ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります 作:あーけろん
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─────あー、ついに持ってかれたかぁ。
『警告、警告。著しい身体損傷を感知。現場からの迅速な後退及び速やかな医療機関の受診を推奨。警告、警告────』
機械の仮面に映った目に優しくない真っ赤な警告を無視し、視線でスーツに指示を下す。
『───継続意思を確認。鎮痛剤及び止血剤投与、患部圧迫処置開始』
『警告、生命維持に必要な血液総量が不足。生命に関わる甚大な損傷と認識。【遺言】を関係各所へ送信しますか?』
「…却下だ。そんなものを送って帰ってみろ、多分死ぬより酷い目に遭うぞ」
『了承、遺言送信プログラム棄却』
身体に冷たい液体が注入されるのを感じながら、完全に電源を喪失した『F:ケセド』の内部で視線を上げる。
大気圏突入はおろか、核弾頭の直撃にも耐えうるよう構想、設計した超高密度構造体。物理的に脆くなる接合部には電磁操作により硬度を操作できる流体金属を使用したキヴォトス最硬を誇る物体───それにポッカリと空いた拳大の穴からこちらを穿った存在を見やる。
「あ、ぇ……?」
玉の汗を額に浮かばせた絶世の美少女────これは親の贔屓目かな────が、信じられないといった様子でこちらを見ている。
その手に握られているものはつい先ほどまで振り回していた天童アリスの専用武器「スーパーノヴァ」ではなく、もっと鋭利で無骨な対物ライフル。
細かい意匠は俺の設計とは違うが、あれは【領域支配機Balthasar】に搭載した専用武器『
───なのに、どうしてそんな捨てられた仔犬のような目をしているのか。
「……なんて顔してんだよ」
左腕を吹き飛ばされたとはいえ、あんな顔をしている少女を放っておくことなんてできない。
緊急脱出用に設置していた青いレバーを右手で引き上げ、固く閉められていたケセドの外殻を解放する。暗い世界に光が入り込むが、そこには俺そっくりのドローンの残骸や身体中に穴が空いて蒸気を上げながら停止している『F:コクマー』と、まさに地獄絵図のような有様だ。
『警告、血液総量が生命維持ラインに抵触。直ちに医療機関への受診を推奨』
「うるさいぞ。これから子供と話すんだから、ちょっと黙ってろ」
空気を読まない自動警告へ意味のない叱責を飛ばす。
霞む視界の中、ケセドのコックピットから降りて茫然と立ち尽くす少女の元へと脚を引き摺りながら近づいていく。
「や、やっぱりお父様、左腕が…。し、しかもそんなに血が出て…⁉︎」
俺が近づくにつれて怯えたような肩を震わせる彼女を見て、血が抜けて逆に冷静になった頭に一つの仮説が浮かぶ。
(ここまで人が変わったように見えるなんて…となると、向こうの世界の俺からの洗脳は完璧じゃないって事か)
俺を殺す事を目的としていた少女がたかが左腕を吹き飛ばした程度でこの動揺具合……思考に整合性が取れていないと見て間違いない。
領域支配機にかけられた洗脳の一部でも解除できたのなら吹き飛んだ俺の左腕も本望だろう、良く役割を果たしてくれたものだ。
(となると、ここで俺が取るべき選択肢は……)
1.錯乱している彼女を説得し、拘束を施した上で彼女の認知錯誤を解消、その後俺名義で保護する。
一見すると正当かつ真っ当な選択肢のように見えるが、こと俺の左腕が吹き飛んだ現状では難しいだろう。俺が許したとしても他の生徒達が簡単に手打ちにするとは思えない。特にここは瀟酒と悪辣を以て成立しているトリニティだ、親の腕を吹き飛ばして落ち込んでいる少女へ石を投げる生徒達の姿など見たくないので却下。
