ブルアカ世界に男で転生したのでロボットになります   作:あーけろん

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誤字脱字報告、感想、評価、閲覧、ご指摘の全てに感謝を。

今回後書き含めて2万5千字ありますので、休憩を挟みながら閲読ください。

※4話サブタイトルの変更並びに文章を追加しています。

※誤字修正 アカネ→アヤネ 本作2度目です…誠に申し訳ございません…。


願いのぶつかり合いとアビドス対策委員会

 

 

 

 

「──────うぅん」

 

 

身体に重くのしかかる倦怠感と眠気に身体を捩る──なんだか、昔の事を夢に見ていたような気がする。

 

 

「…朝?」

 

 

普段かけている目覚ましではなく、自然に目が覚める。珍しいこともあるものだと身体をベッドから起き上げると、自動でカーテンが開かれて太陽の眩い朝日が目を襲う。

人感センサーで開くそれに目を細めるが、生憎私にこれを切る方法はない。

この部屋を作った人物にいつも文句を言っているのだが、聞く耳を持つ気配はない。彼曰く『二度寝は人生の敵』とのことだがとんでもない、私にとっては唯一無二の友である。

しかし、こうして朝日を直に浴びてしまった以上二度寝をする気もなくなってしまった。なんだか彼の思惑通りに事が運んでいる気がして悔しいが、しょうがないと割り切りベッドから立ち上がる。

 

 

「……もうそろそろクロキが来る日だっけ」

 

 

『アビドス砂祭り』のポスターの横。楽園造園室の印字がされたカレンダーの部分には赤いペンで囲いが書かれている。彼、鏑木クロキがアビドスに来る予定日の目印だ。……もしかして、私は彼に会えることを楽しみにしていたせいで目を覚したのだろうか?

 

 

「いやいや、そんな訳ないって。一月に一度は一緒にご飯するし、モモトークだって毎日してるし…」

 

 

誰に聞かれているわけでもないのに、ペラペラと言い訳が出てくる。……余計悔しくなってきた。ベッドへと戻り、そこにある人間サイズのロボットのぬいぐるみ─────どことなくクロキに似たそれを少し叩く。うん、少しだけすっきりした。

 

 

「さ、朝ごはんでも食べよう」

 

 

気分よく台所へ向かい、そこにある小さな冷蔵庫を開ける。ひんやりした空気に浴びながら蜂蜜がたっぷり入ったヨーグルトとフリーザーパックに入ったブルーベリーを取り出し、座ることもなく使い捨てのスプーンでささっと食べる。

 

 

「ご馳走様でした」

 

 

ちゃんと手を合わせてからそれらをゴミ箱に捨てる。この前クロキが送ってくれたものだけどとても美味しかった、今度お礼を言わないと。

 

 

「さて、と」

 

 

そのあとはいつも通り洗面台で顔を洗い、歯を磨いて髪を軽く整える。まだまだ冷たい水に「うー、冷たい」と震えながらもそれを終え、手早く着替えを済ませて鏡を見る。うん、いつもと変わらない。

 

このマンション────というか、私の部屋の物は、全てクロキの手によって作られている。食器棚や衣装箪笥、ベッドと言った家具は勿論、部屋の壁紙から床材、果ては内装や部屋の間取りまで全てクロキの手が入っている。私の身長が平均より低いから少し不便と愚痴を溢した翌日には内装の図面を携えて部屋に来ていたので、その行動力には度肝を抜かされたものだ。

 

 

「……そっか。もう3年になるんだ」

 

 

衣装箪笥の上に置かれた写真立てに飾ってある写真。ぶっきらぼうに佇む私に抱きつく満面の笑みのユメ先輩。そしてその後ろで控えめにピースをしているハリボテのロボット────鏑木クロキの姿が見える。

 

 

「この頃よりロボットっぽくなったね、クロキ」

 

 

横にあるもう一つの写真立て。そこには今のクロキだけを写した写真が飾ってある─────彼が今の彼になって初めてアビドスに来た時の写真だ。白の制服をきっちりと着こなすその姿は、横の着崩した姿のハリボテと似ても似つかない。

 

 

「……もう、あのハリボテは着ないのかな」

 

 

今の姿になってから、再びあのスーツ……激しい運動をすると所々から火花が散り、ご飯を食べる時も一々マスクの下から食べないといけない不便なものを、彼が着ている姿を見ていない。それにどこか寂しい想いを自覚しつつ、しょうがないよねと苦笑いを浮かべる。

 

ニュースや情報誌でたまに見かける彼の姿には前の面影なんて少しもない。ハリボテだった前のクロキの姿を知っているのなんて私しかいないだろう───なんだか、私の知っているクロキが遠くなってしまった様に感じてしまう。

 

 

「…行こうかな」

 

 

こんなところで感傷に浸っていてもしょうがないので、写真から視線を逸らして玄関へと向かう。「行ってきます」と誰もいない部屋へ告げるとそのまま外へと繋がる扉を開く。

 

 

「…うへ〜」

 

 

扉を超えた視界に広がるのはあいも変わらず砂、砂、砂の街並み。少しくらい変わってても良いじゃないかと悪態をつきそうになるが、そんな事をしても意味なんてないから小さく息を吐くだけにする。

 

 

「……あれ?あれは───?」

 

 

慣れ親しんだ通学路────アビドス高等学校への道を歩いていると、普段は見慣れない白の軽トラックを見かける。またカタカタヘルメット団がここら辺を彷徨いているのかと鞄に吊られている銃を手にしようとした時、「あれ?ホシノちゃんか?」と渋い声がトラックから聞こえる。

 

 

「やっぱりホシノちゃんか!久しぶりだな!」

「…なぁんだ、現場のおっちゃんか」

「おうよ!こうして会うのも現場以来だな!」

 

 

窓から顔を出したのは無粋なフルフェイスのヘルメットではなく、頭に青い鉢巻を巻いた黒の柴犬だった。それを見て銃から手を離し、軽トラへ近づく。

 

 

「なんだ、制服って事は今日は普通に登校かい?」

「そうだよ〜。こんなおじさんでも学生だからね〜」

「ホシノちゃんがおじさんなら俺はお爺さんになっちまうって!若いんだからもちっとガツガツ行った方が良いぜ!」

「え〜。おじさんそんなに若くないし…」

「全く最近の若者はよぉ…。あ、そうだ。これから登校ならこれ持ってけや」

 

 

そう言ってビニール袋を差し出す。「なにこれ?」とそれを受け取って中を見ると、そこには駄菓子がぎっしりと詰め込まれている。

 

 

「お菓子じゃん。いいの?こんなに貰っちゃって?」

「良いってことよ。最近は旦那のお陰で景気が良くてな、サービスって奴だな」

 

 

そう言って笑う姿は輝いており、未来は明るいと言わんばかりだ。

 

 

「ふぅん?そんなに景気良いんだ?」

「そりゃあな。今やあちこち再開発ブームで職人が引っ張りだこよ」

「…それって、都市開発部とか楽園造園室が関係してる所?」

「まぁそこが多いわな。けどそこだけじゃないぜ?旦那みたいな学生に負けるかって企業もこぞって手を出し始めやがったからよ」

 

 

「お陰でウチもてんてこ舞いよ!」と高笑いする姿に合わせて笑う────そっか、クロキ頑張ってるんだね。

 

 

「ホシノちゃん達は相変わらず旦那の下で働いているのかい?」

「そうだよ〜。現場資材倉庫や現場の警護、あとは実際に現場で働いてるね」

「相変わらず頑張るなあ。ま、旦那の所は支払いもいいから小遣い稼ぎにはもってこいか」

「…そうだね〜」

 

 

小遣い稼ぎかぁ、と心の中でため息を吐く。実際はうちの高校は借金だらけで、その利息を払うために必死に働いていると言ったら驚かれるに違いない…ま、知り合い程度に言うわけもないのだが。

 

 

「…そういやホシノちゃん。ちっと耳貸してくれないかい?」

「え?なになに?内緒話?」

「まぁな。ちょっとした噂話なんだがよ?あんまり広がっちゃ事だし」

「?」

 

 

手招きに応じて顔を軽トラックの中に入れる。すると少し迷った様子だが、次第に話し始める。

 

 

「最近、旦那の様子がおかしいって同業者たちの中で話になってるんだわ」

「……クロキが?」

 

 

クロキの様子がおかしい…?そうは言っても、モモトークの様子だっていつもと変わらないし、明日には通常通りアビドスにくる手筈になっている。変わっているところなんてない、そう言おうとした矢先に「実はな?」と話を続ける。

 

 

「俺のダチが都市整備部の下で働いてるんだが、最近の旦那が前程開発に意欲的じゃねぇみたいなんだ。企画を他所の企業に譲ったりな。疲れが出たんだと最初は思ったらしいんだが、どうにも変らしくてな?」

「……それで?」

「不思議に思ったそいつは直接聞いたんだよ。最近元気ないけどどうしたーって」

「うわ、すごい度胸だね…」

「おうよ、流石は俺のダチだわな。そうしたら旦那、なんて言ったと思う?」

 

 

…なんだか嫌な予感がする。喉の奥に小魚の骨が突き刺さった様な強烈な違和感。聞いたら駄目だと理性は訴えかけるが、反応が「…なんて言ったの?」と聞いてしまった。

すると深刻そうな顔つきになり、少し躊躇ってから口を開く。

 

 

「────毎週楽しみにしてたアニメが終わっちゃったんだってよ」

「…………はい?」

 

 

……えっ?アニメ?

