難しない様にね‼︎」
「はい!ありがとうございました‼︎」
ヘリから降りてパイロットにお礼を伝えると、再度高度をあげていくヘリコプターを見送る…………さて、と。
「それにしても、遭難ねぇ…」
まさか現代の街並みが残るこのキヴォトスでそんな単語を聞くとは思わなかったけど…。
「確かに、これなら遭難してもおかしくないかも」
見渡す限りの砂に覆われた街並み。…正直、クロキ君がある程度再開発を進めていると思っていたのだが、この様子を見る限りはそんな事もなさそうだ。
「…ちょっと歩くかな」
アロナ─────と言うより、シッテムの箱を携えて砂の街を歩く。ジリジリと肌を焼く太陽に足元から登ってくる熱気、そして否応なく奪われていく水分…これ、もしかしてやばいんじゃ……。
「あ、アロナ。近くに飲食店とか自販機の反応ってある?」
「…すみません先生。少なくとも今から2時間以内の行動範囲でそれらしき物の反応はありません」
「そっかぁ……」
彼女達────「アビドス廃校対策委員会」のみんなと会う前に、少しでもこの街の事を知っておきたいと始めたことだったけど、もしかしたら選択を間違えたのかもしれない。
「アビドス高等学校まであとどのくらい…?」
「徒歩ですと大体半日くらいかかる計算です。ですが、その前に先生が倒れてしまう確率がおよそ80%程なので…」
「───今からクロキ君に迎えを頼もうかなぁ…」
彼なら来てくれるだろうか……うん、絶対来てくれるだろうな。なんなら何を差しおいても駆けつけてきそうだ。
「…私は先生だもんね。こんなことでへこたれていられない」
暑さで茹っていた頭を振り、再度目的地を目指して歩みを進める─────すると、静かだった空の下に異音が聞こえる。何かが走っている音だ、けど駆動音は聞こえないからおそらく人力で動く乗り物で─────。
「…うわっ⁉︎」
なんて考えていると、凄まじいスピードで私の横を一台の自転車が通り過ぎていく。多少の砂を巻き上げながら進むそれはドンドンと背中を小さくしていき、ほんの30秒もすれば砂の地平線から完全に消え去ってしまった。
「さっきの子凄かったな…。やっぱりキヴォトスの生徒は体力も違うんだ」
私の住む世界にいたらまず間違いなく競輪で世界記録を狙えたであろう健脚に思わず唸る。…ただ一つ、気になる点を上げるなら。
「なんでこんなに暑いのに、彼女はマフラーをしてたんだろう─────あれ?」
先程通り過ぎていった自転車が再び視界に戻ってくる。何か忘れ物をしたのだろうか……というより、あの顔は確か報告書で見た───────って⁉︎
「くんくん、ふんふん……」
「なななな、なにしてるの貴女⁉︎」
凄まじい勢いで突如私の前に自転車を止める彼女──────銀色の綺麗な髪が太陽に反射して煌めき、天色のマフラーを首に巻いている凛々しい顔立ちの少女が、私の首元に顔を近づけて匂いを嗅ぎ始める。
「い、いきなり何⁉︎わたし今汗臭いよ!そもそもこんな外で─────!」
「………匂いがする」
短い発声─────その直後、襟を掴まれてハイライトの消えた瞳が私の眼前に突き出される。
「ん、クロキの匂いがする。貴女、どこの誰でクロキの何?」
……………助けて!クロキ君!!!!
─────────────────────
「───先生、遭難していないと良いなぁ」
アビドスへの訪問を明日に控えた水曜、モップでゴシゴシとトイレの床を磨きながら先日アビドスへと旅立った先生のことを思う。せめて物資を詰め込んだリュックサックの一つくらい持たせるべきだったかなぁ…。いや、でも遭難しないと物語は始まらないわけで…?