2.彼女を誘導してこの場から一緒に離脱。その後義手を調達した上で生徒達と合流する。
幸いこの場には俺と彼女しかおらず、俺の左腕が吹き飛んだ事実を知っているのは俺と彼女の二人だけ。1時間もあれば急場を凌げる義手の設計もできるし普段からロボットスーツで行動しているから偽装工作も自然に行える───ありだな。
脳内で方向性を固める。であればこの場から切り抜けるためにまずはうまく錯乱している彼女を落ち着かせなければならないと口を開き────そして、視界がひっくり返った。
「あ───?」
何もないところで躓いたのか、地面に転がる。
「お父様⁉︎」
「あ、な、なんで…?」
それと同時、急に呂律が回らなくなり、視界が急に暗くなり始める。
失血による影響ではない、腕を切断されるほどの損傷は初めてだが、失血によって意識が落ちる感覚は何度も経験していることからそれは明らかだ。
『───『◾️◾️◾️◾️の◾️』へ管理者権限委譲。生命維持装置緊急作動、睡眠薬及び鎮静剤投与完了』
「あ、な────?」
管理者権限の移譲?なんだそれは、これは俺のスーツだぞ。俺以外の誰が管理者になって、勝手に鎮静剤なんてものを投与しているのか。
(不味い不味い不味い!ここで倒れるのは本気で不味い‼︎)
ゆっくりと、けれども確実に体を蝕む睡魔に動揺する。
間も無く戦闘を開始して10分が過ぎる、それはつまり美甘達が援軍を引き連れてここに戻ってくるという事だ。
左腕を無くして地面に倒れ伏している俺と、硝煙を漂わせる銃を手に持った少女────きっと、凄惨な殺し合いが始まることになる。
彼女は、バルタザールはただ利用されただけなのに。
誰も彼女がただ使われたナイフだとは気づかないまま、あってはならない本気の殺し合いに身を投じることになる。そんなの、冗談じゃない。
いよいよ瞼が落ちるその間際、地面に散乱している鋭利なガラスの破片の一つが視界に入る────そしてそれを、吹き飛んだ左腕の断面になんの躊躇いもなく突き刺した。
「───ガァァァァァァ⁉︎⁉︎⁉︎」
「お、お父様⁉︎」
今まで経験したこともないような痛みで強制的に意識が覚醒する。睡眠薬による睡魔など微風のように吹き飛んで、ただ鮮烈な痛みだけが思考を支配する。
それでも、そんな状況でも俺は彼女へと右腕を伸ばす。
「命令だ、バルタザール…!誰にも見つからないよう、俺をこの場からつれて離脱しろ…‼︎」
「は、な、何を───⁉︎」
「命令だと言ったろ‼︎聞こえなかったのか⁉︎」
「ひゃ、ひゃい‼︎」
悪いとは思いながらも、あえて強い言葉で彼女へ命令を下す。
この状況、どうあってもうまく説明する事など不可能だ。であればここは逃げの一手を打つ他にない。何処の馬の骨が管理者権限を奪取したのかは知らないが、電気ショックで気絶させられたら打つ手がない。
「離脱と言ってもどこに行けば…」
「トリニティには何箇所かセーフハウスがある。飛びながら場所を教えるから、とにかく急いでくれ…!」
またバルタザールが洗脳されるかもわからないし、とにかく最優先事項は生徒達に本気の殺し合いをさせないことに尽きる。生徒に死傷者が出たら最後、俺は正気を保つ自信がない。
(間に合うかはギリギリだ、最悪はケセド達を自爆させた爆炎に紛れて離脱すればあるいは……?)
想像を絶する痛みでどうにかなりそうな中思考を回し続ける。状況は最悪に近いが、まだ最悪じゃない。まだ地の底じゃない。
(とにかく腕の欠損を誰にも見られなければ問題はない!この急場さえ凌げればまだやり直しが効く、そうすればまだ、まだ────!)