 

 

「いやぁ!仕事は早えし交渉はうめぇし話はわかるし、なんだか大人みてぇな奴だなって思ってたけど、案外子供っぽい所もあんだな!」

 

 

「あっはっはっ!」と高笑いする姿に、妙に脱力する。そっか、冗談かぁ…。

 

 

「ねぇ、おじさん」

「お、なんだいホシノちゃん?驚いたかい?まだまだ俺のトークスキルも捨てたもんじゃ……」

「うん、面白い話のお礼にこれあげるね〜。じゃ、また今度〜」

 

 

ピンを予め抜いておいたスタングレネードを車の中に落とす──────瞬間、閃光と爆音が響く。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ⁉︎目と耳がぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

 

断末魔と共にトラックから転がり出る姿を一瞥し、通学路へと戻る。全く、真剣に聞いて損した。明日クロキに会ったらこの話をしないと、鬱憤の割に合わない。

 

 

「……良かったぁ」

 

 

小さく、本当に小さく言葉を吐き出す────あれから、クロキの言う大人は現れていない。今でもクロキは私たちアビドス廃校対策委員会の外部顧問で、私達と一緒に過ごしている。

 

けれど、今朝見た夢の様にあの時のことが脳裏をちらつくことがある。今の生活はずっと続かないぞと、冷静な自分が何度も何度も囁いてくる。

 

 

「…あれ?もう着いたんだ」

 

 

嫌な想像ばかり膨らませていたせいか、普段より短く感じた通学路を終え、私の学校が視界に映る。3年前の砂まみれだった校舎が一部綺麗になり、外から見ても普通の学校には見える程度に整えられた校舎─────もっとも、その横にある大きな建築資材用プラントが学校っぽさを消してしまっているのだが。

 

 

見慣れない人から見たら異様な光景だと思うかもしれないが、最早私たちアビドスの生徒にとってはこれが日常になってしまっている。最初はあまりの場違い感に苦笑いを溢したけれど、こうして見るとどことなく近未来的な学校みたいな感じがして悪くない。

プラントで24時間作業を続けるドローン達を横目に登校口から校舎へ入る。2年前と比べてほとんど砂も無くなった綺麗な廊下を土足で上がる事に罪悪感を感じながらも、有事の際にすぐに動く為には仕方ない。

 

 

「………」

 

 

正面向かって右の廊下を進み、階段を登って二つ教室を超えた場所。『アビドス廃校対策委員会』と吊られた看板の教室の扉をノックもなく開ける。

 

 

「あ、おはようございますホシノ先輩」

「おはようございます先輩。今日は早いんですね」

「セリカちゃんアヤネちゃんおはよ〜。2人こそ今日は早いね」

 

 

大きなホワイトボードに7つの机。ロッカーには思い思いの私物が詰め込まれた雑多な部室─────ダンベルや怪しげな数珠、工学系の専門書や自転車の備品がある───────アビドス廃校対策委員会の拠点だ。

 

そんな部屋で何か書類を纏めながら2人の後輩が首だけ振り向いて挨拶してくれる。黒の猫耳に吊り目が特徴的な黒見セリカちゃんと、赤縁のメガネに垂れ目で理知的な印象の奥空アヤネちゃんだ。2人の手にはそれぞれ書類の束を抱えていることから、何か作業中ということがわかる。

 

 

「もうすぐクロキさんがお見えになりますから、その準備ですよ。今回こそ指摘なしで終わらせたいって張り切ってるんです」

「毎回毎回重箱の隅を突くようなこと言ってくるから、今回こそギャフンと言わせてやるのよ!」

「それだとクロキが喜ぶだけじゃないかな…」

 

 

なにやら闘志を燃やしている2人を他所目に自分の席に鞄を置き、椅子に座ってから項垂れる。暑い外を歩いてきた上にちょっとしたハプニングにも遭遇したから朝からお疲れである。

 

 

「あ、そう言えばコレ。後でみんなで分けようね」

「コレって…お菓子じゃないですか。買ってきたんですか?」

「いんや?通りすがった現場のおっちゃんに貰ったんだ」

「現場のおっちゃんって、あぁ、あの黒柴の」

「そそ、何やら景気良さそうに笑ってたよ。忙しくて目がまわる〜って」

「最近のキヴォトスは空前の再開発ブームですからね。新しきを重んじるミレニアムや常に騒がしいゲヘナは勿論、歴史を重んじるトリニティも乗り気ですから」

「だね〜。お陰で私たちも働き口に困っていないわけだけど」

「それはそうですよ。だってそのブームの元締めが私達の顧問な訳ですし」

「元締めって言い方はどこか悪意を感じるね…。ま、確かにこき使われてるけどさ」

 

 

アヤネちゃんの言う通り、今のキヴォトスはあちこち再開発を行っている最中である。古いものは新しく、不便なものを便利に、使いにくいものを使いやすく。

 

たった1人が願った理想が徐々に現実になっていく様は、こんな救いのない現実にも価値があるのだと実感することができる。誰よりも直向きに頑張っていたその姿を間近で見ていた私にとっては、この現状は喜ばしいという他にない。

 

 

「あ、そういえばクロキさん。この前メールで報告会の後はみんなでどこか美味しいお店に行こうって言ってましたよ」

「ほんと⁉︎じゃ、じゃあお肉!たっかいお肉が食べたい!」

 

 

書類を机に置いて大きく手を挙げるセリカちゃんに苦笑する。最初はクロキ相手に敵愾心剥き出しだったのに、随分な変わり様だ。もっとも、彼が努力する姿を見ていたのならその変化も頷けるのだが。

 

 

「セリカちゃん、少しは遠慮した方が良いですよ。そうですね、ここはやっぱり学生らしくラーメンとか…」

「アヤネこそもっと欲張った方がいいわよ!せっかく奢ってくれるって言うんだし!」

「最初は敵意剥き出しだったセリカちゃんも随分丸くなっちゃって…。おじさんうれしいよ〜」

「べ、別に最初からそんなに敵意剥き出しじゃなかったです!ちょっと気に入らないって思っただけで…」

「だってアヤネちゃん。どう思う?」

「『あんたみたいな大人ぶった奴が一番嫌い』…でしたっけ?あれはすごい剣幕でしたね」

「ふ、2人とも〜!」

 

 

セリカちゃんが顔を真っ赤にして耳と尻尾を立てて威嚇してくる様に微笑んでいると、「こんにちは〜」とやや間延びした声と共に扉が開かれる。

 

 

「あ、おはよ〜ノノミちゃん」

「おはようございますホシノ先輩。今日は早いんですね?」

「まぁね〜。たまたま目が覚めちゃって」

 

 

私の一個下の後輩、十六夜ノノミちゃんが相変わらずおっとりした様子で部室に入ってくると、まず机にある袋を見る。

 

 

「あれ?こんなに大量のお菓子どうしたんですか?」

「貰ったんだよ。ほら、たまに現場で会う黒柴の」

「そうだったんですね。確かに最近、アビドスでも職人さんを多く見かけますけど」

「確かに多く見かけますよね。いよいよ楽園造園室……と言うより、クロキさんが本腰を入れたのでしょうか?」

 

 

アヤネちゃんのその言葉に首を振る。

 

 

「いや、クロキは相変わらずだよ。この前電話した時もその話をしたんだけど、苦虫を苦汁で味わった様な声で否定してたし」

「なんですかその声……。けど、なんでクロキはアビドスを開発しないの?ウチの校庭に大きなプラントを作ったのは良いけど、先にやることがあるって言ってから、それから動きはないし…」

「セリカちゃん」

 

 

どこか彼に期待する様な事を言う彼女の名前を言う。駄目だよ、その感情は向けちゃ。

 

 