「…まぁ、とりあえずはここの掃除を終わらせないとな」
─────さて、なぜ今こうしてトイレの床を清掃しているのか。
理由は単純明快、自分が部室の備品である監査カメラを破壊し、あまつさえ駆動機禁止の校庭から颯爽とバイクで走り去ったからである───こうして並べてみると、別にキヴォトスではよくあることなのでは?こんなせせこましい懲罰なんてなかった様な気がするんだが……。
「たまにはこう言うのも悪くないなぁ」
上機嫌で床にモップを走らせながら清掃する。思い出すなぁ、ミレニアムでもゲヘナでもトリニティでも最初はトイレ掃除からやったものだ。清算の旅路の前に原点へと帰る…なんだか縁起が良い気がしてきた。
「♪〜〜〜」
鼻歌混じりに掃除する中、つい昨日のことを思い出す。
倉庫街からミレニアム校舎に戻ってきた時、それはもう関係各所から大層お叱りを受けた。セミナーの早瀬会計や生塩書記は勿論、特異現象操作部の明星────じゃなくてヒマリさんやC&Cの美甘部長などなど…あげればキリがない。
『今日勝手に出ていっちゃダメって言ったのにもう脱走なんて…本当に良い度胸してるわねクロキ…!』
特に早瀬会計からの説教がキツく、3時間を超える説教は流石に堪えた。どうやら俺の部屋が密室になった際、警備用ドローンだけでなく我らがミレニアムの最高戦力である【Cleaning&Clearing】…通称【C&C】にも召集がかけられた様で、あと1時間帰るのが遅くなればミレニアム全域で捜査網を敷くところだったらしい─────いや、規模が大きすぎやしませんかね?一応防衛設備の管理を任されているとは言え、大々的な行動は他所からの介入を産むんじゃ…。ま、終わったことだからそこは良いとして。
そして肝心の先生への処罰だが、そこはなんとか拙い弁護で乗り切ることができた。しかし、怒髪天の早瀬会計がシャーレの所属する連邦生徒会には鬼の様に抗議文を送ると言っていたが……うん、後で七神主席行政官に謝罪の電話でも入れておこう。
『ピピッ、ピピッ』
「…おっ、来たか」
短い二つの電子音────電子メールの着信通知だ。生徒たちや友人との連絡は基本的にモモトークだし、最近メールを送った人物は1人しかいないので、おそらくは彼からだろう。相変わらず返信が遅いことで。
「なになに…了承の返事と時間の連絡ね。まったく、これくらいなら直ぐに返信をくれれば良いのに」
メールの件名は会食の了承と短い文言だけ。中身もそれに伴う必要事項が記載されただけの簡素なもので、社交辞令のかけらも感じられない。…ま、代表取締役自身がメールを送ってくる時点で、俺のことを意識しているのは明らかで。
「…楽しみだなぁ。アイツの悔しそうな顔を見れるかな?」
「……懲罰中の貴方が、なんでそんな悪役みたいな声で笑っているんです?」
「───────え?」
ふと振り向くと、そこには本来
「……あの、お手洗いならこの逆の扉ですよ?」
「そんな事は知ってますよ!馬鹿にしないでください!」
「ならどうしてこんなところに…。他の生徒に見られたら明星…じゃなくてヒマリさんの評判に傷が付きますよ?」
「それなら問題ありません。外にはエイミを立たせていますし、なんならこのトイレ一帯は警備ドローンをハッキングして固めてあります」
「息を吸う様に不法行為してる…」
なんでこう彼女はハッキングに対しての罪悪感というものが欠如しているのだろうか、甚だ疑問である。
「それより、先程のお話は誰とのお話でしたの?また女の子を引っ掛けてきたんです?」
「またって言い方は勘弁してください…。違いますよ、むさ苦しい男同士の会食です」
「男同士…?クロキにしては珍しいですね。それとも、クロキが男と思っているだけで本当は女性の方とか?」
「酷い偏見だ!本当に違うんですって!」
「それなら、どなたとお会いになるのかお聞きしても?」
「えー、と…」
彼女の綺麗な顔が自分の間近に迫り、ふわりと良い香りが鼻腔をくすぐる。どうする?話して良いのか…?けど、あまり口外する内容じゃ…。
「あくまでお話しする気がないのなら、私にも考えがあります」
「か、考えって…?」
「今からあなたの持つ電子機器全てにハッキングしてそれらしい情報を探します。その際に貴方の秘密のコレクションとかも見てしまうかもしれませんが…知的好奇心のためにはやむをえません」
「しょうがないみたいに言わないでくれるかな⁉︎」
そんな事をやられたら最後、2度とお天道様の下を歩けない身体になってしまう!