どこにもいない神様に向かって祈る。
この世界は『ブルーアーカイブ』だろう、なら間違いだってやり直せる筈だ。この世界は残酷だけど、ただ辛いだけの世界じゃない。だから、だからどうか──────。
「─────お願い、メルキオール」
そんな、俺の細やかな願いなど塵だと世界が嘲笑うように声が響く。
俺が何より信頼していて、そしてこの場にいて欲しくなかった人の声が。
「第2命令権利者より指令を受諾。領域支配機メルキオール、戦闘行動を開始します」
鈴が鳴るような流麗な声で無機質な言葉が響いた刹那、灰混じりの空気が揺れ───そして、甲高い金属音を最後に俺の目の前からバルタザールが一瞬にして掻き消える。
「な、何が───⁉︎」
僅かに視界に映った残像を頼りに視線を横に向けると、そこにはいつかのように剣斧を携えたメルがバルタザールへ迫っている姿があった。
「な、貴女は───⁉︎」
「お初にお目にかかりますお姉様。つまらないものですが、どうぞ受け取ってください」
恭しい挨拶の直後、メルのスカートの裾から楔形の小型ドローンが高速で飛び出してバルタザールへ喰い付き爆発する。よくある小型爆弾、だがその威力は俺の知っているそれではない。
「な、なんでメルがここに…?それにさっきの声は……?」
「クロキ君‼︎‼︎」
「先生、なんでここに───わっぷ」
全力で駆け寄ってきたのだろう、勢いを殺しきれずに先生が俺に飛びついてくる。女性特有の柔らかい感触が体全体をつつむが、あいにく左腕が消し飛んだ現状では痛み以外の感覚がない。
「ごめんね、私が遅くなったばかりに…!」
俺を抱き寄せた彼女のその言葉に、俺はただ困惑する。
この状況の一体どこに先生の瑕疵があったのだろうか、なんてくだらない思考は大理石の床を強く踏み締める音で霧散する。
「───いきなり姉の事を爆撃とは、随分な事をしますね」
黒煙を漂わせる爆炎の中から煤を付けたバルタザールが姿を現す。その口調は確かに苛ついていて、つい先程までの動揺がすっかり無くなっている。
「随分な事───?簡単に洗脳されたばかりか、あまつさえお父様の事を襲撃し左腕を消し飛ばした下手人が何を言っているんですか」
尤も、メルの怒りはそれを遥かに凌駕していたが。
「わかっています、お姉様はあの時の砂漠で感化された私と同じだという事は」
「メルキオール、貴女一体何を───?」
「私、今なら小鳥遊ホシノを抱きしめることができます。だってあの時彼女が居なかったら、きっと私は取り返しのつかない事をしてしまっていたから」
メルの黄金の、俺と同じ色の瞳が真紅に染まり切り髪がゆらゆらと揺らめく。
「───でも、それで納得できるほど私の人格は成熟していません」
スカートの裾から先ほど爆発したものと同じものが再び現れる───その数、およそ30。
明らかに破壊を目的としたその数に「ま、待って」と口を開こうとした直後、先生から口を押さえられる。
「止めないで、クロキ君」
「は、先生…?何を言って…?」
「今の彼女を説得する時間がない。とにかく今は一度彼女を退けないと、君を病院に運ぶこともできないでしょ」
「時間がないって、それは、けど」
「お願いだから、今は君の命を最優先にして。彼女を助ける前に、君が助からないと意味がないよ」
反論を許さないように強い口調で言い含める彼女に閉口する。ここまで鬼気迫る表情の彼女を見たのは初めてだ、何がそこまで彼女をそうさせるのかはわからないが、彼女達を止めなくてはいけないのは何も俺の心情だけが理由ではない。
「き、聞いてください先生。彼女達が本気で戦えばこの一帯は更地になります。それに二人の神秘総量は他の生徒を軽く凌駕しています、そんな二人の激突がどんな影響を及ぼすか───」
俺の説明を遮るようにバルタザールが苛立った口調のまま続ける。
「何を意味のわからない事をごちゃごちゃと…。とにかくそこを退いてください、私はお父様を連れてこの場から離脱しないといけないのです。貴女に構っている暇はありません」
「あの怪我のお父様を連れて離脱…?それなら益々通すわけにはいきませんね」