「あくまでアビドスは私たち「アビドス廃校対策委員会」で復興する。クロキにはあくまでその手伝いをしてもらうだけ──────最初にその事は話したでしょ?」

「で、でも…」

「駄目ですよセリカちゃん。クロキさんだってお忙しいんですから」

「ちょ、離れてくださいノノミ先輩!今日は暑いんですから!」

 

 

私の雰囲気を察してか、ノノミちゃんがセリカちゃんの後ろから抱きつく。空気が読める後輩がいて幸せだなと思う反面、少しキツくいってしまった自分に嫌悪の感情が浮かぶ。

 

 

「そういえば、シロコ先輩は今日はどうしたんでしょう?いつもより遅い様な…?」

「今日はシロコちゃんは夕方位から来るって。なんだか予定があるみたい」

 

 

話題を変えるためか、アヤネちゃんがドアの上にかけられた時計を見て口を開く。

 

 

「それじゃあそれまでは皆さんで書類整理ですね!」

「うへ〜。おじさんはもう疲れちゃったなぁ…」

「何言ってるんですか!ほら、テキパキやりますよ!」

「うぅ、アヤネちゃんが冷たいよぉ…」

 

 

 

彼女の声に渋々席から立ち上がり、雑多な教室にあるファイルを整理し始める。

 

 

「あれ?弾薬ってもうこれくらいしかなかったんだっけ?」

「はい。最近はヘルメット団の攻勢が激しくなってて…」

「ほんと、あいつらどこからお金を調達してくるのやら…」

「だね〜。ま、いってもしょうがないよ。発注かけちゃわないと」

「そうですね。後で必要分を纏めておきます」

 

 

弾薬の発注に始まり、備品の確認や校庭にある防壁のチェックなどなど。やる事は多くあり、結局全部を終わらせるのに夕方近くまでかかってしまった。

 

 

「お、終わった〜」

「そうですね…」

「疲れた〜…。早くシャワー浴びたい」

 

 

各々が対策委員会の教室で疲労の声を上げる中、「そういえば」とアヤネちゃんが口を開く。

 

 

「先程クロキさんにお電話して、明後日の木曜日にいらっしゃるとのことです」

「予定通りね…!見てなさい!絶対にぎゃふんと言わせてやるんだから!」

「あはは…そういえば、シロコ先輩はまだこないんでしょうか?」

「大丈夫でしょ。もうそろそろ─────」

「ん、おはよう皆。遅くなってごめん」

 

 

私の言葉を待たずに扉が勢いよく開かれ、銀色の髪の少女が視界に映る。ほら、やっぱり来た──────って。

 

 

「し、シロコ先輩?その横に担いでるものは────?」

 

 

ふんすと鼻を鳴らし、獲物を捕まえてきたと言わんばかりにドヤ顔を披露する彼女、私の後輩である砂狼シロコちゃんの右腕には申し訳なさそうな顔をした美形の女性が抱えられている。

 

 

「こ、こんにちはみんな〜。初めまして、シャーレから来ました先生で〜す…」

 

 

非常に疲れた様子の彼女に教室がざわつく────シャーレの、先生?

 

 

「しゃ、シャーレって…?」

「連邦捜査部シャーレですよ。あらゆる学校への捜査権を持つと言われている連邦生徒会直属の組織で、確かに最近活動を開始したって……」

「連邦生徒会が救援を寄越してきたってこと?そんな今更」

 

 

思い思いの言葉を連ねる彼女達の中で、私は1人背中に冷や汗を流す────なんだろう、すごく嫌な感じだ。

 

 

「そ、それでシロコちゃん。その…先生?とはどうしたんですか?」

 

 

ノノミちゃんの問いかけに自信満々にシロコちゃんが口を開く────それが、私の最も聞きたくない言葉とも知らずに。

 

 

 

「ん、クロキの匂いがしたから連れてきた。なんだか私達に話があるみたいだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これは、思ってたより歓迎されてないな〜…)

 

 

私をここまで連れてきた彼女────砂狼シロコちゃんから離れて教室の床に立ち、改めて教室の中を見回す。ここにいるのは総勢5名、事前の情報通りならアビドス廃校対策委員会の全員だ。

 

奥空アヤネちゃん、黒見セリカちゃん、十六夜ノノミちゃん、砂狼シロコちゃん──────そして。

 

 

(彼女が小鳥遊ホシノちゃん……。クロキ君を変えたきっかけに立ち会った少女)

 

 

ピンクの長い髪に青と黄色のオッドアイが特徴的な彼女。写真で見た鋭利な雰囲気とは違い柔らかさが見えるが、私を見る表情は厳しい────というより、恐怖している?

 

ざっと周りを見た感じ、私に向けられている感情は大きく分けて困惑と敵意に分類できる。にもかかわらず、彼女だけが恐怖を抱いている……となると、クロキ君から何か聞かされていると見るべきか。

 

 

「改めまして、みんな初めまして。連邦捜査部シャーレから来ました、先生です。よろしくね」

「よろしくお願いします、先生」

「はーい、よろしくお願いします先生〜」

 

 

二人からの返事に頷く。良かった、とりあえず問答無用で銃口を突きつけられなくて。

 

 

「それで、そのシャーレがなんの用なの?私たち今忙しいんだけど」

「せ、セリカちゃん。失礼ですよ?」

「だって、実際忙しいじゃないですか。明日にはクロキが来るんだし、残り少ない弾薬の発注だって掛けないといけないし…」

「その前に、シロコちゃん。少し確認して良い?」

 

 

黒の猫耳の彼女の言葉を遮ってホシノちゃんが手を上げる。

 

 

「ん、良いよ先輩」

「さっきその人からクロキの匂いがするって言ってたけど、それってどの程度?」

「自転車に乗ってた上に汗をかいた先生でも気がついたから相当。多分だけど、中身の匂いがついてるんじゃないかな?」

「な、中身って……!」

 

 

シロコちゃんの言葉にホシノちゃんを除く彼女達が顔を赤くする──────知ってたけど、クロキ君、やっぱりロボットじゃないってばれてるんだね……。

 

 

「ふ、不健全だわ!そんな先生と生徒が……!わ、私だってそんなにはっきり顔を見てないのに!」

「ちょ、クロキ君とそんな事はしてないって!ちょっと素顔で話した程度で、そんな匂いが着くことなんて─────!」

 

 

 

 

 

「──────クロキが、素顔で話した?」

 

 

 

─────瞬間、教室の中に氷柱が落ちた様な錯覚を覚える。絶対零度の様な雰囲気を出しているのは、まず間違いなく正面に座っている彼女だ。視線からは剥き出しの嫉妬の感情を感じる。

 

 

 

「クロキが自分から素顔で話すなんてありえない事なんだよ?私だってそんな機会滅多にない────でも、先生にはそうしたんだね」

「……え、っと」

 

 

ホシノちゃんの言葉から、彼女達の視線に力が籠る。言葉選びを間違えた事を痛感したが、いまさら吐いた言葉を飲むことはできない。

 

 

「私達に話があるって言ってたよね。それって、もしかしてクロキの事?」

「…その通りだよ。これは相談……ううん、違うね」

 

 

相談、という言葉を使おうとして辞める。これから話すのは相談なんかじゃない。だって、これから話す内容を聞いて彼女たちは断れないのだから。

 

 

「協力して欲しいの。彼を─────クロキ君の勘違いを正すために」

「クロキさんの勘違い…?どう言うことですか?」

「それは……」

 

 

ノノミちゃんの言葉に、一度立ち止まる。ここで率直に打ち明けるのか、それとも濁すべきか────ううん、違う。

 

 

ここだ。きっと、ここから彼の──────彼の清算の旅路が始まるのだから。

 

 

 

 

「今週の木曜。クロキ君は貴女達に、ある事を言い渡す事になってる。私はそれを止めたい」

「それは、なに?」

「─────彼が、アビドス廃校対策委員会の外部顧問を辞めるという話だよ」

 

 

 

───刹那、自分の頭部に冷たい銃口が突きつけられる。視線を向けなくてもわかる、それを突きつけているのはシロコちゃんだ。

 

 

 

「……適当な事を言うな。クロキがそんなことするわけない、第一理由がない」

「理由ならあるんだよ。私と言う存在が」

「そう───じゃあここで貴女が消えれば全部解決するってこと?」

 

 

キリ、と引鉄に力が入る音が聞こえる───大丈夫、これは脅しだ。決定的な殺意がないもの。

 

 

「シロコちゃん駄目です!先生は外から来た人なんですから、銃弾一つで致命傷になります‼︎」

「いいよノノミちゃん────銃口を向けながらでも構わないから、このまま話を続けさせてもらえない?」

「……ん、良いよ」

 

 

銃口を向ける彼女へ視線を向ける。引鉄から指を離したのを確認してから再び教室のみんなへと話し始める。

 