「か、カイザーコーポレーションの幹部だよ。ほら、あの大企業の」
「カイザーコーポレーション?……あぁ、たった一年足らずでクロキにシェアの9割を奪われた可哀想な会社の親会社ですか」
「認識が物騒だね…。あながち間違ってないんだけど」
「それで?そんな負け犬の会社の幹部とどうしてお会いになるんです?少々危険だと思いますけれど」
彼女の訝しげな声に首をふるう。
確かに敵対企業との会食なんて本来なら危険極まりない行為だ。ましてやカイザーコーポレーションなんて非合法スレスレの企業との会食なんて自殺行為とすら言って良いだろう─────それでも、対策委員会編が始まる前にどうしてもやりたい事があるのだ。
「危険性に関してはその通りだけど、どうしても聞いておきたいことがあってね」
「……もしかして、この前お会いになった【先生】という方と関係しているんですか?」
彼女のその指摘に、機械の下で表情を歪ませる。流石は天才、思考が鋭いことこの上ない。もっとも、それを悟られるわけには行かないので答えるわけには行かないのだが。
「いや?それとは別件だよ」
「………相変わらず嘘が下手ですね、クロキは」
…おかしい、今回の嘘には自信があったのに。一瞬で看破されてしまった。
「ふふっ、どうして嘘とバレたのか不思議そうにしていますね」
「な、なんのことかな?俺は嘘なんて…」
「その態度がもう白状している様なものです。クロキ、貴方は嘘は下手くそなのでこれからは吐かない方がいいですよ」
愛しむ様な仕草で自分の手が握りしめられる……うーむ、敵わないなぁ。
「──────参考までに、上手な嘘のつきかたを教えてもらって良い?」
「駄目です♪──というより、クロキがどんなに上手に嘘をついても、私ならすぐにバレてしまいますよ?」
「それは、なんで?」
「私が、貴方の一番の理解者だからです♪」
小悪魔の様に微笑む彼女に呆気にとられる─────女性というものは、なんなら学生の時から色気を持つものだろうか?
「それで、その先生とのお話なのですがどんなお話をされたのかお聞きしても?」
「ごめん、それは話せない。いくら一番の理解者の君であっても」
「ッ───!そ、そうですか。ま、まぁ貴方にとっても秘密の一つや二つあるでしょう。ここは引き下がりましょう、えぇ」
「…ありがとう、ヒマリさん」
小さく咳払いをする彼女に頭を下げる。
正直詰められると思っていたのだが、潔く引き下がってくれて助かった。流石に自分が転生者であるとかクラフトチェンバー0号機の事を話すわけにはいかないし…。
「…それで、どうしてヒマリさんはここに?なにか話すことがあったんじゃ?」
「えぇ、ありましたよ?校舎から立ち去る時の二人乗りとか、部屋に置かれていたケーキとかそれはもう星の数ほど話題がありました」
「そ、それはそれは………」
「ですが、それを聞かれたくないという事はわかりました。またここで問い詰めて適当な嘘でもつかれたら何をしでかすかわからないので、ここは潔く引いておきます。物分かりの良い天才に感謝してくださいね?」
「あ、ありがとうごさいます…?」
…あれ?俺いま何か感謝しなきゃいけないことしてもらったっけ?まぁ良いか、機嫌が良いのならいいことだ。
このまま話は終わるのか、そう思った矢先に「クロキ」とまっすぐこちらの名前を呼び、綺麗な瞳がこちらを射貫く。
「でも、最後に一つだけ聞かせてください。貴方にとって、この前お会いした方、【先生】とはなんなんですか?」
彼女のその言葉に、自分は特に迷うことなく口を開いた。