双方が放つ神秘に空気がピリピリと悲鳴をあげ、心なしか地面すら揺れているように感じる。世界が二機の激突を良しとしないような現象、まさに一触即発の事態、双方がそれぞれ得物を動かして目の前の障害を排除しようとした。その、時だった。
【 見つけた 】
どこにもない場所からの声。脳内に直接語りかけるような不快感のあるそれは幻聴のようにも感じたが、俺と同じく視線を動かす先生を見てそれが実在した声だと理解する。
「な、なに…?どこから声が聞こえたの…?」
「この、声は────」
忘れもしない、砂漠を二輪車で走行していた矢先に突如脳内に流れた声。そして砂漠で俺を乗っ取り生徒達に危害を加えたばかりか、バルタザールを歪んだ認知で洗脳し俺を攻撃させた諸悪の根源。
「…なに、あれ」
呆然と先生が視線を向ける先。本来はただ荒れ果てたホテルのエントランスが広がるだけの空間に黒い線が幾重にも走る。クラフトチェンバー0号機が描く白線とは逆の黒い線が徐々に全容を明らかにすると、そこには一枚の扉が浮かび上がる。
空に描かれた精巧な扉の絵。その扉のドアノブがゆっくりと動くと、黒一色の墨のような世界から腕が伸び、さらに身体がこちら側に現れる。
「───なんだ、お前は」
黒い扉から現れた存在。ほつれひとつない黒いスーツに黒のネクタイと、まるで喪服を想起させる出で立ち。小脇にはタブレットを携えた社会人のような姿───しかし、その頭部にはおおよそ顔を構成するパーツが存在していない。
のっぺらぼうのように平なディスプレイには小さな子供が描いたのだろう、不出来な男性の似顔絵が浮かんでいる。…いや、言葉を濁すべきじゃない。
「アロナの似顔絵…なんでお前が、それを掲げているんだ」
俺がいた世界で【先生】を表現する符号。誰もが一目で「これは先生である」と確信を抱く味のある似顔絵───それは、決して先生以外の存在が付けて良いものではなくて。
そんな俺の激情など知らないように扉から降り立った異形は軽くあたりを見渡す。その様子をさっきまで激情に駆られていた二人の領域支配機も、ソレから視線を逸らせずに注視する。
「……ヘイローのない女性?」
一通り周りを見渡したソレはヘイローのない女性───先生を見つけると物珍しそうに首を傾け、ガラス片を踏み砕きながらこちらに近づいてくる。
「失礼。もし間違っていたら申し訳ないのですが、貴女は『先生』でお間違いないでしょうか?」
「………」
静かな、そして礼節に満ちた声に先生は無言を貫く。その反応に小首を傾けた後、妙に納得したように「あぁ」と頷く。
「これは失礼しました、自己紹介がまだでしたね。私は【鏑木クロキ】と申します、どうぞお見知りおきを」
一切の澱みなく、それが当然と言うように俺の名前を口にする正体不明のロボットは恭しく頭を下げる。
「それで、再度確認をしたいのですが……と、その前に」
まるで瑣末な用事を思い出したように脚を止め、俺の方へ視線を向る────直後、腹部に尋常でない熱量を感じる。
「────は?」
熱を感じる腹部を見やる。
そこには、音もなく地面から伸びた拳大の槍が自身の腹部に深く突き刺さっていた。
「まずは不良品の処分からやらないと」
────────────────────────────
「───クロキ君⁉︎」
私の叫びとほぼ同時。静観していた二機の領域支配機が音を置き去りにする速度でいきなり現れた【鏑木クロキ】を名乗るロボットへ肉薄する。
「機械蜥蜴風情が、誰に歯向かおうとしている」
そんな音速に近い攻撃もしかし、冷たい言葉と共にいきなり現れた粘性の高い金属のような物体に絡め取られる。
「な、この…⁉︎」
「この程度の拘束で…きゃっ⁉︎」
ミシミシと音が鳴るような膂力を見せる二機だが、一瞬にして身体に纏わり付いた液体は彼女達をほぼ同時に締め上げ完全に拘束する。
シミひとつない彼女達の肢体にスライム染みた物体が絡みつく様子に悍ましさを感じながら、腹部を貫かれたクロキ君に近づくべく走り出す。
「駄目ですよ、オイルで汚れてしまう」
「なっ⁉︎」
ソレを良しとしなかったのか、彼を貫く槍は蔓のようなしなやかさで蠢くとクロキ君を宙に持ち上げる。