 

「クロキ君とは今さっき、ミレニアムの校舎で会ったの。その時、彼は私の事を待っていたみたいだった」

「先生のことを…待っていた?お知り合いだったんですか?」

「ううん、全くの初対面。…だけど、彼は私の事を信じきってる様だった」

 

 

彼が未来を知っている、私と同じ外から来た人間である事は話さない。それは、彼が打ち明けなければならないことだから。

 

 

「クロキ君は、私が来たからもう夢を追う必要性が無くなった。だから、キヴォトスを楽園にしたいと言う夢を私に引き継いで欲しいって言ってきたの。突然のことにびっくりしたよ。だってそれは、今の立場を全部捨てることになるんだから」

「…それで、貴女はどうしたの?まさか引き受けたの?」

「表面上はね。多分、あの場はそうする他になかったと思うから。先に断言しておくけど、私に彼の夢を継ぐつもりはないよ。第一できそうにないしね」

「…そう。それなら良い」

 

 

私の苦笑いの言葉にわずかに敵意が下がった事を感じる。そうだよね、いきなり別の人が現れて「私が全部引き継ぎました」なんて言われて、納得できるわけなんてない。そこが彼の決定的に勘違いしている点だ。

 

 

「ちょっと待って。それならもうそこで話はおしまいじゃない。先生はクロキの夢を引き継がないし、私達もそれを認めない。別に何かをする必要なんてないじゃない」

「うぅん、それは違う。確かに表面上は解決した様に見えるかもしれない。けど、それは問題を先送りにするだけだよ」

「問題の先送りって……」

「そう。むしろ、こうして表舞台にいる間に解決しないといけない」

「表舞台…?」

 

 

ホシノちゃんの声に頷く。

 

 

「私に言っていたんだけど、クロキ君、まだみんなに黙ってる顔があるみたい。私に夢を託した後は、それを使って名義を完全に変えちゃうって」

「ん、そんな事をしても無意味。私ならどこにいてもクロキの事を見つけられる」

「確かに、シロコちゃんの様な鼻が利く子は見つけられるかも…でも、そうして見つけたら彼は益々追い詰められる」

 

 

私と話す時に感じたあの縋るような、祈るような言葉遣い。そして一人でもこのキヴォトスを楽園に変えてみせる……というより変えてみせた行動力と異常なまでに強い信念。それが変な方向に向いたら、そこが最期だ。

 

 

「じゃ、じゃあどうするって言うのよ⁉︎こうなったら明日来るクロキを監禁して引退を撤回させるしか…!」

「ぶ、物騒なことは無しですよセリカちゃん!」

「ん、それなら誰かがクロキを襲えば良い。それで責任を持たせれば解決。誰も行かないなら私が行くけど」

「そう言うことも駄目です!」

「そもそも疲れちゃっただけなんじゃ?また膝枕とかすればそんなこと考えなくなるんじゃ…」

「また⁉︎ノノミ先輩そんな事してたんですか⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

「────うぅん、辞めよう。皆」

 

 

ふと、静かな声が教室に響く。声の方を向くと、そこには諦めた様に笑う彼女────小鳥遊ホシノがいた。

 

 

「ほ、ホシノ先輩⁉︎なに言ってるんですか⁉︎」

「先輩、このままクロキが消えてもいいの?」

「そうですよ。せっかくここまでキヴォトスを変えてきたのに…」

「だって、クロキがそれを望んでいるんだよ?私達に、それを引き止める権利はないよ」

 

 

顔を伏せ、今にも涙を溢しそうな彼女を見て、私はクロキ君へ少しの怒りの感情を向ける。こんなの、あんまりだ。だって彼の行動は誰も幸せになんてしない。こんな顔をした生徒がいて、果たしてそこが楽園と呼べるのだろうか。

 

このキヴォトスに楽園を作ると、確かに彼は言っていた─────けど、彼の考える楽園には二つの重大な欠陥があった。

そこに彼自身の居場所を用意していなかった事と、既にそれに耐えられない生徒が大勢いるということだ。

 

 

「違うよ。小鳥遊ホシノちゃん。それは絶対に違う」

 

 

だから、彼女のその言葉は否定しないといけない。そんな、誰も幸せにならない選択をさせるわけにはいかない。

 

 

「違うって…。だって、クロキはそれを自分の意思で言ったんでしょ。なら、私にそれを止める権利はないって」

「これは権利の話じゃないよホシノちゃん。どちらかと言えば、これは願いの押し付け合いだよ」

「願いの………押し付け合い?」

「そう。彼のみんなの前から消えたいという願いと、私達のクロキ君と一緒にいたいという願い。そのぶつけ合いだよ。最後は願いの総量が大きい方が勝つ、極めて単純な勝負」

「でも…私はクロキの味方で、ユメ先輩の為に必死に頑張ってきた彼を……」

「大丈夫だよ」

 

 

心の中の感情は決まっているのに、まだ悩んでいる少女の側に寄り添い垂れ下がっている掌を両手で掴み上げる。

 

 

「私は先生だから。生徒達の願いを、きっと叶えてみせるよ」

 

 

 

このキヴォトスに来てから、私に課した責任。大人として、子供達を導く。そのために、私は【先輩(クロキ)】の夢に抗おう。

 

 

 

「………方法は、あるの?」

「あるよ。ちゃんと考えてある」

 

 

縋るような彼女の言葉に笑う。

 

 

 

「まずは、彼が私に夢を託す理由を知る必要がある。ここまで私を絶対視する理由もね…けど、彼はそれを自分から話すことはしないと思う」

「ん、無理やり聞き出す?」

「無駄だよ。クロキはきっと腕を潰されても話したくないことは話さない。そういう奴だから」

「私もそう思う。だから、みんなには一つ芝居を打って欲しいんだ」

「芝居?」

 

 

小首を傾けるセリカちゃんに頷く。

 

 

「ところで、この学校に縄と麻袋はあるかな?」

 

 

────ごめんなさい先輩。けど、可愛い後輩なんですから我儘の一つくらい許してくれますよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────いよいよ、か」

 

 

来るべき木曜日───アビドス高等学校に向かう日。服装も白のミレニアムの制服から黒のスーツに着替え、準備は完了している。あとはヘリコプターの到着を待つばかりだ。

先にアビドスへ向かった先生からの連絡はなく、少し不安に思うこともあるが……まぁ、先生なら大丈夫だろう。

 

 

「………2年、いやもう3年になるのか」

 

 

アビドスの砂漠で目を覚ましてここまで来た時間を改めて想う──────結局俺は、何かを成し遂げる事ができなかった。

 

都市整備部や楽園造園室としてキヴォトスの環境改善には大きく寄与することができた。それに伴ってある程度の治安安定には貢献してきた、そこは間違いない──────だが、どこまで行ってもそれだけだった。この世界の未来を知っていて、クラフトチェンバー0号機なんて望外の奇跡を賜っておきながら、できたことはそれだけだったんだ。

 

 

「…ま、それでも出来ることはやったかな」

 

 

超人でも、先生でもない自分にはこれが精一杯だった。もし、同じ立場の人間がきていたらもっと上手くやったかもしれないが、これが自分にとっての精一杯だったのだ。

 

 

『ピピッ』

 

 

端末がヘリコプター到着の通知を知らせる。それを聞いて最後に手荷物を確認する。使い古したメモに筆記用具、電卓に─────外部顧問辞任の届出。申請者の欄には既に押印済みで、後は委員長である小鳥遊対策委員長と新顧問である先生の押印さえ貰えれば晴れて自分は部外者となれる。

 

 

 

「…最後に小鳥遊さんには謝らないと」

 

 

本当に、彼女には負い目しかない。

梔子先輩を助けられなかった事、そして3年という長い時間があったにも関わらずアビドスの再開発に貢献できなかったことだ。まあ、再開発の件は後日全てが片付いた後にやるとしよう。それくらいは許されている筈だ。

手荷物の確認も終えたし、いよいよ部室からヘリポートへ向かおう────とした矢先、「コンコンコン」と扉を叩く音が響く。

 

 

「あれ?確か外出申請はしておいたし、外の木札も外出中に─────って⁉︎」

 

 

自分が答えるまもなく自動扉のロックが外れる。感触からしてハッキングではなく正規の認証だ、となるとマスターキーによる開錠となる。しかし早瀬会計や生塩書記には今日のことは事前に伝えてあるし、まさかコユキが態々この部室まで来るはずはない。となると考えられる人物は───────。

 

 

「…失礼するわよ、クロキ」

 

 