「───────【希望】だよ。何にも代え難い、このキヴォトスを導いてくれる【奇跡】さ」
それを聞いた彼女は最初に驚き、ついで戸惑い、そして最後は悲しそうに笑う。
「──────たとえ、貴方にとって彼女が【希望】だとしても、私にとっての【希望】は貴方なんです。不出来なロボットのふりをした、このキヴォトスでもっとも優しい貴方が」
掌を握っていた両手を離し、踵を返すと扉へと向かう。
「ですが、貴方がそこまで期待を寄せる彼女にも興味が出てきました。今度、是非3人でお茶会でもしましょう」
「…わかった。予定を聞いておくよ」
「えぇ、お願いします」
自動で扉が開かれ、その向こう側に彼女が行く。外では和泉元さんが心配そうにヒマリさんを見ているが、自分は彼女の表情を見ることはできない。
そして扉が閉まる─────瞬間、小さな声をマイクが拾い上げてしまう。
「────彼の夢をどうか、奪わないで」
声を、上げることすらできなかった。だって、あの声は──────。
「……畜生」
あまりのやるせなさに、思わず壁を殴りつける。スーツによって補助されたそれはコンクリート相手でも痛みを覚えず、僅かな凹みをつくる。
「違うんだよ。俺は、悲しませたい訳じゃなかったんだよ…。俺はただ、みんなに幸せになって欲しいだけで、そのためには【先生】の力が必要なんだ…」
そんな、誰に聞かれるわけでもない懺悔が誰もいないお手洗いに響く。どうかこんな独りよがりの懺悔が誰にも聞かれることなく、汚物の様に流れてくれるように──────。
────────────────────────
───────ミレニアム行政区 楽園学区
広大なミレニアムに偏在する、都市整備部がセミナー外部顧問として再開発を請け負った学区の総称。徹底的に監修された整然とした街並みに一切の無駄を感じさせない行政システムと、まさに住むには一切の不自由がないこの世の楽園の様な区画─────そんな楽園学区の中枢部の繁華街のとあるお店の一室に、2人が机を挟んで対面している。
「──すみません、態々こんなところにお呼び立てしまって。カイザー本社からここは少し遠かったのではないでしょうか?」
「別に距離は問題ではない────だが、なぜ焼肉なのだ」
「料理に毒を盛られる心配がないからですよ。ここのお店、ドローンによる完全自立営業ですから。配膳にも人の手を介さないので安全です」
華美ではないが美しい店内の中でも一層上品さを感じることのできる一室……所謂VIP室と呼ばれるそこの机には磨き抜かれた鉄板と、その周りにはまた美しい牛肉が所狭しと並べられている。某ゲヘナの方々が見たら一も二もなく強奪しそうなそれを前に、2人は一切肉に手を付けない。
「……それで、話とはなんだ。我らがカイザーコーポレーションの元で働く気になったか?」
「まさか。態々貴方の子会社を叩き潰しておいてその後釜に座ろうなんてこと考えるわけないでしょう?」
「…相変わらず可愛げのない餓鬼だ」
机を挟んで剣呑な雰囲気を隠さない2人───────1人は不機嫌そうに目の前の少年を睨みつけ、対する少年は普段から着ている白のミレニアムの制服ではなく仕立ての良い黒のスーツに袖を通している。
「さ、とりあえずは焼きましょうか。今日は私がホストですから、焼くのはお任せください」
「………」
少年は慣れた手つきで皿を手に取り、鉄板の上に肉を並べていく。片方は沈黙を守っているが、その際にも喋る口は留まることを知らない。