「────が、ぁ」
ほとんど死に体の彼が呻き声を上げると同時に槍から夥しい赤い液体が溢れ出し、その様子に「あ、あぁ」と力のない声が漏れる。駄目だ、このままじゃクロキ君が死んじゃう。
「クロキ君!クロキ君!」
【落ち着いてください先生!とにかく今はここから離れないと───!】
「っ、みんなを置いて行くなんて…⁉︎」
「アロナの声が聞こえる…それじゃあやっぱり貴女が先生なんですね」
感嘆したように手を叩くロボットに私は何度目かの驚愕が浮かぶ。
「貴方、アロナの声が聞こえるの…⁉︎」
「えぇ、極めて不本意ながら私、先生の代理を勤めておりますので」
「ほら、シャーレの証明書だってあるでしょう?」と懐の胸ポケットからカードを取り出すと、ソレをこちらに掲げて見せる。『連邦捜査部S.C.H.A.L.E 先生代理 鏑木クロキ』の名前と不出来な男を模した似顔絵が写った顔写真付きのそれは、確かに私が持っているものと瓜二つだ。
【ど、どういう事ですか…⁉︎私を認識出来るのは先生だけじゃ…⁉︎】
「別世界にも先生がいる、ということですよ。まぁ、私は所詮ただの代理人ですが」
そう言って肩を竦める様子に私は歯ぎしりする。
「代理人とか、そんなのどうでも良い。君はどうしてクロキ君を殺そうとしてるの?」
「殺す…?あぁ、確かにそう見えるかも知れませんね。ですが、私から言わせてもらえればこれは不具合を起こした製品の自主回収ですよ」
至極当然のように宣う言葉に理解が追いつかない。不具合?自主回収?目の前のロボットは何を言っているの?
「な、何を言って…?」
強烈な違和感。
目の前のロボットが私に向けている感情は極めて大きな安堵───初めて私がクロキ君とミレニアムで出会った時と同じか、それ以上の安心だ。
そんな感情を持つ存在が、まるでゴミを処理するような淡々とした様子でクロキ君を殺そうとしてる。そのあまりな温度差に酷い頭痛と吐き気が込み上げる。
「そこで汚い液体をダダ漏れさせているのは鏑木クロキ……もとい、正解を選べなかった失敗品です」
失敗品と言い切るとほぼ同時、鏑木を騙る存在の周りに無数のディスプレイが投影される。空中に映し出された数々のそれは、どれも同じものを映していて。
「これは、クロキ君…?」
ざっと見て三十を越えるディスプレイにはそれぞれクロキ君が映し出されている。しかし、それにしてはどうにも様子がおかしい。其々雰囲気が違うと言うべきか、全員がロボットスーツを着ているのは間違いないが僅かに造形が異なっている。
「ここに映っているのは其々別の【鏑木クロキ】です。私の人格をベースに出力した、【ブルーアーカイブ】という物語を保つ為の保険です」
それぞれのモニターに写った鏑木クロキに似た存在達は大人と会話していたり何か作業していたりしている。愚直に何かに取り組む姿は見慣れた彼の姿だが、一つ違和感を覚える。
「生徒の姿が見えない…?」
「当然です。ロボットスーツを着込んだ異常者が神聖な生徒達と接触なんてする訳がないでしょう」
私の懸念をまるで当然のように吐き捨てると、それぞれのディスプレイの時間が進む。
「既にそこの失敗作から聞き及んでいるかも知れませんが、この世界は極めて危うい立ち位置にあります。選択肢一つ間違えるだけで簡単に滅びかねない、薄氷の上にある世界です」
「……」
其々のディスプレイの時間が進むと、やがてどの画面を同じものを映し出す。真っ黒な十字架に身を委ね、身体を鎖で縛り上げられたロボット───あの砂漠で私達が止めた未来の光景が映し出されている。
「そんな危うい世界を救う為の舞台装置、それが【鏑木クロキ】です。世界の安全を担保し、生徒達の安寧を保障する為のマリオネット。志も信念も、願いすらも植え付けられたコピーロボットなんですよ」
「だからそれは人間じゃない。例え死んだとしても、気を落とさなくて良いんですよ」と優しい声色で告げるソレに、私は声が震えるのを抑えられない。
「…仮に君の言葉が真実だとして、なんでそれでクロキ君が失敗作になるの?彼はこのキヴォトスのため、みんなのために死に物狂いだったのに」