開かれた扉から姿を表したのは、手入れされた黒の長髪を靡かせながる鋭利な赫の瞳を持つ少女だ。その言葉遣いから全く遠慮する気配がないが、その傍若無人っぷりに思わず肩を落としてしまう────なんで今になって現れるんだよこの人は…。

 

 

「…お久し振りです、調月会長。あの、躊躇いなくマスターキーを使うのを辞めてくれませんか?心臓に悪いので」

「この部室は私の好意で貸与えられているのよ。本来なら貴方に部室など与えなくとも良かったのだから」

「それはもう昔の話でしょ…。2年連続ミレニアムプライスでぶっちぎり大賞を取った功績でチャラですよ」

「そのキッカケを与えたのが私なのだから関係ないわ」

「……相変わらずですね、会長」

 

 

その態度の硬さに憎まれ口を叩く他にない。この人俺の部室に入ってくる時マスターキーを使ってくるから心臓に悪いんだよなぁ…。また早瀬会計の抜き打ち監査かとばかり思ってしまって本当に生きた心地がしない。

 

 

「…それで、何か御用がおありですか?私この後用事があるんですが」

「知っているわ。あまり時間は取らせないから」

 

 

そう言って彼女は勝手に応接用のソファに座ると対面の方を指刺す────良いけどね、うん。

静かに彼女の対面に座って、改めて彼女の顔を見る。キリッとした顔立ちに赤い瞳、そして大人かと見間違う程成熟した身体……うーむ、敵役なのが本当に惜しい。

 

 

「それで、話とはなんです?また急な再開発業務は勘弁ですよ。流石に納期一月は死人が出ますよ」

「それとは違うわ。…要件は、そうね。スカウトと言ったところかしら」

「……その話なら何度も断りましたよ」

 

 

彼女から出たスカウトという言葉に顔を顰める。スカウトとは他でもない、要塞都市エリドゥ(公金横領都市)の構築補助だ。一年ほど前に断ってからありとあらゆる手法で設計書などを求められているのだが、その度に断っているのが現状だ。

 

彼女─────調月リオの考え。より多数が救われる為ならば少数を犠牲にしても構わないというある種の過激な思想。冷徹だが合理的なその思想…けど結局それは強者の論理だ、切り捨てられる弱者のことを考えられていない。彼女の考えでは、このキヴォトスを楽園に導くことなんてできない。だから、俺が彼女に協力するわけにはいかない。

 

 

「何度も言わせないで。貴方の能力があればミレニアムを、キヴォトスを救うことが出来る。でも、私から言わせてもらえれば貴方には覚悟が足りていないわ」

「覚悟ですか?」

「そう、少数を切り捨てる覚悟よ。それさえあれば、貴方は本当にこの世界の救世主になれる」

「…救世主」

「貴方にその覚悟がないなら、私がそれを担うわ。私が導き、貴方が創る。そうすれば─────」

「─────何度も言っているじゃないですか調月会長。私には、貴方の右腕は重すぎますよ」

 

 

彼女に向かって深々と頭を下げる────だって、その役割(救世主)はもう現れたんだ。私たちが今更足掻く必要なんてないんですよ。

 

 

「そんな事ないわ。私は貴方となら…」

「すみません、そろそろ向かわないと。スカウトの話ならもうしないで頂けると幸いです」

 

 

彼女の言葉を遮り、ソファから立ち上がって扉へ向かう。そのまま部屋から立ち去ろうとした矢先、「…諦めない」と声が聞こえる。

 

 

「私は諦めないわ。クロキ、楽園を作る貴方なら…」

「…無理なんですよ、私には」

 

 

いよいよ扉が閉まり、大きく息を吐く────お願いだから、俺に救世主なんて言葉を使わないで欲しいものだ。まぁそんなのつまらない感傷の一つなのだが。

 

 

「お疲れ様でした、クロキさん」

「あぁうん、お疲れ様───って、飛鳥馬さん⁉︎」

「はい、貴方の飛鳥馬です」

 

 

視線を横に向けると無表情のままダブルピースをするメイド────飛鳥馬トキがいた。いや本当に心臓に悪い…。

 

 

「今日も会長に付きっきりなんて、相変わらず大変だね」

「いえ、これも任務ですから。クロキさんもこれからお仕事ですか?」

「うん。少しアビドスまでね」

「お気をつけて。陰ながら応援しています」

「…うん、ありがとう」

 

 

彼女のことだから本当に陰から見守っているんじゃないだろうかと不安になるが…うん、気にしたら負けだろう。

 

手を振る彼女を背後にヘリポートへと向かう。外は綺麗に晴れているのに、自分の心は曇天の様に曇っていた──────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

「………おかしい」

 

 

ミレニアムから出立してから凡そ2時間。整然とした街並みであるミレニアムから砂が飛び交うアビドスまでにかかった時間だ。そして、今は件の【アビドス対策委員会】の部室前にいる。

 

ここに来るまでの道のりになんらおかしな点はない。多少は整備した校舎にアビドスに作ったプラントは軽く点検したが特に不備や不調はない────校舎はともかくプラントの方はクラフトチェンバーの稼働率に影響するので問題があったら困るのだが。

 

では何がおかしいのかと言われれば、あまりに普段通りという点だろうか。原作ならば先生に貸し与えられていた教室を覗いて見たが、特に使用された形跡はない。それに普段は騒がしい筈の部室がなぜか静まり返っている。皆出払っているのかと先ほどモモトークで確認したが、奥空さん曰く全員在室との事だ。

 

 

「……ま、気にしても仕方ないか」

 

 

しかし、違和感があるからと言ってここで立ち止まっている訳には行かない。とりあえずは古びた戸を3回叩き、「鏑木です、報告を伺いに来ました」と発声する。

 

 

「───どうぞ〜」

 

 

間延びした小鳥遊委員長の言葉が聞こえる────声の感じから、なんだか機嫌が悪いように感じる。寝起きなのか、はたまたヘルメット団の攻勢が厳しいのか。今日はお別れ会も兼ねて良いお肉でも食べに行くか〜なんて軽い気持ちで扉を開ける。

 

 

「ごめんみんな、出立前にちょっとしたトラブルがあって遅れて───────はい?」

 

 

扉を開けると、そこには5人が静かに席に座っている。奥空さん、黒見さん、十六夜さん、小鳥遊対策委員長。そして────。

 

 

「せ、先生⁉︎一体なにが─────グッ⁉︎」

 

 

椅子に身体を縛られて紙袋を被せられた先生がいた。

すぐさま縛られているそれを外そうと立ち寄る瞬間、背後から強い衝撃と共に床に組み伏せられる。視界の端に映る銀の髪から、おそらく砂狼さんだ。けど、なんでこんな────!

 

 

「ん、状況クリア」

「お疲れ様シロコちゃん。それじゃあセリカちゃん、鞄の中身を確認しよっか」

「えぇ、わかったわ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ‼︎なんだこれ、一体なんの冗談だ⁉︎」

「ん、落ち着いてクロキ。大丈夫、すぐに終わるから」

 

 

身体を密着させた状態で耳元で囁かれる。片手で制圧されたのだろう、空いた左手が自分の頬を撫でる。

 

 

「…悪いけど、鞄漁るわね」

「待ってくれ黒見さん!一体これは…!」

「この鞄の中を見れば済むことよ。…もし私達の勘違いだったら、その時は本当にごめんなさい」

「勘違いって────まさか‼︎」

 

 

自分が持ってきていた鞄を改めるセリカを横目に、首だけ動かして縛られている先生の方を見る────良かった、呼吸はしている。

 

 

「大丈夫だよクロキ。先生には少し眠ってもらってるだけだからさ」

「眠ってるって……」

「………あったわ、ホシノ先輩」

 

 

セリカが鞄から一枚の書類を取り出し、それをホシノへと手渡す。あれは、今日手渡す筈だった辞任届…!