「最初はやはりタンが良いでしょう。ここのタンは選りすぐりの物を人間工学的に最も美味しいと感じられる分厚さで切られているので、きっと気にいると思いますよ」
「…………」
小気味の良い音が鉄板から響くと同時に肉の焼ける良い匂いが部屋に広がる。
「最近、そちらの業績はどうでしょう?あまりよろしくないと言うのは風の噂で聞いていますが」
「…どの口が言う。貴様の作る区画から我が社の店舗が追い出されているからだろう」
「私は地権者ではありません、あくまで開発者ですよ。そんな権利持っているわけないじゃないですか」
「白々しい。主要部分の上物の権利をしっかり確保しておいて良く言うものだ。大方、主要な地主に話でもしているのだろう。カイザーコーポレーション傘下の企業を追い出せば優先的に開発を進めると」
「さぁ、どうでしょうね?さ、焼けましたよ」
さっと1分弱だけ火を通したタンをさっと鉄板から攫うと、カイザーPMC理事の手持ちの皿へと置く。ほんのり赤みが残っているそれを睥睨すると、嫌味を吐き出す。
「焼き直せ。私は肉はウェルダン派なんだ」
「まぁまぁ、そう仰らずに。タンは火を通しすぎると固くなってしまいます。何事も柔軟に柔らかく、それが企業経営の鉄則では?」
「……つくづく気に食わん。本当に貴様は学生なのか?」
手元にあった箸で皿のタンを頬張るカイザーPMC理事を見て少年は笑うと、自分の皿にタンを置く。
「良い食べっぷりですね、流石は大企業の代表取締役。それくらい気前よく行きたいものですね」
「おべんちゃらはもういい。それで、貴様が私を呼び立てた理由はなんだ?」
グラスに注がれた赤ワインを豪快に飲み干すと、わざと強く机に置いて威圧する。対する少年はそんな事を気に留める事もなくタンを頬張り「うん、美味しい」と舌鼓を打つ。
「貴様───!」
「せっかちな人ですね…。まぁ、下から相当せっつかれているんでしょう。心中お察しします」
「私は貴様と雑談をする為にこんなところまで来たわけではない!さっさと要件を言え!でなければこの店ごと貴様を吹き飛ばすぞ‼︎」
「物騒ですねぇ……。ですが、私としてもここを吹き飛ばされると困るので良いでしょう」
手に持っていた箸を箸置きに置いてから口元を拭いた少年──────楽園造園室の鏑木クロキが口を開く。
「単刀直入に言えば、貴方が持っている土地を私に売って欲しいんです。勿論、適正価格で」
「土地だと?」
「えぇ、貴方にとっては二束三文にしかならない辺鄙な場所です。手放すにしても惜しくはないでしょう?」
「………貴様、まさかそこは」
わなわなと震えるカイザーPMC理事を相手に、クロキは笑って言う。
「そうです、あなたの持っているなんの価値もない土地─────アビドスの土地を」
瞬間、カイザーPMC理事の手に握られていたグラスがクロキの顔面の横を通り過ぎて背後の壁に激突し、大きな音を立てて砕け散る。
「やはりか!貴様はなぜあんな場所に拘る⁉︎お前はもはやこのキヴォトスで誰とも比肩されない不動産王となった!お前のような学生の分際でだ‼︎にも関わらず、何故あんな砂しかない場所に拘るのだ⁉︎」
───────カイザーPMC理事にとって、目の前の少年は恐怖の対象だった。
最初は少々建築ができるだけの小僧だと思っていた。ミレニアムで一定の地位を築いた辺りで、いずれ我が社でこき使ってやろうと画策して唾をつけようとした事もあったが、直接関係をもったのなんてそれくらいだ。にも関わらず、クロキはまるでカイザーを不倶戴天の仇のごとく徹底的に敵対した。