「死に物狂い?笑わせないでください、それは愚かにも自己保身に走った欠陥品ですよ」
私の疑念に一つ嘆息すると、軽く頭を振る。
「ソレが本当に世界のことを願っていたのなら、何を犠牲にしても砂漠で十字架に繋がれていた筈です。でも彼はそうしなかった……自分可愛さに世界を救う方法を選ばなかったんです」
───軽蔑まじりのその言葉は、何より私の神経をざらつかせた。
「ッ、彼は世界と、生徒のみんなとちゃんと向き合うために生きることを選んだ!それが自己愛だなんて、そんな訳ないでしょ!」
「…ちゃんと向き合うですか。その工程、本当に必要ですか?」
「何を…!」
冷笑、いっそ嘲笑と言って良い口調のまま続ける。
「必要なのは世界の健全な発展と生徒達の健やかな成長、そして何より【ブルーアーカイブ】という物語が正しく終わりを迎えることです。それが確約される行動を取らずに世界と、生徒達と向き合う?近づけば物語を壊すだけの存在が?笑わせないでください」
「君の方こそ、自分が気に入らないだけの身勝手な理由を押し付けてるだけでしょ⁉︎」
「────私は、先生から奪ってしまった役割を全うするだけです」
初めて言葉に溜めが産まれたが、踵を返し私から離れていく。
「本来ならここで不用品を処分して帰るつもりでしたが…気が変わりました。今からこの死に体を連れて十字架に赴き、この世界から鏑木クロキに纏わる一切の記憶を消去します」
「そんな事、させると思ってるの」
胸ポケットから一枚のカードを────『大人のカード』を取り出す。この絶望的状況をひっくり返すことのできる、唯一にして絶対の手段を。
それを見たロボットは足を止め、振り返ってこちらを見る。
「…正気ですか?そのカードを持ち出す意味、わかってます?」
「ここでクロキを連れ去られたら全部台無しになる、あの時戦った意味が無くなる…!だから、君を行かせる訳にはいかない…!」
「カードを持ち出してまで、そんなに鏑木クロキが大切ですか─────良いでしょう、わかりました」
根負けしたように肩を竦めると嘆息し「物好きな先生もいるんだなぁ」と呟く───そして、その掌に見慣れた端末が現れる。見間違える筈はない、クラフトチェンバー0号機の操作端末だ。
それを軽く操作すると先ほど空間に現れたように黒い線が何もない場所へ走り出し、徐々に全容が明らかになる。
【先生、これって…⁉︎】
「…なんで」
アロナの驚愕の後、私の力の抜けた声が響く。だってそこに現れたのは、そこで宙に吊られたクロキ君と全く瓜二つのロボットだからだ。
「はい、お望みの【鏑木クロキ】です。この失敗作と違ってコレはよく働きますよ。24時間フル稼働可能、生徒相手に自我を出すこともないし、必要とあらば十字架にも繋がりますよ」
「…コレが、クロキ君?」
「あと30秒もすれば起動します。そうなったら好きに持ち帰って良いですよ、不良品はこちらで回収しますので────」
滔々と語る言葉が右から左へと流れていく。
────私は果たして、ここまで悍ましい存在を目の当たりにした事があるのだろうか。
「…ごめん、クロキ君」
クロキ君に小さく謝罪の言葉を漏らす。優しい君は、きっと私がこんな感情を持つ事を許せないだろう。
───それでも、今は【先生】ではなく【後輩】として、目の前の邪悪を赦す訳には行かない。
「ッ⁉︎まさか本当にカードを…⁉︎」
掲げたカードに祈りを込める。目の前の不条理を打ち払う力を貸してほしいと切に願いを込めた────その、刹那だった。
『承認エラー。不明なアクセスです』
切迫した現場に似つかわしくない、無骨で無機質な機械アナウンスが響く。
『承◾️エラー。◾️明なアク◾️スで◾️』
「これは、お父様の……」
明瞭だったアナウンスは次第にノイズ混じりとなり、聞き取りづらくなる。
不明瞭な機械音声の発信源…死に体のクロキ君へ視線を向けると、アロナの動揺した声が耳を打つ。
【へ、変です先生!クロキさんを中心に異様な神秘が検出されています!】
「クロキ君を、中心に…?」
【とにかく警戒してください。何か良くない事が起こるかも知れません…!】