 

 

「ありがとうセリカちゃん────うん、確かに間違いないね。シロコちゃん。もう良いよ」

「…ん、ちょっと残念」

 

 

書類を確認したのか、砂狼さんが名残惜しそうに自分の背中から離れる。それを確認してから自分も立ち上がると、手首のモーターを軽く回す────動作共に問題なし、か。

 

 

「…で、クロキ。これは何かな?」

「…見ての通り、辞任届だよ」

「後任の欄に先生の名前があるけど?」

「…あぁ、そうだよ。俺の後任に相応しいと思って」

「これを書いたのは自分の意思?それともここにいる先生に脅されて?」

「そんな訳ないだろ。それは正真正銘、自分の意思で書いたものだ」

「それじゃあ最後の質問───────なんで?」

 

 

淡々とした質問の最後、ホシノから純粋な疑問が投げかけられる。先に着いた砂狼さんを含めた全員が、自分の事を不安そうに見ている。

 

 

「───俺だと、キヴォトスを楽園にできなかったからだよ」

「はぁ⁉︎なにそれ、あんた本気で言ってるの⁉︎」

「ダメですよセリカちゃん。まだお話の途中ですよ?」

「でもノノミ先輩!こいつこんな事────!」

「ん、落ち着いてセリカ。…大丈夫、気持ちは一緒だから」

「…っ!」

 

 

席を荒々しく倒しながら立ち上がるセリカを二人が宥める。

 

 

「…ふぅ。ごめんねクロキ。途中で遮っちゃって」

「別に、問題はないよ。…それで、続けていいか?」

「良いよ……おねがいだから、ちゃんと話してね」

「……わかっている」

 

 

──────どうやらこれは、事情を話さずには解決は出来なさそうだ。すみません先生、自分のせいでこんな目に遭わせてしまって。なるべく荷物は軽くしておきますので、後は頼みます。

 

心の中で先生への謝罪をし、大きく息を吐く。

 

 

「……今から突拍子もない話をする。けど、それは先生には聞かせられない」

「…先生なら眠っているよ?」

「念の為だよ。そうだな…その横にある耳当て。それを当ててくれないか?」

 

 

教室のロッカーからはみ出ている耳当てを指さす。あれは確かミレニアムが売り出している遮音性が非常に高い耳当てだった筈だ。あれをしていれば万が一にも聞かれることはないだろう。

自分の言葉にしたがってアヤネが耳当てを先生に付けてくれる───これで問題はない。

 

 

「……まず初めに、俺はこのキヴォトスの外から来た人間なんだよ。そこに縛られている先生と同じ」

「外から来た…?でもクロキさんは私たちと同じでキヴォトスで育った記録が…」

「それは前のクロキだ。…まぁ、簡単に言えば人格が入れ替わったと思ってくれて良い」

「つまり、クロキは意識だけでこっちに来たって事?」

 

 

シロコの問いかけに頷く。

 

 

「その通り。ただここでもう一つ重要なのが、俺がこの世界の未来を知っているってことなんだ」

「未来を、知っているって…⁉︎」

「ん、クロキは未来予知ができる?」

「突拍子もない話だろう?でも、嘘じゃないんだ」

 

 

ここまでは先生に話した内容と同じだ。…もっとも、本質はこの先にあるのだが。

 

 

「……そして、ここからの話は先生には話さないでくれ。俺が言えたものじゃない事は理解してるが、あんまり背負わせたくないんだ。良いか?」

「…みんな、良いよね?」

 

 

ホシノの言葉に全員が頷く。それを見て、自分は再び話し始める。

 

 

「俺はこの2年間……いや、3年間か。この世界に起こる悲劇を無くせないか試行錯誤を続けてきたんだよ」

「この世界に起きる、悲劇ですか?」

憎悪の蓄積による対立(ゲヘナとトリニティ)地下に押し込められた憎悪(アリウス分校)覚醒する女王(AL-1Sとkey)───詳しく話せなくて申し訳ないけど、規模感は全て、このキヴォトスを滅ぼすものと思ってくれて構わない」

 

 

エデン条約の崩壊、アリウス分校の憎悪、王女の覚醒、連邦生徒会内のクーデター、アビドスの借金等々……あげれば枚挙に暇がない。この世界というのは、あまりに悲劇に満ち溢れている。全く、透き通りすぎてて嫌になる。

 

 

「それじゃあ、クロキがこのキヴォトスを楽園にするって言ったのは…」

「そういった悲劇に抗うための手段だったんだよ─────もっとも、なんの成果も得られなかったけどね」

 

 

ミレニアムに所属したのは元々の学籍があったのもそうだが、ゲヘナとトリニティの確執に第三者として介入できないかと考えた結果だ。尤も、3年間と言う長い時間を掛けて双方の治安組織間で犯罪者リストやテロリストの情報共有といった微々たる部分でしか成果を得ることはできなかったが。

 

アリウス分校だってそうだ。トリニティにパイプを作った後はアリウス達の憎悪を和らげる為に物資の供出や転校手続きの支援を始めたが、生憎とアリウススクワッドらに殺されかけて頓挫した。

 

鍵の覚醒についてはそもそも全くの進展がなかった。禁じられた行為と知りながら巨額の資本と時間を投下してミレニアム郊外の廃墟を捜索したが、アリスの身体すら確保できなかった。結局は徘徊するロボットたちを駆逐する程度で、成果らしい成果は皆無だった。

 

 

「俺は未来を知っている分際で、誰も助けることができなかった役立たずのロボットだ。…でも、そこにいる先生は違う」

 

 

今は眠っている先生に視線を向ける。これから数多の悲劇を乗り越えていく彼女へ心中でエールを送り、再び対策委員会の皆へと向き直る。

 

 

「彼女なら、君達の事をちゃんと導いてくれる。この世界を、誰からも文句のないハッピーエンドに導いてくれる。未来を知っている俺だから、断言出来る。だからお願いだ、俺のことは置いて──────彼女と一緒に、この世界を救ってくれ」

 

 

この場にいる全員に向かって頭を下げる────俺じゃ、誰も救えなかった。けど君たちなら、数多の困難を乗り越えていける彼女達なら、きっと────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ざけんな」

 

 

────本当に小さな声。収音スピーカーでも鮮明に聞き取れない程か細い声が聞こえたと思った刹那だった。

 

 

「ふざけんな‼︎そんな理由で、私達があんたを置いて行けるわけないじゃない‼︎」

「ガッ──────⁉︎」

 

 

猫科特有の瞳孔が限界まで引き絞られた鋭い視線が自分を射抜いた瞬間、机を飛び越えて飛びかかる。一瞬の出来事に避けることもできなかった自分はセリカに馬乗りにされる様に床に倒れ込み、モニターが一瞬明滅する。

 

 

「セリカ、何を─────⁉︎」

 

 

モニターが復旧したかと思ったら、頬に水滴が当たる────どこから流れているかなんて、そんなことは考えるまでもなかった。

 

 

「誰も助けてない⁉︎なんであんたが、そんな事を私に‼︎私達に言えるのよ‼︎」

 

 

ポロポロと溢れる水滴に、自分はただ圧倒された。なんで、彼女は泣いているんだ────?

 

 

「何も変えられなかった⁉︎じゃあ今私達がいるこの校舎は何⁉︎ほとんど砂だらけで設備もまともに使えなかった校舎を、あんたが必死に直してくれたんじゃない‼︎元の雰囲気をなるべく保ちたいなんて私達の言い分を素直に聞き入れて、あちこち砂まみれになって使えそうな資材を一緒にかき集めたのを忘れたの⁉︎」

 

 

違うんだ、セリカ。そんなことは些細な事で─────。

 

 

「今私達がなんとか学生らしく生活できているのも、あんたが私達に仕事を紹介してくれるからでしょ!そんな義理なんてないのに、何かあればミレニアムから飛んできてくれるし‼︎そこまで親身にしてくれて、必死になってくれているのに、なんでそんなことが言えるのよ‼︎‼︎」

 

 

セリカのその叫びを、他の生徒達は黙って聞いている────いや、何人かは涙ぐんでいる。

言わなくては。そんな事は些細なことで、誰にでもできることなんだって。だから、そんなに感謝されるような事じゃないんだって────。

 

干上がる喉で必死に息を吸い込み、絞り出す様に話す。

 

 

「────ち、違うんだよセリカ。対策委員のみんなも聞いてくれ。俺がやったことは、別に特別なことじゃない。それこそ、親切な大人が3人もいればできたことなんだ。だから………」

「──────ッ‼︎‼︎」

 

 

刹那、衝撃。モニターの左側が破損し、視界がブラックアウトする。状況から察して、頬を殴られたと見るべきだろう。

…最後まで、言い訳が繋がる事はなかった。

 

 

「じゃあ!私達が今あんたに抱いてるこの気持ちも、あんたには特別じゃないの⁉︎それならあんたにとっての特別ってなんなの⁉︎」

「せ、セリカ…」

「そもそも私は!ううん、私達は‼︎クロキにそんな世界の命運をどうにかして欲しいなんて頼んでない!私達はただ、あんたの夢を一緒に見ていたかっただけなのに……‼︎」

 

 

力のない拳が胸板を叩く。俺は、何も喋れなくなっていた。

 

 

「あんたが何考えてるかなんて関係ない!あんたの思惑も願いも知ったことか‼︎私は絶対にあんたを諦めない‼︎こんな不完全燃焼のまま、夢を託したなんて言わないでよ‼︎‼︎‼︎」

 

 

その言葉を最後に、弾かれた様に教室から飛び出るセリカ。解放されて軽くなった筈の身体なのに、指一本たりとも動かせる気がしなかった。

 