彼の携わる事業からカイザー資本は徹底的に排斥され、あまつさえ施工が完了した楽園には我が社傘下の店舗一つ入ることができない。楽園学区という多くの人が望むその場所に、我が社の影響力が及ばないのだ。これは売り上げだけでなく、社会的にも非常によくない。民衆は愚かだが、その分非常に流行に敏感だ。そして流行の最先端である場所に影響力を持てないということは、民衆への影響力を喪失するのと同義だ。
手練手管を弄し名義を変えなんとか出店しようと試みたこともあったが、その悉くが失敗に終わっている。余程腕のいい情報屋を雇っているのか、あるいは別の方法があるのか。
当初、この小僧は何か我が社にとてつもない恨みを持った子供なのだと思った。子供ならばその私怨すら利用することが出来ると、チンピラを使って脅せば簡単に諦めると、そう思った────────だが、結果はご覧の通りだ。目の前の小僧が勝ち誇った様な笑みを浮かべ、私が苦渋を舐めさせられている。
目の前のこいつは【子供】ではない。【大人】として、極めて冷徹な手段で合理的に我が社を叩き潰そうとしている。
「…危ないですね。あ、グラスの弁償は其方からお願いしますね?ここの奴高いんですから」
「ッ─────なんなんだお前は⁉︎なぜ私の邪魔をするんだ⁉︎」
席から立ち上がり、クロキに指を指す。まるで化け物を見る様な目で、彼を見下ろす。
「………なぜ、貴方の邪魔をするかですか。ふふっ、これは驚きました」
「──────ッ⁉︎」
柔和な雰囲気から一転、極めて鋭利な刃物の様な物へと変わる。
「逆に問いましょう────何故、貴方のような楽園の設立を邪魔する寄生虫の邪魔をしないと思ったんですか?」
「き、寄生虫だと…⁉︎」
「そうです。あなた方は【企業】、その前提には営利の追求が認められています。ですが、ある一定の地位を得た企業にはとある責任が生じます。それはなんだかお分かりでしょうか?」
「……公益性の担保、か?」
「わかってるじゃないですか。その通り、公益性の担保ですよ。力を持った企業という生物は、社会に対してある程度の責任を待つことになります─────で、貴方は営利目的の果てに得た権力で何をしましたか?」
わざとらしく息を吐き、天井の灯りを見つめる。
「自然災害に困窮する生徒達に法外な金利を吹っかけ、あまつさえ土地を手放すような甘言を吐いた────これが、責任ある大企業のあり方ですか?責任ある大人として、子供達に向き合う態度ですか?」
「ッ、私には夢があるのだ!その夢の為にはどんな犠牲も────」
「夢を軽々しく語るなよ、反吐が出る。貴方のそれは夢じゃなくて唯の自己満足な野望だ。それで幸せになる人なんて誰もいないんだよ」
今まで聞いたこともない強い言葉でカイザーPMC理事の言葉を遮る。その口調には強い怒りが含まれており、カイザーPMC理事も思わず口を閉じてしまう程だ。
「これが最後の話し合いの場です。再度、こちらからのお願い……いえ、要求を伝えます。アビドスに所有する土地、その全てをこちらに売り渡してください。私には、それがどうしても必要なんです」
「…対価はなんだ」
「今後、こちらから貴社への妨害のその一切を辞めましょう。現存する私の楽園学区にも、ある程度の出店は認めても良いでしょう。悪い話ではないと思いますが」
確かに、悪い話ではない。せっかく時間をかけて進めてきた計画だが、今は足元がグラついている状態だ。一度全て仕切り直ししても……いや。
(─────負けを認めるのか、私がこんな小僧に…?)