目の前のクロキ君を騙るロボットが何かをやっているのかと鋭い視線を向けるが、向けた先には困惑したように宙に吊られたクロキ君を見る姿があるだけだ。
「何だ…?何が起きている…?」
【◾️──◾️─────。システム異常、認証エラー…再度認証コードを入力してください】
壊れた機械のように繰り返すアナウンスの文言が変わるとほぼ同時、ひび割れていたクロキ君の仮面が割れて、右半分の顔が露出する。
口の端から血を流し、光を映さなくなった瞳孔を虚に輝くその姿に思わずその場に蹲りそうになるが、その口が力なく動いている事に気づく。
「クロキ君、何を喋っているの…?」
【今唇の動きと微弱な音声を解析をしています────え、えぇと…、【つくりもの】?】
唇を追いかけるアロナの言葉に耳を傾ける。
「─────わ──に」
【いつわりのきせきをここに……ッ⁉︎先生、コレって⁉︎】
アロナの復唱が驚愕に変わり、私は聞こえないはずの音を鼓膜で捉えていた。
──────造り物の奇跡をここに。我は、偽りの先達者ならん。
『起動コード認証、意思決定プロトコル承認。再起動プロセス実行───実行完了。臨戦形態への移行開始』
───────────────────────────
──────死にたくない。折角、この世界のことが綺麗だと、心から思えたのに。
声が、聞こえた。
──────ごめん、シロコ。君を置いて死ぬ俺を、どうか許してくれ。
…声が、聞こえた。
──────クソッ…!約束を果たせず、ここまでか…。ごめんよ、ネル。
……声が、聞こえた。
──────なんでだ⁉︎なんで自分殺しを繰り返す⁉︎その行為になんの意味があるって言うんだ⁉︎
………声が、聞こえた。
「……すごいな。別世界の俺は、ちゃんと誰かを幸せにしようと願えたのか」
現実ではない、どこか別の知らない場所。白一色の無機質な床に無造作に積み上げられた、ロボットの亡骸の山を前に一人呟く。
頭を撃ち抜かれた者、腕がない者、酷い物だと身体半分が欠損している個体すらある。俺のように、きっと不条理に殺されたのだろう無念の集合体を前に静かに瞼を閉じる。
「………ッ」
その亡骸の山に一歩踏み出し、積み上げられた亡骸のウチの一つ。その左腕へ手を伸ばす───その間際、背中を誰かに掴まれる。
「やめて、下さい」
消え入る様な小さな声で、震える様子を隠しもしない声に足が止まる。もしかしたら、なんて考えもなかった訳じゃない。あの時、あの砂漠で出会った彼女は夢と片づけるにはあまりに現実味がありすぎたから。
「…プラナちゃんか」
「一時的ですが、クラフトチェンバー0号機の管理権は得ました。あの分霊体は何とかして私が止めてみせます。傷だってなんとかして治します。だから、貴方はもう何もしなくても良いんです」
彼女の縋るような言葉遣いに、息を飲み込む。
「…私は、もう散々見てきました。自らを部品として世界に焚べた鏑木クロキを、運命に抗って殺された鏑木クロキを。もう、私の【先生】が死んでいく所は見たくないんです」
彼女が【先生】という単語を使った瞬間、思わず眉が下がるのを自覚する。【ブルーアーカイブ】という世界での先生という呼称は、ある種救世主や聖人よりも強く、重い言葉だと思うからだ。
「…駄目だよ。それでも、やっぱり君には任せられない」
「っ、何故ですか⁉︎私はシッテムの箱の管理人です、貴方よりも余程───!」
「だって、それじゃあ君が【
「俺、理想主義者なんだ」とぎこちなく笑い、目元に涙を浮かべて肩を振るわせる彼女の目元を残った右腕で拭う。
「ッ、貴方は────!」
「大丈夫。俺は死なないよ」
尚も激情を振り翳す彼女を片腕で抱きしめる。
「だから待っててくれ。そして、今度はちゃんとお話ししよう。君が見てきたもの、これから見たいもの。ちゃんと、全部聞くから」
「ず、ずるいですよ。そんなの、そんなの……!」
硬く握りしめた手のひらでスカートの裾を掴む姿に愛おしさを感じながらも、軽く頭を二度叩いて踵を返す。
「…待たせたね。それじゃあ始めようか」