 

「……アヤネちゃん、ノノミちゃん。セリカちゃんを追ってくれない?あのままだと腹いせにヘルメット団の基地に殴り込みをかけそうだからさ」

「……けど」

「大丈夫。この様子を見てよ、この調子だと当分は動けないだろうね」

「──わかりました。いこ、アヤネちゃん」

「は、はい!」

 

 

ホシノの言葉に二人が素直に教室から出ていく────その間際。

 

 

「クロキさん、後でお時間もらいますから。逃げないでくださいね」

「…私からも話すことがありますから」

 

 

赤くなった目元のままそれだけを言い残して出ていく二人を残ったモニターで見送る────堪えるなぁ。

 

 

「…で、どうする先輩?私達もセリカにならって一発いっとく?」

「いんや、辞めておこう。見た感じ、もう右のモニターも見えてなさそうだし」

「…………」

「ねぇ、クロキ聞こえてる?喋れないんだったら腕を上げて」

 

 

ホシノの言葉に腕を上げる。

 

 

「さっきのセリカちゃんの言葉だけど、あれは私達の総意と思って良いよ。もしさっき話したのが引退の理由なら、私はそれを認めない。どこまで言ってもクロキの事を追いかけるから」

「ん、ここまで私たちに関わって置いて今更さよならできると思ってるなんてクロキも甘い。精々頭を冷やすべき」

「それじゃあ私たちも席を外すから─────少し冷静になろう。お互いにね」

 

 

ホシノがシロコを引き連れて対策委員会の教室から立ち去るのを呆然と見送る。

 

それからどれくらいたっただろうか、1分かそれとも10分か。自分と眠っている先生しかいない教室で、静かに布が擦れる音が響く。

 

 

「…?」

 

 

音の発生源へ視線を送ると、完全に拘束されていた筈の先生が縄をほどき、耳当てを外す。最後に被っていた紙袋を剥がして、綺麗な瞳が自分を射抜く。

 

 

「─────生徒達のまっすぐな想いは効きましたか?先輩」

 

 

なんて、茶目っ気たっぷりに宣った。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

大分荒れてしまった対策委員会の教室。そこで大の字になって寝転んでいるロボット──────右半分がひしゃげている姿を見やる。正直、これくらいで済んで良かったと思っているくらいだ。私としてはそのままスーツをほとんど全壊させてしまうのかと危惧した位だ。

 

 

「……先、生?一体、これは…」

「えーと、こう言う時なんて言うんだっけ?」

 

 

呆然とした様子の彼にかけるぴったりの言葉があった筈だ。そう、確か────。

 

 

「そうそう。『騙して悪いが仕事なんでな』…なんちゃって」

「…私は別に、先生に高額な報酬を積まれてませんよ」

 

 

半ば自棄になっているのだろう、沈んだ口調のまま返してくる。

 

 

「……最初から仕組んでいたんですね。あの時、清算の旅路を示してくれたのは嘘だったんですか」

「ううん、それは違う。これは確かに清算の旅路だよ。クロキ君が、今まで紡いできた絆のね」

「…そう言うことですか。してやられました」

 

 

「こんな事なら、引き継ぎ書だけ残してさっさと消えるべきでした」と憎まれ口を力無く叩く。最初に会った時の印象とは嘘みたいだが、けど、この姿もきっとクロキ君の一部なんだろう。

 

 

「と言うことは、私が話した内容は全部聞いていたんですね」

「うん。あの耳当て、見た目こそミレニアム製のやつにそっくりだけど、その実はただのパクリ商品だからよく聞こえたよ」

「となると買ってきたのはセリカですね。おおかた、最新型が安売りされていると思って飛びついたんでしょう。ほんと、そういうところは変わらないなぁ」

「……君は、ずっと繰り返してきてたんだね」

 

 

彼の独白と、私に言わなかった未来の話─────彼はずっともがいてきたんだ。一つ間違えば崩壊してしまうこの世界を一人だけ自覚し、それを変えるために必死に努力してきたのだろう。最初の出来事から目を逸らせなくなって、けれど、ここまで何一つ成功できなかったと嘆いている……けど、セリカちゃんの叫びで嫌でも気づいた筈だ。自分が成し遂げて来たことと、彼女たちからの気持ちを。

 

 

 

「………それで、彼女達を焚き付けて先生は私に何をさせたいんですか?終わった舞台装置を使い回すつもりですか?」

「そう言う言い方は好きじゃない。君は舞台装置なんかじゃないし、それに、君はまだ終わってないよ」

「終わったんですよ。先生、貴女が来た時点でとっくに終わっているんです」

「ううん。終わってない────私が終わらせない」

 

 

静かな教室で、彼の歯噛みする音が聞こえる。

 

 

「ッ────貴女もわからない人だ。さっき言ったでしょう。この世界には無数のバッドエンドポイントが控えているんです。それに的確に対処するには…」

「大丈夫。そのポイントはさっき回避したから」

「…何言っているんですか?そんなポイントはどこにも」

 

 

クロキ君の言葉に強く首を振る────彼を見ていると、人間はやっぱり自分のことを客観視できないものらしい。

 

 

「ううん。バッドエンドポイントはクロキ君。君の引退だよ」

「……は」

「いや、ほんと危なかったよ…。あのままクロキ君の言う通りに進行していたら、私今頃砂漠に埋まってたし…私に感謝してよ?」

「何言っているんですか!そんなバッドエンドポイントはありません!」

 

 

ここまでもがいてきた彼に、必死に否定する彼に、私は残酷なことを言い渡す。

 

 

「…それじゃあ、クロキ君の知るその未来に、【クロキ君】はいたの?」

「それは──────ッ、いなかったから!だから俺は表舞台にいちゃいけないんですよ‼︎」

「違うんだよ、クロキ君。ここは、もう君の知っている世界じゃない。君の知る未来を走っていない」

「そんな事はありません。まだ間に合います、今ならまだ─────!」

「──────駄目だよ、もう。先輩は、彼女達の想いを知ってしまったんですから」

 

 

そう、だって彼は彼女達の剥き出しの心を知ってしまった。もう決定的にわかったはずだ────自分も、当事者になったと言うことを。

 

 

「それに、こんな事を言うのは酷かもしれませんが……私は、先輩の言う【先生(空想上の人物)】には成れません」

「…………」

「私は私のやり方で、生徒達を導きます。だから、先輩の想うような完璧な先生は出来ないかもしれないし、どこかで失敗するかもしれません」

 

 

きっと私だけじゃ、生徒達を導けない。

私には必要なんだ、私を支えてくれる不器用で、けれどこのキヴォトスの事が大好きなロボットが。

 

 

「先輩には先輩の考えも、願いもあると思います────それでも私はお願いします」

 

 

生徒達相手だったら、ここまで願わない。ここまで頼らない。でも、私より先にこのキヴォトスに来て、生徒達の事だけを考えてきた【貴方(前任者)】なら────!

 

 

 

「私と一緒に、ううん。私達と一緒に、【楽園(ハッピーエンド)】を目指しましょう‼︎」

 

 

 

 

──────どれくらい沈黙が流れたのだろう。一瞬にも永遠にも取れる様な静寂が流れた後、モーターの駆動音とともに機械の身体が起き上がる。

 

 

「……先生は、私にとっての【先生(希望)】にはなってくれないんですね」

「…うん。ごめんね」

「いえ、責めている訳じゃないんです─────むしろ、感謝しているんですよ」

 

 

半分潰れた顔を撫で、天井を見上げる。

 

 

「こうして先生が無理矢理にでも彼女達と向き合わせてくれなければ、私はきっと致命的に間違えていたと思いますから」

 

 

「さっきのセリカの平手は効きましたよ」と苦笑する口調から、まるで憑き物がとれた様だ。

 

 

 

「それじゃあ………!」

「えぇ──────こんな出来損ないのロボットで良ければ、喜んでお手伝いさせてもらいます。精々、生徒達の為に上手く使って下さいね?【先生(先生)】」

「〜〜〜〜‼︎」

 

 

彼のその言葉に喜びが爆発する。良かった!本当に良かった────!まるで私の喜びの感情を表現しているのか、学校全体が揺れているし爆音が響いている様な──────って⁉︎

 

 

「なになになに⁉︎一体なんの爆発⁉︎」

「先生‼︎何を惚けているんですか!早速仕事ですよ‼︎」

 

 

直後、拡声器で拡大された不鮮明な声が聞こえる。

 

 

『今日こそこの校舎は私達カタカタヘルメット団が頂く!降参するなら今のうちだぞ‼︎』

 

 

その宣言の後、再び爆音が校庭から響く。外を見ると、そこにはフルフェイスヘルメットを被った怪しげな集団が横一列になって銃を構えている。

 

 

「あれがカタカタヘルメット団?随分ヘンテコな格好だね…」

「ですが持ってる武器は本物ですよ!早く頭を下げてください!」

「ど、どうするの⁉︎今彼女たちは戦うどころじゃないし…!」

 

 

なんでこんな時に襲撃なんて、空気が読めないにも程がある!きっちり指導してあげないと…!