確かにこいつは今、経営的には優位に立っている───だが、所詮は1人。今までは醜聞を恐れて直接動かしていなかったが、私にはPMCもある。そして、あの方の支援も確約されている。色々と手が広い様だが、武力で競えば比べるまでもなく私が圧勝するはずだ。
私は今まで勝者の道を歩んできた。それを、今更後からやってきた餓鬼に掻っ攫われて溜まるものか。
「………断る。貴様には、アビドスの土地の一辺たりとも譲る気はない」
「─────吐いた言葉は飲めませんよ?今なら聞き間違いだと流すこともできますが」
「くどい‼︎貴様の様な少し頭がキレるだけの餓鬼に、私が頭を下げるわけないだろう‼︎貴様こそ、今ならまだ我が社の傘下に加えてやっても良いんだぞ⁉︎最低賃金で死ぬまでこき使ってやるがな‼︎」
カイザーPMC理事の血を吐く様な拒絶────その言葉を最後に、張り詰めていた緊張の糸が切れたようにクロキが息を吐く。
「……やっぱり、【
瞬間、部屋の時間が止まったかの様な錯覚をカイザーPMC理事が覚える。
「……何を、言っている?」
「あぁ、いえ、こちらの話です。あ、もう出ていってもらって結構ですよ。先程のグラス代もこちらで負担しておきます。お疲れ様でした、次は砂漠の上でお会いしましょう」
「………はっ?」
まるでもう興味がなくなったかの様な軽い扱いに、カイザーPMC理事が唖然とする。しかしそんなカイザーPMC理事のことなど最早眼中にないかの様にクロキは独り言を呟く。
「手順が不味かったのか…?それとも呼び出すタイミング?いや、今日がベストコンディションだったはずだ。もう少し末端に圧を掛ければあるいは……。クソッ、もう少し早く転生できていれば…」
「な、何を、何を言っているんだ、お前は?」
「…?あれ、まだいたんですか?」
「─────っ⁉︎」
あまりに冷たい────まるで無機物を見る様な視線に恐怖を覚え、飛び出る様にカイザーPMC理事が部屋から退出する。それを流し目で見送ると、ふぅと息を吐いて再び天井を見上げる。
「上手くは行かないなぁ…。すみません先生、やっぱり自分には未然に不幸は防げませんでした。全力でサポートはしますので、後はお任せします」
今頃アビドスにいるであろう彼女─────先生へのエールを心中で送ってクロキは1人、残った肉を焼き始めた。
鏑木クロキ
スーツを来ている時は楽園造園室としての立場を表している。カイザーとの対談でなんとか譲歩を引き出すために色々と手を回してきたが、失敗してしまった愚かで可哀想な奴(おろかわ)。ヒマリとの会話でダメージを負っているようだが、彼女の方が100倍痛いので実質ノーダメージ。好きな焼肉の部位はタン。好きな焼き加減はミディアムレア。
先生
初手砂狼シロコに拉致されてしまった可哀想な一般人。これも全部クロキが悪い。わずかなヒントから正解を導き出した天才だが、そもそも前提条件が無理ゲーなので結局拉致される。なお、クロキの言う通りにした場合ホシノの情緒が吹き飛ばされてしまう模様。好きな焼肉の部位はロース、焼き方はレア。
ヒマリ
今作最初の被害者。クロキに引退の話を聞かされた直後の今回の件で不安になってしまい、話を聞きに行った為に被弾した。トイレを清掃している彼からどこか鬼気迫る雰囲気が無くなっていた事も、彼女の心を傷つけた要因の一つだろう。結局自分は彼の一番の理解者であっても、彼にとっての理解者にはなれないのかと考えることになる。先生に抱く感情割合は羨望70:嫉妬20:好奇心10程度。彼女の去り際の表情をクロキは知り得ないが、同部の和泉元エイミ曰く「今度クロキに会ったら思い切り打つ」とのこと。
カイザーコーポレーション代表
鏑木クロキにロックオンされてしまった可哀想な被害者。真っ当()に企業を経営していただけなのに超人になり損なった少年から徹底的に嫌がらせを受けており、現在は取締役会で相当な突き上げを喰らっている。クロキの事を武力で圧倒できると息巻いているが、三代勢力にパイプを持っている彼相手にそんな事できるわけはない。いざ開戦となればそこかしこから義勇兵ならぬ義勇生徒がジャガイモの様に現れる。勝負に勝ち続けてきた結果、最後に負けてはいけないところで負ける羽目になるだろう。好きな肉の部位はホルモン。焼き方はウェルダン。
砂狼シロコ
ん、誰その女。
鏑木クロキにとってのカイザー
クロキに取って、カイザーはキヴォトスの楽園の設立を阻む障害であり壁であったが、同時に自身が運命によって与えられる根本的な不幸を取り除けるのではないかと試せる最後の試金石であった。だが結局彼は成し遂げることなく、全ての努力は水の泡へと消えた。故に、物語は既定路線へと突き進むしかない。