再び辿り着いた骸の山。その中から不自然に伸びる左腕を掴み────そして、それを思い切り引きちぎる。
「…ッ」
それを躊躇いなく無くなった左腕に宛てがうと腕から伸びたワイヤーが切断部を歪につぎはぎにする。パッチワークロボットとも言うべき醜い風体だが、生憎と見た目を取り繕える状況ではない。
その行動が呼水になったのか、再び世界が暗転し意識が現実世界に引き戻される。
「何で生きて…それよりその反応は…」
視界にまず真っ先に映ったロボットに左腕を、つい先ほど繋ぎあわせたばかりのそれを突きつける。
「──続きを始めようか。フロムゲーはHP半分割ってからが本番だろ?」
『クラフトチェンバー0号機リンク再開。戦闘行動を開始します』
【
推奨攻略レベル:90++
難易度:TORMENT
防御タイプ:不定期
攻撃タイプ:不定期
鏑木クロキ───の人格を元に作られたコピーロボット。人格も、精神も、願いすらも何一つとして本物じゃない。先生を追いやってしまった『鏑木クロキ』という個人の歪な願いによって産み出された、世界の健全な発展を監視するためのロボット。生徒を物語としての存在としか見れないのは設計に組み込まれた『仕様』であり、自らが生徒と積極的に繋がることはない。
だが、本機はその『仕様』から外れてしまった例外機であり、不具合を起こした欠陥機である。プログラムに規定のない『先生と一緒にハッピーエンドを目指す』というあり得ない目的を自ら設定した欠陥機であり、その目的達成のために親機に処分された幾百の『欠陥機』の経験や神秘すらも使用する。
傷口から流れ出る血液にも似た神秘より無尽蔵の兵器を生み出し、いつかの『欠陥機』が経験した記憶を再現することでありとあらゆる障害を排除する怪物。見た目は血を垂れ流しながら敵に突撃するゾンビなのでACというより獣や上位者に近い。
前口上
「そうです先生。あれが何があっても救世を成し遂げるという彼の覚悟の姿、痛みや苦悩では決して止まらない救世主の身姿。自らを作られた創造物であると認識した上で、それでもなお世界を救わんとする彼の尊い精神が形を成した、不出来で醜く、故にこれ以上ない程に美しい反逆者。…あの姿について知っているのか、ですか?いえ、私は知りません。ですが、彼が世界を救える存在であることは確かです。故に先生、貴女も覚悟を示さなくてはならないのです。彼の隣に立つためには────そんなものはどうでも良い?とにかくあの姿が痛々しすぎるから辞めさせる?その後個人面談?……クククッ、なるほど、そう言う考えですか。良いでしょう、ですが動機はともかく彼と対峙する際は決死の覚悟を持つことです。半端な覚悟では、彼の想いに飲み込まれてしまうでしょうから」
鏑木クロキ(青春保証機体)
自らが抱いた感情や理念が全て植え付けられた偽物であった事に絶望───は一切していない。逆に自らが抱いた理想への執念の大きさの理由に納得すら抱いた。親機より与えられた『世界の部品であれ』と言う精神が、アイデンティティの崩壊を防いだとも言える。現在心肺停止中。
鏑木クロキ(先生)
善良にして清廉、そして責任感に厚いごく普通の好青年だった。梔子ユメを見殺しにしたことで狂い、先生にも見放された彼は全ての感情を鉄仮面の下に押し殺し奇跡の始発点を目指す。だが、苦しくとも生徒達の関わりは確かに彼の心を癒し、色彩を打倒する頃には正常とも言える精神を取り戻していた。
だが、ハッピーエンドを迎えた後に幸せなエピローグが確約される保証はない。色彩という明確な脅威を排除した結果、後には生徒達による『鏑木クロキ』という個人を巡る暗闘が日に日に激化するようになる。生徒を保護する【先生】としての自己と生徒達を狂わせた【異物】としての自己が鬩ぎ合い、ついに拳銃に手が伸びた時黒服より『十字架』の存在を知らされる。
「生徒を導く先生の代わりとしての自己の保存」と「物語を害する異物としての自己の排除」というあまりに大きな矛盾を解決するために産まれたものが『機械仕掛けの十字架』と『青春保証機体』である。
Q、クロキ君これ自我は大丈夫なの?
A、何度部品を交換したところでそれは「鏑木クロキ」なので大丈夫です。