 

 

「………いえ、その心配はなさそうですよ」

「────へっ?」

 

 

私の素っ頓狂の言葉の後、学校から発砲音が響く。

 

 

「今はあんた達に構っている暇はないのよ‼︎今すぐ帰らないと蜂の巣にするわよ‼︎‼︎」

「ん、鬱憤晴らしに丁度いい。血祭りに上げる」

「…そうだね。今は身内の事で手一杯なんだから、ヘルメット団なんかに構っている暇はないよ」

「その通りです!早く倒しちゃいましょう!」

 

 

瞬く間に校庭に展開していく彼女達を見て胸が締め付けられる──凄いな、彼女たちは。もう立ち直って目の前に危機に立ち向かおうとしている。私も見習わないと……って、ん?

 

 

「ま、不味いよクロキ君!」

「不味い?…あぁ、大丈夫ですよ。彼女達はこのキヴォトスでも随一の戦闘力を持っていますからあの程度の数──────」

「そうじゃなくて!彼女達、いまほとんど弾薬を持っていないの‼︎」

「…えっ⁉︎」

 

 

昨日クロキ君を嵌めるための話し合いをしている最中に聞いていたのだ。今アビドスでは度重なる襲撃のためにほとんど弾薬が尽きている事を。そんな状態で戦闘なんて……!

 

 

「な、なんとかならないの⁉︎ほら、クロキ君こう言う時は「こんな事もあろうかと」とか言って予備の弾薬を…」

「私はそんな万能じゃありませんよ!それこそ【超人(連邦生徒会長)】じゃないと─────いや」

 

 

急に言葉を止め、考え始める彼。

 

 

「……中継機はここにある、材料も問題ない、後は出力精度と座標指定の精度だけ────」

「く、クロキ君?」

「…………先生、私に考えがあります」

「か、考えって…?」

「彼女達に出来立てほやほやの弾薬を届けることができるかも知れません。なんなら防壁もセットで」

「そんな事できるの⁉︎」

「恐らくは。けど、そのためにはあるものが必要です」

「あるもの?」

 

 

機械の指でロッカーの上にあるタブレット─────シッテムの箱を指差す。

 

 

 

「先生の持っている【超人】の遺物、あれの演算能力を貸してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

───────昼前の爆撃によって戦端が開かれた銃撃戦は、早々に膠着状態に陥っていた。

 

 

「ん、ホシノ先輩。弾薬はどのくらいある?」

「残りは12発だね。これは、全員に至近距離から直撃させないと厳しそう。シロコちゃんは?」

「私は残り3マガジン。だけどセリカが……っ」

 

 

爆音と爆発が頰を撫でる。校庭に配置された防壁を端から削っていくそれは、校門前に鎮座している3人のヘルメット団によるものだ。

 

 

「うへ〜。ロケット弾をあんなに贅沢に使えるなんて羨ましいね…」

「ん、弾さえあればあんな案山子すぐに片付けられるのに」

「それで、セリカちゃんがどうしたの?」

「さっきの話で頭に血が上ったせいで、開幕でほとんど弾を打ち切ったって」

「あらら…ノノミちゃんは?」

「セオリー通り校舎二階で待機中。でも斉射できる時間は大体15秒くらいだって」

「……こりゃ、いよいよ不味いね」

 

 

防壁を背にリロードを挟みながら愚痴る。私たちなら別にあの程度の数は問題じゃない。ただ問題なのは物資だ、それさえあればあんな奴ら─────。

 

 

 

「皆‼︎聞いて‼︎」

 

 

リスク覚悟の突撃を仕掛けようとした矢先、校舎3階から大きな声が聞こえる─────先生の声だ。

 

 

「今からみんなにクロキ君から『プレゼント』が贈られる!とりあえずはそれを受け取って!」

「…プレゼント?」

 

 

クロキからのプレゼント、という言葉に疑問符を浮かべる────その刹那、手元に青白い光が輝く。

不定形だったそれが急速に形を持ち、徐々に姿が現れるとそこには今最も必要なものがあった。

 

 

「こ、これは、弾?」

『ホシノ先輩〜。なんか急に弾が現れましたけど、これがクロキさんからのプレゼントですか?』

『私のところにも来たわ!これであいつらを全員蜂の巣にしてやるんだから!』

「ん、私も受け取った」

 

 

インカムからそれぞれ状況が伝えられる────ほんと、クロキは凄いなぁ。

 

 

「今から私が指揮を、クロキ君が補給をします!必要な物資は随時アヤネちゃんに報告を──────それじゃあみんな、勝つよ‼︎」

 

 

先生の宣言と共にヘルメット団に壊された防壁の倍の数が一瞬で出現する。その数、およそ20程度。これだけの防壁と潤沢な物資があるのなら、正面からの撃ち合いで負ける道理はない。

 

 

「ホシノ先輩、号令を」

「…うん、わかった」

 

 

クロキからもらった弾薬をポーチにしっかり格納し、銃口を空へ向ける。

 

 

「対策委員会、出撃だよ」

 

 

 

 

 







先生 
視線からなんとなく感情を読み取ることが出来る稀有な才能を持っている才女。華麗に初見バットエンドを回避した紛うことなきMVP。彼女は一人でキヴォトスの生徒達を導けるだけの実力を備えているが、しかし、彼女は独りを選ばなかった。常にロボットスーツを着て不思議な力でいろんなものを作るヘンテコなハリボテの、その美しい夢に惹かれてしまった可哀想な被害者。


小鳥遊ホシノ
キヴォトスの中で誰よりも鏑木クロキと共に過ごした少女。某ハッカー風に言うのであれば『鏑木クロキの一番の協力者』だろう。大切な人を失い絶望に暮れる中、それでも夢に邁進する姿を間近で直視してしまい灼かれてしまった被害者であり、距離が近すぎたあまり彼の苦悩を知る事ができなかった少女。しかし彼女に落ち度などかけらも無い。全ては独りよがりに誰も喜ばない【楽園】を目指した失敗者に責任がある。梔子ユメと鏑木クロキと撮った写真が宝物。


鏑木クロキ
梔子ユメの死後、約3年間の間ひたすら【ブルーアーカイブ】という物語に登場する生徒達を助けるために手を伸ばし続け、その度に現実という名前の鉄槌に腕を叩き折られている。過剰な地位、過剰な権力を待ってしても運命そのものを変えることが叶わなかった自称失敗者。それでも、彼は【楽園】を諦められなかった。たった一つの、針の糸を潜り抜けるような細いハッピーエンドを目指したのだ。尚、先生による【楽園(ハッピーエンド)】宣言によって情緒を粉砕されて殉職した。


シャーレの先生の横にいるロボット
なんかシャーレの先生の横にいるロボット。頼めば家だろうが都市だろうがなんでも作ってくれる。近々シャーレに部屋を貰えることになっているとかいないとか。


調月リオ
現ミレニアム生徒会セミナーの生徒会長を務める人物。要塞都市エリドゥの城主であり、「C&C」の5番目のエージェントであるトキを従えている。時たま鏑木クロキの事を救世主と呼ぶが、本人からその呼び名は嫌われている。周りからはクロキと仲が悪いと思われているが、本人はそう思っていない。ネーミングセンスが壊滅的。


アビドス廃校対策委員会と鏑木クロキ
小鳥遊は鏑木の夢を応援するため、鏑木は贖罪の為に開設から密接に関わっている。そんな歪な相互関係の果てに生まれた協力関係だが、クロキ曰く「特別な事は何もしていない」との事。留意するべきは、その特別な事とというのはミレニアムラクエンヅクリ視点の『特別』であることである。


先生と鏑木クロキによる戦術支援
シッテムの箱から供給される膨大な情報を持って生徒達を的確に指揮し、クラフトチェンバー0号機によって即座に支援物資ならびに障害物、トラップを展開するクソコンボ。障害物の少ない平野での戦闘なら2倍は愚か3倍の戦力差でも勝ちに持ち込むのは絶望的。アロナが過労死する以外に正面からこの布陣を突破することは難しいと言わざるをえない。鏑木クロキは単独ではこの能力は使えないため先にロボットから襲うのがオススメ。


アロナ

なんだか急に処理情報が増えたんですけど⁉︎先生一体何をしたんですか⁉︎


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